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内生的景気循環モデルを用いた、日本経済の長期低迷の分析 2013 年 11 月 29 日 島倉 原 (セゾン投信株式会社取締役) (要約) 本稿ではサミュエルソンの乗数−加速度モデルを応用して、「金融サイクル の基底をなす内生的なビジネスサイクルを伴う、名目ベースの経済成長モデ ル」を提示する。このモデルを用いて、日本の 1990 年代以降の長期にわたる 経済停滞が、15 年以上に及ぶ緊縮財政によるものであることを示す。

(JEL コード:C51, E12, E32, E62, O42, O53)

1.はじめに 2007 年に始まった金融危機の後遺症に苦しみ、不況や低成長から脱却でき ない多くの国が存在する。ユーロ圏の国債危機のような新たな危機も発生し、 持続的な成長軌道に復帰する道筋は未だ不透明のようにも見える。 他方で歴史的な観点から見れば、信用や資産価格、特に不動産価格のブー ム崩壊と結びついた大規模な金融危機自体は決して現代に特有の現象ではな い。このような危機は 19 世紀の金本位制の時代にも、現代同様周期的に発生 しており(Borio (2012a), Galbraith (1994))、「金融サイクル」として近年注目を 集めている。 日本は、1990 年頃をピークとする 1 つ前の資産価格バブルとその後の危機 の主役的な存在で、その後「失われた 20 年」と称されるほど経済が長期的に 低迷し、現在に至っている。特に 1998 年以降は、毎年 GDP デフレータが低 下する「長期デフレ不況」の様相を呈しており、1998 年から 2012 年にかけて の年率 GDP 成長率は名目で−0.6%、実質でも 0.6%という低水準である。図 1 が示す通り、恒常的な貯蓄超過に陥るほど企業部門の投資意欲が低下したこ とが、長期デフレの直接的な主要因となっている。 こうした状況を前にして、情報の非対称性、非自発的失業等の不完全性が 無い競争モデルを前提とした経済理論は、1930 年代同様説得力を失いつつあ る。他方で、主にニュー・ケインジアン(新ケインズ経済学)の立場から、 高い信用レバレッジを用いている借り手が突発的なショック等の発生によっ て信用制約に直面し、レバレッジ解消を迫られるという理論モデルに基づい て金融危機を説明しようとする「バランスシート不況論」的アプローチも存 在する(例えば、Eggertson and Krugman (2012) )。

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【図 1:日本の経済主体別貯蓄投資バランスの推移(GDP 比)】 ※ 内閣府 GDP 統計より筆者作成。 ※ 家計には対家計民間非営利団体を含む。 【図 2:日本の法人企業統計の推移(金融・保険業を除く)】 ※ 法人企業統計(財務省)より筆者作成。 ※ オレンジ色の帯は、金融ブームを伴うビジネスサイクル(景気循環)のお およそのピークを示している(図 8 も参照のこと)。 しかしながら、こうしたアプローチは危機を増幅するメカニズムは説明し ていても、実証研究で見出される「金融ブームと危機がある一定の周期性の もとで発生する」という現象に対しては何ら説明を与えるものではない。実 際、図 2 が示すように、日本において、民間企業部門(その投資行動はビジ 2

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ネスサイクルの牽引役である)の営業利益に対する債務の比率が、金融ブー ムを伴うビジネスサイクルのピークにはむしろ低減していることからしても、 過剰債務は金融ブーム崩壊の原因というよりは、むしろその結果である。 さらに、民間部門のバランスシートが大幅に改善しているにも関わらず経 済の長期低迷が続いている日本の状況を踏まえると、そもそも「バランスシ ート不況論」自体、金融危機後の経済不振を適切に説明する理論とは言い難 い(金融機関の不良債権問題は少なくとも 2005 年には解消していることに加 え、図 2 が示すように、金融・保険業を除く法人企業の自己資本比率は 1996 年以降ほぼ一貫して上昇し、2007 年以降は高度成長期を含む過去 60 年間で最 も高い水準を維持し続けている)。 19 世紀来の経験、とりわけ「金融ブームはその崩壊に先行するのみならず、 崩壊の原因そのものである」(Borio (2012b))という現実を踏まえれば、突発 的なショックではなく、我々の経済自身が有する「内生的な」要因によって 周期的にブームと危機が発生するメカニズムを想定するべきである。さらに 言えば、そのようなメカニズムを解明するためのアプローチは実質ベースで はなく、金融取引の尺度となる貨幣、即ち名目ベースで行われるべきである (Borio (2012b))。 但し、金融サイクルの発生原因を金融的な要素のみに求めるべきではない。 Galbraith (1994)でも指摘されているように、「何らかの発明や発展(=実物経 済上の何物か)が人々の金融マインドをとらえ」、ユーフォリア、即ち「投機 のエピソード」をもたらすのであって、その逆ではない。即ち金融サイクル の基底には、名目ベースでありながら何らかの実物要因に基づいた、内生的 なメカニズム(内生的ビジネスサイクル)が別途存在するのであって、金融 要因はむしろブームや崩壊を増幅させる、補助的な役割を果たすものと考え るべきである。 次の第 2 章では歴史的な観点も交えて、金融サイクルの実証的な特徴を浮 き彫りにし、その背景を考察する。金融サイクルは信用や不動産価格の動き と密接に結びついていて、その周期は 1970 年前後を境に長期化している。ビ ジネスサイクルに伴い資本ストック変動の主役が生産資本から建設ストック にシフトしたことがこの変化の要因であり、その背景には国際資本取引自由 化の進展があったと考えられる。 第 3 章では、名目ベースの内生的なビジネスサイクルをモデル化する出発 点として、「オールド・ケインジアン」(ニュー・ケインジアンとは異なる、 オリジナルのケインズ経済学)に立脚した内生的ビジネスサイクルモデルで ある「サミュエルソンの乗数・加速度モデル」(Samuelson (1939) )を考察す る。「所得と、当該所得が誘発する支出との間のタイムラグが、一定の条件の 3

