著者
久志本 築
学位授与機関
Tohoku University
学位授与番号
11301甲第18802号
湿式ボールミル内砕料粒子の
運動および破壊挙動に関する研究
2019 年 3 月
久志本 築
I 第1 章 序論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 1.1 背景 1 1.2 粉砕機の種類 4 1.3 乾式・湿式粉砕 6 1.4 湿式ボールミルにおける課題 7 1.5 湿式ボールミルにおけるシミュレーションによるアプローチ 8 1.6 DEM を用いた湿式ボールミルの既往の研究 9 1.7 粒子の破壊挙動に関する既往の研究 10 1.8 DEM と CFD のカップリングに関する既往の研究 12 1.9 本論文の目的 14 1.10 本論文の構成 15 参考文献 18 第2 章 媒体ボールに関する操作条件が砕料粒子挙動に及ぼす影響・・・・23 2.1 緒言 23 2.2 液中媒体ボール間の砕料粒子挙動のシミュレーション方法 24 2.2.1 流体運動の解析手法 25 2.2.2 砕料粒子と媒体ボール運動の解析手法 26 2.2.3 砕料粒子-流体間相互作用 27 2.2.4 媒体ボール-流体間相互作用 29 2.3 液中媒体ボール間の砕料粒子挙動の解析結果と考察 29 2.3.1 媒体ボール衝突角度が砕料粒子挙動に及ぼす影響 31 2.3.2 媒体ボール径が砕料粒子挙動に及ぼす影響 36 2.3.3 媒体ボール接近速度が砕料粒子挙動に及ぼす影響 41
II 第3 章 砕料粒子物性および相互作用が砕料粒子挙動に及ぼす影響・・・・48 3.1 緒言 48 3.2 砕料粒子径が砕料粒子挙動に及ぼす影響の解析 48 3.3 砕料粒子濃度が砕料粒子挙動に及ぼす影響の解析 53 3.3.1 シミュレーション方法 53 3.3.2 シミュレーション結果および考察 57 3.4 砕料粒子の分散・凝集が砕料粒子挙動に及ぼす影響の解析 67 3.4.1 シミュレーション方法 67 3.4.1.1 砕料粒子の運動方程式 67 3.4.1.2 粒子間相互作用力 68 3.4.2 シミュレーション結果と考察 71 3.5 結言 83 参考文献 84 第4 章 砕料粒子分散・凝集挙動解析シミュレーション手法の開発・・・・86 4.1 緒言 86 4.2 砕料粒子の分散・凝集挙動のシミュレーション方法 88 4.2.1 砕料粒子の運動方程式 88 4.2.2 流体中における凝集・分散力を考慮した 粒子間相互作用力モデル 89 4.3 凝集性および粒子径分布の測定方法 90 4.3.1 スラリーの調製 90 4.3.2 電位の測定 91
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4.4.1 電位の測定結果 92
4.4.2 せん断速度と粒子径分布の関係 93
4.4.3 単純せん断場における凝集体の形成および破壊過程の解析 96
4.4.3.1 van der Waals 力の最大値の決定 97
4.4.3.2 計算安定性の比較 100 4.4.3.3 単一凝集体の破壊挙動の解析 104 4.4.3.4 粒子径分布の比較 107 4.5 結言 115 参考文献 116 第5 章 スラリー内砕料粒子の分散・凝集挙動の解析・・・・・・・・・120 5.1 緒言 120 5.2 凝集体構造のせん断速度依存性の測定方法 120 5.3 結果と考察 122 5.3.1 質量フラクタル次元の測定結果 122 5.3.2 凝集体の構造に関するシミュレーションの妥当性の検討 124 5.3.3 単純せん断場における凝集体の挙動解析 126 5.4 結言 133 参考文献 135 第6 章 液中粉砕挙動のシミュレーション手法の開発と解析・・・・・・137 6.1 緒言 137 6.2 シミュレーション方法 138 6.2.1 砕料粒子の運動および破壊挙動 139
