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文化変容の視点に基づいた歴史教育の研究

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社会系教科教育学会『社会系教科教育学研究』第n号 1999 (pp.69-76)

文化変容の礼靴こ基づいた歴史教育の研究

A Study of History Education Based on the Viewpoint of "Acculturation"

I。はじめに 現行の高等学校地理歴史科の「日本史B」では, 匚文化の総合的学習」が強調されている。そのね らいの一つは,人物と文化遺産を中心に自国史を 学ぶ小学校歴史学習,世界史を背景に自国史を学 ぶ中学校歴史学習1)を受けて,高等学校の日本史 学習の特色を明確にしたことである。もう一つは, 政治史中心の総合史に対する批判の意味をこめて のものである2)。つまり,文化を中心に時代背景 や社会構造を関連づけて学習させようとしている のである。 高等学校日本史で文化が重視されるようになっ たのは,昭和35年版の学習指導要領からであって, 以後,学習指導要領が改訂されるごとに徹底され ていった。 文化史学習の困難さについては,これまでもさ まざまなことがいわれてきた。例えば,政治・経 済の領域は動態的であるのに,文化の領域になる と静態的である,それぞれの時代に生きていた人々 には文化がなかったように受け取られかねないな どである。つまり文化が,主として,匚文献史学」 の成果と「 ̄考古学」の成果によって,その時々に おいて珍しいもの,以前になかったものを取り上 げようとする内容構成がされているのである。 文化というと,普通,すぐれた芸術とか文学・ 学問とかを連想するが,文化人類学では生活様式 の意味で用いている。学習指導要領はその両方を 包含した概念として文化という言葉を用いてい る3‰本研究では,固定的・伝統的な文化を伝達 するのではなく,文化はどういう時代の人々も, 自らつくりあげてきたものであり,現代に生きる われわれ自身も文化の形成者として位置付けるも のである。 陶 山  浩 (兵庫県立加古川北高等学校) 第15期中央教育審議会の審議の中で,「 ̄これか らの学校教育と匚生きる力」の育成」の論議がな された。その中で教育内容の厳選(精選ではなく) が示され,厳選の視点として,「 ̄単なる知識の伝 達や暗記に陥りがちな内容の精選を図る」があげ られている。その内,匚中学校社会科の歴史にお ける各時代の詳細な文化史」という具体例が示さ れている几文化史の内容については,中学校社 会科に隕らず高等学校地理歴史科においても上記 の視点は以前から指摘されてきたものの,改善が なされていないのが実状である。歴史は,過去の 足跡のうち,科学的に確認できた事実の中からあ るものを選択し,それを構成していく作業によっ て具体化するのである。しかし,それはいくつか の歴史認識のうちの一つに過ぎないのである。よっ て,現状の問題点を解決していくための方途とし ての歴史教育の方向は,歴史を客観的な知識とし て知るのみでいいのかということである。過去の 長い時間の経過の中で生起した事柄は数限りなく あるのである。 もう一つの「生きる力」の重要な要素は,文化・ 伝統を尊重する態度の育成である。匚つまり,集 団の一員として安定的に生きていこうと考えれば, 自分の所属する集団の生活スタイル・価値判断を 修得しそれを手がかりに判断し行動することが必 要になる」5)としている。しかし,こうした考え 方に対し,匚生徒を文化・伝統の単なる継承者と してではなく,むしろ新たな文化の創造者,形成 者として位置づけるような歴史教育に転換してゆ かなくてはならない」6)とする見方もある。 日本史の文化の取扱いについては,昭和53年版 学習指導要領から厂文化の総合的学習」「 ̄生活文 化の重視」が唱えられ,それは平成元年版におい

