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オランダにおける安楽死届出制度について-香川大学学術情報リポジトリ

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(訳者はしがき) ヨーロッパの北西に位置するオランダは,法を柔軟に運用する国として知られ,麻薬 や精神障害を有する犯罪者への処遇など,先進的な試みにも積極的である。今回のテー マである安楽死に関しては, 年ころから,医師会や法律家等の専門家も含めて, 国民全体で議論を進めてきた。 年以降は,不治の病に苦しむ患者からの要請によっ て,医師が患者の生命を注射等によって終結する場合,そのような安楽死行為自体は刑 法 条および 条で同意殺人・自殺幇助罪として処罰の対象でありながら,実施す る医師が報告する仕組みを運用している。現在でも原則として安楽死行為が犯罪である ことに変わりはないが,報告された事例の事後的な審査の方法については,様々な議論 を経て, 年に施行されたいわゆる安楽死法⑴に基づく要件に従っていれば,犯罪と はならない旨が刑法上明記された。その背景には,オランダ的な柔軟な法の運用が大き い。つまり,現実として問題となっていることについては議論を重ね,一方的に禁止す るあるいは処罰するのではなく,原則としては禁止として歯止めをかける枠組みを作る 中で,現実的に回避できない事態やあえてそれを選択せざるを得ない者については例外 として一定の要件の下で許容し,その場合には透明性を確保しながら,その問題を継続 的に議論し続け,将来へのよりよい道筋を探る,というオランダ式の法運用である。 小国だからこそ可能な側面もあるが,問題を先送りせず,あえて議論の俎上に乗せて

! 年施行の Wet toetsing levensbeëindiging op verzoek en hulp bij zelfdoding(要請に基づく生命終結と 自殺幇助に関する審査法)については,以下,すべて「安楽死法」と翻訳する。

オランダにおける安楽死届出制度について

ペーター J. P. タック

平 野 美 紀 (訳)

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解決に向けてさまざまな角度から議論し続ける,という姿勢は,非常に合理的で興味深 く,学ぶところが多い⑵。 講演者のPeter J. P. Tak 教授は,日本でのご講演経験も豊富で,日本の状況もよくご 存じである。オランダの安楽死実施の現状についてだけではなく,日本とは異なる発想, 異なる議論のやり方についても意識しながらご講演くださった。また,検察官としての ご経験からの視点もふんだんに盛り込まれているように思う。 司会 みなさんおはようございます。今日は香川大学法学会および法学部連合法務研究 科講演会を開催いたします。今日のテーマはオランダにおける安楽死届出制度について です。世界で初めて安楽死を合法化したオランダからペーター・タック教授をお招きし てご講演をいただきます。ペーター・タック先生は,検察官やIPPF 国際刑事法・刑事 施設財団事務総長としての経歴のほか, 年にわたりオランダ・ナイメーヘンにある, 現在のラードバウド大学の教授をつとめておられました。現在は名誉教授ということ でございます。欧州評議会や国連等国際機関での調査等にも数多く関わっておられ, ヨーロッパをはじめ世界各国で,犯罪・刑事施設等に関する講演も多数されています。 日本の関係では,日本の法務省から仕事を依頼されておられたり,またお聞きしたとこ ろではすでに 回以上来日されているということで,日本についてもいろいろな事を ご存じかと思います。それでは今日はペーター・タック先生の通訳を法学部の平野美紀 先生にお願いしていますので,どうぞよろしくお願いいたします。拍手をお願いいたし ます。 タック(通訳:平野) 私は高松は,もう 回目なのです。日本には合計すると,数年 間滞在しております。今のジェネレーションとは違う世代を教えてきたので,新しい ジェネレーションに聞いてもらいたいと思います。今日は,euthanasia,安楽死ですね。 平野 パワーポイントは平野作成ですが,ご参考にしていただければと思います。タッ ク先生,すみませんが先に少しだけお時間いただいて,平野のほうから説明させていた だきます。オランダの安楽死について,講演中に出てくる 要件についてです。安楽死 行為は原則刑法上違法ですが,安楽死として適法化されるための つの要件がいわゆる 安楽死法によって定められていて, つ目は,熟慮のうえで自由意思(voluntary な意思) ! 詳しくは,平野美紀「オランダにおける安楽死論議」(甲斐克則編『医事法講座第 巻:終末期医療と 医事法』信山社, 年, 頁以下)を参照されたい。

