小学校学習作業管理の構造
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(2) . 第6笹 第1号. 北 海 道 学 馨 大 学 紀 要 (第一部). 昭和30年9月. 小 学校 学習作 業管理 の構造 --社 会 科 を 中 心 と し て-- 白. 山. 友. 正. 函館分校社会科教育研究室. Tomomasa SHIRAYAMA : The Construction ofthe mana ement g at the work in an el endentary school .. - ‐ ‐D江ainly on.the dePart ial study.-- r ) Qent of soc. 第ー節. 小畢校故曾科挙習管理の構造に開する賓状. 今小学校社会科学習管理の構造に関する実状を項目別に列挙してみると大体次の如くである 。 管 理 事 項 1 ,授. 業 管 理. 社会科学習指導要項. 社会科課程 2 . 児 童. 検. 査. 知能検査、 適性検査、 筆写検査、 資料調査。 3 . 教師対児童関係 4 .交. 友 関. 係. 5 . 学習者集団形成関係. 6 .役 割 関 係 クラス委員、 学校委員、 図書委員等。 7 .時. 間. 関 係. 授業時間 (出席簿)1週間授業時数。. 8 .人. 事. 記. 録. 個性調査簿、 学級日誌等。 9 . 衛生及医療管理 身体検査、 願急処置施設、 特別診断、 正規の衛生管理。. lo . 安全組織、 災害防止. 安全教育 G陛難訓練を含む) 継続的な安全監査. 安全会議。 ”, 委 員. 会. クラス委員会、 学校委員会、 図書委員会等。. 堰. 纏 利 施 設 13 . 慰安的活動 (リクリエーション). 体育競技、 体育施設、? 寅嚢会、 書架活動、 遠足、 修学旅行等。. 以上列挙 したのであるが、 学習管理と して坂扱われている具体的事項は 学習作業生活に於ける特別の一部 、 -109-.
(3) . 白. r/友 F正 山.. 面でなく、 新学年から始まり学年末に至る学習生活の全過程に連関する諸事項が全て取扱われていることであ. る。 而して学習作業生活の全過程に連関する諸事項という場合、 単に学習力可能性に直接関する事項と、 学習 時間等の学習条件に関するもの、. 学習意志にも蓮関する事項等を包括しているから注意を要する。 第二節. 学習作業力の構造とそれを基礎とする学習作業管理の構造及び体系. 一、 畢習作業力の構造. 社会科学習作業管理は 「社会科学習作業の諸結果を学習贋値的に最大ならしめる目的を以て学習作業力の大. さを最適なら しめるように、 学習内的諸条件を整えようとする実践的な綜合的臆用技術である。」 から、 管理の 対象は学習作業力の大さを形成する学習諸条件、 或 は学習諸条件と統合された学習作業力であるということが. で きる。 従って学習諸条件と統合された学習作業力の構造を明かにすることによって、 学習作業管理の対象の. 構造を明かにすることができるし、 対象の構造が明かになれば、 それを前提と して、 学習作業管理そのものの 構造を明かにすることができる。. さて学習作業力は云うまでもなく、 学習諸条件と統合された有機的な存在であると共に学習の循環過程に編 入された過渡的なものである。 然るに構造と{ は一般に ( 1 ) 如何なる要素から構成されているか、(2 ) その構成 要素間の関係はどうな っているか、 の2点を契機として成立するものであるから、 今学習作業力の構造を明か にするという場合、 この2点が明かにされねばならない。 以下この2点について解明する。. 学習作業力の構造の第一の契機である学習作業力の構成要素は、 現実の学習可能性と学習意志の結合である. し、 またそれらの前提となるものは、 潜在的な学習可能性 (それは生理的エネルギーと;心理的エネルギー;知. 性、 性格、 技能力) と社会的経済的要請に基く潜在的な学習意志である。 今学習の各循環過程における学習の 諸条件との連関において学習作業力の構成各要素の性 質を明 かにしたい。 H. 生理 1的エネルギー. 生理的エネルギーは学習可能庇の肉体的要素と して、 学習作業力の一構成要素であるが、 これの大さを第一. に決定する条件は学習外の自然的地頭的及び歴史的諸条件である。 例えば民族的体質、 家系的体質、 年令、 性 別及び当時に於ける地域社会人の生活水準による一般的体位な どであって、 それらは生理的エネルギーを保持. する生理的容器として、 その質量的な大さは絶対的固定的な ものではないが、 一定期間内には八篇的には殆ん ど動かし得ない要因である。 この上に立って、第二にこの容器の大さを決定する条件は各児童の生長期及び学習. 期の家庭の経済力その他の生活条件の如何による栄養、 住居な どの要因である。 これ等によって規定された生 理的エネルギーの容器の大さは、 それ自身としては学習内諾条件と何等の関係をもたない。 しかしそれが一度 学習の場に入るに及んでまず学習における義務の要求する性質に従って、その容器の質量的大さが選択される。. そ して日々 繰返される学習課程は、 か る容器に盛られた生理的エネルギーを消費する過程であるから、 生理 的エネルギーの大さは、 当然か る容器の大さに第一次的には依存するとい 得る。 