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下で内生的なビジネスサイクルを発生させる」という同モデルの含意の 1 つ が、第 5 章で提示する本稿モデルにも引き継がれている。 第 4 章では、サミュエルソン・モデルに立脚しつつ名目ベースの分析アプ ローチを採用する理論的及び実証的背景を論じる。金融サイクルを分析する という前述の目的に加え、いわゆる「貨幣錯覚」の前提を現実的な前提とし て取り入れていることが、本稿アプローチの理論的背景の 1 つになっている。 第 5 章では以上の考察を踏まえつつ、日本の名目 GDP 統計において観察さ れる「民間企業における、固定資本投資に対する営業余剰(営業利益)の先 行性」を背景とした内生的景気循環を伴う、簡易な名目経済成長モデルを提 示する。本モデルでは、サミュエルソン・モデルの投資関数が前提としてい る「投資の加速度原理」(総資本量が総生産量の一定比率に近づこうとするこ とを前提としている)に代わり、名目投資額の説明変数が自部門の名目所得 であることを前提とした投資関数を導入している。 第 6 章では本稿モデルを用いて日本経済を分析し、失われた 20 年の原因が 1997 年以降の緊縮財政であることを明らかにすると共に、モデルの拡張を展 望する。第 7 章は結論である。 2.「金融サイクル」についての考察 「金融サイクル」という概念は、2007 年に始まった大規模な国際金融危機 をきっかけに、注目を浴びるようになった。金融サイクルの定義についてコ ンセンサスが確立している訳ではないようだが、本稿では Borio (2012b)の定義 を踏まえ、「価値やリスクに対する認識」「リスクに向かう姿勢」「金融上の自 由度」といった要素が自己強化的に相互作用することによって、深刻な金融 上の困難や経済の混乱をもたらす資産価格のブームとその崩壊が、周期的に 発生する現象を指すものとする。こうした現象は 19 世紀の金本位制の時代に も観察されていた(Borio (2012a), Galbraith (1994), Kindleberger (2000))。 複数の国々を対象とした、近年のいくつかの実証的な研究では、信用や不動 産価格の動きが金融サイクルと最も強く結びついていることが示されている (例えば、Drehmann, Borio, and Tsatsaronis (2012))。図 3 は、不動産であると 共に日本の銀行信用において最も重要な担保でもある「土地」の代表的な価 格指数の対数変換値について、Hodrick-Prescott フィルタによってトレンドを 除去して循環的要素を抽出した結果を長期にわたって示したものであるが (参考として、同じ指数の前年比も合わせて示している)、上記の先行研究や、 戦後日本の金融サイクルの動向と概ね合致した結果となっている。 4

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【図 3:日本の市街地価格指数(6 大都市)の循環的要素及び前年比の推移】 ※ 日本不動産研究所統計より筆者作成。 図 3 でも確認できるように、日本の金融サイクルの周期は「ほぼ一定」と いう訳ではなく、戦後復興が本格的に始まった 1950 年代以降 1970 年代初頭 あたりまでの周期は 10 年前後であるのに対し、それ以降の周期は 20 年前後 に長期化している。これは複数の主要先進国においても概ね共通の現象であ ることが、Drehmann, Borio, and Tsatsaronis (2012)でも確認できる(Drehmann, Borio, and Tsatsaronis (2012)自身は米国のデータを意識して 1985 年頃が周期の 変曲点であると論じているが、同論文巻末の添付グラフ、特に、金融サイク ルとより密接な関係にあると考えられる「信用」の周期を観察する限り、主 要国の金融サイクルの周期の長期化は米国も含めて 1970 年代から始まってい ると解釈するのが妥当であるし、かつ Reinhart and Rogoff (2008)の実証分析と も整合的である)。 なぜこのタイミングで周期が変化したのか? 図 4 は日米における、生産 資産残高及びその一部である固定資産残高に占める建設ストック(建物その 他の構築物)のシェアの推移を示したものであるが、そのトレンドは 1970 年 代を境にして、日本においては横ばいから上昇、米国においては低下から横 ばい又は上昇へと変化していることが確認できる。これは、実物経済におけ る景気変動の主役が、キチン・サイクル(在庫循環)やジュグラー・サイク ル(設備投資循環)からクズネッツ・サイクル(建設循環)に移行し、金融 サイクルの背景にある実物経済上の景気循環(ビジネスサイクル)自体が長 期化したことを意味している。 5

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【図 4:生産資産残高に占める建設ストックの比率の推移】