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ても受け継がれている。しかし,現行の教科書で は,原始文化や古墳文化の内容で,考古学的史料 から当時の衣食住など生活史としての文化史が展 開されているが,奈良・平安時代以降は,全く文 化史が独立しているO教育現場の現状は,各時代 の学習で,政治史や経済史を済ませたあとの文化 史,というように狭い意味の文化史としてとらえ る傾向が強い7)。 高等学校地理歴史科は,匚文化理解を通して, 国際的な資質を育成する」8)教科としてとらえる ことができる。国際的資質とは,匚異なった文化 をもつ人々と相互に理解し協力できる資質」を意 味するところから,地理歴史科の成否を握るのは, 「文化の理解」であることがわかる。つまり,日 本史では日本文化の形成過程の理解が重視される のである。文化は固定的なものではなく,制度や 意識と同様に構造的なものでゆっくりと変化する。 日本の歴史においては,原始以来長年の国際的交 流の中で文化が形成されてきた。 従来の文化のとらえかたは,文化をその時代の 特徴的な固定的なものに限定してしまいがちであっ た。そこからは文化の連続歐や複雑性を読み取る ことはできないし,歴史を平板なものとしか取り 扱うことができない。したがって,文化史を中心 とする通史学習や総合的学習には限界があるので ある。 本研究では,上記のような現状は,これまで展 開されてきた文化史学習の方法論に問題があるた めであるという前提に立ち,その改善をめざして, 地理歴史科日本史における文化史学習の内容構成 と方法のあり方について考察する。そのために, これまでの社会科および地理歴史科日本史におけ る文化史の問題点を分析し,改善すべき問題点を 明らかにする。さらに,文化変容の視点を導入し, その成果をふまえて,新しい文化史学習の授業モ デルを構築する。

。文

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と文化変容があげられる。 その外的要因の文化変容の研究は,文化伝達の 過程を究明するものである9‰文化変容の定義は, 「異なった文化をもったひとびとの群が,持続的 に直接接触をなし,その結果,いずれか一方また は双方の集団の元の文化様式に変化を起こす場合 に生じる現象JlO)をいう。元来,文化人類学の立 場からの文化変容の研究の対象とされたのは,欧 米文化が,未開民族または「後進的」な民族のう ちに導入された場合に生じた文化の顕著な変容の 様相であった11)。伝播との違いは,伝播は,文化 の諸要素または諸部分に生起する事柄であり,文 化変容は諸文化に起こるところの事柄であり1町 文化のシステムの変化に注目するといえる。 文化変容は外来文化との持続的,直接的接触に よって起こってくる現象である。その現象は文化 要素の種類にもよるが,概ね長い歳月を要する。 よって研究は,現象そのものに重きをおくのでは なく,変動の過程に着目する。人びとが気づかな いような変動も,それが蓄積されると,緩やかな 文化変容を生じることになる。こうしたことも研 究の対象となるのである。 このように,文化を内側の視点ではなく,外側 の視点でとらえることによって,日本の歴史を内 的な要因だけではない外的な要因を含んだ文化要 素として位置付けることができる。「現実に,文 化というものは,絶えず拡大し,他の文化とぶっ かり,それらとお互いに関係を切り結んでいる。 そして,歴史的に見て,およそ,文化の拡大とか 伝播とか接触とかの現象ほど,多種多様なものは ない」13) わが国では,「日本論」「日本人論」が度々展開 され,日本や日本人の特殊性が取り沙汰される。 これはまさに形式上は,比較分析的に日本や日本 人をとらえようとしているが,視点としては,内 側の視点を通してとらえているために,日本・日 本人の特殊性が強調されることになってしまう。 これと同様,歴史学における文化史の取扱いは, 日本の伝統文化の強調に終始してしまうのは,外 側の視点の欠如,科学的な思考過程の欠如といえ るのである。    ・ ,     ・ (2)文化変容の視点

(3)

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歴史

今日まで存在する文化要素,排除されてしまっ た文化要素かおるが,いずれもわが国にいったん 受容され,なんらかの変容の過程を経過している。 その変容の過程において,何らかの諸条件によっ て変容をしたはずである。同じ文化要素であって も,受容した時代によっては異なる変容のしかた をしたであろうし,同時期に受容した同じような 文化要素が全く異なる変容をたどる場合もある。 そこに文化変容論のダイナミズムがあるのである。 以下,文化変容論の視点を組み込んだ歴史授業 構成原理の視点を示す。 1。文化変容論の視点 ①異なった文化との接触によって,文化が いかに変容したかの過程をみていく。 ②その場合,大別すると,「 ̄ある文化が他の 文化と接触して受けた影響」か厂他の文 化によるある文化の変容」を包括的に理 解しようとする。 ③匚文化」を単に事実としてとらえるので はなく,時代背景・社会構造や日本の歴 史の動きをとらえる理論としてとらえる ことにする。 つまり,単なる文化事項の学習ではな く,また,あらゆる文化要素に転移でき る一般性の高い文化変容のパターンを学 習するものでもなく,時代を区切り,そ の時代背景や社会構造がとらえられる理 論を学習するものとする。 ④従来の権力側からの視点ではなくて衆の側からの視点に立っての文化と文化,民

