事例6-1 キャリアアップは火中の栗か
関連情報 1.企 業 の 業 種 製造業 2.問 題 の あ っ た 時 期 2000 年 7 月~2005 年 9 月頃 3.体験の際の職種・職務 取締役社長 4.場 所 ( 州 又 は 都 市 ) ジャカルタ A.困難事例の概要 このインドネシア現地法人(以下、「会社」という。)は、日本側がメーカーと 総合商社、インドネシア側は主にサプライヤー業を行っている人物、この 3 者の 合弁で 1989 年に設立され、1990 年に操業を開始した。従業員約 50 名規模の会社 である。 私は、設立当初からメーカー側の一員としてこの事業に参加した。5 年間、工 場の建設、立ち上げ、操業を行い、その後 5 年間は会社を離れていた。2000 年に 再度会社に戻り、5 年の任期で会社の経営を行うことになった。 この際、いくつかの目標を立てたが、その一つが「5 年後に社長を退任すると きには、できたら社長を、少なくともゼネラルマネージャーは現地化する。」とい う目標だった。 なぜなら、私が離れていた 5 年間で社長が 3 人代わり、その都度方針や仕事の 仕方が変わって、従業員の戸惑いが大きかったからである。また、どうしても日 本人の特権意識が、インドネシアの常識からかけ離れた言動や、時には日本の常 識からもかけ離れた行動になって現れ、これでは正常な会社の運営はできないと 考えたことにもよる。 B.対処概要 従業員のキャリアアップ推進のためにとった具体的な方法は、以下のとおりである。 1.毎週行う部長会議で、会社運営の意思決定をし、実施計画を決め、それぞれ の担当部長がそれを執行する。その結果も部長会議で報告される。 2.キャリアアップの対象者は、新規事業・財務兼任部長、営業・経理兼任部長、 生産・労総務兼任部長の 3 人とする。 3.部長会議の中での社長、つまり私の役割は、基本的には目標設定とアドバイ スにとどめ、3 名で決定できないときのみ決裁をすることとする。 4.部長会議の中では、社長は雑談という形で、日本企業の考えや、日本、イン ドネシア、他の国の文化慣習の違い、いろいろな情報、新しい技術、時事論評 等を話題にして、共通の価値観を築くことも重要な目標とする。 ということで、私の、大げさに言うと、後に火中の栗を拾った結果になる実験が 始まった。 3 人にはこのような説明はせずに実施したので、いろいろと私の意図を憶測し ていたようだが、ある日、部長会議の中で、新規事業・財務兼任部長が「なぜ社 長は、社長が直接決めて部長に命令する方法をとらないのか。報告は個々にさせ たら良いではないか。その方が効率的ではないか。」と質問してきた。この部長は 30 代後半の女性で、私の最初の任期中に採用した人物だが、私の 5 年間の留守中 に、他の 2 人の部長より一歩抜きん出た位置を占めるようになっていた。私は「私 が他社で勤務していた 20 代の若い駆け出しの時に、社長からその時は思いもよら ないような定期会議のメンバーに加えてもらい、この中での経験が後々のための 大きな糧になったように思う。この社長はもう亡くなられたが、君たちに同じよ うな機会を与えることが、私のこの社長への恩返しと思っている。」と言って、昇 進やキャリアアップにも結び付けて考えていることをアピールしておいた。 また、セミナーや海外研修、社外での会議などを通して、社内外の問題に対す る理解を得るような機会も意識的に与えるようにした。 このようにして、社長権限を徐々に部長に委譲していき、4 年が過ぎて 5 年目 からは最後の仕上げとして、さらに権限を委譲し、これを機会に社長を退任する
つもりだった。そうすれば、あまり経験がない新社長が赴任してきたとしても、 今の部長の中の一人がゼネラルマネージャー、または全体をまとめる地位につい て、新社長を補佐して十分やっていけると考えていた。そしてこの地位には、総 合的に見て、先に質問をしてきた新規事業・財務兼任部長を抜擢する考えでいた。 しかし、私のこの企図は実現しなかった。この部長に問題があることが、直前 に分かったからである。当初この部長は、日本人社長、インドネシア側パートナ ーに大変能力を買われており、良い収入を与えるために、インドネシア側パート ナーのイニシアティブで、このパートナーが関係する会社の業務を兼任させてい た。このために会社の求心力が弱体化していることが分かったので、私がこれら の会社と折衝して、この部長への業務委託を辞退してもらった経緯があった。 ところが、この部長はそれ以外にも会社外の業務の委託を受け、自宅で従業員 数人を雇用し、経理業務のサイトビジネスをし、会社の給与約 20 万円より多い収 入を得ていたことが分かったのである。本人に事情を聞いたところ、理由は次の ようなものだった。 