胃がんの予防~ピロリ菌の除菌~
大学病院 総合診療内科 今枝 博之 1. はじめに 我が国における胃がんの死亡率は徐々に減少していますが、年間罹患数は約 11 万人とすべてのがんの約 20%を占め、年間死亡数は約 5 万人といまだに多く みられます。近年、胃に棲息するヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)が胃が んの原因として明らかとなり、ピロリ菌の除菌による胃の発がん予防の有用性 が報告されています。本日は、胃がんとピロリ菌との関連、および除菌による 予防、あらたな検診方法を中心にお話しさせていただきます。 2. 胃がんについて 我が国の胃がんの死亡率は、男性では肺がんに次いで 2 位、女性では大腸が ん、肺がんに次いで 3 位となっています。しかし、罹患率は男性で 1 位、女性 で3 位と多く、世界的にも韓国に次いで 2 位ときわめて多くみられています。 胃がんの危険因子としてピロリ菌のほかに遺伝的要因、喫煙、塩分、高血糖 などがあげられます。一方、野菜や果物の摂取量の増加は胃がんを抑制する可 能性があり、緑茶は男性では明らかではありませんが、女性では抑制する可能 性があります。また、EB ウイルスの関連も報告されています。 胃がんは胃粘膜から発生し、粘膜、粘膜下層にとどまる早期がんと、筋層や 漿膜といったそれより深く浸潤する進行がんにわかれます。さらに腹膜や周囲 の臓器へ浸潤したり、リンパ節転移や肝臓などへ転移します。5 年生存率は約 60%ですが、全体の 70%を占める早期胃がんでは 95%と良好です。3. 胃がんの診断について 胃透視や上部消化管内視鏡検査により病変を検出するとともに病変の範囲や 深さを詳細に観察し、内視鏡検査で採取します生検標本を病理組織学的に診断 します。拡大内視鏡検査によりさらに詳細に観察したり、超音波内視鏡検査に より病変の深さを観察します。また、腹部超音波検査やCT 検査などでがんの周 囲への広がりを検査します。 4. 胃がんの治療について 早期胃がんのなかで組織型が分化型で、病変の深さが粘膜にとどまり、2cm 以内の大きさで潰瘍を伴わないものが内視鏡治療の適応となっております。最 近ではより大きなものや潰瘍を伴うもの、粘膜下層にわずかに浸潤するもの、 組織型が未分化型のものでも基準にあえば臨床研究として内視鏡治療が行われ ています(適応拡大病変)。ただし、このような病変で長期にわたって本当に転 移を認めないかどうかの研究が現在進行中です。それ以外で、領域リンパ節以 外の転移や腹膜転移がみられなければ外科手術となります。領域リンパ節以外 の転移や腹膜転移がみられれば化学療法が中心となります。 5. ピロリ菌について ピロリ菌は、1982 年にウオレンとマーシャルにより発見され、胃十二指腸潰 瘍の原因であることが明らかにされました。グラム陰性らせん状桿菌で、胃に 特異的に棲息し、有鞘鞭毛をもち、胃内の強力な酸から逃れることが可能です。 また、胃内の尿素からアンモニアを産生することにより自分の周囲を中性に近 い状態にすることにより胃酸の中でも棲息することができます。 ピロリ菌は幼少期に感染した後に慢性活動性胃炎をおこし、その後に萎縮性
胃炎をきたして幽門前庭部(胃の出口に近い側)から体部(胃の入口に近い側) にかけて徐々に萎縮性変化が進展します。そして腸上皮化生をきたし、その過 程で胃がんが発生すると考えられています。細菌、ピロリ菌が有する蛋白質が 胃の細胞に注入されて異常な細胞増殖をきたすことや、細胞のDNA に障害をき たすことなどが明らかとなってきました。また、低悪性度の胃MALT リンパ腫 や胃ポリープ、血小板減少性紫斑病(ITP)などとの関連も指摘されています。 ピロリ菌の検査方法には、内視鏡検査を必要としない方法として尿素呼気試 験、抗体検査(血液検査・尿検査)、検便(便中抗原)があります。一方、内視 鏡検査で施行する方法として培養法、鏡検法、迅速ウレアーゼ試験があります。 除菌療法としてはプロトンポンプ阻害薬に加えて、抗菌薬のアモキシシリン とクラリスロマイシンを1 週間服用します。しかし、1~2 割の方で除菌が成功 しませんので、その場合にはプロトンポンプ阻害薬に加えてアモキシシリンと メトロニダゾールを服用します。これで多くの方は除菌されます。