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に基づいて患者から安楽死の要請があること, つ目は病気に改善の見込みがないこ と, つ目は完全な情報提供が医師から患者に対してなされていること, つ目は他に 手段がない,つまり代替策がないこと, つ目は独立的な立場にある第三者が診察して いること,最後に due medical care,直訳すると医学的な注意深さですが,これをもっ て,医師が行為をしていること,ということです。これがオランダで安楽死として認め られるための要件です。では,タック先生のご講演に戻ります。 タック(通訳:平野) オランダでも安楽死は,完全に合法ではないのですけども,許 容されています。つまり,結局問題となるところは,安楽死を実施する医師をどうコン トロールするかということについてですので,本日はそのことについて,お話ししたい と思います。これまで,私はいろいろなところ講演をしているのですけども,これまで 受けてきた印象というのは,オランダは安楽死が認められていて,年を取っていくと, どんどん安楽死させられるのではないか,あるいはそのように安楽死をさせられてしま うような状況を恐れなければならない国である,そう思われているような印象があるの です。ちなみに,それは事実ではありませんし,実は,私自身も安楽死をしたいとは 思っていません。ただ非常に末期になって自分のことを決められない状態になった時 は,安楽死も一つの選択肢だけども,現在は自分が安楽死をすごくしたいと思っている わけではありません。

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今,安楽死がオランダで実施されているという話をしましたけれども,今日は,どう いうふうに審査,安楽死実施後の審査を行っているか,そしてどうやってコントロール しているかということと,安楽死自体の内容についてお話ししたいと思います。それま でも実質的に安楽死は認められてはいたのですけども,法律が変わってからは,どう やって安楽死を実施した医師を審査するか,ということが法的に決められました,その ことについてお話ししたいと思います。 安楽死を合法的に実施する際には 要件というのが必要になります。スライドにも あるように,この 要件を事前に医師は確認しなければいけないということになりま す。これが現在法律に書かれているということです。この 要件に従っていれば医師は 訴追されない,起訴されないということになります。オランダでも安楽死をするという 行為自体は刑法上の犯罪です。行為自体は犯罪なのですけども,この 要件に従ってい れば訴追されないということです。 要件に従っている限り,検察官は訴追しません。 最初の要件は患者さんが自由意思に基づいてということです。熟慮の上で患者自身が 要請しているというのが最初の要件です。 番目の要件は改善の見込みがないというこ と,これは精神的な疾患という意味でも使われますし,身体的な疾患という意味でも使 われます。 番目の要件は患者に医師が十分な情報提供をしている,ということです。 その内容というのは,患者の病状とか予後とか,どういう経過になるとか,どのような ことがどのように予想されるか,ということをすべて,きちんと患者に情報提供してい るというのが要件になります。 番目は患者自身もそうですし,医師もそのことについ て十分理解をしていないといけないのですけども,代替策,代替案はもうないというこ とをお互いに理解して納得しているというのが要件です。 番目の要件は,安楽死を実 施する医師以外の,第三者的な独立した立場の医師が診察していなければいけない,と いうことです。 番目は医学的に十分に注意深く実行しなければいけないということに なります。 結局誰が,医師はこの 要件にきちんと従っていたかということを審査するのでしょ うか。最初に医師は地域の検死官に報告します。自然死の場合は,日本にはない制度で すけれども,検死官が埋葬許可を出します。検死官は安楽死行為による死亡をきちんと 報告されなければならないのです。検死官は遺体のある場所に行ってチェックをすると いうことになります。検死官は安楽死を実施した医師と,先程出てきたセカンドオピニ オンの医師からも情報を集めます。セカンドオピニオンの医師もきちんと法的に定めた ように報告を書いてそれを検死官に提出して,それが情報提供になります。もちろん安 楽死を実施した医師からも記載した資料を検死官が受け取ります。実施した医師が検死 官に提出しないといけない,というようなことも法律上は義務になっているのです。

