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養護学校における高等部専攻科の試み : 学校から社会へのトランジション保障の視点から

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19

養護学校における高等部専攻科の試み

一学校から社会へのトランジション保障の視点から一

渡部 昭男*

The History and Practice of Postgraduate Courses of Upper Secondary Depart]〔nerlts

       of Private Special Schools in Japan

      −from a viewpoi就of successful transition of young people with

      diasbilities from school to adult and working Iife一

WATANABE Akio

 障害児の後期中等教育段階への進学率はこの10余年で飛躍的 に上昇した。1997年度からは高等部における教員派遣による教 育(いわゆる訪問教育)の試行的実施も開始され、1997年3月 卒業者の進学率1)は盲学校中学部卒が96.7%、聾学校中学部卒が 99.8%、養護学校中学部卒が89.0%、中学校75条学級卒が77.1 %となっている。養護学校中学部卒が90%台に、中学校75条学 級卒が80%台に乗るのは日寺間の問題と推定され、希望する全て の障害児が進学し、6∼18歳におよぶ12年間の学校教育を受け 得る時代にほぼ達したと見なすことができよう。このように障 害児を含めて、義務教育(ないし前期中等教育)段階から後期 中等教育段階への接続(articulation)問題は、後期中等教育の 義務化(義務教育年限の延長)ではなく、15歳時点で離学する 自由を認めた上での希望者全員進学制の方向に収敷しつつある2)。  しかし、後期中等教育のあり方は接続保障からだけではなく、 学校から社会ないし子どもから大人への移行(transition)保障 の視点からも検討されなければならない。OECD/CERI(経済協 力開発機構/教育研究革新センター)3)は、障害を有する青年の トランジションを①自律と自立、②生産的活動、③社交関係・ 地域参加・レクリエーションと余暇活動、④家庭での役割履行 という4領域において「成人となること」と幅広くトータルに とらえ、「青年期から成人期への移行の全局面を包含した概念枠 組み」の必要性を提起している。トランジション保障は、およ そ14・15歳から2G歳台半ぼ頃までに及ぶ継続的で持続的な営み とされ、相互に連関しっっも相対的に異なる3つの段階、すな わち①義務教育の最終数学年、②継続教育と職業準備、③労働 及び成人生活の始期に時期区分されている。これに従うと、専 攻科を含む盲・聾・養護学校の高等部は、②の段階に相当する。  本稿では、トランジション保障の視点から、養護学校におけ る高等部専攻科の試みを整理し、考察を加える。

1,専攻科の法的位置づけと養護学校への設置状況

切 専攻科の法的位置づけ  学校教育法第48条は、高等学校に専攻科及び別科を置くこと ができるとしており、第76条によって盲・聾・養護学校に準用 されている。専攻科及び別科の修業年限はともに1年以上であ るが、別科が高等学校(高等部)の入学資格者を対象に「簡易 な程度において、特別の技能教育を施すこと」(第48条第3項) を目的としているのに対して、専攻科は高等学校(高等部)卒 業者を対象に「精深な程度において、特別の事項を教授し、そ の研究を指導すること」(第48条第2項)を目的としている。な お、専攻科は高等専門学校(第70条の6)、大学(第57条)及び 短期大学(第57条、第69条の2)にも設置することができる。 しかし、大学の場合には大学院(第62条)、他の場合にも各々更 なる上級進学機関があることを勘案すると、いずれの教育機関 に併設された場合でも専攻科は、法的には上級教育階梯ではな くあくまでも同じ教育階梯内における継続(延長)教育機関と しての位置づけとなる。とはいえ、文部省の行う「学校基本調 査2において専攻科に進むことは「進学」として扱われており、 また例えば教育職員免許法において専修免許状の基礎資格であ る「修士の学位を有すること」に大学の専攻科に1年以上在学 することを含んで認可している(教育職員免許法第5条・別表 第一・備考第2号、同別表第二・備考第2号)など、実態とし て専攻科は学歴アップ機関としての性格を併せ持って機能して いる。 ・鳥取大学教育学部学校教育講座(障害児教育) キーワード:養護学校,高等部専攻科,トランジション,      青年期教育 (2)養護学校への設置状況  専攻科の設置状況4)について、専攻科設置学校数の統計がない ために、盲・聾・養護学校の学校数・高等部設置校数及び専攻 科学科数・学級数・生徒数を示した(表1)。盲・聾学校におい ては戦後の早い時期から専攻科教育が行われてきたが、養護学 校に関しては公立校には未だ設置されておらず、私立校に設け られているのみである。統計的に学科数の判明する最新の1996 年度についてみると、盲学校96学科(同隼度で国公私立計71校・ 高等部設置校61校中)、聾学校79学科(同じく107校・70校中)に 対して、養護学校はわずかに7学科.(同じく797校・570校中) に留まっている。  1997年度現在においては、私立養護学校16校の内の7校に専 攻科(普通科)が設置されている。各々については後に詳述す るが、1969年度にいずみ養護学校、75年度に光の村養護学校、 81年度に旭出養護学校、85隼度に聖坂養護学校に開設された後、 近年たて続けに94年度に若葉養護学校、95年度に聖母の家学園、 96年度に三愛学舎養護学校が専攻科を設けている。7校全てが 「精神薄弱」養護学校であり、3年制を唯一採る旭出養護学校 を除いて、他の6校は2年制である。

