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特別養子縁組に児を託すことを考える生みの母へのケアにおける助産師の経験

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Academic year: 2021

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特別養子縁組に児を託すことを考える

生みの母へのケアにおける助産師の経験

Midwives' experience of caring for

mothers who relinquish their babies for adoption

堀 内 遥 子(Haruko HORIUCHI)

*1

板 谷 裕 美(Yumi ITAYA)

*2

古 川 洋 子(Yoko FURUKAWA)

*2 抄  録 目 的 特別養子縁組に児を託すことを考える生みの母へのケアにおいて,助産師がどのような経験をしてい るのかを明らかにし,生みの母に対する助産ケアの質向上への示唆を得る。 方 法 特別養子縁組を考えている妊産婦への支援を表明している医療施設に勤務する助産師9名に,半構成 面接法にて「養子縁組に児を託すことを考えている妊産褥婦たちにどのようなケアをしてきたのか,そ の際どのようなことを感じたり,考えたりしていたのか」を尋ね,「生みの母へのケアにおいてどのよう な経験をしてきたのか」という視点を持って質的記述的に分析した。 結 果 助産師は,支援団体や病棟内スタッフと連携し【チームで一丸となって生みの母をケアする】経験を していた。そして,複雑な事情を抱えて来院する生みの母を受容し,【心身ともに健康に妊娠・出産を 乗り越えられるよう支援する】経験をしながら,【特別視することなくいつも通りの助産ケアに尽力す る】経験をしていた。また,【育まれつつある母性感情を感じ取り生みの母としての母子接触の権利を守 る】経験をしていた。さらに,【養子縁組を自己決定する生みの母の苦悩を感じながら揺れ動きのプロセ スを冷静に見守る】とともに,養子縁組を選ぶ理由が腑に落ちないなど,【養子縁組の選択を支援するプ ロセスの中で倫理的葛藤が渦巻く】経験をしていた。同時に,医療者としての責任を保つために,【感情 や葛藤をケアに入れ込まないように努める】経験をしていた。そして,【ケアが終わっても釈然としない 思いが残る】一方で,生みの母への対応を学ぶなど,【事例を積み重ねるたびにケアを技能として獲得し さらに新たな助産ケアの視点や課題が派生する】過程を歩んでいた。 結 論 生みの母へのケアにおいて,助産師に葛藤や感情規制が生じうることへの理解,社会の動向を正しく 2020年3月22日受付 2020 年8月11日採用 2020年12月4日早期公開 *1社会福祉法人聖霊会聖霊病院(Holy Spirit Hospital)

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理解しようとする助産師の姿勢が望まれることが示唆された。 キーワード:助産師,特別養子縁組,ケア経験,生みの母

Abstract Objective

The present study aimed to clarify the experiences of midwives caring for mothers considering relinquishing their baby for adoption and to obtain suggestions for improving the quality of midwifery care for these birth mothers. Subjects and Methods

Semi-structured interviews were conducted with nine midwives working at medical facilities that have experi-ence with providing care for pregnant women considering relinquishing their baby for adoption. Responses regarding the kind of care provided to birth mothers and midwives' thoughts and feelings during care provision were qualitatively and descriptively analyzed from the perspective of understanding midwives' experiences during care provision for birth mothers.

Results

Working in coordination with support groups and ward staff, midwives experienced providing care for birth mothers as part of a unified team. They accepted the birth mothers, who presented at the hospital under complicated circumstances, and experienced making a committed effort to provide unbiased midwifery care while also supporting birth mothers toward an emotionally and physically healthy pregnancy and delivery. Furthermore, they experienced sensing the growing maternal feelings and protecting birth mothers' right to provide a support for watching and touching a baby. Also, they experienced swirling ethical conflicts during the process of supporting birth mothers choosing adoption, while calmly watching over the extremes of the decision-making process and feeling the pain of the birth mothers choosing adoption.

At the same time, in order to uphold their responsibility as a healthcare provider, they experienced attempting to avoid involving emotions and conflict in their care. While feelings of dissatisfaction remained after the end of care provi-sion, the midwives had also embarked on the process of recognizing care provision as a skill and deriving new per-spectives and awareness of issues in midwifery care through involvement in these cases, such as learning how to respond to birth mothers.

Conclusion

The present findings indicate the importance of midwives recognizing that conflict and a need for emotional regulation may arise during care for birth mothers and of creating opportunities for sharing their feelings with their team.

