ス
ト
エフス
キ
ー
と
革命思想殺人
事
件の
探求
亀山郁夫『 「カ ラ マ ー ゾフの兄弟」続編 を 空想 す る』引用による加筆改 定 版 『カ ラ マ ー ゾフの兄弟』未完 第2 部にお け る ツ ア ー リ 暗殺者?〔目次〕
はじめ に 1、 『罪と罰 』 2 、 『悪霊 』 3 、 『カラマーゾフの兄弟』 4、 亀 山郁夫『 「カラマーゾフの兄弟」続 編 を空 想 する』引用加 筆 『カラマーゾフの兄弟』未完 第2 部におけるツアーリ暗殺者 ? 5、おわりに ドストエフス キ ーとチェルヌイシェフス キ ー、レーニ ン
はじめに
ド ス ト エフス キ ー の魅力に惹か れ る人 は 昔か ら 大勢い て 、その 読 み 方 は さま ざ ま で ある。埴谷雄高 は 、革命 と い う 視 角か ら 迫った。そし て 「 ド ス ト エフス キ ー は 革命の四重底、五重底ま で 洞察した」 と した。 私 は 、その中 で も 、革命思想に基 づ く殺人 と い う 視 点か ら 考 え る。 『罪 と 罰』 『悪霊』 『カ ラ マ ー ゾフの兄弟』の3作品 は 、金貸し老婆 と その妹殺人 事 件、秘 密 結社裏切者殺人 事 件、父親殺人 事 件 が 中心テ ー マに な っ て いる。殺人 事 件の 推理小説 と 見る こ と も で き る。た だ 、通常の推理小説 と 異 な るの は 、1 9 世紀 後半ロシア で の 「無神論の 時 代」 におい て 、 その世相、 思想状況 を 活 写 し なが ら 、 その殺人の基本 的 動機 を 、個人 的 欲望、復讐 や 社会 的 利権 な ど で はな く、思想 その も の、 と くに当 時 の革命思想に設 定 し、その思想 内 容 と 殺人 と の関係 を 克 明に 探求 した こ と で ある。 彼 は 、1 8 4 9 年、 28歳 の と き 、フ ー リ エ ら の社会主 義 思想に共鳴し、ペ ト ラ シェフス キ ー 事 件に 連 座し、シベ リ ア流刑 と な った。1 86 1年の農奴解放 令以来、ヴ・ ナ ロ ード 運 動 は 先鋭化した。チェルヌイシェフス キ ー の『何 を な す べ き か』 が ロシア ・ イ ン テ リ ゲ ン チ ャ の人気 を 集め て いた。 ド ス ト エフス キ ー は 、 そ の 革 命 小 説 に 対 し て 『 地 下 室 の 手 記 』 を 発 表 し、 『 何 を な す べ き か 』 や そ こ に描か れ たユ ー ト ピア水晶宮 を 痛烈に批判した。その登場人物 像 を 「浅薄 な 活動家」 で ある と し、ロシア人の国民 的 根源 像 と し て 「地下室の住人」 を 対 比さ せ た。その水晶宮ユ ー ト ピア批判 と 活動家 像 批判の延長上に、 ラ ス コー リ ニ コ フ が 誕生し て き た。1、
『罪と罰』
こ れ は 、主人公 ラ ス コー リ ニ コ フによる金貸し老婆 と その妹 リ ザヴェ ー タ 殺 しのス ト ー リ ー で ある。彼の思想 は 、ま ず 人間 を 凡人 と 非凡人 と に区別 す る こ と か ら 始まる。 「 第 一の層 は 、 保守 的 で 、 行儀 が よく、 言 わ れ る が ままに生活し、 服 従 す る の が 好 き な 人 々 で あ る 」 「 彼 ら は 服 従 す る の が 義 務 な の で あ る 」 と 規 定 す る。 「 第 二の層 は 、み な 法律 を 犯し て いる。未来の支配者 で ある」 と し て 、 ナ ポ レ オ ン ら を あ げ 、 「 非 凡 な 人 間 は あ る 障 害 を … そ れ も 自 分 の 思 想 の 実 行 が ( と き に は 、 そ れ が お そ ら く 全 人 類 の 救 い に な る こ と が あ り ま し ょ う ) そ れ を 要 求 す る場合 だ け 、踏み 越 え る権利 が ある」 と す る。 彼 の 非 凡 人 思 想 の 中 心 に は 、 ( 1 ) 人 類 を 救 済 す る と い う 理 念 と 、 ( 2 ) そ の 目 的 が 要 求 す る場合にのみ と い う 限 定 つ き の暴力=殺人是認理論 が ある。 ( 1 ) 不 幸 な 人 々 へ の 同 情 と 、 ( 2 ) 非 凡 人 に よ る 権 力 意 思 と い う 二 重 性 に 支 え ら れ て いる。 金貸し老婆一人 だ け の殺人 な ら 、その殺人の罪 は 、非凡人思想によっ て 是認 さ れ た。しかし妹 リ ザヴェ ー タは 、家族のために売 春 を す る ソー ニ ャ た ち のよ う に救済の対象 と な る べ き 者 だ った。 意 図し な かった、偶発 的 な 妹殺人 と な る と 、彼の二重性の論理 が 深 刻 な 内 部分裂にいたり、論理 的 に自己崩壊し て いく 《 人 類 救 済 の た め の 殺 人 な ら 、 非 凡 人 に は 許 さ れ る 》 と い う 論 理 構 造 は 、 救 済 対象者の ソー ニ ャ と の交流 や 、彼 女 の 友 人 リ ザヴェ ータ 殺人の偶発 と によっ て 深 刻 な ジ レン マに陥った。そし て 彼 は 、 こ の論理 を 最 後ま で も ち こ た え る こ と は で き な い。 ド ス ト エフス キ ー は 、 ここ で 、 ( 1 ) 人類 を 凡人 と 非凡人 と に区別 す る理論、 ( 2 ) 非凡人による人類救済のための殺人是認の論理、 ( 3 ) 殺人者の《 良 心の 呵責》 と その論理の崩壊 と い う テ ー マ を 提起した。10 11 同 時 に、 も う 一 人 の ス ヴ ィ ド リ ガ イ ロ フ に よ る 殺 人 も 描 い て い る。 こ れ は 、 革命思想に基 づ く殺人 で はな い。しかし、 その殺人結果に対し て 《 良 心の呵責》 を 感 じ な い 人 間 像 、 《 被 殺 人 者 の ゆ う れ い と と も に く ら す 殺 人 者 》 タ イ プ も 克 明に描いた。 革命思想に基 づ く殺人 と 《 良 心の呵責》 のテ ー マ は 、 次作の 『悪霊』 で ピョ ー ト ル と ス タ ヴロ ー ギ ン と い う 2 人の主人公によっ て 展開さ れ る。さ ら に、 ラ ス コー リ ニ コ フの非凡人の権力 意 思 は 、 個人 的 な テロル で は 達成 さ れ な い と し て 、 五人組結社=党 派 の問題 が 、その革命党 派 による破壊 と 殺人 が 次のテ ー マ と し て 『悪霊』 で 探求 さ れ る。 『罪と罰』 「ラスコーリニコフはもう一度、さらに一度、もっ ぱら峰打ちで、脳天だけ狙って、力まかせに斧を 振り下ろした」 亡命ロシア人学者ゲオルギー・メイエルの考察、 「『峰打ち』であれば、斧を振り下ろした瞬間、研 ぎ澄まされた斧の刃で割裂かれたのは、ラスコー リニコフ自身の顔、精神ではなかったのか?」 ( 江川卓『謎とき 「 罪と罰 」』新潮選書、P.0)
