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日本人学校・補習授業校における運営上の課題に関する一考察

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要旨  本稿は,日本人学校および補習授業校の運営上の課題について,文献調査と聞き取り調査から得た情報 を踏まえて考察する。まず,教材や校舎の確保に関しては,現地の流通事情から副教材の入手が遅くなっ たり,児童生徒総数の変動が大きいために適切な物件の確保が難しくなったりするなどの課題がある。授 業の改善に不可欠な教員の研修では,同じ教科を専門とする教員が他に在籍していないことが多く,派遣 教員がいる場合でも実施するのに困難が伴う。社会科や経済分野の教育については,日本では学べない貴 重な環境が近くにあるものの,治安や許可の関係で校外学習が実施できないことが多い。これらの課題は 早急に解決されることが期待される。 キーワード:日本人学校,補習授業校,運営,研修,校外学習

Ⅰ.はじめに

 本稿では,海外の日本人学校・補習授業校(以下, 「補習校」とする)における運営上の課題について, 文献調査と聞き取り調査で得られた情報をもとに考察 する。また校外学習の機会が多くなる社会科や公民・ 経済分野の教育実践上の課題についても検討する。  海外で就学する義務教育段階の子どもの数は 76,536 人である(表 1 参照,2014 年 4 月時点)。その中で, 全日制の日本人学校に通学しているのは 21,027 人であ り,平日に現地校・国際学校などに通いながら補習校 にも通学(主に週末 1 日)しているのは 18,983 人であ る。他の 36,526 人は現地校・国際学校のみに通学して いる。日本人学校・補習校に通いたくても近隣にない ケースと通学可能であってもあえて通学しないケース の双方が想定されるが,その割合は不明である。  海外にいる子どもの数は,1990 年から 2014 年まで の 24 年間で,49,336 人から 76,536 人へと約 1.5 倍に増 加している。地域別に見ると,特にアジア地域での変 化が著しく,11,081 人から 32,236 人へと約 3 倍に増加 している。在外教育施設に通学する児童・生徒総数も 同様に大きく変化するため,校舎の確保などの問題が 生じる。  近年も日本人学校・補習校の新設が続いている。 2015 年度には,プノンペン日本人学校(カンボジア), オーフス日本語補習学校(デンマーク),まなびニー ス日本語補習校(フランス)などの新設が確認されて いる1)。補習校は安定した運営がなされて初めて文部 科学省に認定されるため,開校後数年間は日本の関係 省庁からの補助がなく,多くの苦労を伴って運営がな される。日本から教師が派遣されることもないため, 現地で講師2)を募集し体制を整えることから始める。  筆者は 2015 年に,国内では帰国済みの派遣教師に 対し,海外では欧州の在外教育施設の派遣教師・講師 や運営委員に対し,聞き取り調査を行った。訪問先は 表 2 の通りである。ただし,帰国済みの派遣教師につ いては,派遣時の学校を示している。A 校から E 校は 国内調査であり,F 校から H 校は海外調査である。こ れらの調査では,教材入手の円滑さが地域で異なった り,授業研究の方法が規模によって異なったりしてい ることが判明した。また,社会科担当の教員からは, 現地での校外学習の実態なども確認することができた。 書籍や論文の調査からも同様の課題が確認されている。

日本人学校・補習授業校におけ

る運営上の課題に関する一考察

The Journal of Economic Education No.35, September, 2016

A Study on Operational Problems in Overseas Japanese Schools and Supplementary Schools

Kaneko, Kouichi

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 本稿の構成は,以下の通りである。第Ⅱ節では,教 材や校舎の確保に関する課題について説明する。第Ⅲ 節では,教育力の向上に不可欠な研修の状況について 考察する。第Ⅳ節では,社会科や公民・経済分野の教 育上の課題について,校外学習の状況も踏まえて検討 する。最後に,ありうべき課題の解決方法や今後の研 究の展望について述べる。