Key words: midwife, adoption, care experience, birth mother

Ⅰ.緒   言

近年,養子縁組を話題に取り上げる雑誌やテレビ等 のメディアが増加し,注目度が徐々に上がってきてい る。また,不妊治療の選択や,治療の終結に関するカ ウンセリングの中でも,特別養子縁組の情報提供が勧 められるようになっている(宇都宮他,2013;渡邊 他,2016)。さらに,実家庭で養育を受けることがで きない子どものうち,特に乳幼児においては,施設で はなく家庭環境で養育を受けることの必要性も指摘さ れている(Nelson, et al., 2007)。 司法統計における特別養子縁組の成立件数は年間 300~400 件程度で推移していたが,平成 24 年度以降 徐々に上昇し(最高裁判所事務総局,1988-1999;裁 判所,2000-2017),平成 29 年度には 616 件にのぼっ た。そして,厚生労働省は今後 5 年以内に年間 1,000 人以上の特別養子縁組成立を目指すと表明している (厚生労働省,2017)。養子制度の中でも「特別養子」 縁組は,戸籍上も実子と同じ法律関係が成立する(後 藤,2016)ため,今後ますます推進され,増加するこ とが考えられる。 特別養子縁組が必要とされる背景として,生みの母 である妊産婦が未成年や未婚,性被害後の妊娠である など,要保護性のあるケースが多くなっていることが 報告されている。(前田他,2017;益田,2016)。さら に,厚生労働省(2018a)によると,平成 28 年度中に 発生した子ども虐待による死亡事例のうち,心中以外 の虐待死における生後 0 日児の割合は高く,虐待を 行った加害者は生みの母が約 9 割であったとされる。 つまり,妊娠・出産において十分な支援が届かず追い

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詰められ,身体的負担も危機的な状況に追いやられて いる女性がいるということである。出産後に子どもを 養育できないことが事前にわかっている場合,支援者 が特別養子縁組を選択肢の一つとして紹介することも 可能であるといえる。また,妊娠中から専門家による 適切な支援を受けることができれば,女性が心身とも に健康に妊娠・出産を乗り越えることもでき,児の無 用な死も避けることができると考えられる。 特別養子縁組が生みの母にとって一つの選択肢にな るならば,助産師には適切なケアを行う責任がある。 しかし,母と児の分離が養子縁組という形で生じる可 能性がある場合のケアについて,助産師が学ぶ機会は なく,この状況に対するケアについてもこれまで注目 されてこなかった。安部他(2018)は,特別養子縁組 を考えている生みの母に関わった経験を持つ助産師で あっても,特別養子縁組に対する知識,認知度は低い ことを明らかにしている。さらに,宮島(2015)は, 要保護性のある生みの母への対応や,養子に出す意思 決定の揺らぎへの対応などが,病院のスタッフに と っ て 負 担 に な っ て い る と 報 告 し て い る。 ま た Mander(1991a)も,助産師は生みの母の「養子に出す という意思決定」が,ケアの過程で変化することを恐 れていると述べており,意思決定へのケアの困難さも 考えられる。しかし現在,国内外を合わせても,特別 養子縁組を考えている生みの母へのケアをする助産師 の研究はほとんどなく,どのようなケアが行われてい るのか,それによって助産師がどのような思いを抱い ているのかは明らかにされていない。ケアの実践と, それに伴って助産師の思いや考えなどの主観が生じる ことは,ケア実践における助産師の「経験」であると 考えられる(中木他,2007)。 そのため,本研究は,特別養子縁組を考えている生 みの母に対してケアを実践したことのある助産師が, 生みの母へのケアにおいてどのような経験をしてきた のかを明らかにすることを目的とした。

Ⅱ.用語の定義

生みの母:児を自分で養育することが困難であるた め,特別養子縁組に児を託すことを妊娠期のうちから 考えている(検討している)女性のこと。出産後に退院 してから児を託そうと考える場合については含まない。 養親:生みの母から児を委託され,養育していく意 思のある親のこと。 支援団体:複雑な背景のある生みの母を保護した り,支援したりする団体のこと。養親の選定,特別養 子縁組の手続きなどを支援する民間養子縁組あっせん 機関(民間団体)のことも含む(畑中,2016)。 経験:生みの母へのケアにおいて実際に行ったこ と。また,ケアを通して考えたり,感じたりしたこ と。そのことについて現在抱いている考えも含む。

