ISSN 1344-8692 Vol.41 No.168
伝 熱
Journal of the Heat Transfer Society of Japan
◇伝熱学会40周年記念号シリーズ
<歴代会長特集号>
「伝熱」原稿の書き方
How to Write a Manuscript of Dennetsu
伝熱 太郎(伝熱大学) Taro DENNETSU (Dennetsu University) 1. はじめに 以下の注意事項に留意して,原稿を作成すること. 2.「伝熱」用原稿作成上の注意 2.1 標準形式 原稿は Microsoft Word 等を用いて作成し,図や写 真等は原稿に張り込み一つのファイルとして完結 させる.原稿の標準形式を表 1 に示す. 表 1 原稿の標準形式 用紙サイズ A4 縦長(210mm×297mm),横書き 余白サイズ 上余白 30mm,下余白 30mm 左余白 20mm,右余白 20mm タイトル 1 段組,45mm 前後あける (10 ポイント(10×0.3514mm)で 8 行 分) 本文 2 段組,1 段 80mm,段間隔余白 10mm 活字 10 ポイント(10×0.3514mm) 本文 (Windows) MS 明朝体 (Macintosh) 細明朝体 見出し (Windows) MS ゴシック体 (Macintosh)中ゴシック体 英文字・数字
Times New Roman または Symbol 1 行の字数 1 行あたり 23 文字程度 行送り 15 ポイント(15×0.3514=5.271mm) 1 ページあたり 45 行 ただし,見出しの前は 1 行を挿入 2.2 見出しなど 見出しはゴシック体を用い,大見出しはセンタリ ングし前に 1 行空ける.中見出しは 2.2 などのよう に番号をつけ左寄せする.見出しの数字は半角とす る.行の始めに,括弧やハイフン等がこないように 禁則処理を行うこと. 2.3 句読点 句読点は ,および .を用い, 、や .は避 けること. 2.4 図について 図中のフォントは本文中のフォントと同じもの を用いること. 2.5 参考文献について 2.5.1 番号の付け方 参考文献は本文中の該当する個所に[1],[2,4], [6-10]のように番号を入れて示す. 2.5.2 参考文献の引き方 著者名,誌名,巻,年,頁の順とする.毎号頁の 改まる雑誌(Therm. Sci. Eng.など)は巻-号数のよう にして号数も入れる.著者名は,名字,名前のイニ シャル.のように記述する.雑誌名の省略法は科学 技術文献速報(JICST)に準拠する.文献の表題は省 略する.日本語の雑誌・書籍の場合は著者名・書名 とも省略しない. 参考文献 [1] 伝熱太郎,伝熱花子,日本機械学会論文集 B 編, 80-100 (1999), 3000-3005.
[2] Incropera, F. P. and Dewitt, D. P., Fundamentals of Heat and Mass Transfer, John Wiley & Sons (1976).
[3] Smith, A. et al.,Therm. Sci. Eng., 7-5 (1999) ,10-16. [4] 山田太郎,やさしい伝熱,熱講社 (1980). 原稿作成用のテンプレート(MS-WORD)は下記 の伝熱学会のホームページよりダウンロードでき ます. 伝熱学会のホームページ http://www.htsj.or.jp/ または学会誌「伝熱」のホームページ 会告・記事のテンプレート http://www.htsj.or.jp/den_guide.html 転載許諾願申請フォーム
Vol. 41 2002 No. 168 May
伝 熱
目 次
〈歴代会長からのメッセージ〉
歴代会長特集号の発刊にあたって · · · 河村 洋(東京理科大学)· · · 1 歴代の会長・副会長 · · · 2 第 1 期会長 小林 明 ·· · · 3 · · · · · · 第40期会長 藤田 恭伸 · · · 42〈追悼〉
新井紀男 教授を偲んで · · · 加藤 征三(三重大学)· · · 43 追悼 笹口健吾助教授 · · · 井村 英昭(熊本大学)· · · 44〈支部活動報告〉
東海支部活動報告 · · · 桑原不二朗(静岡大学)· · · 45 東北支部活動報告 · · · 橋爪 秀利(東北大学)· · · 46〈行事カレンダー〉
· · · 47〈お知らせ〉
「伝熱」会告の書き方 · · · 49 事務局からの連絡 · · · 50 日本伝熱学会入会申し込み・変更届用紙 · · · 52 日本伝熱学会賛助会員入会申し込み・変更届用紙 · · · 53 インターネット情報サービス ●http://www.htsj.or.jp/ 最新の会告・行事の予定等を提供 ●[email protected] 事務局への連絡の電子メールによる受付Journal of The Heat Transfer Society of Japan
Vol.41, No.168, May, 2002
CONTENTS
< Message from Successive Presidents >
Special Issue on Record of Successive Presidents of HTSJ
Hiroshi KAWAMURA (Tokyo University of Science) · · · 1 List of Presidents and Vice-Presidents of HTSJ · · · · 2
1st President: Akira KOBAYASHI · · · 3 · · ·
· · ·
40th President: Yasunobu FUJITA · · · 42
<Memorial Tribute>
A Reminder of Our Deceased Friend: the Last Prof. Norio ARAI
Seizo KATO (Mie University) · · · 43 In Memoriam of Associate Professor Kengo SASAGUCHI
Hideaki IMURA (Kumamoto University) · · · 44
<Report of Branch>
Report of Tokai Branch
Fujio KUWAHARA (Shizuoka University) · · · 45 Report of Tohoku Branch
Hidetoshi HASHIZUME (Tohoku University) · · · 46
<Calendar>
· · · 47歴代会長特集号
歴代会長特集号の発刊にあたって
−我が国伝熱研究の「人」の記録として−
Special Issue on Record of Successive Presidents of HTSJ
日本伝熱学会副会長(編集担当) 河村 洋(東京理科大学) Hiroshi KAWAMURA (Tokyo University of Science)
本学会は 今期,伝熱研究会の発足から起算して,創立40周年を迎えました.そのため学会として は,10年間を一つの節目として,この期間の伝熱研究の進歩を記録しておくことが重要であるとの結 論に至りました.そこでまず,この10年間に進展が大きかったと思われるいくつかの研究分野につい て,その進展を振り返り記録する特集号を,前号と前々号に組み,すでにお届けをさせていただきまし た.これらを見ますと,たしかにこの10年間の,我が国,あるいは世界の伝熱研究の進展に関する貴 重な記録となっております.ご多忙な中をご執筆いただきました各位には,あつく御礼を申し上げます. なお,10年前の30周年にも同様の意図で特集が組まれておりまして,これらを蓄積していくことに より,世界的にもユニークなわれわれの伝熱学会が,その役割の一つをはたしてゆけると存じます. 本号で企画させていただいたのは,歴代会長の記録であります.上記の研究特集が研究内容の記録で あるとしますと,こちらは,伝熱研究に携わった「人」の記録であるといえます.40年という歳月は, 個々の人間の一世代よりは短い期間ではありますが,職業人としては,ときに三世代にわたる期間であ ります.そのためこの機会に,歴代会長のお名前をお借りして,我が国の伝熱研究に携わった「人」の 記録を残させていただきたいと考えました.このような企画にはおしかりを受けそうな先生のお顔も浮 かびましたが,上記の意図をご理解いただけるものと確信してお願いを致しました.さいわい,すべて の歴代会長から,あるいは物故されている場合はお近いご関係にあられた方々から,貴重なご提言やご 回想をいただくことが出来ました.ここに,あつく御礼を申し上げます.また,大半のお写真もそろえ ることが出来ましたのは,大変ありがたいことでございました.私も,お名前だけでお顔を存じ上げな かった何人かの先生方のお顔を,今回はじめて拝見しました.お顔を知ることにより,その方のご研究 を,より深く理解できる気がいたします. 本号に寄せられた文章を拝見しますと,伝熱の研究に携わってこられた先生方が,いかに伝熱研究を 大切にされ,それをときにきびしくときに暖かく伝え育てようとして来られたかが強く感じられます. その意味で,今回の特集は,期せずして,我が国の伝熱研究の「心」の貴重な記録にもなっているので はないかと思います. 最後に,これらの特集記事を企画され,労をいとわず多数の記事やお写真の収集にあたられた瀧本編 集部会長(金沢大学)をはじめとする編集委員各位に心からの感謝を申し上げます.
