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クルディスタン -- 国家建設に苦心するイラクの自治区 (特集 中東地域の現実と将来展望 -- 「アラブの春」を越えて)

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Academic year: 2021

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(1)

クルディスタン -- 国家建設に苦心するイラクの自

治区 (特集 中東地域の現実と将来展望 -- 「アラ

ブの春」を越えて)

著者

吉岡 明子

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

256

ページ

30-31

発行年

2017-01

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00048560

(2)

アジ研ワールド・トレンド No.256(2017. 2)

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 国

  イ ラ ク 北 部 に、 「 ク ル ド 人 の 土 地」を意味するクルディスタンと 呼ばれる自治区がある。アラブ人 が多数派のイラクにおいて、少数 民族のクルド人は独自の言語や文 化、歴史などを保持している。一 九六〇年代初めから、クルド人は 自治区ないしは独立国家の建設を 目指し、反政府武装闘争を大規模 に組織し始めた。それ以来、武装 蜂起、政府軍による弾圧、和平交 渉、そしてその決裂が何度も繰り 返されてきた。   転換点となったのは、湾岸戦争 後の一九九一年、当時のフセイン 政権が北部の支配を諦めてイラク 軍を撤退させたことだった。以後、 北部は事実上クルド人の自治区に なり、二〇〇三年にフセイン政権 が倒れてからは、公式の自治区と してイラクで認められるようにな った。今では、国際社会において も自治区の存在が徐々に知られる ようになっている。   イラクのクルディスタンは、あ くまで自治区であって国ではない。 だが、過去四半世紀の間にすっか り国のようになりつつある。選挙 を実施して自治区の議会や政府を 作り、警察や軍を組織し、学校教 育はアラビア語からクルド語へ変 わった。自治区のシンボルとなる 「 国 旗 」 や「 国 歌 」 も 制 定 さ れ て いる。空港や国境での出入国管理 は自治政府が行っているため、外 国人が入国する際には、イラク政 府発行のビザさえいらない。外資 誘致のため、自治区の法律はイラ ク の 法 律 よ り も 総 じ て ビ ジ ネ ス・ フレンドリーに設定されている。

 国

  だが、こうしたあたかも国家の ようなクルディスタンも、一皮め く る と、 違 う 表 情 が み え て く る。 一九九二年に初めて組織された自 治政府は、わずか二年ほどで機能 不全に陥った。長年反目していた 二大政党の対立が昂じて、内戦に 陥ったからだ。一九九〇年代後半 にはアメリカ政府の仲介で和平に 至ったが、内戦の結果、自治区は 東西に二分され、西部はクルディ スタン民主党(KDP)が、東部 はクルディスタン愛国同盟(PU K)が、それぞれ領土を支配する という状況が続いた。   当時のクルディスタンは、国連 の対イラク経済制裁、そしてイラ ク政府による経済封鎖に遭い、関 税収入や密輸に頼る脆弱な経済状 況だった。関税や密輸をコントロ ールしていたのは、自治政府では なく党だった。党は忠誠を誓う者 には雇用を提供し、経済的恩恵を

︱国家建設

自治区︱

与え、支配の源泉とした。それは 一昔前までクルディスタンが、部 族長を頂点とする部族社会であっ たことを彷彿とさせる。二〇世紀 の末のクルディスタンは、いわば 党首を部族長とするネオ部族主義 社会になっていった。   国家を作るためには、軍や治安 機関といった暴力装置を一元化し、 それを政府がコントロールするこ とが不可欠だ。しかし、ペシュメ ルガと呼ばれるクルディスタンの 兵士は、反政府ゲリラ活動を行う 過程で、もっぱら党によって率い られてきた。あるいは、特定の司 令官が自分の兵士を持っているこ とも珍しくない。それを新たに組 織した自治政府の枠組みに沿って、 ペ シ ュ メ ル ガ 省( 国 防 省 に 相 当 ) のもとで公務員として一元化しよ うと試みたわけだが、内戦で完全 に頓挫した。   二〇〇三年のイラク戦争と、そ の後のイラクの新しい政治プロセ スは、クルディスタンにも仕切り 直しの機会となった。二度目の議 会選挙を行い、二〇〇六年には統 一自治政府が一〇年ぶりに復活し た。内戦の失敗を繰り返さないた め、二大政党は平等に権力を分け 合い、内部対立を封印し、とくに

