鼻による外リンパ瘻が原因で難聴を生じた2症例
高橋 克昌 ,高安 幸弘 ,近
一朗
1 群馬県前橋市昭和町3-39-22 群馬大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科学 要 旨 鼻 (こうび, 鼻かみ) 後に生じた稀な外リンパ瘻の 2症例を経験した. 外リンパ瘻とは, 急激な中耳圧の上昇によってア ブミ骨が外れ,外リンパが中耳に漏出する病態である.変動する難聴が主訴の 1症例は Coclin-tomoprotein (CTP)検査が陽 性で,手術前に診断が確定し,早期の鼓室形成術によって聴力は回復した.激しいめまいと難聴の症例は,内耳に空気塞栓を 認め, 大量の外リンパ漏出による内耳障害は高度で, 鼓室形成術を施行するも診断の遅れのために聴力は回復しなかった. 術中の CTP検査は陰性で, すでに外リンパは枯渇するほど漏出したと推察した. CTP検査は外リンパ瘻の診断に有用だが, 検査のタイミングによって, 結果を解釈する必要があった. 外リンパ瘻は早期に診断して手術すれば回復する疾患なので, 迅速診断法の確立と, 疾患概念の医療関係者への周知が望まれる. 緒言 鼻 (こうび) とは, 鼻をかむ行為のことである. 口を閉 じた状態で呼気を鼻から吐き出すため, 上咽頭には強い圧 がかかる. より強く 鼻すると, 普段は閉じている耳管が 高圧によって開放され, 一時的に中耳腔に圧がかかるため 耳閉感を感じる. 口を開け欠伸による圧抜きをすれば, 不 快感は解消される. ごく稀に 鼻による中耳圧の上昇で耳小骨が外れ, 内耳 の外リンパが中耳に漏れ出てくることがあり, 外リンパ瘻 と言われている. 難聴, 耳鳴り, めまいが症状の内耳疾患で あり, メニエール病や突発性難聴との鑑別が難しい疾患で ある.近年, 外リンパ特異的に存在する Coclin Tomo Protein (CTP) を測定することで, 外リンパ瘻を診断する技術が確 立された. 中耳貯留液または洗浄液を採取し, ELISA 法 で CTPが検出されれば, 外リンパが漏出している証拠と なる. 我々は, 鼻による外リンパ瘻の 2症例を経験した ので, 診断と治療経過について報告する. なお本論文発表 に際し, 群馬大学医学部附属病院臨床試験部が推奨する 「症例報告同意書」に則って書面同意を得た. 症例 症例1 患 者:64歳 男性 主 訴:変動する左難聴と左耳鳴 既往歴:高脂血症 現病歴:強い 鼻後から左耳閉感を自覚し, 翌日, 近医耳 鼻咽喉科を受診した. めまいを伴わず, 純音聴力検査で 文献情報 キーワード: 鼻, 外リンパ瘻, CTP, 難聴, めまい 投稿履歴: 受付 平成28年10月20日 修正 平成28年11月2日 採択 平成28年12月8日 論文別刷請求先: 高橋克昌 〒371-8511 群馬県前橋市昭和町3-39-22 群馬大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科・頭 頸部外科学 電話:027-220-8358 E-mail:takamasa@gunma-u.ac.jp
症例報告
かに左高音部の感音難聴を指摘され, 当院を紹介された. 側頭骨 CT で左鼓室に陰影あり (図 1A), 視診にて左中耳 の貯留液が確認された. 入院して左突発性難聴に準じたス テロイド点滴治療をしつつ, 外リンパ瘻を疑い, 鼓膜麻酔 後に 23G 針にて穿刺し, CTP検査のために左中耳貯留液 を採取した. 臨床経過:入院後, ステロイド点滴の効果なく左聴力が悪 化し,全周波数で中等度の感音難聴 (平 45 dB) になった. 3日後に CTP検査陽性 (0.65 ng/ml,陽性> 0.5 ng/ml)が判 明し, 外リンパ瘻の診断に至った. 全身麻酔下に鼓室形成 鼻かみ外リンパ瘻の 2症例 図1 症例 1の検査・手術所見 A:左側頭骨 CT 冠状断. 中耳に陰影あり (矢印), 液体貯 留が疑われた. B: 術中所見. アブミ骨周囲の前 窓に透 明な液体が滲み出て貯留した (矢印). 外リンパ瘻と思わ れた. C: 標準純音聴力検査. 術後に全周波数で 20 dB程 度改善した. 図2 症例 2の検査所見 A:左側頭骨 CT 冠状断 (蝸牛付近).蝸牛内に空気塞栓を 認めた (矢印).鼓室の含気は良好だった.B:左側頭骨 CT 冠状断 (三半規管付近). 前 と三半規管内に空気塞栓を 認めた (矢印). C:標準純音聴力検査. 術前から左耳は聾 で術後も改善しなかった.