1.定年後に備えて。 2. 日本人社長やインドネシア側パートナーの意向次第で、いつ退職に追い込ま れるか分からない。その時に備えて。 3.パートナーの関連会社の業務と比較しても、勤務時間後の仕事なので問題な いはず。 私には全く予想できないことで、これにはいろいろ考えさせられた。 C.教訓(知っておくべき情報・教訓など) ここで得た私の教訓は、次のとおりである。 1.インドネシア側パートナーは、合弁企業は自分のグループ会社であるとの認 識や、グループ会社間の境界が曖昧であるなどの特徴があり、人事面でインド ネシア側パートナーのペースに乗らないように注意を払うべきである。 2.キャリアが、個人的に社外で利用されないように、注意を払うべきである。
3.定年後の生活を支えるプログラムを会社で提案し、定年後の不安を除いてや るべきである。定年が通常は 55 歳なので、本人にとっては切実である。 4.キャリアアップさせる対象が女性である場合は、セクハラに十分注意し、無 用の不安、警戒心を生じせしめないようにすべきである。 このため、私の 5 年後退任の予定は狂ってしまい、今 6 年目を迎えている。登 用やキャリアアップの実現は、いろいろな問題を含んでおり、一筋縄ではいかな いと感じた。私が拾った火中の栗ははじけてしまったが、はじけた栗をいかに料 理すべきか、現在その方法を模索中である。安易に現状の安住に頼むことなく、 リスク覚悟でインドネシア人のキャリア形成を図り、登用できるところは登用し ていきたいと思っている。
事例6-2 非常に有能な若手社員を
マネージャーに登用しようとしたところ、
自分が若輩であるとして受けてくれなかった
関連情報 1.企 業 の 業 種 製造業 2.問 題 の あ っ た 時 期 2004 年頃 3.体験の際の職種・職務 現地法人の社長 4.場 所 ( 州 又 は 都 市 ) ブカシ県 A.困難事例の概要 非常に有能な若手社員をマネージャーに登用しようとしたところ、自分が若輩 であるとして受けてくれなかった。 B.対処概要 年功序列を重んじるインドネシア文化の問題も一部あるが、人事システムの問 題に起因するところが多い。対応策としては次のものが考えられる。 1.人事システム上、きちんとキャリアパスを作っておくべきである。ポジショ ンが空いたからといって、いきなりスタッフレベルからマネージャーにするの ではなく、例えば、役職・ポジションとは別に、資格による給与制度のような ものがあれば、まず若くて優秀な人材を、資格によって優遇しておく。たとえ、 まだ役職に就かなくとも資格としては、マネージャーレベルであることを、本 人並びに周りのスタッフにも分かるようにしておくこと。そうすることにより、 マネージャーに昇格した際も、周りの人間からも認知されやすく、本人もマネ ージャーとしての能力を発揮しやすくなる。 2.マネージャーになる前に、管理者としての教育をしっかり行うことが大切で ある。特に多く見受けられる点は、スタッフとしては優秀ではあるが、管理の方法やリーダーとしての役割を知らない場合が多いことである。そのため、実 際の現場で、On the Job Training などで実地研修を行い、十分に経験を積ん だ上でマネージャーに昇格させ、また、マネージャーとしても 6 ヵ月から 12 ヵ月程度は、マネージャー見習いとして仕事をさせることが望ましい。
事例6-3 工場経営幹部を全員ローカル化させる
関連情報 1.企 業 の 業 種 製造業 2.問 題 の あ っ た 時 期 2005 年 3 月目標 3.体験の際の職種・職務 工場運営 4.場 所 ( 州 又 は 都 市 ) バンテン州 A.困難事例の概要 会社操業開始後 6~7 年を経過する間、会社運営を極力ローカル化する方針の下 に、当初 15 名いた日米親会社からの外国人出向社員を逐次削減してきたが、最終 的目標として出向者 2 名(ジャカルタにある本社の社長、副社長)体制とし、同 時に工場は全員ローカル社員で運営させる決定をした。このため最適なローカル 社員の人材登用・昇進を実行する必要があった。 当社の石油化学工場運営の基本要件は、高い技術水準の維持、安全安定運転の 継続、たゆまない生産性向上の努力が求められる組織であり、人材登用もその観 点から失敗が許されないものであった。ローカル社員登用による交代の対象者は、 工場長を含む工場幹部トップ 3 名(うち 2 名は親会社からの出向外国人、他の 1 名は定年退職ローカル社員)であった。なお、工場の社員数は少数精鋭を基本とし ていた。(工場の社員数 300 名を半年前までに 190 名まで合理化していた。) B.対処概要 1.実施 1 年前から工場運営のローカル化を社員全員に公表し、年間計画に織り 込んだ。