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の衝突によるダイナミックな変容をみる。 2.文化変容論の取り扱う範囲 文化変容論の取り扱う範囲は,各々の文 化要素を変容させた要因,また時代を理解 させる説明仮説である。 図1のモデルによる(b)(C)が,文化変容 論の取り扱う範囲となる。 3.学習・教授過程 ①つまり,文化の変容の過程をみていくこ とによって,その時代の人びとの行動を 規定する規則を理解する=理論の発見。 ②学習した理論を検証する過程を保証し, 批判的な学習を保証する。 文化要素A (a) ↑ ←社会構造・時代背景→ (c) 変容 (b) ③そこで,発見した理論は,個別的知識と 違って,それ以外の社会事象に転移する。 ④よって,文化の変容の過程から発見した 理論を教育内容として設定できる。 ⑤文化変容論の命題化は,社会諸科学の研 究成果に依拠しながら行なう。 4.授業構成上の時代区分 時代区分としては,以下のように設定す る。 (1)前近代の東アジア世界における文化変容 (a)大陸文化の日本化 (b)南蛮文化の日本化 (2)近代世界における文化変容 歴史的な文化複合(d) 文化要素B (a) ↑ ←社会構造・時代背景→ (c) (a)は,各々の文化要素に限定して,説明するもの (b)は,各々の文化要素を変容さす要因 (c)は,時代を理解させる説明仮説 (d)は,全時代を理解させる説明仮説(一般性の高いもの) 変容 (b) 図工 文化変容論の取り扱う範囲 Ⅲ。文化変容論の視点を組み込んだ授業構成 (1)授業構成の視点 現在,伝統文化と呼ばれる茶道,香道,華道は, 中世に成立した。従来,それらのものは,ひとに ぎりの支配者階級にだけ享受されたものとして取 り扱われてきた。しかし,いずれもひろく民衆的 基盤をもっており,むしろ自由奔放な庶民の文化 から芸能へと高められる共通の傾向をもっている ことが注目される。 なぜ,中世に現在まで続く曇哇的な文化が生み 出されてきたのか,その社会構造,時代背景はど のようなものであるかを,茶の文化要素変動過程 をみながら,変動過程の理論を通して茶の文化要 素にみる文化変容をみていきたい。 文化要素C −(a)− ↑ ←社会構造・時代背景→i (C) (目にみるもの)え (目にみいもの)

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(5)

A-2-ア。中世の支配腦は,武士である。 A-2-イ。武士階級が取り入れた文化は,禅宗文 化である。 A-2-ウ。禅宗は,当時の流行文化である。 A-2-エ。禅宗は,教養であり,文化として受容 された。 A-2一才。禅宗は,幕府の権威を飾る宗派として, 保護されることになった。 A-2-カ。茶は,禅僧の修業や寺院の生活に欠か せぬものとなって定着していった。 A-3.茶という新しい禅宗文化が,中世の身分 間の交流に支えられて,庶民層に広まって いった。 A-3-ア。庶民腦は,禅宗文化を村の行事に組み 入れ,嗜好品としての茶として取り大 れた。 A-3-イ。茶は,全国的に栽培されるようになっ た。 A-3-ウ。中世においては身分階層の間に上下交 流が活発に生じ,両者が文化を共有す るようになった。 A-3-エ。貴族文化であった連歌が,あらゆる階 腦に享受された。 A-3-オ。民間芸能の猿楽能は,演劇的構造をそ なえ,支配階級から民衆にいたるまで の階層に享受された。 A-4.茶は,身分の交流の寄合が成立すると,共 同飲食の茶として遊興の手段となっていっ た。 A-4-ア。闘茶は,身分間の交流を促した。 A-4-イ。さまざまな身分の交流を促すのは,寄 合の場である。 A-4-ウ。茶寄合に参加したのは,バサラ大名や 町衆と呼ばれる大びとであった。 A↓エ。バサラ大名は,旧来の秩序や権威に対 して挑戦的であった。 A↓オ。町衆は,経済力と文化性をもっていた。 A-4-力。寄合の共同飲食は,大と人の結束を深 める。 A-4一半。寄合には,茶や酒,料理が饗されるよ うになる。 A-4-ク。人々は共同飲食によって,集団的な快