※ 内閣府及び米経済分析局より筆者作成。

1960 年代から 1970 年代にかけての国際的な資本取引の自由化進展が、生産 的投資のための金融取引の存在感を相対的に低下させ、このような主役交代 をもたらしたと考えられる。Reinhart and Rogoff (2008)の実証分析が示すよう に、金融サイクルが国際化した 1970 年代以降、そのボラティリティが増幅し ているのは、こうしたビジネスサイクルと連動した周期の長期化と、国際的 な資本取引の活発化との相互作用によるものと考えられる。 19 世紀において資本ストックのシェアがどのように推移したかは明らかで はない。しかしながら、「主要国での相次ぐ金本位制導入」という国際的な資 6

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本取引の活発化を促す制度要因が整った 1870 年頃を境として、グローバルな 金融サイクルが長期化かつ大規模化していること(Reinhart and Rogoff (2008))、 を踏まえると、やはり同様な構造変化があったものと考えられる。図 5 は、 海外投資の変動や金融サイクルと密接な指標である、当時世界最大の資本輸 出国であった英国の経常収支(GDP 比)の推移を示したものである。 【図 5:英国(南アイルランド含む)経常収支(GDP 比)の推移】 ※ Mitchell (1988)より筆者作成。 3.サミュエルソンの乗数・加速度モデルの考察 サミュエルソンの乗数・加速度モデル(Samuelson (1939))は、ケインズ 型の消費関数に、民間設備投資の変動を説明する理論として既に提唱されて いた「加速度原理」(資本ストックと国民所得(ないしは国民総生産)との間 にある「適正比率」が存在することを前提として、消費ないしは国民所得の 変動に応じて投資が誘発される、という理論)に基づく投資関数を組み合わ せたモデルであり、下記のように定められている(Yt, Gt, Ct, I はそれぞれ、t t 期の国民所得、政府支出、民間消費、民間純投資を示しており、G は外生変t 数と想定されている)。 7

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t t t t G C I Y = + + 1 -= t t Y C a ) ( ) ( - -1 = -1- -2 = t t t t t C C Y Y I b ab 0 G Gt = 本モデルからはY についての 2 階定差方程式 t 2 1 0 + (1+ ) - - -= t t t G Y Y Y a b ab が導き出される。Y は、t 2 ) 1 ( 4 b b a + < の時には a -1 0 G を漸近線として一定の周 期で振動する。 言い換えれば、本モデルは以下の内容を含意している。 (1) 所得と、当該所得が誘発する支出との間にタイムラグを設定すると、一定 の条件の下で内生的な景気循環が発生する。 (2) 民間投資を外生変数ではなく、民間消費同様、所得を説明変数とする内生 変数とすることによって、国民所得の均衡水準は、唯一の外生変数である 政府支出の乗数(サミュエルソン・モデルの場合は a -1 1 )倍に定まる(但 しサミュエルソン・モデルの下では、b ³1かつ 2 ) 1 ( 4 b b a + ³ の場合を除く) 数学的にも単純明快な形で乗数効果と加速度原理を統合した本モデルを出 発点として、様々な考察がなされてきた。その著名な例である Hicks (1950) で は、I を産出量の変動の影響を受ける「誘発投資」tG をそうした影響を受けt ず、均衡産出量の一定割合を保ちながら成長する「独立投資」に見立てた「内 生的景気循環を伴う経済成長モデル」が提示されている。 しかしながら、本モデルが前提としている加速度原理には、実際には自ら の利益の最大化または最適化を行動原理としているはずの民間企業の投資行 動の変動要因として、国民総生産あるいは国民所得の変動を想定していると いう点において、理論上問題がある。また、同モデルを経済成長モデルと解 釈した Hicks (1950)についても、誘発投資については産出量と「望ましい」資 本ストックとの間に比例関係が成り立つことを前提とした加速度原理で説明 しているのに対し、独立投資については均衡産出量と比例するのが「独立投 8

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資によって蓄積された資本ストック」ではなく、フローの概念である「単一 期間の独立投資」としている点で矛盾が生じている。 実証的にも、加速度原理を用いた設備投資関数は、「理論的にはより緻密な はずの」新古典派投資理論や、トービンの q 理論と比べた場合にはむしろ優 れた結果を得られる(例えば、Clark (1979))一方で、設備投資(あるいは資 本ストック)の変動サイクルと実際に整合的なのは産出量よりもむしろ企業 利潤のそれであって、その意味では利潤原理やキャッシュフロー原理、ある いはそのバリエーションであるストック調整原理の方が実証面で優れている ことが、本モデルの提示と同時期から既に指摘されていた(Matthews (1959)、 あるいはそれが参照している Tinbergen (1938))。 4.名目ベースの分析アプローチを採用する意義 上述した各種投資理論(加速度原理に限らず、新古典派投資理論、トービ ンの q 理論、ひいては「キャッシュフロー」原理に至るまで)に基づく設備 投資関数についての先行研究のほとんどが、「実質値」を説明変数及び目的変 数として採用している。この背景には「人々が貨幣錯覚を持たずに、インフ レのヴェールを見通す」という、古典派の二分法に由来する現代マクロ経済 学の前提があると考えられる(Akerlof and Shiller (2009))。しかしながら少な くとも本稿においては、以下の理由から名目ベースのアプローチを採用すべ きである。

