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半封建地代論--1つの論争史的展望---香川大学学術情報リポジトリ

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半 封 建 地 代 諭

−1つの論争史的展望一

家 名 田 克 男

Ⅰ.ほしがき。ⅠⅠ.平野義太郎氏による範疇贈定。1汀.戦後払おける小 池基之民による半封建地代論の新展開。ⅠⅤ..鈴木涌{・郎,大内力両氏 による半封建地代論批判。Ⅴ.栗原百寿氏の新理論。ⅤⅠ.平田清明氏 の栗原批判と小池氏の総括的批判・反批判。ⅤⅠⅠ.むすび。 Ⅰ 戦前の日本において,全国農村を支配しその構造を特色づけていた「寄生地 主制」が「農地改革」によってはぼ完全に解体せしめられたといわれる現在, その経済的実現形態である「半封建地代」を論ずることは,もはや無意義なり といい得なくはないであろう。にも拘らず,ここに敢えて十・文を草して.論究す る所以のものは,第1に,『資本論』中に「半封建的」という表現は見られる が,それとは.−・応別に日本の=マルクス主義理論家によって∴新たに措定された 「半封建地代」(=寄生地主制)が,西ヨ・一口ッパの歴史の上に存在したか否か が,最近のわが国学界の一つの大きな問題であること,第2に,とくに経済理 論の領域での「半封建地代」に関する論争において,更にほ西洋経済史学界に おけるこの間題の論争においですら,論者連はいたずらに異を立てることに急 であって,相互に殆んど学問的交流らしきものが見られないという事実紅,筆 者は平素不満を感じているが故である。 ⅠⅠ 戦前の水準において,一・応正面から半封建地代論が展開されたのは,平野義

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半封建地代論 −・4クー 太郎民の「半封建地代論」1)なる論文においでである。 すなわち,氏ほいう。「土地所有形態,地代範疇の性質を根底的に規定する ものほ.,■直接の生産者から不払全余剰労働を汲みとる特殊の経済的形態・生産 条件の所有者が麿接的生産者に対する蔽按の関係である。」と。しかも,「この 直接の関係ほ,特定の生産様式に対応し特定の生産諸関係の根粒である。それ ほ,まず第1に生産過程それ自身の内部にふくまれ,生産の編制を規定する 一生産手段の配分の関係による生産様式の形態区分に照応するものにはかな らぬものであって,したがって,籍2に,まさにこの基本的関係が特定の生産 様式に伴う土地所有の形態と地代の範疇的佐賀とを規定する根柩的のものとな っているところのものである。」2)という根本的な立場に基いて,「封建地代の 本質とほ,それが余剰労働又ほ余剰価値の唯一・の支配的な標準的な形態をとっ ていること,つまり自己の再生産に必要な労働条件を占有している直接の生産 者が,この状態の下では−・切を包含するところの労働条件となって:いる土地の 所有者に経済外強制によって’給付せねばならなぬ唯一・の余剰労働又ほ余剰生産 物である関係である

。地代が胎芽的利潤に対する通例の制限となっている

ということほ,封建地代の各形態に通有するが,それは,その最終形態でかつ そ・れの解体に帰して行く形態としての貨幣地代についても,初期の諸地代と同 様である。かように,脂芽的利潤の成立に対する制限をなして:いるところに, 封建地代の最終形態で,かつそれの解体に帰してゆく貨幣地代でもが,またな おそれ自身のうちに封建地代たるの樫結を待っているゆえんである。一」3)と封建 地代を規定する。ところで,同じように前述の理論的措定から,「当面の地代 に関する限りの生産様式が封建的生産様式と資本制生産様式とに分たれ,また その2つよりはかにほない(奴隷制生産様式には地代がないかぎり,その生産 棟式に対応する地代範疇もまた封建地代範疇と資本制地代範疇との2っよりは かにほ存しない。」4)として,封建的生産様式から資本制生産様式への転化形態 は複雑だが,「生産条件の所有者が生産者に対立する直接の関係が地代範疇を 1)『凝集問題と土地変革ム・平野義太郎論文集,第2巻,1948年,3亀63−85ぺ−汐。 2)同書,63ぺ・−汐。 3)同書,65−6ぺ一−ジ。 4)同番,66ぺ一−ジ。

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香川大学経済学部 研究年報 2 J962 ・−−5β− 規定することは,この転形推移の過渡的諸形態についても貫徹せられる原理た るものである」から,「生産者に直接対立するものが資本家か土地所有者かと ●●●● いうことによって,資本制収取か,封建的収歌かの,両者いずれかの範疇に還

元せられる。」従って「単紅過渡の形態のゆえ.に,封建地代でもない,資本制

地代でもない『前資本主義地代』という過渡期の第3範疇地代なるものほ存在 しえないのである。」5)と氏ほ論じ,ついで単封建地代について論及する。封建 制から資本制への推転に際し,「資本主義の停滞的発展が半農奴倒的大土地所 有を不可分の構成部分としたところでほ,たとえ,形式的にほ解放されたほず の農奴であったが,事実上は,かえって買戻金の不払いや崎形的不具の資本の 本源的蓄積過程における牧場,森林などの共同地の地主的纂奪のために半農奴 カバーラ 的隷属が強化され,地主の高利貸化=商人化に応じて∴債務農奴化するにいたっ た。いかかる資本主義的全生産関係の不可分の構成部分になって:いる土地所 有の形態が,半封建的土地所有であり,地代形態は半封建地代である。・社 会構成として.の農奴制皮が解体し,身分的ヒ−ルアルキ−・武装従臣の権力組 織が崩れ,土地売買の禁が解かれ,割拠的分権的領主制が統一・され,かくして 中央集権的官僚制の掩護によるとほいえ,エ共における資本制生産様式が支配 的定則となり貨幣経済と商品流通とが農村経済をその網のなかにひき入れたの であるから,封建的構成の下における封建地代と区別して,その地代が半封建 地代といわれる。」6)と。そして,民は,これが単なる封建避制でないことに言 及して,「これが資本の本源的蓄積の源泉となり,地主制と内部的に組み合さ れている商業=高利貸資本や独占資本財閥の上に築かれた資本主義の性質を特 質づける資本主義全生産関係の不可分の構成分たる半封建的土地所有の自己実 現たる意義において,機構的特徴を荷っている」こと,そして,「半封建地代 二半封建的土地所有」は「封建制の妥協的解消形態の結果である」りことを付 け加えている。 次に,平野氏ほ,更に「過小農民による地代」8)という論文において,封建 5)同番,66−7ぺ」一汐。 6)同乱68−9ぺ−ジ。 7)同番,7−0ぺ−ジ。 8)同番,3章,86−132ぺ一−ジ。