しかしその場合、 支出されるエネルギ←の生蔑的な大さを決定するものは、 学習過程における現実の学習条 件-作業強度、 授業時間、 休憩時間、 作業の諸環境な どであり、 また長期に亘るエネルギーの大きを決定する ものは生理的エネルギーの補給恢復過程の諸条件、 即ち主として栄養状態、 休養歌態の諸条件である。 かくて. 学習作業力を構成する一要素である生理的エネルギーの大さは、 それを保持する容器 の六さ (体力) を決定す る学習外諸条件、 日々エネルギ←を消費する学習過程の具体的な作業諸条件及びエネルギーを補給し疲労を恢. 復す べき学習力恢復過程の具体的条件などの綜合的な相互連関的関係において決定するといえ る。 醐. 精神的エネルギー. 精神的エネルギーの大さを決定する第一次的基礎的要因は生理的エネルギーと同様に主として学習外に お け. る歴史的地理的自然的な諸条件である。 即ち民族的精神素質・家系的素質・学年・性別・歴史的な国民文化水 準、 児童の現在的精神,位等であって、 これによって精神的エネルギーを係容すべ き知能 “性格・意志などの精 神的容器の大さが決定される。 それは勿論絶対的固定的ではないが、ある程度いわゆる精神的素質として短期間. には人篇的に変化させ難いものである。 而 して精神的エネルギ←はこうした精神的容器の中に盛られたエネル ギーであって、 二次的に教育訓練によってその容器の制約をうけつ も補給され、 或は先天的精神素質を特定 一110-.
(4) . 小学校学習作業管理の構造 の働きに慣致さすことができる。 例えば教育にょつて知識が補充され、 それが先天的精神素質である知能によ ・なって現われ って吸収駆使され、 いわゆる精神的活動と 、 また一般知能を構造する理解力・判断力,記憶力な. どの特定の動か し方 に習熟することによって、 企劃力・分析力な どの若干の発達をとげ ることができる また 。 性 格などについても、 一定の学習に特に必要とされる特定の性格の要素が特に慣性的に到達する。 これを要するに、 精神的土ネルギーの大さはそれを係容する精神的容器 (知能・性格) の大さを 決定する学 習外的諸条件によって先ず規 定され、 それは作業力が学習に働くに当って、 数E iのガイ ダンスに従って選択さ 1 n. れるo そして日々の学習過 程において精神的エネルギーは支出されるが、 その支出が学習に使用される利用系 数はやはり学習作業の諸条件によって相違する。 例えば製作学習は精神的エネルギーの支出小であるが 問題 、 解決法の如きは精神的エネルギrの支出が多い。 また精神的エネルギ←の補給は 大脳の栄養補給と疲労恢復 、 とによって確保される一方、 教育・訓練によって知識・精神能力が増加される 。 即ち第二次的の大さを決定す. る要因は学習過程における作業条件と、 作業力恢復過程における諸条件及び教育条件などであると云える 。 同 学. 習 意. 志. 第三の 要素である学習意志についても、 それは学習という 特定の行篇に対する生理的.精神的エネルギーの 志向集中という精神 作用であるから根本的には精神エネルギーの場合と同様に先天的な精神素質に規定さ れ る が、 しかし一般的な精神エネルギーを有するものが特に学習に対して . 意志を志向集中せしめるには特殊な諸 、 条件が必要である。 即ち中核を篇すものは学ぶことが児童の本分であるという自覚1 )である。. この自覚とは、 憤 値への渇仰心である。 従来の 教育学に於いて陶冶性 (Bi l ds i t ) に近い。 これは新教育 amke 2 )と断じたものである シュブラン の基調をなすもので、 ヘ ルバルトの 「教育学の根本概念は陶冶性である。」 。 ガ←は教育学を、 (1) 陶治の理念、 (2 ) 陶治性、(3 ) 教育者、(4 ) 陶冶社会の四部に分ち、( 2 ) の陶治性の具 体的出発点, を個性に見出し、 この個性の研究を以て教育心理学叉は精神科学の中心問題として之を研究してい. f bens る。 彼の 「生の形式」(Le ) は個性の基本的組織の研究であり、 その 「青年心理学」 は個性の発達 rmen a ) 5 の一研究である。 我が国でも大瀬教授3 ) 、 乙竹 教授◆ 、 篠原教授 ) な どが、 この陶治性の考察に意を注いだ。 肥 前有田の )が 陶冶に当ると思う 」 と云っている” .富商であり、 独学の町学者正司孝繊は 「鍵直シ . 、 。 海後教授は陶冶の意味を限定され、 教育の基本樽造として陶冶 教化 形成の三とし 陶治の基本構造は教 、 、 、 育主体 (教師), と教育実体 (児童) とその媒介 となる材料との結び合いとし ま た広く学校外社会教育 ,家庭 、 教育・職場にも拡く考えられ、 激化は陶冶の基本構造の中教育主体の性格をもつものが消滅した場合 即ち学 、 校の自習、 社会教育の施設、 .