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つまり安楽死を実施するにあたっては,報告手続きがとても重要になります。報告手 続きから安楽死の審査が始まります。適法かどうかの判断に必要な情報が報告手続きの 中に全部含まれます。 の項目は,どういう状態でしたか,というような質問形式の 書類ですけども, の質問について医師は答える,報告する義務があります。亡くなっ た患者さんの個人的な情報がまずあります。どうやって亡くなったか,どこで亡くなっ たかか,死亡場所ですね,そういう患者さんの個人的な情報になります。次は耐え難い 苦痛がどうだったか,回復の見込みがないとか既往歴とか,そういった質問になります。 診断とか治療とか,病気に関する情報,治療の見込み,病気の経過,ペインコントロー ル,その他回復の見込みとか予後について,そういったものが含まれます。どういう薬 物を使ったかとか,インフォームドコンセントをどうやってやったかとか,そういった ものをすべて記載しないといけないので,検死官はそれを見てどういうプロセスをた どって安楽死になったか,分かるし,その後審査をする審査委員会もプロセスを非常に 理解できることになります。患者がきちんと十分な情報を得て,そして本当に自由意思 に基づいて要請をしたかということもその書類の中で重要な要素になります。 患者の決定が熟慮に基づいているということを証明するために,例えば患者さんは 文書にしたり,ビデオに撮ったりすることで証明することになりますし,十分に熟慮 したうえでの決定であると証明できるように,まさに医師は熟慮しています。実施する 医師が記載するのですけども,どれくらいの頻度でセカンドオピニオンの医師と患者 さんが会ってディスカッションをしたかとか,セカンドオピニオンを実施した医師と完 全に独立的な立場の関係だと証明するための書類,報告もあります。どこで安楽死が行 われたか,いつ行われたか,どのような薬を用いて安楽死を行ったか,すべてのプロセ スを記載することになります。安楽死に至るまでに十分な準備をして,そのことも書類 になるわけですし,亡くなるプロセスのところと,そういったすべてのプロセスが書類 になっていきます。その書類は最初に安楽死を行う医師が書くのですけども,検死官に すべて報告しなければなりません。つまり,最初の段階のコントロールは検死官が行う ことになります。検死官が疑問に思うことも,次の段階の,審査委員会に送ることにな ります。 オランダはそれほど大きな国ではないのですが, つの地区に分けられていて,それ ぞれに審査委員会があるので,地区ごとの審査委員会に送ることになります。審査委員 会は 人のメンバーで構成されています。 人は法律の専門家, 人は医師で, 人は 医療倫理の専門家という 人のメンバーで構成されているのです。もともと報告書を書 いた人,つまり実施した医師がいますから,その人が書いたレポートを審査委員会がレ ビューすること,審査することになります。もし 要件にきちんと従って安楽死行為を

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していたという結論になればそれで事例は終わります。滅多にないことなのですけど も, 要件に従っていないという結論になれば検察に送られることになります。送検さ れるということですね。直接的に郵送するのではなくて,コンピューターで送るという システムになっています。委員会メンバーの 人の中の 人でも,問題がある,おかし いのではないかと疑問を持つと,そこから議論が始まるということになります。 審査委員会が何か問題があると考える時に,審査委員会は実施した医師を召喚して, 疑問について直接たずねることもあります。いきなり検察に送りますよということでは なくて,安楽死を実施した医師には説明の機会が与えられます。審査委員会で,実施し た医師はきちんと説明するチャンスを与えられています。そこで医師が召喚されていろ いろな質問をされるわけですけども,審査委員会が納得すれば送検ということはなくな ります。それでケースは終わりということになります。捜査は行われないということで す。 もちろん送検されることもあります。 つの場合がありえるのですけども, つ目の 場合として, 要件に医師が従っていないと審査委員会が判断した時は検察に送検する ことになります。通称として新しい法律を安楽死法と言っていますけれども,新しくで きたのは安楽死審査法,安楽死行為を審査するという法律です。その法律が施行される 前は,事例は審査委員会が審査するのではなく,検察が審査したので,すべての事例が