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津封建地代論 一古ユー 制から資本制への移行期紅おける「■諸地代の特殊形態」を詳細に論じて:いる。 そ・して,免ず,この分析の重要条件として:,「労働地代→生産物地代→貨幣地 代(以上,封建地代)→自由な土地所有または資本制地代への過渡的中間形態 の地代→資本制地代。−という正則的な発展の古典塾をとるか,そうでほな いか。この定則的とおよび変則的との発展ほ,世界的規模でいえば2類型に分 れる。」9)従って,両者を混同することは許されないし,このことは,小作を論 ずる場合にも常に考えられなけれほならないとして,小作の形態を次の様にわ ける。 「1 ともかくもその農業上の収入をもってJ自己の家族を養いその農業上の 需要を充足し,他人の労働力を使用しない『小農』範疇の小作と, 2 再生産の規模ほ次第に拡大され,やがて賃労働者を使用することによっ て『中農』,『富農』範疇へ転化できる可能性を有している部類の小作(小資 本家としての小作人へ転化できる部類,貨幣地代が発展して『小農民的の小作 農業者によって支払われる地代』『中間形態』) 3 以上とは全く逆紅,小作料が小作農業者の平均利潤,通例の労銀にまで 喰い込む−・切の控除分から成り,ますます再生産の規模が縮少する通常の零細 小作。ただし,必ずしも飢餓的生活のための小作ではなく,また農業における 資本主義が他方で発展するため,収奪されたより小規模の零細小作(たとえ ば,19世紀後半期におけるアイルランドの5−15・エ−カ−を耕作する小作人) 4 土地が生産上の主要条件となっている事情の下にこの土地を小作するこ となしには,自分の生活を立て−えないで餓死するよりはかないという餓餓的小 作人がいとなむ『飢餓的生活のための零細小作』一半封建把小作人およびアイ ルランドのコティ・エー(とくに15ェーーか−以下の耕地を小作する小作人)。」 そして,これらほ「決して相互に混同され曖昧にされることがゆるされな い。」10)とする。また,とくに4は,算1に,資本家的大農経営における小作 形態と相対立する形態であり,生活のための小作であって,利潤のための小作 ではないこと,第2に,生活のためというばかりでなく,これなしには餓死する 9)同書,87ぺ−ジ。 10)同番,88ぺL−・汐。

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香川大学経済学部 研究年報 2 ユタ62 一見2− 外ないという点で,小規模農屈経済における/J\件一・般に解消され得ない特殊形 態であるこ.とを述べる。ついで,氏は,「土地所有者がなお土地所有の独占によ り,直接的生産者の余剰労働を直接おのれの手に領得するところの人としてあ らわれている状態,いいかえれば,土地所有がなお生産上の主要条件としてあ らわれている状態。したがって,地代がなお剰余価値−・般の標準的状態となっ ている状態」を前提とするから,その地代ほ,「封建地代簡略に属し資本制地 代範疇又は半資本制地代形態には属しない。」11)と論ずるのである。そして,要点 ○●00●●○●●●○●○●● の1として,これが「決して−,自生的紅は,資本制地代への過渡形態としてあ

…●○● らわれぬこと」を指摘し,そ・の理由として,資本制地代への過渡的形態へ転化

するためには,「なによりも生産性の発展的増大を前提とし」,「利潤に対す・ る制限となっている封建地代の栓桔が根本的にとりのぞかれていなくてはなら ぬ」のに,この地代が成立するとこ.ろでは,ひとしく小作地の細分化傾向はあ っても,この様な条件がなかったことを氏ほ.論ずる。更紅その2として,「農 業部面外で,資本制生産様式が支配的に行われているとしても,その発達が農 業部面外にのみ局限的にだけ発達していて,その−・切の特質を農業部面へまで 展開するにいたっていない状態」においてほ,「かれらの農具。種子その他の資 本が全く乏しいため,そしてこまた,それは農業以外の生米で自己の生計を維持 することが全く不充分であるために,抵抗しがたい必要に迫られて土地に縛り つけられる」こと,そして,アイルランドや日本においては,資本主義の発達 とともに農村の停滞的潜在的過剰人口を増大せしめて:飢餓小作を更に深刻なら しめる事実19)を指摘して,その−・般的様相を確定している。 以上述べた様に,平野民の半封建地代論ほそれなりにヨ墾解出来るものではあ るが,氏の場合,『資本鼠』3巻47葦「資本制地代の発生」の鼓述・文脈との 関係は,勿論その大綱において明確であるし,また行文の中にもそれからとっ たと思われる文章があることから,こ.れを想定することは可能ではあるが,必 ずしも顕示的とほいえないであろう。この点で,『資本論』の叙述を忠実軋フ ォロクしつつ,半封建地代の性格を規定したのほ,小池基之氏であった。 11)同音,104ぺ′−汐。 12)同番,107−9ぺ−ジ。

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単封建地代論 ーぷ〉・一 ⅠⅠⅠ 上述の様に,やや固定的に,平野氏紅.より定式化された理論は,戦後小池基 之民に.よって,発寒系列的に.論及された。すなbち,氏ほ.,1947年に発表の 「過渡的地代鞄囁紅.ついて.」13)という論文において,「『封建対地代でもない資 本家的地代でもないという意味において.』の,『過渡的地代範疇』なるものほ 存在しないのである」t4)という基本的立場から,資本論3巻47茸中の謡曲代形 態を整偏しつつ,「半封建地代」論を霞関している。この中で最も壷要な論点 が,半封建地代論の根底に.ある,封建地代と資本制地代乃至資本制地代への過 渡的形態に瀾する解釈にあることほ申すまでもない。 さて,民ほ,先ず,「■剰余価値と生産諸条件の所有者のためになすべき不払 剰余労働との通例の形態としての地代の最終形態たると同時にまたそれが辞体 に帰していく形態でもある貨幣地代」をとりあげる。そしてマルクスの「この 地代ほ,その純粋の形においては,労執地代や現物地代と同様,利潤以上にい ずる何等の超過分も代表するものでは.ない。それは漑念上,利潤を吸収するも のなのである。利潤が事実上,超過労働の棒線の−・部として.,地代と相ならん で生ずるかぎり,貨幣地代は,それ以前の諸形態の地代と同様,かかる胎芽的 利潤(der・embIIyOElische Profit)に対する通例の制限をなして:いる。」15)との 周知の論述から,氏は次の様にいうのである。すなわち「ここでは,現実に利 潤が生じたとしても,それは『通例の関係の背後において』のことであり, 『利潤』が『地代』の制限なのではなく『地代』が『利潤』を制限しているの である。そして,これが,経済殉にほ,資本制地代乃至それへの過渡的牒儲 を,封建制地代から区別するところのものであった。」と。言葉をかえて.いう と,地代が「一利余暦値一・般の通例の形態」としで現れてこいる否か,つまり「地 代範疇を規定するものは,地代が余剰労勘を吸収しうるか否かということであ 13)『経済評論』,2巻12号,1947年12月,1−12ぺ一一汐。 14)同上,11ぺ−汐。 15)『資本論』,高畠訳,3巻,2臥 335一−7ぺ一汐。各論文における古典の引用はその 記載通りとする。以下同じ。

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香川大学経済学部 研究年報 2 J962 −54− る」18)ということ紅なるのである。そして,この様な見地からすれば,「封建 制地代の資本制地代への転化ほ利潤の生成及び発展にもとめらるべきである」 こ.とになり,小池氏ほ,この点を.貨幣地代のもう−・つの面軋言及することによ って,論ずる。すなわち,「貨幣地代のもとにおいては,直接生産者ほその生 産物の・−・部を商品に転化し,商品として■生産しなければならぬということ,し たがって諸生産物の市場価格が成立し,かつ諸生産物が多かれすくなかれその 価格近くで売られることを前提として,総生産物のうら,再生産手段として役 立つぺき部分および直接に生活資料として役立つべき部分以上の,貨幣紅転化 さるべき部分の超過が決定的となるということ,これらのことほ,事実上利潤 を超過労働の特殊の・一・部としてこ生ぜしめる可能性をあたえるものであるが,」 これは,前述の様に通例の関係の背後に生ずることであって,貨幣地代が「資 本制地代への過渡的形態.」から区別される所以だが,同時紅,この様な「可能 性」を持っているこ.とについてほ,「−利潤の発生および発展を可能ならしむぺ き条件の生成は,生産諸条件を,したがって,土地所有の性質を変化せしずめ にほおかない。」として,小池氏ほ次の様にいう。「貨幣地代ほ,その必然的発展 として,たとえ.ば過小農的小作農(der kleine b畠uerliche P畠chter)によっ て支払われる地代のような『中間形態』をともないながら,土地を農民の自由 所有に転化せしめるか,資本制生産方法に照応した地代形態を,資本制的借地 業者紅よって■支払われる地代を,生ぜしめるにいたるのである。」と。かくし て,小池氏は,この様な見地から,『資本論』3巻4つ昔第5節において展開さ れてル、る資本制地代への過渡的形態の諸類型,すなわち,分益農制・分割的土 地所有・過小虚的小作農を,整序論究するのである。 先ず,「分益農制」については,マルクスは,「こ.の制度においては,農業経 営者(小作農業者)はその労働(彼自身の労働紅しろ,他人の労働にしろ)以 外に簡経営資本の一・部を提供し,経営資本の他の部分(例えば家畜)は土地所 有者に依って提供される。而して生産物は,国に依って色々に遊ふ一・定の割合 で農業経営者と土地所有者との間に分割される。これが,何故完全な資本制虚 業経営に達しないかといふに,一・方にほ,小作農業者が十分の資本を有してを 16)前掲,8ぺ−・ジ。

