大学での外国語の授業から見る今日的課題
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(2) 北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)第70巻 第2号 Journal of Hokkaido University of Education(Humanities and Social Sciences)Vol. 70, No.2. 令 和 2 年 2 月 February, 2020. 大学での外国語の授業から見る今日的課題 山田 祥一*・阿佐宏一郎** *. 北海道教育大学旭川校英語学研究室 **. 文京学院大学 外国語学部. Current Issues in English Language Teaching at University YAMADA Shoichi* and ASA Koichiro** *. Department of English Linguistics, Asahikawa Campus, Hokkaido University of Education **. Faculty of Foreign Studies, Bunkyo Gakuin University. 概 要 現在,北海道教育大学の外国語の授業の一部でTOEICを取り入れて,その得点を学生の評 価の指標として大学内での様々な活動に利用している。こうした取り組みは分かりやすい評価 指標を示すということと,一時期でも強制的に英語の学習を促すという利点がある。その一方 で,そうした授業での努力は学生の将来的なキャリアへと結びつく能力としての英語力を身に つけるための継続的学習には繋がっていないという現実がある。本稿では他大学のTOEICを 用いた授業の実践例として,文京学院大学の事例を取り上げ,外国語学習には「動機付け」と いう古くて新しい問題があることを示し,その改善のための実践例を含めた課題の提示を目的 とする。. はじめに 大学では一年次に外国語(英語)の授業を基礎科目として履修することが必修となっているが,大学で外 国語を中学校・高等学校での学習に引き続いて行う本来の目的は,個々の興味に従ってより高度な学問を行 う際により多くの情報を入手するための手段として,少なくとも辞書を引けば何とか専門の論文を読み解け るだけの基礎的な力を養うためのものであるはずである。しかしながら,英語を専門とする学生を除いて, 多くの学生は外国語を勉強し続ける意義や目的を持たず,いわばそれまで「やらされ続けてきた」必要のな い勉強をようやく終えられる,という程度の位置付けでしかない。そうした状況では大学での外国語の授業 は必修単位を埋めるためのものに成り下がり,その結果,大学を卒業しているのに英語もろくにできない, と言われてしまう社会人を生み出すことになる。 当然,こうした状況は改善してしかるべきである。昨今の経済界からの要請もあり,使える英語を身につ. . 31.
(3) 山田 祥一・阿佐宏一郎. けた上で大学を卒業するべきであるという観点からこれまで様々な施策がなされて来た。そのひとつとし て,TOEICを受験し一定の点数を取らなければ単位が取得できないという制度が導入され,北海道教育大 学でも実施している。TOEICを受験することやTOEICそれ自体の問題点については様々な議論がなされて いるが,そうした問題点の指摘は本稿の目的ではない。TOEICを導入している現在の状況は上記の大学で の外国語学習という観点からどう見えるのか,そしてそこから見える課題は何か,という観点で考察と提言 を行うことが本稿の目的である。. 1.外国語学習の動機付け 日本人が英語を外国語として学習する際には,強い目的意識へとつながる動機付けが必要である。一般に 誤解されていることの一つとして,母語の獲得と外国語学習とを同一視して(この時点ですでに別の誤解が あることを後述する)きちんと教わればできる様になると思われていることが挙げられる。人間が母語を習 得する際,4〜5歳までには基本的な文法構造を習得すると言われており,言語学では入門書でも記載があ るほど基礎的な通説である(Fromkin, Rodman & Hyams, 2014)。つまり,我々は日本語の文法をかなり早 い段階で習得し,日々の生活の中で必要に応じて語彙を増やして行くという言語活動を絶えず続けて大人の 文法へと至る。この際,文法の習得については「教わることなく」習得するものであり,まさにこの「教わ らずして身につけられるのはなぜか」ということ自体が言語学における解明すべき課題である。外国語を第 二言語として学習する際には,母語を習得する様な段階は踏めず,さらに言えば言語習得の臨界期と言われ る中学生の年齢に相当する時期に英語の学習を始めた場合には母語と同じレベルには習得できないとさえ言 われている(Fromkin, Rodman & Hyams, 2014)。つまり,外国語の学習は我々が当たり前の様に身につけ た母語と同じ学習をすることはできない上に,単純に教わればできるというものでもないのである。外国語 の習得は学問に王道なしと言われるのと同様,絶えず学習することが必要であり,中学・高校での授業時間 でも,それに加えて大学の授業の時間でも到底足り得ない。また,日常において英語でインプット,アウト プットを繰り返すことは生活上必要でないという環境下では継続的に学習を続けることも極めて困難であ る。したがって,継続的に外国語の学習をするにはそのための強い動機付けがなければならないのである。 一般に大学での外国語の授業は位置付けとしては教養科目の一部で,1,2年次で単位を取ればその後の 専門に結びつけるための学習は個別に任されることになる。大半は継続的に学習を続けることなく,目的意 識もないまま,ようやく「やらされている勉強」が終わった,として片付けてしまうことであろう。