C A N C E R 18 (2009), p.55-56
本学会設立当初より評議員を歴任され,日本
甲殻類学会を支えてこられた原田英司先生が,本
年1 月29 日に,胃癌のため逝去されました 。享年
77
歳でした 。先生は病気を知らない体力をおもち
で,言卜報に接した者は,いずれもが我が耳を疑う
ほどの急逝でした 。原田先生から薫陶を受けた者
のひとりとして,先生への弔意を表すべく,先生
の足跡を書き留めます。
先生は,当初京都大学の教養部で教鞭をとら
れ,続いて京都大学理学部附属瀬戸臨海実験所
( 現京都大学フィールド科学教育研究センタ一瀬
戸臨海実験所) にて ,助教授,教授を歴任され,
昭和57年から平成 8 年 3 月の退職までの期間,実
験所所長としての重責を果たされました 。
先生は,教育と研究に心血を注ぎながら,自
ら水生生物の系統分類学,生態学の研究に打ち込
まれ,中でも甲殻類を扱った研究は,十脚類や端
脚類を材料に系統分類学と生態学まで幅広い内容
のものを展開されました 。先生が最初に発表され
た甲殻類の研究は, 川那部浩哉先生 (現琵琶湖博
物館館長) と共同でされた干潟のカニ,コメツキ
ガニの密度効果をテーマにしたものでした 。干潟
のカニを研究材料にしている私が原田先生のご指
導を賜ることになったのも,先生のこの研究とつ
ながるものがあったからかと思います。大学院の
修士の時代には , イセエビのフイロゾーマ幼生か
原 田 英 司 先 生 を 惚 ん で
和 田 恵 次
らプエルルス幼生まで、の水塊中の分布を調べると
いうとてつもなく大変な仕事をされました 。 この
研究については,ゼロが続くデータでも修士論文
にしたこと,そして,いないことを示すことも意
味があるということを熱く語られていたことを思
い出します。 メバルの生活史を通して生物群集論
を論じた学位論文の後は,テッポウエビ類とハゼ
類との共生関係を,世界に先駆けて調べられ,続
いてヒメセミエビ類・ウチワエピ類やヨコエピ類
の分類学を進められました。 キタンセミエピやツ
メナガヒメセミエビは,原田先生の命名による種
で,そのほかヨコエピ類のスナクダヤドムシも命
名されていま す。 さらに海洋プランクトンの微細
分布構造を明らかにするため,独自のプランクト
ンサンプラーを考案され,カイアシ類やアミ類な
どのこれまで知られていなかった微細な分布構造
を見出されています。 甲殻類を扱 った研究として
は,こ のほかに琵琶湖のスジエピの生態学的研究
が挙げられます。 これも ,スジエピの生活史に伴
う生息場所の移り変わりをテーマにしたもので,
白浜から大津に頻繁に通われ,成果を出されてい
ました 。京都大学 を退職後は,ご自宅近くにある
和歌山県の富田川をフィールドに ,上流から河口
域までの広範囲にわたる十脚甲殻類( 陸水エビ)
の流程分布の季節変化をみるという研究をおひと
りで続けられ,その成果の 一部を既に公表されて
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いました。退職後も,過酷なフィールドワークを
ひとりで続けら れるその体力 からは,この1 月の
言卜報は全く 想像できないも のがあります。
先生の 研究に対する 姿勢は,徹底したデータ
至上主義と論理性重視であ ったと私は思 ってい ま
す。発表された論文の多くは,常人で、は出せない
ほどのデータを示し,かっそれに基づいた理論が
明確に展開されています。 中途半端なものは,安
易には発表しないという厳格な研究者像といって
いいでしょう 。
研究もさることながら,先生の教育への情熱
は並外れて大きいものがありました 。動物系統
分類学や甲殻類学というタイトルの講義への情熱
は,京都大学でも ,学生を引きつける魅力的な講
義になって表れていました 。私自身は,先生が,
ある大学で集中講義をされたときに.
まで,お昼休み以外はまったく休憩なしで講義さ
れていた姿を覚えています。 これだけ熱心な講義
をできる大学教員 は内外 を間わず, どこにもいな
いだろうと思 いました 。教育への情熱は,ご自身
がよく語られて いた 「大学は研究教育の場ではな
い。教育研究の場だ」という 言葉に端的に表れて
います。
スポーツをこよなく愛した大学人でもありまし
た。 ご自身の出身地である広島の球団広島カープ
の大ファンでした。 ソフトボールには京都大学の
教養部時代から 打ち込まれ, 白浜でも ,大学院生
のチームを結成させたり ,地元での中高年のチー
ムに入ってプレーもされていました 。私も先生と
は,なんどもキャ ッチボ ールをしたことを覚えて
います。
私は 学位論文の主査を先生にお願いし,そ れ
を通じて ,論文を書くことの基本を学びました
が,光栄にも先生は私に,最後の論文へのコメ
ントを要請されたのでした 。夜、が意見を述べさせ
てもら ったその論文( 富 田川下流部で、のエビ類の
季節的変動) が絶筆となりました 。 まだまだ研究
に打ち込もうとされていたときにご自身の病変を
知り,さぞ無念であったろうと拝察します。 しか
し先生の遺志は多くの教え子に受け継がれていま
す。我々は,ご遺志に応えるべく , 日々研績に励
むのを 心の糧とすべきで あります。
謹んで、原田英司先生のご冥福をお祈りいたしま
す。
( 奈良女子大学)