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半封建地代論 −お− らぬといふこと,他方には,土地所有者の手に帰する配当分が純粋の地代形態 を採ってをらぬといふことが,その原因となって.いる。土地所有者の配当分 は,彼の前貸した資本に対する利子と,一つの亀過分たる地代とを,事実に於 いて包含し得る。それは事実上小作農業者の金利余労働を吸収し得るものであ り,又ほこ.の余剰労働に対する大なり小なりの配当分を被れのために残し得る ものである。が,本葉的な点ほノ,この場合,地代はもほや余剰価値一・般の通例 の形態としてJ現れなくなってゐるといふことである。」17)といっているが,小池 民は,この文章を適宜引用しつつ,「これらのことは,それが,半封建的土地 所有のうえにではなくして,それとは区別さるべき,資本制地代への過渡的形 態としてとらえらるべきことを示すものであろう。」18)と論断する。 次に,氏ほ.,「分割的土地所有」の過渡的性格について論ずる。これまたマ ルクスの規定を随時引用しつつ,「それが封建的土地所有の解体から生じた諸 形態の1として,.土地の所有者となっているということ」,及び「−・方におい て:,かれが小資本家であるかぎり,その搾取の限界となるものほ資本の平均利 潤でほなく,また他方において:,かれが土地所有者であるかぎり,その搾取の 限界となるものほ地代の必要ということではないけれども,商品価格超過分と しての差額地代が,資本制生産方法のもとにおけると同様に存在するというこ とである。」と述べ,この結果,「地代ほ平均利潤からの控除分でもありうる し,また平均利潤の唯一・の実現せられる部分でもありうる。したがって市場価 格がその生産物の価値までたかめられることは必ずしも必要でないばかりでな く,生産価格以下にさえおかれるのである。このことは.・かかる土地所有を 衰頚せしめ,‡受落せしめる諸原因の作用の結果でもあったのである。」19)とし て,それが「過渡的」である所以を説いている。 そして,最後に,「過小農的小作農」について,氏ほ論ずる。すなわち「こ こでは小作料ほしばしば利潤の一L部を吸収するぼかりでなく,労賃の−・部をす ら吸収しているのである」が,「それはアイルランドにおけるごとく『資本制 17)『資本論』,高畠訳,3巻,2部,3虹ぺ一汐。 18)前掲,7ぺ−ジ。 19)同上,9ぺ−ジ。

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香川大学経済学部 研究年報2 J962 ー∂∂− 生産方法が存在することなくして.,すなわち,小作農業者が産業資本家たるこ ともまたその経営の仕方が資本制たることもなくして,地代を,資本制生産方 法に照応せる地代を,形式的に存せしめるという事情召によるか,または小 作農業者が競争から,自己の資本を農共に投資するための条件として,平均利 潤以 ̄F■の利潤をもって満足せねばならず,その−L部を地代の形で土地所有者に 交附することを余儀なくされているからであろう。」と述べ,とくに後者の場 合労賃部分紅食い込むことがあることを附言しつつ,「ここでは小作料が,た とえたま、たま直接生産者の,金利余価値を吸収しうるとしても,それほもほや 土地所有の伝来の方法によるものではない0′そ十て・これらの小作農業者の破滅 ほやがて:資本制的経営によってかわられていくのである。それはもほや,半封 建地代でほなくして二,資本制地代への過渡的形態である。」20)と結論してこいる。 然らば,この様な「過渡的形態」と所謂「半封建地代」とは如何に区別さる べきであるか。氏によれば,上述の如く,「資本制地代を封建制地代から区別 するものほ,『地代』が『利潤』の制限となっているのでほなくして,『利 潤』が『地代』を制限してこいるということであった。」従って,そ・の転化の条 件は「直接生産者に対する『土地』の支配の『資本』の支配への転化」という ことである。ところで,「資本制生産は,かれ自身から発生した土地所有でほ なく,かれ以前から存在する土地所有の前提のもとに,自己の進路を切り開く のだから」,その際,資本関係さこ適応した「雇々の形態」が起らざるを得ない。 すなわち,「農業関係のなかに身分的な関係がつよく残存し,『農民層』のブ ルジョア的な分解が充分に展開しないままで,資本が農業をとらえ,それを自 己のもとに・従属せしめていく場合にほ,土地所有はなお伝統的な関係,乃 至は慣行紅よってうらずけられて,直接生産者と直接的な関係にほいり込んで いる。そこ・では,−・方に・おいて資本関係によって支配されながら,封建的な関係 がなお本質的なものとしてこその構成分となっているということにおいて,それ を半封建的とよんでもいいであろう。(傍点 家名田)」しかし同時に,「ブル汐 ヨア経済は,自余の諸形態をほ発展させ萎縮させ,戯画化したりして自身の うちにふくみうるが,それらほつねに本質的に異なるものとなっている。」21)と 20)同上,10ぺ一汐。 21)『経済学批判』,改造社版マル・エソ全集,7巻,405京,小池,同上,11ぺ一一汐,引用。

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車封建地代論 ー57− マルクスも言っている通り,「資本ほ自己がみいだした封建的な諸瀾係乃至は その道物を自己に適合する形態に転形せしめつつも,そのブルジョア的発展 は,同時に,たえず封建制の退物を消滅せしめねばやまない。そして封建制の 遣物が消滅せしめられつつあり,また,その消滅が不可避とされつつあるとい う事実のうえにのみ,その消滅の形態及び方法をめぐる対立・抗争について.語 ることが出来たのである」。とすれば,「半封建地代と資本制地代への過渡的形 態とほ,歴史段階的な相違であり,封建制地代と資本制地代との中間形態とし ての,または『封過剰地代でもない資本家的地代でもないという意味におい て』の,『過渡的地代梅囁』なるものは存在しないのである。」と小池氏は結 論を述べている。そして:最後に,我国の農地改革以前の小作制度軋ついて.言及 し,それが,現物の高率小作料と農産物の商品化を前提とする点で,商品経済 への適応形態であり,伝来の慣行の存続,地主の身分的支配,及び,それが, 農民の土地からの離脱にもかかわらず,なお生活のために土地に結びつけられ なければならない事情紅よって支持されている事実ほ,みな「半封建的」とよ ぶにふさわしい,22)と附言している。 ⅠⅤ 以上の様な小池氏の立論に対してこほ,早速鈴木鴻−・郎氏に.よって.批判28)が加 えられた。先ず,氏の要約によれば,小池氏の論旨は「半封建地代と資本制地 代への過渡的形態とは歴史段階的な相逮であり,こ.の二つの形態を一・給した形 での過渡的地代範疇なるものは存在しない。」というにあるとされ,次いで, 順を追って,氏ほ小池氏の行諭に対する批判を展開・する。 さて,氏は,小池氏批判に際し,その前半紅おい■て,『資本論』∂巻47章に おける諸地代の分析を通して半封建地代を措定して行く小池氏の論理展開の中 に,矛店があるとして批判するとともに,その後単において:,小池氏の議論の