Ⅲ.研 究 方 法

1.研究デザイン 質的記述的研究 2.研究参加者 特別養子縁組を考えている妊産婦への支援を表明し ている国内の医療施設のうち,研究協力が得られた施 設の代表者をゲートキーパーとして,各施設に勤務す る助産師 1~3 名の紹介を受けた。選定基準は,特別 養子縁組を考えている妊産婦に関わり,助産ケアを提 供してきた経験のある助産師とした。施設による事例 数の違いなども不明確であったため,このケアの経験 例数や助産師経験年数は問わないこととした。 3.データ収集方法 研究参加者の勤務施設内におけるプライバシーが確 保できる個室で,インタビューガイドを用いた半構成 面接を実施した。インタビュー時間は1回60分程度を 予定し,許可を得て IC レコーダーと予備用 MD に音 声を録音した。 4.インタビューガイド 助産師の経験年数,勤務歴を含む属性,特別養子縁 組に子どもを託すことを考える妊産婦に関わり始めた 時期や件数を,参加者の分かる範囲で尋ねた。 「養子縁組に子どもを託すことを考えている妊産婦さ んたちに,実際にどんなケアをしてきたのか,またそ のときにどんなことを感じたり,考えたりしていたの か」を問い,助産師の思いを自由に語ってもらった。 ま た, 語 りの 中 で,「悩 んだ り 迷っ た り し た こ と」 「やってよかったと思うこと」「事例と関わったその後」 「もっとこんなケアがしたいと思うこと」を尋ねた。 5.研究期間 データ収集期間は,2017 年 11 月~2018 年 8 月で

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あった。 6.分析方法 インタビューにて録音された音声データから文字 データによる逐語録を作成した。逐語録を意味のある 文節に切片化し,「生みの母へのケアにおいてどのよ うな経験をしてきたのか」という分析視点を持って切 片のコード化を行った。類似したコードを分類してサ ブカテゴリー,カテゴリーを作成した。再度逐語録に 戻ることを繰り返し,「助産師の経験」としてのカテゴ リーを生成した。データの分析過程では,質的研究方 法を実践している看護学,助産学の専門家からスー パーバイズを受け,分析の信頼性と妥当性を高めた。 7.倫理的配慮 本研究は,滋賀県立大学看護学系研究倫理専門委員 会の倫理審査(承認番号第 612 号)承認後に行った。 また,研究参加施設の施設代表者,選定された助産師 に口頭と文書で研究趣旨を説明し,研究参加への同意 を得た。研究趣旨の説明時には,研究参加への撤回の 自由や,研究によって知り得た個人情報の取り扱いに ついて説明した。特に,研究参加者の助産師,所属医 療機関,インタビュー中に知り得た事例やその関係者 に関する個人,その地域が特定されることのないよ う,データの質が変わらない程度に処理を行って匿名 化し,守秘性,匿名性を厳守することを保証した。

Ⅳ.結   果

1.研究参加者の背景 研究参加の同意が得られた日本国内の4医療施設よ り,9 名の助産師をリクルートし,研究参加者とし た。9 名の助産師経験年数は 5 年~32 年であり,平均 19年±10年であった。参加者のうち,5名は管理職・ 中間管理職者であった。それぞれの助産師が関わった ことのある生みの母の数は,翻意した事例や一部だけ の介入経験なども含め,数えていないことがほとんど であった。ここでいう翻意とは,生みの母が特別養子 縁組に児を託したいという考えを持っていたが,最終 的に自分で児を養育するという考えに変わったことを 示す。 研究参加者が所属している部署は,外来や病棟に分 類される施設もあったが,外来から病棟まで一貫して ケアを行う体制や,妊娠・分娩・産褥の各期で担当が 分かれる体制の施設もあった。また,4医療施設のう ち,民間団体との連携があった施設は 2 施設であっ た。 インタビューは 9 名全員に対して 1 回ずつ行った。 インタビューの時間は 39 分~92 分であり,平均 60 分±18分であった。 2.分析結果 9名の語りから,特別養子縁組に児を託すことを考 えている生みの母へのケアにおける助産師の経験につ いて,664の切片,87のコードが抽出され,33サブカ テゴリー,9カテゴリーを抽出した。 9カテゴリー(表1)は,【チームで一丸となって生み の母をケアする】,【心身ともに健康に妊娠・出産を乗 り越えられるよう支援する】,【特別視することなくい つも通りの助産ケアに尽力する】,【育まれつつある母 性感情を感じ取り生みの母としての母子接触の権利を 守る】,【養子縁組を自己決定する生みの母の苦悩を感 じながら揺れ動きのプロセスを冷静に見守る】,【養子 縁組の選択を支援するプロセスの中で倫理的葛藤が渦 巻く】,【感情や葛藤をケアに入れ込まないように努め る】,【ケアが終わっても釈然としない思いが残る】, 【事例を積み重ねるたびにケアを技能として獲得しさ らに新たな助産ケアの視点や課題が派生する】で あった。なお,9人目のインタビューを終えた時点で 新たなコードの抽出は見られなかったことを確認し た。 以下,カテゴリーを中心に結果を述べる。カテゴ リーを【 】,サブカテゴリーを《 》で示し,研究参加者 の語りを“ ”と斜字で示す。また,研究参加者をアル ファベット(A~I 氏)で表記し,語りの後に( )で コードの割り振り番号を表記する。なお,結果の文 中,カテゴリー名において「養子縁組」と記載するも のは,すべて「特別養子縁組」を意味する。 1)【チームで一丸となって生みの母をケアする】 助産師は病棟のスタッフ全体で,ときには支援団体 とともに,《チームとして整えられた体制の中で生み の母を受け入れる》経験をしていた。そして“話す中 で気になったこととか,こういうこと言ってたんです よーとか(中略)お母さんのあの顔つきがすごい気に なったので,とか。(中略)全部情報はなんか横流し じゃないですけど,連携は取れるようにはしてるか な。”(G-11)と語るように,情報交換やカンファレン スを行って《スタッフ同士で生みの母へのケアを考え