Ⅱ.教材と校舎の確保について

1.副教材の入手  海外では,日本の教材や資料の確保が自ずと難しく なる。教科書は基本的に無償提供されるため,年度初 めに受け取れる。教材の受注なども担当する海外子女 教育財団では,教科書について「現在すでに海外に在 住している児童生徒に対しては,文部科学省が外務省 の協力を得て,毎年前期・後期の 2 回に分けて必要冊 数を各在外公館へ送付し,在外公館を通じて無償で配 布されます。」3)と説明している。  しかしながら,その他の副教材は各校で購入するこ とになり,その国の流通事情により受け取りにかかる 時間が異なる。これまでの調査では,ドイツなど日本 の書籍流通業者が存在する場合は副教材も 4 月に受け 取れる一方で,デンマークなど日本からの流通ネット ワークが強くない場合は,新学期の副教材到着が 6 月 頃になりうるとのことであった。後者のケースでは, 新教材の到着まではやむをえず前年度の副教材を用い ることになる。教科書の改訂がある年度には,教員も 6 月になって初めて細かい問題集の相違などを把握す ることになるため,授業計画を改めて修正するといっ た課題が生じる。  また,関税や税関の問題もある。文部科学省の認定 校であれば教材を日本から公館経由で輸入できるので 問題は生じない。ただし,認定されるまでは各学校の 個人輸入の形態となるため,関税率が高くなるといっ た問題も生じている。認定前の学校は,もともと関係 省庁からの財政的支援もないため,費用の負担がさら に大きくなっていく。税関の問題は,当該国と日本と の国際関係が影響してくる。たとえば中国においては, 日本史関連の副教材で差し止められるケースがある。 2.校舎の確保  在外教育施設は,校舎の確保に苦労する。教室の設 定など通常の建物では代替できないことが多く,賃貸 するとしても対象は教育機関などに限られてくる。ま た,子どもたちの安全のため,治安がよく,アクセス しやすい地域で探す必要が生じる。  補習校の場合,無償で貸与する機関が近隣にある場 合を除けば,週 1 日確実に賃貸できる物件が必要にな る。賃貸であれば経費節減で授業時間のみの利用とな り,授業前後に十分な時間がとれないこともある。  在外教育施設は,赴任家庭の多寡などにより児童・ 生徒総数が年度ごとに大きく変わる。長期的な視点で 表 1 海外での就学状況(義務教育段階の人数,2014 年 4 月) アジア 北米 欧州 中南米 大洋州 中東 アフリカ 合計 日本人学校 16,733 435 2,621 643 157 328 110 21,027 補習授業校と現地校等 1,487 12,890 3,887 102 433 96 88 18,983 現地校・その他 14,016 10,801 7,726 887 1,977 640 479 36,526 合計 32,236 24,126 14,234 1,632 2,567 1,064 677 76,536 文部科学省「海外で学ぶ日本の子どもたち-我が国の海外子女教育の現状-」のデータより作成 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/002/001.htm(2016 年 2 月 15 日にアクセス) 表 2 訪問調査(2015 年)の対象校 国 設置形態 児童・生徒数 A 校 中国 日本人学校 小・中 1360 名 B 校 中国 日本人学校 小・中 280 名 C 校 ドイツ 日本人学校 小・中 513 名 D 校 アメリカ 日本人学校 幼・小・中 229 名 E 校 アメリカ 補習授業校 幼・小・中・高 1339 名 F 校 デンマーク 補習授業校 小・中 66 名 G 校 デンマーク 補習授業校 小・中 14 名 H 校 ドイツ 補習授業校 幼・小・中 238 名

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言えば,欧米ではバブル期に多くの日系企業が海外進 出したため児童・生徒数が増加したが,バブル崩壊後 は撤退が続き,総数が減少してきた学校が多い。逆に アジア地域は,日系企業の進出が近年増加し,日本人 学校の新設も見られる。  たとえば,2008 年開校の深セン日本人学校は,初 年度の児童生徒総数が 36 名だったところ,2011 年は 176 名,2014 年には 260 名と増加していった。当初は, ホテルの一部を改装して運営し,図工室や校庭,体育 館はない状況であった。児童生徒総数の増加から教室 不足に陥ったため,会社ビルの全面改築により新校舎 を建築し,2012 年に移転となった。創立間もないた め資金に余裕のない中での移転であり,また海外での 交渉や入札などの苦労もあった。  このように,創立から数年で児童・生徒数が激増す るケースは,特に校舎の対応が難しくなる。校舎を購 入する余裕がなければ,日本人学校の場合は週 5 日利 用するため,実際には年間の賃貸契約となる。人数が 多くなる場合に起こる課題であるため,自ずと賃貸料 などの負担も大きくなってくる。また,その後の児童 生徒数の増減が予想できないといった難しさも,校舎 の選定の際に頭を悩ませる要因となる。

