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ミヤコサワガニの起源論

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CA N C E R

15 (2006), p. 1-7

ミヤコサワガニの起源論

諸喜田茂充 ・成瀬 貫 ・藤田喜久

はじめに 宮古島は沖縄島那覇の南西,海路約3 1 5 k m に 位置し ,最高標高が1l4.6m しかなく,典型的な 平たい島( 低島) である . そのため, 山 らしい山 がなく,川らしい川 も発達していないので,生物 相もさぞ貧弱であろうと かつて生き物を研究し ているものにはさほど興味がない 島であったよう だ. また,先島( 宮古諸島 ・八重 山諸島) の生物 調査の際は,宮古島を素通りで石垣島や西表鳥な どで調査をする研究者がいたという. しかし,宮古島には陸水産二枚員や陸産巻貝類 ・ 見虫類 ・甲殻類 ・両生類 ・j随虫類などの固有種が 多いことが明らかになり ,サシパなどの渡りの中 継地やj度り鳥の豊富 さなどから注目されるように なった . また,かつて宮古島にはゴンホテリウム ゾウ ・ミヤコノロジカ( 図1 A)・イノシシ ・ヤ マネコ類 ・ケナガネズミ・ハタネズミ類などの晴 乳動物やオオヤマリクガメやハブなどの周虫類が 棲息していたことが化石から分か っている (大城, 1987, 2003a). この様に ,固有の現存種や化石種 の豊富さなどから,宮古島が特異な島で あること が見直されている. 筆者の一人諸喜田は,琉球大学学生時代の1964 年に,同僚6 人で石垣島や西表鳥のエピ類やカニ 類などの淡水産動物類の調査を実施したが,八重 山の帰りに 宮古鳥に寄り,洞窟地下水域の甲殻類 を調査した. 当時の本土や離島の行き 来はほとん ど船を利用していたが,横揺れ防止機能がまだ取 り付けられていない船であったので,時化の際は 船酔いがひと功、った 船は石垣港から宮古島の平 良港に 着 き調査に同行した下地敏彦君の実家に世

Shigemitsu SHOKITA, T oh ru N A R USE,

&

Yoshihisa F UJITA: T he origin of

Geothelphusa m

akoensis

Shokita, Naruse, & F吋ii,2002

話になることにな った. 早速,平良市内の洞窟地 下水域の動物の調査を行った結果,ま だ学名のつ いていないヌマエビ類が出現した. 学名がついて いないエピ類は後に新種アシナガヌマエピとサキ シマヌマエピであることが報告された (Fujino

&

Shokita, 1975). その後,下謝名 (1980) は宮古 島の多くの洞窟動物を報告した. 近年にな って再 び地下水性の生物調査が行われ,藤田ら(2004)は, 宮古島の洞井に棲息するヌマエピ類に付着共生 する純淡水性のヒルミミズ類の一種を発見した . また,ウ リガー (降り井) から新種のテナガエピ 類のウリガーテナガエピも発見 された (Komai & Fujita, 2005) . 藤井晴彦氏は, 1997年に当時城辺町の湧泉から サワガニ類の未記載種を発見した. かつて水没し たという 宮古島 になぜ純淡水産のサワガニの仲間 が棲息しているのか不思議に思い,島の地史と現 存動物相との関連について考えざるを得なくな っ た. 次に島の生き 物たちは歴史を背負 っていて生 き証人であることについて, ミヤコ サワガニを中 心 に琉球列島の陸産や陸水産生物の成り 立ち に言 及しながら述べたい 筆を進める前に,宮古島の地史の教示と原稿を 校閲していただ、いた大城逸朗博士に深謝申し上げ ます 1 . 宮古島の特徴 宮古島はは っきりした山や川がないのにもかか わらず,断水がない不思議な島である. その理由 は,雨水が琉球石灰岩の透水層を伝って不透水層 の島尻層群の 地層の 聞の地下に貯留されているこ とに よる. 地下水が泉となって崖から湧き出た白 川田 ・ムイガー ・保良ガーなどがあり,前者は宮 古島市の上水道源になっている . ま た,島の所々 が陥没してド リーネが形成され, ウリガーと呼ば

(2)

