昨年七月末、駅東闊民政府が北伐軍を起して長江沿岸に進出するや、叫撃にして武挟を陥れ、僅々数箇月の問 に糊敵い湖北、′江酉、∴晰江を従へ、蒐に破竹の勢を以て江蘇に迫り、痕近には南京上海をも占領し、既に長江以 南をその栄司J匿収めた上更に北進して北方軍閥と封抗し、今や全文郵を風靡せんとするの概を示して居るが、此 の欝くべき新興勢力の本纂軽路来如何は猫り克郊由みならず¶全世兼の耳目を撃動せしめつ1あるものにして 葦に支那塩代史忙於て痛撃すべき劃時代的重大問蒐といふべく、殊に政治的に総柄的に敢合的にその他あらゆる −モ∵在 支 邦 人・企卜聖﹁¢ 教展 〓、在.支.邦 人 金 光 ¢ 萌 芽 示 ﹁顧 第三聡“衝立航
在支部入金業の過去及瀞衆
′ 四、衣支企 柴lこ 射す ろ 障替 玉、在 支 邦 人 企 先 の 将 来山
栗
、︵三一二︶ お八芳田に故も緊切なる闘係にある我国としては、極超て探甚なる考慮を嬰する零勿論である。叉叫方故近文郡に於
ける労働相超は益々怒化し、殊に北伐軍の摸口に進出以来労働者の横暴は更に述しく、叫時は労働者のエ場管理
をさへ侍へらるゝが如き情勢を醸せしを以て、在文事柴家は頗る脅威を感じ、防腑を全部軍隊に依瀕して日本人
従業員は引き上げを決行せんとまで決心を固めつ1あるといふに於ては、軍業経営者は固より国家としてもこれ程乗大時期に回した寄がないのである。是等の運命が果して如何になり行くペきか、鼓近漸く漢口南京事件解決
の曙光が見え初めたりとは云へまだ′ぐl欒観を許さぬものがある。〓
支那に於ける邦人企業は鼓数十年間に目兇しき護展を速ぐるに至った。斯く春支那人が今日の如き長足の進歩
をなすに至つた端緒は賞に叫八九五年の日柄下関條約によつて外人が支那に磯城の輸入とエ場建設の自由とを享
有せし以後の寄に属する。勿論下闘傑約以前に於ても、外人の開港場にありて属任し通商貿易に縦笛する寄は認
められて屠ったが、未だ製造工共については何等明確な規定はなかった。而も常時支那に於ける械耕工柴も朗謂
軍用工業時代から官督商排時代に入った許りの時代で、外人にして支那に於てエ場経常を傘てるもの未だなく、
之等の必繋をさへ認めなかったのである。然るに∴八九五年下関條約の締結にし、日本政府は早くも勝木支那に
於ける邦人企業の勃敬すべき串を橡渕し1講和條的中に次の如く規嘉するに至った。即ち 奉安邦人企柴¢過去及群衆 ︵三二ニ︶ 玉九︵三一四︶ 六〇 第二 巻 如三抗 ﹁日本闊臣民は清圃各市坂開港場に於て、自由に各種の製造工業把捉番する串を得べく、叉所定の輸入税を彿ふ のみにて自由に各種の機械類を満開に輸入する罫を得べし。 綺問に於ける日本観臣民の製造に依る一切の貨物は、各稀の内園遅速税、内地税、射課金、取立金に閲し、叉 借問内地に於る倉入れ上の便宜に踊し、日本国臣民が簡閲に輸入したる商‖Mと聞二の取扱を受け、且・つ固二の 特此ハ免除を享有すべきものとす﹂ 斯の如き條約が日支糊に締結せらるゝや、諸條約観は何れも故意園條欺によりて此れに均鰐し、鼓に外人の文 部開苗場に於て自由に製造工業を営むの堆利は確定せらるゝに至ったのである。其の結英欧米人の上海を中心と する交通利便なる開苗場に、生糸、燐寸、製粉、製茶等各秤の啓発を繹督するもの俄かに増加も、斯くして外資 けと、技術との輸入は、哲式支郷間有産菜に革命を惹起せしめるのみならす、共より以前に支那官民に依って設立 せられたる洋式工場も忽ちにして苗場猫占の嘩を雅はれ、剰へ市場より駆逐さるゝの情勢をさへ惹起するに至っ たのである。然るに肝心の條約常奇問たる日本はその初め支那で工場を粁常するよりも、寧ろ内地で経営する方 が好都合である七して居た篤、在文企柴経営者としての封支進出は遥かに欧洲の兜進固に遮れて居た。其の後日 顕職辞の結英文郵に於ける我が政治的勢力は俄熟伸張し、爾来幾多の利横が獲得せらるゝに至ったのであるが、 常時柑海外投資をなすだけの飴硲がなかった焉、折角の利稚も徒らに放任するの外無かった。 一然るに他方下開催約の粘英政米人の支那にエ場を経常するもの頓に増加し、之に刺械せられたる支那官民は漸