Ⅲ.教員の授業に関する研修

1.日本人学校での研修  学校教育においては,研修・研究が授業の質を高め るのに重要な役割を果たす。しかしながら,在外教育 施設は近隣に日本人の学校がない環境にあり,独自の 校内実施となることが多く,種々の困難を伴う。本項 では,日本人学校での実施方法の例や課題について考 察する。  日本人学校は一人の教員が小・中学校双方で教える など,工夫して運営されている。授業研究の校内実施 となれば多くの教員が参観に加わるため,それだけの 教室で自習の代替措置をとらなければいけない。また, 小・中学校の各教科を必要最低限の人員で担当する少 人数体制であるため,専門が同一である教員が他にい ないことが多い。特に中学校では,専門教科外の教員 同士での意見交換になりやすい。  シカゴ日本人学校では,授業研究の制度を 2007 年 度から 3 年かけて修正していき,効率的に実施する方 法を導き出している。まず,2007 年度には,各自が 授業研究日を設定して管理職と空き時間の教員のみが 参観するようにしていたが,参観できる教員が少ない 状況であった。次年度には参観を義務付けたが,今度 は自習時間の増加が問題となった。2009 年度には, 全教員が参加する「全体研」を年 4 回実施しつつ,一 部の教員が参加する「ポッド研」を年 8 回実施するよ うにした(ただし,管理職,教務部長,学習指導部長 はいずれにも参加する)。各ポッドは,「小学1〜3年」 「小学4〜6年」「中学1〜3年」に分けられている。こ れにより,各ポッド研で多くの教員が自身の授業研究 を体験しながら,自習の時間を抑制することが可能に なった。  また,指導案の提出期限が当日であったところを早 期提出に変更し,専門教科が同一である教員が他にい ない点を克服するように努めた。指導案は 1 か月前か ら学習指導部長と相談協議しながら作成し,2 週間以 上前に提出するように義務付けたのである。この成果 について,松平(2010)では,「小中一貫の在外教育 施設では,管理職は自分の校種(専門教科)以外は指 導しづらい。したがって,あらかじめ指導案を国内に 送付し,専門的立場の方より指導助言を受け参考にし たのである。これにより,研究協議会は飛躍的に充実 したものになった。」4)と評している。 2.補習授業校での研修  補習校の場合は,通常は週1回(年間40回前後)の 授業で構成されるため,互いに授業を自習にすること はできず,研修のための時間確保に苦労する。また, 日本からの教師派遣の有無5)により,事情が全く異な る。  派遣教員がいる場合は,管理職の立場から指導を行 うことができる。その際も,前述のように派遣教員の 専門外の教科についても指導が必要なため,多くの苦 労を伴う。また,現地採用講師の賃金は授業時間に対 してのみ支払われているため,研修のために手当を支 給しなければならないことが多い。  たとえば,歴史の長いロサンゼルス補習授業校では, 研修制度が公式に確立され,そのための教材・資料も 充実している。全講師に配布しているものとして,毎 年改訂される冊子「あさひ学園の教育」や年間指導計 画が書かれた「指導の重点」など,自校で開発された 資料がある。その他,文部科学省配布の補習授業校の ための指導資料集 DVD や各教科の毎月の教育雑誌が 備えられる。自作物は予算や人員にある程度余裕のあ る大規模校だからこそ用意できるが,小規模校では用 意されないことが多い。