基遊をなしているマルクス理辞そのものを誤りなりとして,氏は攻撃する。以

下,私は,この2つの論点を後づけて行くこととしたい。 22)前掲,11ぺ一−ジ。 23)仔半封達也代』とは何か」,『経刺,3巻7号,19主3年7月,ト1Sぺ一汐。

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香川大学経済学部 研究年報 2 ユタ62 −5β− 前半の論点について二。先ず,小池氏による分割地所有の過渡的性質に関する 議論紅ついて∴氏ほ,「小池教授に従えば『分割的土地所有』ほ.『土地の自由 所有』と,『商品価格超過分として.の差額地代』の存在という点に,その『過 渡的性質』を示しているというのである。そのさい,教授によれば,『土地の 自由所有』とほ,『経済外強制』から解放された土地所有のことであると云っ て差支えないようである。けだし,教授ほ.『自営農民紅よる自由土地所有』を 説明して∴次のように云われているから。日く,『自営農民による自由土地所有 は,“人格的独立の発展上の基礎”たると同時紅,“農業そのものの発展にとっ ても1の必然的な経過点”たるこ.とにおいて,その“過渡的”意義をあきらか にしでいるのである』と。とこ.ろで,『土地の自由所有』をこのように解 するとして,教授が“独立自営農民”につき患ねて『その“過渡的”な性質は まさに,封建的土地所有からの解放という点に・あったのである』、と云われ てこいるところから推測すれば,教授においてほむしろ『分割的土地所有』につき 『土地の自由所有』という指標の方が強調されていると云って差支えないであ (ママ) ろう。」24)と論断する。康二紅,氏は,小池氏の『過少農的小作農によって支払わ れる地代』に固有な『過渡的性質』に関する議論についてこも,小池氏の文章を 引用しながら,これが過渡的と小池民紅よってされるのは,「恐らく分割的土. 地所有紅おいてそうであったと同じように,それが『身分約な関係や伝来の慣 行』から,また『土地所有の伝来の力=⊇から解放されているということにあ るのである。」25)と論じ,これまた,身分関係の有無が,小池民の議論において 重要な位置を占めていることを,氏ほ.,指摘している。 次いで,氏は,小池氏の半封建地代論について言及し,「小池教授の謂ゆる 『半封建的』農菜関係なるものほ.『一・方紅おいて資本関係によって一文配されな がら,封建的関係の遺物がまだ本質的なものとしてその構成部分となってい る』農巣関係のことに外ならない。そのさい,教授が『封建的な関係』紅よっ て『身分的関係』を意味してこおられることは云うまでも・ない。」26)として∴ これ 24)同上,2ぺ−ジ。引用符は記磯の都合上適宜変更した。以下同じ。 25)同上,3ぺ−ジ。 26)同上,4ぺ−汐。

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乎封建地代論 −−59・− また,小池民が『身分的関係』の有無を以て地代範疇区別の唯・・一・の指標と考え ている,と氏は論定するのである。 ところが,一方,氏によれば,小池氏は,『分益農制』に言及しているとこ ろでは,これを『半封建地代』ではなく『資本制地代への過渡的形態』として 把えるべきことを強調しつつ,その胎標を「利潤」に.よる「地代」の制限に求 めている,とされ,『半封建地代』は本来『過渡的形態』との対比に.おいて主 張されうるものであるから,結局,これら2っの指標の相互関係が明らかにな らなければならない,と氏は論ずる。 ところが,小池氏の『封建地代範疇』そ・のものについて:みると,氏によれ は,小池氏の『封建制地代祷疇』の基本的指標は,『仝剰余労働の吸収』= 巨=「地代」が「利潤_」を制限している』という規定がそれであったのである。 とすると,『封建制地代範疇』と対立するところの『過渡的形態』の指標はこ の規定の欠如でなければならないことになる。ところが,先の『過渡的形憩』 −・般は『身分的関係』の欠如ということがその規定とされて.いる。これほ明ら かに矛盾である。要するに,小池氏の行論において.ほ,『半封建地代』は,既 述の様に,『身分的関係8の存在によって,始めて『封建制地代』に.属すると 云われたに拘らず,上に見たところによれば,『封建制地代』を規定するもの は,いまや『身分的関係』ではなく,『全剰余労働の吸収=地代が利潤を制限 して.いる』ということだから,「残るところはただ空中に浮ぶ『半封建地代』 のみ。」27)と氏ほ.痛論するのである。 この様に,氏は,先ず内在的批判と−写して,小池氏の議論自身に矛盾がある ことを指摘して,小池氏の論理を前提してもなお半封建地代が存在し得ないと 論断した後,更に外在的批判に移るとして,氏は,小池氏のマルクス理解その ものを問題とする。 氏ほ,封建地代から始める。先ず,「小池教授によれば,封建地代を規定す るものほ基本的には『全剰余労働』=『地代が利潤を制限して−いる』というこ とであって,『身分的関係』は僅かに『全剰余労働の吸収』に伴うものに過ぎ なかった。」として,これがマルクス解釈として二果して妥当なりやという観点 27)同上,8ぺL−ジ。

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ヱ962 香川大学経済学部 研究年報 2 ーーβり一 から検討する。第1に,封建地代の『本質』を説明する「ここに考察する諸形 態について.いえば,地代の本質ほ.地代が剰余価値または剰余労働の唯一・の支配 的な通例約な形態であるということに存する。」28)というマルクスの文章の解釈 を,氏は,示す。すなわち,「封建地代は剰余価値またほ剰余労働の全部を吸 収するものでなく,その圧倒的部分を吸収するものである」と。つまり,「封 建地代は.常に剰余労働の−・野分を地代以外の請わば“利潤”として.残しておく ものであると解釈したいのである。」とする。換言すれば,氏によれば,「和佐 −・の』『形割 と読むぺきでなく,『唯一・1刀』『支配的な通例杓な形儲』と読 まれねばならないのである。従って,『唯一・の』の意味も剰余労働の『支配的 な適例的な形態』たるものほ地代のみでそれ以外の何ものでもない」29)という 意味だというのである。そ・してニ,かかる観点から解して二始めて,「封建地代に おいては『地代が利潤の制浪である』というマルクスの表現が生きてこくる」と される。 更に氏ほ続ける。封適地代が,上の如く『剰余価値またほ剰余労働の通例的 形腰』であるとするなら,これだけを封適地代の指踪とすべきかというに,氏 に.よれば,小池氏は,この規定だけでよいとするかの如き感じを与えるのである が,普通はこれ忙加うるに『経済外泊濾制』を以てするのが常である,とされ る。ところが,マルクスは,『資本論』に・おいては,前の規定をいう紅止ま り,これ以上何ら『経済外強制』について触れるところがない。氏は,これは ○●○●● 注意すべきことであって二,「マルクスが既に封適地代を臆果すべき封遵制定の ●●○●○●●00●○●00●■ 諸条件の存在を言外に前提している。 1マルクスが封適地代ほ.『剰余臨低 または剰余労勘の通例的形態』であると云うとき,彼は既に『経済外強制』の

…●00●●○●●

存在を予め予思しているのでは.ないかと考えられるのである。(傍点 家名田)」呵 と,極めて独自の解釈を下すのである。そして,更に・次の様に言う。「要す

るに.,マルクスは『億接皇室者』が『自己の再生産に必要な労働諸条件を占

有してこいる』ということを指摘することによってニ,既に彼等が『−非自由者』と

して現われねばならぬということ−すなわち『■経済外強制』の下におかれね 28)『資本論』,高畠訳,3巻,2部,333ぺ一汐 ,鈴木,同上,9ぺ一一汐引用。 29)同上,9ぺ−ジ。

(14)