く産業的に算醒するに至り、所謂利横国牧時代を招来し、川を典し、襲を執って洋式工場の設立に狂奔したので ある。尤も斯の如き仙時的熱狂的百日的事業勃興は常然の結果として園内工柴を行き詰らせ、従って大恐慌の↓ 原因をなすに過ぎなかったのであるが、爾後漸く人心の沈櫛に赴くと北ハに、五絞的冷静にして而も安常なる土貨 振興圃産奨勘の輩と攣じ、遽に支那工業は健全なる畿建造程を辿るに至つたのである。 斯くして民団成立以来支部に於ける各種の製造工業は急速なる畿展を遂げ、殊に支那闘税の改正に琴を得たる 支那内地外圃型製品は、諸外国輸入品に優に封抗するに至つた。而も誠に我が国民として見通し得ない事は、常 時支那に勃興しっゝあつたエ業が、何れも封として我が団現下の中心工柴たる繊維工業、雑貨工業又は之に赦す る簡易机製工柴に限られて居った事賓で、即ち各様の日用小雑貨顆その他朋謂簡易工業製‖⋮は殆んど一として支 那自問製晶の市場に現れざるものなき状態であつた寄である。かくて数次の支那踊税の引き上は益々支那製‖⋮を して有利なる地位に掟きつ1あるが由来支那寵以て米国に次ぐ最も重要なる輸出苗場とせる我が嘩はその輸出品 に甚大なる影肇を蒙るに至り、誠に我が囲工業を現在の粗工業中心主義より漸次精工菜中心主義に時化せしむる と共に、宜しく粗工弟は支那に移動せしめ以て母固工業の向上と安定とを計り、兼ねて将来怒るべき文弗工柴に 封抗するの策の有利なるを絶叫せらる1に至つたのである。 三 在支知人企業の過去及嫡爽 ︵三一玉︶ 六一
■ 支郵に於ける邦人の事業投資塀は満洲銅係及借款其他の債槽・を除いても相互億園に上り、就中紡持寄菜投資額 だけでも約二億七千萬園と教へられて屈るが此等の運命は如何になり行くべきであらうか。更に我が劉支貿易に 就いて見るも近年著しき著述を遂げ、昨年の如きは、輪田五億二千番組、輸入二億五千萬融合計約八億園に近き 有様であり、劉支討易に於て主位を占むる英圃をすち凌がんとするの盛況である。これが上にも亦悪影響が及ば ないであらうか〇 抑々之等文郵に於ける諾覇業は、我が圃の経済的塗展の故前線に立つ先駆者によつて過去数十年木管心惨澹、 幾多の犠牲を沸ひ、措据経常の結果漸く今日の地殻沌を築き上げたるものである。然るに支那革命の犠牲となり、 ﹂朝にして数十年の反きに亘る蔵も曲月番なる事業の基礎を審へさるゝの危険ありとすれば、それは鰊々し津こ大 事拓して、叉国家的に見て極めて重大な損失と謂はねばならぬ。我が国の封支企業殊にその主要部分をなすもの は即ち紡総菜にして、その行はれたる根本原因放我が問の資本、玉藻後述の結果園内市場を基礎とする生産からせ 界的苗場に甚礎を租立する二榊而として支郵を選んたのであるが、その範を示したるものはやはり秋米諸固の資 本家が自由なる経臍苗婁として変郵に着目したに始まる。而してその間幾多の困難障害あるに拘らす常時切りに 箕郷にエ場移植が唱べられ、山時内地資本家に二榔の風潮をさへなしたその直接原図としてはー支那輸入帥税の 増徴、支那労働者職工の袋銀低廉、二皿に於て内地労銀の昂胎等であるがその他粒々の億件と相保って邦人紡絞 の劉文教展は山九仙二牢内外紬愈批が上海に第三工場を糊試したのを始めとして、糖々その開鍔を見、僅か十激 第こ愈 ∴革三娩 ︵三∵六︶ 六二