2
、
『悪霊』
こ こ に は さ ま ざ ま な 殺 人 と 自 殺 の 様 相 が 描 か れ て い る。 た だ 中 心 テ ー マ は 、 ピョ ー ト ル ら 五人組結社による裏切者殺人 事 件 で ある。 ど の登場人物 も 生 き 生 き し て いる が 、革命思想による殺人 と い う 面か ら 、シガ ーレ フ、ス タ ヴロ ー ギ ン 、ピョ ー ト ルの3人にし ぼ っ て 考 え る。 こ の小説 は 、 ナ ロ ード ニ キ 秘 密 結社 内 部におい て 、仲間の一人 が 動揺した こ と か ら 、 ツ ア ー リ 警察への 密 告 を 恐 れ て 殺 害 したネチ ャ ー エフ 事 件 を 基にし て いる。ロシア革命研究者E ・ H ・ カ ー の分析 や 、 その他の 事 件関係資料 を 見 て も 、 1 8 6 9 年 11月 に 発 生 し た 「 革 命 家 ネ チ ャ ー エ フ に よ る 五 人 組 結 社 メ ン バ ー ・ 学 生 イ ヴ ァ ー ノ フ 惨 殺 」 は 、 《 革 命 の 名 を 掲 げ た 明 白 な 殺 人 》 だ っ た。 ド ス ト エフス キ ー は 、 そ こ か ら 、 ( 1 ) その革命 運 動の未来社会構想、 ( 2 ) 倫理観、 ( 3 ) その組織論 と 実践 を 包括 的 に浮 き 彫りにした。 五 人 組 の 一 人、 シ ガ ー レ フ に は 、 革 命 後 の 未 来 社 会 共 同 体 構 想 を 語 ら せ る。 その 内 容 は 「人類 を 二つの不均等 な 部分に分 割 す る こ とを 提案し て いるの で す 。 その十分の一 が 個人の自由 と 他の十分の九に対 す る無限の権利 を 獲得 す る。 で 他の十分の九 は 、人格 を 失っ て 、家畜の 群 れ のよ う に な り、絶対の服従の も と で 何代かの退化 を 経たの ち 、原始 的 な 天真爛漫さに到 達 す べ き だ と い う の で す よ」 と い うも の で ある。 こ れ は ラ ス コー リ ニ コ フの非凡人思想 を さ ら に掘り下 げ た も の と な っ て いる。 ド ス ト エフス キ ー は ナ ロ ード ニ キ ら の革命 が 成功 した 暁 に は 、十分の一 が 結 成 す る党 派が 支配 す る 逆 ユ ー ト ピア と な る こ とを 洞察し た。 『 悪 霊 』 の 主 人 公 の 一 人 ス タ ヴ ロ ー ギ ン は 五 人 組 に は 入 っ て い な い が 、 そ の 革命 運 動の倫理 的 、イデ オ ロギ ー 的 首領 で ある。彼 は 12歳 の少 女 を 陵 辱し、そ の後少 女 が 首 を 吊るの を の ぞ き 見る だ け で 、彼 女 の自殺 を 止め な い。そ れ に対 し て 良 心の呵責 も ほ と ん ど 感 じな い。彼 は 「自分 は 善 悪の区別 を 知り も し な け れ ば 、感 じも し な い。 も と も と 善 悪 な ど 存在し な い。た だ 偏見あるのみ だ 」 と1 1 自分 を 定 義 づ け る。 ド ス ト エフス キ ー は 彼 を ロシア 的 な 、 典 型 的 人物 と し て 描 いた と し て いる が 、同 時 に現共同体の倫理観=人間規範 を 全 否 定 す るの が 革命 党 派 首領 だ と し て 提起した。 もう 一人の主人公ピョ ー ト ル は 、 彼か ら 強い思想 的 影響 を 受 け 、 彼 を 「 僭 主」 と 仰ぐ。そし て 善 悪=人間規範 を 超 え た革命のために秘 密 結社 を 作る。ピョ ー ト ル は 革命 運 動の組織者、実践 的 指導者 で ある。彼 は 「 ぼ く ら は 破壊 を 宣言 す る」 「山 を な ら し て 平地に す る」 「服従 を 組織 す る」 と し、さ ら に革命 運 動のた めのスパイ制度 を 設 け よ う と 考 え る。その拠り所に な るの が 全 国にくま な く広 が っ て いる五人組網 だ と し、個人 的 テロル で な く、党 派 による権力奪取 を 提起 す る。 五人組 と は 、その後「細胞」 と 呼 ば れ る革命基礎組織の こ と で ある。党 派 を 結合さ せ る力につい て 、ピョ ー ト ル は ま ず 党 派 内 官僚システム と 感傷主 義 を あ げ る。そし て 「 と こ ろ で 、 最 後に 最 も 重要 な 力 は ---ほか じ ゃ な い。自分自身 の 意 見に対 す る羞恥 で ある。 こ れ は 一切 を 結合さ せ る セ メン ト で ある。実に素 晴 ら しい力 だぜ !実際 だ れ 一人の 脳 中に も 、自己の思想 と い うも の が 一つ も 残 ら な かった と は 、一体まあ誰 が 努力した結果 な ん で しょ う ? 」 と 強調 す る。 ド ス ト エフス キ ー は 、ネチ ャ ー エフ 事 件 を 契機 と し て 、革命党員に は 自分の 意 見 への羞恥心 を 持た せ る、即 ち 自分の思想 を 持た ず 、与 えら れ た思想のみ を 忠実 に守る党員 を 党 派 内 に作り出 す こ と こ そ が 、革命組織 を 結合さ せ る 最 大の組織 原理 と な る と 、 『悪霊』 を 書いた1 9 7 0 年に考察した。 ピョ ー ト ル は 、同 時 に強烈 な 独 善 性 を 備 え て いる。彼 は 「 最 初の一歩 を 発見 し て 、その一歩 を いかに踏み出 す べ き か を 知っ て いる人間 は た だ 一人、ロシア にた だ ひ と りしかい な い。そのた だ 一人 がぼ く な ん だ よ」 と 宣言 す る。そ れ は たん な る自信過剰 を 超 え て 、独 善的 、 う ぬ ぼ れ 的 体質 が 革命指導者の本質 的 特 徴 と し て 性格 づ けら れ て いる。 彼 は 、 自 ら が 結 成 した党 派 を 強固に基礎 づ け るために は 、 五人組の一人シ ャ ー