合わせて経営陣/全社員間の定例のタウンミーティングでも、計画の 趣旨の徹底とローカル社員昇進への期待と責任の大きさを理解させた。 2.実施 3 ヵ月前に、次のとおり昇進の基本方針を公表した。 ①全員社内からの登用(外部からは採用しない)②対象職務の経営の期待(業務内容、責任と役割)の明示 ③年齢・学歴・勤務年数を問わない最適社員の登用 ④社員自らによる公募制とし、第三者(大学の専門機関)による面接評価も合わ せて実施 ⑤最終的な決定は経営専管事項 3.経営側が念頭に置いていた者を含め、上級社員 12 名が応募した。そのうち 3 名を対象職務に登用し、その補充要員 3 名と合わせ、6 名の幹部社員を昇進さ せた。 4.結果的に、当初公募対象者 3 名の人選は当初経営側が念頭にあった者とおお むね同じであったが、上級経営幹部間、社員間の納得性は極めて高くなった。 5.第三者の評価も経営側に新鮮な視点を提供し有益であった。また、応募者の うち昇進しなかった社員とは面談の機会を持ち、経営側評価(第三者評価を含 む。)の主要内容を通知し、今後の強化すべき項目を明確にさせた。 6.登用社員は予想以上に成長している。非昇進組の業務成績も応募実施前に比 べ高まっている。 7.今後の課題 ① 新工場経営幹部の継続的な職務能力の向上とその仕組みづくり ② 非昇進組の強化項目のフォロー ③ 全社員のモチベーション維持・向上 C.教訓(知っておくべき情報・知識など) 1.人材登用は計画的に行う 2.透明性の確保 3.第三者の評価は経営側・社員双方にとって極めて有益(透明性、客観性、新し い視点の提供) 4.人材のローカル化は多少のリスク覚悟で実行してみる 5.社員との継続的な本音での意思疎通
事例6-4 人事考課(能力評価)での失敗
関連情報 1.企 業 の 業 種 製造業 2.問 題 の あ っ た 時 期 2000 年 4 月頃 3.体験の際の職種・職務 現地法人社長 4.場 所 ( 州 又 は 都 市 ) タンゲラン県 A.困難事例の概要 工場生産が始まってから 3 年が経ち、従業員の昇給・昇進について日本の親会 社と同じように人事考課をすることになった。会社の風土や地域差があるかもし れないが、この会社では村意識が強く、フォアマン層のリーダーシップが弱いよ うに感じられたため、フォアマンが自分の部下を考課することにより、強いリー ダーシップが取れるようになるのではないかという期待もあった。 しかしフォアマンによる人事考課は、ほとんどすべてが平均値を付けるのみで 失敗に終わった。 B.対処概要 この会社ではリーダー層は部下からの突き上げを非常に怖がっていて、万一自 分が村八分にされたら会社に来られないと思っているようであった。そのためフ ォアマンによる人事考課は一時中止して昇給は次のようにした。 すなわち、今年度の新入社員は基本給を「その地域で指定される最低賃金」と 同額として、その他の社員の給料は入社年次ごとに、数千ルピアずつを上記「最 低賃金」にプラスした。同じ年度に入社した人は同じ給料とした。また、THR(レ バラン手当)は政府勧奨どおり 1 ヵ月分を支払った。日系企業では、この他にボ ーナスを支給している会社が多いが、この会社でもレバラン休暇の 1 ヵ月前にボ ーナスを支給していた。このボーナスに対し人事考課する旨、社員全員に説明をして「一生懸命働いて良い結果を出した人にはボーナスを少し増やす。」ことを理 解させた。それでも最初の年は、どのフォアマンも同じ平均値の考課しか持って こなかったが、フォアマン一人ひとりと個別面談して非常にわずかではあるが、 ボーナスに差を付けることができた。 C.教訓(知っておきべき情報・知識など) 工場では「スキル表」を作って、各人の取得すべき技能とその達成度合いを明 確にしている。また QCC 活動を残業扱いで行い、年に数回の発表会も実施してい る。さらに日本語教室を開くなど、いろいろな能力開発に力を入れている。これ らの日常活動の中から優秀な社員を見つけ出し、会社の中核となるように育成す るのが良い。 ただし日本人駐在者のみで「彼は優秀だ!昇給させよう、昇進させよう!」な どと決めつけるのは危険である。必ず現地のスタッフと意見を十分に交換して、 「彼」だけが周りの仲間から浮き上がらないように配慮することが重要である。 あらゆる場面で「根回し」が必要なことは日本と変わらない。
6 昇進・キャリア形成 関連解説 6.1 ローカル化 (1)経営権限移譲の現状 施策として「現地社員の管理職登用・権限の移譲」を実施と回答 46% (出典)アジア日系企業における現地スタッフの給与と待遇に関する調査 2004 日経シンガポール(2003.9-10 に調査実施 1266→68 社 回答率 5.4%)