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自他に対する「信頼」の回復を軸に据えた「学習支援」の取り組み : 釧路市「学校進学希望者学習支援プログラム」の取り組みを手がかりに

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(1)Title. 自他に対する「信頼」の回復を軸に据えた「学習支援」の取り組み : 釧路市「学校進学希望者学習支援プログラム」の取り組みを手がかりに. Author(s). 木戸口, 正宏. Citation. 釧路論集 : 北海道教育大学釧路校研究紀要, 第42号: 61-69. Issue Date. 2010-12. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/2358. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 釧路論集 -北海道教育大学釧路校研究紀要-第42号(平成22年度) Kushiro Ronshu, - Journal of Hokkaido University of Education at Kushiro - No.42(2010):61-69. 自他に対する「信頼」の回復を軸に据えた「学習支援」の取り組み ―釧路市「高校進学希望者学習支援プログラム」の取り組みを手がかりに― 木戸口 正 宏 北海道教育大学釧路校学校教育学研究室. Recovery of a Reliable Self and Others through Learning Support Practice for Children in Precarity in Kushiro City Masahiro KIDOGUCHI Department of School Education, Kushiro Campus, Hokkaido University of Education. 心に、生活保護受給世帯を中心とした学習支援・高校進学. 1、はじめに. 支援のためのプログラムがさまざまに取り組まれ、「子ど 1)問題意識と課題の設定. もの貧困」や「社会的排除」に抗する取り組みとして、全. 1990年代後半以降の社会の構造的な変容の中で、「学校. 国的にも注目を集めている。. から社会へ」の移行過程は複雑化・長期化・不安定化の様. このような進学支援・学習支援の先駆的な取り組みとし. 相を強めている。そのなかで、社会階層やジェンダー等社. ては、すでに東京都江戸川区で、長年ケースワーカーたち. 会構造に由来するさまざまな規定要因が、移行過程におけ. によって取り組まれている勉強会(「江戸川中3勉強会」 ). る「リスク」の源泉として、従来とはまた異なった形では. が存在する(4)。しかし、近年になって改めてこのような実. あるが、強い影響力を発揮するようになっていることが、. 践が、社会福祉の領域で取り組まれている背景には、現代. (1). さまざまな調査研究を通して明らかになってきている 。. の貧困をめぐるいくつかの理論的・政策的な展開があるよ. 社会的に不利な立場にある子ども・若者にとって、そのよ. うに思われる。. うな「リスク」は、経済的な困難を中心としながら、家族. 第一に、現代における「貧困」の捉え方の理論的・実践. 形成の困難や適切なケアの欠如、文化的・経済的資源の制. 的な変化である。湯浅の議論に代表されるように、近年の. 約を背景とする学校生活におけるさまざまな 「つまづき」、. 「貧困」や社会的不利に関わる議論では「排除」という言. 雇用・福祉からの排除など、複合的に折り重なった困難と. 葉が重要な概念としてたびたび登場する。その背景には、. して、立ち現れてきている。. 現代における貧困を、社会的な諸領域からのさまざまな形. 湯浅誠は、現代の「貧困」を、当事者の立場からとらえ. での「排除」としてとらえる考え方がある。. るための枠組みとして「教育課程からの排除」 「企業福祉. 大高研道は、1990年代以降、社会的諸問題を束ねる概念. からの排除」 「家族福祉からの排除」 「公的福祉からの排除」. として国際的に用いられるようになった「社会的排除」と. そして「自分自身からの排除」という「五重の排除」とい. いう概念を概括し、それをめぐるさまざまな議論や政策展. (2). う視点が必要であることを指摘している 。 「貧困」を生. 開が、いくつもの問題をはらみつつも、 「現代社会が抱え. きる子ども・若者にとって「教育からの排除」は、「ライ. る問題を構造的・重層的に把握するための新しい分析軸を. フチャンスの制約」や貧困の連鎖・複合化のみならず、自. 開発する可能性」を内包していると指摘する(5)。. 尊感情の剥奪や他者からの疎外や孤立の経験として、さら. すなわち、社会の急速な構造変容と、その下での社会的. にはそのような経験の蓄積を通して、自分自身が社会から. 諸問題の発現・深刻化は、同時に「家族や地域社会におけ. 排除されており居場所がない、無力な存在だという感覚を. る社会的連帯の希薄化」をもたらし、その帰結として「ま. 蓄積させていく。それは最終的には当事者の「自分自身か. すます孤立する「個人(孤人)」が問題を一人で抱え込む社. らの排除」へとつながっていくと湯浅は指摘する。. 会が形成されるようになる」。「社会的排除」は、このよう. このような中で、高校中退や不登校など、従来、当事者. に連鎖・複雑・個人化する問題群の相互の関連性、不利益. の意欲や意識(の欠如)の問題としてとらえられてきた問. の悪循環に着目し、構造化・固定化する「排除」の諸要因. 題が、「教育課程からの排除」あるいは「社会的排除」と. の解明に向けた洞察を提供するとともに、排除の連鎖を断. いう文脈から、「子どもの貧困」をめぐる焦点的な課題と. ち切るための実践的枠組みおよび主体の在り方について、. して、近年、改めてクローズアップされている(3)。それと. 重要な問題提起を行っていると大高は指摘する。. 並行するように、各地の生活福祉事務所やNPOなどを中. 貧困や社会的不利をめぐるこのような把握は、「すでに. - 61 -.

