芥川龍之介の作品の中に三つのよく似た話があ る。 その三作品 とは、「仙人」、「磁術」、「杜子春」であるが、 どれも主人公が仙 人(或いは腐術師)に出会って試験のような ものを課され、 それ への対応によってその後の人生が変わる とい った話であ る。 しか も、 発表された顛に従って、 内容も少しづつ発展した形となって いる。同じモチーフを用いながら、 その主題に発展が見られる背 猥には、芥川自身の精神的変移があるのではないだろう か。 そし て最終的に芥Illが求めた解答とは〈人間回姫〉ということではな かったろうか。 ここでいう〈人間〉とは、 平凡ではあっても人間 の梢を持っていると いうことであり` 芥JII自身の作家活動におい ては 、 技巧を凝らして特異な状況にある人間の心理を描くの では なく、 現実に降り立って現実に生さる人間の梢緒を描くことであ る。理知と虚梢による作品に次第に行き詰まりを感じるように なった 芥川は、 大正九年頃から抒梢を描く作風に転向して 、 作 家
序
仙人の
〈試し〉
による
〈人間回帰〉
芥川龍之介作品についての一考察
としての新しい道を校索しようとする。 この模索の中で芥川が得 た答とは何 であった のか。「仙 人」 、「邸術」、「杜子春」と順を 追って考察して、 ここでその迎筋の一っを辿ってみたいと思う。 「仙人」は、 大正四年七月に執筆され、 大正五年八月に第四次 「新思潮」に発表された作品で ある。 北支那の見懺物師である李 小二は、 人生に寂災と苦しみを感じているのだが、 ある小さな廟 で乞食の老姐士に出会い、 同情すると、 老人 は実は仙人であると 正体を明かして、 紙銭を無数の金銭や銀銭に変えてみせ、 李は陶 朱の宮を得るという話である。 この作品の典拠として大島呉木氏は、 アナトール11フランス作 「搬母の軽業師」と〈模倣といってもいいほど にその設定・描 写・梢成までが〉類似していると指摘しており(注一)、 また、 藤田祐賢氏は、「卿斎志異」の「鼠戯」と「雨銭」をあげて作品 の舞台・設定の類似を述べている(注二)。皿ち、「仙人」はその 「仙人」上
岡
子
設定・構成・描写においては、 芥川の独創性が湖い作品であると .言ってよいだろう。 その上で芥川は「仙人」において何を描こう としたのであろうか。 この作品の中の李小二の人物は次のように描かれている。 明日の硲しを考へる屈托と、 さう云ふ屈托を抑圧しようとす る、 あてどのない不愉快な感情とに心を奪はれて、 いぢらし い鼠の姿も眼にはいらない事が多い。(上) 何故生きてゆくのは苦しいか、 何故、 苦しくとも、 生きて行 かなければならないか。 勿論、 李は一度もさう云ふ問姐を考 えて見た事がない。が、 その苦しみを、 不当だとは、 思って ゐる。 さうして、 その苦しみを与へるものを'�それが何だ か、 李にはわからないが1無意識ながら悧んでゐる。事に よると、 李が何にでも持つてゐる、 洪然とした反抗的な心も ちは、 この括意識の悧しみが、 原因になってゐるのかも知れ ない。(上) しかしさうは云ふものの、 李も、 すぺての東洋人のやうに、 巡命の前には、 比較的屈従を意としてゐない。(上) 人の上に落ち このように前半部では、 李小二の人生への^屈托〉と生の苦し みへの〈無意識の憎しみ〉を抱きつつ、 また巡命に〈屈従〉して いく様子を軸に描いている。 これについて竹内典氏 は、 李小二の 〈淡然たる人生への反抗は亦冊之介のそれに通じてゐる〉ことを 指摘している(注三)が、 この〈龍之介 のそれ〉、 すなわち芥川 自身の〈淡然たる人生への反抗〉を考える上で、 見浴としてはな らないのが、 この作品を柑き上げる砒前の芥川の失恋事件であろ ゜ 、F、 芥川の初恋の女性として矧られる吉田弥生と芥川の恋愛は、 芥 川の親族の反対にあって、 結婚という芥川の顧望が実ることなく 大正四年初頭に終わりを迎える。 