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検察庁に送られてくるという状況でした。大体年間で , 件くらいオランダには安楽 死事例があります。 , 万の人口ですけども,年間 , 件安楽死が行われていて, それらすべてを検察が起訴するかどうか判断しなければならない,その安楽死法ができ る前はそういう状況でした。最高検察庁には安楽死事例のためだけの専門スタッフがい ましたが,実際に起訴されるのはごくわずかでした。例外的な事例だけ起訴されていた のです。安楽死法ができて審査委員会というのが法的な権限の下で,審査するという役 割を担うことになったので,先ほど , 件と申しましたけれども,審査委員会ができ てからは , 件ではなく,数件だけが検察の方に送られるということになりました。 というわけで 年に法律が施行されて,その後は検察の役割が非常に変わってきて います。ごく例外的な事例だけ検察が取り扱うということになっているわけです。以前 は何千件もあったのですけども,法が施行された 年に検察に送られたケースは 件だけです。上がってきているケースについての報告書は毎年公表されていまして,安 楽死がどれくらい実施されているかや送検されているケースの数なども報告書を見れば 分かる。透明性が確保されています。 安楽死法ができて審査委員会で法的な役割ができたので,審査委員会は,問題があれ ば実施した医師とディスカッションするわけですけども,ディスカッションするに至っ たような,何か問題があると考えた事例もすべて報告書に出ていますので,どうやって 審査委員会が判断したか,審査したか,ということが非常によく分かるようになってい ます。 年には 例で医師が 要件を満たしていないと判断されました。医師は 要件にあるように,セカンドオピニオンに診察を求めないといけないのですけども,そ の診察をしていなかったというのが 例ありました。審査委員会が問題視した 例の うち ケースは,つまり, 番目の要件であるセカンドオピニオンが満たされていませ んでした。セカンドオピニオン医師として診察をする医師は完全に第三者的な立場でな いといけないのですけども,セカンドオピニオンとされた医師は鎮痛医療,痛みを和ら げる医療を実施する過程で患者さんのことを知っていて鎮痛医療をやっていたので,完 全に独立した立場の医師とはいえなかった。 例の中にはこのように鎮痛医療に関わっ たという人もいましたし,もともとオランダでの医療システムの特徴の つは,国民は 誰でもホームドクターがいるのですけども,患者のホームドクターに,実施した医師が 意見を求めた。つまり,ホームドクターというのはもともと患者さんをよく知っていま すので,完全に独立的な立場にはならなかったということになります。 ところで,オランダで安楽死を実施するのは,ホームドクターが実施するのが多いの です。ホームドクターは先程お話ししたように,オランダ人は必ず 人ホームドクター を持っているのですけども,ということは少なくても 年くらいは本人を知っている