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 また,制度としては,新規採用者や 2 年以上休職し ていた講師に対して,採用時研修・新規常勤者研修を 設けている。さらには,通常の常勤者研修もあり,全 講師が 2 年に 1 度は研修を行うようになっている。そ して,派遣教員から講師に対して,年 10 回の計画で ワンポイントアドバイスを行っている。  勤務経験の長い現地採用講師については,巧みな教 育スキルがあるがために,柔軟性がなくなっていく課 題もあることが指摘されている。伊東(2013)では, 「勤務年数が多く,経験豊富な講師は指導力もあるが, 自分の考え方に自信を持ちすぎて派遣教員からのアド バイスを素直に聞き入れない講師もいる。また,独自 の教え方をして『指導の重点』から逸れた内容を教え ることもあり,そのときは指導をしている。」6)と課題 を挙げている。  派遣教員がいない場合は,教員相互で研究を開催す ることが重要である。在外で長年勤める講師が中心と なり,進めることが多い。日本で教鞭をとった経験が あったとしても,海外で生徒を教えるのにはまた別の 難しさがある。近年は,帰国を前提としない国際結婚 の子弟も増えている。家庭で日本語を用いない児童生 徒に対して教える工夫は,在外での教育経験により培 われていく。  派遣教員がいない場合でも,他の学校の派遣教員が 出前授業・研修に向かうなどして指導するケースもあ る。たとえば北欧では,ストックホルム日本人補習学 校にのみ派遣教員が在籍するが,北欧 4 か国の他の学 校から相談を受けるようになっている。前項のシカゴ 日本人学校でも,補習校と同じ施設になっているため, 双方の校長が連絡を取り,研修で相互に話し合う機会 を設けている。

Ⅳ.社会科・経済教育と校外学習

1.在外での小学校社会科教育  社会科の実地学習に関し,海外では日本にいるより 充実した体験をできる機会が潜在するが,治安の問題 などで校外学習には様々な障壁も存在する7)。また, 海外の施設においては,日本人に対して見学の許可を とることは難しい。そのような苦労の中,日本人学校 では校外学習をとりいれるよう努めている。  『日本人学校教師ガイド』では,リアド日本人学校 での社会科の授業で,学校近くの商店での聞き取り調 査を実施した例が紹介されている。「サウジでは理髪 店はたくさんあるが美容院は目に付かない。ところが, 表は衣料品店で見えない奥の方が美容院になっている 店を発見したのである。女性に対する宗教的な理由か らだと想像される。」8)とあり,日本では見られない様 子について宗教と関連させて学習していることがわか る。  日本と環境が異なるゆえ,調査が困難になることも ある。たとえば小学校での商店の価格調査に関し,海 外の個人商店ではその実施が難しくなる。言い値で取 引され,現地語が話せない場合は高い価格を要求され ることもあるためである9)。現実の取引という意味で は学ぶべきものはあるが,小学校での学習としては難 しく,どうしても日系企業に訪問調査に行くことが多 くなる。  週 1 日制の補習校において社会を学習する場合は, 課外授業は行いにくい状況にある。補習校は第一に国 語の学習を重んじており,次に算数・数学を学習する ケースが多い。2006 年の文部科学省の調査では,社 会を配当しているのは小学校で 32.8%,中学校で 41.1%であった(表 3 参照)。社会が配当されると 1 日 で 3 教科以上を学習することになるため,自ずと時間 的余裕が存在しなくなるのである。そのため,社会を 配当する補習校では,休日に各自で調査を行い,授業 では互いにそれを発表するという形態になる。 2.在外での公民・経済教育  中学公民では経済分野を学習することになるが,ま ずは日本の経済をきちんと学ぶことが必要になり,そ の上で時間の余裕も見ながら現地の経済についても学 習していくことになる。滝ほか(2007)では,バンコ ク日本人学校の現地素材を活かした指導計画が紹介さ れている。日本経済を中心に基本概念を学習しながら, 「消費生活の実態を理解した上で,タイでの経験も踏 表 3 補習授業校における主要教科の実施割合(外国語は除く,2006 年) 国語 算数・数学 社会 理科 小学部(137 校回答) 100.0 81.8 32.8 10.9 中学部(124 校回答) 100.0 81.5 41.1 15.3 文部科学省「補習授業校の教育活動」のデータより作成 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/004/001/003.htm(2016 年 2 月 15 日にアクセス)