IV 6.4 ADEM-CFD モデルの妥当性の検討 147 6.4.1 ADEM-CFD モデルによる媒体ボール周りの 砕料粒子挙動の表現 147 6.4.2 砕料粒子破壊試験の実験結果とシミュレーションの比較 152 6.4.2.1 実験方法 152 6.4.2.2 シミュレーション条件 153 6.5 媒体ボール周りでの砕料粒子の運動および破壊挙動の解析 161 6.5.1 シミュレーションパラメータの決定 161 6.5.2 砕料粒子破壊挙動の解析 163 6.5.2.1 媒体ボール径が砕料粒子破壊挙動に及ぼす影響 167 6.5.2.2 媒体ボール接近速度が砕料粒子破壊挙動に及ぼす影響 175 6.5 結言 180 参考文献 181 第7 章 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・183 Nomenclature・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・190 謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・195
1 第1 章 序論 1.1 背景 固体粒子の集合体である粉体はセラミックス,微粒子複合材料,金属材料,磁 性材料,医薬品,化粧品などの様々な分野で,原料,中間品そして製品として利 用されている.これは固体状物質を微細化し粉体とすることにより様々な利点 を得られるためである.例えば,固体状物質そのものの流動性,成形性,溶解性 の付与および向上,粉体を用いた材料の力学的特性,光学的特性,電磁気的特性, 化学的特性や熱的特性の向上および新機能の発現などが挙げられる.このよう な多くの利点を享受するためには,粉体が所望の機能や性能を発揮できるよう に制御することが重要である. 粉体とすることにより得られる機能や性能を左右する因子としては,粉体を 構成する要素である粒子個々の粒子径や粒子径分布,形状,結晶性などが挙げら れる.これら粒子個々の性状の中でも粒子径の影響は著しく,これは粉体の表面 積が粒子径の減少に伴い劇的に増加することに起因する.例えば,ミリオーダー の粒子の場合,粒子同士の接触点が少ないため摩擦力が働きづらく,また粒子そ
のものの自重が重いため,van der Waals 力や液架橋力のような付着力の影響もほ
ぼ無視できる.そのため,非常に流動性が高く,ハンドリング性に優れていると いう特徴がある.また,ミクロンオーダーの粒子では,ナノオーダーの粒子に比 べて化学的に安定かつ流動性が高く,ミリオーダーの粒子よりも緻密な構造を 形成可能であるという特徴がある.そのため,粉末冶金や金属3D プリンター用 の金属粉体など 1,2),高精細かつ粉体のハンドリング性が要求される場合によく 用いられる.さらに微細なナノオーダーの粒子では,表面原子割合が著しく大き くなるため表面エネルギーが高く,比表面積もきわめて大きくなるため,バルク 体と大きく異なる機能や性質を持つことがある.この特徴を応用した例として 透明導電膜が挙げられる.この膜は透明な母材中に金属酸化物のナノ粒子を均
2 一に分散させることで作成されるものであり,ナノ粒子が可視光の波長よりも 小さいことにより発現する光学的特性を利用して,透明性を確保しながら導電 性を付与したものである.透明導電膜はすでに実用化されており,携帯電話やデ ィスプレイなど様々な製品に用いられている3).こうした事例からもわかるよう に,粉体の機能や性能を最大限に引き出すためには,粉体を構成する微粒子の粒 子径を自在に制御することが重要である. 粉体の粒子径は粉体を製造するプロセスでおおよそ決定される.粉体製造プ ロセスは大まかに 2 つに分けられ,一つはブレイクダウン法であり,もう一つ はビルドアップ法である.ブレイクダウン法は,粗大な固体状物質の塊を破壊す ることで粉体を得る“粉砕”を用いた粉体製造手法であり,数ミクロン前後まで の比較的大きな粒子を大量かつ安価に製造可能であることが特徴である.しか しながら,この手法には次の3 つの課題がある. 1) およそ数ミクロン前後の粒子径で粉砕速度が急激に減少および停止する “粉砕限界粒子径”. 2) 粉砕過程であるにもかかわらず,ある粒子径以下となると粒子同士が凝集 する“再凝集”. 3) 容器や粉砕媒体が摩耗することによる“コンタミネーション”. この再凝集および粉砕限界粒子径が見られる一例として,珪砂を遊星ボールミ ルで粉砕した際に得られる粉砕時間と粒子径の関係を Fig. 1.1 に示す 4,5).空気 中では数ミクロン付近で粉砕が進みづらくなっており,水中でも0.5 m 付近で それ以上に粉砕が進まなくなる傾向が見て取れる.これが粉砕限界粒子径であ る.その後,粉砕時間の増加に伴い粒子径が増大しており,これが再凝集と呼ば れる現象である.このように実験的に再凝集や粉砕限界粒子径の存在は示され ているものの,そのメカニズムや解決策についての具体的な提案はいまだなさ れておらず,このことが粉砕による粒子製造プロセスの制御を困難なものとし ている.