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ということで,家族のことも知っている,配偶者のことも知っている,子供のことも 知っている。それからどういう病歴だったかも知っている。その人に関する医学的な情 報は全てホームドクターは持っている。そういうような緊密な関係にある医師,ホーム ドクターが安楽死を実施することが多いです。実施したのがホームドクターでない場 合,セカンドオピニオンとしてホームドクターの意見をもらうというのは,それはセカ ンドオピニオンにはならない。このドクターは患者のことをよく知っているので,完全 な独立した立場にはならない。そういうことです。 結論的には完全な独立的立場ではなかったのですけども起訴はしませんでした。確か に 要件を完全に遵守していたわけではないのですけども,検察もむやみに起訴すれば いいと考えているわけではないのです。 要件はとても重要で, 要件に従って行動し なければいけないのですけども,だからといってむやみに検察が起訴するという話には なりません。普通の事例で警察が逮捕して起訴するという事例では,もちろん起訴する のですけども,この安楽死の事例では検察が非常に重要な役割を果たして,簡単に起訴 するという話にはなりません。もちろん問題があれば起訴されるわけですから,実行す る医師は要件に従っていなければ起訴される危険があるということを十分に知ってい て,あえて危険を冒して起訴されるということは避けたいと考えますので,非常に 要 件というのは重要になっています。 先ほども申し上げましたが, 年にいわゆる安楽死法が施行されて,審査委員会 というのが法的根拠を有するようになり,以前は検察が全部チェックをしていたわけで すけども,チェック機能は審査委員会に移ったので,検察の役割というのは後退してい きました。つまり安楽死を実施した医師というのが,いつの段階でどのようにコントロ ールされるか,といいますと,最初の段階は検死官,次に審査委員会,最終的には検察 が起訴するかどうかを決めるわけですから,最終段階で検察のコントロールが働いてい るということになります。だからといって弱点がないわけではありません。もちろんど のようなシステムでも,弱点はあります。 安楽死については医師が行う報告件数はあるのですけども,実際,本当の意味で,実 際安楽死が何件行われているか正確な数を誰も知ることはできません。もちろん報告件 数は実施された件数に近い数が報告されているという印象を持ちますけども,それは必 ずしも完全に正確な件数ではない。ある調査によれば本当に実施されたもののうち % だけが報告されているとのことです。検死官,審査委員会などがチェックするとして も, %しか審査されていないというのです。残りの %というのは審査委員会へ報 告がされていないということになります。 %というのは少ない数ではなく,それなり の数だと思います。考え方によったら鎮痛医療を実施することによって死期が早まると

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いうこともあり得るわけですから,それを安楽死の一種として考える人もいます。その 意味では安楽死そのものがどうやって実施されるかというイメージがないと想像しにく いと思うので,少し説明します。注射をするのです。最初の注射で睡眠剤を注射する。 睡眠剤を打つとだんだん眠くなる,そして深い眠りになった段階で最後の筋弛緩剤の注 射をします。そしてその注射が心臓を止めるということになります。だから 回に分け て注射をする,それが安楽死のプロセスです。実際にやっているのはこういう方法です。 多くの場合は安楽死が実施される時は,患者さんと医師以外に患者さんの家族もそこに 同席します。だから患者さんの家族はどういう状態で安楽死行為がされているかという こと,つまり,焦らないでゆっくり平和的な状態で安楽死行為がされているかというこ とを見ているわけです。そういう状態の中で安楽死行為が行われています。 先ほどの話に戻りますけども, %が報告されていなかったというところですけど も,それが安楽死なのか鎮痛医療の一環で行われるのか,鎮痛医療が行われて安楽死と 言えるのか,その境目がはっきりしない,そういうものもこの %に入っているので す。報告件数は増えています。右肩上がりです。報告が右肩上がりになっていると言い ましたけども,医師はきちんと報告するようになってきています。なぜ報告するかと言 いますと,例えば患者さんの家族とか知り合いが,患者さんがある日亡くなったという ことを聞いて,これはおかしいのではないかといって警察に届け出るかもしれません。 そうすると警察が捜査をして,警察が捜査をした後に安楽死が行われたと判明した場合 には,警察はその事例を検察に送るわけですから,そうなると,必ず実行した医師は訴 追されますから,訴追される事を恐れる場合には,そういったリスクを冒すことを恐れ てドクターは報告をするというような流れになります。だから件数が右肩上がりなので す。 そういったケースですと,安楽死の 要件に従っていれば訴追されないのだけど,そ うではなく嘱託殺人をしたということになりますし,刑法的に問題になるのはもう つ は虚偽の死亡診断書を作成したということになりますので, つの犯罪行為を行ったと いうことになります。そういうケースは本当に稀なのですけども,実際にそういうこと が起きてしまうと,警察とのやり取り,検察とのやり取り,捜査機関とのやり取りで時 間がかかりますし,自分が医師という仕事ができない状態になりますので,通常は望ま ないですよね。 そういう事例が実際に起きたので,その事例についてお話したいと思います。 年のドクターニコという人の事例です。彼は末期のがんの患者さんを担当していまし た。患者さんと医師が合意していた内容というのは,鎮痛医療をするということで,お 互いに理解して納得していました。ある日その鎮痛医療をしようと思って患者さんの家