(3) 木戸口 正 宏 発生した問題に対する事後処理的な政策だけでなく、排除. 像資料含む)に依拠している。. の連鎖を断ち切る予防的な施策」を、社会政策上の重要な. また、そのような当事者の声の生成過程そのものにも、. 課題として浮かび上がらせる。 「貧困」や「社会的排除」. 筆者は直接・間接に関与している。その意味で、本論にお. をめぐる、このような概念的・政策的転換は、学習支援・. (9) ける筆者の立ち位置は「積極的な参与者」 であり、本論. 高校進学支援等の取り組みを、社会福祉領域における焦点. 考もまた「当事者」としての経験に基づく叙述と、調査研. 的な課題として改めて位置づける重要なファクターとなっ. 究者としての「観察」 「分析」に基づく叙述との間を往還. ている。. する形で進められる。. そのことと関わって、第二に「社会的排除」をめぐる政 策的な展開の中で、 「自発的な市民」および「コミュニティ. 2、釧路市における「自立支援事業」の取り組みと「高校. 組織」が、さまざまな「社会問題克服の主体」として位置. 進学希望者学習支援プログラム」の概要について. づけられ、その役割を強調されていることがある。とりわ け地域社会においてさまざまな活動を展開しているボラン. 1) 「高校進学希望者学習支援プログラム」が始まるま. タリーな組織やNPOなど「社会的経済」組織への期待は. で. 強く、さまざまなコミュニティ組織が、 「参加」と「パー. 釧路市が「生活保護自立支援プログラム」の一環とし. トナーシップ」の名の下、自立支援施策などの実施主体と. て、子ども支援、とりわけ中学3年生の進学・学習支援に. して「社会的排除」克服の表舞台に登場している。このよ. 焦点を当てた「高校進学希望者学習支援プログラム」に取. うな政策的・実践的な転換が、NPO等が生活福祉事務所. り組んだ背景には、釧路市における生活保護受給世帯の現. と連携して、進学支援・自立支援などの取り組みを行うと. 状と、それに対する生活福祉行政およびNPOのこれまで. いう近年の動きの重要な背景となっている(6)。. の取り組みの積み重ねがある。. しかし、このような動向のもとで取り組まれているさま. 釧路市は、全国でもっとも生活保護受給率の高い自治体. ざまな進学支援・自立支援施策では、 「自立」や「社会へ. の一つである。基幹産業のひとつである炭坑の閉山(2002. の包摂」が、しばしば「労働市場への参加」や「進学」の. 年)や、漁業・水産加工業の停滞、製紙業で進む「合理化」. 達成、あるいは就労意識・意欲の醸成といった心理面での. が、地域経済や雇用の冷え込みを生み、勤労世帯を中心に. 変化などに矮小化され、 「社会的排除の特徴として強調さ. 保護世帯の増加をもたらしている(10)。. れてきた多次元性への視点」が欠落していること、その結. 離婚率が高く、保護受給世帯に占める母子世帯の割合が. 果として社会的に排除されている当事者の側の責任・努力. 高いことも、釧路市の特徴である(11)。ひとりで生計を支. が過度に強調され、 「行政自身が社会的排除の状態を作り. え、子育てを担わなければならないしんどさ、教育費や進. 出しかねない」場合も少なくないと大高は指摘する。 「社. 学費用が捻出できないという悩み、子どものいじめや不登. 会的排除」をめぐる「理念と現実」とのズレは、その意味. 校への直面…何よりもそのような悩みを相談できる相手が. で「そもそも自立とは何か」という問いかけを含めて、 「社. いないことなど、釧路市の生活保護受給世帯の母子家庭. 会的排除」に抗するとされる施策・支援に求められる視点. は、多くの不安・困難を抱えている。. は何かということを、改めて問いかけている(7)。. このような状況を打開するため、釧路市では、2004年度. 本論は、このような動向のもとで、先進事例の一つとし. から「生活保護受給母子世帯自立支援モデル事業」の取り. て全国的に注目を集め、上記の課題に対しても重要な視点. 組みをはじめ、2006年度からは、高齢者をのぞいたすべて. を示唆していると思われる、北海道釧路市「高校進学希望. の生活保護受給世帯を対象とした「釧路市生活保護自立支. 者学習支援プログラム」を取り上げ、①「高校進学希望者. 援プログラム」の取り組みをすすめている。障害を持つ人. 学習支援プログラム」およびその実践的土台としての釧路. たちを対象とした作業所や授産施設、グループホーム、病. 市「生活保護自立支援プログラム」の概要を紹介するとと. 院など、地域のさまざまな機関・団体の協力を得ながらの. もに、②具体的な実践内容および「子どもの貧困・社会的. 「当事者の自尊意識と目線」を尊重した取り組みは、さま. 排除」への対抗という視点から見た「高校進学希望者学習. ざまな紆余曲折を含みながら、受給当事者の意識を新たな. 支援プログラム」の意義と課題について分析・検討を試み. 人間関係の形成や社会参加へと促す貴重な機会となってお. (8). り、全国的にも注目を集めている。. るものである 。. 本論で分析の対象としている「高校進学希望者学習支援 2)調査方法と論述のスタイルについて. プログラム」は、このような一連の取り組みの中で、母子. 筆者はこの「高校進学希望者学習支援プログラム」にお. 家庭の子どもたちが「不登校、ひきこもり、高校中退、そ. いて、当初からボランティアスタッフとして、子どもたち. もそも高校に行かない」等の諸困難に直面していること、. に勉強を教えながら、運営も含めた実践に当事者の一員と. それらが少なからず「世帯の困難」へと折り重なっている. してかかわっている。従って本論で言及されている当事者. という現状に出会う中で、母子世帯の「自立」は「子ど. の声は、公開された資料とともに、筆者が当事者として場. も支援なくしては困難」との問題意識から生まれたもので. にかかわることで、直接・間接に得られた資料(音声・映. あった。. - 62 -.