歴代会長記念号
歴代会長・副会長
期(年) 会 長 副会長 1(S37)小林 明(豊田中研) 橘 藤雄(東京大学) 2(S38)抜山四郎(東北大学) 橘 藤雄(東京大学) 3(S39)矢木 栄(東京大学) 内田秀雄(東京大学) 4(S40)棚沢 泰(東北大学) 内田秀雄(東京大学) 5(S41)西脇仁一(東京大学) 甲藤好郎(東京大学) 6(S42)菅原菅雄(京都大学) 水科篤郎(京都大学)、 甲藤好郎(東京大学) 7(S43)山県 清(宇部高専) 佐藤 俊(京都大学)、 植田辰洋(東京大学) 8(S44)坪内為雄(東北学院大) 西川兼康(九州大学)、 植田辰洋(東京大学) 9(S45)橘 藤雄(東京大学) 一色尚次(東京工業大学)、国井大蔵(東京大学) 10(S46)斎藤 武(北海道大学) 小笠原光信(大阪大学)、国井大蔵(東京大学) 11(S47)小笠原光信(大阪大学) 頼実正弘(広島大学)、 平田 賢(東京大学) 12(S48)内田秀雄(東京大学) 前田四郎(東北大学)、 平田 賢(東京大学) 13(S49)水科篤郎(京都大学) 牧 忠(名古屋大学)、平田 賢(東京大学) 14(S50)杉山幸男(名古屋大学) 甲藤好郎(東京大学)、 一色尚次(東京工業大学) 15(S51)西川兼康(九州大学) 泉亮太郎(名古屋大学)、一色尚次(東京工業大学) 16(S52)佐藤 俊(京都大学) 武山斌郎(東北大学)、 片山功蔵(東京工業大学) 17(S53)森 康夫(東京工業大学) 長谷川修(九州大学)、 片山功蔵(東京工業大学) 18(S54)甲藤好郎(東京大学) 岐美 格(京都大学)、 棚澤一郎(東京大学) 19(S55)国井大蔵(東京大学) 関 信弘(北海道大学)、棚澤一郎(東京大学) 20(S56)小林清志(静岡大学) 山家謙二(IHI)、 秋山 守(東京大学) 21(S57)青木成文(東京工業大学) 大谷茂盛(東北大学)、 秋山 守(東京大学) 22(S58)植田辰洋(東京大学) 松本隆一(神戸大学)、 齋藤孝基(東京大学) 23(S59)武山斌郎(東北大学) 藤井 哲(九州大学)、 齋藤孝基(東京大学) 24(S60)岐美 格(京都大学) 平田 賢(東京大学)、 小竹 進(東京大学) 25(S61)長谷川修(九州大学) 堀 雅夫(動燃)、 小竹 進(東京大学) 26(S62)大谷茂盛(東北大学) 石黒亮二(北海道大学)、越後亮三(東京工業大学) 27(S63)平田 賢(東京大学) 藤掛賢司(豊田中研)、 越後亮三(東京工業大学) 28(H 1)藤井 哲(九州大学) 相原利雄(東北大学)、 黒崎晏夫(東京工業大学) 29(H 2)石黒亮二(北海道大学) 鈴木健二郎(京都大学)、黒崎晏夫(東京工業大学) 30(H 3)小竹 進(東京大学) 架谷昌信(名古屋大学)、井上 晃(東京工業大学) 31(H 4)藤江邦男(新明和工業) 伊藤猛宏(九州大学)、 井上 晃(東京工業大学) 32(H 5)棚沢一郎(東京大学) 坂口忠司(神戸大)、 仲田哲郎(IHI)、 土方邦夫(東工大) 33(H 6)中山 恒(東京工業大) 福迫尚一郎(北海道大)、 坂本雄二郎(神戸製鋼)、土方邦夫(東工大) 34(H 7)相原利雄(東北大) 林勇二郎(金沢大)、 鳥越邦和(ダイキン)、 齋藤彬夫(東工大) 35(H 8)越後亮三(東京工業大) 荻野文丸(京都大)、 曽田正浩(三菱重工)、 齋藤彬夫(東工大) 36(H 9)長島 昭(慶応義塾大) 藤田恭伸(九州大)、 塩冶震太郎(IHI)、 飯田嘉宏(横国大) 37(H10)黒崎晏夫(東京工業大) 荒木信幸(静岡大)、 柘植綾夫(三菱重工)、 飯田嘉宏(横国大) 38(H11)鈴木健二郎(京都大) 吉田 駿(九州大)、 飯野利喜(日立)、 庄司正弘(東京大) 39(H12)福迫尚一郎(北海道大) 熊田雅弥(岐阜大)、 大隅正人(三洋電機)、 庄司正弘(東京大)第1期 会長
第1期 会長
1st President小林 明 先生
Akira KOBAYASHI 昭和 36 年 11 月∼昭和 38 年 5 月 【会長当時の所属(略歴)】 豊田中央研究所取締役所長 昭和 34 年 4 月 1 日 名古屋大学工学部長 ∼昭和 36 年 3 月 31 日 昭和 36 年 4 月 1 日 定年退官 昭和 36 年 4 月 豊田中央研究所取締役所長 昭和 36 年 5 月 22 日 名古屋大学名誉教授 【ご逝去の年月日】 平成2年6月27日 【連絡先】 岐阜大学名誉教授 志水 昭史 住所:各務原市鵜沼山崎町9の 121 TEL & FAX:0583-84-0807 E-mail:[email protected] 思い出話 小林明先生について何か想いでを書いてもらえ ないかとの依頼をうけましたので、先生が名古屋 大学に在籍されました頃の古い記憶を辿ってみま す。 小林先生の旅順工科大学時代から1945年ま でのご研究の中心は、エンジンの冷却特性をベッ セル関数などを用い解析的に求めるものでした。 これら一連の研究について「航空エンジンの性能 向上に貢献できた」と、往事を懐かしんでおられ ました。敗戦後は研究の重点を、エンジンを含め た自動車工学に移され、点火栓や動弁機構の特性 はじめ、パワートレーンから車体の振動にわたる 広範な分野の研究を精力的に進められました。 また、ご研究のほか工学部長など数多くの要職 を歴任され、出張から夜行列車で帰ったその足で 教室へ直行されることも珍しくなく、講義用の大 部の資料もそんな列車の中で書いておられました。 このように教育研究に励まれ、貴学会の初代会 長を勤められました小林明先生も他界されてすで に12年、伝統ある貴学会の今後一層の発展を祈 念いたします。 岐阜大学名誉教授 志水昭史第 2 期会長
第2期 会長
2nd President抜山 四郎 先生
Shiro NUKIYAMA 昭和 38 年 6 月∼昭和 39 年 5 月 【会長当時の所属】 東北大学工学部機械工学科 【ご逝去の年月日】 1983年7月2日 【連絡先】 熊谷 哲 住所:〒980-8579 仙台市青葉区荒巻字青葉 01 東北大学大学院工学研究科 機械知能工学専攻 TEL & FAX:022-217-6932 E-mail:[email protected] 思い出話 抜山四郎先生語録(抄) 千葉 徳男 1. コーヒーを飲むとき、砂糖を先に入れろ、掻 き廻す手間が省ける。 2. 研究費は要らない。あれば研究しなければな らないから。一生に一つ位はいい論文を書き、 それだけを発表したい。 3. 下手な研究者は註文屋になる。実験を始めよ うとすれば、物の足りないことに記がつく。 註文する。また足りない。註文・・スタート なし。 4. 実験は毎日するものだ。たとえ、それが単に 実験台のホコリを掃うことであっても。 5. 一度や二度の失敗を恐れずに、何度でも、挑 戦しなければならない。最初に間違いのある のに気がつかず、頑張りつづけるのを頑迷と いう。 6. もし、天国と地獄があるならば、死んだら地 獄に行きたい。何の不自由のない天国では、 退屈で仕方がないだろう。 7. 弘法大師は字が上手だから筆を選ばなかっ た。下手なうちは立派な道具を使え!第 3 期会長
第3期 会長
3rd President矢木 栄 先生