半封建地代論 −6J− ばならぬということを語っていると解されるのである。そうであれば『この状 態の下でほ一朝を包含するところの労働条件となって.いる土地』の所有者に対 しで支払われる地代がもはや『剰余価値または剰余労働の通例的形態』である ことは云うまでもないであろう。」と。そして,「吾々ほそこにおいても封建 地代の指標として.『経済外強制』と『剰余価値またほ剰余労働の通例的形態』

○=…●○

との2っを読みとらなけれほならないであろう。しかも,これらのうちいずれ ○ ● ● 0 0 ● ○ ● 0 0 1〉 ● ● ○ ● ○ ● ● ● 0 0 0 ● ○ ● か−・方を軟くも封建地代の指標としてはもほや役立たないというように読まれ ねばならないであろう。けだし,両者は表裏の関係に.−勿論“経済外強制” が表面であるがm−あるからである。(傍点 家名田)」31)と,氏ほ.,付け加える。 ところが,氏によれば,小池民ほ前述の如く1つの指標のみをとり上げる,つ まり,『封建制地代範疇』そのものを論ずる時は,所謂『通例的形態』の指標 のみを以てし,『半封建地代』を論ずる時は,一転して.『経済外強制』を『■封 建制地代範疇』の指標としていたといえるから,前述の通り首尾−・賞せざるの みか,むしろ「小池教授は『封建制地代範疇』を正しく理解されていなかっ た。」と氏は酷評するのである。 民ほ,更に筆を進め,『資本制地代への過渡的形態』を論ずる。すなわち, 上述の様に封建地代の規定が2つあるとすれば,「2つの条件を欠くところに 『過渡的形態』の『過渡的形態』たる意義があると云ってよい。けれども,そ のさい『過渡的形態』にとってほ右の2つの条件のいづれをも欠く必要はない であろう。これらの指標のうちいずれか一・方を欠くだけで『過渡的形態』を云 々して差支えないであろう。」32)として,『過渡的形態』分析の基本的視点を明 らかにし,これを『分益農制』と『分割的土地所有.』とに分けて考察する。と ころで,『分益農制』の場合ほ,氏によれば,マルクス自身も,封建地代の一 方の規定条件つまり地代が『剰余価値または剰余労働の通例的形態』なりとす る条件の欠如に,その『過渡的意義』を認めていると考えているから,この点 小池氏との間には異なるところはない,と氏は考えるのである。次に.,『分割 0 0 0 ジ ジ ジ ー一一 ぺ ぺ。∼ 1 2 3 1 1 1 上上上 同同同 ヽ、ノ ヽノ ︶ 0 3 3

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香川大学経済学部 研究年報 2 ユタ62 ー・62− 的土地所有』の場合はどうであろうか。氏によれば,「マルクスは『分割的土 地所有』の『過渡的性質』を,農民が『経済外強制』から解放されて『土地の 自由所有者』となっているという点に求めていると考えられる。」と。しかし, もう1つの規定たる『通例的形態』との関連を,この場合,その指標としてと− るか否かほ,マルクス自身は明言していないが,『分割的土地所有』下に現実 に支払われる地代に関する,『資本論』中における記述を,民ほ,ひきつつ,「『 土地価格及びそれについて.支払われる利子紅おいて予想されるところの地代』 は『分割的土地所有』者の剰余価値の全部を含むこともありうる(と)(括弧 家名田)。けだし,『地代ほ平均利潤からの1つの控除分でもあり得るし,また は,平均利潤中の唯一・の実現せられる部分でもあり得る』から」3き),マルクス がとりあげないのは当然である,と論ずる。つまり,この場合,確定的規準た り得ないのだから,とりあげないのほ当然というのが,氏の意見のようであ る。 最後に,小池氏が挙げている,『資本制地代への過渡的形態』の欝3番目の 形態である,「『過小農的小作農』によって支払われる地代」についても,鈴木氏 によれば,これほ,前述の様に,小池民によって−『経済外強制』の欠如を強認 されて二『過渡的.』とされたものである。それは本来マルクスが除外した『中間 形態』としての『小農的借地業者』であり,元来1色でなく,・その中に,『分 益農』,『雇役』,『独立自営農民に・して.土地を喪いいまだ全く賃労働者化せざ るもの』が含まれ,しかもそれぞれ歴史的地位を異に.するものであったにも拘 らず,小池氏が,『過小農経営が小作地においてなされる1』場合の借地農民, 換言すれば,『独立自営農民にして土地を喪いいまだ全く賃労働者化せざるも の』と同一・祝していることは,これまたマルクス誤解なり,と氏は小池氏を批 判サーるのである。 この様にして,鈴木氏ほ,綿密に検討した結果「吾々ほ漸く『半封建地代』 を葬りうべき段階にまできたようである。」として.,既に述べたよう紅,「小 池教授によれば『半封建地代』は.『身分的関係』すなわち『経済外強制』の存 在によって『過渡的形憩』と『歴史段階的』に区別されうるものであった。この 33)同上,15ぺL一汐。

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半封建地代論 −・郎− こ.とほ『過渡的形態』においで『経済外強制』が欠如しており;更紅また『経 済外強制』のみが封建地代の指標であるということを含んでいる。けだし,か かる前提条件なしには『半封建地代』は『過渡的形態』に対しその独自の存在 を主張することができないからである。」34)とする。要するに,小池氏は眉分の 都合のよい様に封建地代や『過渡的形態』を誤って解釈した,と鈴木氏ほ極論 する。換言すれば,小池氏は,『過渡的形態』のうちに,マルクスと異なり, 『分益農制』,『分割的土地所有』及び『過小農的小作農』を含め,更にこれ またマルクスと異なり,『分益農制』と『過小農的小作農』について『経済外 的強制』からの解放を結論しているから,結局,小池氏の場合は,『過渡的形 態』一・般が『経済外強制』から解放されたものというこ.とになる,と鈴木民は 指摘する。而して,この小池氏の議論に従えば,かりに『過渡的』時期におい て『経済外強制』があれば,『半封建地代.』ということになる。そして,このこ との裏には,『経済外強制』を封建地代の指標とすることが当然あるわけであ る。ところが,鈴木民によれば,小池氏は『封建地代範疇』を論ずる時は,む しろ,『全剰余労働の吸収』=『「地代」が「利潤」を制限してこいる』ことを 指標としてことりあげているが,前述の如く何れか1つの指標のみをとりあげる ことは何れも誤りである,とされる。要するに,鈴木氏によれば,「もし小池 教授に.して∴吾々と共に,そ・してまた恐らくは.マルクスと共に,『過渡的形態』 にも『経済外強制』の存在しうることを認められたならば,またもし封建地代 の指標として:『経済外強凱』と『剰余価値または剰余労働の通例的形態』とを 同時に併せとり上げられたならば,教授ほ『半封建地代』を主張されることが なかったのでほないであろうか。け ̄だし,そのときには『半封建地代』は恐ら く『過渡的形態』のうちに解消せられ,それとは異る独自の存在たることをや めるであろうからである。」$5)とされ,これが,いわば氏の小池氏批判の結論を なしているのである。 以上,述べた鈴木氏の議論ほ,大内力氏紅よって『経済評論』の同じ号紅掲 載された1文36)の趣旨と,本賀的に異なるものでほない。氏は,先ず,次の様 34)同上,17ぺL−ジ。 35)同上,18ぺ」−ジ。 36)「経済外強制覚え番」,町経評』,同上号,19−30ぺ−ジ。

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香川大学経済学部 研究年報 2 ー6才一・ J962 にいう。 「日本の小作料をもって∴封建地代と規定しようとするひとびと 」 いわゆる F講座派』および戦後の『新封建派』のひとびと・−は,その根拠として,あ るいは日本の小作料が高率であって『全剰余労働吸収の地代範疇』を形成して

