はじめに —コア・カリキュラムという課題— 教育課程・カリキュラムは通常,各教科や各科目を羅 列して,それらを結合したものとなっている。小・中学 校の教育課程では,各教科,特別活動1) ,道徳といった 3領域が別々の要素とみなされて結合されている。また 高校・大学の教育課程でも,各教科・科目(以下,各教 科)が個々バラバラな要素として扱われることが多い (分化主義,分科主義)。いずれにしても,各要素が別個 な時間枠として区切られた上で,せいぜい時間割のかた ちで「結合」されるのが通例であろう(多教科並列主 義)。 教育界では,分化(分科)された教科が並列されたこ うした教育課程・カリキュラムを再構成することが,し ばしば課題とされてきた。その際,全体に総合性や統一 性をもたせるために,「生活」(経験または活動を意味す る。以下,〈活動〉と括って表記する)といわれるもの の導入が試みられてきた。 例えば,体験,作業,実験,調査,討論,発表,劇と いった〈活動〉を導入し,さらにそれらの〈活動〉を領 域や時間枠を越えてまたがせるといった方式である。こ れらの試みは,日本や海外の教育史上,何度となく実践 されてきたし,戦後日本で,現在に至るまで繰り返し提 案されてきたものである。 こうした試みの多くは,各教科における一斉教授・座 学,または科学・学問中心の教育課程に対する批判を意 図したものだった。その日本における代表格が,“生活 教育”と呼ばれる多様な諸類型なのである。
「理念型」としてのコア・カリキュラム
——〈活動〉を中心とした生活教育——
金 馬 国 晴 *
The Core-Curriculum as “Idealtypus”: life-centered education which has “Activities”
in the center of a curriculum
Kuniharu KIMMA*
In the field of education, an important question has been how to reconstruct and integrate a curriculum which is sectionalized by each subject. Some educators have introduced seikatsu, which means “living experiences” or “activities”, into the curriculum. There are many theories, practices or movements of seikatsu kyoiku, or life-centered education. The Core-Curriculum, one type of New Education in the early post World War II period, will be discussed and redefined in this paper. The Core-Curriculum is mod-eled upon a concentric circle, but this model has attracted various misunderstandings and criticisms, probably because the model is too simple.
In this paper the Core-Curriculum will be discussed based on “Idealtypus” which was proposed by Max Weber (1864-1920). The Core-Curriculum has a core course in which teachers help students extend and deepen living experiences or activities, and courses in which they can teach necessary knowledge and skills as means or tools. The Core-Curriculum should be an “integrated” cur-riculum, correlating these two different types of courses. The significance of the Core-Curriculum is the perspective over the whole structure of a curriculum. This suggests that it is important to teach life as the core course and various elements of subjects as the other courses. The question is how to correlate and “connect” these two types of courses. In this paper the Core-Curriculum will be redefined as a 3-D model.
Vol. 38, No. 1, 2004
*総合文化教育センター専任講師
私はここ 5 年ほど,コア・カリキュラムといわれる実 践・思想・運動の再検討を研究テーマとしてきた。それ もまた,その生活教育の諸類型の一つである。今から半 世紀ほど前の戦後初期,194753 年頃に主張され,全国 の学校で創られたカリキュラムであり,いわゆる戦後新 教育の一系譜として位置づけられるものである。 先行研究のほとんどは,このコア・カリキュラムを, 数々の批判とともに紹介してきた。今も耳にする「学力 低下」という言説は,これへの懸念として生まれ,また 「はいまわる経験主義」というしばしば繰り返される表 現も,そもそもこれに対する批判であった。 しかし,半世紀が経った今,私はこのコア・カリキュ ラムに,近年完全実施に移された「総合的な学習の時 間」2)とここ十数年の「新学力観」3)の問題点を打開しうる 発想を見出している。さらに,大学のカリキュラム改革 に対しても,示唆深いモデルだと考えている。 本稿では,生活教育と呼ばれる諸系譜のうち,戦後新 教育の一派であるこのコア・カリキュラムを,「理念型」 (または「理想型」: Idealtypus)として新たに捉え直し た上で,その再定義を試みる。 後述するように,これまでコア・カリキュラムとは, 同心円というかたちでモデル化されてきた。その表現は, 「生活」・〈活動〉(以下,〈生活・活動〉と括って表現す る)をコアに据えた点において一面的な論として受け取 られ,数々の批判を招いてきたのである。その批判には, 同心円モデルを自然科学でいう法則のごとく普遍的なも のとして扱うことに伴う誤解が含まれていたと思われる。 そこで本研究では,ドイツの社会科学者,マックス・ ヴェーバー (1864–1920) が,人間や社会,文化に関わる事 象に適合的な概念装置として考え出した「理念型」とし て,コア・カリキュラムを捉え直すわけである。