Sakae YAGI 昭和 39 年 6 月∼昭和 40 年 5 月 【会長当時の所属】 東京大学工学部化学工学科教授 【ご逝去の年月日】 平成3年7月15日 【連絡先】 大島 榮次 東京都目黒区目黒 3-10-23 TEL: 03-3711-7010 FAX: 03-3711-6049 E-mail: [email protected] 矢木先生の思い出 矢木栄先生は、昭和3年に東京帝国大学工学部 応用化学科を卒業され、一時信越窒素肥料に行か れましたが、やがて東京帝国大学に戻られて亀山 研究室で赤外線に関する研究に従事されました。 東京工業大学助教授の頃MITに留学され、放射 伝熱の権威の Hottel 教授と共に燃焼の研究に従事 されました。 帰国後は東京帝国大学と東京工業 大学の教授を兼務され、両大学に化学工学科を創 設されることに尽力されました。 先生は、炉の 設計に関するバイブル的な教科書である「工業窯 炉」などの著作があり、日本燃焼研究会の会長、 あるいは政府のエネルギー専門部会や原子力特別 委員会など、熱およびエネルギー関連の研究と行 政の分野で活躍されましたが、後年の先生の守備 範囲は化学工学全般に及び、特にそれまでの単位 操作主体の化学工学には無かった反応工学、プロ セス工学という分野の先駆的な提唱者でもあり、 定年退官後は請われて千代田化工の副社長の重責 を務められました。 先生の守備範囲の広さは学 究的な分野に限らず、野球、スキー、テニス、ゴ ルフなど何でもこなすスポーツマンでしたし、当 時普通の車も高嶺の花であった頃にベンツで大学 に来られるモダンな先生でした。 (大島榮次)第4期会長
第4期 会長
4th President棚澤 泰 先生
Yasushi TANASAWA 昭和 40 年 6 月∼昭和 41 年 5 月 【会長当時の所属】 東北大学教授、工学部長 【ご逝去の年月日】 平成4年7月27日 【連絡先】 永井 伸樹 仙台市青葉区中山 9-4-8TEL & FAX:022-278-2771, 022-278-2709 E-mail:[email protected] 棚澤 泰 先生の思い出 棚澤 泰先生が昭和40年度の伝熱研究会会長 にご就任のころ、会員数はまだ少ないながらも伝 熱研究は飛躍の時期を迎えていました。数々の有 数な研究業績を挙げられた学究肌の棚澤先生は、 とくに工学と技術の関わり合いを重視するお考え を述べて研究会を指導されましたが、学会にその 後の隆盛をもたらした当時若手の錚々たる諸先輩 も、会長を心から敬愛しながら機会あるごとに酒 を酌み交わし、和気藹々とした雰囲気で伝熱研究 の将来を熱く語り合っておりました。 一方、会長就任と期を同じくして東北大学工学 部長に選出された棚澤先生は、当時膨張する大学 の用地確保のために計画された青葉城後背地(青 葉山)への総合的な施設移転を積極的に推進する 立場から、先鞭をつけて7月から工学部の移転を 実施し、今日の基盤を建設されました。また団塊 世代の学生が大学教育や社会との関わりを問うよ うになったときも、先生は明確な姿勢を貫かれて 学生に対処されました。 しかし一番記憶に残るのは、どんな激務にあっ ても、毎日必ず一度は薄汚れた白衣を羽織って研 究室を回る先生の後姿でした。 (文責 永井伸樹)
第5期会長
第5期 会長
5th President西脇 仁一 先生
Niichi NISHIWAKI 昭和 41 年 6 月∼昭和 42 年 5 月 【会長当時の所属】 東京大学工学部教授 【略歴】 昭和 51 年(1976) 4 月 株式会社西脇研究所設立 【ご逝去の年月日】 平成 4 年(1992) 1 月 25 日 【連絡先】 芝浦工業大学 システム工学部機械制御システム学科 平田 賢 宛 〒330-8570 埼玉県さいたま市深作 307 TEL:048-687-5173 FAX:048-687-5197 E-mail:[email protected] 西脇先生の思い出 昭和 28 年(1953)春、東京大学工学部機械 工学科の卒業論文で、西脇先生の研究室に配属さ れた。爾来 40 年間、親しくご指導を頂いた。当初、 与えられたテーマは「液滴の燃焼」であったが、 まず度肝を抜かれてのは「文献を読むな」と言わ れたことである。実験を重ねて、自分の目で何が 起こっているか現象をよく見て、自分の頭でよく 考えよということである。実験をしてさえいれば、 ご機嫌がよかった。 「問題はできるだけ簡単化して考えよ」、「現象 を 8 割支配するファーストタームを追え。セカン ドタームなんかどうでもよい(いずれ誰かがや る)」、「他人のやったことはやるな」、「65 点でい い、完璧を求めるな」等々、くりかえしくりかえ し研究の基本を叩き込まれた。未だに不肖の弟子 であり、忸怩たる思いである。 第 27 代会長 平田 賢(芝浦工業大学)第6期会長
第6期 会長
6th President菅原 菅雄 先生
Sugao SUGAWARA 昭和 42 年 6 月∼昭和 43 年 5 月 【略歴】 大正 10 年 3 月 京都帝国大学 工学部機械工学科卒業 昭和 6 年 5 月 京都帝国大学・京都大学教授 ∼34 年 10 月 (工学部機械工学科) 昭和 34 年 10 月 関西大学教授 ∼42 年 3 月 (工学部機械工学科) 【ご逝去の年月日】 昭和58年4月10日 菅原菅雄先生のこと 岐美 格 京都大学名誉教授 昭和22年の春,京大機械工学科の菅原菅雄先 生のもとで卒業研究を始めることになってから, 55年にもなる。菅原先生は,熱力学,蒸気表, 蒸気タービン,ボイラ等に関する研究で多くの成 果を挙げられ,既に伝熱についても研究しておら れた。研究室には佐藤俊先生がおられた。昭和2 7年機械学会で,わが国初めて,「伝熱に関する最 近の研究」と題して講演をされ,その後,同年機 械学会誌に発表された。このご講演の資料を作る ようにご下命を受けて,CIE図書館等で学術誌 を調査したことを思い出す。昭和34年に停年ご 退官後,関西大学に勤められ,42年に伝熱研究 会の会長として斯界の発展につくされた。はやく から,研究論文を欧文(英文)で発表するようにと, 指導していただいた。関西大学をご退職後も,先 生のお宅にお邪魔すると,静かにドイツ語の本を 読んでおられた。先生は戦前,スイス,ドイツに 留学されたが,そのときのお話しをよくうかがっ たものである。昭和58年4月10日,ご逝去に なった。第7期会長
第7期 会長
7th President山縣 清 先生
Kiyoshi YAMAGATA 昭和 43 年 6 月∼昭和 44 年 5 月 【会長当時の所属】 宇部工業高等専門学校 【ご逝去の年月日】 昭和48年2月24日 【連絡先】 〒665-0841 宝塚市御殿山 3 丁目 1-34 山縣 浩一TEL & FAX 0797-85-6058
思い出話 西川兼康 九州大学名誉教授 私が山県先生にお会いしたのは昭和 16 年九州 帝国大学に入学したときであり,Nusselt の著書 「Technische Thermodynamik」をテキストと して工業熱力学を講義されていた.大学は「自ら 学ぶ」ところであると言われ,学生に講義させ, 肝要な所は先生自ら説明された. 大学卒業時になって先生の講座に残るように言 われたが,当時は第二次世界大戦中であり,卒業 後直ちに技術将校として軍に配属され,戦後先生 の講座に復帰した.そこで研究をやる心構えとし て言われたことは,「俺の真似をするな」であり, 既に手掛けられたテーマの単なる拡張を弟子に研 究させることはされなかった. 先生は,研究テーマを選定するときに何をやる かを当時の学問のレベルで考えて充分に議論され た.そしてテーマを決めたならば,どういう風に やるかということは指導されないで,本人の自主 性に任せられた. 先生はまた工学の研究は現場とつながっている べきであるという信念で,多くの現場の問題に取 り組まれた.若手連中にそれを実施させ,現場の 要求に応えると共に,大学と産業界の接触をはか られ,大学の研究の質を高められた. 一方,先生は熱力学にも非常に関心をもってお られ,蒸気の断熱指数に関する谷下教授との論争 は,いかに先生が熱力学に対し厳密な論理を追求 され,安易な応用を謹むべきだということを教え られたように思われる. 先生は学問の厳しさと人間的暖かみを備えた独 由の風格をもっておられ,「仲良く厳しく」と言わ れ,学問の厳しさと人間的暖かみを教え込まれた.