(2)

20 渡部昭男 養護学校における高等部専攻科の試み

2,私立養護学校7校の試み5)

(1)学校法人明和学園 いずみ養護学校6)  1958年に服飾専門学校を開設していた学校法入明和学園内に 障害女児の職業補導場「いつみ学園」が併置され、62年にはい ずみ養護学校(女子高等部)として開校された。卒業生の進路 保障の一環として、65年に養護学校附属授産所が誕生し(符年 から社会福祉法入・愛子福祉会いずみ授産所)、69年には全国で 初めて養護学校に専攻科を聞設した。専攻科は高等部本科3年 の課程を基盤として、コース制を導入して専攻科修了後の自立 を目ま旨している。家庭科を中心とした教育課程に特色があり、 また寄宿舎(明和寮)と密接な連絡をとった自立への生活指導 が行われている。1学年定員は本科24名、専攻科12名であり、 専攻科に進むのは本科生の約半数及び他校からの数名である。 (2)学校法人光の村養護学校 土佐自然学園η  1959年に高知市立小・中学校養護学級分室の中に光の村職業 補導所が併設され、私立学校設立の準備の一環として、66年に 精神薄弱児施設光の村学國(71年に光の村わかぎ寮に改称)が 開設され、69年に光の村養護学校(本科3年・別科2年)とし て設立された阜当初は高等部養護学校から実業高校を目指した が、75年に別科を廃して専攻科を設け、「技術教育を柱とする5 年制の青年期学校」(注7−a)となった。83年には中学部を開 設して「全青年期に対応する教育体制」(同a)を整え、86年に 秩父白然学園(埼玉県)を開設したのを機会に土佐窪然学園に 改称している。教育課程は暮らしの教育・からだの教育・仕事 の教育で編成され、高等部本科卒業時にトライアスロン(遠泳・ サイクリング・マラソン)への挑戦が行われる。専攻科はプロ を目指した技能訓練・技衛教育が中心である。なお、並行して 社会福祉法人を設立して更生施設(71年)・通勤寮(72年、認可 78隼)・グループホーム(92年)などを整備し、株式会社(75年、 80年等)も発足させて、全国的な圏域での「生涯教育総合施設」 を目指している。 ③ 学校法人旭出学園 旭出養護学校8)  ユ950年に豊島区目白町徳川邸内に開園され、58年の各種学校 「練馬生活学園」を経て、60年に旭出学園教育研究所を開設、 養護学校(小中高併設)も開校された。62年から練馬区東大泉 に順次移転し、79年に幼稚部と専攻科が認可された。専攻科は 81年の校舎落成を待って開科され、「仕事の社会的意義をわから せ、一般社会生活への参加をめざす」(注8∼b)ことを目標と している。養護学校専攻科としては3年制を唯一採っているが、 3学年複式1学級と定員は少なく、本科卒業生の数名が進学す る状況である。近年では、福祉園(後述)への入所待ちからだ けではなく、「思春期で示された困った行動が長引くこと」を専 攻科を含めた継続的な指導・援助によって克服してより自立的 な人閲に近づけることが意識されたりく注8−d)、また卒業生 の短期(数か月)受け入れによる再教育も試みられている。な お、専攻科より前から、72年度には社会福祉法人を設立して授 産施設・旭出生産福祉園を隣設する(74年)とともに、静岡県 口2年)や千葉県(80年)等にも生活労働施設を整備している。 ㈲ 学校法入日本水上学校 聖坂養護学校9)  戦前の1942年に始めた水上学校が戦後の四年に日本水上学校 として設立され、51年に学校法人として認可された際に養護施 設事業の運営が委託された。騒年の財団法人・61年の社会福祉 法人日本水上学園を経て、67年には日本水上学校を閉校し、代 わって聖坂養護学校(小学部)を開設した。?9年に中学部、82 年に高等部を開設し、85年に専攻科が設けられた。