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Fig. 1.1 Variation of particle diameter during planetary ball milling 4,5).
一方で,ビルドアップ法は,粒子を結晶核から結晶成長により製造する手法で あり,高純度で単分散かつ数ナノオーダーの非常に微細な一次粒子を得ること ができるといった特徴がある.しかしながら,この手法にも課題が存在する.ま ず,粒子の製造に要する時間は粒子の成長速度に依存するため製造時間の短縮 が難しく,大量生産するには大規模な施設が必要となることが挙げられる.さら に問題となるのが,乾燥プロセスにおいて強固な凝集体が形成されるため,得ら れる粒子が粗大な二次粒子となることである.そのため,ブレイクダウン法によ り,その二次粒子を解砕する必要がある.しかしながら,その二次粒子がブレイ クダウン法の不得手とする数マイクロ程度の粒子であるため,解砕すること自 体が困難である. 以上のことから,所望の粒子径の粒子を製造する技術はいまだ確立されてい ないと言える.また,粒子製造プロセスにおいて,ビルドアップ法においても最 終的にブレイクダウン法が必要となる場合が多いため,ブレイクダウン法の制 御が重要であり,特に,粉砕限界粒子径付近の粒子の粉砕および分散技術が確立 されていないことは,サブミクロンオーダー以下の粒子製造プロセスを制御す る上で,きわめて重大な課題であるといえる.
4 1.2 粉砕機の種類 ブレイクダウン法すなわち粉砕による粒子製造では,粒子径に応じて数多く の粉砕方法が考案され粉砕機として製品化されているものも多い.粉砕機は対 象とする砕料のサイズで分類されることが多く,大きなサイズの砕料を粉砕す る装置から順に粗砕機,中砕機,粉砕機そして微粉砕機がある.粉砕機リストを 文献6)より引用したものをFig. 1.2 に示す.微粉砕機については,非常に多くの 種類の装置が開発されていることがわかる.これは対象とする粉体の性質や粉 砕の規模に応じて粉砕機を選択する必要があるためであり,この領域付近で粉 砕の制御が難しいことを示唆している.また,現状扱うことのできる粒子径は数 ミクロン前後であり,それ以上に小さな粒子径の粒子を粉砕可能な装置は開発 段階であることも示されている.
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Fig. 1.2 List of grinding machines and the features 6).