第8期会長
第8期 会長
8th President坪内 為雄 先生
Tameo TSUBOUCHI 昭和 44 年 6 月∼昭和 45 年 5 月 【会長当時の所属(略歴)】 昭和 11 年 東北帝国大学 助教授 昭和 20 年 東北帝国大学 教授 昭和 37 年 東北大学高速力学研究 昭和 40 年 東北大学高速力学研究所長 昭和 44 年 定年退職 昭和 44 年 東北大学名誉教授 昭和 44 年 東北学院大学教授 昭和 59 年 退職 【その他の経歴】 昭和 43 年 日本機械学会商議員 昭和 43 年 日本機械学会東北支部長 昭和 44 年 第 47 期日本機械学会副会長 昭和 44 年 第 8 期日本伝熱研究会会長 昭和 46 年 日本機械学会商議員 昭和 46 年 日本機械学会名誉員 【賞罰】 昭和 35 年 機械学会賞受賞 昭和 45 年 宮城県教育功労者表彰 昭和 51 年 勲二等瑞宝賞受賞 【ご逝去の年月日】 平成11年12月4日 【連絡先】 増田 英俊 住所:〒980-0871 仙台市青葉区八幡 5-6-2 TEL & FAX:022-234-5513坪内為雄先生の思い出 坪内為雄先生が他界されて早2年余りになる。 私は先生のご退官(昭和44年3月)前の9年半 ご指導を受けたのでその思い出も多い。特に印象 に残っているのは私の高速力学研究所への入所当 時のことである。例えば、先生は極細線及び微粒 子の熱伝達で有名な論文を書かれたが、その試片 作りである。細い線では直径約5µmのものであっ たが、これは Wohrastone 線から銀被覆を溶液では がして白金の裸線にしなければならない。微粒子 では直径1 m前後のサーミスタが対象だったが、 温度分布検討のため表面のガラス被覆層に直径2 5µmの熱電対をさせなければならない。このミク ロな技術を自ら手をとって実践して示された時は 感嘆するばかりだった。また先生は伝熱研究のパ イオニアとしての役を果たされたが、常に先を読 んで的確なアドバイスをされた。例えば、当時の 物体面の熱伝達率の研究では、その overall を精 度く測定するというのが主流であったが、先生は local にも十分注意しなさいとよく言われ、われ われはその測定に苦心した。とはいえ坪内先生は 研究にはあまり口出しされず、いつまでに結果を 出しなさいとも言われなかった。いわば古き良き 時代の大学教授としての最後のお方のように思わ れる。先生が退官された直後から東北大学はもち ろん、全国各地で壮絶な大学紛争が繰り広げられ ていった。 東北大学名誉教授 増田 英俊
第9期会長
第9期 会長
9th President橘 藤雄 先生
Fujio TACHIBANA 昭和 45 年 6 月∼昭和 46 年 5 月 【会長当時の所属】 東京大学教授, 工学部原子力工学科,生産技術研究所 【略歴】 昭和 11 年 東京帝国大学工学部機械工学科卒業 同年 東京帝国大学付属航空研究所 昭和 20 年 東京帝国大学助教授 第二工学部 昭和 24 年 東京大学助教授 生産技術研究所 昭和 29 年 東京大学教授 生産技術研究所 昭和 33 年 日本原子力研究所主任研究員(兼) 昭和 38 年 東京大学教授 工学部Co-chairman, Honorary Editorial Advisory Board International Journal of Heat and Mass Transfer
【ご逝去の年月日】 昭和47年6月10日 橘先生の思い出 私が橘藤雄先生の研究室にお世話になろうと思 ったのは,伝熱の講義のときに,沸騰の研究の話 をされ,「論文は背の高さくらいあるのだけれど, まだなにもわかっていない,」と話されたのをうか がったのがきっかけであった.その時学生だった 私には,その意味が分からず,それなら研究をし てみたいと思って沸騰の研究を志望した.橘先生 のお言葉は,いつも簡明で心に残るものが多かっ た.論文等の文章は,いつもていねいに添削して 下さった.実験装置を簡単化した図に「実験装置 概念図」と云う表題をつけていると,「きみ,これ を見て詳細図だと思う人は誰もいないよ」,とおっ しゃって,「概念図」と云う文字を消された. 先生は,お立場上学外のお仕事も多くしておら れたようであるが,学生達にはそのことはほとん どお話にならなかった.その中で,伝熱研究会の ことだけは,「日本中の伝熱の研究者が集まって, 学会をやっている.きみも伝熱の研究をやってい るのだから,それくらいは知っておきなさい.」と おっしゃった記憶がある.いまにして思えば,そ れが京都で開催された第1回の伝熱シンポジウム の年であった.伝熱研究会の初代の副会長を務め られたようであるから,設立当初の事務処理をお 引き受けになっていたに違いないと思われる.橘 先生に最後にお目にかかったのも広島で開催され た第9回伝熱シンポジウムであった.その後,す ぐに60歳の誕生日を目前にして急逝されてしま った.当時,橘先生は,東京大学の原子力工学科 の教授と生産技術研究所の教授を兼ねておられ, 前者のあとを継がれたのが秋山守先生で,後者の あとを継がれたのが棚澤一郎先生である.伝熱研 究会は,その後,伝熱学会となり,法人格も得て, 40周年を迎えた.橘先生は,ある程度以上の規 模の拡大についてはどう思っておられるかはわか らないが,学会の基盤が確立し,研究がより広い 分野に広がる一方,研究をたのしみ大切にする気 風は間違いなく受け継がれていることは,きっと よろこんでいただいていると思っている. (河村 洋,東京理科大学)
第10期会長
第10期 会長
10th President齋藤 武 先生
Takeshi SAITOH 昭和 46 年 6 月∼昭和 47 年 5 月 【会長当時の所属】 北海道大学教授 【略歴】 豊橋技術科学大学 副学長 豊橋技術科学大学 名誉教授 ㈱北海道熱供給公社 相談役、取締役 北海道ガス㈱ 技術開発研究所 技術顧問 【ご逝去の年月日】 平成13年3月6日 【連絡先】 北海道大学大学院工学研究科機械科学専攻 工藤 一彦 〒060-8628 札幌市北区北 13 条西八丁目 TEL,FAX:011-706-6376 1970 年頃大学紛争では、工学部の責任者として 教室に寝泊りされ、学生の対応への過労からか、 肝臓障害での治療を余儀なくされたことを覚えて いる。また私の家内は子供時代から先生を存知あ げており、私の教授昇格・文部省在研などを含め て、家族ぐるみ公私にわたるお世話を頂いたが、 豊橋技術科学大学の副学長時代にも大変お世話に なったことなど、思い出は尽きないのです。 E-mail:[email protected] 齋藤先生の思い出 1950 年 4 月が齋藤先生との初めての出会いであ り、北海道大学における機械工学科の旧制最後の 学生入学式であった。先生は新進気鋭の助教授と して私共の目前に現れ、熱力学および熱機関の講 座を担当しておられたが、これが私の生涯の学問 分野となったのは不思議なご縁といえよう。 1963 年 1 月に企業から助教授として大学に戻り、 先生のご指導で学生教育のイロハから論文博士の 学位取得へのノウハウなど、常に暖かい眼差しで 指導して下さった先生の面影は忘れる事ができな い。 谷口 博(北海道大学名誉教授)第11期会長
第11期 会長
11th President小笠原 光信 先生
Mitsunobu OGASAWARA 昭和 47 年 6 月∼昭和 48 年 5 月 【会長当時の所属】 大阪大学工学部教授 【略歴】 大阪大学 名誉教授 【連絡先】 〒299-0242 千葉県袖ヶ浦市久保田 2-6-3 TEL,FAX:0438-63-6815 日本伝熱研究創設の頃 日本伝熱学会は、本年度が創設40周年に当た る、とのお報らせをいただき、まことに嬉しく、 ご同慶の至りに存じます。 これを機会にこの老骨は、創設の頃を懐かしく 回想しています。 昭和30年代といえば、まだ敗戦後の荒廃が随 所に見られる時代でした。私は、戦災を受けた実 験室の復旧に取組みながら、細々と熱伝導の解析 に打込んでいました。 35年頃のことでしたか、東京の先生がたから、 伝熱の研究会を作ろうではないか、 とのお誘いをいただいたので、たしか京大の佐藤 先生と共に上京しました。そこには、機械学会の 伝熱の分野で存じ上げている比較的お若い先生方 が各地からお集まりでした。このような打合せ会 が何回開かれたか、覚えていませんが、これによ って「日本伝熱研究会」を作ろう、そして初代会 長には小林 明先生にお願いしようということに なり、先輩の先生を先頭にして、数人で、ゾロゾ ロと小林先生のところへお願いに伺ったことを懐 かしく想い出しています。第12期会長