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表1 生みの母へのケアにおける助産師の経験カテゴリー一覧 コアカテゴリー カテゴリー サブカテゴリー 健全な妊娠・出産に向けた ケア実践の経験 1.チームで一丸となって生みの母を ケアする チームとして整えられた体制の中で生みの母を受け入れる スタッフ同士で生みの母へのケアを考え連携し合う 2.心身ともに健康に妊娠・出産を乗 り越えられるよう支援する 事情を抱えた生みの母のあるがままを受け入れ安心できる場所となる よう受容と傾聴の姿勢で待つ 生みの母とその実親の希薄な親子関係を見極め関係性の修復に向けて 働きかける 生みの母の人生において妊娠・出産を「自分で乗り越えた体験」として 捉えられるよう支援する 3.特別視することなくいつも通りの 助産ケアに尽力する 支援団体が生みの母の状況把握や支援を行うのに対し助産師として安 全な母子管理に徹する 特別視することなくいつも通りの助産ケアを行う 4.育まれつつある母性感情を感じ取 り生みの母としての母子接触の権利 を守る 養子縁組を考えていても表情や佇まいから母性や愛情が育まれていく のを感じ取る 児と会うかどうか決めることは生みの母の権利であり生みの母の意思 を尊重する 養子縁組への自己決定支援 とケアに伴い葛藤が生じる 経験 5.養子縁組を自己決定する生みの母 の苦悩を感じながら揺れ動きのプロ セスを冷静に見守る 決断への苦悩を推し量る 養子縁組を選択せざるを得ない厳しい状況に心を痛める 決断への揺れ動きや辛さに寄り添う 翻意があってもすぐに受け入れるのではなく冷静に生みの母の状況へ の対策を考える 意思を誘導したり揺るがしたりするような言い方をしないよう注意を 払う 児と会って愛情を抱きお別れに悲しむことは養子縁組の自己決定に必 要な過程だと考える 悩み抜いて自己決定しその責任を学ぶ体験であってほしいと願う 6.養子縁組の選択を支援するプロセ スの中で倫理的葛藤が渦巻く 親や周囲の影響で本人の意思が尊重されずに養子縁組になったことに 葛藤する 養子縁組を選択する理由が腑に落ちない 生みの母と養親のどちらも尊重されるべき存在だがどことなく偏りが 生じてしまっていることに葛藤する 生みの母の決断へのプロセスに関わる自分のケアにも迷いや葛藤が生 じる スタッフと自分の間で起こる生みの母に対するケアの価値観の相違に 協働できない切なさを感じる 7.感情や葛藤をケアに入れ込まない ように努める 自分が葛藤を抱いている生みの母の意思決定に関わる部分のケアは避 けて自分ができる助産ケアに徹する 感情を入れ込みすぎないよう一歩引いて冷静に見るよう努力する 負の感情は表に出さないよう医療者としての責任で自分を制する ケアを不確かな状態から 技能へ確立していく経験 8.ケアが終わっても釈然としない思 いが残る 終わったケアに心残りがある ケアが終わっても生みの母への気がかりが続く 生みの母の本音を分かりかねる 生みの母の選択もそれを支えたケアも評価のしようがない中でその都 度真剣に関わるしかないと考える 9.事例を積み重ねるたびにケアを技 能として獲得しさらに新たな助産ケ アの視点や課題が派生する 不安を抱えながらも実際の事例と関わったからこそ生みの母へのケア について改めて知る 上司の姿や助言から生みの母への対応方法を体得していく 関わり後の生みの母の前向きな姿や人生を知って嬉しく思い自分のケ アに肯定感を得る 自分の中で対象を受け入れる視点の幅が広がる 縁組普及への懸念や妊娠相談・支援の早急な仕組みづくりの必要性を 感じる