目的意 識の向上のためには将来の目的,つまりキャリア教育との連携が一つの重要な要素であるが,外部試験の導 入はおそらく大学の「出口」における学生の能力を図る指標の一つを持つことができる,という意味におい て導入が促されたものであろう。北海道教育大学旭川校においても外国語の授業(英語1・3)でTOEIC の受験が義務化されて,その得点が授業の成績評価の大部分(70%)を占めている。このような状況である と学生が授業に出る動機は割合としては少ない平常点の確保,テストでのテクニックの習得,という点に絞 られることになり,大学での学問をするにあたって,より高度な知識を学ぶためのツールとしての英語を学 習する,という考え方で授業に参加する者はあまり多くないのではないだろうか。つまり,外部試験を導入 することによって得られる動機付けは外国語を学ぶ本来の目的には向かわず,依然として大学内での単位の 取得という動機から脱却していないのである。ではTOEICを使用することで授業を活性化することはでき ないのか,次節では他大学での実践例を見ることで,大学における学部・専攻の同異を問わず外国語の授業 に共通する課題を見出す。. 32.
(4) 大学での外国語の授業から見る今日的課題. 2.TOEIC授業での動機づけ(文京学院大学での実践例) 筆者阿佐は必修の英語関連の授業(英文法・語彙を扱うもの,Reading)を計4コマ,TOEIC対策を行う 授業を計4コマ(非常勤先3コマを足すと7コマ)担当している。東京都文京区にある文京学院大学 外国 語学部は教養系もしくはビジネス系の専門分野を持つ学生を育成する学部で,英語を生かしながら,加えて 専門性を持てるようにカリキュラムが組まれている。英語については教養・ビジネスどちらの専攻でも必修 科目・選択科目が共通で設定されており,1,2年次は週に2回同じ英語ネイティブ教員による英会話の授 業「Communicative English」,週に1回英文法と語彙の授業「Integrated Skills」,加えて「Reading」と 「Writing」が各1コマある。3,4年次の選択必修科目「Content-based English」は教員(全員英語ネイ ティブ教員)ごとに異なるトピックで開講されるプロジェクト型の英会話の授業で,学生はトピックを選ん で履修する。3,4年次の科目「Oral communication」は英会話の発展編の授業でそれも必修である。 「Writing」は1〜3年次までとして設定されており,3,4年次まで英語の必修を入れることで,1,2 年の時に培った英語力が低下しないようにして,卒業時に英語力を担保する意図でカリキュラムが組まれて いる。これらの必修に加えてTOEIC関連の授業があり,受験のサポートを行っている。そのような英語を 核とした学部でありながら,英語を専門に学ぶ学生ばかりではないのが文京学院大学の外国語学部である。 また昨今の大学生の学力低下の中,英語を核とする学部でありながら,英語が苦手な学生も多く入学してお り,当然,英語の動機づけは重要な要素となる。 TOEIC対策の授業の中でも大学独自の工夫がされなければ学習者の動機は維持されない。TOEIC対策は 英語教育企業に外部委託すればよい,大学教員がやる必要はないというような声も聞かれる。TOEIC対策 の授業で,最初から最後までTOEICの問題を解くようなシラバス展開にするのであれば,その声に対して は「Yes」と答えるべきだが,大学という機関に属しているのであればその知識や理論や経験や教材を TOEICの授業にも生かしていくべきである。授業での言語学的知見,文法事項の転移については共著者の 山田から述べるが,文京学院大学外国語学部が実践しているTOEIC対策の授業での動機づけについて以下 の内容で述べる。①大学レベルで共通使用されているe-learning教材の使用,②学内TOEIC IPテストの結 果を成績に反映する様々な試み,③各種制度による動機づけ,である。 ①大学レベルで共通使用されているe-learning教材の使用についてまず述べる。阿佐のTOEIC対策を実施 する授業で入門レベルから中級レベルまで一貫して千葉大学で開発された教育理論である三ラウンド・シス テム(竹蓋・水光,2005)にもとづくCALL教材「Listen to Me!」(高橋,2010)をオンラインで管理して 使用している。この教材は大学全体で使用されており,文京学院大学の学生であれば全員が無料で使用でき る。Windows PCとインターネットがあれば,学籍番号でログインすることで,どこからでも続きを学習す ることができる。内容はTOEICとは無関係の内容の教材であるが,TOEICへの学習成果の転移は教材を1 年間学習したものと全くしなかったものとで,有意差があることが分かっている(与那覇・根岸・阿佐, 2015) 。与那覇ら(2015)の分析結果を図1 に示す。文京学院大学外国語学部で1年間Listen to Me! を使 用した学生248名中,年間35〜45時間学習をした群は1年間でTOEICが平均で122.5点伸びていたが,Listen to Me! を学習しなかった440名は36.3点の伸びに留まっていた。他の必修科目などは一緒である点から考え て大いにこの教材がTOEICの伸びに寄与していると言える。また,統制群である「教材利用なし群」に対し, 利用あり群の中で人数が1,2番目に多い「5時間以上15時間未満の群(69名)」と「15時間以上25時間未 満の群(70名) 」について, 「教材利用なし群」のTOEICスコアの伸びとのt検定の結果,それぞれ1%水 準で有意差が認められた(t(507)=4.186, p<.01,t(508)=4.250, p<.01)(与那覇ら,2015)。しかし「440名 が利用していない,これは動機づけに失敗している」という見方もあるが,外国語学部全学年のデータであ. . 33.