1.3 乾式・湿式粉砕 こうした粉砕機の性能は,空気中,窒素やアルゴンガスなどの不活性ガス雰囲 気下中で粉砕を行う乾式粉砕と,水中やエタノール中など液体中で粉砕を行う 湿式粉砕で大きく異なる.乾式粉砕の特徴としては一般に,固液分離,廃液処理 が不要であることが挙げられる.一方で,湿式粉砕は粉砕速度が早く,微細な粒 子が得られるなど粉砕性能が高く,その上,微粉が舞わないことや,スラリーで 供給するため供給量を安定化させることができるなど,装置設計上の利点も有 している 7).湿式粉砕と乾式粉砕の粉砕速度を比較した事例として,Fig. 1.3 に 乾式粉砕および湿式粉砕において石英ガラスをボールミル粉砕したときに得ら れた粒子径分布の推移を示す8).湿式粉砕のほうが同じ時間でも微細化が可能で あることがわかり,これは湿式粉砕の粉砕速度が乾式粉砕よりも速いことを示 している.こうした背景から,微粉砕においては湿式粉砕が選択されることが多 い.加えて,一部の条件についてではあるものの,湿式粉砕により数ミクロン以 下までの粉砕を実現したという報告があり,媒体ボールを粉砕媒体として液中 で粉砕を行う湿式ボールミルの一種によるものであった 6). そのため湿式粉砕 の中でも,この湿式ボールミルの粉砕メカニズムを解明することができれば,粉
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砕限界粒子径を突破する技術を確立する可能性が示唆され,粉砕で得られる粒 子径の制御可能な範囲を拡大の実現が期待される.
Fig. 1.3 Variation of particle diameter distribution during dry and wet batch ball
milling at 10, 30 and 90 minutes 8).
1.4 湿式ボールミルにおける課題 このように非常に粉砕性能が高い湿式ボールミルであるが,その設計におい てとりわけ問題となるのが,その制御パラメータの多さである.この制御パラメ ータとして考えられるものをFig. 1.4 にまとめて示す.媒体ボール 1 つをとって も,ボール径,ボールの種類や媒体ボールの充填量などが挙げられ,媒体ボール 以外の制御パラメータとしてはスラリーの調製条件,装置の回転速度,装置形状 や材質など非常に多い.加えて,それらパラメータがそれぞれ独立に粉砕へ影響 を及ぼしているわけではなく,互いに従属の関係にあるため,それらを切り離し
8 て検討することも困難である.そして,最大の課題は,媒体ボールの運動や砕料 粒子が粉砕される挙動を直接観察できないため,制御パラメータが粉砕に及ぼ す影響について定量的,定性的にも把握すること自体が難しいことである.その ため,湿式ボールミルにおける粉砕のメカニズムや粉砕の制御方法を実験から 検討することは困難であるのが現状である.
Fig. 1.4 List of control parameters for designing the process of wet ball milling.
1.5 湿式ボールミルにおけるシミュレーションによるアプローチ 湿式ボールミルにおける砕料粒子挙動が観察困難であることや,各種パラメ ータの影響を切り離して解析できないといった課題に対し,非常に有力なツー ルとしてコンピュータシミュレーションが挙げられる.コンピュータシミュレ ーションは,実際の現象をコンピュータ上で再現することにより,実験では観察 および解析困難な粒子の速度や破壊挙動などの情報を,それらの運動に一切干 渉することなく抽出することができる.そのため,湿式ボールミルにおける課題 を解決しうる新たな知見を得ることができる可能性が示唆される. 今回対象としている媒体ボールや砕料粒子などの固体物質の運動を解析する
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Cundall らにより提案された離散要素法 (Distinct Element Method: DEM) 9)に代表