1B), 側頭筋から採取した筋膜で前 窓と蝸牛窓を覆い, フィブリン糊で固定して外リンパの漏出を停止させた. 術 後は聴力が改善した (図 1C). 術中に少量の生理食塩水で 中耳を洗浄し,回収した液を CTP検査に提出すると,後日, 再び陽性 (0.62 ng/ml) と判明した. 経過良好で, 術後 10日 で退院した. 症例2 患 者:45歳 女性 主 訴:左高度難聴とめまい 既往歴:気管支喘息, 慢性副鼻腔炎 現病歴:強い 鼻後に回転性めまいと左難聴を自覚した. めまいは高度で嘔吐を繰り返し, 近医内科で入院加療した. 10日後, めまいが軽快し車椅子移動ができるようになった ので, 合病院耳鼻咽喉科を受診した. 聴力検査で左耳聾, 眼振検査で右向き麻痺性眼振を認めたため, 重症の左突発 性難聴の疑いで転院し, ステロイド点滴治療を開始した. 翌日,側頭骨 CT で蝸牛 (図 2A)と三半規管や前 (図 2B) 内に空気塞栓を認め, 外リンパ瘻のため外リンパの多くが 漏出し, 内耳腔は空気に置換されていた. 手術による外リ ンパ瘻閉鎖目的で, 当院を紹介された. 臨床経過:全身麻酔下に鼓室形成術を行ったが, アブミ骨 周囲に肉芽の増生を認めるのみで, 前 窓や蝸牛窓からの 外リンパ漏出を認めなかった. 発症から 10日以上経過し, すでに肉芽によって自然閉鎖されたと思われたが, 念のた め, 側頭筋から採取した筋膜で前 窓と蝸牛窓を覆い, フィブリン糊で固定した. 術後に聴力は回復せず, 左耳は 聾のままだった (図 2C). 術中に少量の生理食塩水で中耳 を洗浄し, 回収した液を CTP検査に提出したが, 陰性だっ た. めまいの自然回復を待って術後 3週間で退院した. 察 外リンパ瘻は, 従来, 頭部外傷 (側頭骨骨折) や外因性の 圧外傷 (爆風やダイビングによる気圧の変化) で生じると えられていたが, 内因性の誘因 ( 鼻, くしゃみや重量物 運搬時の力み) でも生じることが知られるようになった. さらに, 明らかな原因や誘因がなく, CTP検査陽性で判明 する特発性外リンパ瘻も報告されている. 図 3に 鼻による外リンパ瘻の機序を説明する. 鼻圧 が耳管を経由し鼓膜が膨隆する. 耳小骨が外耳道側に引か れ, 前 窓にはまっていたアブミ骨が外れた 間から外リ ンパが漏出する. 症例 2では激しく漏出し外リンパが枯渇 した後, 炎症細胞や結合組織が増殖してアブミ骨の 間を 閉鎖, 肉芽を形成したと思われる. 耳鼻咽喉科の診察が もっと早ければ, 症例 1のように内耳障害が回復した可能 性があった. 症例 1は突発性難聴か外リンパ瘻かの判断に迷っていた ところ, CTP検査陽性の結果によって確定診断され, 手術 で聴力が回復した. 症例 2は大量に外リンパが漏出し, よ り重症だが, 術中に行った CTP検査は陰性だった. 外リン パは漏出しても新しく産生されるが, 症例 2のように大量 に漏出すると産生が追いつかず, 枯渇してしまう. 発症当 初は症例 1と同様, 中耳に貯留していたと思われるが, 耳 鼻咽喉科診察時は発症から 10日以上経過しており, 中耳 に漏出した外リンパは流れ出てしまった. CTP検査では陰 性になってしまい, 外リンパ瘻の重症度と検査結果とは相 関しなかった. タイミングによって結果が変わるため, CTP検査で陰性だからと言って, 外リンパ瘻の否定はでき ないことが示された. 既報告でも 外リンパ瘻確実例 6症例 中, CTP検査陰性が 2症例あり, いずれも発症から検査日 までの経過が長かった症例であった. 採取時期により結果が異なる CTP検査だが, 開発され る以前の外リンパ瘻の診断には, 特異的な検査方法がなく, 医師が外リンパ瘻を疑えば試みに鼓室形成術を行ってい た. 医師の目で見て, 前 窓や正円窓から外リンパが漏出 していれば外リンパ瘻と診断されたが, 中耳の液が本当に 外リンパなのか, 洗浄に った生理食塩水なのか判断に迷 うことも多かった. 他覚的な検査方法として CTP検査は 期待され, 厚生労働省の研究班では 2015年に診断基準 (案) を作成し, 確実例の条件に CTP検査陽性を新たに加 図3 鼻で外リンパ瘻が生じる機序 鼻をかむと, 上咽頭の圧上昇が耳管を通じて鼓室を陽圧 にする. 鼓膜が膨隆し, 耳小骨が外耳道側に強く偏倚し, アブミ骨底板が外れて外リンパが漏出する.