特 集

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アジ研ワールド・トレンド No.256(2017. 2) イラク国家のなかで自治区の地位 を固めることに関しては、足並み を揃えた。その成果が、上述した ようなあたかも国のような自治区 の登場だったというわけだ。東西 に分かれた支配地域は、みかけ上、 再び一つの領域となった。   だが、かつての停戦ライン付近 では、それぞれの党のペシュメル ガが未だに別々の検問所を設けて いる。そして、党を頂点とするパ トロン・ネットワーク、すなわち ネオ部族主義が大きく変わること はなかった。イラク戦争後は本格 的な油田開発も始まったが、その 石油の富もまた、石油産業を牛耳 るKDPの支配の源泉になりつつ ある。

 部

  こうした部族主義的な社会構造 は、やがて、自ら導入した民主的 な 統 治 構 造 と 齟 齬 を 来 し 始 め た。 二〇一三年の議会選挙で、KDP に次ぐ第二党に躍進したのは、P UKから分離した改革派勢力ゴラ ンだった。長い交渉の末、第一党 のKDP、第二党のゴラン、第三 党に転落したPUKが、共に連立 政権を立ち上げることになったが、 わずか一年余りでゴランは政権を 追われることになる。   発端は二〇〇五年から一〇年に わたって自治区の大統領を務める マスウード・バルザーニの任期問 題だった。二期八年の任期が満了 した二〇一三年、KDPはゴラン の反対を押し切って二年間の任期 延長法案を議会で通したが、その 延長期限も二〇一五年八月に切れ た。ゴランは大統領権限の縮小を 求め、法に基づいて政治権力が交 代することを求めた。しかし、現 実問題として、仮にバルザーニが 大統領を退いたとしても、彼はK DP党首であり続ける。生きてい る限り、党首が交代することはな い。前任のKDP党首は彼の父で あり、後任候補は、首相を務める 甥か、治安機関を統括する息子の いずれかとみられている。政治指 導者への尊敬と忠誠は、そのポス トではなくあくまで個人に向けら れているのが、クルディスタンの 社会なのだ。結果的に、法的根拠 は何もないまま、今もバルザーニ は大統領であり続けている。そし てそれに反対するゴランとの緊張 が高まった結果、KDPはゴラン 所属の国会議長を主都から追放し、 一方的にゴランの閣僚を罷免した ( 本 来 な ら ば、 閣 僚 の 罷 免 に は 議 会 の 承 認 が い る )。 こ う し た 措 置 が可能なのは、主都近辺のペシュ メルガをKDPが支配しているか らに他ならない。力による統治は、 一時の安定を生むが、当然、PU Kやゴランが支持基盤とする東部 では、不満がたまっている。

 溶

  最 大 与 党 の K D P は、 「 イ ス ラ ーム国」との戦闘に翻弄されるイ ラクを尻目に、早晩独立を宣言し たいという姿勢をみせている。一 方で、PUKやゴランは、国際石 油価格の下落にともなう経済危機 を背景に、よりイラク政府との協 調路線に傾いている。だが、それ は、PUKやゴランがイラクとい う国のなかにクルディスタンの将 来を描いているからではない。K DPが政治権力を手放すつもりの ない現状で独立しても、自分たち は二流市民になってしまうという 懸念があるなか、まずはイラク政 府と交渉して石油依存の経済を立 て直し、法に基づく統治をクルデ ィスタン内部で実現することの方 が先決だと考えているからに過ぎ ない。   つまり、クルディスタンにおけ る 独 立 問 題 と は、 「 独 立 す る か ど う か 」 で は な く、 「 い つ、 独 立 す るか」なのだ。イラクの一部とし てクルディスタンの将来を見いだ そうとする声はほとんどない。む ろん、独立しようと思っても周辺 国 や 国 際 社 会 が そ れ を 認 め る か、 という大きな問題が残されている ことはいうまでもない。それと同 時に、彼ら自身がネオ部族主義と 折り合いをつけて国家建設を進め ていけるかどうかが、将来を左右 するだろう。   そして興味深いのは、イラクと の 今 後 よ り も シ リ ア と の 今 後 だ。 内戦の結果、シリア北部にも事実 上のクルドの自治区ができつつあ る。クルド組織は一枚岩ではない ものの、シリアにおける自治の既 成事実化が進めば、既存の国境に とらわれずに経済、社会、政治面 でより融合に向かう可能性もある。 同時に、それぞれの国内のクルド 勢力同士のライバル関係や対立が さらに複雑に絡み合うという可能 性 も 十 分 に あ る。 い ず れ に せ よ、 イラク・クルディスタンの将来像 においては、その国境がますます 溶けていくことが予想される。 ( よ し お か   あ き こ / 日 本 エ ネ ル ギー経済研究所   中東研究センタ ー) 09_特集.indd 31 16/12/26 10:27

参照

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