キリスト教 の精神を基盤として個々の個性に応じた指導が追求されており、 高等部も本科と専攻科の5年間が連続的に位置づけられている (本科卒業時点で離学する者は若干名である)。「とかく高等部 教育の目標が進路指導に左右されたり、適応的な指導に偏りが ちであるが、それは誤りである」「進路はあくまでも教育的指導 の結果であり、進路自体が教育の目標ではない」(注9−f)と いう進路指導方針により、これまでにない新しい専攻科のあり 方を提示している。と同時に、卒後保障として社会福祉法人を 設立(88年)して通所更生施設(89年)を開き、また横浜市在 宅支援サービスセンター事業(92年)にも着手して、生涯保障 体制の確立に努めている。 ⑤ 学校法人大出学園 若葉養護学校川  1993年に学校法人が認可され、94年より若葉養護学校(高等 部本科・専攻科)が開設された。学校自体が設立されて間がな く、家政・農園芸・染織のコース選択制を試行しながら、実践 創造の模索期にある。寄宿舎「杜の子ファーム」を活用した国 公立養護学校からの宿泊訓練・職業実習の受け入れも試みられ ている。なお、学校設立以前から障害者福祉事業にも着手して おり、卒後保障の構想も練られつつある。 (6)学校法人 養護学校・聖母の家学圏餌  社会福祉法人カトリック京都市教区カリタス会により1966年 に精神薄弱児施設「聖母の家」(定員30名→翌年15◎名)が設立 され、67年から市立内部小学校への通学による学校教育保障が 開始された。69年度からは施設内に分教室が設けられ、それが 前身となって、71年1こ「聖母の家」内に養護学校聖母の家(小 中学部)が開設された。後に施設経営は「汚れなき聖母の騎士 聖フランシスコ修道女会」(長崎県)に委ねられ、8◎年には社会 福祉法人三重聖母の騎士会が認可されて、正式な施設経営の主 体となった。養護学校は87年より高等部を設置し、95隼には専 攻科が設けられた。その際、聖坂養護学校に大きな影響を受け、 学園生以外の進学者も受けとめてパ年閲の高校生活」保障(注 //−a)を特色として打ち出している。なお、進路保障として、 学園援護促進協議会(後に、障害者を囲むマリアの会と改称) が小規模授産施設を開所(91年)している。また、福祉施設哩 母の家」においても、児童施設部門に加えて、更生施設の開設 (83年)、同重度棟の設置(87年)、地域生活援助事業(グルー プホーム)の発足(92年)などの展開がみられる。 (7)学校法入カナン学園 三愛学舎養護(高等)学校12)  1972年に社会福祉法人カナンの園が認可され、73年に児童施 設「奥中山学園づが開園、同時に奥中山小学校及び中学校内に 特別学級が設置された。卒後保障として、獲年には学園内に私 設高等部が設けられ、数年の設立準備を経て78年に三愛学舎養 護学校が開校された。義務教育段階は地域校く8ヱ年より小学校 に位置的統合したみたけ養護学校奥中山分校)で学び、三愛学 舎は「養護高等学校」と性格づけられた。96年より専攻科を開 設したことで、本科の教育にゆとりが生まれ、基礎的素養・個 性の充実を図る本科3年と個々の生活確立を図る専攻科2年の

(3)

表1 盲・墾・養護学校における高等部専攻科の設置状況(学校数・高等部設躍校数及び専攻科学科数・学級数・生徒数) (1997隼 渡部作成) 年度(}F準) 正955 60 65 68 ・・i7G  タ ∼: 舷  数(校〉 77 76 77 75 75i・・ 打 高、」部6茄校数(校) 65 63