ト フ を 裏切者、 密 告の恐 れ のある者 と し て 、平然 と 計画 的 に殺 害 す る党 派 指導 者 で ある。シ ャ ー ト フ殺 害 後、彼 は 殺 害 共犯の革命家 を 前にし て 「 き みた ち の 進 む 道 は 、た だ いっさいの破壊 ---国家 と 道徳の破壊あるのみ で ある。そし て 賢者 は 自分た ち の仲間に加 え 、愚者 は ど ん ど ん馬蹄にか け る。そ れをき みた ち は 心苦しく思っ て は い け な い。 こ れ か ら 先 で も 数千人のシ ャ ー ト フ が 進路 に横 た わ っ て いる で しょ う 」 と 演説 す る。 ド ス ト エフス キ ー は 、 徹 底した破壊、道 徳の破壊 を 是認 す る革命理論の結末に は 、革命 運 動 内 部 で の大量殺人 が 発生 す る 悲 劇 を 読 み取った。 ド ス ト エ フ ス キ ー は 、 こ の 事 件 に 基 づ い て 、 「 ネ チ ャ ー エ フ 式 人 物、 党 派 」 の革命思想、倫理観、組織原理、殺人是認思想 を 掘り下 げ た。 『罪 と 罰』 で は 、 ラ ス コー リ ニ コ フの老婆 と その妹殺人に対 す る 良 心の呵責のプロ セ ス を 掘り下 げ 、革命思想による殺人実行者におい て 《魂の救済 は あり う るか》 と い う テ ー マ を 暗示した。そ れ に対し て 、 こ の『悪霊』 で は 、革命思想殺人 事 件にお け る 殺人実行に な ん ら 良 心の呵責 を も 感 じな い革命家 像 を 浮か び 上 が ら せ た。ス タ ヴロ ー ギ ン 、ピョ ー ト ル も 五人組 メン バ ー のほ と ん ど も 、 「 善 悪の存在し な い」 革命倫理観の持 ち 主、道徳 を 破壊し、人間規範の存在し な い革命党 派 と した。 こ のよ うな 性格 を 持った党 派 による革命 と 、自由獲得後の党 派 支配社会 は ど 『悪霊』 「三つの角燈がこの場を照らしていた。シャート フはふいに短い絶望的な叫びをもらした。ピョー トルがしっかりとした正確な手つきで彼の額に じかにピストルを当てると、ぐいと押しつける ようにして、引き金を引いた」 『悪霊』末尾 ( スタヴローギンに )「私には見える…現 ( うつ つ ) のように見える」チホンは魂を刺しつらぬ くような声で叫んだ。「いまだかってあなたは、 哀れな、破滅した若者よ、新しい、さらにさら に強烈な犯罪に、いまこの瞬間ほど近く立って おられたことはありませぬぞ!」「あなたは救い の道を求めて、新たな犯罪にとびつかれる」
1 1 うな るのか、そ こ で の神の存在=人間規範 は 存在 す るのか、 と い う 根本 的 テ ー マ は 、 『 カ ラ マ ー ゾ フ の 兄 弟 』 の『 大 審 問 官 』 伝 説 と な っ て 、 さ ら に 深 く 追 求 さ れ る。
3
、
『カラマーゾフの兄弟』
主人公の一人イワ ンは 、自分 が 創作した『大審問官』伝説に基 づ く結論 と し て 「神 は い な い。した が っ て 人間に は す べ て が 許さ れ て いる」 と い う 思想 を 持 つ。 こ の小説 で の殺人 事 件 は 、彼 と 精 神 的 な 分身関係にある私生児ス メ ルジ ャ コ フ が 、その思想 を 《殺人 も 許さ れ る》 と し て 、父親フョ ード ル殺し を す る こ と にある。た だ し こ れ は 、上記 2 作品のよ うな 革命思想に基 づ く殺人 と は 異 な る。 ド ス ト エフス キ ー は 、革命思想殺人 事 件の 探求 を ここ で は 行っ て い な い と 見る こ と も で き る。 『大審問 官 』伝説 しかし、有名 な 『大審問官』伝説 は 、 2 作品の延長線上にある。 『大審問官』 伝説 と は 、南欧の民衆に広範に伝 わ る伝説 で あり、イワ ン による近代 的 焼 き 直し創作 と し て 提起さ れ て いる。 伝 説 の 登 場 人 物 は 、 体 制 の 権 力 者 で あ る 枢 機 卿・ 大 審 問 官 と 1 5 0 0 年 ぶ り に 地 上 に 戻 っ た イ エ ス の 2 人 だ け で あ る。 そ の 背 景 人 物 像 と し て 、 ( 1) 15 00 年前に自由 を 宣伝したイエス ・ キ リ ス ト 、( 2 )自由 を 与 えら れ た 群 衆、 ( 3) そ の 後 イ エ ス の 教 え を 「 修 正 し た 」 大 審 問 官 ら 「 わ れ わ れ 」 、 ( 4) そ の 支 配 党 派 に 与 え ら れ た 自 由 を 差 し 出 す 群 衆、 そ し て ( 5) 「 枢 機 卿 で あ る 大 審 問官によっ て 一度に焼 き 殺さ れ た ば かりの、ほ と ん ど まる百人におよ ぶ 異端者 た ち 」 が 配置さ れ て いる。そ こ で せ り ふを 言 う の は 、大審問官一人 で 、イエス は 沈 黙 のまま で 追放さ れ る と い う 構 成 に な っ て いる。現代 で い う 《一人 芝 居劇》 のユニ ー ク な 作中劇 で ある。 『大審問官』の冒頭 「神の栄光のために国じゅうで毎日のように焚火が燃えさかり、「 壮 麗な火刑場で心あしき異教の徒を焼きつくす 」 という異端審問のもっ とも恐ろしい時代だ」「おびただしい数にのぼる住民の前で、ほとん どまる百人におよぶ異端者たちが、枢機卿である大審問官によって 一度に焼き殺されたばかりのところなんだ」
大審問官 は 、 群 集 を 「弱い人た ち 」 と 規 定 す る。そし て 「弱い魂 が あん な 恐 ろ し い 贈 り 物 ( 自 由 ) を 受 け 入 れ な い か ら と い っ て 何 が 悪 い の だ 」 「 い か に し て 弱 い 人 を 幸 福 に す る こ と が 可 能 か。 キ リ ス ト が 自 由 に よ っ て 否 定 し た こ と 、 即 ち 奇 跡 と 神秘 と 権威 だ 」 と す る。 そし て 、大審問官 ら の党 派 支配の正当性 を 「今 や 、まさしく、人 々 は いつの 時 代に も まし て 自分た ち が 完 全 に自由 で ある と 信 じ き っ て いる け れど 、実際に は 、その自由 を み ず か ら わ れ わ れ の と こ ろ へ も っ て き て 素直に わ れ わ れ の も と に捧 げ たの だ 」 と す る。そし て 大審問官 ら が 与 え る奇 跡 、神秘、権威 は 人 々を し て 「 わ れ わ れを 『神に仕 え る』か ら 『神 と み な す 』よ う に な る だ ろ う 」 と 断 言 す る。 ド ス ト エフス キ ー は 、革命権力下 で の直接体験 を し て い な い段階 で 、 ナ ロ ー ド ニ キ の革命思想 と 運 動 が 、そのまま発展し、権力 を 奪取した と き 、革命権力 と 国家宗教 と が 合体した 最 高権力者 像 「 大審問官 」 が 生ま れ る こ とを 洞察した。 「 わ れ わ れ 」と い う 支配党 派 による独裁体制 を 洞察した。 自由 を 差し出さ な い 「異 端者1 00 人」 を 火焙りに す る「赤色テロル」 を 想 定 した。 『大審問官』 15世紀すぎて再び現われたキリストと、彼を捕 らえた大審問官 「人々がわれわれのために自由を放棄し、われわ れに服従するときこそ、はじめて自由になれると いうことを、われわれは納得させてやる」