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まえ課題を整理し,その解決方法について発表する」 「日本の経済発展とタイとの関係についても着目させ る」「タイの福祉制度と比較させる」などの工夫を取 り入れている。10)  公民・経済分野の為替レートの学習においては,教 科書では通常ドルと円の交換比率などについて説明さ れる。ただし,ドルを用いない欧州では,「円安ドル 高」などの表現はかえって難しくなる。円とユーロの 関係のほうが理解しやすく,そのように説明されるこ とが多い。  デュッセルドルフ日本人学校では,中学部の総合的 な学習の時間で「ドイツ理解」をテーマに,ドイツ人 講師と一緒に現地理解教育を行っている。そこでは, クリスマスマルクト見学に出かけて屋台で買い物をす る様子も描かれ11),実際にユーロの価値を考えたり, 日本の物価と比較したり,公民・経済分野の学習も踏 まえている。  なお,日本人学校・中等部では,中学 3 年次の授業 時間が短くなるという課題が一般にある。3 年生は日 本の高校を受験するため,12 月頃に帰国することが 多い。中学社会では,3 年生に学習する公民を 12 月ま でに終わらせるために進度が早く,とりわけ後半にあ る経済分野が駆け足で進められやすくなる。現地の経 済事情まで応用して学習したくとも,十分な授業時間 が確保しにくいという状況に直面している。

Ⅴ.結び

 これまで見てきたように,在外教育施設では,運営 面に関してはどうしても日本国内校よりも課題が多く なる。地域によって副教材入手が遅延しうる問題に関 しては,早急な対策が必要であると思われる。イン ターネットが普及した近年においては,学習指導要 領・解説などはあらかじめウェブで確認できるが,や はり具体的な教材を確認しないと授業の準備も行えな い。各国の流通事情は変えることができないが,日本 の出版社とも協力して効率的な輸送法を考えたり,入 手がスムーズに行える国を経由して輸送したりするな ど,改善の余地はあるかもしれない。  研修の機会の増加は児童・生徒によい影響をもたら すことで,いずれの学校でも必要とされることであ る。 各学校で専門の教科が同一である教員が少ないこ とについては,他校との交流で改善することが期待で きる。実際に出張するケースもあるが費用と時間の問 題で多くはこなせない。これらについては,普及して きたテレビ電話などを活用することができれば,出張 せずに共同の授業研究の機会を増やせるであろう。時 差のない地域内の各校を結べば,その機会は設けやす くなる。補習授業校においては,授業時間とは別にい かに時間を確保するかといった問題がある。研修など の時間外手当に対して日本政府の補助率が増加すれば, これらの機会も増えていくことが期待できる。  社会科教育においては,よりよい校外学習の題材が 近隣にあるものの,治安の問題などで活用しきれない こともある。日本人に対する見学許可を取るには信頼 関係が必要であり,長年の付き合いや派遣教員の円滑 な引継ぎが,校外学習の機会を増やすことになる。ま た,授業時間数の少ない補習校においては授業内に校 外に出る余裕はなく,あくまで生徒個人が外出した際 の内容をまとめることが多い。撮影してきた写真を用 いてプレゼンすることはこれまでも多かったが,デジ タル機器の普及もあり短時間の動画を用いるようにな れば,臨場感も増すだろう。中学公民においては,通 貨以外にも現地国の経済状況との比較などよい教材が 身近にあり,日本との貿易関係なども学習しやすい。 ただし,中学 3 年次の授業を早めに終える関係で経済 分野は時間の余裕がなくなりやすく,前半の政治・法 律の分野も含めて適切に時間配分を考えることが必要 である。  なお,国内での聞き取り調査で聞かれた共通事項の 1 つに,派遣教員が帰国後にその経験を国内で報告す る機会が少ないとういうことがあった。これから派遣 される教員に対して経験談やアドバイスを送る機会は, 都道府県ごとに行われていることが多い。しかしなが ら,帰国後の勤務校において,他の一般の教員に対し て海外で得た教育上の工夫や国際理解教育の内容につ いて話す機会は少ないようである。特に管理職でなく 教諭の立場である場合は,自らそのような機会を設け ることはできない。また海外勤務の話を自慢話と勘違 いされるのではないかと懸念することもあり,自分か らは切り出しにくい雰囲気があるようである。貴重な 海外での教育経験を伝達し国内でも広く活用させる機 会を,第三者により増やしていくことが必要であろう。  本稿での課題については,善処するノウハウを有し ている学校がある可能性もあり,今後も研究を続けて 解決策を考えていきたい。まだ具体的に調査できてい ない地域もあり,今後も聞き取り調査やアンケート調 査を実施し,課題解決につなげていく予定である。 謝辞:本稿は公益財団法人電気通信普及財団の研究調