2 ミヤコサワガニの起源論 れる洞井や洞窟地下水が発達し,平良市内では大 和井 ・ブトラガー ・盛加井 ・イザガーなどが発達 している. これらは,かつて水道が整備されない 頃は,市民が生活用水として利用していた. また, 宮古諸島は川の発達が悪いので,赤土等 の海への流入が少なく海水の透明度が高い. 海水 はコバルトブルーや濃紺など様々なブルー系の色 彩を呈し,特に,池聞大橋から眺めた海の色はこ の世のものとは思えないくらい感動する. 海岸は アダン・モンパノキ ・クサ卜ベラ・ガジュマルな どの熱帯性樹木が発達し,砂浜海岸は観光スポッ トの「砂山」のように目映いほととの真っ白な砂で でき,正に南国のパラダイス島の様相を呈してい る. ススキの花が咲き新北風の吹く甘露の頃になる と,本土各地のサシパが伊良子岬や佐多岬に結集 して,越冬のためにフィリピンやその他の東南ア ジアに渡るが,その途中に宮古島や伊良部島に立 ち寄る . その他の渡り鳥も宮古島やその周辺島に 立ち寄り,冬場は鳥人口が多くなり賑わう .

2

琉球列島の地史 ミヤコサワガニは宮古島の地史との関連があ るので,まず,琉球列島の地史について,諸文献 ( 木崎 ・大城,1977; 氏家, 1990; 木崎, 1997; 木村, 2002,2003; 大城, 2003a) を引用しながら,鮮新 世末期からその概略を示そう .琉球列島の地史は, 地質学者に よって大なり小なり異なっていて ,生 物の分布現象を説明するには戸惑う面がある. 古 環境は,生物地理学 ・進化生物学 ・分子生物学な どの見地からもアプローチして,地質学者や化石 学者お よび生物学者と協力しながら復元すると, より正確なものが出来ると思われる. : 琉球列島は大 陸の東縁に位置し,高い山が所々にあり,現在の 黄河や揚子江などの大河が開口していた. 現在の 東シナ海には湿地や湖沼が発達していた. : 琉 球列島は陸橋でつながり南部で大陸とつながって いた. また ,現在の東シナ海東南海域が陥没し沖 縄トラフ,北方にはトカラ海峡が,それぞれ形成 される :陸 橋は地殻変動により,その多くは次第に崩壊し陥 没した. さらに,問氷期の温暖化により海進がす すみ,琉球列島の多くが水没するところが出てき た. その結果,低いところは水没し,現在の北琉 球( 種子島や屋久島およびトカラ列島 ),中琉球 (奄美諸島や沖縄諸島),南琉球( 宮古諸島や八重 山諸島) などの高い島だけが存在していた . これ らの陸塊周辺の海域には粘土が堆積し,現在の島 尻層群の地層となる. その鳥尻層群の地層が隆起 して,浅い海にサンゴ礁が形成される . これが琉 球層群と呼ばれる石灰岩を主とする地層である. また,島々では泥岩主体の島尻層群の上には,琉 球層群那覇石灰岩が堆積し,広く琉球列島を覆っ ていた. 第四紀更新世後期 ( 9 1万年前 ) : ピュルム 氷期の約2 万年前の琉球列島は,最も寒冷化が進 んだ時期で,海退によりかなり広い海域が陵地化 したその結果,琉球列島の北琉球 ・中琉球・南 琉球の陸塊の多くは再び陸続きにな った . 沖縄諸 島南部には慶良問ギャップが出来ている. また, 宮古島と大陸との聞に陸橋が形成された形跡があ るという. 例えば,現在の宮古島から北西に向かつ て沖縄トラフに海山が所々存在するという . その 時期は南琉球と台湾とは陸続きであ った. 3 . ミヤコサワガニの発見とその特徴 かつて海に沈んでいたと考えられていた宮古 島には,

I

窪上や淡水にしか生息できない生き物は 少ないと考えられていた . オカガニ (あらがん) のように幼生期に海でプランクトン生活をする グループは他の島から移住してくる可能性が考 えられるが,サワガニ類のように卵から直接淡水 でしか生きられない子どもを産むグループにとっ て, 一旦生息地が海に沈んで、しまうと絶滅してし まうため,宮古 島にはサ ワガニ類はいないと考え られていた しかし予想に反し,前述の藤井氏に より 宮古島からサワガニ類の一種, ミヤコサワガ ニが発見された (図 1 B ). ミヤコ サワガニは甲の幅が3 cm 強の小型のカ ニで,淡水中もしくはその周辺にのみに生息して いる . 雌はオカガニなどに比べてかなり大きな卵

