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イスラム主義的教育政策は女性差別的か? (途上国研究の最前線 第10回)

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(1)

イスラム主義的教育政策は女性差別的か? (途上国

研究の最前線 第10回)

著者

工藤 友哉

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

253

ページ

42-43

発行年

2016-10

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00002858

(2)

連載

工藤 友哉

アジ研ワールド・トレンド No.253(2016. 11)

42

第 10 回

E rik M ey er ss on , " Is la m ic R ul e an d th e E m po w er m en t of t he P oo r an d P io us ," Econometrica , 82 (1), 2014, pp. 229-269.   二〇一四年四月、ナイジェリア北東部の公立 中高等学校で、 二七六名の女子生徒が、 (西洋的) 女子教育を否定するイスラム過激派により誘拐 された事件は、記憶に新しい。また、二〇一四 年にノーベル平和賞を受賞したパキスタン出身 の女性、マララ・ユスフザイ氏は、二〇一二年 一〇月、スクールバスで下校途中、女子の教育 権 を 認 め な い イ ス ラ ム 過 激 派 に よ り 銃 撃 さ れ、 重傷を負った。このような事件は、イスラム主 義的政策により女子の教育機会が制限されると いう懸念を多くの人々に抱かせる。真実か否か、 この問いに対するひとつの答えを見てみよう。 ●因果的効果測定の難しさ   イスラム主義的政策が女子の教育参加に与え る 因 果 的 効 果 の 測 定 に は、 二 つ の 困 難 が あ る。 まず、世俗主義(政教分離主義)を採用する多 くの国においては、政策の場に、宗教による影 響がもちこまれる機会が少ない。次に、女子教 育に否定的な選好をもつ人々が、仮に親イスラ ム政党を支持する傾向がある場合、親イスラム 政党の影響力が大きい地域で女子の教育機会が 制限されていたとしても、これがイスラム主義 的政策の結果なのか、住民の選好によるものな のか、区別できない。 ●トルコと福祉党( Refah Party   一点目の困難を克服するため、本論文は、世 俗主義を採用しながらも、親イスラム政党が政 治的に重要な影響力を有したことのあるトルコ の経験に着目する。具体的には、一九九四年に 実施された地方選挙において、親イスラム政党 である福祉党は、イスタンブールやアンカラと いった主要都市を含む全国市長ポストの一二% を獲得した。また、一九九五年の国政選挙では、 同 党 は、 初 め て 議 会 第 一 党、 一 九 九 六 年 に は、 連立ながら政権与党となる。政治の場における 過度なイスラム主義の採用を禁ずる憲法裁判所 の判決により、福祉党は非合法化され、一九九 八年一月に解散となるが、一九九四~九八年ま で(実質的には、福祉党党首であったネジメッ ティン・エルバカン氏が首相職を辞す一九九七 年 六 月 頃 ま で )、 ト ル コ で は、 政 治 の 場 に 顕 著 なイスラム的影響がもちこまれた。 ●回帰不連続デザイン   本論文は、回帰不連続デザインという手法を 前記トルコの文脈に用いて、二点目の問題を克 服 す る。 以 下、 詳 細 で あ る。 ま ず、 本 論 文 は、 一九九四年の地方選挙があった二七一〇都市ご とに、最大の得票数を獲得した親イスラム政党 ( 多 く は、 福 祉 党 ) の 得 票 率 と、 最 大 の 得 票 数 を獲得した世俗政党の得票率との差を計算する。 次に、その得票率差が、零(閾値)よりわずか に大きい都市と、わずかに小さい都市に住む女 子のその後の教育水準を比較する。閾値上下に 分布する都市間では、一九九四年選挙における 親イスラム政党の得票率および候補政党数、選 挙時点での人口、男女比、高齢および若年人口 割合、世帯人数において、統計学的に有意な違 いは観察されない。特に、閾値周辺の都市間で、 イ ス ラ ム 政 党 の 得 票 率 自 体 に 違 い が な い 点 は、 注目に値する。なぜならば、この点は、得票率 差が閾値上下に分布する都市間で、イスラム的

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(3)