まず、「金融取引は実質ベースではなく、名目ベースで行われる」(Borio (2012b))ためである。債券契約やローン契約をはじめとしたほとんどの金融 取引において元本の額面に物価スライド制が適用されるケースはほとんどな く、インフレから中立であるとは到底言い難い(Akerlof and Shiller (2009))。 これらの取引が金融サイクルの渦中にある経済主体の意思決定に重大な影響 を及ぼしているのは間違いない。こうした現実を前にして、前提条件から貨 幣錯覚を捨象するのは適切なアプローチとは言えないだろう。 さらに、金融取引にとどまらず実物経済に属する領域においても、計算単 位としての貨幣はむしろ主たる意思決定の尺度として日常的に機能している ことを踏まえると、より積極的な意味合いで、即ち分析上の骨格として名目 ベースのアプローチを採用すべきであると考えられる。企業については、既 存ビジネスの成否に対する評価、資本投資判断、ひいては外部の投資家や債 権者からの企業評価に至るまで、その重要な根拠となるのは名目ベースの企 業会計である(言うまでもなく、企業活動における最重要の物差しである「利 益」もまた会計上即ち名目上の概念であり、インフレ調整後の何物かを意味 する訳ではない)。さらに、ビジネスに絡んだ諸々の契約や法的な規定(徴税 9

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に関するものを含む)の多くも貨幣単位で記述されている。同様なことは消 費支出の主体である家計についても言え、物価スライド制ではない賃金契約、 普及財に見られる価格硬直性など、むしろ強固な貨幣錯覚のもとで意思決定 を行っている事例は枚挙にいとまがない(Akerlof and Shiller (2009))。

以上より、まずは名目ベースの経済モデルを組み立てて分析を行い、実質 ベースの変数を取り込むのはそれを拡張する過程において行うのが適切なア プローチであると考えられる。 ここで、名目ベースでとらえたマクロ経済上の現実をいくつか示しておく。 図 6 は、32 ヵ国を対象に、横軸を GDP 統計上の名目政府支出(日本のみ公的 企業の支出を含む公的支出)の長期的な伸び率、縦軸を同時期の名目 GDP 成 長率(共に年換算)をプロットして作成した散布図である(国際的な資本取 引にとって重要なレジーム・チェンジである「主要国の変動相場制への移行」 というイベントが起こった翌年にあたる 1974 年以降で、データ取得が可能な 期間を対象としているため、測定期間は国ごとに異なる)。もちろん国内経済 や国際経済の構造が徐々に変化するため、両者は永遠に比例する訳ではない。 しかしながらこの図は、長期的に「名目 GDP 成長率≒名目政府支出伸び率」 という関係が成立していると思わせるほど、両者の間に強い正の相関関係が 存在していることを示している。この事実は、名目ベースではあるものの、 第 3 章で述べたサミュエルソン・モデルの含意 (2) と符合するものである。 このことは、「Keynes (1936) が論じた消費同様、貨幣錯覚の下では投資につい ても、名目所得がその主たる決定要因である」と考えれば説明がつく。 この説明を裏付けるのが、日本における名目 GDP/GDP デフレーター/名 目公的支出/マネタリーベースの 1970 年以降の推移を示した図 7 である(長 期デフレが始まる前年の 1997 年の金額を 100 として指数化している)。この 図は、名目 GDP が名目公的支出とほぼ並行して推移し、財政構造改革法が制 定されるなど緊縮財政が本格化した 1997 年以降全く成長していないこと、他 方で中央銀行による 1990 年代後半以降の長期にわたる金融緩和政策が、中長 期的な経済成長には全くと言っていいほど貢献していないことを端的に示し ている。 図 8 は、日本の名目公的支出に対する名目 GDP の比率(同比率は、サミュ エルソン・モデルでも景気変動の指標となっている)が、日本の金融サイク ルの実証的な指標として図 3 で示した地価指数の循環的なトレンドとほぼ同 期あるいは若干先行して循環的に変動していることを示している。 10

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【図 6:名目政府支出と名目 GDP の年換算伸び率の分布(10 年以上のデータ が取得できた 32 ヵ国が対象)】 ※ 内閣府(日本)、経済分析局(米国)、OECD(その他 30 ヵ国)統計より筆 者作成。 ※ 平均測定期間は 24.47 年。 ※ 回帰式「y = x」の決定係数は 0.94。 ※ 日本の政府支出のみ、公的企業の支出を含む。 【図 7:日本の名目 GDP、GDP デフレーター、名目公的支出、マネタリーベ ースの推移(1997 年=100)】 ※ 内閣府及び日本銀行統計より筆者作成。 11