この事件の後、 芥川が親友の井 川恭(後の恒藤恭)に送った術前にその頃の芥川の苦悩が窺われ る。 イゴイズムをはなれた愛があるかどうか 愛には人と人との防墜をわたる事は出来ない てくる生存苦の寂突を癒す事は出来ない イゴイズムのない 愛がないとすれば人の一生程苦しいものはない (傍線引用者)(注四) イゴイズムのある この杏簡からはまさに芥川が人生に苦しみ、 運命を憎みながら も、 それを受け入れるしかないという諦観が読み取れる。 この人
生の苦しみへの憎悪と、 同時にそれに従わざるを得ないという諦 観の姿勢は、 李小二の姿勢と煎なるようにも見え、 事件後最初の 作であるこの小説の主人公に、 自身の姿を投影させたのかもしれ ない 。 そんな生活を送る李小二がある路傍の小さな湖で雨宿りをして いる時に出会ったの が、 乞食の老逍士であった。 その老人は〈垢 じみた道服を箔て、 屈が巣をくひさうな頭をした、 見苦しい老人 で〉あって、 李は老人に対して、 ^幾分の同梢を動かし 〉、 会話を 交わす。 李は、 この老迫士に比べれば、 あらゆる点で、 自分の方が生 活上の悛者だと考へた。さう云ふ自位が、 愉快でない事は、 勿論ない。 が、 本は、 それと同時に、 係者であると云ふ事 が、 何となくこの老人に済まないやうな心もちがした。 彼 が、 談柄を、 生活難に浴して、 自分の苦しさを、 わざわざ誇 張して、 話したのは、 完く、 この済まないやうな心もちに、 煩はされた結果である。(中) 李は自分より〈下〉の人間を見て、 綬越感を感じる利己心と同 時に、 同偕心をも持つごく一般的で善良な男であった。ところが そんな李の見込みに反し て` 老人は、 李の同偕による泄冊の窮状 の話の途中で、 〈あ なたは 私に同梢して下さるらしいが〉と言っ 「下」においてその 後の李の姿が語られる。 て、 ^堪へきれなくなったやうに、 和をあげて笑〉い、 ^私は、 金 には不自由をしない人間で〉あると 言う。〈気述ひ〉かと疑う李 に、 老道士は自分は仙人であるとそ の経歴を話し、 紙銭を無数の 金銭や銀銭に変えて見せる。李は^この雨銭の中に、 何時までも、 床に這ったまヽ、 ぽんやり老追士の頷を見上げてゐた。〉 ここで 仙人の正体が明かされ、 李は意外な出来事に呆然とする。つまり、 李の擾越感や同梢心は全く見当迩 い で、 無意味なものであったこ とがここで判明したのである。 李小一一は、 陶朱の窟を得た。偶、 その仙人に遇ったと云ふ 事を疑ふ者があれば、 彼は、 その時、 老人に柑いて既った、 四句の賭を出して示すのである。(略)但、 これは、 李小二 が、 何故、 仙にして、 乞巧歩くかと云ふ事を訊ねた、 答なの ださうである。 「人生苦あり、 以て楽むぺし。 人間死するあり、 以て生く るを知る。死苦共に脱し得て甚、 無卿なり。仙人は若かず、 凡人の死苦あるに。」(下)(傍線引用者) この作品はまさに、 この終末の一句に収敏すぺきであるはずだ が、 しかしそれは単に仙人の酋葉以上の意味を持ち得ず、 ただ漫