文化施設等の利用を指 し、 形成の基本構造と して校風 生活の場面 家庭 職場 、 、 、 等の人間関係を指していられろ、 石山教授は陶冶を広く解され、 教育を陶冶 (教養)(Bi l dung)と考え、 しかも 陶冶を 「撒態」 (Zu t s and)と して静的に考える場合と、 陶冶を作用(Ve f r ahr en)と して動的に考え、.客観的文化 が各人の教養として獲得されてゆく作用、 即ちシュプラソガーの所謂 「客観的文化の主体 化」 を教育乃至陶治 とみ 、るという二つの意味を陶冶に見出していられ、 織これはシュプランガーの説く如く精神 (贋値追求 活動) が一方 では客観的な形象として歴史的社会的存在とな り、 他方では各個人の身に具現せられて陶治 (教養) と. なると考え、 前者を客観的文化、 後者を主体的女化 (陶冶) と名づける場合の身につける教養を陶冶と 、いわれ ) るS 。 私は石山教授の如く、 陶治の意味を広く解釈 したい。 この陶治性即ち贋値渇仰心と云い得るならば、 この生命そのものの内部に潜む贋値感受性と慣値実現可能性 即・ ら一種の自発的発展性と意識的努力性の三要素から成立している。・ 普通に陶治性と呼ばれている ,ものはこの. 三要素の動的揮一体に奥えられた名称である。 債値感受性と自発的発展性と自ら進んで意識的にある贋値を受 容し、 之を意識的に実現せんとする意識的努力は学習意志の原動力となるのである 。 この意識的努力性により 人は外界より来る多くの印象中のあるものを、 ある贋値的, 標準に照して有意的に選択して自己の所有とするの である。 この贋値的標準は個性の静的核心を構成 しており、 潜在的学習意志を構成しており その選択は個性 、 の諺的核心に当っている。 個性が自ら求めんと努力しないところに教育叉は広義の環境9 )は何者も輿え得ない と思う。 かく債値感受性と自己的発展性とは陶冶性中の比較的に意志的でない要素であり 意識的努力性は著しく意 、 志的傾向を有する。 陶冶性におけるこの意志的傾向を、 自己活動とよび ペスタロッチなど ここに教育の目 、 、 =「 一T ..
(5) . 白. 山. 友. 正. 標を求めた。 彼が自然に従うという自然は人間性叉は人間意識の意で、 自発性を中心原理としている。 自発. 性は自己活動性叉は自己活動生産性で認識の一切の可能性が依屈するところの最後の中心関係を堀調する原 理 o ) で あ るl 。. ・の 「精神の自発性」 を高調 し、 之を徹底的に教育に, 叉近代に於ける新カ ント学派の批判的教育学者はカソー. 導 入してすべての女化贋値の自己創造を強調 し、精神の自発性の本質を意志に発見し、 基本衝動を意志に添い、 ねとして心的生活に統一を輿える 叉は意志に従属せ しめ、 普通の意志を更に理性 意志に高めn) 、 理性意志を中重. 事を教育の理想とするに至った。 従ってナトルプの如きは、 教育の中心は意志の統一にありとし、 人間胸治の 主軸は意志の教育にある。 知力は固より想像及び感情の教育も本質上、 意志の教育に暴き、 之と分離す べきで ないと論定し、 凡ての教育は結局意志に依存す べきことを数え、 教育を三膏 (意吾・知替・美音) よりなる調 t 書に壕え、 意善に基音 (Grmd on) の地位を奥えた。 然 し晩年にその行きす ぎを悟り、 純愛を生命 と す る 愛. の教育を強調したが、 これは意識的努力性の上に債値感受性の最高の贋値感受性の教育を主張したに外ならな. 1 2 ) し、 。. 以上は内部的動機に基く学習意志の喚起であるが、 この外好奇心・論理的確心・模,倣せんとする意志な ど挙 げられる。 また他人の間に伍して優勝者たらんとする競争心、 賞及び罰 から起る快不快の感情、 利用の必要よ 3 ) りの要請等も挙げられる。 ルソーは児童の場合、 これを唯一の学習郵蜂我とした1 。 然し科学研究者の研究動機. が何処までも利用であったり、 ヂュイーが学校生活を工業化し一切を醸用科学の精神で企画したりするのは一 考を要する”) 。 次に特定の社会的法制的要請 (例えば義務教育として) によって、 学習意志は潜在的には学習条件と無関係. に一瞳発生するが、 学習の場に入るに及んで、 潜在的学習意志は現実的なものになる。 そして作業力が学習の 各循環過程に入り込む度にその部面における諸制度、 例えば、 ごっこ学習における配置の決め方、 作業過程で. は作業条件、 作業方法、 作業の恢復過程においてはリクリエーションな ど、 総 じて児童に学習に対する補足或 は不満足の心理を発生せしめる。 また学作業過程において、 生理的疲労が過度に達した場合、 学習に対する嫌 悪感を発生する。 このように学習意志の大さは、 学習作業内に於いて主として学習各部面における学習社会条. 件と作業力の保全条件との如何によって決定されるということができる。 これを要するに、 現実に存在する学習作業力の構成要素とは右に連 べたような、 学習作業の各過程における. 学習の諸条件 (繊密には学習外の社会的、 経済的、 自然的諸条件をも加えなくてはならないが) が夫々の要素 に結合してその大さが形成された三要素、 即ち生理的エネルギ←、i心理的エネルギー、 学習意志からなると云 え る。. ・. 