(4) 自他に対する「信頼」の回復を軸に据えた「学習支援」の取り組み 当初は、江戸川区の「中3勉強会」のように、ケース. れ、ひとつひとつの事柄を決めていくという点にある。勉. ワーカーたちが直接勉強を教えるスタイルでの実践が模索. 強の量や中身、休憩時間等も、子どもたちとの相談の上、. されていたが、生活保護受給世帯が急増し、現場の業務負. ひとりひとりのペースにあわせて決めていくことが基本的. 担が過重なものとなっている現状では、ケースワーカーを. なスタイルとなっている。. 実践の主要な担い手として想定することは難しく、実施の. 学習支援は、NPOスタッフ、生活福祉事務所職員をは. めどはなかなか立たなかった。そこで自立支援事業の委託. じめ、大学生、1・2期の「卒業生」である高校生、大学. を行っていたNPO法人 「地域生活支援ネットワークサロン」. 教員、社会教育施設職員、マスコミ関係者、自身も生活保. (以下ネットワークサロン)の代表であった日置が相談を. 護を受給中で「自立支援プログラム」の一環として冬月荘. 受け、事業委託を引き受けることで、勉強会を実施する見. の学習会にかかわっている50代、60代の男性等、さまざま. 通しが立ったのだという(12)。. な「大人」たちが、ボランティアで行っている。受験指導 の専門家がいるわけではないため、勉強を教える学生や大. 2) 「高校進学希望者学習支援プログラム」の概要. 人たち(以下「チューター」 )も手探り状態で、時には教. このような経緯の中で、 「高校進学希望者学習支援プロ. 科書をにらみ、「うなりながら」の指導であった。. グラム」は、ネットワークサロンが運営するコミュニティ. 途中から、志望校や学力状況などに基づいて、大まかな. (13). ハウス「冬月荘」 において、生活福祉事務所と法人との. クラス分けが行われ、チューターもそれぞれに担当する部. 連携事業として取り組まれることとなった。. 屋を割り当てられたが、必ずしもそれは固定的なものでは. 世帯への広報、申し込み受付や参加者の集約、参加者・. なく、子どもたちの要望に応じて、部屋を移動して個別に. 保護者へのモニタリング等は生活福祉事務所が担当し、生. 質問に答えるなど、柔軟に対応する姿が多く見られた。. 活保護受給母子世帯のうち、子どもが塾などに通っていな. 勉強以外の企画に時間を充てることも多く、特に学習会. いなど、より困難を抱えていると思われる世帯を中心に、. の運営の仕方やクラス分けの方法、勉強会の継続などにつ. 自立生活支援員やケースワーカーを通して「プログラム」. いては、子どもたちの意見を聞く機会がしばしば設けられ. への参加案内が行われた(ただし友だちつながりで、それ. た。その月に誕生日を迎える子どもたちのために、午後の. 以外の子どもたちも学習会に参加している) 。. 時間を使ってお祝いの会を開いたり、 「料理コンテスト」 (14). 、当. などを行うなど、交流・レクリエーションの企画も、様々. 初は冬休み期間(2007年1月8日~ 19日)に限定した取. に行われている。その際も、準備段階から子どもたちの話. り組みであったが、 参加した子どもたちの要望で、 その後、. し合いの場を設け、子どもたちの発案に基づき、企画内容. 受験直前の3月まで、週1回のペースで継続されることと. の準備が進められるなど、可能な限り子どもたちが「自分. なった。. たちで決めて」 「みんなで創った」という実感が持てるよ. 事業開始時「みんなで高校行こう会」と名付けられてい. う、さまざまな配慮がなされていた。. たこの学習会は、その後、子どもたちの発案で「実家のよ. 受験が終了し、進路が確定した3月には「打ち上げパー. うな心地よい場所で、ずっとスクラムを組んでいこう」と. ティー」を開き、それぞれの進路が決まったことを喜ぶと. いう願いを込めて「Zっと Scrum(ずっとスクラム) 」. ともに、参加者による「グループワーク」を行い、学習. と名づけられ、現在まで引き継がれている(当事者の呼称. 会の経験について振り返る機会が設けられている。「パー. をふまえ、以下、冬月荘で行われた学習会については「ス. ティー」の構成や出し物、そこで配布される記念の「アル. クラム」と記す) 。. バム」の作成などは、スタッフの手助けを得ながら、受験. 2期目の「スクラム」は、2008年8月に始まった。夏休. 勉強の合間に子どもたち自身が準備するなど、ここでも子. み(7日間)、冬休み(10日間)の「集中講習」に加え、. どもたちの声や発案を尊重する運営が可能な限り貫かれて. 9月~ 12月には隔週で、1月~2月の受験期には、ほぼ. いる。. 初年度(2008年1月~3月)の参加人数は14名. 毎週一回の学習会が行われ(全34回) 、のべ36名の子ども たちが参加した。2009年3月に「第2期」の「卒業生」を. 3、 「学習支援」と「生活支援」の融合する場としての「ス. 送り出したのち、8月に「第3期」 、翌2010年8月には「第. クラム」―「高校進学希望者学習支援プログラム」が提起. 4期」の学習会が始まり、現在(2010年12月)に至ってい. した課題とは何か. る(本稿では、執筆時点で事業の全体像がある程度確定し ている第1期・第2期の「スクラム」を、主な分析対象と. ここまでスクラムの概要を見てきたが、このような「学. している) 。. 習支援」が社会福祉の焦点的な課題として取り組まれるこ とには、どのような意味があるのだろうか。. 3)子どもたちとともにつくりあげる―「スクラム」の. 「貧困の連鎖」を断ち切るためにも、現在の社会で「標準」. 運営や学習支援の特徴. とされている最低限の学歴を身につけて社会に出てほしい. スクラムの運営の特徴は、常に参加者である子どもたち. という願いと、生活困窮世帯の子どもたちにとって、多く. の反応を見ながら、必要に応じて話し合いの場が設けら. の場合それが困難であるという現実、とりわけ高校入学前. - 63 -.

(5) 木戸口 正 宏 の段階で、勉学意欲の「喪失」 (後述するようにそれは社. らアルバイト等をすることで、自ら進学費用を準備する必. 会的・制度的に強いられた「喪失」であるが)や経済的理. 要に迫られる、ということになる。. 由による進学の断念等の困難に直面している生活困窮世帯. それ以前に、集中して勉強する時間や場所を確保できな. の現状への問題意識、そして「格差是正」や「貧困の世代. い、あるいはいじめや学校生活に対する「不適応」や長期. 的再生産」の克服という課題が、このような実践の背景に. 欠席等によって、日常の学校生活から排除される、そうで. あることは間違いない. (15). ない場合でも、学校生活の中で、学習面、生活面で取り残. 。. 実際、様々な移行研究が指摘するように「中学・高校段. され、安心して学校生活を送れないという状況に直面しが. 階における生徒同士・生徒教師間の関係形成は、とりわけ. ちだということである。. 高卒後、不安定な生活を強いられる若者たちとっては、一. とりわけ学校が受験期に入る中で、子どもたちの多く. 