「魔術」 然と窟を享受した李の人生に反映された形跡はない。 ただ文末に 〈恐らく、 仙人は、 人間の生活がなっかしくなって、 わざわざ、 苦しい事を、 探して歩いてゐたのであら う。〉という作者の言葉 が付されているだけであり、 この句に対する李自身の感想も何ら 記されておらず、「上」における李の苦悩への解答も示されては いない。 ` 李 は救済されたのであろうか。 もし李が「陶朱の窟」によって 救済されたの であれば 、 泊水康次氏が指 摘されているように、 ^救済するものが窟である 以上、 窮状も役困の域を出るもので あってはならない〉(注五)のであ り、 李の人生苦という精神上 の問題は骰き去りにされていることになる。 また、 李が救済され ていないのならば、 仙人との湿返は何の問題解決にも なっていな いことになる。 どちらにしても中途半端な終わり方であり、 問題 があるといえよう。 従って、 李という人物の造形は不十分なものになり、 人生苦の 問題への解答も曖昧なまま終わっている。芥川自身の生活上の苦 悩を李に投影しながらも、 芥Ill自身がその問題に明確な答を得ら れないまま作品を仕上げたため、 このように渾然とした展開を示 し得ないままの結末と なったのであろう。 云嗅術」は大正八年十一月に執箱され、 大正九年一月に「赤い 鳥」に発表され、 大正九年一月末、 春陽党発行の「影燈燈」など に収録された作品である。〈私〉が` インドの魔術の大家である マテイラム・ミスラというインド人にほ術の伝授を乞うて、「欲 を捨てる」ことを条件にかなえられるが、 一か月後、 友人とのト ランプの賂けに腐術を使おうと考えた瞬間、 欲心のある者に汽格 はないと告げられ` ―か月前の世界に巡れ戻されてしまうという 話であり、 〈私〉の語りによって話は進んでいく。 前半部でミスラの不思議な靡術が〈私〉の前で披露さ れ、 ミス ラ の〈「あ なたでも使はうと思 へば使へますよ。 」〉と の言業に 〈私〉はそれは本当なのかと訊ねる。 「使へますとも。誰にでも造作なく使へます。唯ー」と 言ひかけてミスラ君は、 ぢつと私の頷を眺めながら、 いつに なくナ具而目な口調になって、 「唯、 欲心のある人間には使へません。 ハッサン・ カンの腐 術を習はうと思ったら、 まづ慾を捨てることです。 あなたに はそれが出来ますか。」 「出米るつもりです。」 私はかう答へましたが、 何となく不安な気もしたの で、 す ぐに又後から言業を添へました。 「腐術さへ教へて頂ければ。」 それでもミスラれは疑はしさうな眼つきを見せましたが、
さすがにこの上 念を押すのは不躾だとでも思ったの.でせう。 という経綿で〈私〉は磁術を教へてもらうことになるのだが、 〈私〉の^何となく不安な 気〉は、 〈私〉の自分の〈慾心〉への 不安を表すと共に〈私〉の俗性を提示しており、 ^ミスラ君〉の ^疑はしさうな眼つき〉は読者の疑いを代弁するものであろう。 腐術を教わる場面は描かれず に、 〈私がミスラ君 に腐術を教は つてから、 一月ばかりたった後のこと〉に話は飛ぶ。 友人との集 まりで乞われて、 石炭を金貨に変えるという腐術を披露してみせ た〈私〉は、 友人たちの賞吹を受けるが、 ここで注目すべきなの は、 友人たちの伐賛は、 〈「何しろ大した腐術を習ったものだ。 石 炭の火がす ぐに金貨になるのだから。」〉という哲菜に代表される ように、 腐術自体の力に対して よりも、 〈無数の金貨〉を出して 見せたこ とに向かっているということである。〈無数の金銭や銀 態にただ〈ぼんやり〉するだけ であった「仙人」 の李に対して、 •より梢極的にその欲望と人間味が館に されている。 そして〈慾 心〉を拾てるぺき邸術によって出された金貨が、 周囲の^慾心〉 を満足させ たことによって伐賛されるとは、 矛盾しているようで もあるが、 最も人の伐賛を引き出す腐 術が金貨を出すこ とである という現実と、 その現実にやすやすと従っている〈私〉の中に、 既に〈慾心〉を捨てるべき湿術の破綻が見え隠れしているといえ よう 。 〈私〉は初めは〈悠然と〉して、 〈「いや、 僕の腐術といふやっ は、 一旦慾心を起こしたら、一一度と使ふことが出来ないのだ。 