一 方 で 彼 は 「人間 は 反 逆 者 で ある」 と の基本認識 を 持っ て いる。その認識に 基 づ い て 、彼 ら 党 派 に自由 を 捧 げな い「まる百人におよ ぶ 異端者 を 一度に焼 き 殺し」 、革命後社会 で の絶対服従 を 強要 す る。 彼 は 自 由 を 宣 伝 し た イ エ ス と 比 較 し て 、 「 お 前 が 人 々 を 説 得 す る の に 用 い た と 同 じ その自由 を わ し も 説得した こ と が あるし…。 わ し は 引 き 返し て お前の偉 業 を 修正した人 々 の 群 れ に加 わ った」 と す る。革命先導者の沈 黙 を 前に置い て 、 自由=革命の理想の追 求 か ら 、体制支配者への 「 修正 」 を も 認める。 さ ら に、 彼 は 、 革命社会支配者の自 ら の苦悩 も 認める。 その苦悩の 内 容 と は 「 わ れ わ れ はキ リ ス ト に従順 で あり、 キ リ ス ト のために支配し て いるの だ と い う つ も り だ 。彼 ら をふ たた び 欺く わ け だ 。 こ の欺瞞の中に こ そ、 わ れ わ れ の苦悩 も 存在 す る。 なぜな ら わ れ わ れ は 嘘 を つ き つ づ け な け れ ばな ら な いか ら だ 」 と い うも の で ある。 も ち ろ ん、 こ の「苦悩」 は 、 ラ ス コー リ ニ コ フの 良 心の呵責 と は 異 な る。 ド ス ト エフス キ ー は 、 こ の『大審問官』伝説 を 通し て 、自由 を 獲得した革命 後の社会の様相 と 、そ こ で の 群 集 と 支配党 派 への分裂 を 見通した。 群 集による 革 命 の 獲 得 物 と 革 命 党 派 に よ る そ の 簒 奪、 独 裁 を 、 「 自 由 」 と 「 服 従 」 と い う 言 葉 で 象徴さ せ た。破壊 と 殺人 を 是認し、 そ れを 手段 と し て 達成 さ れ た「自由」 獲得後の革命社会 は 、おそる べ き 逆 ユ ー ト ピアに な る こ とを 洞察した。 ド ス ト エフス キ ー は 、 こ の大審問官に 2 つのイ メー ジ を 持た せ た。一つ は 国 家 と 国家宗教の党 派 的 権力具現者 で あり、かつ 事 実上の無神論者 で ある。その 根底に は ロ ー マカ ト リ ッ クと その思想批判 が ある。 もう 一つ は 、革命による権 力獲得後に革命先導者の教 え を 修正し、 群 集か ら 自由 を 剥奪し、独裁党 派 に自 由 を 捧 げな い異端者百人 を 火焙りに す る革命党 派 指導者 で ある。 『悪霊』 で は 、 権力奪取前の破壊 と 殺人 を 遂行 す る革命党 派 と その 群像 を 描いた。 『大審問官』 伝説 で は 、権力獲得後の革命国家にお け る独裁党 派 指導者の複雑 な 内 面 的 思考 と 人間 像 を 抉り出した。
父親フョードル殺人事件 その後のス ト ー リ ー は 、カ ラ マ ー ゾフ兄弟た ち による父親殺人 事 件の推理小 説 的 展開に な っ て いく。次男イワ ンは 、自分 が 創作した『伝説』か ら 、要約 す れ ば 「神 は い な い。した が っ て 人間に は す べ て が 許さ れ て いる」 と い う 結論 を 下 す 。彼の『伝説』 と 結論 を 直接聞いたの は 、 弟ア リ ョ ー シ ャ だが 、 父親フョ ー ド ルの私生児ス メ ルジ ャ コ フ も 聞い て いる。その「 す べ て が 許さ れ て いる」 と い う 「 す べ て 」 の 中 に は 、 《 殺 人 も 許 さ れ る 》 が 含 意 さ れ て い る。 ス メ ル ジ ャ コ フ は 、イワ ン の同 意 、教唆 を え た も の と し て 父親殺し を す る。 た だ 、 こ の父親殺し は 革命思想殺人 事 件 で はな い。 こ の 時 点 で は 、兄弟た ち に革命家 は い な い。 と な る と 、 こ の殺人 は 一種の《無神論思想殺人 事 件》 と い う 性格に な る。 ド ス ト エフス キ ー は 、 『罪 と 罰』 『悪霊』 で 、革命家一人による 殺人か ら 、革命党 派 による裏切者殺人へ と 探求 し て き た こ とを 『カ ラ マ ー ゾフ の兄弟』 で は 行 わ な かったの だ ろ う か。 『偉大なる罪びとの生涯』 構想 の 第 二部 彼 は 、その 探求 を 放棄し て い な かった、 と 私 は 考 え る。 こ の小説の冒頭 で 「 わ が 主人公、ア レ クセ イ・フョ ード ロ ウ ィチ・カ ラ マ ー ゾフの伝記 を 書 き 起 こ す にあたっ て 、私 は いささか と ま ど い を 覚 え て いる」 と 書いた。そし て 、ア レ クセ イ す な わ ち ア リ ョ ー シ ャ を 主人公にした二部構 成 の 小説に な る と し て いる。さ ら に「重要 な 小説 は 二番目の 方 で 、 こ れ は す で に現 代に な っ て か ら の、そ れ も まさに現在の こ の 瞬 間にお け る、 わ が 主人公の行動 で ある」 と 明言し て いる。 父親殺しの 第 一部 で はな く、重要 な 方 の 第 二部にお け る「主人公の行動」 と は 何 か。 二 部 構 成 の『 偉 大 な る 罪 び と の 生 涯 』 と い う 彼 の 構 想 で 、 「 偉 大 な る