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に到着したら,呼吸するのが難しくなってきていて,もうほとんど窒息しそうな状態に なっていました。その時にニコ医師は,鎮痛医療ではなくて安楽死しようと決めました。 結論としては,その医師は 番目の注意深さの要件に反していたのです。なぜかという とモルヒネを g 注射しましたが,その量は普通に使う量の数百倍になります。 分後 にその患者さんは亡くなったのですけども,ニコは自然死で死亡したという証明書を発 行しました。ニコの診療所には助手がいたのです。この女性が,その人は医学の勉強を していて医学の知識もあって,この突然の死を目前にしてこれはちょっとおかしいとい うことで,なぜおかしいかというとガイドラインに従っていないのではないかと思っ て,その地区の医療監督官に通告しました。その助手から通告を受けた医療監督官が検 察に報告し,結局警察が捜査を開始しました。監督官は医師に医業をストップさせまし た。メディアに騒がれて,新聞やラジオで騒がれて,そういうさなかニコ医師は自殺し ました。ニコというお医者さんは,真摯な気持ちで患者さんを助けてあげようという気 持ちで実行したにもかかわらず,自殺してしまったという結果に至って,今いろいろな 議論があるのですけども,大きなストレスを抱えていたのではないかとか,本当はいい 人なのに自殺してしまって,医療監督官がやりすぎだったのではないかという意見もあ ります。 本当は最初にニコ医師にどうしてこういうことになったのかと細かく,直接聞ければ よかったのだけども,そうではなくて最初にすぐ捜査が始まってしまったので,そうい うやり方がよくなかったのではないかと,審査会のあり方もよくなかったのではないか というような報告書が今出ています。ですからオランダではすべての医師は安楽死をし たあと,審査会に報告しなかったり,審査会用の書類にきちんと書かなければ警察の捜 査が始まるということを知っています。だから安楽死を実行した医師は,きちんと報告 書類を出して報告しなければ法的紛争に巻き込まれて,いつになったら最終決定が出る のか,検察はいつ最終決定を出すのかということが分からず,非常なストレスのもとで 一定程度の期間,何カ月か何年か過ごさなければならないということを十分に知ってい るのです。というわけで報告されないケースというのはそれほど多くはないというふう に考えられています。 年に安楽死法が施行されて以来,患者からの要請に基づく生命終結,安楽死で すね,事後の審査のコントロールについては非常にシステムが変わってきたと言えると 思います。その立法化以前は安楽死を実行した医師は刑法上の犯罪行為を行ったという ような立場にあったわけです。審査委員会がなかったわけですから,すべてのケースを 検察が起訴するかどうかを決めていたということになります。すべてのケースにおいて 実行した医師は検察が最終判断するまでは不安定な状態に置かれていたということにな