第12期 会長
12th President内田 秀雄 先生
Hideo UCHIDA 昭和 48 年 6 月∼昭和 49 年 5 月 【会長当時の所属】 東京大學工学部機械工学科教授 【略歴】 1979 年 5 月 東京大學名誉教授 1978 年 10 月 原子力安全委員会委員 1987 年 10 月 原子力安全委員会委員長 1993 年 2 月 退職 1997 年 1 月 (財)原子力安全研究協会理事長 【連絡先】 〒161-0031 東京都新宿区西落合 3-10-8 TEL:03-3952-0161 メッセージ 12代会長に就任して最初の仕事は、来年の 1974-9-2 から 9-7 まで第 5 回国際伝熱会議を日本 で開催しよう。企画委員会の委員は西脇委員長以 下約 20 名。「その費用の募金係は内田が担当せ よ」という事が決まったことである。その 73 年の 夏がいわゆる第一次オイルショックといわれる。 募金は例えば 20 人の委員が一人 100 万づつ集めれ ば 2000 万円だから何とか集められるだろう。と安 易に思ったがそうは行かなかった。誰も金集めに 奔走する人はいなかった。オイルショックで大会 社とて醵金の余裕などには事欠く年であった。国 際会議を開くということになれば、73 年から運転 資金が要る。詳細は省略するとして、結局募金の 実体は私が負う事になった。といっても過言では なかった。朧気ながら独り募金計画をたて、訪問 を始めた。有り難いことに,74 年会議開催までに は期待を超えた資金が集められた。会議終了後に 清算すると、かなりの資金が残った。次の会長の 甲藤好郎氏と相談し、「伝熱研究会の将来を見通 して有効に使えるように、それまで二人で預金に 封じることにしておこう」とした。その後研究会 が日本伝熱学会として法人化される見透しがつい た年に、当時の会長に、「学会の資金に使って下さ い。」と金額をお渡しした。第13期会長
第13期 会長
13th President水科 篤郎 先生
Tokuro MIZUSHINA 昭和 49 年 6 月∼昭和 50 年 5 月 【会長当時の所属】 京都大学工学部 【略歴】 昭和 17 年 9 月 京都帝国大学 工学部化学機械学科卒業 昭和 31 年 1 月 京都大学教授(工学部) ∼58 年 4 月 【ご逝去の年月日】 昭和63年2月24日 編集者より水科篤郎先生の思い出などを書いて 頂きたいとのご依頼でありましたが、水科先生が お書きになった何かの講演か原稿かのプロットの 下書きが丁度手許にありましたので、それを直接 ここに紹介させて頂いて責を果たさせて頂きます。 1. 研究者には自由を。 2. 実用的な研究か、自然の原理を解明するような 基礎的研究を(Colburn 先生)。 3. すべてに疑問を持て。本に書いてあることは嘘 と思え。 4. 新しい instrument は使いこなせ。instrument があって研究が進展する。なるべくなら、 disturb しない光学器械がいい。ただし、温度 場があるとパスが曲がるのが難点。visible が よい。触るより見るが良い。 5. 押してだめなら引いてみな。発想の転換。 flexible でなければならぬ。一方頑固さも必 要。研究管理者はこの点を lead するのが役目 であろう。研究管理とはやっている研究に stop をかけることである(Chilton 先生)。 6. 理論より実験を。自然に教えを請え。やってみ なはれ(鳥井さん)。 7. 最後に、化学工学で伝熱をやる人がもっと出て きて欲しい。 荻野文丸第14期会長
第14期 会長
14th President杉山 幸男 先生
Sachio SUGIYAMA 昭和 50 年 6 月∼昭和 51 年 5 月 【会長当時の所属】 名古屋大学工学部化学工学科教授 【略歴】 名古屋大学名誉教授 愛知工業大学客員教授 【連絡先】 〒470-0132 日進市梅森町新田 135-230 TEL,FAX:052-803-3358 メッセージ 伝熱 40 周年お目出度うございます。 伝熱に関する問題は機械、化学工学、応用化学、 航空工学、電気、金属、原子力など各分野にまた がっています。これらの分野が、有機的に結ばれ て大きく発展することを期待しています。 超伝導、温暖化を含めた環境関係、エネルギー 源、断熱材料の開発などの総合的研究が望まれま す。会員各位の御健闘をお祈りいたします。第15期会長
第15期 会長
15th President西川 兼康 先生
Kanayasu NISHIKAWA 昭和 51 年 6 月∼昭和 52 年 5 月 【会長当時の所属】 九州大学 【現在の所属】 九州大学名誉教授 【連絡先】 〒810-0014 福岡市中央区平尾 3-30-15 TEL & FAX 092-531-3509 E-mail: [email protected] メッセージ 日本伝熱学会が創立40周年を迎えることは非 常に感慨深い.日本伝熱研究会主催の第 1 回伝熱 シンポジウム(内容充実の目的で発表件数を1研 究室1件に制限)が 1964 年に京都で開催され、機 械工学、化学工学、原子力の専門家が初めて一堂 に会し、研究発表と討論を行った.当時は、抜山 四郎先生、菅原菅雄先生、山県清先生、谷下市松 先生、川下研介先生、西脇仁一先生、粟野誠一先 生、橘藤雄先生など熱の大家が前方に陣取って厳 しい質問をされるのが常で、若手は非常に緊張し 自力を精いっぱい振り絞って発表する雰囲気があ った.今に考えると、このような大家の先生方か ら直に批判を受けることが若手を触発し、わが国 の伝熱研究発展の足掛かりとなった.伝熱研究会 発足当時盛んであった伝熱現象の基礎研究は、わ が国の機械技術を先進国レベルに上げる端緒の一 つとなった.今後、省エネルギーや新エネルギー 開発に関連する課題はもちろん、新技術開発とし て地球環境に関連した伝熱、新素材生産に関連し た伝熱、バイオ伝熱、ミクロ伝熱などをあげるこ とができ、伝熱研究の分野はますます拡大するも のと思われる.技術開発においては「技術の心を 大切にし、人間の心をもって機械を使う」ことを 忘れてはならない.第16期会長
第16期 会長
16th President佐藤 俊 先生
Takashi SATOH 昭和 52 年 6 月∼昭和 53 年 5 月 【会長当時の所属】 京都大学工学部 【略歴】 昭和 18 年 9 月 京都帝国大学 工学部機械工学科卒業 昭和 34 年 1 月 京都大学教授 ∼58 年 4 月 (工学研究所,工学部) 昭和 58 年 4 月 摂南大学教授(工学部) ∼62 年 6 月 【ご逝去の年月日】 昭和62年6月18日 佐藤 俊先生は、昭和58年に停年退官される までの37年間、京都大学における教育、研究に 携わられた。先生は、伝熱研究会創立に関わられ た重要メンバーのお一人であり、同時に Int. J. Heat and Mass Transfer の 7 人 の Founding Editors のお一人でもあった。同誌が現在も踏襲 している Regional Jurisdiction の採用を通じて、 日本の伝熱学界の国際的地位の確立に貢献された。 先生は単相流の対流熱伝達、沸騰熱伝達、限界熱 流束、ふく射熱伝達、不安定燃焼など多彩な研究 を展開されたが、中でも戦後すぐに世界に先駆け て行われた、非一様壁面温度下の層流平板熱伝達、 熱伝達への主流部乱れの影響、熱伝達率の非定常 測定法と乱流計測デバイスの開発など、が特筆さ れる。先生は、手取り足取りの指導はされなかっ たし、温顔とスマートな振る舞いに学生は甘えて いたが、各自自分に責任をもつのが前提であった から、実は厳しい師でもあったと思う。 鈴木健二郎第17期会長
第17期 会長
17th President森 康夫 先生
Yasuo MORI 昭和 53 年 6 月∼昭和 54 年 5 月 【会長当時の所属】 東京工業大学工学部機械物理工学科 【略歴】 昭和 34 年 Research Staff,Cornell University, U.S.A.