だ からこの金貨にしても、 君たちが見てしまった上は、 すぐに又元 の吸炉の中に地りこんでしまはうと思ってゐる。」〉と言ってあく までミスラとの約束を守ろうとするのであるが、 友人たちに反対 されて、 結周竹牌で決めることになる。 面白いように勝ち続ける 〈私〉に友人は最後に自分の財産全てと〈私〉の今までの勝ち分 全てを賭けた勝負を巾し出る。 私はこの刹那に慾が出ました。 テエプルの上に梢んである、 山のやうな金貨ばかりか、 折角私が勝った金さへ、 今度運悪 く負けたが最後、 皆相手の友人に取られてしまはなければな りません 。 のみならずこの勝負に勝ちさへすれば、 私は向う の全財産を一度に手へ入れることが出来るのです。 こんな時 に使はなければどこに腐術などを教はった、 苦心の甲斐があ るのでせう。 さう思ふと私は矢も柏もたまらなくなって、 そ っと腐術を使ひながら、(略) 〈この刹那に慾が出〉た〈私〉 は、 勝つカードを磁術で引き当 てた次の瞬間、 一か月前の他界に引き戻されてしまい、 ^にやり と気味の悪い微笑〉を浮かべているミスラと向かい合っている。
「杜子春」は、 大正九年七月に「赤い烏」に発表され、 大正十 けれどもその二三分の短い間に、 私がハッサン・カンの腐術 の秘法を習ふ資格のない人間だといふことは、 私自身にもミ スラ君にも、 明かになってしまったのです。私は恥しさうに 頭を下げた侭、 暫くは口もきけませんでした。 「私の腐術を使はうと思ったら、 まず慾を捨てなければなり ません。 あなたはそれだけの修業が出来てゐないのです。」 ミスラ君は気の瑚さうな眼つきをしながら、(略)静にか う私をたしなめました。 〈仙人〉として の役割を負うミスラは、 試した結果、 ^慾心〉 を捨てることの出来なかった〈私〉をたしなめ、 〈気の茄さうな 眼つき〉をする。「仙人」の老道士が、 何の試しも金銭欲への隙 めもなく李に宮を与えてしまったのに 対して、 〈超越者〉として の上からの視点は同様に持ちつつ も、 さらに設しく枝極的な形で ^私〉の人生に関わってきているといえよう。 但し、 〈慾心〉を 拾てきれない人間の哀れさと諦観を描きながらも、 ^私〉の^慾 心〉についての解決策は示されておらず、 救済は行なわれていな い。「仙人」において受け入れら れた物欲が否定されたことは大 きな前進であるが、 その物欲の否定の先はまだ見えていない。
「杜子春」
年三月十四日、 新潮社発行の「夜来の花」に収録された作品であ る。 金持の息子杜子春が財産を使い果してほんやりしているとこ ろに、 仙人鉄冠子が現れ、 多額の黄金を与えられて、 贅沢な古なら しをするが、 金の有無によって態度を変える人間の湖情さに気づ いて、 鉄冠子について仙人の修菜を始める。杜子春は何があって も口をきかないという約束を守って、 地獄の様々な演め苦にも耐 えるが、 最後に馬に変えられた両親が鞭打たれ て、 ついに「お母 さん」と叫んでしまう。 仙人 になれなかった杜子春は「人間らし い、 正龍な朽ならし」をしようと決意する。中国肘代の伝奇小説、 鄭還古撰の「杜子春伝」を典拠とし、 六部構成をとっている。 一、 二で、 仙人の助言によって金持ちになり、 狩沢をしてはま た貧乏になるということを二度繰り返すが、 杜子春の生活ぶりと 周囲の人の態度の迩いが描かれるだけであって、 杜子春の心情の 吐路は三においてなされる。 「いや、 お金はもういらないのです。」 「金はもう入らない? ははあ、 では贅沢をするにはとう とう飽きてしまったと見え るな。 J 老人は徘しさうな眼つきをしなが ら、 じつと杜子春の頻を 見つめました。 「何、 贅沢にあきたのぢやありません。 人間といふものに 愛想がつきたのです。」