次に学習作業力の第二の問題は、 右の分析で明 らかにされた作業力各構成要素は互に如何なる関係に立って、 員体的な学習作業力という統一体を構成 しているかということである。 それについて、 学習作業可能性十学習 目意=学習作業力ではなく して、 学習作業可能性×学習目意-学習作業力であるとみる。 この点を少しく補逃 して学習作業力の大さ決定に おける諸要素の関係をより明確にしよう。. 学習作業力を構成する三要素のうち、 生理的エネルギーと精神的エネルギ←とは先ず学習可能性を構成する の であるが、 この二つは生きている氏体である限り、 不可分な統一関係に立った有機的存在であることは云う ま でもない。 具体的に云えば、 生理的エネルギーとt は 「人間自体及び器官の機能力」 或は 「肉体的能力」 であ って、 骨格・筋肉・血液・神経からなり、 また精神的エネルギ←とは所謂 「精神的能力」 であって、 知能・気. 質・性格・意志力などからなり、 後者は前者の一定の生物的発達の段階に於いて、 機能的に分化して、 独自の 機能となったものとされている。 従って両者の関係は、 前者を基礎とする相互規定的統一体であって、 学習可 能性の大きは、 生理的エネルギーの大さと、 精神的エネルギ←の大さと別個に発達するものではなくて、 前者 の発達によって原則と してある迄度後者も確保される。 精神的エネルギーの大さは知能、 意志力などを基礎と して、 教育訓練によって知識、珪覇珠性能 (企劃力、 交渉力等) 技能などが附加される。 これ等は一定程度の生 理的、 心理的エネルギ←の上に、 加算され得る精神的エネルギーである。. 次に学習意志と学習可能性との関係であるが、 これは醗逃の如く相乗的な関係に立ち、 .夫々が夫々の諸条件 現実の学習 業力と の下で大さを決定されて、 して現われるに当って、 相乗的にその大さが決定される。 作 2- 【11.
(6) . 小学校学習作業管理の構造 これを要するに学習作業力は、 これを構成する三要素の算術的総和と して構成されるの でなく 有機的相互 、 的関係に立って統一されている。 そ して学習可能性は学習作業力を直接に担う基礎で あるが それが現実に活 、. きた学習作業力となるためには、 それは常々一定の学習的社会諸関係を通じての み立ち現われ これ等の基礎 、 の上にその反映として学習者心 理が、 従って学習 意志が形成される。 かくて全体としての学習作業力の構造は 、 か る三つの構造の内容と形式との弁証法的統一体として構造づけられるのである。 それは恰も、 マルクスが社会構成体の構造について経済的構造を基礎と し、 その上に政治的及び法律的の制. 度が上部構造として成立 し、 またか る諸構造の反映として社会的、 精神的諸形態 が形成され 、 これらの諸構 造が全体としての社会構成を構造づけているとしている1め のに通ずるものがある 。. 二、 学習作業管理の構造 (A) 学習作業管理構造の二つの契機. 学習作業力の構造を分析した結果、 それは構成要素の契機と生成的過程的な契機との両面から構成づけられ. ていることを知った。 故に学習作業力の構造のこのような性質に基いて学習作業管理の構造も当然に要素的な 契機と生成的過程的な契機との両面から構造づけられなくてはならない。 即ち第1の要素的契機から云えば 、 学習作業管理は生理的エネルギー管理、 精神的エネルギー管理、 学習意志管理の部門 からなるものとして、 各 々の要素の管理の諸方法が展開されなくてはならない。 この角度から学習作業管理に関する研究は精神技術学、 学習生雑学等であり、 田中寛一教授の 「人間工学」 (大正!0年刊) などもその成果である。 これ等の研究は学習 力の要素で生理的エ ネルギ←と心理的エネルギーのみとしか理解していない から学習意志については単に 単 調. 感に基く倦怠による学習意志阻碍の問題を取扱っているにすぎない。 またこれとは反対に従来刊行されている 児童心理叢書. …学習指導. 金子書房. 23年. 教師養成研究会. f学習指導法. 数学図書. 23年. 学習指導法. 朝倉書店. 25年. 青木誠 四郎. 等は学習意志については充分考慮されているが、 教育心理学的に偏って、 教育行政的教育衛生的な部面に触 れず、 教育経営学的な考慮が何等施されていないし、 次に述べる生成的過程的な契機の構成との複合統一を持 たないので、 学習作業を科学的に指導する (私の所得管理) 方法とは云えな い。 況んや 学習心理学 中田・後藤共著 世 界 社 25年 学習心理学 5年 朝倉書店 2 青木誠四郎 武. 政太郎. 鈴木. 清. 比較学習心理学. 東洋書館. 25年. 学習の心理 (生理学講座). 中山書店. 26年. の如きは学習作業管理論の一補助科学の女献に属するに過ぎない。 第2に学習における学習作業力の経由する諸過程即ち過程的契機から学習作業論を構成づけ展開 してい る 従 来の研究は学校経営論、 学級経営実務論など常識的なものであるに過ぎない。 以上2つの契機の何れかの1みを基準とする構造づけについて、 その当否を検討してみるに、 第1≧ ′ こ要素契 機のみで、 構造づける研究は、 実際の取扱に当っては生理的心理的エネルギーのみしか版上げな いため、 学習 作業管理論としては致命的欠陥をもつものである。 