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  94; 三1 1 6 7 3 14 1 7 ] 1 28  24 95  96  97 注 1)学杖数(川公私/!チ{卜、分}誤含む)は、翅緒『学{Wへ」けF!llll編各ド度より{ノ1戒し、文部省初.3中.)教ず∫局7芋殊玖で}ll〕、(1997)鞠殊敦も行料(’ド成8年度)』のf盲・聾・蕗邊∼:校奴の推移一lkレ公・私ウ.1λ噛一1に國ご臨、2した◇   2}高、パい誌置板数(【鉋1公寂川「、分校を含む)は、文部省『学校基イぷぐ℃報{パ繍各年度よ’り{1i成した。竺欄は、『第kパ本〃布Wl告∴jlバ己載がないことをノパす。   3>〃攻朴は、h」:校については図公私∼1のは、聾学↓父については国乏\7の計、養護}校については私’1のみの数である。   4>学科数は、文部省初諺卜.3・敦川誇、∫殊教ず」轟『穿」殊教イ,資孝日各年度より作1戊した。19884:度以前については、X尭註が小されていない。   5>’了:級数及び生徒数は、文部省rゾ校パ本講企報∼き、紺各年度より作成した〈、力欄は、 『学校八本∬炬禄llぴに,}し載がないことを小31。   6>]955・6G・65年度を力li出した後に、必蔓’;叫郊こ専攻科が㍑置された196{)年度の前年度(1968午度)からは毎年度を掲載した。   7>鍵‘;整了:杖に関する【。】,パ’1箏攻杜の開“麺1渡は、1969年度:いザみ養星2校、75年度1光の村養婆了杖、8三年度:旭出心杁、襲学校、85年度1聖坂蕊、鯉じ:校、閲年度:才泉笈護ト校、95年度:Ψ母の承f綱、964度:ス愛学舎蜘X学奴である◇   8>いずみ養護Z校に渕しては、いずみ☆、:星∫二校(1992) rl,己念1止 :Pi:]、同(1996) 鮫養、’時代/,日録誌一春秋』』メ1有余年き、1lil(三997) 「学:}ズ舞覧(1:成9年度)]より作成した。厚攻秒生徒数は在籍f}三度で、進路状況は卒ん・1…(3;Dで‘心赦した◇ 憾 司 鋤 別 謙 ぺ d口 お 鵠 ω 已

(4)

22 渡部昭男:養護学校における高等部専攻科の試み 「5ケ年の青年期教育」保障を目指している。併せて、生活部 門く更生施設(80年)・生活訓練棟(87年)・福祉ホーム(88年)・ グループホーム(89・90年)〉及び労働部門〈有限会社(82年)・ 通所授産施設(92年)・福祉工場(98年予)〉の生涯にわたる事 業展開がなされている。

