C A N C E R 12 (2003), p.37・41
幼生研究のための小テクニック集 (4)
電子的描画技法について
小 西 光
一
前回は論文作成の準備段階における大切な要 素の ーっとして文献を扱ったが,幼生記載論文で もう 一つ忘れてならないのが図版作成である . 幼 生に限らず, 一般に生物を対象とする学術誌では 写真や図等の画像表現が重要な要素であることに 間違いはなく,特に線画を主とした図版は不可欠 である . こ れは顕微鏡写真では焦点深度の関係も あって,記載に必要とされるもののすべてを表現 し得ないことと,図そのものが観察結果のメモ的 要素を含むからである . 別な 言い方をすれば,ど の様に図が描かれているかによって研究者がどの 様に対象を「観たのかj を示しているからである. 最近は犯罪捜査において写真よりも似顔絵の方が しばしば有効であるのも ,絵の方がより対象の特 徴を簡明に捉えているためと 言われている . しかしながら,図版作成には経験とかなりの時 間を要し,迅速な論文化を妨げる 一要因となって いる. これに対して,わが国では科学的描画につ いての入手可能な本はほどんどなく,例として Coineauの訳本 (1984) のみというのが現状の様 である . ま た大学等の教育現場でもこの方面に関 わる専門講義があるとは聞いていない. 海外の論 文生産現場では,以前から役割の分業化が進んで おり,たとえば論文用の図や写真はその道のプロ フェッショナルが分担し ,この方面の人材も多い 傾向にあり( 参考U R L 1),もちろん市販本もあ る( 例: Hodges, 2003). 残念ながら,わが国で はすべてを 一人の研究者がこなさなければならず, 人それぞれに時間と手間を割いてテクニックを磨 きつつ,論文を細々と生産しているのが現状では ないだろうか? その一方では,世の流れとしてい わゆる「競争的研究環境」が拡がりつつある中で,Kooichi KONISHI: Miscalleneous techniques for studies of decapod larvae (4) E lectrical drawings of larvae 記載的な分野でも{ 7IJy,! - ではなく,研究データを速 やかに論文化することが求められている . そのよ うな訳で, どの様にして効率的に原図を 描いて行 くかということは,これからの幼生研究者にと っ ては避けることの出来ない命題であろう. 以前に コンピュータを利用した描画技法を部分的に紹介 したことがあるが( 小西, 1999),その後このこ とについての問い合わせを頂くことが多い . そこ で今回はこのいわば電子的な作図について扱う.
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. 図版作成の流れ 原因完成に至るプロセスは「スケッチ( 素描) → トレース ( 墨入れ) → レイアウト( 原因配置)J の 3つのステ ップにまとめら れる . これ らの 中で素 描以外はコンピュータ上の作業に置き換えるこ とが可能である. 図1 にスタートの顕微鏡検鏡か下
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7
トレース
図1 コンヒ・ュータを 利用した原図作成プロセ スの概要.38 幼生研究のための小テクニック集 (4)電子的措函技法について
A1
A2
A3
E露国 図2 顕微鏡写真 を描画用下絵に加工す るやり方の例. 一つのサ ンプルについて絞りを聞き気昧にし司異な る焦点位置 (A1 :上面司 A 2:中 .A 3 :下面) で1
最った3枚を画像ソフト (ここではPhotoshopT M) で1枚に統合し,これを下絵として描画ソフト (ここではIIlustratorT M) で トレー スして行 く. ら ゴ ー ル の 原 因 に 至 る 作 業 の 流 れ を 示 す . コン ピュータによる図版作成でのポイントは トレース のステ ップにあると言える . 筆者はこれ までに 3 つの方法 (No.l 3 ) を試み,現在ではNO.2b の流れで作業を行っている . コンピュータを 用 い た描 画の問題点の 一つは ソフトウ ェア操作に習 熟していないと従来のペン描きと同等または それ 以上に時間を要することであるが, これは練 習に より減少させることが可能で、ある .2 .