仮 勤こその点を問わないとしても過程的な取扱がなされな い時は、 各事項間に殆んど連関が見られず、 その結果各事項は混在 し、 実 践的科学としての構造づけである が、 教材蒐集・学習作業過程としてのみ諸管理事項を取扱うと、 個々の管理事項のもつ学習管理上の意義或は. 目的が不明確になり、 単なる形式的実務論に陥って、 贋に学習作業管理の目的を達 し難いものになる。 例えば 過程的にみれば、 学習評債の如きは学習-作業の過程において決定されるのであるが、 しかしそれは学習作業力 保全手段として、 学習エネルギーに関する管理手段であると共に、 学習意志の刺戟手段ともなるのであって、 構成要素との関係を明瞭にすることな しには、 到底学習作業管理の目的を達し難いであろう。 また用具学習即 ち基礎学習は、 或る単元学習開始前に行われている筈であるが、 . 単元学習過程中にも終始行われていて差支え. ないのであり、 その 意義は学習的心理に対する学習手段として行われているので、 単純に技術手段として軽硯 すべきでなく、 また師弟関係は所謂学習の循環過程の立場からは果して如何なる過程に属するかは甚だ困難な -113-.
(7) . 白. 山. 友. 正. 問題であって、 これは総過程として、1 つの過程とも見 られるが、 然しむしろ、 学習者心理という要素と連関 せしめて取扱う方が論理的にも実践的にも適切であると思われる。 学習集団組織についても同様であろう。. これを要するに学習作業力自体が、 各過程に於ける学習諸条件と有機的に結合して形成された学習力の諸要. 素から構成されているのであるから、 か. る2重の契機の複合を正しく認識することな しには、 学習管理乃至. 学習作業管理の構造の実体を正確に把握 し構造づけることは困難であろう。 現在までのとこ ろ、 か. る研究の. 著書がないのは誠に遺憾である。. (B) 学習作業管理の構造 学習作業力に含まれる要素と過程の2電の契機の複合した現実に対して学習作業管理の構造はどのよう に 展 開されるであろうか。 このことは単なる論理的な あるべ き姿の 「構想」 ではなく現実の学習作業を注意深く現実に即して観察する. ことによって自ら達せられる。 現在の武会料教育の全過程は一方に於ては民主主義国家建設の冠会的有用の材 組織的過程(泣会化)であると共に、 それは同時に児童の生活経験 を育成 しこれを諺会に供 給するための技術的、 を通して バースナリテイ形成 の過程 (個人化) として現実には展開されている。 従って学習作業力がそれに編. 入されている全過程--即ち学習外の作業力を個別学級経営に編入させている児童の学習作業の場合への 登 場. ) 学習作業力が損耗せられ学習が行われる学習力を日々をご恢復する過程 で 過程 (単元学習では 「導入」「発端」 ある学習作業力恢復過程 (これは 「展開」 の中に含めているが、 場所的に見た学習の内部では行われず、 且 ‐ま た恢復の実際過程は殆んど各児童に委せられているため、 所謂学習の過程と見られていないが、 これも広義の 学習の一過程と解す べ きである) 及び学習作業力が予定の成果を得て、 一定の教育評贋の決定せ られたろ整理. ) の四過程が、 作業開始過程を起点として、 継続的に日々の授業に於て繰返され 過程 (単元学習では 「終末」 る。 この小循環と共に、 これが繰返されて生じた一定の期間を以て完結 せられる単元学習としての大循環とが 生及び学習 見られる。(次図参照) 従ってこれ等の学習作業力の全循環過程は、 これを要素的に見れば学習可能! 意志の循環として行われているのである。. 学習作業力循環発展過程. 学習が贋値増大するためには円錐体的に発展すべきである と考えると、静態学習から動態学習へと進むべきであろう。静. 態学習に見る過程即ち循環に於ては、 学習主体が学習効果を 能率化する条件、 即ち典件の変動に順魅 し、 若しくは適醸す ろ過程が行われているのであるが、 本質的に新規な輿件が加. わらないなら、 件の過程は必然に循環を特色とする。 ここで 教材の給付 は学習効 果償値は児童学習量と , 当然静態よ 、 教師の 専制、 放任主義という消極的な慣値 しかない。 り動態への発展過程がなくてはならない。 然るにその発展たる動態学習は1つの均衡状態を目指す運動過程 で. はなく、 均衡状態そのものの移動、 詳しく云えば、 教師の創意工夫によって民主主義教育への、 目童目身のう ちから発生 し、 且つ非連続釣な変 化、 若しくは移動たることを特色とする。 ところでかういう意味に於ける発 展は常に学習手段の新規な組合せ、 教師の創造性と児童集団の強度化によって発展する事が出来、 こうした動 態学習が員の学習形態として 発展するのである。. 而 して各過程における学習の現実的諸条 件と、 その過程における学習作業力の各要素とが統合されて現実の 学習作業力を形成す るし、 またその結合を経営的に合目的的たらしめるのが、 学習作業管理であった、 学習作 業管理 の構造はかふる合目的的結合を行う諸方法の構造であると云える。 いまこの両契機の統合からなる学習. 管理の構造を示す表を次頁に掲げる。 この表は飽迄複雑な関係の理解を 容易にする一手段にすぎないので、 現実 の諸関係をそのま. 表し得ない。. 学習作業管理は襲素的に見れば、 学習作業可能性 (学習能力) 即ち生理的エネルギ「の管理と精神的エネルギ 「の管理と学習意志の管理とに分れるが、 しかしこれを学習作業力の循環過程から見れば学習作業力開始過程 の管理、 学習作業力の循環過程の管理 (これは学習作業力消費過程と学習作業力恢復過程の2つの管理に分か れる) 、 学習作業整理過程の管賜とに分かれる。 そ してこの2 つの基準による分業のうち、 現実の学習管理で は、 教員公務員的立場から行われている。. -114-.