その際 のキーワードは,「生活」(または〈活動〉)であり,ま たそれをめぐる二重の〈総合性〉となる。 1.コア・カリキュラム —分科主義批判 としての全体構造論 まず,コア・カリキュラムというものの理念と歴史を 確認しておきたい。それが戦後初期にもち,また現在に おいてももち得る最大の意義は,広く教育課程・カリ キュラムの全体構造を視野に収めていた点にあった。 1.1 コア・カリキュラムと全体計画 戦後初期の日本においてコア・カリキュラムを主張し 普及させたのは,コア・カリキュラム連盟(1948–53 年。 以下,コア連)という団体であった4) 。彼らにとって切 実な岐路は,「教科組織をそのまま維持して,その枠内 で新教育を推進すべきか」,「更に根本的に教科組織その ものに再検討を加え」るべきかにあった。「この問題と 取り組んで真剣な研究をすすめている学校同志が…緊密 な連絡のもとに共同研究を進める必要」。そこから設立 されたのが,このコア連という,学校単位の加盟に若干 の個人加入も加えた民間の教育研究団体なのだった5)。 コア連の論者や加盟校が共有していたのは,各教科を バラバラに分化(分科)させてきた教科課程と教科区分 を前提とした時間割制とに対する疑問や批判であった。 本稿では, コア連の初代副委員長の 1 人, 梅根悟 (1903–80)による説明を中心的にとりあげる6) 。彼の生活 教育論は,コア連の存在した 1951, 2 年ごろまで最大の影 響力をもち,また最も盛んに批判されたからである。 コア連結成(1948 年)前後における梅根の論考をみて みよう。コア・カリキュラムは,「今日の教科並列主義 をやめて,それらを綜合した超教科的な課程を作り,そ れを中心として,必要に応じてその周辺に多少の練習教 材や独立科目やを配置し,全体のカリキュラムを統一の ある,構造的なものにしようとする考え」とされてい る7)。 梅根によれば,コア・カリキュラムという言葉には, 二通りの意味がある。まず,歴史的な用語法では,コ ア・カリキュラムとは,中心になる課程のことを指すと いう。本稿ではこれを,コア・カリキュラムそのもの, またはコア・コースと呼ぶことにする。 またもう一説では,「コア…を統一の核として統一的 に構成されている全教育計画」を意味するという。梅根 は,この場合については,「コアを持ったカリキュラム」, 「コアのある全体計画」,「コアのある教育プログラム」な どと呼ぶべきだという8)。 だが,コア連では,早々 1949 年 3 月の合宿研究集会 (神奈川県足柄上郡福沢村立福沢小学校)で,この「コ アのあるカリキュラム」もコア・カリキュラムと呼ぶこ とが確認されている。梅根個人とコア連の組織としての 解釈がズレていったのである。 いずれにしても,コア連の組織全体の主張として,各 教科を含めたカリキュラムの全体構造が強調されていた 点は,再確認すべき確固たる事実である。そこで本稿で は,コア連の組織全体の解釈をとり,後者の場合を“広 義のコア・カリキュラム”として呼び分けたい。
1.2 中心・コアから全体構造・計画へ 他方で,あらゆる先行研究では,コア・カリキュラム は,1930 年代のアメリカで作成されたヴァージニア・プ ランを無批判に摂取したものとして紹介されてきた9)。 だが,戦後初期の日本でコア連が主張したコア・カリ キュラムは,アメリカのそれの模倣とは言い切れない。 梅根は 1948 · 9 年の論考で,日本のコア・カリキュラム をむしろ,ドイツのヘルバルト派の中心統合法に近いも のとする。中心統合法とは,一つの(後に二つとも)中 心教科を設定し,そのもとにあらゆる教科を統一してい くようなカリキュラム構成法である。 アメリカのヘルバルト派は,中心 (Centrum) という概念 を,異なる意味でコア (core) と訳したという。アメリカ の用法では,コアとは,中等以上の学校で,市民の教養 として全生徒にひとしく共通に課すべき必修の教科・科 目の内容が,地域社会の問題を中心とした生活単元学習 の系列のかたちに構成されたカリキュラムを意味してい た。つまり,選択科目制度が基本の中等教育における共 通必修課程を意味したのである10) 。 日本のコア・カリキュラムは,アメリカでのコアより 中心統合法に近いわけだが,それとも異なったものであ る。確かに,戦後初期に新設された社会科という一つの 教科がコア・コースとされた。ただし,その内容は一教 科にとどまらず,超教科的,または総合教科的なもの だった。実質的には,ごっこ遊び,体験,作業,調査, 討論,発表,劇などのいわゆる〈活動〉なのであった。 その〈活動〉を単元として計画し,その段階で,または 実践のプロセスで,必要となった知識・技能を教えると いう一連の試みがなされたのである。 よって端的には,コア・カリキュラムとは,次のよう に定義できる。すなわち,カリキュラムにコア(中心, 中核)をもうけ,そこで「生活」・〈活動〉を広げ・深め ることを目的とする課程に,その手段(道具,用具)と して必要となった各教科の知識・技能を教える課程を有 機的に関連させたような,〈総合的〉なカリキュラムで ある。コア(中心課程)がコア・カリキュラムそのもの (コア・コース)であり,それに知識・技能を教える課 程(周辺課程)をうまく組み合わせたもの全体が,広義 のコア・カリキュラムということになるのだ。 このように,コア・カリキュラムとは,「学校カリキュ ラムについての一つの全体構造を共同して作り上げ,そ の上でそれぞれの立場をこの全体構造の中に有機的に位 置づける」発想に立つ11) 。そこでは,各教科,課程,単 元,領域といった各部分は,全体構造を〈総合的〉に見 通した後に,全体との有機的な関係を考慮しつつ具体化 されるものとして捉え直されていくことになる。 では,こうした意味で〈総合的〉なコア・カリキュラ ムを,いかにモデル化すればいいのだろうか。1940 年代 後半当時,またあらゆる先行研究では,コア・カリキュ ラムは,コア(中心課程)を,周辺課程として括られた 各教科で取り囲んだかたちの同心円で表現されてきた (図 1 の一番右の「基本型」。今野喜清編『いま,なぜ合 図 1