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世界

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B。茶が緊張したハレの場となると,遊興として の茶から虚構の世界を演出する芸能となる。 B-1.茶は,喫茶というごく日常的な行為に,し ぐさや場にある種の虚構化を施して定型化 した。 B-1-ア。茶は,茶をたてる際の道具の扱いや姿 勢,手の順序などが型として定型化し ていった。 B−レイ。茶の湯は,会所=書院造を場として, 最初に定型化をみる。 B-2.茶は,芸能化する過程で,精神t生をもつよ うになる。 B-2-ア。唐物崇拝の風潮のなかに,中世的な不 足の美の主張が茶の世界にも生じた。 B-2-イ。和物の粗相ではあるが,暖かみと親し みをもった美の認識がすすむ。 B-2-ウ。陶磁器の美を茶人たちは,高麗・李朝 の焼き物に見い出した。 B-2-エ。茶から生じた精神歐は,わびである。 B-2-オ。わびの思想は,唐物に対する和物,完 全なものよりは不完全なものに新しい 美の基準を創造した。 B-3.茶が芸能となると,職能人(茶人)を出現 させる。 B-3-ア。演者としての茶人が現われる。 B-3-イ。茶人は別世界の人間のようによそおい, 普段の自分ではない変身をとげた者と しての自覚のもとに行動する。