定の期間を生きぬくための大きなよりどころとなりうるも. が、疎外感や孤立感を強めていたであろうことは想像に. (16). 、スクラムで学ぶ子どもたちにとっては、. 難くない。 「前は授業であててくれたけれど、今はわかる. 高校へ進学し就学を続けること自体が、自身の不安定な生. 子だけ。勉強は分からないし毎日ただ教室に居るだけだっ. を支える関係性形成の重要な機会を保障されるという側面. (20) た」 というある子どもの発言は、そのことを端的に示し. をもっているのである。. ている。. そのことをふまえた上で、本論では、 「社会的排除」に. このような「塾に行けなかった、友達が作りづらかっ. 抗する学習支援として、求められる実践的な焦点は何かと. た、学校に行きたくなかった、浮いていた…」等、これま. いう視点から、子どもたちが、スクラムへの参加をとおし. での学校体験の中で「どこか自信がなかったり、笑顔が少. て、自身の人生の当事者としてエンパワーされ、自己と他. な」かった子どもたちが、学習会になじめるようにするた. 者に対する「信頼」を回復しつつあるという側面に着目し. めに、スクラムのスタッフ・チューターは、子どもたち同. 分析を行いたい。. 士、あるいは子どもと大人との関係づくりを、丁寧に時間. の」であり. をかけておこなっている(21)。 1)生活保護世帯の子どもたちの抱える困難とスクラム. たとえば、毎回のランチタイムでは、子どもたちとチュー. における場づくり実践. ターが輪になって一緒にご飯を食べる、子どもだけでな. 釧路市における生活保護受給母子世帯の「子育て文化」. く、大人のチューターもまた、氏名ではなく、自分が呼ば. の分析を行った住岡敏弘は、その特徴を次のように指摘し. れたい名前を書いたネームプレートをかけ、お互いに愛称. ている. (17). で呼び合う(22)、誕生会を開いて、スタッフ・チューター. 。. ①非受給世帯に比べて(比較対象は以下同様) 「子育て. がギターを弾いたり、子どもたちが楽器を演奏する等、 「学. をつらい」と感じる割合が高い。また母親の親世代からの. 校や家では味わえない瞬間」をさまざまな形で用意する等. 援助・支援が得られにくい。. の工夫がなされている。. ②補習教育(塾・家庭教師、習い事等)に子どもが通う. その他にも毎回の学習会に参加した子どもたちに、必ず. 割合がきわめて低い。また子ども各々の部屋を確保できて. 次回の学習会への出欠の意思を確認する、行き帰りの送迎. いる割合も少ない。. などもNPOスタッフが交替で担当するなど、このような. ③「子どもが学校を楽しんでいる」と感じている割合が. 場への参加に「消極的」になりがちな子どもたちに、可能. 低い。. な限り継続して通い続けてもらうような配慮が行われてい. ④学校行事、PTA活動、授業参観、保護者懇談、三者面. た。. 談など、 学校の諸活動にかかわることが非常に困難である。 ⑤子どもの 「仲のよい友だち」 の数が少ない傾向にある。. 2) 「信頼」できる他者との「出会い直し」の場として. ⑥いじめや不登校などの教育問題等に直面する割合が非. のスクラム. 常に高い. (18). このような丁寧な場づくりを、子どもたちはどのように. 。. ⑦教育費の負担感が大きく、また全般的に教育費を調達. 受け止めていたのか。. することが難しいと感じている。. 「自分は今までできる限り一人の力で物事を乗り越えよ. ⑧子どもの進学希望としては「高校まで」と考える割合. うと頑張ってきた…だけど、そんな考えはこの冬月荘に来. が高い(19)。. てから驚くほどに変わった。ほんのわずかな期間で、こん なに自分の気持ちが変わるなんて思いもしなかった。だか. これらの指摘を、当事者である子どもたちの側から見れ. らこの会が終わるのがとても悲しかったし、何よりこの会. ば、塾や家庭教師など、補習教育に接する機会が得られな. が終わった後の生活が怖かった…会が続くと聞いたときは. いまま(従って学校以外で受験に関する情報や指導を得ら. とてもうれしかった。言葉で表せないほどうれしかった。. れないまま) 、自力で受験勉強の準備をしなければならな. 仲間と一緒にいることの大切さと仲間と一緒にいれない不. い、あるいは進学費用の準備に関する不安を抱えながら、. 安さを教えてくれたこの会にはとても感謝している」(23). 時には保護者に代わって奨学金の申請をしたり、在学中か. この感想を書いた子どもは、スクラムに来た子どものな. - 64 -.

(6) 自他に対する「信頼」の回復を軸に据えた「学習支援」の取り組み かでも「飛び抜けて勉強のできる子」であり、当初は、ス. 大人とは多くの場合不信の(あるいは依拠・依存すること. クラムでの学習を「つまらない」と感じ、周りの子とは距. が難しい)対象であった。その彼らにとって「大人ってそ. 離を取るような振る舞いをしていた。. んなに悪いものじゃない」と思える大人たちとの「出会い. その彼が、スタッフがサプライズで誕生パーティを開. 直し」は、その経験を通して、彼らが改めて自分自身の進. き、一緒に勉強する子どもたちが自分の誕生日を祝ってく. 路に対する希望や見通しを回復させる重要な契機となって. れたことをきっかけに大きく変化し、他の子の勉強の相談. いる。. に乗るなど、積極的に周りに関わるようになっていった。. もちろんそのような関係形成が、一直線に進むわけでは. 高校入学後も、高校生チューターの一員としてスクラムに. ない。初期のころには、子どもたちが大人の反応や評価軸. 参加し、中学生たちのよき相談役となっている。. を引き出すような「試す言動」がよく見られた(26)。また、. 彼にとってもうひとつ大きかったのは、ある男性チュー. ひたすらポータブルのゲームに熱中したり、勉強中もずっ. ターとの出会いであった。病気で退職するまで、銀行員と. とイヤホンで音楽を聴きながら、他の子どもたちや周りの. して長く勤めた経験を持つこの男性は、勉強のことだけで. 大人たちと距離を置こうとする子どもたちも少なからず存. なく、 「高校に行った後どうするか」 「社会に出て働くとき. 在した。. の心構え」などについて、自身の経験を交えて話をしてく. チューターは、そのような事柄も含め、そのときどきの. れたという。. 子どもたちの状況を、学習会終了後の「チューター会議」. 彼は、そのときのことをふり返って次のように語ってい. などで交流し、学習や生活の状況等について意見交換をす. る。. るとともに、その子が好きな(大事にしている)マンガや. 「ここに来るときは、塾みたいに勉強を教えてもらえる. アニメ、ゲームや音楽等の趣味の話題を通して、少しずつ. のかなと思っていたら、来てみたら自習で、だから最初は. その子と話をするような関係を築いていくなど、お互いが. ツマンネーって。それだったら家で勉強するのと同じだな. 不安感や警戒心を持たずに、 「素」でいられるような関係. ~って。そしたら、その後にクラス替えをしたら、Hさん. 性を築くために、様々な働きかけを行っていた。. (チューター)がすごくいいことを教えてくれるから、す ごいって思って。(いいこととは?)勉強とかこれからの. 