科・総合学習か』(1983) 16 頁,日本標準より。なおこの 図 1 には,その発展としての一般型や,後述する「三層 四領域」構造も付記されているが,後に参照したい。) 果たしてこの図 1 の「基本型」をもって,以上の理念 が十全に表現されてきたといえるのだろうか。以下では この基本型を“同心円モデル”と呼び,その今日的な再 構成を試みることにしよう。 1.3 全体構造としてのカリキュラム その前に,コア・カリキュラムの歴史的な文脈をたど ることで,そのモデル化のポイントを明らかにしたい。 “カリキュラム”という用語は,戦後以降,初めて一 般に普及したものである。その説明は論者によって多種 多様だが,共通するポイントは,〈総合的〉な(その意 味合いも多彩だが)全体構造を視野に入れることだろう。 しかし,戦前までの日本では,教育課程という用語さ え普及していなかった。教科,科目といった要素や教科 課程が優勢であった。各教科以外の特別活動のような領 域または生活指導ほかの諸機能も,広く認知されていな かった。よって,教育課程の全体構造をくまなく〈総合 的〉に構想しなおすような論は稀だった。 戦後に至って〈総合的〉な意味をもつ“カリキュラム” を普及し試作した担い手が,コア連であった。コア連の 機関誌はまさに『カリキュラム』と名づけられていた。 この雑誌は,敗戦後の困難な出版状況にあって毎月1万 数千部,最大 3 万部も発行されたといわれている。幾度 も開かれた講演会や全国集会も大盛況であったという。 当時の教育界の熱狂ぶりが「カリキュラム・ブーム」,ま たコア連が「民間文部省」と呼ばれた程であった12)。各 校で独自にカリキュラム構成が試みられたことは,先行 研究でも評価され,今日の情勢に比べても意義深い。 しかし,周知のように,コア・カリキュラムには,「学 力低下」を招くもの,児童中心主義,「はいまわる経験 主義」といった批判が相次いで突きつけられた。コア連 内部でも,早くも 1950 年,「牧歌的なカリキュラム」(広 岡亮蔵)といった自己批判が始まった13) 。 こうした流行と批判に流されてか,各校におけるカリ キュラムの全体構造の探究は,今日に至るまで,日本の 教育界の大きな難題として残されたままになっている。 そこで,特定の教科・科目のみに注目した発想にとど めずに,カリキュラム全体を視野に入れ,あらゆる教科 や他の領域・機能を貫いた見通しが求められる。本稿で は〈総合性〉という概念を手がかりとして,カリキュラ ムの全体構造を探究していきたい。 1.4 コア・カリキュラム批判と課題 先述した数々の批判を受け入れて,コア連は 1953 年 に日本生活教育連盟(日生連)へと自ら改称し,また社 会科を一つの教科として認めるに至っている。 一方,半世紀が経過した近年においても「学力低下」 が問題視され,その一因であるかのように,「総合的な 学習」が批判の的となっている。その批判にあたっては, 未だにコア・カリキュラム批判が参照される。 とはいえ,コア・カリキュラム批判のほとんどは,具 体的なカリキュラムを検討せずに,思想面をいわば一面 的に批判したものだった。コア・カリキュラムの全体構 造論は,具体的に探究されなかったのである。いうなれ ば,タライの水を赤子とともに流したようなものだった。 (詳しくは拙稿などを参照されたい14)。) 今となっては“コア・カリキュラム”とは,歴史的な 概念となっている。現在の学校で,そう自称したカリ キュラムは皆無だからである。先行研究で言及されるか ぎりでは,その歴史的な価値さえ低いかのようだ。戦後 教育学ではむしろ,各教科で別個の「学力」像を,目標 として設定し,その達成をめざすことに忙しかった。 コア・カリキュラムの〈総合的〉な性格とそれをモデ ルに表現する試みは,戦後初期と同質の課題に直面する 現在にあって,改めて検討に値するものと思われる。 2.「理念型」としてのカリキュラム・モデル 広義のコア・カリキュラムの全体構造は〈総合的〉で あるだけに,それを一言または一つの図(モデル)で表 現することには困難が伴う。同心円などのモデルじたい が何を意味するか自体を,考察の課題とするしかない。 2.1 ヴェーバーの「理念型」として もし,コア・カリキュラムを自然科学の法則に似たも のとして図式化するなら,再び誤解を招くことになるだ ろう。同心円モデルが,コア・カリキュラム一般の普遍 的な図式として一面的に解釈されかねないからである。 コア・カリキュラムはむしろ,人間や生活に関わる研 究対象であるだけに,多彩に定義できるものである。梅 根の説もひとつの解釈に過ぎなかった。コア連の各論者 は,カリキュラムを〈総合的〉なものへと再構成せんと する理念を共有していたにとどまる。それ以上に関して は,じつに〈多彩〉なイメージを描き合っていたのであ る。 そこで,マックス・ヴェーバー (1864–1920) のいう「理 念型」を参照してみたい。彼は「法則科学」の自然科学
とは異なって,個性的なものを対象とする「現実科学」 たる歴史学および社会学に固有な方法論を探究したから である。 「理念型」とは,ドイツ語で言えば Idealtypus であっ て,「理念」に「類型」を結合したような概念である。 これは「理想型」とも訳され,一定の観点からの,その 観点からのみ合理的な意味連関をつくり上げた概念であ る。個性と一般の中間的概念として,「型」すなわち 「類型」を導入し,それに思考的構成物という意味で 「理念的」,または論理的一貫性という意味で「理想的」 といった形容を付け加えて表現した概念である15) 。 コア・カリキュラムとその同心円モデルもまた,カリ キュラムの「類型」の一つで,かつ当時の実践家や論者 にとっての「理念」または「理想」でもある。この点に 注目するならば,「理念型(理想型)」として扱える。ま た,「理念型」の以下にみるような前提と諸特質はどれ も,〈総合的〉で〈多彩〉なコア・カリキュラムを説明 するのに適合的だと考えられる。 2.2 前提 −行為という対象 まず確認すべきは,「理念」あるいは「理念型」が何 らかの行為に由来し,それを対象としたものだというこ とである。これはヴェーバー科学論の根本原則である。 ヴェーバーのいう社会学とは,「社会的行為を解釈によっ て理解するという方法で,社会的行為の過程と結果を因 果的に説明しようとする科学」なのである16) 。 いかなるカリキュラムでも,学習と教育といった行為 に由来するものと考えられる。そうだとすれば,例えば コア・カリキュラムは,学習と教育といった行為がめざ す理想として,または結果的に達成された理念として捉 え直される。例えば,同心円モデルとは,生活(コア) と教育(周辺)におけるそれぞれの理想,およびそれら を互いに結びつけての理念とを,あえて一つの図へとモ デル化したものとして,解釈し直すことができるだろう。 ただしそれは,当時の教育者や学習者にとっての一つ の「理念」にとどまらない。研究者が歴史的実在の構成 部分と因果関係をもたせつつ抽出したような,概念的な 補助手段でもある17) 。 以上のように,コア・カリキュラム(ほか,歴史的な 文脈に置かれたカリキュラム)もまた,戦後初期の人々 にとっての理念・理想であり,同時に,その後の戦後お よび現在の研究者と実践家とが「理念型」として活用で きる概念装置でもあるわけだ18)。 2.3 一面性,統一性,ユートピア性 さらに詳しく,ヴェーバーのいう「理念型」の特質を いくつか確認していこう。ヴェーバー自身が「理念型」 という概念を詳細に提唱したのは,いわゆる『客観性』 論文19) でのことである。その中で「理念型」のさまざま な性質が示されているが,それらを端的にまとめた文章 をここに引用し,検討を進めたい。(以下,特質ごとに カッコつき数字を付けながら引用する。) 「(1) 理念型…は,一つまたはいくつかの観点を一面 的に (einseitig) 高めてゆき,(2) その強調された観点に適 合する個々の現象を,それがいかにバラバラで,ここ には多くそこには少なく,ところによっては全く無い ようなものであっても,それ自体として統一的な (ein-heitlich)ひとつの思惟像 (Gedankenbild) へとまとめ上げ ることによって得られる。