(5) 山田 祥一・阿佐宏一郎. り,就活中に英語選択科目を履修する余裕のない3,4年生や,CALL教室の収容人数40名を超えた希望者 を抽選で落とさざるを得ない事情から,履修したくてもできなかった学生を含む。動機づけができていない 学生も一定数存在するが,440名という人数が直接「動機づけに失敗している」とはならないと考える。し かし,動機がある学生を上記のような諸事情から取り込めていないのも事実である。それらの学生をいかに 減らしていくかはまた別の課題と言える。解決を目指し,2019年度にCALL教室を70名定員に拡大し対応を 始めており,また,数年以内にスマートフォン対応が予定されているため,就活生の利用促進にも繋がると 考えられる。さらなる追加分析が必要であろう。. 図1:Listen to Me!(LTM) の使用・未使用とTOEICの伸び(与那覇ら,2015). このような効果のある教材をTOEICの授業で使用し,大学規模でモニタリングを行っている。誰が何時 間何の教材のどこを学習し,教材内のテストが何点であったかをチェックする。文京語学教育センター (BLEC)では専属の職員がその解析にあたり,4科目を終了したものにはBLEC所長顕彰という形で掲示 され,図書カードが贈られる。教材内のテストの結果が60%を越えていないと顕彰の対象にはならない。加. 34.
(6) 大学での外国語の授業から見る今日的課題. えてその教材内のテストだけでなく,授業中に受験するUnit毎のテストが3週間に1度あるため,学生は家 での学習もおろそかにすることはできない。学修時間の確保という点でも本教材をTOEICの授業に導入す ることで厳しくも力のつく授業が展開できている。これらの大学間での教材の提供や大学規模での使用と実 施,これは外部委託した際に得られるものとは少々異なるのではないだろうか。ただサーバーにe-learning 教材を置いてリンクを貼っておけば,学生がe-learning教材を学習し,自律的に力をつけることができる, というのはなかなか難しい話なのである。外部委託先にもe-learning教材があるところも存在するだろう。 しかし,教材があるかないかではなく,有機的に連携された環境があるかどうかがe-learningを成功させる 秘訣なのである。それらの形を提供できるのは大学に属してその制度も授業にリンクさせることができる大 学教員がTOEICを担当しているから,と言える。 ②学内TOEIC IPテストの結果を成績に反映する様々な試みについて以下に述べる。文京学院大学外国語 学部では毎学期末にTOEIC IPを全学部規模で2日間に分けて行っており,1000人弱が受験する。制度との リンクという意味では学内TOEIC IPの結果を授業の成績の一部に反映させることで,動機づけに活かすこ とができる。文京学院大学外国語学部では必修の「Integrated Skills」の授業の成績の10%を学内TOEIC IPのスコアで算出し,全担当教員に各学生の10%の成績の配点を配布している。各クラスは20名前後で構成 されるが,各クラスの前回のTOEICのReadingの平均点を算出し(文法と語彙の科目なのでListeningは計 算から除外) ,各学生がどれくらい伸びたか,それはそのクラスでどれくらいの位置にあるのかに応じて各 クラス内での成績配分を行う。各学生の得点の位置から10%中の何点を配分するかを計算する作業を行い, 毎学期500〜600名の履修者それぞれに成績配分を行っている。TOEICのクラスでも学内TOEIC IPのスコア とクラス内でどれだけ頑張ったかを評価する形で成績の一部にしている。 ③各種制度による動機づけについては以下に述べる。文京学院大学外国語学部での卒業要件はTOEIC L&Rで500点もしくは英検2級の取得となっており,2年終了時に400点がないものは3年の必修科目 「Content-based English」の履修が許可されない。留学や海外インターンシップの要件にもTOEICが採用 されているものがあり,まさにTOEICはやらざるを得ないものとなっている。制限・要件というものばか りではなく,1年間にTOEICが150点以上上がった者は表彰されて図書カードがもらえたり,800点を超え ると学修奨励金が出たり,学費にTOEICの受験料が含まれており毎学期末の受験時に学生が受験料を支払 うこともない。また後援会の援助により,期末以外のTOEIC IPテストは2100円(2019年度の例)で受験が 可能となっており,様々な制度的な動機づけの仕掛けがなされている。それらの環境的な授業外の動機づけ と,授業内での動機づけがリンクすることが重要である。 