3,トランジション保障から見た専攻科の可能性

(1) 「落ち穂拾い」的機能ないし職業教育機能  養護学校の専攻科は、養護学校に高等部(本科)が設置され た経緯に酷似して、初期には就労できない者の為の「落ち穂拾 い」的機能を持ち、主に就労のための職業・作業学習を中心と してきた。  いずみ養護学校において授産所開設から4年後(1969年)に 専攻科が設置された経緯として、「卒業生の職業訓練の場と考え た、いずみ養護学校附属授産所であったが、能力の高い者が外 部に就職し、能力の低い者のみの場とな」Σ3)ったことが大きな要 因であったとされる。すなわち、授産所において一定の賃金を 確保したいとの保護者の希望に応えるには、授産所とは別に準 備的な「職業訓練の場」を設ける必要が生じ、ヂ1、月謝を納め て、自分の材料で学習/2、噴ってもらえる作品』を作る場/ 3、学校作業年限の延長による心身発達の助長と社会自立を図 る人づくりの場としての有効性への期待(大人になるための修 業の場)ゴ3)等々の位置づけから専攻科が発足したのであった。 表1の下段に、いずみ養護学校における高等部本科卒業生の進 路状況を掲載したが、本科卒業生の全員が進学したのは1969∼97 年の29回の内で70・72年の2回のみであり、就職等により本科 卒業時点で離学する者の少なくないことが分かる。とはいえ、 専攻科の実践を蓄積する中で、「確かに、専攻科での二隼間の学 習態度、交友関係などには著しい進境がみられるノ3)という実感 を強めていることは貴重である。  なお、専攻科設置の類似した経緯は、旭出生産福祉園が設置 された5年後(1979年)に専攻科の設置認可を受けた旭出養護 学校においても認められる。すなわち、福祉園の定員が空くの を待ったり、福祉園の作業活動に参加しうる育ちを保障するた めに専攻科を利用するもので、専攻科が福祉園への待機ないし 入園準備の機能を持っていたと推測される。  さらに、光の村養護学校における専攻科(1975年)の開設は、 職業教育(ないし技術教育)機能を前面に出したものであった。 その特徴は、本科3年・専攻科2年を継続してとらえた「5年 箭‖」を初めて打ち出したことであった。ただし、「青隼期は子 どもから大人への鍛錬過程凶として想定されていた。 ② 移行保障及び青年期教育の萌芽  聖坂養護学校(1985年)以降には、個性の伸長・充実を重視 した青年期教育の実践が登場する。  1977年、当時小学部しかなかった聖坂養護学校は養護学校教 育の義務制を前に公立校への転校が相次いで児童数が半減する 中で、「聖坂養護学校総合計画」を策定した。そこには、「第1 期:中学部・高等部の設置」「第2期:寄宿舎の設置」に次いで、 P第3期二幼稚部・高等部専攻科の設置」が盛り込まれていた。 この「総合計画」に基づき、1979年に開設した中学部新入生の 学年進行に呼応して、1982年に高等部本科を、1985年度には専 攻科を開設したのであった。その際、高等部教育の充実として ①教育年限の延長及び②教育内容の充実の二本柱が位置づけら れていだ5)。聖坂養護学校の高等部は本科と専攻科が一貫した ヂ5年制」であり、学習集団の編成も本科と専攻科の合同で行 われている。  「総合計画壽の策定から聖坂養護学校づくりを先導してきた 柴田昌一校長は、青年期前期を「感性が豊かで、その後の人生 の基礎的な情緒や人格をつくる大切な時期」ととらえ、「感性豊 かなこの時期、ゆったりと豊かで充実した生活を送らせること ができればと考え専攻科を設置した」と言デ6}。「社会は厳しい」 とのスローガンの下に行われる「スパルタ的な指導」には批判 的な立場を採り、「本校高等部の課題としては、むしろ職業訓練 より社会への移行期間として、個別のニーズに応じて幅広い社 会生活スキル訓練の実践にある」としている。具体的には、家 庭生活、移動(交通)、買い物、社会資源の活用、地域の友人関 係、経済生活、余暇など「地域生活に必要な生活スキル」を例 示している瑚。  校長だけでなく、高等部進路担当の立場からも同様の視点が 示されている。すなわち、聖坂養護学校の教育は「児童生徒の 全面発達を目指している」とされ、その一環において高等部の 教育の目標は「生活力を高め窪立する力を養うこと」とされる。 その際に、「自立」とは「創造的・主体的に他者と協力できる力、 つまり他者からの呼び掛けに対して主体的に応える力」であっ て、「社会に適応するという狭い意味での自立」ではないとされ ている1η。  聖坂養護学校の実践から大きな影響を受けて専攻科を設置 (1995年)した聖母の家学園では、「思春期後期から青年期を迎 える生徒たち}ことって大切なもの」として、①興味・意欲(友だ ち、余暇、異性への関心、生産の喜び、得意なこと等)、②理解 力・基礎学力(言ii昏数量のカなど)、③生活の力(生活していく 上で必要となる機能的・技能的なカと経験〉の3つを設定し、 「新たな自分の発見一地域で働く社会人として、よりよい選択 のできるカー」をめざしている。今後さらに、専攻科の「本科との 違い」も位置づけながら、唱分のことは自分で決める一かけが えのないたった一人の私だから一」ひできること3と『わかって できること』の違い」「よりよい自分を選択するために」「より豊か に生きる人間をめざして」などの探究を行おうとしている18)。  最も新しく専攻科を設置(1996年)した三愛学舎養護学校は、 既述のように、本科と専攻科を継続的にとらえて「5ケ年の青 年期教育」を強調しつっも、基礎的素養・個性の充実を図る本 科3年と個々の生活確立を図る専攻科2年という相対的な独自 性の押さえを明確にしていこうというところに特色がある。三 愛学舎は、「神を愛し、人を愛し、土を愛する」という三愛の精 神を校名の由来としている。そして、「生活即教育」の基本理念 の下に「生活・労働を動機として、自己実現していく人格をめ ざす」教育が追求されている。具体的には、各1学年を単位と して調理室・食堂・和室・洋室・洗面所・便所からなる教室が 教育及び生活の共同空間として設けられ、教育課程としては3・ 4校時の「生活・ことば・文字・かず」と5・6校時の「作業」 が学校生活の「核」になり、自分たちで毎日行う「昼食づくり」 が「軸」となった編成がなされてきた。  しかし、三愛学舎においても1983年頃から「将来社会人とし て働く人になることにつながる教育」が強調され、専攻科設立 前の高等部教育の実情は「自己実現と職業的(社会的)自立の はざま」で揺れているととらえられている鋤。 ・「牡会適応論』と区別するためにも自戒しなければならぬこ とは、『生活・教育・労働』の三者の結びつきは、『将来の生活