罪 び と 」 と はツ ア ー リ 暗殺のテロ リ ス ト た ち の こ と で ある。当 時 の1 8 7 0 年 代後半 は 、 ナ ロ ード ニ キ の 運 動 と 、 レー ニ ン 、 ボ リ シェヴィ キ の社会主 義 革命 に は さま れ たテロ リ ズムの 時 代 だ った。1 866 年に は 、 ツ ア ー リ 暗殺未遂 事 件 が 起 き て い る。 第 二 部 で の ア リ ョ ー シ ャ の「 現 在 の こ の 瞬 間 に お け る 行 動 」 と は 、革命思想殺人 と し て の ツ ア ー リ 暗殺テロ リ ズム で ある。彼の創作 ノー ト や 書 簡 か ら 、 こ う 分析 す る研究者 も 少 な く な い。 た だ し、 第 二部の構想につい て は 、 い ろ い ろ な 解釈 が ある。 ( 1 ) 、 江 川卓 は 、 『 謎 と き 「 カ ラ マ ー ゾ フ の 兄 弟 」 』 ( 新 潮 選 書、 P. 2 7 9 ) で 、 「 一 三 年 後 の ア リ ョ ー シ ャ の 運 命に も っ と も ふ さ わ しいの は 、ロシアの父 で ある皇帝の暗殺 犯 と し て 、あるい は 暗殺の思想 的 黒 幕 と し て 処刑さ れ る こ と だ ろ う 」 と 明言し て いる。その解釈 で は 、カ ラ マ ー ゾフ家の父親フョ ード ル殺し と 、ロシアの父 =皇帝暗殺 と い う 、《父親殺しのテ ー マ》 が 連 結 す る。 ( 2 ) 、 埴谷雄高 は 、「 ド ス ト エフス キ ー は 革命の四重底、五重底ま で 洞察した」 と した が 、 第 二部構想 の 内 容 を あまり推測し て い な い。 ( 3 ) 、小林秀雄 は 、『 ド ス ト エフス キ ー 全 論考』 『カラマーゾフの兄弟』第5篇 「 4、反逆 」 イワン ( 引退将軍である地主が、自分の猟犬に怪我をさせた少年を 裸にし、母親の目の前で、猟犬に噛み殺させた話をして )、 「さて…こんな男をどうすればいい?銃殺か?言ってみろよ、ア リョーシャ」 「銃殺です」アリョーシャが低い声で口走った。 「ブラボー!」イワンは感激したように叫んだ。 「おまえがそう言うとなると、こりゃもう!いや、たいしたお坊さま だよ!してみると、おまえの胸のうちにも、ちょっとした悪魔の子 供ぐらいはひそんでいるんだね、アリョーシャ・カラマーゾフ君!」 「ぼくはばかげたことを言いました、しかし…」 「それそれ、その『しかし』なんだ」とイワンは叫んだ。
0 1 ( 講 談 社、 P. 2 8 9 ) で 、 テ ロ リ ス ト ・ ア リ ョ ー シ ャ に 否 定 的 で あ る。 そ れ だ け で な く、 彼 は 「 『 カ ラ マ ー ゾ フ の 兄 弟 』 が 、 凡 そ 続 編 と い う 様 な も の が 全 く 考 え ら れ ぬ 程 完 璧 な 作 」 「 完 全 な 形 式 が 続 編 を 拒 絶 し て い る 」 と し て 、 第 二 部構想につい て も 懐疑 的 で ある。私の見解 は 以下 で ある。 第 一部 で 、ゾシマ長老に仕 え る、神に敬虔 な 青年ア リ ョ ー シ ャ は 、同 時 に純 真 な 少年た ち のグル ー プ を 結 成 し、 その萌芽 的 党 派 の リ ー ダ ー と し て 活躍 す る。 私の推測 で は 、 第 二部におい て 、ア リ ョ ー シ ャ は その純粋さ を 革命 的 テロ リ ズ ムの思想に発展さ せ 、 成 長した青年た ち と テロ リ ズム党 派 を 結 成 し、 ツ ア ー リ 暗殺に向か う と 考 え る。 そ こ で 第 一部『大審問官』伝説 と 、 第 二部 で の「主人公の行動」 と が 、有機 的 な 関 連 を 持っ て 探求 さ れ る筈 だ った。神 を 信 じ 、いか な る殺人 を も 否 定 す る 第 一部のア リ ョ ー シ ャ が 、 ど のよ う にし て ツ ア ー リ 暗殺=殺人 を 是認 す る理論 を 抱 き 、行動 す る と い う 正反対の人物に転換し て いくのか、そ れ が ど のよ うな 苦悩 を 伴っ て 描か れ るのか は 、考 え る だ け で 胸 が と き めく思い が す る。暗殺計 画 は と うぜ ん無神論革命思想に基 づ く も の で ある。した が っ て その行動 は 、ア リ ョ ー シ ャ にお け る神の存在 と 不信 と 懐疑の 葛 藤、その結果 と し て 神の存在の 否 定 な しに は あり え な い。人間存在の根本 的 な 問題 が 、 およ び 「自由」 と 「服従」 のテ ー マ が 、『大審問官』 伝説 と の関係 を も っ て さ ら に 深 く追 求 さ れ る筈 だ った。 残 念 な が ら 、 ド ス ト エ フ ス キ ー は 、 1 8 8 1 年 に 死 去 し、 『 偉 大 な る 罪 び と の 生 涯 』 第 二 部 は 書 か れ な か っ た。 ま さ に、 そ の 年、 ア レ ク サ ン ド ル 二 世 が 、 ナ ロ ード ニ キ 「人民の 意 思」 派 によっ て 暗殺さ れ た。
4、
亀
山郁夫『
「カラマーゾフの兄弟」続
編
を空
想
する』引用
加
筆
『カラマーゾフの兄弟』未完 第2 部におけるツアーリ暗殺者? 皇 帝 を殺すのはアリョーシ ャ でなく、コーリ ャ なのか加 筆 ・引用 亀 山郁夫著『 「カラマーゾフの兄弟」続 編 を空 想 する』の新説 第2 部の存否につい て は 、さま ざ ま な 見解 が ある。私 は 、 ド ス ト エフス キ ー が 生 き て い れ ば 、 第2 部 を 執筆した と い う 説に立っ て いる。そし て 、彼 は 、皇 帝暗殺テロ リ ス ト を 主人公の一人にし、そ れ は ア リ ョ ー シ ャ に な る はず と 空想 し て き た。 亀山郁夫 は 、 30年 ぶ りの新訳『カ ラ マ ー ゾフの兄弟』に続い て 、 『 「カ ラ マ ー ゾ フ の 兄 弟 」 続 編 を 空 想 す る 』 ( 光 文 社 新 書、 2 0 0 7 年 9 月、 2 7 7 頁 ) を 出版した。そ こ で 彼 は 、4 章 に わ たっ て 、続編の空想 を 壮 大、かつ、緻 密 に展 1 年 月 日ナロードニキが、アレクサンドル二世を狙撃。ナロー ドニキから「人民の意志」派が成立し、皇帝列車、 宮殿の爆破を実行。 11 年 1 月 日ドストエフスキー死去。アリョーシャをツアーリ 暗殺テロリストとする『カラマーゾフの兄弟』の 続編・第 部は未完に終わる。 11 年 月 1 日ナロードニキの一つ「人民の意志」派が、皇帝ア レクサンドル二世をペテルブルグのエカチェリニ ンスキー運河岸で爆殺。 1 年 月 0 日レーニンが 1 歳のとき、兄アレクサンドルらの学 生グループが、皇帝アレクサンドル三世暗殺未遂 事件で逮捕。兄を含めて 人が絞首刑。 