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連携し合う》経験をしていた。 2)【心身ともに健康に妊娠・出産を乗り越えられる よう支援する】 助産師が生みの母を受け入れる際は,《事情を抱え た生みの母のあるがままを受け入れ安心できる場所と なるよう受容と傾聴の姿勢で待つ》経験をしていた。 そして,複数の事例と関わる中で,特に生みの母とそ の実母の関係性が希薄な状況を,その様子から感じ 取っていた。そのため,ときには生みの母とその親の 双方の代弁者となり,《生みの母とその実親の希薄な 親子関係を見極め関係性の修復に向けて働きかける》 経験をしていた。さらに,妊娠・出産の体験を生みの 母にとっての肯定体験として覚えていてもらえるよう に願い,《生みの母の人生において妊娠・出産を「自分 で乗り越えた体験」として捉えられるよう支援する》 経験をしていた。 3)【特別視することなくいつも通りの助産ケアに尽 力する】 支援団体と連携している医療機関では,支援団体が 生みの母の複雑な背景に対する情報収集や支援を 担っていた。そのため助産師は,《支援団体が生みの 母の状況把握や支援を行うのに対し助産師として安全 な母子管理に徹する》経験をしていた。そして,“結 局のところ,気を使いつつも割りといつもと一緒って いうことだよね。”(B-58)と語るように,助産師は 《特別視することなくいつも通りの助産ケアを行う》 経験をしていた。 4)【育まれつつある母性感情を感じ取り生みの母と しての母子接触の権利を守る】 助産師は,妊娠中からの生みの母との関わりの中 で,表情や発言から母性が湧いてきている様子を変化 として捉え,《養子縁組を考えていても表情や佇まい から母性や愛情が育まれていくのを感じる》経験をし ていた。そして,出産後の母子面会や授乳をするかど うかに関して,《児と会うかどうか決めることは生み の母の権利であり生みの母の意思を尊重する》経験を しており,“だって生むのは自分の子だから。会いた くないって言ったら会わせないけど,会わせないって いう選択肢は,ないかなって勝手に,自分の中では 思ってて。”(B-39)と,児と会わない選択肢も含め て,生みの母の意思に委ねていた。 5)【養子縁組を自己決定する生みの母の苦悩を感じ ながら揺れ動きのプロセスを冷静に見守る】 助産師は,生みの母が毎日涙を流す様子を見て,口 には出さなくとも,養子縁組に児を託すという《決断 への苦悩を推し量る》経験をしており,決断の裏にあ る思いを強く感じていた。そして,生みの母がさまざ まな援助を受けようとしても,どうしても養子縁組を 選択せざるを得ない状況は存在してしまうことを認識 し,《養子縁組を選択せざるを得ない厳しい状況に心 を痛める》経験をしていた。 また助産師は,生みの母が決断に悩み,揺れ動くこ とを認識していた。そして,揺れ動くことそのものが 決断に必要なプロセスであると考え,《決断への揺れ 動きや辛さに寄り添う》経験をしていた。加えて,生 みの母には翻意の気持ちが生じることがあるという点 も理解を示していた。翻意が生じた場合は,そもそも 養子縁組を考えるに至っていた生みの母の状況を考 え,その背景を詳細に把握している支援団体との連携 を図るなど《翻意があってもすぐに受け入れるのでは なく冷静に生みの母の状況への対策を考える》経験を していた。さらに,養子縁組に関する決断において は,生みの母が「自己決定する」ということに重要性 を感じていた。そのために,助産師が生みの母の意思 を誘導してはいけないと考えており,《意思を誘導し たり揺るがしたりするような言い方をしないよう注意 を払う》経験をしていた。また,養子縁組への意思が 固まった生みの母に対しても,“こちらから,こうい う風にしたら育てられるんじゃないの?みたいなこと は言わない。”(E-23)と,意思をあえて揺るがしてし まうような言い方はしないよう,自分にもスタッフに も注意を払っていた。そして,産後の過ごし方につい て,《児と会って愛情を抱きお別れに悲しむことは養 子縁組の自己決定に必要な過程だと考える》経験をし ていた。さらに,生みの母の人生にとって自己決定し た体験が,《悩み抜いて自己決定しその責任を学ぶ体 験であってほしいと願う》経験をしていた。 6)【養子縁組の選択を支援するプロセスの中で倫理 的葛藤が渦巻く】 助産師は,生みの母本人の意思ではなく両親の強い 意志によって養子縁組が選択されていた事例に出会 い,《親や周囲の影響で本人の意思が尊重されずに養 子縁組になったことに葛藤する》経験をしていた。ま た,生みの母が職業もあって自立している状況にあ り,自分で児を養育していけるのではないかと思われ る事例に出会った際などには,“言い方悪いけど,す ごい残念と思ったり,え,なんでこの人,人にあげる の?とか,あなたが育てられるバックもあるじゃない