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【図 8:GDP−公的支出比率、及び地価指数の循環的要素の推移】 ※ 内閣府及び日本不動産研究所統計より筆者作成(1954 年以前のGDP−公的 支出比率は旧経済企画庁の非公式推計に基づく)。 ※ 地価指数は図 3 と同じものを使用。 この循環的な変動は、果たして内生的な要因に基づくものなのだろうか? 次の第 5 章では以上の考察を踏まえて、サミュエルソン・モデルを応用した 「均衡名目 GDP が名目公的支出の乗数倍でほぼ定まる、内生的景気循環を伴 う名目経済成長モデル」を提示する。この新たなモデルが図 6∼8 で示された 現実に対して高い説明力を有するなら、金融サイクルの基底をなす実物経済 要因を説明しつつ、日本経済の長期低迷の原因が 15 年以上に及ぶ緊縮財政で あることを説明する有力なモデルとなる。 5.本稿モデル 本稿で提示する景気循環モデルは以下の通りである。Yt, Gt, Ct, It, Pt, t D , Wt, K はいずれも名目値で、それぞれ、t 期における GDP、公的支出、家t 計消費、民間企業総固定資本形成、民間企業営業余剰(≒営業利益)、民間企 業固定資本減耗(≒減価償却費)、雇用者報酬、民間企業の生産資産(固定資 産のみ)期初残高を示している。また、G は外生変数と想定している。 t 本稿モデルの作成やそれに基づく日本経済の分析に際しては、93SNA(2000 年基準)の年次データ(1980∼2009 年)を使用している。同統計は、ビジネ スサイクル、金融サイクル両者の周期が長期化した 1970 年頃よりも後の期間 12

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を対象とし、かつ 1990 年頃をピークとする金融ブーム及びその後の失われた 20 年を概ねカバーしているからである(なお、貨幣取引ベースの経済活動を 分析対象とするため、名目GDP の一部を構成しながらも貨幣取引が発生しな い支出項目である「持ち家の総営業余剰に相当する家計最終消費支出」及び 「一般政府の固定資本減耗」については各々Ct, G から控除する一方で、民t 間部門の所得をもたらす貨幣支出項目でありながら名目GDPからは控除され ている「一般政府による補助金」についてはG に含めるものとする)t 。 (1) Yt =Gt +Ct +It (2) Ct =aWt +b (3) It =gPt-1+dPt +eDt +m (4) Wt =AtYt (5) Pt+Dt =BtYt (6) Kt+1=Kt+It -Dt (7) Dt =rKt. ここでA とt B はそれぞれ t 期における家計と民間企業への所得分配率を意t 味する。これらは後述の通りビジネスサイクルの周期や財政支出乗数に影響 を与える因子だが、実際には図 9 で示すように、図 8 で示したビジネスサイ クルとほぼ同期して自らが循環的に変動している。従って、モデルをより現 実に近づけるためには、内生変数としての所得分配率の変動メカニズムを記 述した方程式も組入れる必要があるが、これらは資本稼働率をはじめとした 実質変数の影響を少なからず受ける。本稿では名目ベースの分析に焦点を当 てるため、A とt B が共に十分狭い範囲で安定的に循環していることも踏まえtA の平均値、最大値、最小値、標準偏差はそれぞれt 64.4%、66.6%、61.7%、 1.2%であるのに対し、B のそれはt 25.0%、28.4%、22.7%、1.9%)、基本的 13

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にはそれらを外生変数として取り扱うことにする。 【図 9:日本におけるA , t B の実際の動き】 t ※ 内閣府統計より筆者作成。 従って、第 6 章で本稿モデルから日本の内生的ビジネスサイクルの周期や 財政支出乗数を推定するに際しては、所得分配率の「実績値の平均」を用い ることにする。他方で、本稿モデルの妥当性検証の一環として、各年の所得 分配率を用いてのビジネスサイクルの周期や財政支出乗数の算出も行い、当 該結果を上記推定値や現実経済の動きと比較することにする(例えば、内生 的ビジネスサイクルの周期の推定値が現実経済の動きと整合的だったとして も、ある年の実績値を用いた際に内生的なビジネスサイクルが検出できなか った場合には、「本稿モデルでは内生的なビジネスサイクルの存在を確認でき なかった」と判断することになる)。 以下では、本稿モデルの構造及びそこから導き出される帰結を述べる。 5.A. 設備投資関数 式 (3) で表される設備投資関数は、第 3 章で述べた加速度原理の理論的な 問題点を踏まえ、「特定部門(この場合は民間企業)の支出額を決定するのは、 経済全体の生産量や所得ではなく、当該部門自身の所得である」ことを前提 としている(その意味では式 (2) で表される消費関数も同様である)。 さらに式 (3) では、民間企業の所得を「営業余剰」と「固定資本減耗」に 分離し、営業余剰のみ、1 期前の数字を説明変数として取り込んでいる。これ 14

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は表 1 で示した、所得項目と支出項目との間の時差相関分析に基づくもので ある。 【表 1:所得・支出間の時差相関分析】 対 Ct 対 It タイム ラグ Wt タイム ラグ Pt Dt −5 0.9086 −5 0.3197 0.3205 −4 0.9380 −4 0.4891 0.4631 −3 0.9606 −3 0.6228 0.5743 −2 0.9794 −2 0.7081 0.6676 −1 0.9909 −1 0.8090 0.7489 0 0.9944 0 0.6966 0.8231 1 0.9855 1 0.4436 0.8559 2 0.9689 2 0.2140 0.8610 3 0.9447 3 −0.0369 0.8613 4 0.9104 4 −0.2554 0.8501 5 0.8631 5 −0.4043 0.8379 ※ 内閣府 GDP 統計より筆者作成。 なぜ営業余剰のみ過去の実績が説明変数となるのだろうか? 固定資本減 耗は企業自身が過去に行った設備投資の結果積み上がった資本ストック、雇 用者報酬は国際的に見ても安定的な雇用慣行を有する日本における雇用契約 に基づいて決まるものであり、それを受け取る経済主体自身にとって、いず れも比較的コントロール可能、あるいは予測しやすい所得項目である。これ に対し営業余剰は、不確実な外部要因の影響が強いため正確な予測が困難な 売上から、これまた不確実性をはらんだ多くの項目からなるコストを差し引 いた「結果」に過ぎず、企業にとって予測困難な項目である。 こうした状況において上記の設備投資関数は、企業部門が「『変化を期待す ることさらの理由が無い限り、現在の事態はこれから先どこまでも、このま ま続いていく』という想定の下での慣習的な計算方法」(Keynes (1936))によ って、名目投資額の算定根拠の一部である営業余剰の期待値を見積もってい ることを表現している。 ところで、設備投資関数において企業の所得を「営業余剰」と「固定資本 減耗」に分割して説明変数として用いることは、「投資のキャッシュフロー原 理」にミクロ的基礎付けを与えることを意味する。 15