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諸喜田茂充 ・成 瀬 貫 ・藤田喜久 図1 宮古の歴史の生き証人達 A,ミ ヤコノ口 ジカ(沖縄県立博物館所蔵); B ,ミヤコサワガニ ; C ,腹部に子供を抱えるミヤコサワガ二 ; D , ミヤコヒキガエル; E,アシナガヌマ工ビに付着共生するヒルミミ ズの一種; F,シマチスジノリ (ミ ヤコチ スジノ リ).

3

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4 ミヤコサワガニの起源、論 を少なく産み,稚ガニが聯化しでもしばらくの あいだ親に抱かれたままで過ごす (図1 C ) 宮 古島で稚ガニを 体 につけたカニを見たら,それは 間違いなくミヤコサワガニである. 卵や稚ガニを 抱いていない時のミヤコサワガニの見分け方とし て,淡水にいて鉄に毛が生えでなく,口が真ん中 で、ぴったりと閉じ,口の外側 に毛が密生していな い,などの特慣がある. 琉球列島にはミヤコサワガニを含む22種ものサ ワガニ類が発見されていて,現在も種名をつける 研究が続けられている . ミヤコサワガニに最も 似 ているサワガニ類は,沖縄島と周辺離島に分布す るオオサワガニグループである. しかしミヤコサ ワガニは,甲や雄の生殖器の特徴,体サイズが小 さい,などの特徴からオオサワガニ類と区別でき, 2002年に新種として認められた. 日本のサワガニ 類の系統関係を, ミトコンドリア

D N A

を用いて 研究した東京都立大学の瀬川涼子女史によると , ミヤコサワガニはなんと慶良間諸島の渡嘉敷島の トカシキオオサ ワガニに最も近縁であると推測さ れた (瀬川, 2000). 渡嘉敷島と宮古島にはどんな 関係があるのだろうか? 4. 宮古島は完全に水没したか? 宮古島とその周辺島は ,新生代鮮新世の島尻 層群の泥岩や砂岩の上に琉球石灰岩を主とする 地層の琉球層群から形成されていることからする と,水没して島尻層群が隆起した浅海にサンゴ礁 が形成されたことになる. しかし,宮古島東部の 一部と大神島には,島尻層群が地表に露出した小 起伏丘陵があるようなので,完全に水没しない所 があった可能性もある. 島々が水没すると,そこ にいた陸生や淡水性の生き物が絶滅することにな る. それでは現存する固有の陸生巻貝 - ミヤコヒ キガエル( 図1 D )・艇虫類などの動物やドジョ ウ ・ミヤコサワガニ ・カワニナ - ヒルミミズ( 図 1 E ) なとεの純淡水性の生き 物 たちは,どこで起 源し,いつ頃宮古島に移住してきてのであろうか. 次の六つぐらいの可能性が考えられる. 一つ目は ,更新世後期当たりに周辺の沈降し なかった島から移住してきた. 例えば,八重山諸 島当たりから最終氷期に海退して陸橋が形成され た時期に渡ってきたことが考えられる. しかし, もしそうならば現存するミヤコサワガニは石垣島 などにも棲息しでもよさそうであるが,現実は分 布していない . また,宮古島固有種のミヤコヒキ ガエルや多くの固有陸産貝類も八重山諸島に分布 していないので, ミヤコサワガニが陸橋づたいに 渡ってきた可能性はうすいように思われる. 二つ 目は,宮古島から北方系のミヤコノロジカ やハタネスミの化石( 大城, 2003a),大宇中島から は大型のス ッポンの化石 (大城 ・長谷川,1998) が, それぞれ発見されている . これらのことから,宮 古島周辺にはかつて大陸とつながった古陸と湿地 があったことが伺える( 大城, 2003b ). また,前 2 者は,最終氷期には約 1 4 0 m も海退し,宮古島 周辺から大陸にかけて所々陸地化して点々と陸橋 が形成していた可能性があるようなので,大陸か ら渡ってきたことが考えられている . しかし,た とえ完全に陸橋が形成されていてもうまい具合に 大陸から宮古島周辺に 川が流れていたかは不明で、 あるので,純淡水産の生き物たちは移住が出来な かった可能性がある . ミヤコノロジカやハタネズ ミなら鳥々が点々とあれば,泳いで、渡ることが出 来たと思える. 実際,シカ類は海峡を渡ったり, 慶良間諸島のケラマジカのように久場烏から阿嘉 島や周辺の島々に泳いで、渡って住みついている. 三つ目は , ミヤコサワガニと遺伝的に類似し たサワガニの仲間が慶良間諸島に棲息しているの で,慶良間ギャップが形成されない大陸と陸続き の時期 (200万年以前) にこれらの祖先から,そ れぞれ分かれて宮古周辺や慶良間諸島で種分化し たことが考えられる. 四つ目は ,春の大潮時に姿を見せる 宮古島北方 にある八重干瀬や大神島あたりに大陸とつながっ ていた大きな陸島があり 沖縄トラフの急激な沈 降に伴い海面下に沈み,その反動でシーソーのよ うに現在の宮古島が隆起したことが考えられる. 幻の古陸には陸産員やミヤコサワガニなとεの淡水 産動物が棲息していて,沈降に伴い隆起した所( 現 在の宮古島) ができ,そこに動物が徐々に移った という仮説である. この仮説は, 2001年に琉球大 学の木村政昭先生が企画して地質学者と生物学者