11 年 月 1 日レーニンは、スヴェルドロフ、トロツキーと協議の末、 皇帝ニコライ二世の処刑を指令。エカチェリンブ ルグで一家全員を 「 裁判なし射殺 」。開した。未完の 第2 部につい て こ れ ほ ど の推理 を 書 き 上 げ た人 は 、日本 で もな いし、世界 的 に見 て も 一人 も い な い で あ ろ う 。新訳作業の熱気 が こ の著書ま で 持続した と 思 わ れ る。 と こ ろ が 、 彼 は 、 そ の 第 2 章 「 皇 帝 を 殺 す の は 誰 か 」 ( P. 57~ 1 2 2 ) に おい て 、皇帝暗殺に向か う テロ リ ス ト を ア リ ョ ー シ ャ で な く、 コー リ ャ で はな い か と の 空 想 を 描 い た。 そ れ は 、 『 カ ラ マ ー ゾ フ の 兄 弟 』 の 第 4 部・ 10編「 少 年 た ち 」 と 、 「 エ ピ ロ ー グ 3 -イ リ ュ ー シ ェ チ カ の 葬 式。 石 の そ ば で の 演 説 」 か ら 導 き 出 さ れ て い る。 ア リ ョ ー シ ャ と コ ー リ ャ の 比 較 も い ろ い ろ し て い る。 そ こ で 、 私 も 再 度、 10編「 少 年 た ち 」 と 、 「 エ ピ ロ ー グ 3」 を 読 み 直 し た。 そ こ か ら 、私 は 亀山新説 をき わ め て 説得力 が 高い と 考 え た。 亀山説の根拠 と な る ご く一部のみ を 引用 す る。 コーリ ャ にまつわるいくつかの謎 「 第 10編 少 年 た ち 」 は 、 プ ロ ッ ト 面 か ら い う と 、 病 床 に あ る イ リ ュ ー シ ャ を コ ー リ ャ が 見 舞 う 、 と い っ た ご く シ ン プ ル な 内 容 に 尽 き て い る。 病 床 に は 、 イ リ ュ ー シ ャ と 仲直り を した少年た ち にく わ え 、 ア リ ョ ー シ ャ の姿 も ある。 コー リ ャ の愛犬ペ レ ズヴ ォン の大活躍によっ て 、 読 者 は 、ミ ー チ ャ が 乱痴気騒 ぎ を 繰り広 げ るモ ー ク ロエのシ ー ン 以来、久 々 にカ ー ニバル 的 な 気分 を 経験 す る こ と に な る。 こ のよ う に、一 読 した と こ ろ 単純 な プロッ ト を も つ 第 10編に は 、 じ つ は さま ざ ま な 謎 や 仕 掛 け が ほ ど こ さ れ て い る こ と が わ か る。 そ の ほ と ん ど が 、 「 第 二 の小説」のための伏線 と み な す こ と な しに は 、 と う て い説明 で き な い も の ば か り で ある。その種明かし を 、 ま ずはぜ ひ と も 読 者のみ な さんにゆ だね て みよ う 。
* 全 体 の バ ラ ン ス を 欠 く ま で の 長 さ を も つ ア リ ョ ー シ ャ と コ ー リ ャ の 二 度 に わ た る対話 *コ ーリ ャ が 夏休み に 経験し た 鉄道の エ ピ ソ ード *女中の 出産に ま つ わる少年と 少女の 会話と 大 砲 の お も ち ゃ の エ ピ ソ ード *ア リ ョ ーシ ャ と コ ーリ ャ の 対話に 現れる奇妙な 「 未 来 予測」 *そ の 直前 に お か れた 、少年ス ム ーロ フ と コ ーリ ャ の 会話の 中味 *市の た つ 広場で の 百姓や 商人と の コ ーリ ャ の 会話と 騒動 *愛犬ペ レ ズ ヴ ォ ン の し つ け 方に み られるコ ーリ ャ の 暴君ぶ り *イ リ ュ ーシ ャ の 病床で 語られる、い ささか と うと つ な 「 ガ チ ョ ウ 事件」 * ト ロ イ の 建 設者は だ れか をめ ぐ るコ ーリ ャ と カ ル タ シ ョ フ の 奇妙な 「 対立」 * 二 度 目 の ア リ ョ ー シ ャ と の 対 話 で コ ー リ ャ が も ら す 社 会 主 義 思 想 と ア メ リ カ 行き *コ ーリ ャ の 極 端な医 学 不信、医者ぎらい が 意味する も の *最後に 現れる 「 エ ル サ レ ム 」に つ い て の コ ーリ ャ の 受け 止め 方 いか がだ ろ う か?お わ かりのよ う に、列 挙 したモチ ー フのほ と ん ど が 、 コー リ ャ を めぐっ て 語 ら れ る も の ば かり で ある。 病 床のイ リ ュ ー シ ャ ヘの見舞い が ド ラ マの中心 で ある はずな のに、 精 彩 を 放つの は 病 人 で も ア リ ョ ー シ ャ で もな く、 コー リ ャ ひ と り で ある。 」 「 そ し て 、 イ リ ュ ー シ ャ 少 年 の 苦 し み、 喜 び を め ぐ る セ ン チ メ ン タ ル な 筋 書 き に翻弄 ( ほん ろ う ) さ れ 、 読 者のほ と ん ど は 、 第 10編の謎の謎たるゆ え んに 気 づ か な いまま 読 み 進 ん で いく。しかし ここ は 、 ド ス ト エフス キ ー が 「 第 二の 小説」の行 方 を に ら みつつ、知力の限り を つくし て 築 き 上 げ た部分 と 呼 ぶ こ と も で き るの だ 。作者 は 、続編にお け るア リ ョ ー シ ャ の 最 大の相手役 と な る コー リ ャ の性格 づ け を 、 徹 底し て 行 う 必要に迫 ら れ た も の ら しい。 こ う し て 、 コー リ ャ を 中心 と し て 「 第 二の小説」 が 、し ず かに始動し はじ め るの だが 、同 時 にまた、 コー リ ャ の相手役ア リ ョ ー シ ャ が ど のよ うな 位置 を 占 める こ と に な るのか、少し気に な っ て くる ( P. 84~ 86 ) 。」
も ち ろ ん、亀山著書につい て 、 こ の範囲の引用 だ け で は わ かりにくい。亀山 著書 と 『カ ラ マ ー ゾフの兄弟』の 10編「少年た ち 」 を 読 ま な い と 、 こ の新説 を 理解 で き な い と 思 わ れ る。さ ら に、亀山郁夫 は 、同著書の 第 3 章9 「テロル と 『カ ラ マ ー ゾフの兄弟』 と 検閲」 ( P.17 9 ~1 92 ) におい て 、テロ リ ズム と 執筆の相関関係 と し て 、1 866 年のテロルか ら 1 880 年のテロルに関 す る詳細 な デ ー タ を 14頁に も わ たっ て 載 せ て いる。皇帝暗殺テロ リ ス ト の中心 は 誰 か、 「 少 年 た ち 」 が テ ロ リ ス ト グ ル ー プ に な る の か を 空 想 す る こ と は 、 当 時 の皇帝暗殺テロル が 頻発した 時 代背景 と の リ アル な 関係か ら 見 て 、真実味 を 帯 び る。