3) 「受験勉強」という困難をともに乗り越える場とし. ・・・卒業して社会に出てバイトするだろうし・・・いままでは. てのスクラム. 大人に守られてきたけど、これからは自分で自分のことを. 他者との関係形成をめぐる、彼らのこのような状況をふ. しっかりしていかないといけないから、そういうときにど. まえたとき、「学習支援」もまた、単純に「受験学力をつ. うすればいいかなっていうことを教えてくれるような場所. ける」 という形で行われてはならない必然性が見えてくる。. (24). だったなあって」. 白鳥勲は、長年にわたる自身の「困難校」での勤務経験. また学校で教師に暴力をふるい「問題児」扱いされてい. にそくして、貧困に直面している子どもたちが切実に求め. た子どもは、スクラムのチューターやNPOのスタッフが、. ているものとして「社会からの大人からのあたたかい眼差. 彼を一方的に悪者にせず、彼の言い分や想いを丁寧に聞き. し」 「一人ひとりの潜在能力を発揮させるための学びの機. 取ってくれたことをふり返り、次のように語っている。. 会、環境」 「子どもたちから奪われつつある「子ども時代. 「ここでは・・・ひとりの人間として認められた気がしたん. に経験すべき遊び」仲間づくりの体験を豊かにする環境と. で。うれしかった。学校だとできるやつとできないやつが. 機会」 「信頼できる大人、真似したいと思う大人の存在」. いて、できるやつだけをのばしていくって感じなんですよ. を挙げているが、その文章のなかで、彼は次のように指摘. ね。だけどここでは、できないやつも一緒にのばしていく. している。. (25). みたいな感じで」. 「(子どもたちに必要なのは)授業で分からなくなったら. それまでは、 どちらかといえば 「先生や親が行けという」. 分からないと言える環境と分かるためのステップを切り刻. ので仕方なく高校に行くのだと考えていた彼は、スクラム. むスタッフの充実である…学びの楽しさを体験させること. での経験をふまえ、「高校でも楽しくできれば」と高校生. (27) が自分への「信頼」を獲得することになる」. 活への期待を語っている。高校進学後も、いったんはさま. 「今までわからなかった所がちゃんとわかったし、わか. ざまな事情から退学してしまうが、退学者を積極的に受け. るまで教えてくれたからよかった。この高校に行こう会に. 入れている高校に再度入学し、現在も高校生活を継続して. 来るまでは、家で全然勉強しなかったけど、ここで勉強し. いる。. た事を家に帰ってふくしゅうしたり、わかってくるとにが. 彼らのエピソードが示すのは、スクラムが、彼らにとっ. てだった教科も楽しくなってきて…最初の方は早くおわら. て「信頼」に足る大人たちとの出会いの場となっていたと. ないかなって思ったけど、毎日来てる間に、みんなやおし. いうことである。全般的に身近な協力者が少なく、大人と. えてくれる人ともっとやりたいと思った。だから、続いて. の「出会い」が、しばしば親子間の葛藤や離別、あるいは. (28) うれしい」. 自分たちを「問題児」とみなし不信のまなざしを向けてく. この感想を書いた子どもは、中学校時代不登校が続き、. る教師との「いさかい」として経験される彼らにとって、. 中学3年生のときには、インターネットの掲示板に中傷を. - 65 -.

(7) 木戸口 正 宏 書き込まれるいじめも受けていた。 「…初めて会う人ばか. は生徒の一人や二人が何か言っても大して変わらない。た. りで最初は友達が出来たり、うまくやっていけるかな」と. とえば何か「こうしてください」って言っても「ああ、 分かっ. 不安を抱えていた彼女は、スクラムでの学習を通じて、他. た分かった」ってしかなんないけど、でもここはちゃんと. の子どもたちとも仲良くなり「すごくうれしかった」と感. 親身に聞いてくれて、 「ああそうか、分かった。じゃあ次やっ. 想を寄せた(29)。. てみようか」って言ってくれて。すぐそばに実現があるか. この発言が示すように、スクラムという場で一緒に「勉. ら、話していて「じゃあ、こんなふうにしよう」って、み. 強」することは、彼らが現時点で直面している「勉強がで. んなもがんばって考える・・・そういうのは崩さない方がい. きない」という課題、そのため学校生活から排除され、自. いなって」(32). 尊感情を大きく傷つけられている、あるいは学校生活の継. 同じ「分かった」という言葉が、学校とスクラムでは、. 続や「高校受験」への意欲を失わされているという現状に. 全く逆の意味合いを持っているというこの指摘は、学校を. 向き合い、それを「乗り越える」という経験として、子ど. はじめとする多くの場所で子どもたちが、意思決定の場か. も・大人の双方に受け止められている。チューターは、そ. ら排除されていること、それ故に、スクラムの運営が当事. のような課題を「ともにする」大人として、子どもたちの. 者である子どもたちともに進められていることを、子ども. 前に現れており、そのことがスクラムを経験した子どもた. たちが得難いものとして肯定的に受け止めていることを示. ちの、大人たちへの「信頼」を下支えしている。. している。. さらにスクラムは、同じような不安を抱えている子ども たちが、お互いに不安を率直に語り合ったり、チューター. 5) 「重層的な傷つき」のもとにいる子どもたちへの働. にその気持ちを受け止めてもらう場ともなっている。その. きかけ. ことによって、スクラムは、受験というモードに入ること. ここまで具体的な中身に即して、スクラムの実践が持つ. で彼らを 「置いてきぼり」 にしがちな学校生活そのものや、. 意味について検討してきたが、何故このような丁寧な関わ. その中で感じる不安感・孤立感などを乗り切るための「居. りが、とりわけ貧困や社会的な排除に直面している子ども. (30). 場所」の役割をも果たしている. たちにとって重要な意味を持つのだろうか。そのことを、. 。. 本来このような「学習支援」は、中学・高校でこそ正面. 子どもの貧困を「複合的剥奪」と「重層的な傷つき」とい. から取り組まれるべき課題である。しかし釧路市における. う二つの視点からとらえるべきだという岩川直樹の議論に. 生活保護受給母子世帯の実態調査やスクラムに来る子ども. 即して検討していきたい(33)。. たちの姿が示すように、現状で困難を抱えた子どもたち. 岩川は、子どもにとって、貧困な状況を生きるというこ. は、それゆえに教師や他の子どもたちから「厄介者」扱い. とは「単にモノやカネがないという物質的・経済的な剥奪. され、学校から「排除」される危険性が高い. (31). 。スクラ. を意味するだけではなく、その「壁」にブロックされるこ. ムの取り組みは、そのような子どもたちを「教育からの排. とによって、多数多様な人間や機関や活動とのつながりか. 除」から救い、改めて自身の学ぶ意味や高校進学の意味、. ら疎外される関係的・社会的剥奪を意味してもいる」と指. およびその先の進路へと子どもたちを結びつけ直す役割を. 摘する。そうした「物質的・経済的剥奪と関係的・社会的. 果たしているのである。. 