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(4) 授業 展 開 段 階 発      問 資 料 学    習     内    容 指 導上 の留 意 点 1 時間 目 学 習 問 題 の 把 握 ○ 現 在 , 私 た ち は 茶 を ど のよ う に と ら え て い るだ ろ う か 。 ○ 日 本 の 伝 統 文 化 と と ら え ら れる 茶 は, 中 世 に 成 立 す る が , ど の よ う な 過 程 を 通 し て 成 立 し たの か み て い こ う。 ○ ま た 中 世 を 貫 く 中 国 的 価 値 観 の変 容 に つ い て も みて い こ う 。 ・ 喫 茶 と し て の茶 と 芸 能 と し て の茶 で あ るo ・ 他 の 嗜 好 品 が , 日 本 で は 芸 能 に い た ら な か っ た の は な ぜ か , そ れ は 嗜 好 品 自 体 に 原 因 が あ る の か , 芸 能 に い た る 時 代 背 景 に あ る の か , 本 小 単 元 で は 後 者 に 焦 点 を あ て な が ら 授 業 を す す め て い くo 理 論 の 発 見 ○ 中 世 に茶 は , ど こ か ら入 って きた の かO O 中 世 の 支 配 者 は, 茶 を ど の よ う に と ら え て い たかO ・ 中世 の支 配 者 層 は , 誰 かO ・武 士 階 級 が 取 り 入 れ た文 化 は何 かO ・ な ぜ武 士 は禅 宗 文 化 を取 り 入 れ た のかO ・ 禅 宗 文 化 は, 武 士 階 級 に と っ て ど の よ う に 受 容 さ れた の か 。 ・ 武 士 に よ っ て , 禅 宗 文 化 は ど の よ う に扱 わ れ た かO ・ 禅 宗 の 茶 は, ど の よ う に 浸 透 し て い っ た の か。 ○ 茶 が 庶民 層 に広 が った の は, な ぜか 。 ・ 茶 は, 庶民 層 に はど の よう に 拡 大 さ れて い っ た の か。 ・ 庶 民 層 に拡 大 さ れ て き た結 果, ど のよ う な 現 象 がお きて き たか 。 ・ 身 分 階 層 の 間 に 上 下 交 流 が生 じ た 結 果 , 両 者 の 文化 はど のよ うに な っ て い っ たかO ・ 貴 族 の文 化 はど うな っ た の かO ・ 庶 民 層 に 広 ま っ た文 化 は 何 か。 ○ な ぜ, 身 分 に関 係 な い上 下 交 流 に よ っ て, 茶 が 遊 興 の 茶 に変 容 し て い っ た の か。 ・ 上 下 交 流 は, 何 によ って 展 開 さ れ た のかO ・ 上 下 交 流 は , ど の よ う な 場 で 行 わ れ た のか 。 ・ 茶 寄 合 に 参 加 し た の は, ど ん な 人 々 か。 ・ バ サ ラ 大 名 と は, ど の よ う な 特 徴 を も つ の か 。 ・ 町 衆 は , ど の よ う な人 だち か 。 ・ 寄 合 の 共 同 飲 食 は, そ こ に参 加 す る 人 間 関 係 にど の よ う な 影 響を 与 え た かO ・ 寄 合 の 共 同 飲 食 は, ど のよ う に 行 わ れ る の か 。 ・ 寄 合 の共 同 飲 食 の 目 的 は何 か 。 ・ 寄 合 の 共 同 飲 食 の 世 界 は , ど の よ う な も の か。 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑨ ・ 茶 の 変 容 を 通 し て , 中 国 的 価 値 観 が ど の よ う に 変 容 し て い っ た の かを みて い く 。 ・ 当 時 の 中 国 的 価 値 観 と し て , 禅 宗文 化 を と らえ るo ・ 寄 合 に つ い て は, 一 揆 の と こ ろ で 「 一 味 同 心 ・ 一 味 神 水 」 を 学 習 し て い る の で , こ こ で あ げ る 寄 合 の 精 神 に 通 じ る こ とを 加 え る 。 茶 は, 栄 西 によ って 宋 ( 中 国 ) か ら も た らさ れ た 。 ・ 武 士 階 級 で あ るO ・ 禅 宗 文化 で あ る。 ・ 禅 宗 は , 当 時 の流 行 文 化 で あ るO ・ 教 養 で あ り, 文 化 と し て 取 り 入 れ ら れ た。 ・ 幕 府 の権 威 を 飾 る宗 派 と し て, 保 護 さ れ る こと に な っ たO ・ 禅 僧 の 修 業 や 寺 院 の生 活 に欠 か せ ぬ もの と な っ て定 着 し て い っ た。 2時 間目 茶 は新 し い 文 化 要素 であ り , 薬 用 と し て と らえ ら れ た 。 ・ 禅宗 文 化 を 村 の 行 事 に組 み入 れ , 嗜 好 品 と し て の 茶 と し て 取 り 入 れ た。 ・ 茶 は, 全 国 的 に栽 培 さ れる よ う に な っ た。 ・ 身 分 階 層 の 間 に 上 下 交 流が 活 発 に 生 じ , 両 者 が文 化 を 共 有 す る よ う に な る。 ・貴 族文 化 で あ った 連歌 は, あ ら ゆ る階 層 に享受 さ れ た。 ・ 民 間 芸 能 の 猿 楽 能 は, 演 劇 的 構 造 を 備 え , 支 配 階 級 か ら民 衆 に い た る ま で の階 層 に 享 受 さ れ た。 茶 と い う 新 し い 禅 宗 文 化 が, 中 世 の身 分 間 の交 流 に 支 え ら れて 庶 民 層 に 広 ま っ てい ったo ・闘 茶 で あ る 。 ・ さ ま ざ ま な身 分 の交 流 を 促 す の は , 寄 合 の 場 であ る。 ・ バ サ ラ大 名 や 町 衆 と 呼 ば れ る人 々 で あ っ た 。 ・旧 来 の秩 序 や 権 威 に 対 し て 挑戦 的 で あ っ た 。 ・ 経 済力 と文 化 力 を もっ て い た。 ・ 寄 合 の共 同 飲 食 は , 大 と 人 の結 束 を 深 めるo ・ 寄 合 に は, 茶や 酒 , 料 理 が 饗 さ れ るよ う にな っ た。 ・ 集団 的 な 快 楽を 求 めて い たo ・ 寄 合 の共 同 飲食 は, 非 日 常 的 な世 界 を 創 り 出 す 。 茶 は , 身 分 の交 流 の 寄 合 が 成 立 す る と , 共 同 飲 食 の茶 と し て 遊 興 の手 段 と な っ て い っ た。

(7)