(3) この思惟像は,現実のど こにも,概念的に純粋なすがたでは,経験的には見出 され得ないものである。 それはひとつのユートピ ア (Utopie) な の で あ る 。 (4) そ し て , 歴 史 的 な (his-torisch)研究に対しては,個々の場合ごとに,現実がそ の理想像にどれだけ近いか,またはどれほど遠いかを 確定する…という課題が生じるのである。」20) この文章より,「理念型」じたいの特質が,カッコつ き数字を付したように,順に4点ほど読み取れる。 第一に,図式としての〈一面性〉である。「理念型」 とは,行為がある観点からみて矛盾なく純粋に行われ, 他の観点からの妨害がない場合,その行為が何を結果し てゆくか,ということの純粋な意味連関を想定したもの である。個々人がある観点について矛盾なく考え,行為 するならば,その行為が必ずこのように経過するはずだ, ということの表現なのである21)。 その際,図式をわかりやすいものとするために,複数 の観点がありうるにもかかわらず,あえて一つまたはい くつかに,観点を限定している点がポイントである。 同心円モデルでいえば,あえてコアに関わる観点のみ を強調して一まとまりの円を描いたものだが,それを描 かなければ何ら図式化ができない,といえるのである。 第二に,モデルまたは典型としての〈統一性〉である。 他方で「理念型」とは,以上のような純粋な意味連関を 秩序だて,複数の事例を一語で指し示せるような学問的 用語にまで構成したものでもある。 ここで構成されるのが,典型といわれるものである。 例えば,日常会話で「あの人は厳しい父親像をもってい る」とか,「典型的な美女」などという場合,「理念型」
で語っていることになるという22) 。 同心円モデルもまた,コアと周辺を表す二つの円を, 一つのコア・カリキュラムとして表現できるよう,同心 円という〈統一的〉な図式として結合したものである。 この場合の〈統一性〉とは,コア・コース自体の〈総合 性〉のみを意味しない。カリキュラム・モデル全体の, 一まとまりの構造としての〈総合性〉をも意味するわけ である。 第三に,〈ユートピア性〉である。Ideal-という原語に 即して言うなら,「理念」とはまだ実現していない理想, ユートピアとしての観念を意味する。理念によって構成 される理想像は,「それ自体として矛盾のない宇宙〔コ スモス〕」23) をつくりあげる。Ideal-は「明示的には論理的 な理想性 完全性を意味し,暗示的には理念性 非現 実性」を意味している24) 。しかも,Ideal-には,頭脳によ る概念への昇華という意味で「観念的」であるだけでな く,同時に現実からの抽象という意味で「現実的」とい う両面の意味が込められている25)。 自然科学で,絶対真空や理想気体といった前提のもと でのみ期待される物理的反応が,実際には現われない状 態であることに似ている。実験をしても誤差が生じてし まう法則について,条件の設定や排除のような仮定を行 わなければ,何ら図や式が書けない事態にも似ている。 このように,「理念型」とは,無限に多様な実在から, 余計なものを捨象して,特定の諸要素を抽出し,それら の傾向だけをそれぞれ純化・完成させていくとどこに行 き着くのか,その帰結にまでつきつめた上で,それぞれ をそれ自体として矛盾のない連関にまとめあげ,〈総合〉 した思惟像だといえるである26) 。 2.4 手段性とカリキュラム・モデル 以上のように,同心円という「理念型」は,教育や学 習が,コアに関する観点と周辺に関する観点にもとづき, それぞれ論理的に,筋道だって行われるとした場合,何 が結果するかを想定し,さしあたりそれぞれを円でもっ て表現し,一つの同心円へと総合したものだといえる。 この同心円は一面的かつ統一的で,いわばユートピア 的だが,こうした特質は,あることのための必須な条件 なのである。「理念型」が現実との距離の尺度,という 意味で,手段となるための条件なのである。これが第四 の特質である。 「理念型」は,純然たる理想上の「極限概念」であり, 現実がどの程度これに近いかをこの「理念型」との差を もって明らかにするための手段である。「この極限概念 を規準として,実在を測定し,比較し,こうした手段に よって,実在の経験的内容のうち,特定の意義ある構成 部分をはっきりと浮き彫りにする」27) わけである。つま り,「個性的事象」を認識するために,「発見手段」(索 出手段),または「位置づけの手段」として活用される ものなのである28)。 通常「理念型」はある概念のかたちをとるが,カリ キュラム・モデルとして描かれた図式もまた,「理念型」 としての役割を果たすはずである。コア・カリキュラム の同心円モデルを「理念型」として捉え直し,これを戦 後初期当時の言説や実践とつき合わせ,互いにいかにズ レているかを明らかにする。そうしてコア・カリキュラ ムの各論者・各校の事例について,個性的な特質を明ら かにしていくことができるだろう。今後,この作業を進 めていくために,まず同心円モデルそのものを「理念型」 として再定義し,また再構成することが,本稿の課題と いうことになる。 3.コア・カリキュラムのモデル化問題 以下では,コア連の論者たちの主張に立ち返りながら, 同心円モデルという「理念型」を再構成していきたい。 とくにコア・カリキュラムを〈生活・活動〉中心のカ リキュラムとして捉え直してみた場合,同心円がいかに 描き直せるかが注目される。それに先立ち,コア・カリ キュラムをモデル化する際に直面せざるをえない問題の いくつかを,あらかじめ明らかにしておこう。 3.1 コア・カリキュラムの 2 つの〈総合性〉 コア・カリキュラムが誤解されがちであるのは,第一 に,狭い意味と広義の二つの意味を併せ持ち,それぞれ が異なる意味で〈総合的〉な性格をもつからだろう。 先述したように,コア・カリキュラムはまずコアのみ (コア・コースと言い換えられる)を指し,新設当時の 社会科における〈活動〉(遊び,作業,行事など)を意 味していた。このコア・コース自体が〈総合的〉なのだ が,ただし教科に分化する前の〈未分化〉という意味で あった。このコアでは〈生活・活動〉に関わる観点が 〈一面的〉に強調されることになる。 他方で,コア・カリキュラムとは,広義には,こうし たコアをもつカリキュラムの全体構造を指す。この場合 こそ〈総合的〉で,カリキュラムの〈統一的〉な全体構 造を計画したものという意味合いをもつのである29) 。 以上のように,“コア・カリキュラム”とは,二つの 意味の〈総合性〉を同時に含意している。一つは,コ