除菌により 胃十二指腸潰瘍の再発がほぼなくなり、胃MALT リンパ腫も多くは治癒し、ITP の中にも治癒するものもみられます。 6. ピロリ菌の除菌による胃がんの予防 これまでピロリ菌の除菌による胃の発がん予防の有効性に関してさまざまな 報告がされています。除菌することにより胃の発がん率が低下するとの報告が 散見され、特に早期に除菌するほど胃がんの発がん率が低下すると報告されて います。また、早期胃がんの内視鏡的治療後に多発胃がんをしばしば認めます が、我が国での多施設共同研究のデータで内視鏡治療後に除菌した方が多発が んの発がん率が低下すると報告されています。このことから早期胃がん内視鏡 治療後の除菌療法が保険認可されました。しかし、除菌しても発がん率はゼロ
にはならないため、定期的な内視鏡検査をうける必要があります。現時点では ピロリ菌感染のある患者の中で胃十二指腸潰瘍、胃 MALT リンパ腫、ITP、早 期胃癌内視鏡治療後のみに除菌療法が保険適応となっており、まだ全例には保 険適応とされていないため、今後除菌療法の認可が待たれるところです。一方、 我が国におけるピロリ菌の感染率は年々低下しており、1950 年代は 10 歳以上 ですでに50%をこして多くの方が感染していましたが、若年者での感染率は低 下し、2010 年には 50 歳でも感染率が半分以下となっています。しかし、高齢 者では感染率がなお高いため、胃がんの撲滅を目指した予防と検診による早期 発見・治療が望まれます。 7. 胃がん検診 従来の対策型の胃がん検診の受診率は約 30%と低く、胃がん発見率は全罹患 数の5.5%ほどにすぎません。近年、ピロリ菌感染と胃粘膜萎縮に的を絞り込ん だ検診を行うことにより胃がん発見率の向上を期待できる方法として、ABC 検 診が報告されています。これは血液検査でピロリ抗体(HP)とペプシノーゲン (PG)を組み合わせた方法です。PG は胃の主細胞から分泌されて胃酸によっ て活性型のペプシンに変換され、食物の消化に働きます。99%は胃内に分泌さ れますが、1%が血中に入ります。PG には PGⅠと PGⅡがあり、PGⅠ値と PG Ⅰ/PGⅡ比が胃粘膜の萎縮の程度と相関しており、PGⅠ≦70 ng/ml かつ PG Ⅰ/PGⅡ ≦ 3 を陽性とします。HP と PG の組み合わせにより 4 群に分け、HP・ PG いずれも陰性を A 群、PG は陰性・HP 陽性を B 群、PG・HP いずれも陽性 をC 群、PG 陽性・HP 陰性を D 群とします。A 群での胃がんの発症は年率ほ ぼ0%ですが、B 群、C 群、D 群になるにつれて発症率が上がり、D 群では年率 1%前後と高危険群になります。そこで、A 群は内視鏡を施行しないか、5 年ご
とに内視鏡施行、B 群は 3 年ごとの内視鏡、C 群は 1~2 年ごとの内視鏡、D 群 では毎年の内視鏡を施行するといった案などが報告されています。しかし、こ の検診に入る前にすでに除菌療法を受けている場合には検査データに影響があ るため、別に対応する必要が考えられています。最近、このABC 検診を取り入 れた自治体や企業健保が増加しつつあります。 また、内視鏡も経口内視鏡のみならず、経鼻内視鏡も広く普及し、内視鏡検 査に対する受容性が高まっています。経鼻内視鏡の利点としては経口内視鏡に 比べて苦痛が少なく、呼吸・循環動態への影響が少ないですが、問題点として 視野が狭く、解像度が経口内視鏡に比べて幾分劣り、多少暗い画像となります。 また、吸引・送気が弱く、レンズ面の付着物を除去しにくいことや、まれに鼻 出血をきたすことがあります。ただし、最近の機器の進歩によりこれらの問題 点は克服されつつあります。 8. 参考図書 x 胃癌治療ガイドライン 医師用2010 年 10 月改訂【第 3 版】、日本胃癌学会 編、金原出版。 x 新しい診断と治療のABC14/消化器 2 胃癌 改訂第2版、飯田三雄編、最新 医学社。 x ヘリコバクター・ピロリ感染症の徹底検証、鈴木秀和 編、日比紀文 総監修、浅香 正博, 高橋信一 監修、ライフサイエンス。 x 胃がんリスク検診(ABC 検診) 胃がん撲滅のための手引き、NPO 法人 日 本胃がん予知・診断・治療研究機構編、南山堂。 9. 診断(相談)窓口 埼玉医科大学病院 総合診療内科 消化器内科・肝臓内科