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と か, や っ ぱ り 思 っ た り と か す る こ と も あ る け ど”(G-6)と語るように,《養子縁組を選択する理由 が腑に落ちない》という経験をしていた。 助産師が生みの母へのケアをする中では,児を託さ れて養育していく養親との関わりも同時に生じること があった。そしてその中で,翻意は生みの母の権利で あるという考えと,養親の思いを慮ると,翻意なく養 子縁組の意思が貫き通される方がいいのではないかと いう考えの両方を抱き,《生みの母と養親のどちらも 尊重されるべき存在だがどことなく偏りが生じてし まっていることに葛藤する》経験をしていた。 さらに,生みの母が決断に迷っている状態のときに は,生みの母が育児に取り組むことに関して通常 行っている助産師の前向きな声かけが,生みの母に とって適切なのかどうか迷いを感じるなど,《生みの 母の決断へのプロセスに関わる自分のケアにも迷いや 葛藤が生じる》経験をしていた。 助産師は,生みの母に対して抱く価値観について, 同じチーム内の助産師でもさまざまに異なることを認 識していた。それに対して一定の理解を示しながら も,“女性を非難する気持ち全開の人…(中略)考え はさまざま,それはあっていいと思うんですけど。 (中略)女性を責める言動だったり,責めるもしくは 支援しないで避けようとするような同じ助産師に対し ては,すごく葛藤がありました。”(D-69)と語るよう に,同じ助産師という役割がありながらも,《スタッ フと自分の間で起こる生みの母に対するケアの価値観 の相違に協働できない切なさを感じる》経験をしてい た。 7)【感情や葛藤をケアに入れ込まないように努める】 助産師は,生みの母が受け持ち(プライマリー)ス タッフの継続支援を受けて決断した意思を,その日だ け関わった自分が覆すことはできないと考えていた。 そのため,“私がそこで,なぜ養子縁組するの?とか, 育てる気ないの?とか,そんな相談したところで,そ の人の意思が変わるわけないじゃないですか。だか ら,もう余計なこというの止めようって。”(F-17)と 語り,《自分が葛藤を抱いている生みの母の意思決定 に関わる部分のケアは避けて自分ができる助産ケアに 徹する》経験をしていた。また,“ちょっと感情が入 りすぎると「こんなに育てたいって言ってるんだから どうにか育てられる方法はないのかな」っていうふう に思いますが,この子の将来のことを考えたときに本 当に育てることがいいだろうか,ちょっと一歩冷静な 目で見るように努力していかないと,自分でもどうし ていいのか悩んだり,するんだと思います。(中略)先 を見据えないといけないので。”(I-39)と語るように, 《感情を入れ込みすぎないよう一歩引いて状況を冷静 に見るよう努力する》経験もしていた。 助産師は,さまざまな局面で負の感情が湧き出るこ とがあったが,自分の中に湧き出た感情を表に出さな いよう,“思うのはいいんだけど,本人にはあんまり 伝わらないようにしないと,そうじゃないと未受診 に,今後来なくなってきたり,私の対応がきっかけに 妊婦健診に来なくなって,自宅出産とかになったら嫌 だなーとかいろいろ考えるから”(D-57)と語り,《負 の感情は表に出さないよう医療者としての責任で自分 を制する》経験をしていた。 8)【ケアが終わっても釈然としない思いが残る】 助産師は,生みの母への関わりについて,“入院日 数が短い分,そこまでなんか,密に関われてないのか もしれないです。”(A-14)と感じており,そのため “あとあと振り返って考えると,もっとこう…ケアで きたんじゃないかなっていうのとか”(A-33)と語る ように,《終わったケアに心残りがある》経験をしてい た。助産師は,退院後の生みの母とも繋がりを持って 様子を知りたいと考えていたが,どこまで踏み込んで 経過を追っていいのか迷い,課題と感じていた。実際 に,生みの母の退院後の関わりは“ないです。わかん ないね”(E-13)というように,繋がりは少なかった。 そして,生みの母の退院後は疎遠になり,繋がりを保 つことに難しさも感じながらも,“でも,どうしてる かなーとかありますよね”(C-61)と語るように,《ケ アが終わっても生みの母への気がかりが続く》経験を していた。また,自分が生みの母のケアに対して 困ったり迷ったりすることはなかったと感じる一方 で, “こっちとしてはそんなに(ケアをする上で) 困ってなかったとしても,向こうはどうだったかって いうのが,ほんとにどう思ってたかっていうのは ちょっと自信ないかもしれないですね”(A-14)と語 り,《生みの母の本音を分かりかねる》経験もしてい た。 助産師が行う生みの母へのケアは,ガイドラインな どが存在しないため,拠り所がない状態でケアを展開 していた。そのため,“本当にどの支援がよかったの かなって。本当にこれで正しかったのかなって思うこ とは,毎回,毎回ありました。(中略)何が正しいかが わかんないから”(H-31)と語り,模索を繰り返しな