上記①〜③のような視点から,TOEICの授業であっても様々な動機づけの観点があり,大学独自の工夫 と考察,また教員や研究センターの分析などが有機的に繋がっていくことで得られる大学での英語教育の形 と言えるだろう。直近5年間のTOEIC800点以上取得者の数の推移を図2に示す。一旦は減少傾向にあった 人数が回復している様子がわかる。入学者の習熟度については毎年それ程の変化がなく,TOEIC800点を数 年後に取れるようなレベルに居なかった300名弱の入学生が,上述のような様々な仕掛けを通して上を目指 し,このような結果を修める者も一部ではあるが出てきている。カリキュラムの内外での仕掛けが功を奏し ているとも言えるだろう。 しかし,問題点もある。前期は1年生を中心に入学直後で動機も高いが,後期はその勢いが削がれ,履修 者数が減る点,また卒業要件のTOEIC 500点を越えた学生の動機付けである。与那覇ら(2015)の図にも ある通り,合計で248名がListen to Me! を学習しその多くがTOEICの授業を履修しているが,440名は受講 をしていない,Listen to Me! もやっていないということである。上述した諸事情を有するそのような学習 者帯を取り込み,いかに後期の履修に繋げていくか,いかに継続学習に繋げるかが課題と言えるだろう。. . 35.
(7) 山田 祥一・阿佐宏一郎. 図2:文京学院大外国語学部TOEIC800点以上取得学生数(2014〜2018年度). 3.北海道教育大学との違いから見る課題 本節では北海道教育大学における現状を前節の文京学院大学での実践例①〜③の観点から比較して見えて くる違いについて概観する。両大学における共通の課題は1節で述べた動機付けについての対策,そしてそ の動機付けを持続するためのキャリア教育への結びつけである。ここで挙げた二つの大学では学部の違いも あり,卒業要件として設定されている点数の違い等,一概に同一視も比較もできない側面はあるが,外国語 学習という観点からは共通する課題に取り組んでいることは明確である。 共通する事例における課題の一つ目である動機付けの問題として,e-learningの使用が挙げられる。これ については北海道教育大学でも2019年度から株式会社アルクのALC NetAcademyを導入し,学生は無料で 使用可能である。しかしながら,導入したばかりということもあり,現在は学生の自習用補助教材という位 置づけで,この教材の導入前後の効果等はまだ測定されていない。また,これとは別に使用している教科書 と連動している金星堂のCheck Linkも導入されている。授業内では主にこちらを使用していることもあり, 自習用としてのALC NetAcademyは筆者の担当したクラスの学生1には残念ながらほとんど活用されていな いのが現状である。ALC NetAcademyにはハーフサイズ,フルサイズの模擬試験が用意されているため, 本年度ではTOEIC IPテストに先立ってそれぞれの試験を最低一度ずつ受験することで授業の加点要素とす る,という措置が取られた。そのため,これらの受験率は高い(90%以上)が,それ以外の教材は残念なが らほとんど活用されていない。こうした教材の費用対効果向上のためにも授業内・外での工夫により使用率 の向上に努めるべきであるが,それと同時に前節で述べたように,教材を用意した,というだけではなく, 有機的に連携された環境があるかどうかが重要である為,この点の整備は急務である。また,外国語学部で はなく,教員養成課程を擁する教育学部において3年次4年次における学習の継続を促す動機付けについて は各専門分野にとってどの程度必要かの議論も含めたゼロに近い状態からのスタートを余儀なくされる。 二つめに,動機付けの持続の問題がある。両大学ともTOEIC IP TESTのスコアを授業の履修要件や留学 のために必要なものとして連携している点では同じであるが,外国語学部ではない北海道教育大学において は,留学等の海外での活動を視野に入れている,もしくは英語の教員免許科目を履修するという目的を持つ 者の学習への連携にとどまる。大学に入学してくる全ての学生に継続的に外国語を学習させる,などという ことは現時点ではおそらく荒唐無稽な理想であり,夢物語であるだろう。学生の興味は個々に異なり,将来 の目標もまた異なるのが当然である。そうした多様な学生に対して持続的に英語の学習をさせるための術な. 1 筆者山田の担当するクラスは英語教育専攻を除く,教育発達,国語教育,社会科教育,数学教育,理科教育,生活技術, 芸術・保健体育の各専攻の学生が受講しているクラスである。. 36.