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諸喜田茂充・成瀬 貫・藤田喜久

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が合同で「琉球弧の地史と生物の渡来」のシンポ ジウムを開催した際に ,宮古島から淡水性のミヤ コサワガニが発見さ れたこ ろから,宮古島のどこ かで沈降しなかったところがあるのではと述べた ことに対して,木崎甲子郎先生が宮古島のそばに あったと思える大きな陸塊が沈むにつれて,現在 の宮古島が隆起したのではと唱えたことに由来す る. 化石が専門の大城逸朗先生もこの説を支持し ている. 今後,八重干瀬をボウ リングして地層や 化石などを詳細に調べて幻の陸塊があ ったか確か める必要がある . あるいは,沖縄トラフに沈んだ と思える古陸を潜水艇で潜行して調べることも今 後の謀題である. 五つ目は ,前述の島尻層群の小起伏丘陵が宮古 島東部の一部に露 出しているようなので,沈降し ない所があった可能性も捨てきれない 実際,シ マチスジノリ( 図 1 F ) ・ミヤコサワガニ ・ドジョ ウなとεの純淡水性の生き物は,宮古島東部の旧城 辺町だけから発見されている. 現在の琉球列島は,す でに述べたように,か つて大陵の東縁に位置していて,高い 山々が所々 あったという( 氏家,1990). 寒冷地に分布するス ギやヒノキの仲間の化石が島尻層群上部の新里層 から発見されているので( 大城,1987),高い山が あった可能性がある. また,沖縄島の鮮新世末か ら更新世前期( 約200万から 80万年前) の地層か らもスギやヒノキの材化石に加えて,スギ属やツ ガ属などの冷温帯地域に特徴的に分布する樹種の 花粉が出現しているので, 1.500