ア・コースにみる〈未分化〉な〈総合性〉であり,これ は〈一面的〉に見られかねない。しかも合わせて二つ目 の〈総合性〉として,コア・コースと各教科の知識・技 能との結合による全体的な〈統一性〉をも実現しなけれ ばならないのである。 そこで,これらを同時に表現するような,複層構造の モデルを構築することが,最重要の課題となるのである。 3.2 同心円モデルの図式主義・形式主義 では,例の同心円モデルとは,これら二重の〈総合性〉 をうまく表現したものだったといえるのだろうか。 実は当時も先行研究でも,疑問があげられてきた。例 えば,「常にカリキュラム構造について一貫した理論を 展開したことの意義は高く評価できるが,その反面『図 式主義』『形式主義』などの批判も相次いだ」30)といわれ るのである。 同心円モデルは確かに「図式主義」「形式主義」的に みえるだろう。図 1 の右図に見るようにコアを円として 描き,周辺をも円として,そのコアと中心を共有させて 描いていることによると思われる。ここでは,コア(中 心課程),すなわちコア・コースがことさらに強調され て,〈一面的〉な印象を与えてしまうわけだ。 具体的には,その〈一面性〉とは,周辺に据えられた 各教科の知識・技能が「道具(用具)」「手段」として位 置づけられていることが,ことさら視覚的に強調されて しまうことを意味している31) 。 今日的には,コア・カリキュラム全体を見わたした上 で,コアと周辺との〈統一的〉な関係をうまく表現する こと,かつそれぞれの意味を解明し直すことが,課題と されるべきだろう。 3.3 「人間」像による〈統一〉 カリキュラム全体のこの〈統一性〉が,以下の回想に みるように,「人間」像に密接に関わっていたことは重 要である。 「人間は,もともと,バラバラの諸能力の寄木細工 なのではなく,全一の統一体として生きているのだか ら…あらかじめ全体として統一構造をもつかたちにま とめて教えるべきである」32) もともと「人間」が統一的な存在なのだから,その発 展をめざすカリキュラム全体をも〈統一的〉なものへと 再構成すべきだとの理由づけは注目される。コア・カリ キュラムとは,「統合した教科・教材によって統一ある 人格を形成しようとする統合カリキュラム」33)の一種とし て分類できるものなのだ。 言い換えるなら,学ぶ側が〈統一的〉な人間,いわば 「人格」へと発達することができるよう,教える側が教 科,教材などを統合(総合)するかたちで計画したカリ キュラムなのである。 コア・カリキュラムとは,「さまざまな理論や実践形 態があるにせよ,教科や学習内容の『統合』はすべて, 学習者の全体的・統一的な発達をねらいとして,それぞ れ既存の教科の枠や知識の体系にとらわれない学習領域 を構成する試みであった」34) のだ。 今日的にも,何らかの〈統一的〉な「人間」像,いわ ば「人格」像をカリキュラム全体の目標にすえるべきこ とに変わりはない。この「人間」像なくしては,同心円 モデルにみるように,コア(中心)に全てが集中される かのように〈一面的〉な誤解が向けられるからである。 しかし,この「人間」像としてのカリキュラム構造を モデルに表現することは,困難なこととなるだろう。 以下では,〈総合性〉をめぐる以上のような諸問題を 念頭に置きながら,コア・カリキュラムを新たなかたち のモデルへと再定義していきたい。 4.コア・コース —生活単元学習批判と単元 まず,戦後初期の日本という歴史的な文脈にも戻っ て,コアに据えられたコア・カリキュラムそのもの(コ ア・コース)の理念とモデルを検討してみよう。 4.1 生活単元学習への批判 コア・カリキュラムには,先述したように,分化主義, 多教科並列主義への批判が込められていた。しかし,日 本のコア・カリキュラムには,さらに,戦後新教育の他 の類型への批判という明確な意図も含まれていた。 その意図とは,当時の文部省が学習指導要領(試案) で提起した生活単元学習に対する批判である。生活単元 学習とは,学問的な知識ではなく,児童生徒の生活経験 によって基礎づけたひとまとまりの学習活動である。生 活を手段とし,生活を通じて各教科の知識・技能を教え るべく構成された「単元」であった35) 。 この生活単元学習は,あらゆる教科に導入され,それ ぞれ全く別々に経験・活動を導入したために,数々の無 理を来たしていった。教科相互の内容に重複が生じたり, 教師にも児童生徒にも精神的・時間的に過重負担となる などしたのである。 そこで,これらの矛盾を解決するために,各教科でバ ラバラに導入されていた経験・活動が,まず新設の社会 科などに一本化され,コア(中心課程)としてまとめ上
げられたわけである。続いて,他教科が,コアに関連す る知識・技能を教える周辺課程として捉え直されていく。 コアと周辺とを有機的に関連させたかたちで,コア・カ リキュラムという全体構造が,図 1 右でみたようなもの として提案されていくのである。こうして,コアを囲ん で周辺にもう一重の円を描いた同心円として,コア・カ リキュラムが図式化されることになった。 コア・カリキュラムとは,コア・コースのみに注目す るなら,確かに生活単元学習に近い意味をもつ。しかし, そのコア・コース自体は,生活単元学習がもつ意味を超 えて,論者ごとに多彩に論じられつつ,何らかの〈総合 性〉を〈ユートピア的〉に盛り込んでいたのである。 4.2 超教科的な「生活経験」 生活教育論としては,様々な提案のうちでも,梅根悟 による解釈が注目される。ただし,彼の論考のうちでも, 1947–9年に発表されたものに限定してみよう。 戦後初期,また先行研究でも,梅根のいう「生活」概 念は,教科や科学と対立するものとされてきた。たしか に,梅根の戦後初めての稿にある「科学の体系に代える に生活の体系を以てする」36)との表現には,そう解釈され る余地がある。とはいえ,梅根はコア・コースとして, 戦後に新設された社会科という教科を想定していた。 ただし,梅根はこの社会科に,教科以上の内実を含意 させていたのである。梅根は『カリキュラム』の創刊号 ほかで,次のような解説をした。 カリキュラムのコアは,「社会科とか理科とかいうよ うな一つの教科ではなくて,超教科的なそして包括的綜 合的な生活経験」37)だというのである。 この「生活経験」の具体像を,梅根は別稿で,「行事」 および継続的で「組織的な日常的文化活動」(学級の新 聞,農場,消費組合,自治会など)と解説する38) 。これ らは,後にいう生活指導,または特別活動に近いもので, 各教科に分化する前の〈未分化性〉を特徴としている。 (それは後に,「日常生活課程」あるいは「生活実践課 程」としてモデル化された。図1左の「三層四領域」で いえば,最下層に位置づけられるものである。) 梅根は,今でいう教科外の生活指導を,社会科という 一教科の時間枠の中で実践すべきだと唱えたことになる。 この提案は,社会科固有の教育内容やその系統性を無視 している,「学力低下」を招く,「はいまわる経験主義」 ほか多くの批判を呼んだ。こういった批判に押され,コ ア連が衰退する過程において,これらの活動は教科外に 追いやられ,今日もそうであるように,主に特別活動 (特別教育活動)として位置づけられていくのである。 4.3 「生活」〈活動〉 単元 他方で,コア連の初代幹事長,海後勝雄 (1905–72) によ る「作業単元」39),初代委員長の石山脩平 (1899–1960) に よる「綜合教科」としての社会科40) といった論もある。 ここでは詳述できないが,これらのように,必ずしも 「生活」を誇張しない異なるコア論も主張されていたの である。にもかかわらず,梅根のラディカルな論が,コ ア・カリキュラム論の代表であるかのように受け取られ, 批判が集まったのである。