される粒子法による解法など様々提案されている.この中でも湿式ボールミル の解析において,とりわけ多く利用されているのが後者のDEM である.これは, DEM が離散要素の運動を個々に追跡する手法であるという性質上,粒子や媒体 ボールのような離散要素群の運動の解析を得意としているためである. 1.6 DEM を用いた湿式ボールミルの既往の研究 DEM を用いた湿式ボールミルに関する研究は,媒体ボールの運動に着目した ものが多い.これは,湿式ボールミルにおけるすべての現象を同時に解析するこ とが困難なためである.こうした現象には,媒体ボールの運動以外に,容器内の 分散媒や気体といった流体の運動に加え,砕料粒子の運動や破壊挙動などが含 まれる.このように固気液が共存する計算対象はシミュレーションによる解析 において難問であることに加え,これら全ての運動を追跡する場合,その計算負 荷が膨大となると考えられる.そのため,湿式ボールミル内において,最も要素 数が少なく,形状も球形でありDEM により表現しやすい媒体ボールに着目した 研究が多い. 一般的に媒体ボールの挙動の解析をする場合,流体計算を精緻に行う場合と, モデル化して与える場合の 2 つに分けられる.前者については曽田らが,流体
運動を越塚らの MPS (Moving Particle Semi-implicit)10)で計算し,媒体ボールを
DEM により追跡することで,湿式転動ボールミル中での媒体ボール挙動を再現
することに成功した 11).Beinert らは DEM と流体計算をカップリングしたソフ
トウェアを用いて,媒体撹拌型ミルや遊星ボールミルなどの湿式粉砕機の種類
によって,媒体ボール同士の衝突の仕方(正面衝突,せん断,ねじれ)の変化を定
量化し,各粉砕機の粉砕の特徴を整理した 12).他にも流体挙動の解析方法とし
てSPH (Smoothed Particle Hydrodynamics)13)を適用したものや14,15),格子法を用い
10
る.また,湿式媒体撹拌型ミルのような容器中がおおよそ液体で満たされている 系に対しては LES (Large Eddy Simulation) 18) により詳細に流体の運動を解析し
た事例も存在する19).一方で,流体計算を簡略化したモデルも提案されており, いくつかの成果が報告されている20-22).例えば曽田らは,媒体撹拌型ミルの解析 からピンの本数やピンの長さの設計指針を提案した 22).こうした湿式ボールミ ルにおけるマクロ的な解析が進む一方で,粉砕が進行するメカニズムや媒体ボ ールに砕料粒子が捕らえられる挙動などのミクロ的な挙動の解析はほとんど行 われておらず 23),また砕料粒子が液体中で媒体ボールに破壊される挙動につい て解析した事例は見当たらない.そのため,湿式ボールミル中の砕料粒子の運動 および破壊挙動を解析可能なシミュレーション手法をまず確立する必要がある のが現状である. 1.7 粒子の破壊挙動に関する既往の研究 1.5 節で述べたように,湿式ボールミルを制御する技術の確立には,シミュレ ーションにより湿式ボールミル内砕料粒子の運動および破壊挙動を解析できる 必要がある.とりわけ,固体状物質の破壊を取り扱えるモデルに関しては現在で も発展途上の分野であり,確立されたモデルは存在しない.そのため,砕料粒子 が破壊される挙動を解析する上で,そのモデルを適切に選択する必要がある.
Tielin らは単粒子圧縮時の粒子の破壊を有限要素法(Finite Element Method: FEM)により解析し,粒子に亀裂が生じ進展していく様子が実験結果と一致する ことを報告した 24).Alexander らは 2 次元空間において,単一円形粒子を三角形 の離散要素で分割したモデルを用いて,その破壊挙動を解析し,破砕片分布は衝 突エネルギーに依存しており,特に,粒子中の音速に対する衝突速度の比が重要 であることを明らかとした 25).また,その後,Alexander ら自身により,3 次元 空間への拡張にも成功した 26).最近では,DEM と FEM を結合することで,固 体物質の破壊を表現するモデルが提案され始めている27).Francisco らは DEM の