m

クラス の山地があった可能性があるという( 黒田 ・小津, 1996) . 六つ 目は,渡り鳥により他の陸地から運ばれた 可能性が考えられる. 前述のように ,宮古島 は渡 り鳥の中継地として有名である 夏南方から琉球 列島に渡り,秋頃に 南下する例えばアマサギなど は,比較的淡水域で餌を食べ,また足ひれも大き いため,稚ガニが足ひ れに挟まれたまま他の島に 運ばれる可能性がある . 毎年何千という鳥が何万 年も渡りをしていれば,チャンスがあるのではな いかと想像される . しかし, ミヤコ サワガニに類 似のサワガニは前述の慶良問諸島に分布し,そこ から渡り 鳥が運んできて宮古島で種分化した可能 性があるものの,その他の淡水性のヒル ミミズ ・ ドジョウ ・カワニナ ・ミヤコヒキガエルなども同 じような手段で移住したかは疑問が残る おそら く,これらの動物は渡り鳥では途中で死んで、移動 が出来ないと思える. 琉球列島の陸産や陸水産生物相は,すべての 生物の例を同時に説明することが出来ないが, こ れらの方法で辿り 着いて生き長らえた生物で成り 立っているのであろう. 第三紀の大陸東縁の 陸域や淡水域には,すでに サワガニ類はじめ現在棲息している固有の環形動 乳類などの動物が住み着いていて,沖縄トラフの 陥没で大陸と分離されて 島興隔離の結果古種が 生き続けてきたことが考えられる. これまで,琉 球列島の動物は沖縄トラフの陥没後に出来た陸橋 づたいに南や北から移り住んだという陸橋説が述 べられているが,確かに 一部の種はこの説で説明 出来るものの,古種の多くは大陸の東縁にあ った 頃からすでに棲息していたにちがいない. 以上のように, ミヤコサワガニの起源、は「宮古 古陸」があった時期にすでに分布していて,古陸 の沈降とともに隆起した現在の宮古島に移り住ん だか,あるいは水没しなかった所に生きながらえ ていたという,前述の四つ目と五つ目の説を組み 合わせて考えたほうが良さそうである. 5 . 歴史の生き証人たち 琉球列島には,他の大陸島や大陸には見られな い固有の生き物が分布している. 例えば,代表的 な種類をあげると ,

1

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l

l縄諸島と奄美諸島の中琉球 にヒメユリサワガニ ・アラモトサワガニ・オオサ ワガニ -アマミミナミサワガニなどのサワガニ類, ナミエガエル ・イシカワガエル ・ホルストガエル などの両生類,ノグチゲラ ・ヤ ンバルクイナ・ル リカケスなどの鳥類,ケナガネズミ・ハリネ ズミ ・ アマミノクロウサギなどの晴乳類,宮古諸島と八 重 山諸島の南琉球にミヤコサワガニ・カッシヨク サワガニ・ヤエヤマヤマガニなどのサワガニ類, イシガキヌマエビやショキタテナガエピなどのエ ピ類, ミヤコヒキガエルなどの両生類,イリオモ テヤマネコなどのl楠乳類,等である.

(6)

6 ミヤコサ ワガニの起源、論 これらの多くは,第三紀あるいはそれ以前から 地球上に出現したと思える動物たちで,大陸では すでに姿を消し てしま ったものが琉球列島に生き ながらえている. この様な古い時代の動物がなぜ 琉球列島に生き続けているか不思議である. この疑問に対して,どのように解釈できるの でしょうか このことについて様々な考え方が あるが,われわれは一つの要因として,大陸との 陸続き時代にすでに分布していた生き物たちが大 陸と切り離された時期に島に取り残されて,新た に出現した強力な競争種が少ない島という 独特な 環境に適応して,古い形質を残しながら生き長ら えているグループが多いと理解している. これら のあるものは,さらに特化して島々で種が変わっ たものもいる 筆者の一人成瀬は,沖縄諸島のオ オサワガニが島ごとに分化していることを突き止 めた. この嫌に ,琉球列 島のような大陸島は,島 唄隔離による種分化と古種保存の効果があるよう だ. 6 . 新しい種はどの様にして出来るのか? では,新しい動物はどのようにして出来るので しょうか.種の分化 については様々な仮説がある. ある種が別の種に分化 していくには, ①時代の経 過と共に環境の変化に適応しながらゆっくりと変 わっていくという考え方 ②動物 自身が分布域を 開拓し環境圧を受けながら,適応的な形質が遺伝 的に選択されていく課程で変わるという考え方, ③動物が生態的に新しい食性の獲得と共に食物選 好に対して種が分離していく適応放散現象で,限 られた環境では種内や種聞の干渉を解決するため に,すみわけることで形態的特徴が一層顕現され るという考え方,等がある . 黒 田

(1970

1972)