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なぜなら、資本の期待リターンをs、望ましい資本水準を * K とすると、「貨 幣錯覚下での、利益ベースの加速度原理」とも言うべき m t - + = - t ( * t) t D K K I が式 (3) (7) より導き出されるからである。但し、 t t P P K d g d d g g s + + + = -1 * , d g e r s + -= (1 ), t =r(1-e) である。 さらに、上記分割の結果として、 t t t Y G A Y I a +b -= 0 0 1 , t t t Y A Y C a b + = 0 が式 (1) (2) (4) より導き出される。これらは、GDP−公的支出比率が高まる 局面においては GDP に対する設備投資の比率が高まる一方で、消費の比率が 低くなることを示している。 5.B. 内生的ビジネスサイクルの発生構造 0 G Gt = , At = A0, Bt =B0G0, A0, B は定数)とおくと、0 Y についての 2t 階定差方程式 (8) lYt+2 +mYt+1 +nYt =r

{

(

1+g +d -e

)(

G0 +b

)

+m

}

が本稿モデルより導き出される。但し、 0 0 1 A B l= -a -d ,

(

-a

) (

{

r +d -e

)

-

}

-

{

g -d

(

-r

)

}

= 1 A0 1 1 B0 1 m ,

(

)

(

)

{

r a r

}

g - + -= 1 A0 B0 1 n である。 こ こ で 、 上 記 の 定 差 方 程 式 が 周 期 解 を 持 つ た め の 必 要 十 分 条 件 は 0 4 2 - ln< m である(この時の周期は q p 2 である。ただし、 n l l m 2 cosq =- )。 16

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従って周期解を持つためにはn¹0、即ちg ¹0でなければならない。これは、 本稿モデルが「支出とその誘因となる所得との間のタイムラグが、内生的景 気循環の発生要因である」という、サミュエルソン・モデルと同様の構造を 持っていることを示している。 また、式 (1) (2) (4) (5) (6) より、 b a a -+ -= -+ 0 0 0 0 0 0 1 1 1 G D B B A P B A K Kt t t t が導き出される。この式より、景気拡大局面における民間企業の投資活発化 自体が、減価償却負担の増加による利益の圧迫を通じて景気後退局面への転 換をもたらしうる、という本稿モデルの構造を確認することができる。 5.C. 財政支出乗数 t Y の均衡水準をY とおくと、第 5 章第 B 節の定差方程式より、 *

(

)

÷÷ ø ö çç è æ -+ + + + -+ + + -= e d g m b e d g d g a 1 1 1 1 0 0 0 * G B A Y が導き出される(但し、Gt =G0, At = A0, Bt =B0)。右辺の (9)

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)

e d g d g a -+ + + -1 1 1 0 0 B A が本稿モデルの財政支出乗数である。本稿モデルもサミュエルソン・モデル 同様、C のみならずt I についても、何らかの所得を説明変数とする内生変数t であるため、G がt Y を決定する唯一の外生変数である。他方で、ここでは均* 衡産出量と資本ストックの間の比例関係を想定している訳ではないので、 Hicks (1950)が陥ったような矛盾は生じていない。 6.本稿モデルに基づく日本経済の分析 下記の式 (10) (11) (12) は、第 5 章のモデル式 (2) (3) (7) をそれぞれ最小二 乗法により回帰推定した結果(単位は 10 億円)である(カッコ内の数値は各 回帰係数の t 値であり、 2 R , S.E., D.W.はそれぞれ自由度調整済み決定係数、 標準誤差、ダービン・ワトソン比を示している)。 17

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(10) Ct =5774.924+0.868Wt (1.41) (49.92) 98 . 0 2 = R , S.E.=4486.65, D.W.=0.30 (11) It =-12677.163+0.582Pt-1+0.511Pt +0.569Dt (−3.98) (4.86) (4.64) (14.51) 96 . 0 2 = R , S.E.=2892.25, D.W.=0.83 (12) Dt =0.124Kt. (105.13) 96 . 0 2 = R , S.E.=2562.27, D.W.=0.54 6.A. 内生的景気循環の実在性及びその周期の検証 上記の結果に加えて、定差方程式(8)のA , 0 B に0 A , t B の平均値をそれぞれt 代入すると、19.23 年の周期解が算出される。これは、「分析対象期間におい て t t G Y で示されるビジネスサイクルのピークが 1990 年及び 2008 年であり、そ の前のピークは一世代前の GDP 統計(68SNA、1990 年基準)より 1970 年と 推定される」という事実とほぼ符合する(図 8 及び図 10 も参照)。 【図 10:本稿モデルに基づく日本の財政乗数】 ※ 内閣府統計より筆者作成。 平均値の代わりに各年のAt, B を用いた場合にも、全てのt At, B の組み合t 18