一 理 論 の 応 用 ○ こ れ ま で みて き た 茶 は , ど の よ う な 変 容 を し て きた かo ○ な ぜ薬 用 の茶 が , 遊 興 の茶 に 変 容 し た の か 。 ○ 茶 は, ど の よ う に定 型 化 して い っ た か 。 ・ ど のよ うな と こ ろ か ら 定 型 化 し て い っ た か。 ・ 茶 の 湯 の 場 は, ど の よ う に定 型 化 し て い っ た のか 。 ○ 茶 が 芸 能 化 す る と い う こ と は, ど う い う こ とか 。 ・ 茶 は, 唐 物 崇 拝 の 風 潮 にど う 対 応 し た か 。 ・ 和 物 を 求 め た の は, な ぜかo ・ 陶 磁 器 の 美 を ど こ に求 め たか 。 ・ 茶 か ら 生 ま れ た 精神 性 は, 何 か 。 ・ わ び茶 の 思 想 は, 何 か 。 ○ 茶 が 芸 能 に な る と, ど の よ う な変 化 が 生 じ る の か 。 ・ 茶 が 芸 能 化 す る 過 程 で , 出 現 し た の は 誰 か。 ・ 茶 人 は , ど のよ う に行 動 し た がo ○ こ れ ま で み て き た 茶 は, ど のよ う な 変 容 を みせ て き た か。 ○ な ぜ , 茶 は 芸能 とな って い っ た の か。 ● な ぜ, 茶 は 薬 用 の 茶 か ら 芸 能 の 茶 に変 容 し て い っ た の か。 ○ で は, 中 世 に 成 立 し た 華 道 ・ 香 道 の変 容 は ど う で あ っ たで あ ろ う か 。 ⑩ ⑥ ⑩ ⑩ ⑩ ⑩ ⑩ ⑩ 3時 間目 中 国 的 価 値 観 の 強い 薬 用 の 茶 か ら, 庶 民 層 に ま で 拡 大 さ れ た遊 興 の 茶 に 変 容 し た。 中 国 の 禅宗 文 化 の一 つ の 文化 要 素 と して 茶 が 受 容 さ れ るが , 庶 民 層 に も 浸 透 し, 身 分 に 関係 な い 寄 合 の場 が 成 立 す る と, 茶 は遊 興 性 を 有 す るよ う にな っ た。 ・ 茶 を たて る 際 の 道 具 の 扱 い や 姿 勢 , 手 の 順 序 な ど が 型 と し て定 型 化 し て い っ た。 ・ 茶 の湯 は, 会 所 = 書 院 造 り の場 を 通 し て , 最 初 の定 型 化 を み るo ・ 芸 能 化 と 定 型 化 に つ い て , 現 代 の 伝 統 文 化 に つ い て 考 え さ せて みる 。 ・ 当 時 の 中 国 的 価 値 観 を 知 る 上 で , 唐 物 崇 拝 の 風 潮 と そ れ に 対 す る 和 物 に 対 す る 想 い を 比 較 さ せ な が ら 考 察 さ せ る。 4時 間目 茶 は, 喫茶 と い う ご く 日 常 的 な 行 為 に, し ぐ さ や 場 に あ る 種 の虚 構 化 を 施 し て 定型 化 し た。 ・ 唐 物 崇 拝 の風 潮 の 中 に , 中 世 的 な 不足 の 美 の 主 張 が 茶 の 世界 に も生 じ た 。 ・ 和 物 は粗 相 で は あ る が , 暖 か み と 親 し み を もっ た 美 の 認 識が す すん だ 。 ・ 陶 磁 器 の美 を 茶 人 た ち は , 高 麗 ・ 李 朝 の 焼 き 物 に見 い だ し た。 ・ わ び であ るo ・ わ びの 思 想 は, 従 来 に な い 新 しい 美 の 基 準 を 創 造 し たo 茶 は , 芸 能化 す る過 程 で , 精 神 性 を もつ よ う に な っ た。 ・ 演 者 と して の茶 人 が , 現 れ る。 ・ 別 世 界 の 人 間 の よ う に よ そ お い , 普 段 の 自 分 で はな い 変身 を 遂 げ た 者 と し て の 自覚 の もと に 行 動 す る 。 5時 間目 茶 が 芸 能 とな る と , 職 能人 ( 茶人 ) を 出 現 さ せ る 。 遊 興 の 茶か ら , 芸 能 の 茶 に変 容 し た。 茶 が緊 張 し たハ レ の 場 と な る と, 遊 興 と し て の 茶 か ら虚 構 の世 界 を 演 出 す る芸 能 に な る。 茶 は, 寄 合 性 と 虚 柵 性 が 具 有 さ れ る と, 芸 能 と して 成 立 し た 。 ※ 口  ̄¬ は, 小 単 元 を 貫 く 問 い に 対 す る理 論 で あ る 。 F   日 ま, 上 記 の問 い に 対 す る 下位 の問 い に 対 す る 理 論 で あ るO ○ は, 小 単 元 を 貫 く 問 い で あ るO O は, 小 単 元 を 貫 く 問 い に対 する 下 位 の 問 い であ る。 ・ は, 下 位 の問 い を 構 成 す る問 い で あ る 。