11 離散要素同士を FEM の有限要素により結合することで,FEM の得意とする連 続体的な応力やひずみの計算を行い,破壊などの大変形に伴うメッシュ生成な ど FEM の不得手とする処理を DEM により解析することで,円形要素の破壊が 精度良く表現できることを報告している 27).こうした精緻なモデルに対し,全 く逆のコンセプトで破壊を取り扱うモデルも存在する.Delaney らは,接触弾性 エネルギーがあるしきい値を超えたとき粒子を破壊し,その破砕片は予め実験 から得られた破砕片分布のデータベースをもとに決定されるモデルを提案して おり,粉砕機通過前と通過後で粒子が破壊され,粒子径が減少する挙動をシミュ レーションにより表現している28).しかしながら,FEM を適用するような精緻 なモデルは一般に計算負荷が大きくなる傾向にあり,今回対象とするような多 体での破壊を取り扱うことが難しい.また,簡略化されたモデルの場合は,汎用 性が低く,詳細に砕料粒子の破壊挙動を調査する場合において,定性的あるいは 定量的な妥当性が十分でないことがある.一方で,我々のグループにおいても破
壊のシミュレーション手法として Advanced DEM (ADEM) 29)の開発に成功して
いる.ADEM は石原らにより提案されたモデルであり,このモデルは DEM の離 散要素同士を連結バネで接続することで砕料粒子の弾性体としての挙動を表現 でき,そのバネをひずみに応じて破断することで砕料粒子の破壊挙動も解析可 能なモデルである.ADEM は粒子群の圧縮などのような多体での破壊を解析す るために開発されたモデルであるため,極力シンプルなモデルで構築されてい る.そのため,比較的計算負荷が小さく,破壊後の破砕片の挙動も解析可能であ る.さらに,ADEM は脆性材料の破壊挙動に関して,実験との比較からその妥 当性が示されており,今回対象とする砕料粒子群の破壊に適したモデルである といえる.ただし,ADEM により,流体中の砕料粒子が破壊される挙動の解析 に適用された事例は見当たらない.これは,ADEM と数値流体力学(Computational Fluid Dynamics: CFD)をカップリングする手法が確立されていないためである. 逆に言えば,ADEM と CFD とのカップリング手法を確立することができれば,
12 流体中で媒体ボールに破壊される砕料粒子挙動を解析することが可能となると 考えられる. 1.8 DEM と CFD のカップリングに関する既往の研究 DEM と CFD をカップリングするモデルに関しては以前から多く報告されて おり,そのカップリング手法は大きく2 つに分けられる.1 つは DEM の離散要 素の周りのミクロスケールでの流れを精緻に計算することで,離散要素と流体 の相互作用力を厳密に計算する手法である.もう 1 つは,離散要素以下の流れ は局所平均化し,離散要素と流体の相互作用力はモデル化して与えることで,よ り大きなスケールでの解析を可能とする手法である. 前者のミクロスケールでの流れを解析する手法は,粒子表面を移動境界とし て取り扱うことで計算を行うこととなる.この原理に基づいた計算手法として は,粒子界面を追跡しその界面形状に沿った境界条件を与える計算方法がある. Johnson らは粒子群が流体中を落下する際の粒子境界を非構造格子によって追跡 することで,粒子周りの流れを計算した30).しかしながら,この方法では,粒子 が移動する度に格子を切り直す必要があるため計算負荷が非常に大きく,粒子 が大きく移動した場合にはその格子の歪みも大きくなるため,計算が不安定と なりやすいなど,実用上の問題を抱えていた.そのため近年では,構造格子を用 いて界面を取り扱う計算手法がよく用いられるようになっていきている.この 手法の場合,主に埋め込み境界法 (Immersed Boundary Method: IBM)により粒子 と流体の相互作用が計算される.例えば,梶島らは流れ場に固定された流体計算 用の格子を用いて,複数の粒子が移動する系での粒子-流体間相互作用を効率的 かつ精度良く計算する体積力型埋め込み境界法を提案している 31-33).この方法 を用いることで,粒子周りの流れを高精度に解析することが比較的簡便にでき るようになり粒子と流体のカップリング計算がより現実的なものとなった.し かしながら,このモデルを用いた場合でも,DEM の離散要素の大きさに対し十