昭和 57 年 東京大学生産技術研究所兼任教授 昭和 58 年 東京工業大学、東京大学退職 本学会の会員は、約25年前は伝熱に関する学 理及びその応用理論・技術の研究・開発と応用等 を中心とし、多くの場合連続体の伝熱論が議論さ れた。しかし熱伝導式及び熱伝導微分方程式の代 表的物性である熱伝導率は殆どの場合実験値が用 いられ、気体は多くの構成分子の熱運動の平均値 が用いられ、得られた結果は多数分子の熱物性平 均値が用いられている。現在用いられて伝熱の基 礎方程式は、ある程度の信頼性があり、研究、開 発が必要な多くの場合に適当な平均値の結果を求 めることができる。しかしこれからは超微細な部 分の時間的に変動する伝熱、微小な生物の熱現象、 大きな装置では原子炉の安全性を向上させるため の特殊な構造物における伝熱、或いは高温のロケ ットの燃焼などにおける空間的に複雑な構造の各 部の正確な温度計算・計測、更に時間的にも変動 する電流が複雑に非定常に流れる物体の非定常伝 熱の研究等が要求されるであろう。
昭和 59 年 Springer Distinguish Professor, University of California Berkeley 昭和 61 年 米国工学アカデミー外国人会員 平成2年 President, Inter. Center for Heat
Mass Transfer 【論文】 昭和 38、48、57、59:日本機械学会論文賞 昭和 57 年:米国機械学会論文賞 昭和 63 年:米国機械学会
Max Jakob Memorial Award 昭和 63 年:国際熱流体学会,
A. V.Luikov Metal Award 【連絡先】
東京都世田谷区成城5−9−8 TEL&FAX: 03−3483−1303
第18期会長
第18期 会長
18th President甲藤 好郎 先生
Yoshiro KATTO 昭和 54 年 6 月∼昭和 55 年 5 月 【会長当時の所属】 東京大学工学部教授 【略歴】 東京大学工学部名誉教授 【連絡先】 〒153- 東京都中野区野方 3-6-35 TEL・FAX:03-3385-0842 このたび、伝熱学会40周年にあたり、元会長 としての寄稿の依頼をいただき有難うございまし た。ただ、現在主人は闘病中でありますため、み なさまにご満足いただける記事をお届けいたすこ とはできません。主人に話しますと、よくわかり まして、自分では「書くよ」と申し、二人でこれ までの書き物を読んだり、書いてみたり、話し合 いながらとても楽しい時間を持つことができまし た。まだまだメッセージの形とはなりませんが、 このような楽しみもあったんだと、かえって楽し みを与えていただいたことに感謝の念でいっぱい でございます。このような次第でございますので 代筆にて失礼致すことになりますが、伝熱学会の 40周年を祝し、益々のご発展を心よりお祝い申 しあげます。 かしこ 甲藤好郎内第19期会長
第19期 会長
19th President国井 大蔵 先生
Taizoh KUNII 昭和 55 年 6 月∼昭和 56 年 5 月 【会長当時の所属】 東京大学工学部 化学工学科 【略歴】 技術コンサルタント 【連絡先】 〒153-0065 東京都目黒区中町 1-25-16 TEL:03-3712-4992 FAX:03-3793-4334 メッセージ 50 年ほど前に放射伝熱の研究をやっていた関 係で、化学工学専攻として日本伝熱研究会の設立 に関与することが出来ました。工学として伝熱理 論を応用する立場から、容易に設計計算に適用で きるような理論式を心がけておりましたので、バ ックグランドが物理系の多い伝熱工学の方々にも 同志に入れていただいたものと思われます。 現役晩年の頃は、自ら考案した高温回気系反応 プロセスの研究開発(國のプロジェクト)に熱中 しておりましたが、どの段階でも熱エネルギーの 伝達速度を予測することが核心の課題でした。 喜寿も過ぎました現在は、殆んど趣味のように してリサイクル関連の新技術研究開発に関わって おりますが、目的現象を端的に表現する伝熱理論 の導出と設計への応用がスタートになっておりま す。 伝熱の旗揚げからすでに40年、日本伝熱学会 が伝熱研究の熱エネルギー関連技術に多くの貢献 を果して来られた事を嬉しく存じます。更には、 理論と技術間の交流を密にし、新理論から革新技 術が、技術の現場から新理論が輩出して、日本の 伝熱研究が益々発展する事を期待してやみません。第20期会長
第20期 会長
20th President小林 清志 先生
Kiyoshi KOBAYASHI 昭和 56 年 6 月∼昭和 57 年 5 月 【会長当時の所属】 静岡大学工学部 【略歴】 昭和 19 年 9 月 東北帝国大学 工学部航空学科卒業 昭和 35 年 10 月 東北大学教授、工学部 昭和 55 年 8 月 静岡大学教授、工学部長 平成 2 年 9 月 豊田工業大学学長 【連絡先】 愛知県愛知郡東郷町白鳥 3-27-4TEL & FAX:0561-38-6318
E-mail:[email protected] メッセージ 日本伝熱学会が設立40周年を迎えることにな った由、本当に時の流れは早いものだと思うと共 に、心からお慶び申し上げたい。 およそエネルギー消費のあるところに、伝熱現 象は必ず随伴し、その基礎的分析、解明に力を注 ぐのが、「伝熱学」であり、その成果を基盤にして 人類の生活に役立てようとするのが、「伝熱技術」 であろう。この 40 年間を振り返ってみると、それ ら両者の発展、進歩には実に目覚しいものがある、 と実感せざるを得ない。豊かな生活への応用と同 時に、限られたエネルギーの有効利用技術、地球 温暖化対策技術、等々21 世紀の人類にとって深刻 になりつつある問題の主要部分も「伝熱学」「伝熱 技術」の如何に大いに掛かっていると言っても過 言では無いであろう。日本伝熱学会会員の皆様の 今日までのご健闘に敬意を表すると共に、今後の 益々のご活躍を期待申し上げたい。
第21期会長
第21期 会長
21st President青木 成文 先生
Shigebumi AOKI 昭和 57 年 6 月∼昭和 58 年 5 月 【会長当時の所属】 東京工業大学原子炉工学研究所教授 【ご逝去の年月日】 平成8年5月10日 【連絡先】 〒140-0013 東京都品川区南大井 6-4-6 ニューハイツ大森 222 青木 美代子 青木先生の思い出 大学院修士課程で初めてお会いし原子炉熱工学 の授業を受けました。昭和 40 年前半は原子力がエ ネルギー分野で伸びていた頃です。先生は最先端 のお話がお好きなようでした。研究分野でも先見 の明があり、先端技術の基礎的研究に力をいれて おられていたようです。原子炉からの除熱で相変 化を伴う、沸騰、凝縮には一段と力をいれておら れました。授業の中でも、このような話を、著書 「原子炉熱工学」とともに楽しく話されていたの が思いだされます。大学外の仕事が多く、直接接 触する機会は少なかったのですが、それだけにお 会いすると印象的でした。 ファッションでも粋なところがございました。 特に各種の帽子を持っておられ、少し斜めにかぶ って先端のセンスを出されておられました。外国 出張も多かったものですから、そういったところ から見につかれたのかなと推測します。 いろいろ思い出されますが一部を御紹介しま した。 東京工業大学教授 有富 正憲第22期会長
第22期 会長
22nd President植田 辰洋 先生