(ママ) いるこ.とを,あるいは,日本の小作料が原則として現物形体に.あり,『現物年

貢(生産物地代)の原則』が『買徹』していることを,あるいは地主に『連接 対立している者が』『資本家としての小作農業者』ではなくて『直接生産者と しての小作小農民』であるということを,あげている」37)が,資本制地代でな いということほ自明のことで問題はないが,これらの根拠とされて言いるもの が,この小作料が過渡的地代でなく封建地代であるという点についての解明に・ 役立ち得るか,問題であるとして,1つ1つ解明する。 第1に,小作料が高率で全貌l余労働を吸収するものであることほ,過小農生 産が小作地において.おこなわれるばあいにもじゅうぶんあり得,この点で2つ の地代を区別することほできない。第2に,地代が物納であることは,これも大 した基準になり得ない。地代が貨幣形態をとっていてこも,なお封建地代である こともあるし,逆に現物形態をとっていてこも,たとえば分益虚制の場合のよう に過渡的地代であることもある。また,過渡的地代でも金納が原則だが,場合 によっては物納形態もあるから,封建制皮の存続を前提としなければ物納地代 は存在しないということはないのだから,これを以て:その棺標とは∴なし得な い。更に,地主に対するものが直接生産者たる小作人であることも論証にはな らない。「過小農経営が小作地においでおこなわれるばあい」でも地主に対す るものは直接小作人だから,地主に対するか,資本家に対するかという区別で ほ指標にならない。この様に,大内氏は論じて∴「地代はいうまでもなくたん

なる自然の贈物ではなぐて+定の社会的関係の所産であるから,地代が封建地

代であるか過渡的地代であるかほ.,何よりもその地代がいかなる社会関係ない しは生産関係のもとに実現されているか紅よって区別されなけれほならないこ とはいうまでもない。いいかえるならば,土地所有者と生産者との関係が,封 建的な関係であるかあるいは近代的な関係であるかという点こそが,地代の本 37)同上,19ぺ一汐。

(18)

尊封建地代論 ・−65・−− 質を決定する基本的な要件であろう。」38)と述べ,更に,大内氏は,櫛田民蔵氏 の「農業問題」(全集8巻一新版)の1節をひきつつ,次のように言う。「土 地所有者と桝作者との封建的関係といえぼ,何よりも両者のあいだに身分的差 別があり,耕作者は人格的自由をみとめられないというのがその基本的特色で あるのに対して,近代的な関係はこの両者がいちおう対等な人格となってお り,契約関係をつうじて結ばれている,という点に.特色がある。別の言葉 でいえば,地代がいわゆる『経済外的強制』によって実現されているか,それ とも経済的な諸関係によって実現されて:いるか,が基準にならなければならな いのである。」89)と。 この大内氏の論点は,前述の鈴木民の,封建地代の指標は『経済外強制』と 『剰余価値またほ剰余労働の通例的形態』の2つでその・一・方を欠いても封建時 代の指標たり得ない,とする意見と,矛属するかの如き感を与える。しかしな がら,鈴木氏の場合といえども,大内民がここで問題にしている農地改革以前 の日本の小作農の支払った地代に関しては,『資本論』中の『分割的土地所 有』に関する規定のうらの,『過小農経営が小作地において−なされる』借地農 民紅関する章句に該当するものとなされている。しかも,鈴木氏の行論におい ては,「『分割的土地所有』の指標としては『土地の自由所有』すなわち『経 済外強制』からの解放のみをとりあげるものである。」40)から,鈴木,大内両氏 の間に矛盾がないことほ明らかであろう。 Ⅴ この様な講座(新封建)・労農両派の対立・論争の間において,独自の解釈を 以て登場したのほ.,故栗原百寿氏であり,それはその著「農業問題入門」41)に おいて’集約的に示されている。 すなわち,氏によれば,「『資本論』においては,封建的な地代形態から資 本主義的な地代形態への過渡的地代形態として,分益制度と地主経営と分割地 38),39)同上,21ぺ」−ジ。 40)鈴木,前掲論文,16ぺ・−汐。 41)1955年3月。

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香川大学経済学部 研究年報 2 ヱタ♂2 −66− 所有との3っの形態が指摘されている。このうち,分益制度と地主経営とは ただ簡単に言及されているにすぎない。しかし,この分益制度と地主経営との うち,分益制度ほ理論的にはいわば分割地所有と地主経営との中間形態をなす ものであってニ,分割地所有に対する対極形態は地主.経営に外ならない。」42)とし て:,分割地所有とともに.地主経営の形態を分析する必要があるとなし,地主経 営紅ついて,民ほ,論ずる。それは,「土地所有にもとづいて.,連接生産者の 金利余労働が,同時に全生産用具の所有者であるところの土地所有者によって 値按的に占取されるという地代形態,すなわち一・般的に地主経営にもとづく地 代形態」であり,したがって,直接生産者が生産用具を一所有している農奴制と ほ,「全く別儀の系列において’位置づけられている」「1つの特殊な過渡的地 代形態」であるから,「歴史的には,いわゆる再編農奴制を出発点として,所 有地経営から、ユンケル経営へと発展してゆくとこ.ろの,農業の資本主義的進化 のプロレヤ的な道において見出されるものである。」43)と。 ところで,氏の議論の第1の特徴ほ「過渡的地代」をはっきりみとめて:いる ことである。すなわち,民は,分割地所有及び地主経営において見出し得る, 封建的地代と資本主義的地代の中間的存在である「過渡的地代ほいかに規定さ れるであろうか一」としてニ,次の様にいう。 「地代範疇と地代形態とを瞳別して,地代範疇としては封建的地代と資本主義 的地代の2つに限定し,過渡的地代形腰をふくめて,地代形態とはただ両地代 範疇のそれぞれいずれかの諸段階にすぎないと規定するならば,過渡的地代の 性格といってこも,それらを封建的もしくほ資本主義的のいずれかの地代範暗に おしこめるだけのことにすぎないであろ・う。 しかしながら,『資本論』において,『近代的土地所有形態』といい,『本 源的な地代から資本主義的地代への過渡的形態』といわれて.いるように,地代 形態という言葉ほ封建的地代そのものにも,資本主義的地代そのものにも,範 疇的意味で使用されるものである。また,封建的地代および資本主義的地代がそ れぞれ歴史的に基本的両範疇をなすことはいうまでもないが,それだからとい 42)同書,134ぺ−汐。 43)同乱137ぺ−汐。

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半封建地代論 −・67−・・ って,歴史的にも形態的にも両者の中間の過渡的地代形態をすべて封建的か資 本主義的かのいずれかの地代範疇に割りきらなけれぼならないということほ, そもそも過渡的段階を事実上全く否定することでなけれはならない。 一・方に本来の封建的地代形態があり,他方に本来の資本主義的地代形態があ って二,しかもすでにみたように,その間の『直接的転化』が行われえないので あるから,そこに多かれ少かれ−・定の過渡期があり,なんらかの媒介的な過渡 的地代形態が形成されるのほ,当然のことである。そして,その過渡的形態は もちろん本来の封建的形態ともまた本来の資本主義的形態とも異なった中間的 なものでなけれほならないであろう。 しかしながら,過渡的地代形態は.また,本来の封建的地代が漸次的に分解す るとともに,本来の資本主義的地代の簡芽が次第に形成されてくるところの, 過渡期における地代の諸形態であって,−・方でほ封建的地代の分解的転化形態 であるとともに,他方ではまた資本主義的地代に転化してこゆく先行形態をなす ●●●●●●●● ものに外ならない。その意味で,過渡的地代形態は−・般的に半封建的であると ともに前資本主義的であるものとして位置づけられるのである。 もちろん,過渡的地代の諸形態が−・般的に半封建的であるとともに前資本主 義的であるということは,それが過渡的であるというのと同様の位置づけ的規 定であっで,それらがそれぞれ劇応それ自体として.は独自の地代形態を形成し ていることを否定するものではない。ただ,それ自体としては.・劇応いかに独自 の地代形態を形成してこいても,それらがとにかく封建的地代の資本主義的地代 への移行の過程において成立し,その移行を媒介し,その移行の中間項を形成 するかぎりにおいて,それらは過渡的地代形態に外ならないのであり,そして二 ●●○●●●○●○●●○…●○●●● またそのかぎりにおいて,半封建的であるとともに前資本主義的であるという 位置規定をうけるのである。」44)と,従来の講座派(新封建派)に対立して.明確 に過渡的地代の−・般的意義を確定した後,分割地所有,地主経営が前資本主義 的であると同時に半封建的である所以を述べてこいる。 いわく,「分割地所有は.,一一・方では,それが封建的隷従関係から解放された 小経営的生産様式に対応する土地所有形態であるかぎり,必然的に分解して資 44)同番,140−1ぺ−ジ。傍点は家名田。