素描 昨今のハード ・ソフトウ ェア技術の驚くべき進 展にもかかわらず,下絵としての素描はまだ自動 化 出来ないのが現状であろう . したがって , この 部分は人間の目と手で行わなけ ればならない. コ ンビュータに よる作業の前段階 として , ここでは 顕微鏡の描画装置で従来の通り鉛筆でスケッチを 行う方法と ,写真から図を起こす方法を紹介する . 鉛 筆 等 の 場 合 は 特 別 な 技 法 が あ る わ け で は な い. しかし後のトレースの部分でも述べられるが, 画像処理による自動 トレ ースを前提としている場 合には ,線の引き方に工夫が必要である . 筆者の 場合は ,芯径O.2 m m
(硬度H B)
の製図用シャー 位 ま で ) を補助的に用いてスケ ッチしている . 言 うまでもないことだが, この時に大切なのはス ケッチと同時に検鏡して気付いたこと , たとえば 剛毛の形態や生え方特徴などを図の周辺にメモし ておくことである . 何でもないことかも知れない アナロ グテータをどのようにデ ジタル化するか7 ビy トマyプ画像 (ドットの集合) - 技法の習得が容易 . デ- : $ 1 加工に制限 ポス トスクリプ ト画像 (ベジェ 幽線 ) - 技法の習得がやや難しい . デ -:$1 加工に有利 図 3 ビッ トマ ップ画像 (左) とポストスクリプ卜函 イ 象 (右)の遣い.⑥
図4 描画ソフトによる素描トレースのあらまし. ① スキ ャナーで画像 を取り込み司函像ソフト (ここでは
Photoshop
T M ) モノク口2
値化してからTIFF
司PICT
あるいはBMP
形式でフ ァイル保存, ② 線が交差 する部分に注意し,出来るだけ「一筆書 きJ
で辿れる用に修正し (矢印で示した箇所)司また点描の部 分は一時消去してからトレース用画像と して保存, ③ トレース周ソフト (ここではStreamline
T M) で元 画像の大きさや線幅を考慮 して条件設定をしてから自動トレー スし司PS
ファイルに保存, ④ 描函ソフ 変化させ司また曲線を僑成しているア ンカ一ポイントを加減して下絵の輪郭に合わせて行き司同時に各 線の幅も調整司 ⑥ 点描部分を別に用意したフ ァイルからコピー& ぺーストで貼りつけて原図の完成. が , こ れ が 後 で 実 際 の 原 稿 作 成 時 に 大 変 に 役 立 つ ことになる . かの レオナルド ・ダ ・ヴインチの素 描 集 を 見 る と , 絵 の 周 り に は 色 々 と 彼 が そ の 時 に 思 い つ い た こ と が メ モ さ れ て い る 様 で , こ れ は 生 理 学 等 の実 験的 分 野でも 同じで, 自然科 学 に お い て は 言 う ま で も な い こ と か も 知 れ な い . 写 真 か ら 図 を 起 こ す こ と は ア ー ト ワ ー ク の 世 界 で は 比 較 的 昔 か ら あ る 技 法 で あ る が , 幼 生 の 様40
幼生研究のための小テクニック集 (4) 電子的描画技法について に顕微鏡レベルの話となると問題が出てくる. デジタルカメラの場合も含め,光学顕微鏡ではど うしても焦点深度の関係で必ずどこかがぼけた画 像にな ってし まう . 無理をして絞りを小さくすれ ば,全体が真っ黒な画像になって役に立たない . そこで,特に幼生の各部の輪郭をはっきり出す ために,絞りは大きめに聞いたまま,異なる上中 下の焦点位置で3枚程度撮影し,これらの画像を P hotoshopT M 等の画像処理ソフトで合成するとい うやり方もある( 図2 ). こうして得られた画像 は体が透明なままで輪郭がは っきりした部分の多 いものであれば,手描きのスケッチと同程度に下 絵になり得る . ただし,このテクニックは体が透 明な場合に限られ,固定後に 白濁したり ,あるい は色素胞が多く持つことで不透明な幼生ではほと んど役に立たない . 不透明で、比較的大型の幼生で あれば,高倍率の実体顕微鏡で、同様に焦点深度を 変えて連続撮影し ,やはり画像処理ソフトで異な る焦点面の画像を重ねて描き ,すべての部位で焦 点、が合った画像を得るI
extension focusJ という テクニックも可能性がある( 参考U R12). ただし, これは生時の色彩が欲しい,あるいは固定による 収縮を避けなければならない場合にのみ有効で、あ り,そうでなければ, この作業に要する手間を考 えれば走査電顕による画像の方がはるかに効率的 と思われる . 3 . トレース 素描 (ス ケッチ ) を電子ファ イル化する場合に は2
つの方式,すなわちビットマップかポストス るかという問題がある . 分かりやすく言えば,前 者は点の集合体による,後者は線による表現とな る( 図3) . ビットマップでは素描の線はスキャ ナーで取り込まれたままの細かな点の集まりであ り,初めての人にとっては , ちょうど画面上で鉛 筆と 消しゴムを 使 える感じとな って ,その後の画 像の加工においても取り扱いやすい . しかし ,点 の集合体であるということは,スキャン時の解像 度に左右されると同時に 後で個々の図をまとめ て再配置あるいは修正する場合に ,特に拡大縮小 に関して不便なことが多い. ポストスクリプトで は, 一般にベジェ曲線と呼ばれる形式で描画され, 初めての人にはやや扱いにくい面があるものの, 慣れればすべての点で使い勝手は良い . 実際に素描をトレースする手法については,1