剥奪の相互連関は、本来その子どもが形成しうるはずの基. . 本的信頼や自尊感情あるいは知識技能や学歴資格などを奪. 4) 「個別の丁寧な関わり」と「集団づくり・場づくり」. う実存的・自己形成的剥奪をもたらし、それが新たな「壁」. との融合. になることによって、子どもたちはさらなる関係や場への. この点とかかわって、子どもと大人との関わりが、 「個. 参加から疎外されることになる」 。このような「生活の基. 別的」であると当時に、集団的・自治的であるということ. 底をなす諸条件や諸関係や諸能力を奪われる複合的剥奪」. も、スクラムにおける「学習支援」の大きな特徴であるこ. の下で、子どもたちは「乳幼児期、学童期、青年期を通じ. とをあわせて指摘したい。. て、自己自身のなかに多数多様な他者からの存在否認ない. 先に紹介したように、チューターは、学習会の運営の仕. し、承認不全を降り積もらせ、自己形成の重層的な傷つき. 方等について、子どもたちと平場で話し合う場を幾度も持. を」自らのなかにかたちづくる。. ち、勉強会の継続の意思や、継続する場合の一日の時間の. 乾彰夫は、さまざまな困難の蓄積の中で「基本的生活能. 過ごし方等、さまざまな事柄を話し合いで決めている(話. 力の未形成・剥奪」を受け、不活発状態に陥っている生活. し合いの苦手な子どもたちのために小グループでのおしゃ. 困窮層の子ども・若者たちを支える教育実践・生活指導の. べりや要望を紙にまとめるなどの工夫・配慮もなされてい. 課題について「基本的生活条件そのものの下支えを前提. る)。ある子どもは、スクラムのなかで、自分たちの意見. に、様ざまな関係性の回復・形成を可能にする集団的な生. が受け止められ、自分たちのペースにあった勉強のスタイ. 活の場そのものを、一定の保護的な機能をも併せ持つ大人. ルやクラス分け、あるいは勉強以外のさまざまな行事が具. (教育実践者)の介在のもとで確保していくことが必要で. 体化していく経験をふり返り、次のように語っている。. あろう」(34)と指摘しているが、自らの育ちのなかに幾重も. 「自分の勝手なイメージかもしれないけど、学校の先生. の「傷つき」の経験を抱え込まざるを得ない子どもたちに. - 66 -.

(8) 自他に対する「信頼」の回復を軸に据えた「学習支援」の取り組み とって、その「傷つき」を癒し、そこから恢復していくこ とを支える個別的な配慮と、彼ら自身が剥奪されたさまざ. 4、子どもたちを自身の人生の当事者として支える「総合. まな関係性を回復していくためのコミュニティ形成を支援. 的な居場所づくり」としてのスクラム―残された課題にも. するという課題は、とりわけ重要な課題となっている。ス. 触れて. クラムにおける学習支援の実践は、その意味で、先に見た 自治的な場づくりのあり方ともかかわって、両者の課題を. 本論では「社会的排除」や子どもの貧困に抗する実践と. 結びつける「生活指導」実践としても、重要な到達を示す. して、スクラムの「学習支援」を取り上げ、実践の具体的. ものである。. な内容にそくして、その意義と課題について分析・検討を 試みてきた。. 6)不安定な移行過程を生きる若者たちの社会的ネット. スクラムの「スーパーバイザー」として運営の中心を. ワークの豊富化につながる試みとして. 担った日置は、スクラムの役割を「受験勉強を道具にした. この点と関わって、スクラムでの経験が、子どもたちの. 地域の居場所づくり、孤立防止」にあると強調し、その実. 高校進学後の人生行路にとって、どのような意味合いがあ. 践が当事者の「生活支援や精神面へのバックアップも含め. るのかを検討することは重要である。. て行う総合的な居場所づくり」(38)となっていたことを指摘. スクラムを「卒業」した子どもたちは、高校に進学した. しているが、ここまで見てきたように、参加した子どもた. 後も、就学の継続という点では、さまざまな困難に直面せ. ちもまた、スクラムで自分たちのことを気にかけてくれる. ざるを得ない。 子どもたちの多くは、 家計を支えるために、. 大人と出会い、今だけではなく、中学を卒業しそれぞれの. アルバイトに従事するが、長時間・長期間のアルバイト従. 進路に進んだ後も、何か困ったことがあったときに相談で. 事は、学業との両立、あるいは学校の友人との時間・場の. きる、立ち寄れる場として、スクラムをとらえている。 「進. 共有を難しくし、就学の継続に無視できない困難をもたら. 学支援」についても、合否の結果以上に、自分たちの判断・. す(35)。そればかりか、入学金等の準備そのものに大変な. 意思に基づいて、受験という「困難」に、仲間たちと共に. 苦労を強いられるなど、入学以前にすでに経済的な障壁に. 取り組んだという経験そのものが重要なものとして受け止. 直面するケースも少なくない(36)。そのような困難を乗り. められていた。. 切るための同世代の仲間づくり、あるいは利用可能な「資. その意味でスクラムの実践は、単なる学習支援・進学支. 源」としての福祉行政関係者や、さまざまな大人たちとの. 援の枠を超えて、参加した子どもたちの自尊感情の恢復を. ネットワークの形成は、スクラムの持つ(今後持ちうる). 支えるとともに、子どもたちを支える大人たちのネット. ひとつの大きな役割・機能であると思われる。. ワークを豊富化し、さらにはそのような関係形成の当事者. この点で注目に値するのは、学習会の「1期生」 「2期. として、子どもたち自身をエンパワーする、当事者の「生. 生」の多くが、 進路決定後も、 継続的に「冬月荘」を訪れ、. 活全体を支える重層的な支援」(39)の場となっていたのであ. 彼らの「居場所」としているということである。冬月荘を. る。. 会場とした「お泊まり会」 「クリスマスパーティー」等が. とりわけ冒頭で指摘したように「社会的排除」をめぐる. 開催されることもあり( 「卒業生」たちが発案者になるケー. 政策的・実践的対応が、しばしば「社会への包摂」を労働. スが多い)、子どもたち同士のつながりが、各期のスクラ. 市場や教育機関への「参加」など、既存の社会秩序への包. ム終了後も継続している様子がうかがわれる。. 摂に限定し、結果として「行政自身が社会的排除の状態を. 彼らの何人かはまた、高校進学後、チューターなどの形. 作り出し」ていることや、社会的に排除されている当事者. で、次の期の運営や「後輩」たちの学習支援に、積極的に. が「自らの問題解決にかかわる決定過程から排除されて」. かかわっている。また、時には彼ら自身の勉強の相談(勉. しまっている現状をふまえたとき、 「進学」の達成や就学. 強に集中できる場・空間の確保、 という意味合いも含めて). 意欲・進路意識の醸成などの個別的な「結果」や個人の「能. や近況報告、あるいはスクラムで知り合った友人との「落. 力伸長」に重点を置かないスクラムの実践スタンスや、子. ち合い場所」 (ここに来れば誰かに会える)として、ふらっ. どもたちを含めた参加当事者の要望とそれに基づく話し合. と立ち寄るケースもあるという。. いを尊重する運営のスタイルは、社会的排除をめぐる困難. チューターとしてスクラムにかかわることは、彼らに. に直面している当事者の、社会的な「自立」の在り方とそ. とっては、自分自身の「成長」を実感する機会ともなって. こで求められる「支援」の内実についての重要な示唆を与. いる。彼らは「後輩」である中3生の姿に「1年前の自分」. えていると言えるだろう。. を見ることで、あるいは逆に「後輩」たちに「先輩」とし て頼られ、当てにされることで、1年前の自分とは違う、. スクラムの「1期生」の多くは、現在高校3年目の生活. 現在の自分を実感している(37)。このような「成長」の体. を迎えている。彼らが「学校から社会へ」の長い移行の過. 験もまた、彼らの現在の高校生活にとって、少なからず支. 程に足を踏み出す時は、すぐそこまで来ている。. えになっていると思われる。. スクラムで学んだ子どもたちが、高校進学後、就学の継 続や、卒業後の進路選択にかかわってどのような課題や困. - 67 -.