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がら次の生みの母の事例にあたっていた。しかし,思 いを巡らせながらも“そのケアがどうであったかって いう振り返りについては,誰もそれでよかったんだよ とか,なかなか言い切れるものでもないので。でも本 人が考えて悩んで選んだ選択なんだから,いいとか悪 いとかじゃやっぱりないよね,それをサポートするし かないし”(H-43)と語るように,《生みの母の選択も それを支えたケアも評価のしようがない中でその都度 真剣に関わるしかないと考える》経験に至っていた。 9)【事例を積み重ねるたびにケアを技能として獲得 しさらに新たな助産ケアの視点や課題が派生する】 助産師は,初めて生みの母へのケアに関わったとき に“今までほんとに,学校ではそういうことは何も聞 いたことなかったし,(中略)大丈夫かな,どう対応し ていいのか,とか”(A-17),“「あ,こういうことがあ るんだ」との衝撃でしたね”(H-7)と,これまで経験 のないケアに対して不安や衝撃を感じていた。また, 事例を重ねることで,“いろんなパターンがあるんだ な っ て の は 思 っ た。 も う 決 ま り じ ゃ な い と い う か”(B-32)と,生みの母によって対応が一律ではな いということを改めて理解していた。そして,生みの 母と児を会わせないケアが主流だった時代を知る助産 師は,母子接触することや,要望があれば養親と生み の母が会う事例もあることを知って,“ほんと目から 鱗で。(中略)それまでは,もう私はほんとに養子縁組 出す人は一切赤ちゃんに会わせないっていうのが決ま りだと思ってたから(中略)「あ,今の養子縁組ってそ ういうふうなのねー」と思って。”(E-19)と語り,ケ アの変化を実感していた。このように,助産師それぞ れが,《不安を抱えながらも実際の事例と関わったか らこそ生みの母へのケアについて改めて知る》経験を していた。また,生みの母へのケアを知らない状態か ら始めても,上司と生みの母との関わりの場に同席 し,ケアに迷ったときに相談をするなどして,《上司 の姿や助言から生みの母への対応方法を体得してい く》経験をしていた。 生みの母との関わりが終わってからも,助産師は, “やっぱり,自分で自分の人生を歩き始めたときの姿 を見たときはね。あ,あれはやっぱりあれでよかった んだ,っていうときですよね。”(H-32)と語るよう に,《関わり後の生みの母の前向きな姿や人生を知っ て嬉しく思い自分のケアに肯定感を得る》経験をして いた。支援団体と連携して生みの母をケアした助産師 は,退院後の生みの母や児の様子について支援団体か ら情報提供を受け,“「無事に自分の生活に戻りまし た」とかそんな感じだけど。(中略)そうすると「あー みんな幸せになってるんだな」とか思うと嬉しいけど ね。”(E-31)と語っていた。そして,事例を繰り返す 中で,“こういう方に関わることで,やはり助産師と してのいろんな妊婦さんを受け入れる幅や視点は広 がったような気はします。”(D-63)と,《自分の中で対 象を受け入れる視点の幅が広がる》経験をしていた。 助産師は,ケアに当たる上で養子縁組に関して必要 な知識を得ておくことや,他職種と協働した仕組みづ くりの必要性を感じていた。さらに,養子縁組の認知 度が高まっていく現状について,“養子に出せばいい やーって感じで思われたくないなっていう警戒心てい うんですか,養子縁組が広がることの…”(D-54)と 語り,普及が進んだときには助産師として何ができる のかを模索していた。また,養子縁組の制度に限ら ず,“相談支援の体制だったりとか,女性が躊躇せず に早い時期に相談できるような,とか,そもそもの性 教育的な部分だったり,男性に対するっていうところ だったり。あとは子育てに対する経済的な支援だった りとかね,(中略)いろんなあらゆる面で,早くよりよ くなってほしいなって思いますね”(D-67)と語り, 課題を感じていた。そして,“若年の妊娠が一番,そ こがやっぱりわたしたちが性教育を頑張らなきゃいけ ない部分って思うんだよね。”(E-63)と語り,助産師 の役割として,《縁組普及への懸念や妊娠相談・支援 の早急な仕組みづくりの必要性を感じる》経験をして いた。