13 分に小さい流体計算格子を用いる必要があるため,複数の離散要素で一つの粒 子を表現するADEM に適用する場合には計算格子数が膨大となることが懸念さ れる. 一方で,後者の離散要素以下の流れは局所平均化し,離散要素と流体の相互作 用力はモデル化して与える手法としては,Anderson-Jackson らの 2 流体モデルが ある.このモデルは,流体および粒子の運動を局所平均化し,固相をも流体とし て扱うモデルである.このモデルにより気流による流動層中の気泡形成をシミ ュレーションすることに成功している 34).しかしながら,未だ一般式の確立さ れていない固相の構成方程式を仮定する必要があった.そこで,辻らは流体にの み局所平均化を施し,その平均化された流体の構成方程式とDEM をカップリン グすることによって,固相の構成方程式を必要としない粒子と流体のカップリ ングモデルとして,DEM-CFD カップリングモデルを提案した35,36).これにより, 前者のミクロスケールモデルと比べて大規模な固体と流体が共存する系を解析 することが,現実的な計算コストで可能となった.しかしながら,DEM-CFD カ ップリングモデルでは,今回対象とする媒体ボールと砕料粒子のように,スケー ルの大きく異なる固体物質と流体との相互作用を計算することが困難である. これは,流体の計算格子が固体状物質よりも大きいと仮定しているためである. 加えて,ADEM で表現された砕料粒子に DEM-CFD カップリングモデルをその まま適用すると,流体の構成方程式を局所平均化する際に,ADEM 粒子内部の 空隙も含めて平均化してしまうため,砕料粒子中を流体が通過してしまい不自 然な流動となる可能性がある.以上のことから,媒体ボールが流体中で接近する 際の,砕料粒子の運動および破壊挙動を解析可能なシミュレーション手法はい まだ確立されていないといえる.
14 1.9 本論文の目的 本論文では,これまで困難とされてきた媒体ボールが流体中で接近する際の, 砕料粒子の運動および破壊挙動を解析可能なシミュレーション手法を新規に開 発し,各種操作条件および材料物性が砕料粒子の粉砕に及ぼす影響と,湿式ボー ルミル中での砕料粒子が破壊されるメカニズムの解析を目的とする. 本解析は,湿式ボールミルにおいて粉砕が進行するためには,砕料粒子が媒体 ボールに捕らえられ,その後破壊される必要があることに着目し,それぞれの現 象に適したシミュレーション手法を選択して行う.まず,砕料粒子が捕らえられ る挙動に対し湿式ボールミルにおける各種操作条件が及ぼす影響を解析する. その際,媒体ボール,砕料粒子と流体の挙動を同時に解析可能なシミュレーショ ン手法を新規に提案し,砕料粒子が媒体ボールに捕らえられやすい操作条件を 検討するとともに,そのメカニズムについて調査する.ここでは特に,湿式ボー ルミルにおいて粉砕に影響を及ぼすと考えられる媒体ボール物性や運動様式, さらに砕料粒子の粒子径とスラリーの調整条件が,砕料粒子の捕らえられやす さに及ぼす影響について解析する. 次に,この検討から砕料粒子の凝集体の構造やサイズを制御することが粉砕 効率を高める上で重要であることが示唆されたため,凝集体の構造やサイズが 流体中で変化する様子を解析し,凝集体の構造とサイズの制御方法について検 討する.ただし,湿式ボールミル内部のように,多数の凝集体が存在する系での 凝集体の構造やサイズの変化を解析可能なシミュレーション手法は確立されて いないため,こうした凝集体挙動を解析可能なシミュレーション手法を新たに 提案する.また,その妥当性の確認は実験との比較により行う. 最後に,流体中で媒体ボールに破壊される砕料粒子挙動を解析するために, ADEM と CFD のカップリングシミュレーション手法を新規に開発する.また, その妥当性を確認し,媒体ボール径や接近速度,砕料粒子の分散・凝集が砕料粒 子の破壊される挙動に及ぼす影響について解析する.