(8) 大学での外国語の授業から見る今日的課題. どありはしないのだろうか。この点については本稿で問題としている動機付けが一つの重要な鍵となると筆 者らは考えている。個別に見れば学力も背景も異なる学生たちに対して,自らの興味や関心,目標に引きつ けて英語に接することが継続的学習への強い動機付けとなるということを提示することが一つの方法である。. 4.大学における外国語学習の課題 学生個々の興味,関心,目標が異なれば,英語を活用する場面もまた異なるというのが当然のこととして 思い浮かぶ。再び一般の誤謬を取り上げると,「英語が話せる」,「英語ができる」,「英語が使える」という 言い方それ自体が極めて不明瞭で,多様多岐にわたる習熟の程度が雑多に詰め込まれている言葉であるとい うことに気づいていないということが挙げられる。これらの言い方はいったい誰の視点からの何を基準とし た言い方なのかが判然としないのである。 筆者山田は自身が受け持つ外国語(英語)の初回の授業で「英語が好きか,嫌いか。またそれは何故か。」 ということをアンケートとして集めている。おおよそどの学期においても「英語を話せるとかっこいいから できるようになりたい」という主旨の回答が「好き」と答えた場合, 「嫌い」と答えた場合双方に見られる。 このような素朴な回答の場合には「英語が話せる」が意味するところは,例えば日本を訪問している外国人 とコミュニケーションが取れる,とか海外旅行に行った際にとりあえず困らない程度,といったことが想定 されているであろう。いわゆる世間一般でいうところの「日常会話」である。しかし,「英語が話せる」と いう言い方と同様にこの「日常会話」という言葉にも落とし穴がある。日本に来ている外国人と話している 際,雑談へと移行し,現在の日本社会における政治,経済,環境等の諸問題についてどう考えるのか,と問 われればそうした内容を英語で語ることは途端に難しくなる。また,海外旅行でも詐欺等の犯罪,急病にか かった際の対応等が必要になった場合,日本国内と同じような対応が取れるだろうか。日本語であればこう したこともさほどの困難を伴うこともないであろうが,外国語で行うことは極めて難しいのではないだろう か。つまり, 「日常会話」は難しいのである。「英語が話せる」の範囲はこのように,日本語でできることが 英語でも同等にできる,というレベルまでも含み得るのである。現在の日本において社会的に求められてい る英語力は簡単な会話程度では収まらないことは経済界の要請,大学の教育指針等を見るだけでも明らかで ある。 例えば,日本経財団体連合会(以下,経団連)の「第3期教育振興基本計画に向けた意見」では求められ る人材として次のように記述されている。 「産業界が求めているのは,変化に対応しつつ,グローバルにリーダーシップを発揮し,イノベーション を起こして新たな価値を創造できる人材である。求められるのは,自らの問題意識に基づき課題を設定し, 他者に正解を求めず,主体的に解を作り出す能力,自らの意見を対外的に発信する力,外国語によるコミュ ニケーション能力,文理の枠を越えた幅広い知識と教養(リべラルアーツ),多様性を尊重し社会・文化 的背景の異なる人々と協働する力,そして情報を取捨選択し課題解決のために使いこなす情報活用能力な どである。 」 . 2 (日本経財団体連合会(2017)「第3期教育振興基本計画に向けた意見」1頁). この記述に見る限り,英語の位置付けは高度な能力を有する人材の資質の一部として身につけているべき 2 http://www.keidanren.or.jp/policy/2017/049_honbun.pdf. . 37.