) 素描から入力パッド( デジタ イザ) を 使 っ て行う場合と, 2 ) 素描をスキャナーで取り込み ファイル化して画像処理ソフトで行う場合の2
つ に分けられる. 前者については,実際に行って みたがあまり効率的ではなく,上述のメモ的な書 き込みも出来ないことである. 後者については, 取り込んだ画像をモニタ画面上で手動でトレー スするやり方と, トレース専用のソフト( 例 : Streamline T M) で大体の輪郭を自動的にトレース した後に手動で修正して行くやり方がある . 図4 にその手順の概略を示す . 直接に画面上でトレー スする場合には下絵ファイルを描画ソフトで聞 き, これをテンプレートとして配置し,マウスや トラックパッドを駆使して輪郭を手動でトレース して行く . また,自動的にトレースする際のコツ として,ソフトすなわちコンピュータの側が認識 しやすい様に,予め下絵に修正を加えることが挙 げられる. 具体的には「一筆書き」を念頭に置き, 線が交差している部分を可能な限り少なくして無 駄なくスケッチの軌跡をたどれる様にするか, ま たはこれを前提に下絵スケッチをしておくことで ある . 通常自動トレースは数秒以内に完了し ,後 は生成されたP S ファイルを Illustrator 画ソフ トで修正し完成させる . 在パージョンが10
になり多機能化 しており,全体 的にプロのイラストレータ一向きで初心者には難 しいのではないかと言われるが,その基本操作は 「ベンツールでベジ ェ曲線を描き ,それらを修正 ・ 加工するj という点で初期パージョンと変わりが ないと 言える . この基本さえ押さえてしまえば, 実際の所描画の目的には充分で,誰にでも出来る と思われる . 4 . レイアウト 電子的な作図の利点が最も感じられるのが,個 別に作成した図を論文用の図版としてまとめる時 である . 紙とハサミと糊( テープ) の世界では, 印刷時の縮小率等を考えながら ,かなり面倒でに古くなってし まう ご時世で ある. 画像情報はデジタ ル化 されるま でには手聞がか かるが,上述の通り 一度電子化された画像はレイ アウト等その後の作業が非常に楽である . さらに インターネット. l A N を介した高速情報伝達に より,論文作成の作業効率も上がると思われる. 電子的な描画については ,全体としてコンピュー タと周辺機器,ならびに関連ソフトウ ェアで,初 期コストはペンと紙以上にかかるが,図版を扱う 回数が多い場合には逆にコストは下がり ,同時 に 利便性も向上するのではないかというのが現在ま での感想である. 41 光 西 ε/
辻、 ペ
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. ' ,1 献 Coineau, Y., (稲垣 ・鈴木訳),1984.科学図 画の方法. 共立出版, 253 pp.Hodges, E.RS. (ed.), 2003. T he Guild Handbook of Scientifi.c I1lustration, 2nd Edition. ]ohn Wiley & Sons, 640 pp.
小西光一,1999. 幼生の形態記載におけるデジタ ル化への道.Cancer, N o. 8: 27-31.
McLaughlin, P.A. & Konishi, K. , 1994. Pagurus imafukui a n e w species of deep-water hermit crab (Crustacea: A nomura: Paguridae), with notes on its larvas. Publ.Seto mar. biol.Lab., 36: 211-222. 文 従来の原図作りの一例. それぞれの部分の原 図を一枚の台紙上に配置し,貼りつける. 経験を要する作業であろう (図 5 ). 以前は例えば B 4の台紙にまとめることを想定しつつ,素描を 拡大・縮小コピーしたものを透視台に載せて製図 ペンでト レースしたり して,相 当な手聞がかかっ たが, P Sフ ァイルで あれ ば,線中高の拡大縮小も コマンドのオプション設定で楽々貼りつけること が出来る . この場合,筆者は操作性の幅広さから 図5 参考
U R L
1. http://www.gnsi.org/ (T h e Guild of Natural Science Illustrators)
2. http: //ameba.i.hosei.ac.jp/akira/Congress/ ZooISciOO/Body]04.html ( 顕微鏡画像専用ネ ッ トワーク配信画像フォーマットの開発:4. C G の利点と欠点) ( ( 独) 水産総合研究センター 養殖研究所) 筆者が初めてコンピュータを用いて原図を作 成 し た の が,今から9年前でM a cLaughlin博 士 との共著論文であった (M a cLaughlin & Konishi, 1994) . この中では彼女がペンで描いたものと, プリンタが描いたものが共存している . さらにカ ニ類幼生検索の総説(小西 ・鹿谷, 2001) では同 じデジタル描画の中で,ピッ トマップ画像とポス トスクリプト画像が共存しており,細かく見れば これらの違いも分かる筈である . コンピュータグ ラフィックスの世界の進展は予想を上回る速さで あり,前にも書いたが, 大抵のものが出版と同時