外部の批判者たちによる不幸 な〈一面化〉だったといえるだろう。 ただし,石山,海後らもまた共有していた解釈がある。 それは,梅根のいう「生活経験」を〈活動〉あるいは 〈生活・活動〉と言い換えるなら,そうしたものをすで に〈総合的〉なものとして,コア・コースに据えていた という点である。 さらにいえば,単元もまた,少なくとも梅根において は〈活動〉として理解されていた。梅根によれば,単元 とは,「初めがあって終わりがある。その間に一定の順 序があって進行する首尾完結した一かたまりの学習活 動」41) のことを指す。 後にコア連においては,単元〈活動〉を単位とした カリキュラムの構成法が,精力的に論争されていく。こ の場合の単元は,生活単元学習にとどまらない位置づけ がされ,重要な論であるのだが,コア・カリキュラム全 体におけるその位置づけは,他日に検討したい。 以上のように,梅根がコアに据えた「生活経験」は, 今日にみる一教科としての社会科でも,教科や領域,時 間枠でもなく,〈活動〉,〈生活・活動〉あるいは単元と 言い換えられるような〈ユートピア〉なのである。この 点では,ヴェーバーのいう「行為」という概念に近い。 ただし,梅根ほかのいう〈生活・活動〉は,行事,新 聞づくり,消費組合といった活動を示し,子ども相互の 協同の〈活動〉全体を指していた。その点で,ウェー バーのいう個人単位の行為とは異なっている42) 。 以上のように,コア・コースとは,形式主義的な同心 円モデルにあっては〈一面的〉に見えるものの,それ自 体ですでに〈総合的〉な性格を含み込んでいた。ただし この場合,教科に分化する前の〈未分化〉という意味で の〈生活・活動〉を意味していたのである。
5.広義としての全体構造 —コアに知識・技能 を〈接合〉した立体モデルへ コア・カリキュラム全体を図式化しようとするならば, 先述した意味での〈総合性〉,すなわち〈統一性〉が表 現できるような,ひとまとまりのモデルを描くことが課 題となる。この試みは,この一連の〈生活・活動〉を通 じて,いかに「連続的」に,教科の知識・技能が学ばれ ると想定されていたかをモデル化することに等しい。こ のことは,当時の批判や先行研究を改めて検討するため にも,きわめて重要な考察となる。 5.1 周辺課程としての各教科 コア連では実は,「学力低下」が問題化する直前から, コアに対する周辺(周辺課程)とは何かがさかんに論議 されていた。周辺の定義じたいにも,実は多彩なバリ エーションがあった。コア連においては,各論者がじつ に多彩な論を提案しあい,『カリキュラム』誌上や研究 集会で論争が繰り返されていた。海後勝雄はコア連の結 成大会 (1948) で,すでに「周辺教科と練習教材」をテー マに講演し,次いで「関連課程」,「ドリル・コース」を 提唱した。また,石山脩平,広岡亮蔵も,ミニマム・ エッセンシャルズについてしばしば論じた43) 。 また全国の小・中学校などの加盟校では,コア・カリ キュラムと同じく称しつつ,それぞれ個性的なカリキュ ラムが構築されていた(図 1 の北条小学校の場合がその 一例である)。その〈多彩さ〉自体が,日本のコア・カ リキュラムに特有な見逃せない特徴であった。とくに, 戦前からの蓄積があった実践校では,すでに各教科の基 礎的な知識・技能について教え,それに習熟するための 課程や単元の特設が試みられていた。 また,戦後の新しい実践校でも,コアに据えた〈生 活・活動〉を発展させるためにも,各教科の知識・技能 を教えるべきことが,次々と自覚されていくのである44) 。 以上のように,コア連においては,その結成当初から, 各教科の知識・技能の教育が重視されていったのである。 5.2 広義のコア・カリキュラムと「とり立て」 こうして,広義のコア・カリキュラムのうちに周辺を 位置づけることが,切実な課題として追求されることに なる。 カリキュラムの類型としては,教科と教科の結合法と して,相関カリキュラム,融合カリキュラム,広領域カ リキュラムという順で,さまざまな方法が提案されてき た。それらに比して,コア・カリキュラム(広義)とは, 大胆にも〈生活・活動〉を中心にすえた最も〈総合的〉 な統合カリキュラムということになる45)。 その〈総合性〉は,相関や融合という意味ではない。 〈未分化〉や〈統一〉といった意味にもとどまらない。 作業,調査,討論,発表,劇といった一連の〈生活・活 動〉をコア・コースとし,他教科の知識・技能をその周 辺に位置づけた統合カリキュラム(当時の梅根の表現で は統一カリキュラム)なのである。 コア・カリキュラムのような統合カリキュラムとは, 通常の教育課程に比べるならば,特色ある発想だといえ る。学校や大学ではふつう,各教員が担当する各教科・ 科目ごとで別々に内容を設定・確定しそれらを並列させ るか,せいぜい互いにどう「結合」するかという発想で, カリキュラム全体を見わたすにとどまるからである。「結 合」は各要素の加法という発想で,他方のコア・カリ キュラムのような〈総合〉はいわば乗法の発想であって, 要素・単位相互の結び付け方が全く異なる。前者の「結 合」では各要素に変化はないが,後者のような〈総合〉 においては,各単位が相互に影響しあって変化すること になる。 ここで,戦後の研究と論争を踏まえるならば,周辺や 道具(用具)とされた各教科の知識・技能を,独立に教 えるような機会や課程を位置づける試みが重要である。 知識・技能を教える機会を軽視せず,あくまでその課程 などを「とり立て」て設定するか否かこそ,広義のコ ア・カリキュラムの成否を左右したからである。 では,この広義のコア・カリキュラム,あるいは「コ アのある全体計画」における〈総合性〉は,いかにモデ ル化しなおすならば,より〈一面的〉でなくなるのだろ うか。カリキュラムが,概念によって構成された〈ユー トピア〉であるとするならば,過去と現在の現実から区 別して,さらに豊かなイメージを膨らませることもでき るだろう。同心円モデルより適切なモデルの描き方が, ありうるのではなかろうか。 5.3 コア・カリキュラムの立体モデルへ 同心円は,平面モデルであるかぎり,コアの〈総合性〉 〈未分化性〉とカリキュラム全体の〈総合性〉〈統一 性〉とを,いずれも十分に表現しえないものとなる。 そこで本稿においては,同心円モデルを,粘土とレ ゴ・ブロックを使った立体的なモデルへと再構成し,新 たな提案をしてみたい。この試みにより,知識・技能の 「とり立て」指導とその〈生活・活動〉との関連性とを 明確に示せるものと期待できる。