5、
おわりに ドストエフス キ ーとチェルヌイシェフス キ ー、レーニン 彼 の 未 完・ 第 二 部 の かわ り に、 「 現 代 」 の 革 命 運 動 が 激 化 し、 彼 が 洞 察 し た 四 重 底、 五 重 底 を も っ た 革 命 と 大 量 の 革 命 思 想 殺 人 事 件 が 《 歴 史 の 原 稿 用 紙 》 に 書 き こ ま れ た。 『 悪 霊 』 と 『 大 審 問 官 』 伝 説 の 世 界 が 、 現 実 の も の と し て 巨 大 な 姿 を 現した。 ド ス ト エフス キ ー が 3作品 で 探求 した無神論革命思想殺人 事 件 は 、数十万倍の規模 と な っ て 炸裂し、ロシア 全 土 を 覆った。 1 880 年の 『大審問官』 と い う ド ス ト エフス キ ー の洞察か ら 37年 が 経った。 スイス亡命革命家 レー ニ ンは 、 ド イ ツ 軍 部 が 仕立 て た 「 封印列車 」 で フィ ン ラ ン ド 駅に帰国した。そ れ か ら わ ず か7カ月後、1 9 17年 11月7日、 レー ニ ン は 、臨 時 政府権力 と ソ ヴィエ ト 権力 と い う 二重権力双 方 にたい す る単独武装蜂 起・単独権力奪取 ク ー デ ター 手法により、赤色テロル型一党独裁・党治国家の 最 高権力者に な った。ソ 連 崩壊後、 現在ま で に、 「 レー ニ ン 秘 密 資料」 6000 点 や 膨 大 な アル ヒ ー フ ( 公 文 書 ) 、 秘 密 文 書 が 、 続 々 と 発 掘・ 公 開 さ れ た。 そ れ ら が 暴 露 し たこ と は 、 最 高権力 を 行使した5年 2 カ月間におい て 、 レー ニ ンが した こ と は 、まさ に、 『大審問官』 的 政治その も の だ った。 私 は 、別ファイル多数 で 、その政治・政策 内 容、およ び 、 レー ニ ン の殺人思 想用語、具体 的 な 大量殺 害 指令用語 を 詳述した。私の推計によ れ ば 、 レー ニ ン は 、 ボ リ シェヴィ キ 党独裁・党治国家に抵 抗 ・反対・批判 す る反乱農民、ス ト ラ イ キ労 働者、 反乱兵士 ・ 水兵、 「反 ソ ヴィエ ト =共産党に協力し な い」知識人、 聖職者・信徒 な ど 、 最 低 で も 数十万人の異論者 を 殺 害 ・強制収容所 送 り・追放 した。1 99 1年の ソ 連 崩壊 と 彼による大量殺人デ ータ 発掘・公表ま で は 、 と て も 信 じ ら れ な かった こ と で ある が 、 レー ニ ンは ついに現世に誕生した『大異 端審問官』 だ った。 『 「 赤 色テ ロ ル 」 型社会主 義 と レ ーニ ン が 「 殺し た 」 自 国民の 推計』 『 「 ス タ ー リ ン は 悪 い が 、 レ ー ニ ン は 正 し い 」 説 の 検 証 -レ ー ニ ン 神 話 と 真 実 』 フ ァ イ ル 多数 ド ス ト エフス キ ー は 、イワ ン に「神 や 魂の不死 はな い、つまり、 す べ て は 許 さ れ る」 と 語 ら せ た。ス メ ルジ ャ コ フ は 、そ れを 「 殺人 も 許さ れ る 」 と 受 け 止 め て 、 父親殺し を した。1 880 年当 時 、 ナ ロ ード ニ キ ら 革命 派が 掲 げ たの は 、 「 戦 闘 的 無 神 論 」 だ っ た。 ド ス ト エ フ ス キ ー は 、 そ の イ ワ ン 発 言 を 通 じ て 、 ロ シア型 「 戦 闘 的 無神論 」 が 内 包 す る革命倫理の行 き つく先 を 予言した。 彼 は 、 《 ロ シ ア に お け る 社 会 主 義 革 命 と い う 目 的 ・ 理 想 が あ れ ば 、 そ の 一 党 独裁党 派 「 わ れ わ れ 」 による 「 異端者 」 の大量殺人・追放 と い う 手段 は す べ て 許さ れ る》=《社会主 義 目 的 は 大量殺人手段 を 正当化 す る》 と い う 権力システ ム が 誕生 す る こ とを 予言した。
ソ 連 崩 壊 後 の「 レ ー ニ ン 秘 密 資 料 」 6 0 0 0 点 な ど で 、 初 め て 明 ら か に さ れ た こ と の 一 部 は 、 以 下 で あ る。 レ ー ニ ン は 、 権 力 奪 取 と 同 時 に、 「 神 は い な い、 つ ま り、 す べ て は 許 さ れ る 」 を さ ら に 発 展 さ せ た ボ リ シ ェ ヴ ィ キ 型 「 戦 闘 的 無 神 論 」 = 人 民 の 敵 は 殺 せ と い う 赤 色 テ ロ ル 信 念 を 実 行 に 移 し た。 彼 は 、 1 922 年前半、その 「 戦 闘 的 無神論 」 に基 づ い て 、教会破壊・教会財産没収 だ け で な く、ロシア正教聖職者数万人 を 銃殺し、信徒 も 数万人殺 害 した。 そし て 、1 922 年後半 は 、旧ロシア ・ ソ 連 文化人 ・ 知識人た ち に「反 ソ ヴィ エ ト 」 と い うレ ッテル を 貼りつ け た。彼 は 、旧ロシア・ ソ 連 文化人=共産党員 で な く、共産党に協力し な い知識人の国外大量追放 を 「作 戦 」 と 名付 け た。そ の実行 を 、秘 密 政治警察チェ ー カ ー に指令し、自 ら も 多数の追放 リ ス ト を 作 成 し た。 彼 は 、 数 万 人 の 知 識 人 を 、 ( 1 ) 国 外 追 放、 ( 2 ) 国 内 流 刑、 ( 3 ) 強 制 収 容 所 送 り に し、 そ れ に よ り 旧 ロ シ ア・ ソ 連 文 化 の 人 的 絶 滅 作 戦 を 遂 行 し た。 こ の 詳 細 な デ ー タ は 、 『 聖 職 者 』 フ ァ イ ル、 お よ び 『 知 識 人 』 フ ァ イ ル に 載 せ て ある。 『 聖 職 者 全 員 銃 殺 型 社 会 主 義 と レ ー ニ ン の 革 命 倫 理 』 レ ー ニ ン ・ ス タ ー リ ン で 約 7 0 万人殺害 『 「 反ソ ヴェ ト 」知識人の 大量追 放 「 作戦」と レ ーニ ン の 党 派性』 哲 学 者ベルジ ャ ー エフ も 、その一人 と し て 国外追放さ れ た。彼 は 、追放前の 1 9 1 8 年に、 は や く も 、 レー ニ ン のロシア革命 を 根源 的 に批判 す る とと も に、 「 ド ス ト エフス キ ー は 、 ロシア革命の予言者」 と した。彼の1 9 1 8 年論文『ロ シア革命の 精 神』 は 、『 深 き 渕より --ロシア革命批判論文集 2 』 ( 現代企画室、 1 992 年 ) にある。そし て 、次のよ う に分析した。 「 ロ シ ア 革 命 は ド ス ト エ フ ス キ ー が 洞 察 し、 天 才 的 に 鋭 く 見 破 っ た ま さ に あ の原理によっ て 育ま れ たの で ある。 ド ス ト エフス キ ー に は ロシアの革命思想の 弁証法 をと こ と ん暴 き 出し、そ こ か ら 最 終 的 な 結論 を 引 き 出 す 眼力 が あった」 。 「 ド ス ト エ フ ス キ ー は ロ シ ア 社 会 主 義 の 果 実 が い か に 苦 い も の と な る か 予 見 し たの で ある。彼 は 西欧のそ れと は 似 て も 似つか な い、完 全 に独自 な ロシア 的 ニ