えた. 外リンパ瘻は迅速に診断し, 早期に鼓室形成術を行うこ とが大切だが, CTP検査は外部検査機関 (株式会社 SRL) に依頼して行うため, 検体の輸送に時間がかかり, どんな に急いでも結果が判明するのは 3日後である. 症例 1では, 幸い不可逆的な内耳障害が生じる前に手術できて回復した が, 遅ければ症例 2のように聾になる恐れがあった. 検査 の普及には, 各病院で即日検査できるような迅速診断キッ トの開発が望まれる. 最近, 突発性難聴に対して施行した CTP検査で, 思いが けず陽性を示す症例が報告されている. 突発性難聴のうち 約 20%の症例は CTP検査陽性で, 診断基準によると誘因 のない特発性外リンパ瘻と診断される. もし鼓室形成術を 受ければ, ステロイド治療よりも聴力が改善した可能性が ある. 鼻やスキューバダイビングなど圧外傷のエピソー ドが明確であれば, 担当医も外リンパ瘻を疑い精査をする が, 患者自身が訴えない場合, 難聴とめまいの主訴からは 突発性難聴 (反復すればメニエール病疑い)と診断され,ス テロイド治療が行われる. 突発性難聴に約 20%の割合で含 まれる外リンパ瘻が正しく診断されるためには, 検査法の 技術革新と, 疾患概念が広く医療関係者に認知されること が不可欠である. 利益相反の開示 著者らは申告すべき利益相反を有しない. 文献 1. 池園哲郎. 外リンパ瘻診断に関する調査研究 厚生労働省 科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業「難治性聴 覚障害に関する調査研究班」,平成 26年度 括・ 担研究報 告書, 2015.
2. Ikezono T,Shindo S,Sekiguchi S,et al. Cochlin-tomoprotein: a novel perilymph-specific protein and a potential marker for the diagnosis of perilymphatic fistula. Audiol Neurootol 2009;14:338-344.
3. Ikezono T,Shindo S,Sekiguchi S,et al. The performance of Cochlin-tomoprotein detection test in the diagnosis of per-ilymphatic fistula. Audiol Neurootol 2010;15:168-174. 4. 丸山絢子, 野口佳裕, 池園哲郎ら. ELISA 法による CTP検 査で診断された外リンパ瘻確実例. Otology Japan 2014; 24:123-128. 5. 佐々木亮, 池園哲郎, 武田育子ら. 急性感音難聴症例に対す る CTP検査. Otology Japan 2015;25:544. 鼻かみ外リンパ瘻の 2症例
by Nose-blowing
Katsumasa Takahashi , Yukihiro Takayasu and Kazuaki Chikamatsu
1 Department of Otorhinolaryngology-Head and Neck Surgery, Gunma University Graduate School of Medicine, 3-39-22 Showa-machi, Maebashi, Gunma 371-8511, Japan
Abstract
Perilymphatic fistula (PLF) is defined as an abnormal leakage of perilymph from the inner ear to the middle ear. High pressure of the middle ear destroys the connection between the stapes and vestibular window. We report two cases of PLF caused by sniff. One case complained fluctuating hearing loss, and was diagnosed with PLF before operation because Coclin-tomoprotein (CTP) detection test was positive. Hearing loss improved after surgery. The other case complained of severe vertigo and hearing loss, and was suspected with PLF because air embolisms were detected in the inner ear. The intraoperative CTP detection test was negative. We believe this may be due to complete depletion of the perilymph through the fistula, causing irreversible hearing loss even after surgery. The CTP detection test is useful in diagnosing PLF, but test results must be interpreted based on the timeline of the disease process. Development of a faster method of diagnosis and education of health care providers about this rare disease are desirable.
Key words: nose-blowing, perilymphatic fistula, CTP, hearing loss, vertigo