Tatsuhiro UEDA 昭和 58 年 6 月∼昭和 59 年 5 月 【会長当時の所属】 東京大学 【略歴】 1960 年 12 月 東京大学教授 1984 年 4 月 東京大学定年退職(名誉教授) 工学院大学教授 1991 年 3 月 工学院大学退職 【連絡先】 東京都世田谷区奥沢 3-44-10 TEL:03-3727-0132 メッセージ 伝熱研究会はわが国の伝熱研究推進の統合連絡 機関として発足した。1961 年当時の研究は伝熱過 程をそれぞれの熱輸送のメカニズムや基礎過程を 考えて取り扱うように急発展していた。対流伝熱、 相変化を伴う伝熱や熱放射などの取り扱い方が、 いわゆる Engineering Science 的になってきた。 このような趨勢にわが国も早く伍し、その進展に 大きい貢献をしよう、というのが伝熱研究会の目 的であった。小さいけれど活力にあふれた研究会 で、その後の伝熱シンポジウムの盛り上がりは、 いまでもしばしば語り草になっている。蒸気原動 機の講義をしていた私など大いに啓発された。 大学紛争のとき、事務担当をしていた私の研究 室のある東大の建物も封鎖された。やむなく資料 を手押し車で持ち出し、工学部暖房室のボイラ横 で、伝熱研究誌の発送や幹事会の事務連絡をした のは今は昔 1969 年 1 月であった。会長を務めさせ て頂いたのは第 22 期(1983 年度)でした。それま での約 20 年間の伝熱研究は大学中心であった。産 業界からの研究発表や問題提起の必要性が強調さ れた。次年度の第 21 回伝熱シンポジウムでは、環 境伝熱、熱交換器、集熱・蓄熱のセッションが設 けられた。 それからでもはや 20 年。計測技術や数値シミ ュレーション技術の進歩、伝熱現象の解明を要す る技術分野の拡大は目覚しい。それに対応して活 動を進めてきた伝熱学会に敬意を表し、今後の時 代に即した発展を期待しています。第23期会長
第23期 会長
23rd President武山 斌郎 先生
ToshiroTAKEYAMA 昭和 59 年 6 月∼昭和 60 年 5 月 【会長当時の所属】 東北大学工学部機械工学科 【連絡先】 石巻市蛇田字西境谷地 4-12 TEL:0225-23-0228 メッセージ 矍鑠(かくしゃく)として水煙る 武山斌郎 伝熱研究の沸騰と凝縮を、鍋釜の煮沸騰と、湯 気・曇・靄・霞・雲・雨・露・霧の滴状凝縮、霜・ 氷・雪・霰・雹・霙の氷状凝縮を知っている女房 に、もっと素晴らしい現象が自然の中にあるよと、 俳句の冬の季題“水烟る”の一文を弄する。 満潮時に逆流する北上川河口は、流れが静止す る湖として、我が家の目前の窓越しに広大な景観 をつくる。水は太陽光で暖められ、冬の澄んだ大 気の中へ気化・蒸発(沸騰)し、1mの高さの空 間を上昇するが、静かな低温熱伝達のため霧(凝 縮)となることを強いられ、水滴群の水煙が白く 輝やく。しかし、乾いた空気中では、再び気化・ 蒸発(沸騰)せざるを得ない3mの短い命で、淡 く消えてゆく。三度繰り返しの相変化である。 “内なる炎を燃やせ”の冬期五輪も終わった。 オリンピックは“内”でいいかも知れないが、研 究は“外なる愛を燃やせ”の協力となろう。老い て燃える人を矍鑠と呼ぶ。あやかりたい。 (2002MAR)第24期会長
第24期 会長
24th President岐美 格 先生
Itaru MICHIYOSHI 昭和 60 年 6 月∼昭和 61 年 5 月 【会長当時の所属】 京都大学工学部原子核工学科 【略歴】 昭和 23 年 3 月 京都大学工学部機械工学科卒 昭和 36 年 4 月 京都大学教授 ∼平成元年 3 月 (工学部原子核工学科) 平成元年 4 月 松江工業高等専門学校校長 ∼平成 7 年 3 月 【連絡先】 〒603-8167 京都市北区小山西大野町 27 Tel.075-492-5698 伝熱学の発展を祈る 昭和60年に伝熱研究会の会長を仰せつかった が,ちょうど東京で伝熱シンポジウムがあったと きであった。幹事会は,東大駒場の生産技術研究 所で開かれたが,会長として毎回出席した。その 頃,伝熱研究会の名称を変更して伝熱学会として はどうかとの意見が出ていたので,最終の幹事会 で,そのことについて,検討委員会の設置を含め, 次期幹事会に検討を引き継ぐことにした。その後 の経緯はご承知の通りである。昭和36年11月 に発足した伝熱研究会の会則第2条に,「本会は, 伝熱に関する学理技術の振興を促進すると共に, 会員相互および国際的な連絡を計ることを目的と する。」とある。一方,社団法人伝熱学会の目的は, 「この法人は,伝熱に関する学理及び応用につい ての発表,知識の普及,会員相互及び国際的な交 流を図ることにより,伝熱学の進歩普及を図り, もってわが国における学術の発展に寄与すること を目的とする.」としている。40年の時の流れを 感じる。伝熱学の発展を祈って止まない。第25期会長
第25期 会長
25th President長谷川 修 先生
Shu HASEGAWA 昭和 61 年 6 月∼昭和 62 年 5 月 【会長当時の所属】 九州大学 【ご逝去の年月日】 2001年7月13日 【連絡先】 〒810-0022 福岡市中央区薬院 4-10-33-103 長谷川 馨子TEL & FAX:092-522-4674
故、長谷川先生は、会長を勤められた86年当 時、会員数がすでに千人を越え、伝熱シンポジウ ムも盛会であることを慶びながら、一方では、第 一回が43件中29件に絞られて行われたことを 引合いに、発表件数が多いと会場が分散し興味あ る発表を同時に聞き議論することができないと書 かれている。異分野の発表に接する環境になけれ ば細分化した専門家を育てる危険がある。多様な 基礎研究の上に立つ、社会のニーズに応える応用 研究が重要である、とも指摘されている(伝熱研 究98、100号)。今でこそ、基礎重視ととも に研究の社会還元が叫ばれ、ニーズやシーズ捜し も危機感をもってなされているが、学問と社会の 関係のあり方に関する普遍的課題のように思う。 一研究者がすべてをカバーすることは元よりでき ないが、どのように、どれ程社会に貢献できるの か、姿勢や心構えを説明できる、いわば研究者の 成熟した説明責任を問われているような気がしま す。 (九州大学・福田研二)
第26期会長
第26期 会長
26th President大谷 茂盛 先生
Shigemori OTANI 昭和 62 年 6 月∼昭和 63 年 5 月 【会長当時の所属】 東北大学 【略歴】 1987 年 東北大学工学部長、 化学工学協会(現化学工学会)会長、 日本熱物性研究会(現日本熱物性学会) 会長 【ご逝去の年月日】 1990年10月15日 【連絡先】 三浦 隆利 仙台市青葉区荒巻字青葉 07 東北大学工学研究科化学工学専攻TEL & FAX:022-217-7250 E-mail:[email protected] 思い出話 大谷先生から「総長告辞で話す内容を書いて持 ってきてくれないか」という言葉を戴き、待って ましたとばかりに貯めておいた文章を書いて持ち 込んだ。先生曰く、「ご苦労様、良くできているが、 俺の体験を話そう」。その結果、先生からそれまで 座右の銘として戴いていた「経寸乃石十枚、国宝 に非ず、一隅を照す、是即ち国宝也」東北の国士 祭酒作という色紙のことを中心に告辞を活字にす ることになった。最澄著「山家学生式」の一文で あり、本来はお題目ばかりをどんなに唱え続けて 見たって、それだけでは人間の宝にはならない、 大事なのは一遇を照らし、まず自分の足元を照ら し、自分の今やれることを自分の足元からまずや っていこうという意味です。先生はそれを財宝を 持っていても宝ではない、博士や修士号を取得し たことは不明な科学や技術の一部を照らした、そ れが国宝に匹敵する、これからも研究に励みなさ いと言う風に話された。 東北大学 三浦隆利
第27期会長
第27期 会長
27th President平田 賢 先生
Masaru HIRATA 昭和 63 年 6 月∼平成元年 5 月 【会長当時の所属】 東京大学先端科学技術研究センター教授 【現在の所属】 平成 4 年 3 月 東京大学停年退官 同年 4 月 芝浦工業大学システム工学部教授 現在に至る 【連絡先】 〒330-8570 埼玉県さいたま市深作 307 芝浦工業大学システム工学部 機械制御システム学科 Tel:048-687-5173 Fax:048-687-5197 E-mail:[email protected] メッセージ 別項にも記したように、1953 年の入門以来、西 脇先生には実験重視の姿勢を徹底的に叩きこまれ た。最近も平行二平板間に挟まれ空間で、下面中 央に置かれた加熱面から立ち上がったプルームが、 上面に衝突するときの熱伝達を取り扱った。実験 するまではつい漠然と、強制対流衝突噴流と類似 のイメージを描いていたのだが、実験の結果を見 て愕然とした。プルームはほとんど揺動も拡散も せずに、ほぼ一定の速度を保ったまま素直にまっ すぐ立ち上がり、衝突時の熱伝達率は二平板間の 距離を変えてもほとんど無関係に、概ね一定だっ たのである。頭だけで考えてシミュレーションし ていたら全く別の結果が出していただろう。もう 一つの例。シルト質の土と水の混合物を容器にい れ、恒温室で表面から一次元的に冷却し、内部に アイスレンズを含む永久凍土構造を実験室的に作 り出した。そこまではよかったのだが、凍土の中 に板を埋設・固定し、土から与えられる応力を測 ったところ、予想もしなかった方向の力が働いて いるではないか。あれこれ実験を繰り返している が未だに原因がつかめていない。 「現象をよく見ること」、まさにこれに尽きる。第28期会長
