芥川龍之介『妖婆』論(二〇〇五年度卒業論文要旨集)
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(2) 近代文学研究室 二〇八五 相馬 由佳. 芥川龍之介﹃妖婆﹄論. 芥川龍之介の ﹃妖婆♭は、発表当初に失敗作という評価を受. −女の脇腹の ︵傷︶観−. 中上健次﹁欣求﹂論. 近代文学研究室 二一二二 林 真知子. 続けた理由と、最後に ︵傷︶描写が明示されている意味を探る. 関して論じているものは少ない。本研究では、女が脇腹を隠し. 従来の研究では、作品最後に描写される女の脇腹の ︵傷︶ に. 発表直前の書簡からは、芥川がF妖婆﹄ に自信を持っているこ. け、あまり研究の進んでいない作品であった。しかし、¶妖婆﹄ とが窺えた。そのため、今回の論文では、芥川が当初自信を見. ことを研究のねらいとし、女の ︵傷︶ の解釈を行っていった。. 具体的に、脇腹を隠すという行為が、弱法師の病と同様の﹁ハ. し、この場面を発端に分析していった。. 師とで繰り広げられる﹁性交﹂場面後に変化していることに注目. 脇腹を﹁隠す﹂﹁隠さない﹂という女の行為が﹁彼﹂と連れの弱法. せていた ﹃妖婆﹄を、大正当時の時代背景や芥川の文学的な挑 した。. 戦という側面から見直し、肯定的に再評価することをねらいと 今回の論文を善くにあたって一番詳しく調べたのは、芥川の. ンセン病﹂による ︵傷︶ のためか、故意的なものか、﹁幻覚﹂描. 書簡を集めた全集である。その書簡と彼の年表と照らし合わせ ながら¶妖婆﹄を書いた当時の芥川の状況を調べ、文学的な挑. ﹁鬱屈﹂との関係、﹁わき腹﹂から﹁脇腹﹂への書き換えという女の. さらに、弱法師の ︵傷︶ との対照的な措かれ方、﹁彼﹂の心の. 写か、という︵傷︶ の存在に関る部分から探っていった。. る ︵不思議︶な現象が大正時代の人々にどのように受け止めら. 戦をする意欲があったのかを探った。また、﹃妖婆﹄ に登場す れていたのかを知るため、当時話題になった宗教や不思議な事. この結果、﹁性交﹂場面で脇腹を隠したという行為は、﹁彼﹂と. ︵傷︶ 描写に関る部分にも観点を向けた。. 結ばれるために ︵傷︶を隠し、結果、弱法師に﹁メタ・フィジカ. 結論として、﹃妖婆﹄が書かれた大正八年前後は、芥川にとっ. 件などをニュース辞典などから調べた。 て転機の時期であり、この時期の作品には様々な試みがなされ. ルな快楽﹂を与えるための献身的なものであったと分析された。. として意図的に描き出されることになったと解釈できた。. 生生しく、忌わしいものとして映り、﹁彼﹂の心を反映したもの. れる。心の﹁鬱屈﹂が晴らせないまま、女の ︵傷︶ が﹁彼﹂の員に. しかし、﹁彼﹂にとっては、﹁性交﹂が女の﹁企み﹂と受け止めら. たことが分かった。実際に﹃妖婆L でも、芥川が今まで避けて いた﹁今日の日本に起こった事﹂として話が書かれ、自らが得 意とする怪異を話のメインにするなどの試みがなされていた。 ﹃妖婆﹄ は芥川の試行錯誤が多く見受けられる作品であった。. 62.
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