(9) 自他に対する「信頼」の回復を軸に据えた「学習支援」の取り組み 難に直面するのか、その際にこの学習会で生まれたつなが. ス冬月荘の学習会の検討」 『北海道大学大学院教育学研究. り(同世代との、あるいは大人たちとの)が、彼ら・彼女. 院紀要』107号、2009年、同『日置真代のおいしい地域づ. らがその困難を乗り越えていくにあたって、どのような役. くりのためのレシピ50』2009年(CLC /筒井書房). 割を発揮することができるのか、さらにいえば、この先の. 北海道釧路市福祉部生活福祉事務所『平成18年度生活保. 彼ら・彼女らの人生行路を支えるものとして、スクラムで. 護受給者自立支援プログラムの取り組み報告書』2007年、. 生まれたつながりや実践をどのように深化させていくこと. 同『平成19年度生活保護受給者自立支援プログラムの取り. が必要なのか(おそらくそれは何らかの形で、当事者によ. 組み報告書』2008年. る地域づくり・コミュニティづくりの実践へと接続せざる. 櫛部武俊「自立支援が照らす生活保護受給母子世帯の. を得ないだろう)。残された課題は多いが、筆者自身、当. 今」教育科学研究会編『教育』No.731、2006年12月(国土社) 、. 事者の一員として、この場にかかわり続けることで、引き. 同「希望をもって生きる―自主支援―」教育科学研究会編. 続き追究していきたい。. 『教育』No.741、2007年10月(国土社)、同「被保護世帯の 親の『希望』をかなえるために―福祉事務所発の子ども学. ※本研究は、独立行政法人日本学術振興会科学研究費補. 習支援」全国社会福祉協議会『月刊福祉』91巻10号、2008. 助金(若手研究(B) 研究課題名:貧困・格差の拡大と若. 年9月. 年者の自立支援に関する実証的研究 課題番号21730661). 釧路市福祉部生活福祉事務所編集委員会『希望を持って. の助成を受けたものである。. 生きる 生活保護の常識を覆す釧路チャレンジ』2009年 (CLC /筒井書房)、等。. 【註】. (9)箕浦康子編著『フィールドワークの技法と実際 マイ. (1)「若者の教育とキャリア形成に関する研究会(研究代. クロ・エスノグラフィー入門』1999年(ミネルヴァ書房). 表者:乾彰夫)」『「若者の教育とキャリア形成に関する調. 38-39頁。. 査」2007年第1回調査結果報告書』2009年、等。海外の研. (10)全国市長会「生活保護率における地域間格差の原因. 究としてはAndy Furlong, Fred Cartmel(2007), Young. 分析のための調査」 、2005年7月(厚生労働省http://www.. People and Social Change Second edition, Open University. mhlw.go.jp/shingi/2005/07/s0706-3d.html)参照。. Press, 等。. (11)生活保護受給世帯に占める母子家庭の割合は、2008年. (2)湯浅誠『反貧困』2008年(岩波新書)59-62頁。. 16.3%で全国比で約2倍の値である(背景には職種・雇用. (3)青砥恭『ドキュメント高校中退―いま貧困が生まれる. 形態などに起因する配偶者男性の経済的基盤の不安定さが. 場所』2009年(ちくま新書) 、白鳥勲「学びと希望を奪う. ある)。釧路市福祉部生活福祉事務所編集委員会前掲12-13. 貧困 中退激増、高校の現場から」 『経済』№171、2009年. 頁。. (新日本出版社) 、等を参照。. (12)釧路市福祉部生活福祉事務所編集委員会前掲37-40頁。. (4)建石一郎『福祉が人を生かすとき ドキュメント「落. (13)福祉の「ユニバーサル化」と「循環型地域福祉システ. ちこぼれ」たちの勉強会』1989年(あけび書房) 、湯浅克. ムの構築」というコンセプトによって運営され、「居住支. 人「生活保護世帯の子どもの高校進学を支える 子どもと. 援」 「日中活動支援」 「仕事づくり」等を中心にモデル事. 親の心を聴く江戸川中3勉強会」岩川直樹・伊田広行編著. 業を展開している。地域生活支援ネットワークサロンHP. 『未来への学力と日本の教育8 貧困と学力』2007年(明. (http://n-salon.org/)参照。. 石書店) 、等を参照。. (14)2007年度の釧路市における生活保護受給世帯における. (5)大高研道「政策的概念としての社会的排除をめぐる今. 中学3年生は144名、うち86%の124名が母子世帯であっ. 日的課題―社会的排除の連鎖と分断―」日本社会教育学. た。櫛部前掲「被保護世帯の親の『希望』をかなえるため. 会編『〈日本の社会教育第50集〉社会的排除と社会教育』. に―福祉事務所発の子ども学習支援」26頁。. 2006年(東洋館出版社). (15)そのような問題意識は、とりわけ江戸川中3学習会の. (6)大高前掲。. ように、生活困窮世帯の子どもたちの学習支援に一貫して. (7)大高研道「イギリス社会的企業による就業・自立支援. 取り組んできた実践の中で強く示されている。湯浅克人前. の地域的展開」 日本社会教育学会 『日本社会教育学会紀要』. 掲54-59頁. №44、2008年。. (16)乾彰夫「不安定化する若者と生活指導の課題―不安. (8)「生活保護自立支援プログラム」および「高校進学希. 定・危機の共通性と多様性―」日本生活指導学会『生活指. 望者学習支援プログラム」については、以下の資料を参照. 導研究』№24、2007年(エイデル研究所)26頁。. のこと。. (17)住岡敏弘「第3部 子育て文化・貧困の世代的再生産」. 日置真世「生活支援現場から見た地域の貧困と支援のあ. 釧路公立大学地域経済研究センター(共同研究:釧路市). り方について」 (社会教育研究全国集会課題別学習会1「格. 『生活保護受給母子世帯の自立支援に関する基礎的研究―. 差・貧困」問題と家族支援報告)2008年、同「人が育ち合. 釧路市を事例に― 研究報告書』2006年、55-73頁。. う「場づくり実践」の可能性と必要性:コミュニティハウ. (18)末子が小学校高学年である場合、生活保護受給有職者. - 68 -.