(5)

鳥取大学教育学部教育実践研究指導センター研究年報 第7号 1998年3月 23 2)週時間数(現行週28時間を基に) 1)高等部と専攻科のねらい 高等部 専攻科 〈地ならしと基礎的素養・個性の充実)      ,.ウ’”   (個々の生活確立)・・,舎ウ”≠,・シシ,「’,輌■●■’●■●’●’●●●■●●●●’●●●●’” ・,…”嘉“ウ’ウウウウか今,’…’・’・’・..’ a、情緒の安定、身体のゆがみ矯正 a、労働を中心とした生活 b、生活に関わる知識・技術の修得 (卒業後の実際を見据えて) c、表現と創造性の促進 b、生活の豊かさを踏まえて d、喜びと意欲ある労働と自己実現 趣味、地域生活の確立 e、より広い社会生活体験

教科

高  等  部

専攻科

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…一… c一…” 堰f‘¶……” ・[趣味・ゆとり]…・  , T ・ …体育 .鋪.二1:二二‡二1二二二:二1二1二:二:ll二::       「 侯生活を想定して]・ ・特活= ’……’ 堰c珍…・……’ … ・示 教・ ’一‥…∂’”……㌔’…… V’ ‥ ’≠”^:’’’’’’’’”▼ m卒業後の社会自立

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(6)

24 渡部昭男:養護学校における高等部専攻科の試み

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光瞬は蕗師かい〒フ81鴫高那土舗編2フ98−6

     資料2 「光の村」における「広域福祉圏」構想 (出典:「広域福祉圏の組織化を農ざす穿光の村遥の概要」年月不詳) (社綴)×泉超出学園 丸彊祉圃 瑳 潟

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(学)旭出学園  旭出餐蓮学校  (理.1:会・認バ只会)     }     ヨ    |   彗ぺ養ll∼二,:校     i     { ユ刈奴養、ふ・力文P.了.ム,     ミ     |     |  聖及くバパ£1交賛助会

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書会福祉法人聖坂∫{ぎ    (]}会)     シ    } 辿所更生↓M没才リブに房 逗il訂」三生施設ナザレニ〕二況        オリプ1二房保ふ才会  ナザレll房保ふ才会     |   戊1’i坂学囚1き∼セ会 型坂ゴ・どもたちの呑Xをっくる会      資料3 旭出学園の組織図 (出典  「旭出養護学校 要覧(平成9年6月)」)   資料4 聖坂養護学校のビジョン (出典:「聖坂養護学校 要覧(1997年度)」) 、 自  宅

  i   i 一成憶ξ籔里 il這所授産施護 十 (定員40名) 一ヒソブ工房(盛欝)      「 (定員30名)   1 三愛学舎養読学校 〉 (高等部) 本  季}  3年  (定多箋30名) 専攻科 2隼(定員2G名) 十   i多賜鏡設    奨中山学団

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その他 ・福祉ホーム ・グループホーム ・グルーブホーム ・グルーブホーム 通所授産施設  ヒソプ工玩奥中山分堤・(定員10名) 若木寮(定員ユ0名)   1(定貝4名)  ロ(定貝4名)  瓜(定貝4名) 有鰻会穀 シ カナン牧場(バン部門、農産加工部粥) i;娯会社 市   カナン牧場盛同工壕       (バン部門) i:.___.__:._._._..__,、一_..l i_i福祉工場  (定員30名)      i  ・        *’98,4開設予定  ;  」一〔’ππr−≠一〔〉^ガーずシ←〔’、m癌^〔〔ガ〔一一¥〔’へr汀m^π・ひひ一π1r」 …奥中山 …奥中山 …奥中山 … 莫中UJ (’97.10 開設予定)