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わせに対して周期解が導出される。その平均値は 19.50 年、最大値は 22.09 年、最小値は17.60 年であり、いずれも観察される周期との乖離は小さい。 以上の結果は、図8 で示した GDP−公的支出比率の周期的な変動が「民間 企業部門における所得と投資との間のタイムラグに起因する内生的なビジネ スサイクル」によって主に生じている、という含意を有する本稿モデルの妥 当性を強く裏付けるものである。 6.B. 財政支出乗数 式(9)のA , 0 B に0 A , t B の平均値をそれぞれ代入すると、財政支出乗数としt て 3.81 が算出される。これに対して、平均値の代わりに各年のA , t B を用いt た場合の計算結果は、平均値 3.81、最大値 4.04、最小値 3.54 となる。以上の 結果は実際の t t G Y の変動範囲とほぼ重なっている(なお、 e d g m b -+ + + 1 は現 実のG の−4.5∼−2.3%であり、無視できる水準である)t 。 もちろん上記の計算では、家計による住宅投資、民間企業による在庫投資、 輸出等の現実経済に存在する支出項目は考慮されていない。だが、これらの 主要な決定要因も各支出部門の所得であると想定して、内生的な景気循環モ デルによるこれまでの分析を援用すれば、日本の現実の財政支出乗数は GDP −公的支出比率(貨幣取引ベース)の実績値(平均値 4.35、最大値 4.95、最 小値 4.00)の範囲に存在すると推定される(図 10 も参照)。 この推定は、「1990 年以降、即ちバブル崩壊後の日本の財政支出乗数」につ いての数々の先行研究(その多くは、1990 年代前半の財政による景気刺激策 は効果が乏しかったと結論付けている)と比べて、財政支出乗数を大幅に高 く評価している。最も高く評価している Kuttner and Posen (2002)ですら、財政 乗数は 2.0 であり、上記推定の半分以下に過ぎない(Kuttner and Posen (2002) が見積もっているのは実質ベースの乗数だが、GDP−公的支出比率は名目ベ ースでも実質ベースでもほとんど変わらないので、比較対象とすることに実 際上の問題は無い)。

なぜこのような乖離が生じるのだろうか? 根本的な原因は、先行研究が概 ね VAR 分析(vector autoregression analysis)を用いて財政支出乗数を見積もっ ていることにある。この手法は本来、目的変数と説明変数との間に単調増加 または単調減少の関係が成り立つ場合に用いるべき手法であって、本稿モデ ルやサミュエルソン・モデルで示されるように、現実の経済が内生的なメカ

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ニズムによって循環的に変動する場合に用いるのは適切ではない。 こうした方法論上の問題に加えて、先行研究の大半が、「1990 年代前半の財 政による景気刺激策の効果検証」と称して、1990 年代の日本経済を分析の対 象としたことが、上記の乖離をより一層広げている。なぜなら、1990 年代は 図 8 や図 10 でも明らかな通り、VAR 分析では乗数効果が過小評価されやすい、 ビジネスサイクルの下降局面に該当するからである。 要は、先行研究は内生的景気循環メカニズムを見落とした近視眼的な分析 を行ったが故に、1990 年代前半に行われた財政による景気刺激策の効果を過 小評価してしまったということである。事実、金融危機後の失業率推移を国 際比較した Lehner (2012)によると、1990 年代前半の日本経済は、調査対象国 の中で最も良好なパフォーマンスを示している。 6.C. 「失われた 20 年」の原因 以上の実証を伴う分析結果は、名目経済を動かす主な要因が、本稿モデル が示す内生的景気循環メカニズムと乗数効果であることを強く裏付けるもの である。このことから「『失われた 20 年』の原因は 1997 年以降の長期にわた る緊縮財政である」という、図 6 や図 7 とも整合的なシンプルな結論が導き 出される。 【図 11:G7 諸国の政府純債務−名目 GDP 比率の推移】 ※ OECD 統計より筆者作成。 そして、緊縮財政ひいては日本経済の停滞を長期化させている根本的な要 因として、1990 年以降の財政支出乗数に関する先行研究でも見られた「内生 20