(10) 木戸口 正 宏 世帯の50.0%、無職者世帯の90.0%が「子どもがいじめを. た」という声を紹介しているが、スクラムに集う子どもた. 受けたことがある」と回答している。これに対し非受給世. ちの学校に対する不信感・無力感は根強い。これらの声に. 帯は32.5%である(中学校の場合、有職者世帯55.6%、無. 私たちは丁寧に耳を傾ける必要がある。日置前掲120頁。. 職者世帯50.0%、非受給世帯32.6%) 。. (32)第一期スクラム終了時の聞き取り記録より。. 不登校(30日以上欠席した子ども)の割合は、無職者世. (33)岩川直樹「子どもの貧困を軸にした社会の編み直し. 帯が顕著に高い(末子が小学校高学年で10.0%、中学校の. 〈貧困を作る文化〉から〈貧困をなくす文化〉へ」子ども. 場合40.0%) 。前掲住岡。. の貧困白書編集委員会編『子どもの貧困白書』 (明石書店). (19)生活保護受給母子世帯の中卒者割合の高さ(34.3%、. 2009年。. 全国母子調査13.1%) 、大学等進学率の低さ(29.1%、全. (34)乾前掲22-27頁。. 国45.3%、全道34.6%) 、生家の生活保護受給率の高さ. (35)「NHKスペシャル セーフティネット・クライシス」. (14.6%)等、社会的な不利の継承を示すいくつかのデー. (2008年5月11日放送)においてスクラムが紹介された. タは、釧路の生活保護受給世帯が「貧困の連鎖」 「貧困の. 際、取り組みが始まる以前に高校に進学した女性が、進学. 世代的再生産」と言われる状況に直面していることを示し. 後いじめにあい退学を余儀なくされてしまったという事例. ている。前掲日置報告。. が紹介されていた。このことは、スクラムにおける子ども. (20)櫛部前掲「被保護世帯の親の『希望』をかなえるため. たち同士の関係形成が、高校進学後の学校生活の(精神的・. に」26頁。. 感情的な側面も含んだ)バックアップまでを見通して取り. (21)北海道釧路市福祉部生活福祉事務所『平成19年度生活. 組まれるべき課題であることを、象徴的に示している。. 保護受給者自立支援プログラムの取り組み報告書』16-18. (36)その意味で、生活保護世帯を中心とした生活困難層へ. 頁。. の進学保障、および就学継続のためには、奨学金など教育. (22)子どもたちの多くは「自分の意思で参加したわけでは. 費用に関する直接の支援だけでなく、在学中の生活費も含. なく親に勧められて何となくそこに来て」おり「お互いの. めた、包括的な教育費保障の制度を整備することが喫緊の. 面識もほとんどなく、知らない人ばかりの場所に放り込ま. 課題である。. れ」 、緊張している状態からのスタートであった。そのよ. (37)2009年度に実施されたスクラム「1期生」 「2期生」. うな子どもたちが、外での立場や役割から解放され「素に. への聞き取り記録に基づく。. なって」参加できる雰囲気をつくる上で、この「呼びたい. (38)日置前掲113頁。. 名前」で呼び合うというスクラムのルールは、重要な役割. (39)大高前掲。. を果たすことになった。前掲『日置真代のおいしい地域づ くりのためのレシピ50』266-267頁。 (23)北海道釧路市福祉部生活福祉事務所前掲40頁。 (24)第一期スクラム終了時の聞き取り記録より。 (25)同上。 (26)日置前掲「人が育ち合う「場づくり実践」の可能性と 必要性」117-121頁。 (27)白鳥前掲59-60頁。 (28)北海道釧路市福祉部生活福祉事務所前掲43頁。 (29)櫛部前掲「被保護世帯の親の『希望』をかなえるため に」26頁。 (30)福祉行政の立場からスクラムの立ち上げに関わった櫛 部は、保護者から寄せられた「もっと早く(スクラムを) やってほしかった…この会に行くようになって初めて(勉 強が)楽しいって言ったの」という声をふまえ、受験直前 の子どもたちのこのような不安やストレスを「親だけでは 解決のつかない問題であるのに、親の責任と感じ、家庭の 中でひたすら向き合って抱え込んでいたのではないか」と 指摘している。ここにも、社会的排除に直面する家族への 困難の折り重なりと、その悪循環から抜け出すための実践 的な示唆がある。釧路市福祉部生活福祉事務所編集委員会 前掲45頁。 (31)日置は「ここの大人も、どうせ自分たちの実態を知っ たら学校みたいにはぶくんだろうって思ってたけど、違っ. - 69 -.

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参照

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