(9) 山田 祥一・阿佐宏一郎. ものであるということであり,前提条件とも言える。個別の企業における職務や業務のレベルで考えると, おそらくは企業内での長期留学等の研修を行うことなく,業務を覚えて行く通常の研修で専門的知識を身に つけたならば,日本語でも英語でも同等に業務をこなせるような即戦力を求めているとも言える。こうした 要請はいわば必要な項目を入れ替えるだけで使えるような英語のいわゆる4技能についてのテンプレートを 身につけさせろ,というのにも等しい。しかしながら,こうした要請は全ての学生に求められているわけで はなく,こうした人材を多数輩出して欲しいという理想的状況を想定していることは言うまでも無い。社会 には様々な営みを持つ人々が存在していることで循環していることを鑑みれば,全ての人々が「グローバル にリーダーシップを発揮し,イノベーションを起こして新たな価値を創造できる人材」である必要はないか らだ。実際にはこうした最も高い位置のものとして掲げられた目標を遂げるに当たっての施策をより多くの 人材育成の機会に合致させる,というのが現実的であろう。 大学の外国語の授業に外部試験が導入されたことはその一つの事例とみなすことができる3。大学在学時 に学習した成果を就職という出口での判断材料の一つとして利用可能であるという側面は上記の目標にも合 致することであろう。しかしながら,学生のみならず,世間一般も含め,TOEICの勉強は実際の英語の力 として役に立つと考えている者と,そうでない者,双方に別の理由での見落としがある。 役に立つと考えている者は教科書の内容が調整された内容でしかないということをあまり理解していな い。TOEIC対策の教科書はいかにも実際に行われている会話文であるかのように見えるが,実際の会話文 に起こる言いよどみや言い間違い,頻出する“you know”や“well”などの間投詞や談話標識などは一切 出てこない。いわば会話を想定した脚本であって,入念に調整された英語である。また,扱われている話題 に関しても企業内での会議や人事等の学生が未経験の事柄の場合には将来的に関わる可能性があるとして も,学習時点での関心は極めて希薄である。また,実施されているテストはTOEIC L&R Testという名の 通り,ListeningとReadingであり,英語の技能の内,発信する側としてのスキルであるSpeakingとWriting の能力は測ることができない。 これとは逆に役に立たないと考えている者は,扱われている場面や状況が特定的であっても,そこで扱わ れている頻出する単語や表現,基礎的文法などは,少し入れ替えるだけで様々な自己の表現として利用可能 であるということを理解しているようには見えない。興味がない,もしくは続かない内容での学習はその場 しのぎの処理をされるばかりであり,繰り返しの学習を行うこともないので,定着の度合いも低くなるのは 当然であろう。実際,前期終了時に試験を受けて,必要な点数をとった学生はモティベーションが低下し, 継続的な学習が行われない,という問題は2節の文京学院大学での事例においても指摘されている問題であ り,解決すべき課題である。きちんとした動機付けが行われていない学習ではテストで点数を取るという目 的が失われると持続的学習も定着度も見られないのではないか。 外部試験の導入によってある意味の強制力を働かせて英語の学習を促すという点と,学生の出口での判断 材料となる指標が一つ加わる,という点は利点として考えることが出来るが,社会的に求められている英語 力の育成という観点からすると,学生が外国語の授業を履修する目的がテストでの点数の獲得と単位の取得 という点に切り替わっただけに過ぎず,適切な動機付けがある継続的な学習には繋がっていない,という課 題があることは変わっていないのである。. 3 本稿での目的は大学でのTOEICの導入やTOEICという試験それ自体について異議を唱えることではない。そうした批判的 検討については,大津,他(2013),猪浦(2018)等参照。. 38.