年の短日月の附に異常の進歩獲展を途榔現在浦洲方面蘇合して要一丁瘍、靡数二己二二六、九二〇に達し、織機七 二〇五裏を計上し、錘数に於て支那挽汲の約囚剖、後者ばその約三割を占めその拉致組頑は哺昆に二倍七千萬園の 軍額影野するに至つたのである。 この断に放て吾人はその鮭螢潜み非常な努力と才能に勤して多大の敵意を彿はぎるを得ないのであるが、併⊥ この二億数千萬園といふ大事共に剖し彿■はれたる経営者の苦心惨澹たる努力は、朋訓椚資本主菜の本質たる資本萬 能主義の弊に陥針、動もすれば時代思料の趨向に判す.る認識を紋がざる進も抄くともこれを弟二義的に考へ﹂比 路的等閑に附したる嫌がなかったであらうか。勿論殻近に至つては労働條件の改善を旧約とする純総柄的評議で あれば如何に大問題でも解決の可能性はあるも、政治的把利川されて居るのだから何とも手の下しやうがないと れふ程度の館解は持って水たやうであるが。抄くとも僅々数年前迄は支那といふ特殊状態にある闊の労資踊係が 如何なる道程を辿るべきものであるか、叉必然的に将来番犬な危機を黎んで屠るといふ寄に放ては殆んど考・へ及 ばをかつね事である。 通例過去の歴史を見るに、何れの固に於ても斯る大欒革別に際しては動もすれぼ常軌を逸し、多少の混乱と犠 牲は免れ待ないものであるが、殊に支那現在の時局が内灘に封建的要素と近せ的賓素との闘争を赦して従来の如 く歴史的意義を有せざる無意義の闘争でなく、その団民的希望としての革命を達成せんとする攣革劉内問題であ ると同時に自園内に於ける反革命的外開の政治経洒的勢力排除をその主要なる目的として居るだけに、外問の蒙 在支邦人企尭の過去及粥米 ︵三山奄︶ 六三
近代的革命戦術の仙として労働罷業の利用が盛んに行はれるやうになり、近代配合階級間軍の最も巧妙なる一 手段として用ひられて居るのである。 尤氷寓柴なるものは労働條件の合理的改善を目的とする耗経臍問題たるべきものであると考へられて屠るが、 例へ.それが純経済問題たる性質を有するものであるとの見解を正しきものとしても艇臍と政治との不可分踊係を 香淀する寄が出来ない。闊民中故も多数を占むる無産階級中の比較的統制ある有力分子がその根本的自己の立場 即ち政治政令的に其の改善を婁諭する朗の政治運動乃至は革命運動に参興し、その道動を有効ならしむる残その 鵬二の武器たる罷業を以てする寄は常然である。殊に筒中世親末の如き支那に於ける無産階級は統制ある先進国 の如くその立場を改善すべき何等の希望をも魚政者に懸け得ざる悲惨なる状態にあるを以て葡更ら児適す事が出 来ないのである。而も支那の産業状態は極めて幼稚にして資本主養塾生の濠件たる産柴革命の一歩を躇み出した 詐りの域を胱せず、それ自身の資本主義なるものは近年漸くその朗芽時代に這入ったに過ぎヰ、未だ充分なる組 織が構成されて居ない。従って現在支那に於て最も隆盛を棲むるものは、主として繊維工業、殊に紡続工柴であ るがその中外聞人の経常に屈するものは其約年数を占め、その成績も極めて良好にして造かに支部工場を凌駕し 弟こ 奄 第三折 る影轡は非常なものであり極めて貴賓なる性質を有するものである。 四 ︵三山八︶・六四
其の資本の充葦→終螢上の訓練、捜術の巧拙等諸政の鮎に放て到底外人粧貸工場に及ばす、やゝもすればその勢
力に艶倒さるゝ傾向にあり、蚊近労働軍議の頻発により支那人工場より以上の支障を来せるに拘らす鏑相常の成
絞を撃げつゝあるのである。かくの如く紡露盤のみならすその他各師事嘉に放ても外囲人の資本的勢力は極めて
強大なるもの′がある、即ち支部に於ける近せ資本主義の核心をなすものは外囲賛本そのものであるといつても放
て過言ではなく、従って支那の革命的諸運動が牲殊性を敬称する所以である。
故に近せ資本主義と不可分的鯛係にある労働運動が外国人の資本主義的勢力の下に於て多く起るべき可能性を
有し、その運動が動もすれぼ民族的不嘩解、偏見等に原因して自国の資本家に劃する婁令と比較して叫放射烈且
洗刻味を加ふ.べきは明かな事である。この場合園内資本家は自己の利益より労働者を應接し外囲資本家に対抗する叫方国民も亦民族共同感情の下に統合され、内申をつゞけながらも外囲資本家の前に所謂北ハ岡城挽を構成し、