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(1苔2鍵設定員3各騒員市) 口力ナンの頴叡象 ドヨく撫バ} 担醤筏設傷群} ヒソフ工虜真軸分題 カナン牧賃  ン蟹汚 ●契轟統 真尊x工闘 (1琵2刻 」 蕊労(培壕作蔓ぷ薪禽c) 吟馴琴x文   鷲犠 資料5吻ナンの風の事業体系及び生活・教育・労働の体系図 (出典:「三愛学舎養護(高等)学校 学校要覧(199?年度)」一左図      及びカナンの園事務局「カナンの園」年月不詳一右図)

(7)

鳥取大学教育学部教育実践研究指導センター研究年報 第7号 1998年3月 25  e)西谷英雄(1984)『もうひとつの教育 土佐・光の村から   の挑戦X学習研究社 8)旭出養護学校に関する資料は、以下の通りである。  a)「旭出養護学校要覧(平成9年6月)」  b)ヂ旭出養護学校 要覧(昭和61年7月)」  c)「旭出養護学校案内」(年月不詳)  d戸旭出養護学校 専攻科の教育 1996年度公開見学会資料   (1997年2月20日)」  e)「旭出養護学校 実習の手引書」(年月不詳)  f)アフターケア機関「あおば会 会則(平成6年6月5日)」  9)旭出学園教育研究所(1977)『旭出学園教育研究所紀要毒   第4集  h)「社会福祉法人大泉旭出学園一施設要覧∼(平成9年4   月)」 9)聖坂養護学校に関する資料は、以下の通りである。  a)「聖坂養護学校要覧(1997年度)」  b)「聖坂養護学校要覧(1993年度)」  c)聖坂養護学校硯童・生徒募集案内(1993年度)」  d)聖坂養護学校ヂ聖坂だより」第31号(1996年11月1日)  e)聖坂養護学校「学校だより3(1996年10月31日)  f)聖坂養護学校高等部進路担当「進路指導の方法にっいて」   (年月不詳)  9)聖坂養護学校PTA広報委員会「にじ」第17号(1997年   3月1日)  h)聖坂子供たちの将来をつくる会「会報2第9号(1996年