(10) 大学での外国語の授業から見る今日的課題. 5.動機付けのための授業 これまで繰り返し述べてきた外国語学習に対する動機付けという問題は筆者らが言い出した問題ではない ことは言うまでも無く,おそらくは日本人が学校等の集団で英語を勉強するようになってから続いているが, 明確な答えを持たないまま社会的変化に合わせてその方法を探り続けている,といういわば「古くて新しい 問題」である。そうした普遍性の高い問題を筆者らの提案で即座に改善できるなどとは当然考えていない。 より複雑化していく社会と時代に合わせて変化してきた中学校や高等学校のカリキュラムに基づいて行われ てきた英語教育の結果もまた流動的に変化し続ける。そうした変化に合わせ,例え草の根レベルであっても 大学の教員は外国語を学習し続ける利点と意義を学生に提示し続けなければならない。 現在の学生の状況を知る術として,筆者山田の授業内で行なっている講義内容についてのアンケート(自 由記述)がある。その回答の中には,自動詞と他動詞の区別が出来ない,いわゆる5文型を習っていない, 基礎的な品詞の区別が出来ないなど,大学生としては絶望的な知識しか身についていない学生が散見される。 また,おそらくは印象に残ったためだと考えられるが,実際の会話に役に立つようなことを教わった,と書 かれる事がある。例えばそれはある語とそれに似ている語(see, look, watch)の区別であったり,文型が 違うが似た内容の文(いわゆる第3文型と第4文型)のニュアンスの違いであったり,という中学高校で既 に教わっていてもおかしくないような基礎的な語法や文法の話である。授業者である筆者にとっては再学習 を促すつもりで話していることであって,会話に役立つ表現として説明しているのではない,という事例に 出くわす事がある。つまり,コミュニケーション重視の英語教育と言いながら,そのコミュニケーションに おいても重要な基礎的な文法をきちんと教えられていない(教わっているかもしれないが,定着していない) という事例が稀に存在する。 昨今,各メディアで大学生の学力低下を伝えるものがしばしば見られることからも,リメディアルが必要 であるが,そのための科目が新設されたかと思えば突然無くなるなど,現在の北海道教育大学旭川校ではカ リキュラム上でも迷走している状態である。2018年度以前は中学高校での文法について総復習を行うことを 目的とした科目が設定されており,この授業では基礎的な文法事項の説明を行う際に,言語学によって得ら れた知見を交えてそれまでは単なる暗記項目として教えられていた内容について理屈から理解を促し,(お そらくは)学生にとって新しい知識となるような説明を行っていた。こうした内容は極めて反応が良く,何 となく覚える項目として教わってきたことが理屈や仕組みを学ぶことで新しい発見があると回答してくる学 生が多数いる。こうした基礎の復習には5文型,自動詞他動詞の区別,品詞についてなどののちの学習に応 用可能な項目が多数含まれる。それらを補完することで,基礎のネジがはまってうまく回り出して英語学習 の動機づけ方法の1つとしてのリメディアル教育という役割を果たしていた。しかしながら2019年度から突 然この科目が必修から消えた為,1年次の学生に対するリメディアルの機会が失われたことは大きな損失で ある。 筆者山田はTOEICを用いる授業と同じ学期内にTOEICの受験も教科書の指定もない授業を担当してい る。外国語学習の動機付けを重視した実践としてその授業について取り上げる。その授業では学生の興味, 関心を惹く話題を提供し,それが英語でどう表現されているか,ということを重視して行なっている。 選ぶ題材はウェブ上で配信されている英語で書かれたニュース(ネイティブスピーカーが書いている署名 記事)や,話題となっている事柄,人物についてのコラム等,できるだけ新しいものを選び,学生が普段接 しているメディアを通して多少の知識を得ているようなものを提供している。扱う話題は多岐にわたり,政 治,経済,天候や災害,犯罪,スポーツ,音楽,日本文化等が英語の記事ではどう扱われているか,どう表 現されるのかを毎回その場で辞書や筆者の解説等を手掛かりにしながら読み解いていく。こうした教材は調. . 39.
(11) 山田 祥一・阿佐宏一郎. 整などされていない生の英語であり,様々な話題に対応する為,教員の側も当然のことながら,新しい事柄 を学び続けなければならない。既存の教科書と違って,ニュースはすぐに古くなり,使い回しができない為, 常に準備をし続けなければならない。それでもこうしたやり方を続けるのは,学生の興味・関心を引き付け る上では非常に効果的だからである。例えば動画サイトYouTubeで配信された日本の企業のCMを題材とし て取り扱った回では,授業に参加している学生の9割近くがそのCMを既に目にしており,内容的には高校 生の髪の色と校則,という学校教育とも学生個々の経験とも関連するものであった。また,半期の15回のう ち一度は英語の指示に従って手を動かして折紙作品を完成させるということを目標とする回を設定してい る。日本人として折紙は馴染み深いもので,学生も幼児期に経験していることを改めて英語を通じてやって みると全く新しい経験として体感でき,作品完成という目的のためそこで使われる英語を自ら調べて読み解 いていくという努力が見られる。こうした授業は上記経団連の「第3期教育振興基本計画に向けた意見」の 中でも推奨されているアクティブラーニングの一事例でもある。 