さて,カリキュラムといえば一般に,冒頭にみたよう な,それぞれの教科・科目(以下,各教科)の教育内容 を系統的に構成したものが,まずイメージされる。たと えれば,さまざまなレゴ・ブロックのパーツ(要素)を, それぞれの完成モデルを目指して組み上げたようなもの である。教科担任制の中・高・大学では,それらの教科 を互いにどう絡ませていくかまでは考えづらい。あたか もレゴ・ブロックは,縦に積み重ねるように組み合わせ られるが,横の方向にくっ付けるようにかみ合わすこと が難しいのと同じ様である。 そこで,先述したような経過において,調査,研究, 発表,劇,討論,作業といった〈生活・活動〉の導入が 試みられるわけである。すなわち,これまでの要素とは 異なる材料として,別に粘土のように柔らかく可塑的な 〈未分化〉なものを用意して,この粘土の一まとまりの 球を,コアとして設定するわけである。これがコア・カ リキュラムそのもの(コア・コース)ということになる。 さらに,広義のコア・カリキュラムとしては,この粘 土球(コアとしての〈生活・活動〉)の周辺に,レゴ・ ブロックの塊(教科)を,必要に応じていくつかくっ付 けたものとなる。モデル化すれば,図 2 のようになる (コア・カリキュラムの立体モデル)。 その際,ブロックの塊それぞれに,〈生活・活動〉(粘 土)をくっ付けておくと(つまり教科の一部を生活化し たり,生活化された教科を設定しておくと),コアによ りスムーズに接続させることができるだろう。 こうして,コアとしての〈生活・活動〉(粘土)の周 辺に,各教科またはその一部(レゴ・ブロックの塊)を うまくくっ付けたような作品として,ひとまとまりのカ リキュラムが成立することとなる46) 。 5.4 〈接合〉という新しい〈総合〉課題 この立体モデルからイメージされるように,各教科, またはその個々の知識・技能は,コアとしての〈生活・ 活動〉にいわば〈接合〉されているといった方がよい。 もとから同質な〈未分化〉や,同質に向かう〈統一〉と いうよりも,いわば異質なもの同士を異質なままに〈接 合〉し合うという意味で〈総合的〉なカリキュラムだか らである。 各教科の知識・技能が周辺に位置づけられたとしても あくまで独立に,かつ密接にコアと〈接合〉されるか否 かが,「学力低下」が問われる今日,重要な点なのであ る。ただし,コアと知識・技能とが分離されないように, 教科の生活化された部分を媒介にして,充分に深く〈接 合〉されなければならない。 〈一面性〉(第一の〈総合性〉)をぬぐい去り,〈統一 性〉(第二の〈総合性〉)がありながら〈多彩性〉を含ん だモデルを描くには,この〈接合〉という三つ目の〈総 合〉法が,新たに研究されるべき課題として浮上する。 コア・カリキュラムのモデルを描くには,コアと周辺の 〈統一性〉よりも,両者をそれぞれ異質なものとして表 現し,それらをうまく〈接合〉する方式を,詳しく探究 すべきなのである。さしあたり,一つの「理念型」とし ては,立体モデルが有効だと考えられるのだ。 ただし現実は,必ずしも全ての研究校のコア・カリ キュラムが,図 2 のようにモデル化できるものではな かった。とはいえ,コアとしての〈生活・活動〉だけで も,各教科のさまざまな要素だけでもなく,両方がとも に重視されていたという点は,全ての学校,論者に共通 していた。実際に,各校のコア・カリキュラムがどう図 式化されていたのか(その一例が,図 1 の北条小のカリ キュラム)を,今後の研究課題としていきたい。 おわりに —現在のカリキュラム問題への示唆— 1950年代前半に,コア連が激論の末に形成してきた 「三層四領域」というカリキュラム・モデル(図 1 の一 番左)もまた,図 2 と同様のモデルへと再定義すること ができるだろう。「三層」に限っていえば,最下層(生 活実践課程)を粘土球,中層(問題解決課程)を〈接 合〉のための粘土,最上層(基礎課程)をレゴブロック の複数の塊にたとえてみることができる。 図 2
だが,同心円や「三層四領域」といった平面モデルを こうして立体的なモデルへと捉え直した場合でも,若干 の〈一面性〉が残ってしまう。コア・カリキュラムとは, 最終的には〈総合的〉な「人間」像を目標として,それ を表現したカリキュラム(学びの履歴)である。ここか らイメージされるように,もっとそのダイナミックさと 臨機応変な変動とをうまく表現するべきなのだ。 コアとして設定された〈生活・活動〉において必要と なった各教科の知識・技能は,タイミングをしっかり見 定めながら,適宜教えられる必要がある。逆に各教科で 教えられた知識・技能は,コア・コースを通じて,具体 的な文脈と必要に応じて意味づけられるものとなる47)。 ならば,たとえで言うレゴ・ブロックは,分解,合体な どの組み換えが盛んにされたり,ブロック自体の材質が 粘土のように部分的に変質したりしなければならない。 さらに,各教科の知識・技能が教えられるに伴って, 〈生活・活動〉自体がダイナミックに編み直されること が期待される。よって粘土球がこね直されたり,付加や 一部の除去がされたりしなければならない。 あくまで立体モデルもまた「理念型」であるかぎり, 〈一面性〉や〈ユートピア性〉を免れないのである。今 後いっそう適切なモデル化を求め,創ったモデルを壊し ては創り,その試みを繰り返すこと,また歴史の文脈で その検証を続けていくことが必要であろう。 コア・カリキュラムの作成と実践には,長年の試行錯 誤が不可欠なはずだった。コア・カリキュラムをモデル 化し,その効果を検証する実践にとっては,5 年程度の 試行はあまりに短すぎたのである。半世紀が過ぎた今日 でもまだ,その試行を続ける意味はあるだろう48) 。 * * * * * * * 近年,「ゆとり教育」とともに,「総合的な学習」が批 判されることがある。しかし,批判されるべきなのは 「総合的な学習」自体ではない。むしろ,1990 年代を通 じて,「新学力観」の名のもとに,カリキュラムの全体 像や人間像もなく,活動のあらゆる教科への導入が〈一 面的に〉急かされてきた点にこそ,問題があったと考え る。算数的・数学的活動,話す・聞く(国語),オーラ ル・コミュニケーション(英語)の重視などは,知識・ 技能を教えながらでないかぎり,当然に「学力低下」を 結果する。 半世紀ほど前,同様な点で生活単元学習が無理を来た したことを想起すべきであろう。一般的にも,各教科ご とに別々の経験・活動を導入することは,活動内容の重 複とロスを,また時間的・精神的な過重負担を招くもの である。これらの問題点を克服するため,半世紀前に考 案されたのが,本稿で再評価した日本独自の〈総合的〉 なコア・カリキュラムに他ならない。 半世紀後になって,生活単元学習の失敗がまた繰り返 されようとしている今こそ,カリキュラムの全体構造を 見通して,〈生活・活動〉の導入と各教科などとの〈接 合〉といったコア・カリキュラムにおける試みを,新た な発想で再スタートさせる価値があるのではないか49)。 大学におけるカリキュラムに関しても,コア・カリ キュラムから学びとれる発想があると考える50)。 註 1) 「特別活動」の内容は,学習指導要領が改訂される ごとに変遷してきたが,現在の小学校版と中学校版 では,学級活動,学校行事,児童会活動(小)ま たは生徒会活動(中)の 3 つで構成されている。 2) 「総合的な学習の時間」は,新しい学習指導要領の 小学校・中学校版(平成 10 年),高等学校版(平 成 11 年),盲学校、聾学校及び養護学校版(平成 11年)に初めて登場したもの。文部省・文部科学 省は,具体的な課題や名称,形態などは各学校の創 意工夫にゆだねたが,週 13 時間程度の配当は義 務とした。 ただし,民間側にも,「総合学習」と呼べる遺産 が存在していた。古くは大正自由教育の合科学習ほ か,新しくは 1970 年代後半,日教組委嘱の教育制 度検討委員会,中央教育課程検討委員会が提唱し た「総合学習」にさかのぼることができる。