(8) . 小学校学習作業管理の構造 学習作業管理の構造 \\ 過 \ 程 \ 十 \ 要 \ \\ 素. 展. 開. 学習作業力循環過程. 小循環 1 鱗 覇ふ再 学習作業力消費過程 議習雛逼諦. 継 整. 末 理. 過. 程. 憩 時 ( 指す間 習 1 撃 }管 菱 轟 露 管 理 } 理表熱讃辱学習}管理 雲蕎纏膚習戸 毒 饗鰯 学 習 作 業管 理. 学習意志管理. .. (リクリエーション管; (基礎学習管理) ) 1 芽 学校蔵会制度関系 人間関係 (師弟蝿係校友関係一管埋 学習者集団形成蝿係. 再基礎学習管理. 次に学習作業管理について、 少しくこれらの過程的管理について、 具体的分析的に検討すれば各過程の管理 のうちに必ず学習作業可能性に対する技術的管理並に訓練 (綾) 管理と共に、 学校会直制関係管理並に人間関 係 (学習師弟関係及び交友関係) 学習者集団形成関係管理が行われている。 この学校直会制度関係が眼に見え ないが強力に働きつつ、 学習意志に対する管理が行われており これら5つの管理が内容と形式との相互規定 、 的な関係において統一せられて学習作業管理を構造づけていることが分る 故に今学習作業の全循環過程にお 。. いて、 学習可能性の管理と学習意志に対する管理 (それは主として学絞杜会関係の管理及び人間関係管理を通 じて行われるし、 また間接には学習作業可能! 生の管理を基礎とし、 直接には学校精神、 学級精神な どの学櫛 交教 育による管理) とが、 統一的に行われる関係を、 この表は示しているのである。. まず、 作業開始管理についてみるに、 それは直接には、 学習外における潜在的学習作業力を、 学習の場にお ける学習条件と適合する現実的学習可能性に嶋化さす管理であって、 大循環の単元学習では動機づけ(mot i va-. i t ) から導入 (発端) を指す。 即ちそれは配置さるべき分担が必要とする要件に学習可能性の大きさを適合さ on すことであり、学習態度の確立である。 故にこの潜在的学習作業可能性の現実的学習可能性への轄化によって、 歳会科教育を合目的的に管理するのが此の過程の管浬であって、 学習管理の起点をなしている。 それは学習作. 業予定の教師単元 (教案、 指導案) が児童単元に移った状態といってもよい。 この縛化についての、 合目的的. な管理は、 近時、 教育心理学、 児童心理学、 学習心理学等の発達に伴い、 適性検査の技術的方法が研究される に及んで、 作業を課する場合の児童の分担や、 グループの決定における管理方法が具体化されるよ う に な っ たo. 次に学習作業力循環の過程における管埋について見る。 学習作業力の循環過程は学習作業力の消費並に学習. 作業力の恢復の2つの過程からなっているから、 勢い管理もこの過程に分かれる。 即ち学習作業力消費=学習. 過程における学習管理とはこれを技術的に見れば作業開始過程、 分担配分された学習可能性 (生理的・精神的 ェネルギ-) を一定の作業方法の下では、. 如, 何なる作業環境 (通風・温湿度・採光・照明・音響な ど) と如何 なる授業時間をとるかによって学習の結果を最も経済的にすることが出来るかという管理である。 これは明か に、 学習生理学、 学習心理学的な研究、 特 に学習疲労に関する研究によって達せれると思う。 低学年の 児童に ついて特にこの研究適用が必要であり、 授業時間、 休憩時間の振合等の 基準の根拠とな った。 然し新教育 に於ては、 更に、 これらの授業時間、 作業環境などを決定するに疲労研究の結果を基準とすると. 共に、 学習条 件を決定する学校就会制度の如何である。 例えば戦時中の如き絶対的専制的であるような学習時 間の定め方、 使用法は、 現在の民主主義教育に於ては不満が持たれるであろう。 従って学習手段の円滑 化、 従 って管理も自由な学習意志の管理となる。 これを要するに、 現実の学習 作業管理過程に礁 じてその具体的内容を詳細に分析的に考察 してゆけば、 そこ. に自ら学習可能性に対する学習生理学的心理学的管理が講ぜられると共に、 必ず学校教育武会制度関係の管理 に通ずる学習意志管理が行われていることを一・ 腫明かにした。 従って現在の学習作業管理は本質的には次の如き構造をもっていると云えよう。. H 作業開始管理. (a) 学習可能性管理 (グル←プ決定、 技術学習、 訓練の管理) -115-.