興味を引く話題の中で語られる場合には同じ様な語彙的,文法的説明を行っても反応が大きく異なるとい うことが体感的にも感じられるだけでなく授業内での回答によるフィードバックや期間終了後の授業アン ケートの結果としても反映している。英語の勉強というよりは社会や様々なことについて学ぶことができた, という学生の感想が多く寄せられるが,これは無味乾燥な文法項目を暗記項目として覚えさせるということ でも,教員の側で選ばれた興味が向かない内容の文章を読まされる,ということでもなく,英語を自らの興 味のある情報を得るための道具として使用し,自らの知識,思考訓練をより深めるという過程を体感するこ とができるからであろう。こうした経験を基に学生個々人の興味,関心,専門分野,目標への動機付けがあ るならば,人からやらされることなく,自ら英語を使うことに慣れ親しんで行くことが促進される。日々の 生活の中で自らの興味や関心に従って情報を集めようとする際に,英語で書かれている書物やネットでの情 報にためらいなく接する事が出来るならば, 「勉強させられている」という苦痛や点数を取らなければなら ないという義務感から解放された状態で英語の学習を続けることができる。 最後に僅かばかりではあるが,筆者山田の授業に寄せられたアンケートのコメントを紹介したい。 ・身近なスポーツのニュースなど色々なテーマを題材にしていたため楽しく講義を受けられたと思います。 ・ただ英語を学ぶのではなく,日本に関する英語の記事について勉強したので内容が頭に入ってきやすかったから ・意欲的に取り組める課題で,英語に対する抵抗が小さくなりました。 ・ニュースの英文を読む機会ができて,わかりやすく学べた ・新聞記事の内容がおもしろく,英語を好きになることができた。 ・楽しめる活動をはさみつつ,文法的な面から英語について考えることができ,充実した講義だった。. 当然の事ながら,こうしたコメントを文字通りには受け止めることはできない側面もあるが,こうしたア ンケート以外でも授業中に回収した回答用紙に寄せられるフィードバックの記述などでも同様の反応を多数 受けている。筆者山田の授業を履修している全ての学生の興味・関心に対応できているわけではないが,英 語を読むということに対するハードルを下げるという目標については一定の効果があることが把握できる。 こうした実感をより多くの学生に持たせるべく,筆者は大学での英語を担当する教員として,古くて新しい, そして長く厳しい課題に取り組む姿勢を持ち続けなければならないという思いを強くするばかりである。. 40.
(12) 大学での外国語の授業から見る今日的課題. 6.終わりに 外国語を継続的に学習するためには,学生自身が将来のビジョンを明確にし,自らの目標に沿った学習の 動機付けが必要である。動機無くして学習は続かない。テストのための英語はすぐに忘れるのである。とは いえ,既に導入されている外部試験対応の授業においてもどのように継続的学習の動機付けを行なっていく かが今後解決していくべき課題である。そのためには大学教員が決して手を抜くことなく外国語学習の効果 と利点を提示し続けなければならない。 コンピュータ会社Appleの創設者で,一度は社を追われながらも後に復帰してAppleの地位を揺るぎない ものにしたスティーブ・ジョブズの遺した言葉に次のようなものがある。 A lot of time, people don’t know what they want until you show it to them. (多くの場合,人々は自分の欲しいものが何なのか,見せるまでわからないものだ。). (林 2009:87). 外国語の学習についても同じことが言える。外国語を学習することでのメリット,持続的学習のための動 機付け,そしてその先に見えてくる多様な選択肢,それらを先に学んだ我々大学教員が学生に提示できなけ ればならない。 教員の仕事の一つは学生に未来を見せることである。. 参考文献 猪浦道夫(2018)『TOEIC亡国論』集英社新書 大津由紀夫,江利川春雄,斎藤兆史,鳥飼玖美子(2013) 『英語教育,迫り来る破綻』ひつじ書房 高橋秀夫(2010) 『統合型英語Online CALLシステム―社会のニーズに応える英語コミュニケーション能力を養成するための 英語Web CALLシステムの開発-平成19年度~平成21年度現代的教育ニーズ取組支援プログラム大学改革推進等補助金(大 学改革推進事業)研究成果報告書』千葉大学 竹蓋幸生,水光雅則(2005)『これからの大学英語教育』岩波書店 林信行(2009)『スティーブ・ジョブズ 成功を導く言葉』青春出版社 日本経財団体連合会(2017)「第3期教育振興基本計画に向けた意見」 (http://www.keidanren.or.jp/policy/2017/049_honbun. pdf) Fromkin, V., Rodman, R., & Hyams, N. M. (2014) An introduction to language (10th edition), Wadsworth. 与那覇信恵,根岸朋子,阿佐宏一郎(2015)「英語e-learning教材の学修実態に関する定量的分析」 , 『文京学院大学外国語学 部紀要』,第14号,pp.37-48.. . (山田 祥一 旭川校准教授) . . (阿佐宏一郎 文京学院大学外国語学部准教授). . 41.
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