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香川大学経済学部 研究年報 2 ーー6鳩 − ヱ962 本主義的土地所有に転化するものとして,前資本主義的である。 しかし,分割地所有はまた,他方では,それがともかくも小経営的土地所有 として二存魔しているかぎり,その不可歓の支柱である農業と家内工業との結合 および農村共同体的諸関係の残存をつなぎとめるものとして,何等かの程度の 封建的な束縛と保護の退制が予想されるのであって,その意味においてほ半封 建的と呼ばれうるものである。」45)と。 ところで,上述のように,レJ\経営的生産様式そのものの最後の歴史的形態 としての分割地所有ほ,まさに半封建的と呼ばれうべきものでなければならな い」のだから,「小経営的生産様式がなお資本主義的生産棟式によってニアク

000●00000●

フへ−ペンされずに存続して言いる社会は『多かれ少かれ半封建的』社会なの である。それゆえ,小経営生産様式の存続そのものが,少くとも半封建的社会 を前提とする」46)ことになる。 然るに,氏によれぼ,分割地所有に対極的な地蓮.経営ほ,農奴制→グ−ツブ ィル†シャフト→・ユンケル経営の系列を意味するのであるが,その到着点であ るプロジャ的なユンケル経営について,戌ほ,次の様にいう。「『蔽うところ なき資本主義的経営』である。しかし,それほまた,『立法と慣習とによって 確認された事実上の半農奴制』に立脚しているところの,半農奴制的な,それ ゆえまた半封建的な,経営であるのである」から,「再編農奴制を出発点と してグ−ツ経営からユンケル経営へと発展するところの地主経営の系列は 半農奴制的な資本主義的地主経営の形成過程として,半封建的であるとともに 前資本主義的な過渡的地代形態の1つとして,」「等しく過渡的地代として」 −・捺されることになるのである。 しかしながら,同時に,分割地所有と地主経営とが対極をなすといわれるの は如何なる瑠/由に基くのであろうか。氏によれば,「分割地所有が小経営的生 産様式の最も適当した土地所有形態であるかぎり,それが必然的に前資本主義 的であるのは明瞭である,しかし,分割地所有が半封建的であるという規定は, 直接的ではなくて間接的であり,第1次的でなく第2次的である」。ところで, 45)同苔,143ぺ−ジ。 46)同苔,144ぺ一汐。傍点は家名田。

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ヰ封建地代論 ・−69− 「地主経営そのものの場合に・ほ,それ自体としてほきわめて濃厚に農奴制的で あり,あるいはむしろ奴隷制的でさえある。それゆえ,地主経営が半封建的で あるという場合には,分割地所有が半封建的であるのとほ.まさに逆の意味にお いて,その半封建的である意義と根拠とが明かにされなけれはならない。」と なして,民は次の様にいう。「地主経営が半封建的であるのほ,外ならぬそれ

の発展系列的な位置規定によるものである。地主経営の発展系列は,本来

の封建的地代の発展系列とは対立した内容のものであり,本来の封建的地代の 発展系列の終ったところに発生したものである9 …しかも,その地主経営の 発展系列の終点ほ.ユンケル経営であって,半農奴制的搾取をともないながら も,明確な資本主義経営である。そのかぎり,地主経営の発展系列ほ,本来の 封建的諸関係の分解の系列であり,その資本主義的転化の系列である。それゆ え, 基本的には資本主義的分解の地主的な系列であり,そのかぎりにおい て前資本主義であるとともに半封建的なのである。それゆえ,等しく半封建的 な過渡的地代ではあっても,分割地所有と地主経営とでは,前者ほ小経営的生 産様式にもとづく農民的な発展系列であり,後者は大経営にもとづく地主的発 展系列であって,それぞれ下からの革命的な道および上からの改良的な道とし て,両極的に.対立するものである。」47)と。 さて,以上の様紅,過渡的地代形態としての分割地所有と地主経営の歴史的 位置を確定した栗原氏は,次いで,当面問題の寄生地主制に関する議論を展開 する。先ず,『資本論』においてほ.,分益制度が論ぜられているが,これは, 分割地所有と地主経営のいわば中間形態であるから,特別紅検討の必要ほない として.,これを省略し,然る後,過渡的地代形態のもう1っとして,寄生地主 制を挙げる。ここで,氏は一,これが『資本論。塁で論ぜられている3っの基本的な過 渡的地代形態にくらべれば,いわば第2次的な特殊形態ではあるが,分割地所 有との関連において届要なりとして,かなり詳細に論じて:いる。 先ず,氏は,寄生地主制または寄生地主的土地所有という範磁は,必ずしも その規定が明瞭ではないが,「それはともかくも−・方では地主経営の形態に対 立するとともに,他方では前期約な商人高利貸蚕本の転化形態である。」と定義 47)同乱14ト8ぺ−・汐。

(23)

香川大学経済学部 研究年報 2 J962 ・−クり− し,次いで,その成立の過程を論じて次の様にいう。すなわち,商人資本を横 杵とする商品経済の診透を前提としつつ,−・方におけるこれらの商人資本の封 建領主への吸着及びその地代徴集権の蚕食,他方に.おける隷従農民の小経営生 産様式の発展,それにともなう商品生産の発展といった事態が展開するなか で,高利貸資本による農民搾取という現象が起きてこくる。しかも,その場合, 「そこに資本主義的生産様式が実存して労働力にたいする広汎な市場が開けてこ いるという条件の欠如する商人資本の段階においては,事実上の農民的土地所 有を喪失した農民たちほ直ちに資本主義的労働者に転化することができず,依 然として旧来の耕作農民として,1皮び喪失した農民的土地所有を高利貸的条 件のもとで再び借受けて耕作を続けざるを得ない。高利貸資本は寄生地主に.転 化し,封建的隷従農民はそのまま同時にその小農的借地農に転落するのであ る。」d8)と。そして,「このような寄生地主的土地所有が封建社会において事実 上広汎に形成される段階に.おいては,償主的な封建土地所有自身もまた単 なる借地鹿渡者に対する『純粋な貨幣関係』に転化するのである」。更に,こ の封建的土地所有ほ「−・方では−・定の適当な諸条件のもとでほ漸次的に.近代的 な資本主義的大土地私有に転化してゆくとともに,他方でほまた自由な分割地 所有に転化して:ゆく。それゆえ,封建的社会において,高利貸的な寄生地 主的土地所有が事実上広汎に形成されるとき,それほ同時に,一・方でほ近代的 大土地私有の筋芽形態と他方でほ自由な分割地所有と並存するに至るものであ る。そして,寄生地主的土地所有のより一層の発展は,いまや外ならぬこ の自由な分割地所有にたいする蚕食として急速に繁茂するととも軋,多かれ少 かれ領主的な『純粋に貨幣関係的な』土地所有と蓼透しあって,ある場合に は,本来の前期資本的土地所有として,虚業の資本主義的発展を全般的に停滞