(8)

[資料

出典

料① 

『図説 

日本

文化の

6 

北朝

・室

町』

小学館,

1986.10,

p.

10.

料② 

井康彦

『茶の

史』

岩波

新書,

1981.2,

p.

77.

料③ 

田精耕

『高僧

伝 

栄西』

集英社,

1985.9,

p.

165.

料④ 

『図説 

日本

文化の

6 

北朝

・室

小学館,

1986.10,

p.146.

料⑤ 

『日本

生活

化史

4 

民生

活の

昇』

出書

新社,

1980.10,

口絵

料⑥ 

『朝

日百科 

日本の

5 

中世皿

』朝

日新聞

社,

1989,

p.175.

資料⑦ 

井康彦

『茶の

湯』

書籍,

1982.10,

p.103.

熊倉

『茶の

化史

日本

放送

版協

会,

1995.1,

p.36.

資料⑧ 

『図説 

日本文

化の

6 

北朝

・室

町』

学館,

1986.10,

p.22.

資料⑨ 

『図説 

日本文

化の

6 

南北

・室

町』

学館,

1986.10,

p.117.

資料⑩ 

千 

宗室

『裏

千家 

道の

しえ』

日本

送協

会,

1990.6,

p.117.

資料⑩ 

熊倉

『茶の

化史

日本

放送

出版

会,

1995.1,

p.23.

資料⑩ 

『朝

日百

科 

日本の

4 

中世

I』

日新

社,

1989,

p.290.

資料⑩ 

康彦

『茶の

湯』

阪書

籍,

1982.10,

p.170.

資料⑩ 

『朝

日百

科 

日本の

5 

中世

H』

日新

社,

1989,

p.153.

資料⑩ 

千 

宗室

「裏

千家 

道の

しえ」

日本

放送

会,

1990.6,

口絵

IV.おわ

りに

学校

日本

史の

文化

史学

習の

を改

善す

る認

方法

して

,文

変容の

点か

ら文

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容論

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論の

有効欧

と問題

点に

いては

,今後

らか

し,問題

点に

いては

を行

って

く必要

ある

[註

1)社

認識

育学

会編

『地理

史科

育』

図書

出版

社,

1996,

p.73.

2)

熊谷

幸次

『歴

史教

育へ

道』

文化

1980,

pp.94-97.

3)

『教職

』 

研修

総合

開発

特集 

研究

所,

No.130,

ワー

ド申教審

1996.

4)

同上

)亀

井浩

「文

と伝

を尊

重す

態度

どう

えるか

」奥

眞丈監修

「総合

的な学

習」の

「生きる

力」100

課題徹

底理解

』教

育開

究所,

1997,

p.27.

6)原

科学 

田智仁

社会

「高校

科教

日本

育』

明治

カリキ

図書,

ュラム

No.445,

『教

199

7.9,

p.118.

7)熊谷幸次郎,前掲書, pp.90-93. 8)原田智仁「高等学校地理歴史科の授業づくり の方法」星村平和編『社会科授業の理論と展開』 現代教育社, 1995, p.112. 9)姫岡 勤『文化人類学』ミネルヴァ書房, 1985, p.173. 10)同上書, p.174. 11)同上書, p.176. 12)同上書,p.177. 13)増弓立社,田義郎 1997,『日本人が世界 p.25.史と衝突したとき』

参照

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