は, ① を時代的種分化で, 受動的,漸進的,長期的,定向的,質的であり, 種の改善で分岐ではなく,同所的に起こる; ②を 同地的種分化で,能動的, 急変的,短期的,不定 向的,量的で、あり,個体群の場所的隔離によって 同時代的時間内に種が分化する; ③ を生態 的種分 化であると,それぞれ報告 した. 琉球列 島の陸生生物の多くは, 島々が大陸の 一 部であ った時代から分布していて,前述の島興隔 離効果で古種などが生き長らえていると考えられ る. 例えば,宮古島で発見されたミヤコサワガニ は,島が大陸の 一部で あった

200

万年以前から分 布していて,水没しなかったと推測される所や新 たに隆起した現在の宮古島に移り住んだと考えら れる. この様に理解すると, ミヤコサワガニはじ めその他の固有種は,その起源地や島の変選を推 測するのに格好の生き物で, まさに宮古の歴史を 見てきた生き証人と 言 えよう. 7 . 保全の必要性 私たちは,

2002

8

28

日に城辺町 (現在は宮 古島市) の仲間克町長を訪問し , ミヤコサワガニ が新種で生息場所が限られ,宮古島の地史の解明 にも役立つ貴重 なカニであるので,棲息地を 含め て保護するよう要請した . 具体的な 要請内容は, ① ミヤコサワガニの罰則付きの保全条例の設定に よる捕獲禁止, ②民有地にな っている棲息地の 貰 い上げによる保護, ③ 町文化財への指定, ④生物 資料館の建設, ⑤水源、j画養林となる森の保護,の 5 項目であ った. 町長はミヤコサワガニの 貴重性を充分認識さ れ,前向きに保全 に向けて検討することを約束 された その後,棲息地の農地を町で買い上げる ことが町議会で決定されたので,農薬か らの被害 が無くなり,湧泉とその流域が保護されることに なった. このような ,町レ ベルでの貴重種の棲息 場所の買い上げは,全国的にも例が少なく,環境 保全に対する城辺町の認識の高さに敬意を表した い. しかし ,このサワ ガニの保全のための産卵期・ 卵数 ・食性 ・生長 ・寿命等の生活史の基礎データー があまりよく分か っていないので,今後調査研究 を行う必要がある ミヤコサワガニは,沖縄県や環境 省のレ ッ ト データーブックの絶滅危倶種に取り上げられて , 保護の必要性が叫ばれている. 環境省版では,絶 滅の危機に瀕している絶滅危慎

I

(CR

+E

N )

に該当し,ごく近い将来における絶滅の可能性が 極めて 高い絶滅危倶

1 A

(CR)

と近い将来にお ける絶滅の危険性が高い絶滅危倶1 B類 (E N) の両カテゴリーにランクされている ( 諸喜 田,

2006)

. 沖縄県版「レッドデータおきなわ」では,

(7)

諸喜田茂充 ・成瀬 貫・藤田喜久

7

同じく絶滅危倶 I類 (C R + E N) に該当 している (成 瀬, 2005). このサワガニが宮古島から姿を消さないよう保 護していきましょう 1 おわりに 生き物たちが何処に起源し, 現在 ど う な っ て い るか, 将来どうなるのか,大変興味深い課題であ る. 生き物たちはそれぞれ歴史を背負っている その歴史をひもといていけば,起源地や種分化 の 様相が明らかになると思える. 一度水没したとい う宮古島から純淡水性のミヤコサワガニが発見さ れたことは,そこの地史を再確認する機会を与え たことになる. 琉球列島の島々の地史を考える際 には,生物学者と地質学者が合同で調査研究する 必 要 性 が示された様な気がする 宮 古 島 は , 地 史 や 現 存 す る 生 物 相 お よ び 化 石 動物等からみて,特異な島である. 地下水域にも 様々な生き物が棲息している可能性が強いので, 今 後 , 地 質 屋 と 生物 屋 が一緒になって調査をした いものだ. 文 献

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83 鹿児島市 鹿児島市 母子保健課 ○ ○

またこの扇状地上にある昔からの集落の名前には、「森島」、「中島」、「舟場

( WINDS : Wideband InterNetworking engineering test and Demonstration Satellite )..

航海速力についてみると、嵯峨島~貝津航路「嵯峨島丸」が 10.9 ノット、浦~笠松~前 島航路「津和丸」が 12.0

(以下、福島第一北放水口付近)と、福島第一敷地沖合 15km 及び福島第二 敷地沖合