●●00●●00000●●00

させ阻害してゆくとともに,ある場合紅は,資本主義的発展に適当な諸条件が 0 0 ● ● ○ ● ● ● ○ ● ● ● 0 0 ● ○ = … 0 0 0 ● ● 0 0 ● ○ ● ● 存在する場合には,農業の資本主義的発展とともに,漸次近代的な資本主義的 ○●00●●●00●○

=● 土地所有に転化してゆくのである。」伯)と氏は論ずる。要するに,氏によれば,

寄生地主制ほ.「本来の農民的土地所有ときわめて密接に対応するものであ」 48)同番,154ぺ」一汐。 49)同書,156−7ぺ−・汐。傍点ほ家名田。

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単封建地代論 ・−アブー・ り,従って,「−農民的土地所有が従来の封建的隷従諸関係から開放されて自由 な分割地所有として確立し,従って処分の自由もまた終局的に確認されるなら ば」,寄生地主制ほ公然と名実ともに確立するというのである。であるから, 「分割地所有がすでにみたような意味で前資本主義的であり半封・建的であるの と同様の意味に∴おいて−」,寄生地主.的土地所有乃至寄生地主制は,前資本主義 的にしてかつ半封建的なものである,と民は結論するのである。 ⅤⅠ この様な特徴的な分割地所有論と寄生地主制論に.ついてこほ,平田清明氏が鋭 く批判50)を加えた。即ち,既に.よれほ,「資本論第8巻第47章第5節で明示さ れてこいるように,分割地所有は『農村的家内工業』を欝1の『正常な補足』と なし,『分割地経営に家畜の飼養を可能ならしめる共有地』を『欝2の補足』 とするものであり,栗原氏のいうように・,『農業と家内工業との結合および農 村共同体諸関係の残存』を『不可欠の前提条件』とするものであるこ.とはまち がいないのであるが,そして.この『不可欠の前提条件』が『なんらかの程度の 封建的な束縛と保護の通観』を『予想=召するものであったにしても,分割地所有 範疇の『過渡的』性格は,これらの『前提諸条件』やそれ紅附随する『遥制』 から規定されるものではなぐて∴すでに・くりかえしのべたように,分割地所有そ のものの地代論的概能から規定されるのである。」叫と。つまり,「『過渡的地代形 態』としての分割地所有の『過渡的』性格は,基本的に」はすでに見たように.,貨 幣を支出して土地を購入することが,−・方では,土地の非所有から生ずる経済外 強制と地代収奪の重圧から離脱することであり,農民の『人格的自立性の発展の ための基礎』→『自由な個性の発展のための1つの必要条件.』であると同時に, 『農業そのものの発展のための必要な1経過点であり』,この意味で『小経営 のための土地所有の最も正牒な形儲』であるにかかわらず,他方でほ『生産 50)「分割地所有と地代範疇」,山田盛太郎編,釘′変革期における地代箱疇』,1956年9月, 269−88ぺL−汐。 51)同番,283ぺ−ジ。

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香川大学経済学部 研究年報 2 一 久2− ∫962 手段の範囲を減少させ,したがって再生産の基礎を狭睦化させる』ことに.よっ て,『労働の社会的生産諸力の発展,労働の社会的諸形態,諸資本の社会的集 鏡,大規模な牧畜,科学の累進的応用を排除する』ものであるからこそ,小 経営的生産様式の商品怪済としてこの−・定の発展のなかで分割地的小土地所有 は資本制的大土地所有に止揚されねぼならない,というこ.とに.はかならない。 分割地所有の『過渡的』性格は,あくまでも,地代論的に把捉されねばならな い。」52)というのが,氏の基本的な視角である。従って:,「(栗原氏のように一 家名田−)小経営的生産様式における分割地所の2重の一相対立する一機能,こ・ の2者斗争的な両契機に.よって’規定されて.いる分割地所有範疇の自己矛盾的 存在構造を,たんに.土地『処分の自由月の問題に.狭小化してご,その機能を『寄 生地主.に搾取の対象を確保してやり,その搾取の自由を公認して,寄生地主的土 地所有を名実ともに公然と確立させること』に局限サーるのほ.,分割地所有のき ●●○● わめて:機械的1面的な理解といわねばならない。また,分割地所有の自己矛盾 ●●●●● 的存在構造の地代論的把握なしに,『土地価格の高騰と農産物価格の低落』か らただちに.『分割地農民の一・般的没落』を規定するのも,同様のそしりを免が れない。」58)と。平田氏はこれ以外にも栗原氏の論点に対し批判を加えている が,その批判の中心点は正に.上述の議論紅つきているといってよい。この平田 氏の批判は直接に寄生地主剃=半封建地代に.関するものではないが,戌の属す ると考え.られる講座派理論の特徴をよくあらわしているというべきであろう。 戦後に.おける寄生地主制=半封建地代論の口火を切った小池基之氏は,約10 年の後,『地主制の研究』54)を著して,氏自身の見解を確立するとともに,諸 家の見解を批判し,反批判するところがあった。以下,当面の議論に.関係する 範囲内で若干遜れてみよう。 先ず,栗原氏の議論に対してほ,はば平田民の栗原批判と同じ論旨で批判を 加えている。すなわち,「資本制生産の端緒ほ,独立自営農民層=分割地 農民層の解体のうちに.,形成される。分割地所有・分割地農民なる緯疇ほ,か

かる過程において把えらるべきである。それは,独立自営農民によって自ら獲

52)同‥番,282ぺ−汐。 53)同番,284ぺ一汐。傍点ほ家名田。 54)1957年7月。

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半封建地代論 一乃,一− 得された自由な農民的土地所有として,したがって封建的土地所有の体制的解

体の1所産として,元来地代諭的範疇である。そして,その解体から資本関係

がうち出されるものとして:,過渡的形態である。そして分割地農民=分割 地所有の,・・過渡的陸路と固定的性格とほ,まさに.,小経営紅とって自由な 農民的所有が直接生産者たる農民自身の人格的自立性の発展のための基礎をな し,社会的生産の自由な発展のための必要な条件であるとともに,農業そのも のの発展のための必要な経過点であるということ,しかも同時に,それは労働 の社会的生産力の発展,労働の社会的諸形態,諸資本の社会的集積に.対して, それ自身制限を示すということ,いわば本源的蓄積過程なるものは.直接的生産 者の封建的従属からの解放と,労働諸条件からの直接的生産者の分離という, 相矛盾した2面をもつということに照応しての,分割地鎧民=三分割地所有の必 然性と限界性との,2っの顕現の態様にはかならないのである。」5∂)と。つま り。氏に.よれば,「分割地所有ほ農民的土地所有−・般と同志義でない」。そし て「寄生地主的土地所有が成立するためにほ,土地が事実上の農民的土地所有 として,農民自身が事実上処分し得る財産として,新たな搾取の対象となるこ とが前提とされることは.,勿論である」。しかし,「それを直ちに分割地農民の 形成紅おきかえ」ることは出来ない。もしそれを行えば,「本来,段階的に, またその系列把‥おいて:異なる寄生地主的土地所有と分割地所有とが,ここでは 同列におかれていることになるであろう。寄生地主的土地所有と農民的土地所 有とは対抗的関係に‥おかれているのであって,寄生地主的土地所有のもと で分割地所有の形成が本来的に抑圧されてせ」呵た点が重要であるのだという のが,小池氏の栗原批判の中心点である。 小池氏ほまた鈴木氏並.びに大内氏紅対して明快な反批判を行った。その論旨 ほ講座派理論の本質を明確に示し,労農派理論との食い違いを適確に表示して: いて興味深い。 氏はいう,「F地代がいわゆる“経済外強制”によって:実現されているか,そ れとも経済的な諸関係によって実現されているか』が,『地代が封建地代なり 55)同書,11−3ぺ一汐。 56)同音,18ぺ一一ジ。

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