共に起つて外因資本主薬の本扱に向つて突進せんとするものである。かくて労働階級の唯一の武絡たる同朋罷工
又は紙用盟軍謀等となつて現れるものであるが、その統制力が弧ければ弧い程その威力は怒ろしいものである。
故近香港、駅東、上海乃串は漢口、青島等に於て得ほれた眼前の事蜜は雅樹にそれを謹明して屠るのである。殊
に故近文郵に於ける諸運動・の原動力が第三インターナショナル系の北ハ床主量的信僚の下総進行しっ1ある以上佃選らその最大性を感するものである。
在東邦人企難の過去及賭泰 ︵三︼九︶ 六並五
如斯頻敬する鵠業たるや抑々前逓の如き原因により爆発するもので、此等の原因の存在する限り、換言すれば
支那から之等の雛壇的勢力の除去せられざる限り永久に幾回となく繰返さるべきものである。而も我が国は勿論
列国に於ても英姿求が、展に近時支那人の判外政髄のモットーたる反帝国主義不平等條約の撤鹿といふやうなも
のならば、吾人は心より之に同情し、その合埋的なる目的達成に劉して竜も努力を苔むものではないが、併し壱
の終局の臥的が支那から列困の耗臍的勢力を根本的に駆逐せんとするが如き無法なるものである以上、固より承
認さるべき箆がないのである。而も前述の如く永久に排外運動路蚊の見込なしとすれば我が衣支企業は彼地に俊
勢を保持する以上、常に荷仙段と罷業暴動の苦汁を嘗めなければならない、而してその根本解決たるや極めて困
難なる問題であるが、さりとて之が封策を講ぜざる時は桐を勝木に始すのみか、かくては十数年の.必死の努力によ
つで漸く築き上げたる我が判文勢力の地盤を根本より綬されるやも測られす、我が産業立国の前途に残された唯
叫の封支磯展も、遽に悲惨なる終焉を告げなければならないのである。これ誠に我が閲策上容易ならぬ問題であ
る。此の意味に放て叫刻も早く支那閣民をして在支外人企業の必嬰不可紋の所以を白労せしめる様努むると共に
他面︵こ准文邦人企業者の白兎、︵二︶日支両企業家の隔意なき了解と提携、︵三︶名草相異ふる日立合朔事業の奨勘の三大方針の下に、支那人、功般の感情を融和し共布共柴の理想に到達せしむるやう共に努力することが肝要であ
第⊥一巻 弗三戟 ︵三三○︶ 六六る。而して之が先決問題としては支那民衆の自労を促す寄であるが、世の識者問にはこの礁の成功困難を察して か、飴りこの斯を顧慮せないやうである。然しながら之こそ凡てを解決する大赦本貸で、これが期待し得ぬ以上 如何なる方冤を以てするも僅かに寵発途動の起る横合を僅少ならしむる効英あるに過ぎずして永久に根絶せしむ る事を得ないであらう。蓋し現在行はる1支那の労働評議は前述の如く大腰に放て共嚢銀の借上、職エの待遇改 善等の要求は第二次的のもので、寧ろ文郷の粧臍的弼立を得んが焉の山手段たるに過ぎない以=上、単に企発着の 自労によつて所謂温情至義を施し、蛮銀の借上職エの待遇改善等に如何なる努力を沸ふとも、衆支企盛が全然撤 退するか又は排外運動の目標に徹底的の欒化の来さない限り、決して⋮能基を根絶する事が軸木ないからである。 固より我が閲として准支企柴の撤退は﹂雰多年の努力に鑑み、他方我が問粗二光の封支給出が我が国発上必嬰不 可紋の間魔たる斯から云っても、到底なし待ないものである。坊間近時の如き在文企業の不安を見て到底その事 発根披の不可能なるを説いて邦人企柴拗温故を極力主張するものあるも、事蜜はそれ程まで切迫せるものとは恩 はれす、その議論の飴りに短気的なる鮎よりして軽々に賛成する事が出水凌い。博するに現在の支那が急速に経 済的凋立運動を起すことの無謀なるを支那国民に白骨せしめ、衣支外人企業の篭展が支那をして他日経済的猫立 の地使に到達せしむべき⋮階梯なることを知らしめる事が目下の急務ではなからうか。 ︵調査時報、封露支貿易時報、束洋貿易研究、企業ミ社食参照︶ 在支邦人企光の適意及網衆 ︵︼九こ七.五、︶ ︵三二一︶ 六七