  6月1副

 i)聖坂子供たちの将来をつくる会「会報」第7号(1994年   3月16日)  1)校長柴田昌一「聖坂養護学校教育理念」(年月不詳)  1∋田村一男「本校教育の基本的構造」(年月不詳)  1)田村一男「昭和54年度 発達研究のまとめ 発達段階に   応じた基本的な活動ステップ表作り」(年月不詳)  m)菅原薪也「昭和55・56隼度年間テーマ研究 言語の教育   課程研究 発達段階に応じた言語指導ステップの構想表づ   くり」(年月不詳)  n)矢部 正「生活の教育課程研究 発達段階に応じた生活   指導ステップの構想表づくり」(年月不詳)  o)聖坂養護学校「生活の記録・修了証書(ひな型)」(年月   不詳)  P)聖坂養護学校(1988)哩坂養護学校20年の歩み』  q)聖坂養護学校(1986)『ひじりざかの教育実践膓第7号  r)聖坂学園後援会「後援会入会のご案内」(年月不詳)  s)社会福祉法人聖坂学園鞠的障害をお持ちの方の働きを   支援する通所更生施設 オリブ工房」(年月不詳)  t)オリブ工房「オリブ工房ボランティア募集のお願い」(年   月不詳)  U)オリブ工房「いらっしゃいませシャロームへ」 10)若葉養護学校に関する資料は、以下の通りである。  a)「若葉養護学校 学校要覧」(平成9年度)  b)「若葉養護学校 学校案内 広報わかば」(年月不詳) 11)聖母の家学園に関する資料は、以下の通りである。  a)「学校法人養護学校聖母の家学園学校要覧(1997年度)」  b)「学校法人養護学校聖母の家学園学校要覧(1993年度)」  c)養護学校聖母の家学園高等部「専攻科の理解のために 第   3次改訂版」(1997年7月)  d)「平成9年度公開授業指導案 小学部・中学部・高等部本   科・高等部専攻科」  e)「高等部94年度 クラス編成」  f)学校法人 養護学校聖母の家学園(1991)『創立二十周年   記念誌』  9)養護学校聖母の家学園高等部(1994)『学習の記録 第6   号 なかまのうた」  h)者会福祉法人三重聖母の騎士会「聖母の家 要覧(隼月   不詳) 12)三愛学舎養護学校に関する資料は、以下の通りである。  a)「三愛学舎養護(高等)学校 学校要覧」(1997年度)  b)「三愛学舎養護(高等)学校 学校要覧」(1986年度)  C)「1997年度進路指導計画」  d)「三愛精神に基づいた学習内容の充実一自己実現と職業的   (社会的)自立のはざまで一(1994年)J  e)学校法人カナン学園(1988)『三愛学舎 十隼の歩み遥  f)三愛学舎養護学校(1995)『1994年度 テーマ学習報告書   「生かされているってすばらしい!r生命にっいて学ぶ』  9)三愛学舎養護(高等)学校(1981)e1980年度 三愛学舎   の教育一研究紀要3−』  h)三愛学舎養護(高等)学校(1980)夢1979年度 三愛学舎   の教育一研究紀要2−』  i)カナンの園事務局「カナン学園」(年月不詳)  1)社会福祉法人カナンの園「カナンの園」第62号(1997年   6月15日)  k)「カナンの学園第五次将来像計画 1996年度年度末研修会   カナン連絡会研修資料3(1997年)  1)理事長・本庄義雄「隠された言葉を聴く」(年月不詳)  m)本庄義雄(1988)計カナンの園から 1∼7」『福音と世   界』1988年1∼7月号  n)有限会社カナン牧場パン工場「ライブレッドとは」(年月   不詳)  o)小さき群の里保護者会(1994)『小さき群小さき群の里   メモリアルバム遥  P)カナンの園事務局(1987)『奥中山にあって 地域の人々   に支えられて15年」  q)計岩手県立みたけ養護学校 学校要覧(平成9年度)」  r)岩手県立みたけ養護学校奥中山分校「平成9・10年度 交   流教育地域推進事業計画書」  s)「∼戸町立奥中山小学校 学校経営の概要(平成9年度)」 元3)前掲、いずみ養護学校『記念誌 三十年場p.9。 14)前掲、西谷英雄鵠うひとつの教育 土佐・光の村からの  ]兆戦x pp.64−65、 pp.71−73。 15)前掲、聖坂養護学校『聖坂養護学校20年の歩みλpp.14つ9。 16)柴田昌一「人間的な信頼関係」(前掲、聖坂養護学校「学校  だより」PP.1−3)。 17)前掲、聖坂養護学校高等部進路担当「進路指導の方法につ  いて」。 18)前掲、養護学校聖母の家学園高等部「専攻科の理解のため  に 第3次改訂版」。 19)前掲、「三愛精神に基づいた学習内容の充実一自己実現と職  業的(社会的)自立のはざまで一」。本文章の起草は、専攻科  の設立を率先した本庄義雄校長である。 20)前掲、「旭出養護学校 専攻科の教育 1996年度公開見学会  資料」。

(8)

26 渡部昭男:養護学校における高等部専攻科の試み

Abstruct

  Compulsory education of special schools from 6 to 15 years old started in 1956 for the blind and deaf and in 1979 for the otherwise handicapPed in Japan. As many special schools(74%in 1997)have upPer secondary departments, most of the disab]ed youth who hopes to have further education can now go to upper secondary depa就ments until at Ieast 18 years old. The OECD/ CERI studies on transition from school to adult and working life for young people with disab{lities recognised three inter−related phases of transition process:1)the fina▲years of schooling,2)further education and vocational preparation and 3)entry i就o work and adult life. The role of upper secondary departme就s, which are regarded as the second phase of transition process, should be examined fr◎m a viewpoint of transition as well as school articulation.   Since”coming of age”can be promoted in four main areas of life:a)persona]autonomy and independence, b)productive activities, c)social interaction,community participation,recreation and leisure activities, d)roles within the family, upPer secon・ dary education for young people with disabilities should be created n◎t only as vocational preparation but also as adolescent education and deve至opmental activities.   P◎stgraduate courses◎f upper secondary departm四ts are worthy of note as further education over 18 years old. Not a few of upper secondary departments of special schools for the blind and deaf have postgraduate cources, but only a few for the otherwise}1andicapPed(7 priva民special schools in 1997).The histry and practice of these 7 postgraduate courses was discribed in this paper. *Departrnent◎f Scool Education(Specia王Needs Education), Faculty◎f Education, Tottori University,4−101 Minami Koyama− cho, Tottori,680−0945 JAPAN. Keywords:specia玉school for children with disabilities, postgraduate course of upper sec◎ndary department, transition, adolesc四t education、

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