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的な景気循環メカニズムを見落とした近視眼的思考」が政策決定プロセスに も強く作用していることを挙げるべきだろう。実際、ビジネスサイクルの下 降局面に伴う財政赤字拡大と「表面的な」乗数効果低下が緊縮財政の誘因と なり、長期デフレを伴う名目経済の停滞の引き金となった。この停滞は、「民 間企業の貯蓄率上昇(言い換えれば、営業余剰縮小を背景とした民間企業の 投資意欲低下)⇒その裏返しとしての財政赤字のより一層の拡大」というプ ロセスと相まって、名目 GDP に対する政府債務の比率を加速度的に上昇させ、 その結果緊縮財政志向をさらに強めている(図 1 及び図 11 も参照)。このよう な近視眼的思考の悪循環こそが、「失われた 20 年」の本質である。 6.D. 本稿モデルの拡張について 本節では、図 8 で示した「『名目 GDP−名目公的支出比率と国際的な金融サ イクルとの順相関』という現象が、日本以外の各国で必ずしも成立する訳で はない」という事実を出発点として、本稿モデルの回帰方程式における実測 値と予測値との間に乖離が生じる要因を考察することで、本稿モデルの名目 ベースでの拡張の方向性を展望する(純粋な名目ベースの拡張にはあたらな いが、「所得分配率の内生変数化」というテーマが別途存在することは、既に 第 5 章で議論した通りである)。 日本とは対照的に、金融ブーム期にはむしろ名目 GDP−名目公的支出比率 が低下傾向を示す国々が存在する(添付グラフで示す通り、G7 諸国では米国、 英国、イタリア、カナダが該当)。これらの国々には、「金融ブーム期には GDP に占める住宅投資(通常その大半は家計によるものである)の比率が上昇す ると共に、経常収支が悪化する傾向がある」という共通点がある。こうした 国々では、景気変動に与える民間企業設備投資の影響が極めて大きい日本(例 えば Yoshikawa (2000))と比べて、金融ブームによって家計部門のいわば「非 生産的支出」が相対的に強く刺激される経済構造であるため、ある意味第 5 章第 B 節で示した本稿モデルの帰結の 1 つと整合的な結果として、GDP−公 的支出比率が(大半が企業部門によって行われる、非住宅投資の GDP に占め る比率と連動して)低下すると考えられる。 こうした見地に立てば、本稿モデルから導き出される回帰方程式 (10) (11) (12)(特に消費関数 (10))の誤差項において、景気循環と連動する形で強い正 の系列相関を生じていることの説明がつく(図 12 参照)。即ち、住宅投資関 数等の支出関数を新たに追加しつつ、ビジネスサイクルまたは金融サイクル によって変動する(土地、住宅をはじめとした)資産価格と支出あるいは所 得との相互作用を組み込むことで、本稿モデルの説明力はより一層高まると 考えられる。 21

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【図 12:本稿モデルの回帰方程式における、実測値と予測値との乖離】 ※ 内閣府統計より筆者作成。 7.結論 名目 GDP−名目公的支出比率で表現される日本経済のビジネスサイクルは、 直近のグローバル金融危機をもたらした国際的な金融サイクルと非常に相関 性が高い。本稿ではこの事実に加え、「強力な貨幣錯覚(その下では、名目支 出の動向は名目所得の動向に強く依存する)」「『現状がこのまま続いていく』 という期待を背景として、所得とそれが誘発する支出の間に存在するタイム ラグ」「長期的な経済成長率と公的支出伸び率との間の、高い正の相関性」と いう名目ないしは貨幣取引ベースの現実を出発点として、日本経済の長期的 なパフォーマンスに対して高い説明力を有する「内生的なビジネスサイクル を伴う、名目ベースの経済成長モデル」を提示している。「民間企業の名目投 資水準が、ミクロ的な基礎づけを伴いつつ自らの名目所得水準によって決定 される」という想定をオールド・ケインジアン・モデルに付加した本稿モデ ルからは、「名目 GDP の均衡水準は、名目公的支出のほぼ乗数倍である」と いう含意がもたらされる。その下での拡張的な財政政策とは、単なる「不況 期における民間需要の一時的な呼び水」にとどまらず、「国民経済の長期的な 成長のエンジン」としての意義を有するのである。 ある意味単純過ぎる結論だが、日本の「失われた 20 年」とは 15 年以上に 及ぶ緊縮財政がもたらしたものである。日本経済がこの長期停滞から脱却す るためには、日本政府が名目支出を持続的に拡大して貨幣錯覚下での民間企 業の期待投資リターンを高め、国内投資を活発化させる必要がある。日本政 府が直面するとされている財政悪化問題は、内生的景気循環メカニズムを見 落とした近視眼的思考に基づく緊縮財政自身がもたらしたものであり、名目 22

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公的支出の持続的拡大は、国内の名目経済成長率及び貯蓄−投資バランスを 変化させることでこうした問題も解決する。 本稿モデルは、金融サイクルの基底をなす「名目ベースの実物経済の変動 メカニズム」を説明するものだが、資産価格と支出あるいは所得との相互作 用を組み込むことでより説明力を増し、日本と異なる経済構造を有する国々 にも応用できるようになると考えられる。他方で、こうした資産効果は金融 サイクルと結びついた内生的かつ循環的な現象で、名目 GDP の均衡水準には ほとんど影響しないであろう。つまり、「近視眼的思考に囚われた緊縮財政は、 国民経済の長期的な成長を阻害する」という日本の教訓は、2007 年以降生じ た一連の金融危機の後遺症に苦しむ各国にとっても有益なものである。むし ろこうした困難な状況下でこそ拡張的な財政政策を持続可能にするような、 ある種の政治的な枠組みが検討されるべきである。 23

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【添付グラフ:G7 諸国のマクロ経済パフォーマンス(1970 年以降)】

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※ 内閣府、米国経済分析局、OECD、IMF 統計、及び Mitchell (1988)より筆 者作成。

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(参考文献)

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http://repub.eur.nl/res/pub/9958/1938Economica.pdf [19] 吉川洋 (2000)『現代マクロ経済学』創文社。

参照

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