æ͌ 7 < ƕ ȯ ! ̷ ê ˈ ʋ ̇ l ˹ + H éç è ̧ ʹ Ǚ ʈ _ z ´ ̡ ɜ % . ɲ / N Æ ̑ " ̗ » " H ĭ řë W ɩ ̅ ƙ . ¼ ̈ ! ʃ * ̵ ĺ n ˰ ň 0 F ; ; # ˙ ũ + " Ƈ Ȳ ȅ ̢ à . ɖ q / , U ʘ $ ú ƥ ɻ [ Œ 9ì Č Ø | O ˆA Ƶ ɹ 3 Þ ̦ É ̀ Ð É ͆ Ǹ ̶ ' < s Ǖ ̞ ̐ c « I ~ ( ) o8 O 6 ą ˊ W M Ć / 0 9 Š ǥ ʅ E Ŋ f ` ˕ ' Ȕ Å ̺ ˎ ̨ Ī Ɍ / Ű U ] + ǁ Ľ 0 ľ û č ! ĝ 5í ) s ˩ -˚ & ƭ Ǧ 91 ̭ ɀ l Ñ ¦ ʰ Ō_ ã ʳ ͇ b g ˖ ? ț * ! ʾ k 5 5 5 ] + A 2 Ď ˝ ˮ b ſ ż Ƃ @ [ ʨ ! ʿ B U O % 5 Í ǯ ¿ Ⱦ ]A ǧ ˍ G N ƿ Ǝ ˱ Ɠ p * M ̋ ̍ : ͎ ̳ ʵ Ś C ǟ à / À ɑ ȟ ˛ ȡ ¾ , Ħ ¤ ` Ŕ Ñ ʍ « o ~ ( ' Y x È 6 { ȴ lj ǂ 4 Ɉ ̃ Ȼ1 ´ ǹ m > Ķ ' ɭ D Ȥ Ƞ ȣ $ W ˻ Ǣ dž 9 % { ȶ . g 2 Ç Ă Ø Ð % ȑ ! Ǿ ʣ ʜ ¢ Ù ̚ 8 ' ¸ x ˜ ( ş ī Ń Ë § ʲ ʫ G ʡ Ʈ á ɘ 2 ʑ ? Ɂ ̠ ) ğ > z C . "ò ) nj ! Ū Ƣ ± ʼn ŵ Ų Ŷ ː ʊ ķ , S µ ʤ Ŗ ƪ ɷ ̟ + e Ġ Q â k 4 ȼ ǃ Ę ȁ ŝ k - ˄ DŽ ń H ÿ ʢ Û Q § ˪ T © Ş "ó ɏ ɂ ½ + U . ̿ ś á % ə ¥ # ͏ ɍ ¡ ʙ ˤ ! n " ˲ F , $ ` ¶ Þ ɝ Ţ ¼ Æ ̒ ˼ + ̆ ƚ ¥ ţ ǣ LJ -ǔ ̫ ʔ -Ť ɸ ̲ Ɇ $ F Ĥ> q ť Ʊ [ ʛ Ƀ $ F a ' Y Å ˘ ɕ £ ɇ 41 Ũ 5 Ʋ ̊ I V N Ɩ ɗ ǖ Ë ̽ ̴ ɛ ɢ ˬ E D ) ʒ ! ;> Ɖ Ȃ ° m 0 # E 6 / # 3 h ' t ɮ ô ă ȿ ] T ǭ ů B ˾ E Ĩ Į { & Ȝ E õ 6 3 ĸ Ǡ
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物欲の虚無を 自党して、 物欲を否定し、〈人間らしい、 正匝な 牲し〉を希求することこそ、〈仙人〉がその〈試し〉によって示 唆しようとしたことであり、 三つの作品によってそれが次第に逹 成されて、 最後に杜子春が解答を得るという過程こ そ、 芥JIIが自 身の人生の中で同様に答を模索していく姿の投影であったのでは ないだろうか。芥川が杜子春に与えた答とは^人間らしい、 正直 な暮し〉であり、 それはそのまま芥川の 得た答でもあったのだろ ゜ `つ しかし「杜子存」発表当時の、 正宗白烏の、〈有り振れた人梢 に雷同した作為された物〉であり、〈かういふ程度の人間らしさ に、 作者は人間を見たつもりで、 また自己を見たつもりで安んじ てゐたのである か〉(注一ー)といった批評もあるように、 類型 的で安易な印象を免れず`「杜子春」の 得た安易な人梢による解 答をそのまま芥Jllへの解答とするにはやはり不十分であったと言 わざるをえない。 芥川は技巧と理知の行き詰まりへの打脱策を、 現英的な乎凡な 人間の姿を世いていくことに求め、 その 試みは、「秋」や「杜子 春一におけるように成功したかに見えた。 しかし、 その安易な人 し〉 }P そが杜子春の辿り滸いた答なのである。
結