第28期 会長
28th President藤井 哲 先生
Tetsu FUJII 平成元年 6 月∼平成 2 年 5 月 【会長当時の所属】 九州大学 【連絡先】 福岡県大野城市白木原 2-12-16 TEL:092-591-7384 E-mail:[email protected] メッセージ 恩師山縣清先生からいただいた忠告に従えなか ったことが二つある。その一つは,「研究所にいる と視野が狭くなるので,講義をしなさい。講義をす ると、これまでの理解が浅かったことが分かる。」 もう一つは,「教授になったら 5 年に一度しか論 文を書くな。(ちまちました論文を書くものでは ない)」ということであった。第 2 の職場も退き、 ふりかえると、恩師の忠告に従っておけばよかっ たと後悔する。しかしもう遅い。それに代わるも のは、体系的な記述を試みることではないかと思 う。昨年末,「復水器−理論と実際」という本を電 気化学が専門の川辺充志博士と共編著として出版 した。機械工学系の教室に一冊ぐらいあってもよ い本だと思っている。今後は自由対流と凝縮につ いて書きたい。 最近の学問は、部外者的発言かもしれないが、 政治と同様にやみくもに走り続けているようだ。 いずれ息切れし、落ち着いた状態に回帰するので はなかろうか。第29期会長
第29期 会長
29th President石黒 亮二 先生
Ryoji ISHIGURO 平成 2 年 6 月∼平成 3 年 5 月 【会長当時の所属】 北海道大学工学部 【現在の所属】 平成 6 年 3 月 停年退官 北海道電力株式会社 (おもしろ実験室) 【連絡先】 北海道北広島市山手町 7 丁目4−1 TEL & FAX:011-737-4339E-mail:[email protected] メッセージ 私が会長を仰せつかった第 29 期は、従来の「日 本伝熱研究会」から、現在の「社団法人日本伝熱 学会」への変革の始まった年でした。伝熱研究会 という任意団体は、自由な雰囲気で、しかもまと まりのあるとても良い団体でしたので、この団体 のまま残すべきだというご意見も少なくなく、将 来大きく発展し、また国際的にも認知されるため には法人組織の学会にすべきだとする方々との間 で議論されました。結局、私が退任する最後の総 会で、まずは各称のみを「日本伝熱学会」と変更 することが決まりました。法人組織となるための 申請手続きや定款整備などは、それ以降の役員の 方々のご努力で進められましたが、大変な作業で 今日の形が出来上がるまでには2∼3年間を要し たと記憶しております。当初の目的の通り、この 学会が世界で認められる権威ある組織として益々 発展して行くことを心より期待いたしております。
第30期会長
第30期 会長
30th President小竹 進 先生
Susumu KOTAKE 平成 3 年 6 月∼平成 4 年 5 月 【会長当時の所属】 東京大学工学部 【現在の所属】 無 【連絡先】 〒300-3565 茨城県結城郡八千代町松本 460 メッセージ 研究分野を同じくする任意な集まりの研究会か ら公的な団体組織としての学会へ移行してから約 10 年,その結果と将来への勾配がみえてくる時期 になってきており,その移行にかかわった身とし てはなにかと気にかかる.もともと,この移行は, 伝熱という研究分野も一応論理体系が整ってきた ので,この辺で今までの自由気楽な研究会の特徴 を維持しながら,その研究結果と活動の独自な公 的化をはかってもいいのではないかということを 主旨としている.しかし,一旦形ができるとどう しても形そのものを維持するのに力が入り,どう してその形ができたかという原点を忘れて,最初 に’形ありき’になりがちであるが,あくまで本 質は中味であって,形はそれほど重要でない.も ともと,学会への移行も,中味を優先にして形は それに合わせればいいし,中味がなくなれば形は 壊わせばいいという柔軟な発想から出発している. 研究会発足当時の活気と気迫を残し,中味の充 実さを目的として,それに合わせてできるだけ柔 軟な形をとっていこうということは,歴史ある既 成の大きな学会では無理であるかもしれない.し かし,熱という広いスペクトル分野の研究でかつ 新進気鋭なたかだか 1000 人規模の小さな世帯の 研究集団では大きな可能性があると期待した.研 究会のときよりも形式的には充実した理事会や評 なく,中味の研究の指導や討議に沸騰し,学会の 研究の運営や指針に大きく貢献するものと期待さ れた.小さな学会の事務的な運営なんて学会の貴 重な会費と先生方の貴重な時間を浪費して議論す るようなことでもなく(実際,このような会議に は何の議論も意見もなく消極的に出席されている 先生が多い),それより先生方が日頃専門とする研 究の議論や疑問の討議に花を咲かせたほうが,学 会にとっても参加されている先生方にとってもは るかに楽しく意義深いものと思われるが,そのよ うな話は聞かない.ここ 10 年,学会の形の立ち上 げにたいへん苦労された先生方には大きく感謝す る一方で,だんだん形が出来上がっていくにつれ て,ますます形式にとらわれ既成の学会に類似し てくるとともに,本質である中味へ関心が薄くな っていくような気がするのが単なる杞憂であれば よい. もともと,’熱’は形をとらないのが本質なの かもしれない.伝統ある伝熱シンポジウムだけを 残せばよかったのかもしれない.このごろは,こ の伝熱シンポジウムも,若い先生たちでさえ自ら 研究して自ら発表討論討議するという気迫にみち た雰囲気は少なくなり,討論のできない学生と紳 士淑女の先生方の品のある研究(?)報告会とい うお祭り行事に近くなってしまったが...この特 集でも先輩後輩たちがこうした学会の姿をどうみ ておられるか大きな関心事である.しかし,すべ てのエネルギーの最終形態としての’熱’は,世 の全ての事象にかかわりをもち,地味ではあるが これから避けて通れない,いやますますの研究を 要求される研究分野である.でも,どうしても中 味が充実しないのなら無理に形にこだわることな く形を壊せばよい.そもそも,こんな「歴代会長 の...」などという企画も学会の形骸化の一端なの第31期会長
第31期 会長
31st President藤江 邦男 先生
Kunio FUJIE 平成 4 年 6 月∼平成 5 年 5 月 【会長当時の所属】 新明和工業株式会社 【連絡先】 〒166-0004 東京都杉並区阿佐谷南 3-18-17 TEL & FAX:0463−61−4246メッセージ 近年、わが国では大学・高専等の理工学系高等 教育機関において、技術者教育の質的向上を図り、 国際的に通用する技術者の能力を保証するために、 技術者教育の国際同等性の確保が要求され、教育 プログラムの改革が進行中である。この改革では、 技術者が企業や諸団体等への所属有無に拘らず、 個人として仕事が出来て自律ある人が期待されて いる。このような人物は、今のわが国で最も待望 されている技術者で、個人としてリーダーシップ があり、例え企業に在ってもベンチャーに挑戦す る企業家的技術者に外ならない。自己規律のない ところには自由はなく、ベンチャー・ビジネスの 成功には、先見性と責任を伴う自律が重要である。 技術者は「和して同せず」を宗として、自ら適切 な情報と創造的思考いよって、自らの意志で物事 を選択し、責任をもって行為することが大切であ る。 終わりに、(社)日本伝熱学会の設立 40 周年を慶 賀し、21 世紀における益益のご発展を衷心より、 ご期待申し上げます。