詳しく は,『中野光教育研究著作選集』全三巻 (2000) つな ん出版,および拙稿「『総合的な学習』の現在,過 去,未来」,武蔵野美術大学造形学部通信教育課程 教科書,小久保明浩・高橋陽一編『特別活動論』 (2002)武蔵野美術大学出版局,ほかを参照。 3) 「新学力観」あるいは「新しい学力観」は,「自分で 課題を見つけ,自ら考え,主体的に判断したり,表 現したりして,より良く解決することができる資質 や能力」(『我が国の文教施策(1994 年)』)と定義 される。平成元年版の先の学習指導要領のもとでの 指導要録において文部省が採用した。それまでの 「知識・理解」重視,「教え込み」を批判し,「関 心・意欲・態度」重視への転換を図ったのである。 具体的には,通知票(通信簿)の評価も「関心・ 意欲・態度」重視にし,授業の進め方としても挙 手,討論,発表,レポート,ノートチェックなどを 重視,入試においても内申書・調査書,推薦など多 様な方法を奨励した。 4) コア・カリキュラムの研究と普及を担ったコア連の 歴史については,後身の日生連が編集した『日本の
生活教育 50 年』(1998) 学文社,川合章『生活教育 の 100 年』(2000) 星林社,他を参照。なお,機関誌 『カリキュラム』(194959) には復刻版がある (1982) 日本図書センター。 5) 「第一回全国コア・カリキュラム研究協議会の招請 状」(1948 年 10 月 1 日付け)より。 6) 梅根悟は日本を代表する教育史家,教育学者であ り,東京文理科大学,東京教育大学に勤め,後に 和光大学初代学長を務めた。その間,コア連・日生 連の委員長も何度か務めた(第二代 1952–56,第六 代 1966–80)。1970 年代に「総合学習」を提唱した 教育制度検討委員会(第 1 次),および中央教育課 程検討委員会において,委員長として活躍したこと も広く知られている。彼のコア論は後に,日常生活 課程としてモデル化される。 彼の生涯と研究の経過については,梅根先生の退 官を記念し新出発を祝う会編『ある教育者の遍歴』 (1966)誠文堂新光社, 梅根悟『 教育史学の探究』 (1966)講談社,回想座談会『梅根悟 教育研究五十 年の歩み』(1973) 講談社,ほか回想的な記録を参照。 他にも, 和光大学附属図書館編『 梅根悟著作目 録』,『梅根悟教育著作選集』全 8 巻 (1977) 明治図書, 『生活教育』1981 年 1 月号の追悼特集,ほかがある。 7) 梅根悟「コア・カリキュラムについて」,山崎喜与 作編『コア・カリキュラムの研究』(1948) 11 頁,社 会科教育研究社,ほかを参照。 後に書かれた以下の文章は,歴史叙述ではある が,コア・カリキュラム論の意図が表現されたもの である。 「学校の教育課程は昔はただやたらに,教えてお く必要があると思われる知識や技能を並べただけの ものであった。あれこれ並べただけのものであった。 そのあれこれがだんだん種類が多くなって繁雑にな り,重複もあり,子どもはお互いに横のつながりの ない知識をばらばらに学ばされて,頭を混乱させる ばかり,というようなことになって,もっとカリ キュラムを整理しよう,もっと統一のあるカリキュ ラムを作ろうという要求が出てくるようになった。」 (梅根悟『日本の教育改革』(1975) 119 頁,大月書 店)。 8) 梅根悟,前掲論文「コア・カリキュラムについて」, 11頁,梅根『コア・カリキュラム』(1949) 25 頁,光 文社,『梅根悟教育著作選集 6』(1977) 明治図書,お よび梅根「生活学校とコア・カリキュラム」『カリ キュラム』1949 年 1 月号(創刊号)5 頁,ほか。 9) 船山謙次による『戦後日本教育論争史』(1958),同 『続』(1960) 東洋館出版社ほか,通史的な先行研究 においては,全てにおいてそう規定されてきた。 10) 前掲した梅根悟「コア・カリキュラムについて」(山 崎喜与作編『コア・カリキュラムの研究』(1948) 9–11頁,社会科教育研究社)を参照。この論文を 検討した先行研究は管見によれば皆無だが,コア・ カリキュラムをその歴史と理念を踏まえて再定義す るにあたっては,必読の文献である。 11) 梅根悟「コア単元と教科単元」,『カリキュラム』 1949年 6 月号,5 頁。 12) コア連を「民間文部省」と称した新聞記事ほかは, 読売新聞社編『日本の新学期』(1955) 93–7 頁,読売 新聞社に再録されている。 13) 「はいまわる経験主義」は矢川徳光『新教育への批 判』(1950) 刀江書院にあり,広岡亮蔵「牧歌的なカ リキュラムの自己批判」は『カリキュラム』1950 年 3月号に掲載され,ともにほぼ同時期のものである。 「学力低下」言説については他日に検討したいが, すでに 1940 年代後半,コア連が成立する前から出 現していた。 コア・カリキュラム批判については先行研究で 様々に整理されてきた。そのうち,川合章『生活教 育の 100 年』(2000) 103–112 頁,星林社が,コンパ クトだが比較的詳しく,より客観的な記述となって いる。 14) 拙稿の「生活・経験か生産・労働か—民教協から の梅根悟・生活教育論批判の再検討—」東京大学 大学院教育学研究科教育学研究室『研究室紀要』 26 (2000)ほかで,詳しく整理した。 15) 庁茂「科学と倫理—認識の意味」,徳永恂・厚東洋 輔編『人間ウェーバー』(1995) 66–7 頁,有斐閣。 中野泰雄は,自然科学と社会科学との関係に注目 して,次のような解釈をしている。ウェーバーは, 「理念型」の概念のなかに,「『理想』と『型』との, 一方は,言わばプラトン哲学的な,他方は自然科学 的な,二つの対立した概念を統一することによっ て,両者を止揚し,社会科学における概念形成を独 自のものとして,自然科学的概念との混同をさけ, 社会的歴史的現実にたいする概念の関係を,まさに ユークリッド幾何学とニュートン力学による空間概 念が近代物理学によって転換されたように,プラト ンの洞穴の影絵と太陽との比喩をより高い次元で復 元したのである。」(中野泰雄『マックス・ウェー バー研究』(1977) 32 頁,新光閣書店)。 16) マ ッ ク ス ・ ヴ ェ ー バ ー 『 社 会 科 学 の 根 本 概 念 』 (1922),清水幾太郎訳 (1972) 8 頁,岩波文庫。訳に はドイツ語原典および他の訳文を参照の上,変更し た部分がある。 17) マックス・ヴェーバー『社会科学と社会政策にかか わる認識の「客観性」』(以下,『客観性』)(1904), 富永祐治・立野保男訳・折原浩補訳 (1998) 123 頁, 岩波文庫。 18) シェルティングの指摘によると,「理念型」は,人 間行為の意味を構成したものとしての概念と,「歴 史的個体」とを両義的に指している。前者は,国 家,施設,教会,自然経済といった,時間を超え場 所を超えた概念で,これは〈類的理念型〉または 〈複合的理念型〉〈総合的理念型〉と呼ばれる。後 者がプロテスタンティズムの経済倫理,資本主義の 精神,古代ポリス経済,イタリア・ルネサンスなど