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ります。確かに今でも安楽死行為そのものは犯罪にはなっていますので,被疑者という 立場は完全に変わったわけではないのですが,安楽死の審査法ができて,審査委員会が 判断すれば被疑者という立場から解放されるということになったので,そういう意味で は変わったと言えます。ということで検察の出番というのが後ろの方に下がったわけ で,審査委員会が出てきた後に審査するわけで,検察が非常に後ろに下がったという ことになります。ですから,実務上は審査委員会が最終決定を出すということになりま す。 審査委員会がこの 要件を解釈しているということです。 要件を広くしたり狭くし たりどう解釈していくかというのは通常は裁判所が判断すべき事なので,そういう意味 では少し奇妙なやり方かもしれません。けれども医師にとって審査委員会が審査してく れるということは,非常にポジティブな点です。医師は比較的早い段階で起訴されるか どうかということを知ることができるので,安心できるところが,ポジティブな点です。 いわゆる許容される安楽死かどうか,検察が判断するまでに何カ月も何カ月も結論が出 なくて,待っていなくてはいけないという状況がかつてはあったのですけども,今はそ ういう状況ではなくなりました。けれども法律家の中にはこの審査委員会が 要件を解 釈するということに対して反対するというか,あまり賛成していないような学者もいま す。裁判所が最終決定すべきで,審査委員会が最終決定するのはおかしいのではないか という意見を持つ学者もいます。オランダでも普通は裁判所が最終決定するので,そう いう意味では審査委員会が最終決定するというのはユニークなやり方かもしれません。 原則的には犯罪かどうかは裁判所が判断します。安楽死法が成立した時の国会での議論 は,検察の役割を後退させるということももちろん議論がありましたけども,一方では そもそも犯罪について判断の可否を問題視するという意見もあって,そういう意見もか なり議論されました。そういう考え方は今でもあります。 以上で私からの話は終わりですので,質問があればお答えします。皆さんから頂いた 質問もご意見も,今後私が論文を執筆するうえで非常に参考になりますので是非ご遠慮 なくお願いします。 質問者 この安楽死法というのが制定されるまでに,世論の動きとして,反論だとかそ ういうことは起こらなかったでしょうか。 タック 年くらいからすでに安楽死の議論は国の中で行われていました。 年 代に患者の娘はたまたま医師だったのですけども,自分のお母さんが安楽死をしたいと いい,娘が実行したという事例があって,そのあたりからすごく議論されました。法律

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家の議論もありましたけども,法律家というのはどちらかというとより厳しく,安楽死 を認めるべきではないという方向で議論をしていたのですけども,一般の人の方がか えってリベラルでした。どうしてかというと,だんだん高齢化社会になっていって,高 齢になれば病気になりがちであるということで,例えばがんになったとする。がんに なって耐え難い苦痛にさいなまれたりする。そういう状態になった時になぜ生き続けろ と強制されなければならないのか。その苦痛から解放されてもいいのじゃないか。一般 の人がそういうふうに考えるようになってきました。それが立法化の前の 年, 年 前のことです。 もちろん今でも議論は続いています。特に難しいのは認知症のような患者さんの場合 です。日本でも認知症の患者数は増えてきていると聞いています。その状況はオランダ も同じだと思います。認知症になると最初の要件である自由意思に基づいたかというこ とを精査することが難しくなるわけですよね。コミュニケーションをとることが難しく なるし,そういう状況の中で話をするということは非常に難しいので,今でも議論は続 いています。実際には認知症の患者にも安楽死は行われています。審査委員会はある意 味,一定の場合においてはそういう状態でも安楽死をしてもいいと認めています。とい うのは患者からの要請というのは,毎年患者さんが,例えばリビングウィルですね,生 前の同意書ですね,書類について話し合って,リビングウィルを更新するわけですけど も,だんだん状態が進んでいって最後のその瞬間になったら確かに熟慮のうえでの決定 にならないかもしれないけど,お医者さんが判断して安楽死をするというように,実際 に認知症の患者さんも安楽死をしている事実があります。 例えばすごく大きな病気を持っているわけではないのだけど,年を重ねるごとにいろ いろな病気を持つようになって,心地よい状態ではなくなっていると。そういう状態に なった時に,なぜ自分はもっと生き続けないといけないのかというような結論に至る人 がいます。そういう人の安楽死も今非常に問題になっています。要するに自分の生命は 自分の中で完結させているという状態にしたいと思う人が増えてきて,そういうことに ついて立法化を求める動きも出てきて,数年後にそういうことについての法律もできる かもしれない。そのような,いわゆるクオリティー・オブ・ライフ,生命の質,という テーマについては日本の刑法の雑誌⑶にも私の論文の日本語訳が出ていますので,お読み になることができますよ。 ! ペーター・J. P. タック(甲斐克則・礒原理子訳)「人生の完成と安楽死」刑事法ジャーナル 号( 年) 頁以下。