(9) . 白. 山. 友. 正. b ( ) 作業開始過程における学習意志管理 (学校融会制度関係、 人間関係、 基礎学習管理) 回 学習作業力循環 (保存) 管建 ( ) 学習作業力消費管理 a 学習作業力消費管理 (学習時間、 安全、 衛生管理). ,休憩時間、 栄養、・体育、 療養の管理) (b) 学習作業力恢復管理 ( 制度関係、 人間関係、 管理、 リクリエーション管 (C) 学習作業力循環過程における学習意志管理 (学校諺会デ 理). 同 整理過程管理 ( ) 学習作業力整理管理 (学習許贋、 技術再学習管理) a b ( ) 整理管理過程における学習意志管理 (学校武会制度関係、 人間関係管理、 再学習管理) )作業開始、 口学習作業力 上の表について若干の説明を加えると、 管理の構造は学習過程の要素に従って、 ← 学習 しての学習作業可能性と 各過程の管理は学習の構成要素と 三 の管理に分けられるが 鈎整理の 系統 保全、 、 意志との2つの要素についての管理を必ず含ん でいる。 というのは直接の学習過程以外の過程 (作業開始、 作. 業力消費、 並に恢復、 整理) は一見学習意志に無関係のように考えられるが、 直接的学習過程以外の過程、 例. えば作業開始過程においては、 グル←プ決定・技術学習 ・訓練 (媛)、 基薩学習の適否は何れも 児童が、 その学 習に 対 して抱く信頼 感、 公正感な どに少からぬ影響を典えるものであって、 その結果は必然的に 児童の学習に 対する繍足感或は不補足感となり、 直接的ではないが、 一般的学習意識の在 る紙態に影響するのである。 この ことはその他の過程においても同様である。 そして今一つ注意すべき重要なことは、 学校社会制度関係は小学 校児童の学習には強く影響するが学習作業そのものには強くは影響しない。 また師弟関係、 交友関係、 学習者. 集団形成等の人間関係は小学校児童、 特に低学年の児童の学習作業には甚だ強く影響するのである。 何れの過 程に於いても、 学習に於 ける師弟関係の状態の如何が、 必らず児童の一般的学習意識、 学習作業の在り方に決 定的な影響を奥えるということであって、 この事から学習作業に於ける師弟関係を一定の好ましい歌態にある ようにし、 且つそれの状態を維持するという問題が師弟関係の管理と して眠り上げられるこ とが重要である。. 三、 学習管理並学習作業管理の体系. 右のように学習作業管理は純理 論的に考察すれば大要右の如き構造をもったものとして形成 されるわけ で あ るが、 しかし現実の新教育では、 当然一国の学習管理の一環として作篇的に不作簾的に、 大同的な類型的な傾. 減少化 ある。 即ち、 六・三制の整備化 (校舎の新改築、 モデル学校設定、二部教授の・ 、 P T A 全国教育研究会の開 日教組の運動 の結成 連合 義務教育費の増額、 地方市町村教育委員会の新設等) 、 、 、 向を持ち体系化されっ. 催、 教育研究所の発展等がその理由となって、 学習並びに学習作業の科学的管理体系化、 学習に関する事務の. ) 分担化 (小学校に事務員を置くようになった。. また、 新教育に於ける社会科学習 が、 学級の教室に於ける学習作業から進んで、 生活学習となり、 父兄の学. 習作業並びに管理への参加、 更に現場学習の拡大化による地域社会人の学習並びに管理への参加となり、 小学. 校 児童数の増加と共に、 右のような面からの学習作業量、 学習作業圏の拡大となったのである。 以上の事情から、 学習並びに学習作業管理活動の体系と しての編成をもつよう になった。 今二つの要素に従 って眺めてみよう。 1 ( ) 対象の性質による専門的分化 上にの べた如く、 学習並びに学習作業管理を構成 している個々の管理 と しては、学習管理の部には、 学籍簿、. カリキュラム、 身体検査簿等の記帳管理保管事務等は事務員に之を委し学級経営の中、 学習作業を学級担任た る教師が管理するのを本体とする。 小学校は、 教科の分担教授を篇さぬのが建別 であるが、 教科中、 社会科及 びこれと直接関係の深い教科を管理する。 従って、 他の学級の教師の社会科学習作業をも受持つようにする。. 要は小学校社会科学習作業の専門化を図ることにある。. 1するのである。 また学習作業管理 従って、 技術学習、 基礎学習は、 これまた分科として他教師が纏めて管理 ・衛生・栄養・療養等を分化し その他の要素・安全 の構造の要素をな している。 、 保健婦の管理とする。. 上述の如く学習並びに学習作業管理を構成する諸管理は学習並びに学習作業力の拡大に伴い分化してゆく。 6- -11.