15 1.10 本論文の構成 本論文は7 章から構成される. 第 1 章は序論であり,湿式ボールミルの課題を挙げ,コンピュータシミュレ ーションによる解析が有効である可能性を示した.また,コンピュータシミュレ ーションによる湿式ボールミル内砕料粒子挙動解析における現状と課題を調査 し,本論文の目的と特徴について示した. 第 2 章はまず,媒体ボール,砕料粒子と流体を同時に解析可能なシミュレー ション手法を新規に開発し,媒体ボール物性および運動様式が,砕料粒子の捕ら えられやすさに及ぼす影響について解析した.特に,湿式ボールミル内の媒体ボ ールについて,粉砕に影響を及ぼすと考えられる以下の3 点について検討した. (1) 媒体ボールの接触角度 (2) 媒体ボール径 (3) 媒体ボールの接近速度 その検討の結果,媒体ボール径が小さく,接近速度が速いほど微細な砕料粒子は 媒体ボールに捕らえられやすくなることがわかった.また媒体ボール接触角度 については,捕らえられやすさの観点からはあまり効果が見られなかった.この ように,新規に開発したシミュレーション手法により,湿式ボールミル内の砕料 粒子挙動を観察することに成功した. 第 3 章では,第 2 章で開発したシミュレーション手法を用い,湿式ボールミ ルに投入するスラリーの調製条件および砕料粒子物性が砕料粒子挙動に及ぼす 影響について解析した.特に,粉砕に影響を及ぼすと考えられる以下の 3 点に ついて検討した. (1) 砕料粒子径 (2) スラリー中の砕料粒子濃度 (3) スラリー中砕料粒子の分散・凝集 この結果から,微細な砕料粒子であるほど捕らえられにくくなる挙動をシミュ
16 レーションにより表現することに成功し,その原因は媒体ボール接近時の流体 流れに砕料粒子が流されるためであることを特定した.また,スラリー調製条件 の影響については,高濃度なスラリー中で,大きく球状な凝集体が形成される条 件において,媒体ボールに砕料粒子が捕らえられやすく,その原因は見かけ上粒 子径が大きくなるためであることを明らかとした. 第 4 章では,第 3 章から大きく球状な凝集体の形成が重要であることが示唆 されたことから,湿式ボールミル内部において,多数の凝集体がスラリー内での 成長および破壊される挙動を解析可能なシミュレーション手法を新規に開発し た.本手法の妥当性は,分散・凝集性の異なるスラリーへせん断力を印加した際 の粒子径分布を,実験結果と比較することで検証した.その結果,実験で確認し た全ての分散・凝集条件において,実験結果とシミュレーション結果がおおよそ 一致し,本シミュレーション手法の妥当性が確認された. 第 5 章では,第 4 章で新規に開発したシミュレーション手法を用いて,大き く球状な凝集体が形成されるメカニズムを調査するために,せん断場における 凝集体挙動を解析した.その結果,せん断場中で凝集体は成長と破壊を繰り返し ながら動的平衡状態を維持することがわかり,その平衡状態がせん断速度に依 存することが明らかとなった.また,せん断速度が遅くなるほど,大きく球状な 凝集体が形成されることも明らかとした. 前章までの検討から,小径媒体ボールを高速で衝突させ,その際のスラリーは 凝集条件で調整されていることが,砕料粒子が捕らえられやすい条件であるこ とが明らかとなった.そこで,第6 章では,砕料粒子が捕らえられやすい条件が 砕料粒子の破壊挙動に及ぼす影響について解析するために,まず,液体中で砕料 粒子が媒体ボールに破壊される挙動を解析可能な新規シミュレーション手法 (ADEM-CFD モデル)を開発し,その妥当性を検討するとともに,実際に砕料粒 子の破壊挙動の解析も行った.その結果,前章までに明らかとなった砕料粒子が 捕らえられやすい条件において,砕料粒子を破壊することは可能であるだけで
17 なく,効率的に破壊できる可能性が示唆された. 第7 章は各章の結言をまとめ,結論とした. 以上のように,本論文では湿式ボールミル内砕料粒子の運動および破壊挙動 を解析するシミュレーション手法を新規に 3 つ開発するとともに,解析結果か ら砕料粒子の粉砕メカニズムの解明し,湿式ボールミルで粉砕を制御するため の新たな装置設計指針の提案を行う.
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