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質問者 今日は貴重なお話を聞かせていただいてありがとうございました。お話を聞い ていて実施医の負担がすごくて,書類上の負担であったり,起訴されるかもしれないと いうストレスであったり,負担がすごく大きいなと思ったのですけども,実施する医師 の負担に関してオランダの国民や当事者である医師の方々はどのように思っているので しょうか。 タック もちろん書類に記載しないといけないのでそれは負担です。ですけども医療者 としての義務なのでそれはやらないといけない。医師は 回とか 回とか安楽死を要請 されていますので,負担は大きいです。 つ目は書類の負担ですね。でも医学の専門家 である医師として当たり前というか,当然です。もちろん つ目の方がより大きな問題 で,いい質問をありがとうございます。心理的にもすごく負担になります。医学,医療 は患者さんを治癒,治療するために教育を受けてきたのであって,そういうのが目的な のに,生命を短縮すると言いましたけど,短縮する,というのは婉曲的ないい言葉なの ですけども,はっきり言って殺害するということになるわけですから,そういうことを しないといけないというのが非常に負担になるわけです。だけども,cure,治癒させる ということももちろんなのですけども,cure だけではなくて,care も医師の役割なので す。care とは help する,患者さんを手助けするという意味もありますし,最終段階に なって,人間的なhelp をするということも大切なことなので,そういう意味では care の中に含まれるかもしれない。 かつて医師は,cure,治癒させることだけを目的に医学を学んできた,教育されてき たのだけども,care も非常に大事だと考えられるようになり,例えば安楽死のやり方, テクニカルな意味での安楽死だけではなく,心理的な意味での安楽死に関する教育がさ れてくるようになりました。専門の先生がいらっしゃる大学はいくつもあって,医学部 の授業でもどのような教育がされているか,見に行きましたが,この 年間ですごく 変わってきています。今はcare ということについて非常に重きを置かれた教育になっ ています。単にcure するという教育でなくて,care をしなければいけないと,要する に患者さんと医師の関係をうまく築いていくということ,患者さんを上手にhelp して, 患者さんが言っていることを,何が言いたいかということを聞く能力を身に付ける,そ れが医学教育課程で非常に大きな役割を持っています。コミュニケーションをよくとっ て患者さん自身が何を求めているかを聞き取る力が非常に大事になってきています。だ けれども非常に重荷であるというふうに考えて,安楽死実行を躊躇する,したくないと いう医師もいます。そういう場合には求められた医師は,もう 人の別の医師を紹介す る。つまり,別の医師,安楽死に関して経験があるような,あるいは安楽死をできる, してもいいと考える医師に患者を引き継ぐ,そういうふうに紹介するということで,完

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全に手を引くということではないのだけども,次の医師に受け渡すということで,自分 自身は安楽死を実施しないということもあります。大体ご満足いただけましたでしょう か。 司会 それでは時間になりました。今日はオランダにおける安楽死制度,非常に興味深 いお話を聞かせていただいたと思います。今まであまり考えた事のないテーマですが, 今日は安楽死について皆さんもよい機会になれたと思います。それでは講演会を終わり ますので,最後にペーター・タック先生,平野先生に拍手をお願いいたします。 (ペーターJ. P. タック オランダ・ラードバウド大学名誉教授) 【編集注】 本稿は,平成 年 月 日に行われた香川大学法学会講演会の記録である。

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