連載

43

アジ研ワールド・トレンド No.253(2016. 11) 政治に対する住民の支持選好には、大きな違い がないことを意味するからである。これらの結 果から、得票率差が閾値上下に分布する都市群 は、親イスラム政党の市長が誕生したか(得票 率差が零より大きいか)否かという点を除けば、 平均的に同質であると考えられる。結果、得票 率 差 が 閾 値 よ り わ ず か に 大 き い 都 市 に お い て、 小さい都市よりも、女子の教育水準が一九九四 年の地方選挙後上昇したとすれば、それはイス ラム主義的政策の影響とみなすことができる。 ●分析結果   女子の教育水準を分析するにあたって、本論 文は、一九九〇年、二〇〇〇年に行われた国勢 調査データを用いる。前記閾値近辺の都市のみ を抽出して分析すると、一九九四年の地方選挙 時に親イスラム政党の市長が誕生した都市にお いて、そうでない都市よりも、二〇〇〇年時点 の 女 子 の 就 学 率 お よ び 教 育 課 程 修 了 率 は 高 い。 また、一九九〇年時点、つまり、親イスラム政 党の市長が誕生する以前の女子の教育水準につ いては、閾値近辺の都市間で統計学的に有意な 違いはみられない。さらに、男子の教育水準に ついても、一九九〇年、二〇〇〇年とも閾値近 辺の都市間で統計学的に有意な違いは存在しな い。これらの結果から、親イスラム市長の誕生 に よ り、 つ ま り、 イ ス ラ ム 主 義 的 政 策 に よ り、 女子の教育水準のみが引き上げられたと解釈で きる。なお、この女子教育促進効果は、義務的 初等教育ではなく、自発的な進学意思が求めら れる中高等レベルにおいて観察される。 ●メカニズム   なぜ、このような効果が生じたのであろうか。 女児の進学を考える敬虔なイスラム教徒の保護 者にとって、校内から宗教的要素を排除する当 時の世俗主義的教育制度は、心理的に受け入れ が た い も の で あ り、 親 イ ス ラ ム 政 党 の 市 長 は、 そのような障害を取り除いた、というのが本論 文の主張である。   た と え ば、 敬 虔 な イ ス ラ ム 教 徒 の 保 護 者 は、 女児がイスラム教的標章であるヘッドスカーフ を校内で着用することを好んだが、当時の法律 は、これを禁じていた。一方で、福祉党は、こ の法令を支持しない意思を表明しており、親イ スラム政党の市長が、女子生徒によるヘッドス カーフの着用を容認するよう教育機関に圧力を か け た 可 能 性 が あ る。 ま た、 ト ル コ 社 会 で は、 イ ス ラ ム 教 的 信 条 を も つ ワ ク フ (vakif) と よ ば れる非営利組織が、寄進された財産を用いて公 共サービスを提供する伝統がある。親イスラム 市長は、ワクフから資金援助を得て、奨学金の 給付、学生用寄宿舎や教育施設の建設等、積極 的な教育投資を行っており、また、新たに建設 された教育施設では、女子によるヘッドスカー フの着用、祈祷室の利用、地元のイスラム教指 導 者 と の 交 流、 ( 課 外 活 動 と し て の ) イ ス ラ ム 教的科目の履修などが容認されていた。   なお、親イスラム市長が誕生した都市におけ る、女子の教育課程修了率の上昇は、伝統的に 世俗主義的教育方針を強く採用していた学校に おいて、より顕著に観察される。イスラム主義 的教育政策実施以前は、このような学校への女 児の進学ほど、敬虔なイスラム教徒である保護 者が、その決断を躊躇する傾向は強かったと予 想される。とすれば、世俗主義的伝統のある学 校でイスラム主義的教育政策を実施することの 女子教育促進効果は、その他の学校で実施する 場合よりも、大きかったと推測される。前記分 析結果は、この推測と整合する。 ●文化と開発経済学   女子教育に保守的とみなされる親イスラム政 党が、女子教育を推進する政策を実施したとい う興味深い発見に加え、本論文は、世俗主義的 教育制度のもとでの女子の就学に、宗教心理的 理由から二の足を踏む敬虔なイスラム教徒が多 数存在すること、ひいては、宗教的価値観が社 会の実体的側面に及ぼす影響の強さを示唆する。   近年、価値観や信念といった文化に関する経 済 学 研 究 が 急 増 し て い る( 参 考 文 献 ① )。 価 値 観や信念はどのように形成され、変化するのか。 経済活動への影響、そして、その背後にあるメ カニズムは何か。価値観や信念が、社会変化に どのような異質性をもたらし、経済発展経路を 特徴づけるのか。経済発展の理解には、文化に 関する理解が不可欠であり、この必要性は、文 化的な社会慣習が人々の生活に大きな影響を与 える発展途上国ほど高いと考えられる。文化に ついての経済学的理解を深めるためには、 地域 ・ 歴史研究、人類学、心理学といった他分野から 得られる知見を参考にする必要があり、開発経 済学における他の社会科学との距離は縮まりつ つある。 ( く ど う   ゆ う や / ア ジ ア 経 済 研 究 所   ミ ク ロ 経済分析研究グループ) 《参考文献》 ① A lb er to A les in a a nd P ao la G iu lia no , "C ult ur e an d In st itu tio ns ," Jo ur na l o f E co no m ic Literature , 53 (4), 2015, pp. 898-944. 14_途上国研究の最前線.indd 43 16/09/22 13:53

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