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査助成(平成 27 年度社会科学系・システム技術系分 野総合)を受けた研究成果の一部である。記して謝意 を表したい。 註 1) 以前はすべての日本人学校・補習授業校の連絡先などが 文部科学省や海外子女教育財団のウェブサイト上で公表 されていたが,2015 年途中から非公表となっている。治 安上の問題から非公表にしたと推測される。 2) 本稿では,日本から派遣される教員を「教師」として, 現地で採用される教員を「講師」として表現する。 3) 滝ほか(2007)の p.23 参照。 4) 松平(2010)の p.194 参照。 5) 日本から教員が派遣されるのは,原則として児童・生徒 総数が 100 名以上の補習校だけである。2014 年度のデー タでは文部科学省に認定された補習校 201 校のうち,派 遣教員が在籍するのは 43 校のみである。 6) 伊東(2013)の p.127 参照。 7) 渡辺(2014)では,上海に関する社会科副読本を作成し た際,2012 年頃の苦労を次のように記述している(p.149 参照)。「日中関係が悪化していたときにはかなりの緊張 感があった。タクシーに乗る時にもうかつに日本語を話 せない。また南京に行った際には,日本語を控えて行動 していた。」治安の状況が急変して校外学習が難しくなっ た様子がわかる。 8) 文部省海外子女教育研究会編(1996)の p.119(松尾英夫 執筆担当)より引用。 9) 峰(1984)では「原則的にインドの店では定価はない。 本屋から八百屋にいたるまで,店員は外人を見ると,何 でも値段を高く言う。市場では日用品,はき物,衣類, 魚,肉,野菜など一生懸命に値切って,初めの言い値の 半額くらいを払っていると,後から来たインド人は,同 じ物をそれより安く買っていく。」とあり,海外の実情が よくわかる(p.56 参照)。 10) 滝ほか(2007)の pp.93-94 参照。 11) 松林(2014)の p.34 参照。その他,赴任 3 年間で中学社 会科を担当した経験から,地理的分野,歴史的分野,公 民的分野でどのように現地事情を取り入れたか,修学旅 行や創作劇にどのように応用したかなどについても書か れている。 参考文献 [1] 伊東卓也「ロサンゼルス補習授業校における現地採用講 師研修制度の現状と課題」『在外教育施設における指導実 践記録』Vol.36,2013 年,pp.123-127 [2] 小坂誠二「設立 4 年目からの学校経営と学校改善-日本 人の拠点としての日本人学校づくりへの取り組み-」『在 外教育施設における指導実践記録』Vol.37,2014 年, pp.150-153 [3] 佐々木豊『コロンバスの夢風船-北米・コロンバス日本 語補習校の子どもたち』創友社,2002 年 [4] 多田孝志『光の中の子どもたち-ベロオリゾンテ補習授 業校から』,毎日新聞社,1983 年 [5] 滝多賀雄編(全国海外子女教育・国際理解教育研究協議 会),『海外で教えるための実践ガイドブック ‐ 在外教育 施設での教育』創友社,2007 年 [6] 松平昭二「在外教育施設における研修のすすめ : シカゴ日 本人学校における校内研修について」『在外教育施設にお ける指導実践記録』Vol.33,2010 年,pp.194-196 [7] 松林淑子「現地で学ぶ社会科の授業実践-ベルリン方面 への修学旅行から学ぶ-」『在外教育施設における指導実 践記録』Vol.37,2014 年,pp.34-37 [8] 峰敏朗『ニューデリー日本人学校』,三修社,1984 年 [9] 文部省海外子女教育研究会編『日本人学校教師ガイド- 海外で教える』,時事通信社,1996 年 [10]渡辺雅代「社会科副読本「わたしたちの浦東」改定にあ たって」『在外教育施設における指導実践記録』Vol.37, 2014 年,pp.144-149

参照

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