梢でしか表すことの出来ない^人間回帰〉は 、 作 品も芥川自身の 内実をも支えきるほどのものではなかった。現実の視点に降りき ることも、 現実的 であるがゆえに安易で平凡な人間像に安んじる ことも、 結局、 芥川にはできなかったのである。 芥川が回帰すべき地点はもっと別の所にあったのではないか。 古本隆明氏は「芥川の死」(注三)で、〈本卦返りをしえなかっ た芸術家〉である芥川が〈回帰〉すべきだった地点を^自己の安 定した社会意識圏〉^いいかえれば処女作「老人」、「ひょっとこ」 の世界〉、 即ち〈中流下府の庶民作家たる自己の狩質〉であった として、 〈彼の回帰をおしと どめ たのは出身階級に たいする自己 姻悪、 神経的な虚栄にみちた自店であったと信ずる〉と喝破して いる 。 回帰すべき自己の本頒に、 自己の〈人間〉に帰りきることがで きなかった芥川は、 結果、 安易な人情による A 人間〉に降り立つ しかなかった。 しか し再度行き詰まった芥川は昭和二年七月二十 四日、 服甜自殺を遂げることになる。芥川が久米正雄に宛てた追 掛には次の言業が巡されていた。 佼の手記は意識してゐる限り、 みづから神としないものであ る。 いや、 みづから大凡下の一人としてゐるものである。君 はあの菩提樹の下に「エトナのエムペドクレス」を論じ合っ た 1-+年前を党えているであらう。僕はあの時代にはみづか芥川は.〈大凡下〉を意識しながらも、 最後まで〈神〉の視点を 志向せずにはいられなかったことが窺われる。 〈人間回帰〉とは、人生と作家活動に苦悩を抱える芥川が見い だした―つの光明であったが、 しかしそれは芥川の作品の中心に なり得るものではなく、 その後、 後期の苦闘の時代に入っていく ことになる。 注 (注一)「芥川龍之介の創作とアナトール11フランス」(「大正文学の比較文 学的研究」(昭和四三・三)所収e 日本文学研究打科叢也「芥川仇之 介」(布枡堂` 昭利四五·I 0)再録。) 冦二)「r籾白志送の一割而ー特に日本文学との関述においてー」 (「炭応義熱創立百年記念論文集」昭和三三・十 l) 冠三)「芥川龍之介の研匹 ( 大同館街店、 昭和九・ニ) ・ ( 注四)大正四年三月jLB井川恭紺也tfi 韮五)「「罷生門」への込程1沿森危ー氏所蔵の打料を用いてーー」 (「国語国文」第五十一巻第九号、 昭和五十七年九月二十五日) 冦六)「「杜子春」論考」(阜訊田大学「淡文学研究」九` 昭和三六・九) (注七)「芥川文学作品か需中典 ( 杜子寿)」( I芥川龍之介必携 j 界燈社、 一 九八ー・三) ら神にしたい一人だった。(傍線引用者)(注一 三) 七 研究宜受贈図書雑誌目録国 大要女子大学大学院文学研究科論集(大要女子大学大学院文学研 究科) 岡山大学国語研究(岡山大学教育学部国語研究会) 一― 神純芸術の科学 沖縄県立芸術大学付屈研究所紀要(沖縄県立芸 術大学付属研究室) 八 香川大学国文研究(香川大学教育学部国語国文学研究室〉 学芸国語国文学(東京学芸大学国語国文学会) 二九 学習院大学国紐国文学会誌(学習院大学国語国文学会) 学術研究 国栢国文学編(早稲田大学教育学部) 四五 四0 (注八)大正九年四月九日沌井孝作苑世簡 (注九)「芥川龍之介のある終焉ーー仮構の生の崩壊ー」(「国文学」昭和 匹五・十一) (注一0)「芥川煎之介の年少文学」(「明治大正文学研究 l 十四号、 昭和二 九・+) (注―一)「文柑人物評論 J (中央公論社、 IlU利七・七) (注―二)「芥川の死」(「吼釈と行」昭和三弓八) (注―――-)「或旧友へ送る手記」(「芥川龍之介全集 j) 尚、 本文は全て、「芥川龍之介全集」("P波宙店、 一九九五)による。 (うえおか さらこ 岡山大学文学研究科修士謀程二年)