ヒ リ ズム と ロシア 的 無神論の根源 的 な 力 を 暴 き 出した」 ( P. 66 ) 。 ベルジ ャ ー エフ は 、 レー ニ ン の人格につい て も 、1 922 年国外追放ま で の レ ー ニ ン 直 接 体 験 に 基 づ い て 、 次 の よ う に 規 定 し た。 「 レ ー ニ ン と は 、 権 力 だ け のための権力者 で ある」 。 レ ー ニ ン 、 ス タ ー リ ン ら が 強 行 し た 強 制 収 容 所 送 り、 追 放、 収 容 所 内 死 亡、 銃 殺 者 は 約 4 0 0 0 万 人 と さ れ て い る。 『 悪 霊 』 に あ る よ う な 、 革 命 党 派 内 部 で の裏切者殺人 と し て の ソ 連 共産党員 と 除名さ れ た元共産党員の銃殺、獄死 は 約 200 万人 と い う 、ロイ・ メド ヴェ ー ジェフによる推計 も ある。治 安 機関に よっ て 反革命罪 で 裁か れ 、死刑 と な った者の年度別長期統計 が 、 ソ 連 崩壊後に 公表さ れ た。そ れ によ れ ば 、1 92 1年か ら 23年、 レー ニ ン 生存中の反革命処 刑 = 革 命 思 想 殺 人 事 件 は 、 1 2 、 0 7 7 件 で 、 そ の 後 1 9 2 4 年 か ら 53年 で は 7 8 7、 37 8 件にの ぼ った。 レー ニ ン の兄ア レ ク サ ン ド ル は 、皇帝ア レ ク サ ン ド ル三世暗殺未遂 事 件 で 絞 首刑に な る前、 ナ ロ ード ニ キ 哲 学 者・作家チェルヌイシェフス キ ー の小説『何 を な す べ き か』 を 愛 読 し て いた。 レー ニ ンも 、 兄の影響により、 その小説のス ト ー リ ー を 暗記 す るほ ど 熟 読 し、 自分の著作に同 じ 題名『 な に を な す べ き か』 を 付 け た。そ れ だ け で な く、 彼 は 、 革 命 の 名 を 掲 げ た 明 白 な 殺 人 事 件 の 殺 人 犯 人 ネ チ ャ ー エ フ を 全 面 的 に 擁 護 し、 かつ、 『何 を な す べ き か』に描か れ た革命ユ ー ト ピア水晶宮 を 、『地下室の手記』 におい て 痛烈に批判した ド ス ト エフス キ ー の作品にたいし、次のよ う に発言し た ( 1 9 4 3 年、 雑 誌「 三 十 日 間 」 に 掲 載 ) 。「 『 悪 霊 』 の よ う な 反 動 的 な 小 説 を 読 む 時 間 は 私に はな い。 こ の小説によっ て ネチ ャ ー エフのよ うな 人の存在 が お と しめ ら れ て いる。ネチ ャ ー エフのよ うな 人 は わ れ わ れ に と っ て 必要 だ った ん だ 」 。 兄 ア レ ク サ ン ド ル は 、 ツ ア ー リ 暗 殺 未 遂 だ っ た。 当 時 17歳 の 弟 レ ー ニ ン は 、
裁判にか け 、兄 を 絞首刑にした ツ ア ー リ と 帝政 をど う 思ったのか。その 事 件に つい て は 、弟 レー ニ ン 自身、妻 ク ル ー プスカ ヤ 、妹マ リ ア ら も 完璧 な 沈 黙 を し て いる。その沈 黙 は 、 そ れ に関 す る 怨念 の 深 さ を 物語っ て い な いのか。歴史 は 、 ツ ア ー リ を 銃殺したの が 、 ド ス ト エフス キ ー 『カ ラ マ ー ゾフの兄弟』未完 第2 部小説上のア リ ョ ー シ ャ や コー リ ャ で な く、兄 を 殺 害 さ れ た、現存 す る『大異 端審問官』 レー ニ ンだ った こ とを 示した。 1 9 1 8 年7月 16~ 17日、 レー ニ ンは 、スヴェル ド ロフ、 ト ロ ツキ ー ら 3人 だ け で 協議の末、 皇帝ニ コ ラ イ二世の処刑 を 指令した。 そし て 、 7月 16~ 17日 夜 、 ウ ラ ル州 ソ ヴィエ ト 幹部会 は 、 レー ニ ン ・スヴェル ド ロフ ら による秘 密 指令に 基 づ く決 定 で 、エカチェ リ ン ブルグにおい て 、一家 全 員の 「 裁判 な し射殺」 を した。翌7月 18日、 全 ロシア中央執行委員会幹部会 は 、ニ コ ラ イ・ロマ ーノ フ 銃殺の ウ ラ ル州 ソ ヴィエ ト 幹部会決 定 ・執行の 事 後承認 を した。 ウ ラ ル で 殺さ れ たロマ ーノ フ一家 は 15人 だ った ( 稲 子恒夫『ロシアの 20世紀』P.1 2 4 ) 。 ( 関 連 ファイル ) 『 ド ス ト エフス キ ー と 革命思想殺人 事 件の 探求 』電子書籍版 『ザミ ャ ー チ ン 「 わ れ ら 」 と 1 920 、 2 1年の レー ニ ン 』3D CG 12枚 『 オ ー ウ ェルにお け る革命権力 と 共産党』3D CG 7枚 『 ソ ルジェニ ー ツ ィ ン のたたかい、西側追放 事 件』3D CG9 枚 『 ソ ルジェニ ー ツ ィ ン 「収容所 群 島」 』 第2章 「 わ が 下水道の歴史」 『 ソ ルジェニ ー ツ ィ ン 「収容所 群 島」 』 第 3 章 「審理」 32種類の拷問 『 「 革 命 」 作 家 ゴ ー リ キ ー と 「 囚 人 」 作 家 勝 野 金 政 』 ス タ ー リ ン 記 念 運 河 建 設 で の 接点 『 レー ニ ン 「国家 と 革命」の位置 づ け 』革命ユ ー ト ピア・ 逆 ユ ー ト ピア小説 『 「 赤色テロル 」 型社会主 義 と レー ニ ンが 「 殺した 」 自国民の推計』 google 『 ド ス ト エフス キ ー 』 Seigo 『 ド ス ト エフ好 き ー のペ ー ジ』