(10) . 小学校学習作業管理の構港 2 ) 管理職能自体の専門化 { 次に学習作業管理職能自体の専門分化の発展によって学習作業管理についても管理職能自体の分化が行 わ れ る。 かくて学習作業管理の活動と機能のうちに調査、 記録、 報告とか管理監査とかが眠り入れられる。 で、 新教育に於ける学習並びに作業管理活動は次の如き体系をとって展開される。 (A) 学習並びに学習作業方針、 計画の作業の作成、 決定及び各管理。 ● 学習並び学習作業の実施の体系 (B) 。. - ( } 学習作業力管理 (学習作業可能性を大ならしめる経営内要因の管理で主として人間工学的な管理). ( 生の質の大さに関係する要因の管理) ) 学習作業可能性の管彊一(学習作業可能i a. 1作 業開始管理、{ ( 2 )教育許贋 )基礎学習管理、( 3 )技術学習、 訓練管理、 牲 (b) 学習作業力保全管理 (学習 可能性の量の大さに関する要因の管理で、 主として学習条件に関するも の). ( 1 3 )学習時間管理、{ 21環境管理、{ )医療保険管理、 性 )生活学習管理、( 5 )現場学習管璽 鈎 学習意志管理 (学習意志を大ならしめる要因の管理で主として学校社会関係的諸条件並びに人間関係. (師弟関係並び交友関係) 的諸条件 (a) 一般的学習 意識 管理 (一般的な社会的人間関係) ( 1 )一般教育 管理 (P )意志疎通制管理 2 3 )教育許贋管理、 鑑 )リクリエーション、( .T.A. を含む){. b ( ) 直接学習意志管難 (学習の場に於ける直接個人的人間関係に関する管理) ( 1 2 )学習の場の関係管理、{ )校外教化関係管理( 3機 外形成関係管理. (c ) 制度社会関係管理. 1 ( )学校社会制度関係管理、( 3 2師弟関係、( )交友関係管理、 姓 )学習者集団形成管理、 姉社会関係管理. (C) 学習並び学習作業管理の監査、 改善 以上の如き学習並 びに学習作業管理の体系に関する論理的な構想としてでなく、 客観的な現実の姿である 。. これは日本教育の鄭統にアメリカ教育の 肥料を得て咲いた花である。. 1 ) ナトルプは 「自覚の根本 作用は総合である。 綜合によって、 雑多を統一する働きであり 之を純粋統 、 覚と呼んでよい。」(佐藤熊治郎、 三大教育学説の約説と批列、 1 51頁) 西田幾多郎、 自覚に於ける直観 と反省。 2 ) ヘルバルト、 教育学講義綱要。 3 ) 大 潮甚太郎、 教育学識義。 4) 二竹岩造、 現代教育学汎論、1 4頁。 5 ) 篠原助市、 教育学、10 2頁。 6 )「人ハ気質ヲ変化スルコト、 無学ニテハ鴬ラザルュへ、 衆士ヲ学校二入 レテ鏡直シ、 之ラシテ衆民ヲ善 道二導カ ンム、 人ノ才智ノ ・天性ニテ、 出家ヲ致セバ、 高価トナリ、 医者ト矯レパ名医 ト成り、 庶人ナ レパ豪家ト鴬ル。 其才智ヲ其筋目故二置ケバ邪智ト成ルェヘ、 聖人ノカラ仮テ仁義ノ才二引移ス鴬ノ 学問ナリ」 (二竹岩造、 日本教育史の研究、 第一輯、237頁) 7) 海後宗臣、 教育原理、88一11 0頁。 8 ) 石山修平、 西洋教育史の方法的前提 (昭和28年度、 東大教育学部講義教材 「西洋教育史」 ) 9 ) 井坂行男、 学習と環境、 昭和25年。 山下俊郎、 教育的環境学、 昭和1 2年。 細谷俊夫、 教育環境学、 昭和7年。 lo ) 長田新、 現代教育哲学の根本問題、151頁。 11 ) 篠原助市、 現論教育学、 35頁。 12 ) 楢崎浅太郎、 個性教育の原理と方法、1 59一61頁。 佐藤熊治郎へ 三大教育学説 の約説と批判、9 7頁。 13 )「エミール」 第二網、 第三縞。 14 ) 篠原助市、 批判教育学の問題、31 7頁。 15 ) マルクス、 経済学批判、 序女参照。. 7一 -11.
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