Ⅴ.考   察

1.生みの母へのケアにおける助産師の経験の特徴 助産師の経験 9 カテゴリーの構造図を図 1 に示す。 生みの母が受診をしてから出産に至り,縁組を自己決 定するまでの時間軸の中で,縁組を自己決定するタイ ミングは事例によってさまざまであるが,最終的な決 定は出産後であった。さらに,助産師が1つの事例と の関わりを終え,他の様々な事例との関わりを積み重 ねていく時間軸も存在していた。また,カテゴリーに は,助産師のケア実践の経験と,助産師の内面で生じ た経験の2種類が見られていた。 この中で,助産師の経験 9 カテゴリーは,3 つのコ アカテゴリーを生成すると考えた。カテゴリー 1~4 は,『健全な妊娠・出産に向けたケア実践の経験』,カ

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テゴリー 5~7 は,『養子縁組への自己決定支援とケア に伴い葛藤が生じる経験』,そして,カテゴリー8,9 は,生みの母との関わりを終えて以降,『ケアを不確 かな状態から技能へ確立していく経験』であった。特 にコアカテゴリー『養子縁組への自己決定支援とケア に伴い葛藤が生じる経験』においては,自己決定支援 のケア実践と,助産師の内面に生じた葛藤が影響し 合っており,カテゴリー間の関連性が高く,助産師の 経験において非常に特徴的であると考えられた。自己 決定支援のケア実践と,助産師の内面に生じる葛藤に ついて,以下に詳述する。 1)生みの母の自己決定を支援する 【育まれつつある母性感情を感じ取り生みの母とし ての母子接触の権利を守る】,【養子縁組を自己決定す る生みの母の苦悩を感じながら揺れ動きのプロセスを 冷静に見守る】,【養子縁組の選択を支援するプロセス の中で倫理的葛藤が渦巻く】,【ケアが終わっても釈然 としない思いが残る】の4つの経験は,9名全ての研究 参加者の語りから構成された。これらのカテゴリーに 含まれる,対象の発言や佇まいなどから内面を感じ取 るという経験は,助産師の高い実践能力の表れである といえる。そして,養子縁組の選択を生みの母自身で 決定することを支援するということも,特徴的で主要 な経験となっていると考えられる。 【養子縁組を自己決定する生みの母の苦悩を感じな がら揺れ動きのプロセスを冷静に見守る】の中の,《決 断への苦悩を推し量る》,《決断への揺れ動きや辛さに 寄り添う》経験は,生みの母が自分の選択や価値観を 見つめ揺れるというプロセスを助産師が大切に思い, その感情を共有する経験であった。同カテゴリーにお ける《翻意があってもすぐに受け入れるのではなく冷 静に生みの母の状況への対策を考える》経験において も,まずは翻意の気持ちを受け止めながらも,生みの 母に自分の状況への気付きを促したり,支援団体と連 携して必要な対策を考えたりしている。生みの母が児 を託さなければいけない自分の事情を見つめ,揺れ動 くプロセスは,生みの母の決断に対する内的動機付け を確かなものにする時間と作業として重要である。有 森(2012)は,意思決定の支援において,「決めるプロ セス」が本人およびその周辺を含めた関係者にとって 納得できるものになるかどうかが重要であると述べて いる。そして医療者には,本人が十分に検討して決め たことであると自ら納得し,意思決定に関する後悔が 極力少なくなるよう支援することが求められると述べ ている。本研究で明らかになった,生みの母が揺れ動 きながらも自己決定に向かうプロセスの中で,助産師 図1 生みの母へのケアにおける助産師の経験カテゴリーの構造図

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が生みの母の感情を受け止めたり,生みの母の現状理 解を促したりする関わりは,Shared Decision Making (有森,2012;辻,2007)における,相互に影響しあ う動的な決定のプロセスであるといえる。一方で, 《生みの母の意思を誘導したり揺るがしたりするよう な言い方をしないよう注意を払う》経験は,助産師が 生みの母に与える影響を考え,生みの母自身の意思を 尊重するがゆえの行動である。これは,生みの母が助 産師の言うままに行動したり選択を決めたりしてしま うようなパターナリズムを,助産師が回避しようとし ているとも考えられる。このことからも,助産師が生 みの母の自己決定プロセスを大切に支援していること が明らかであるといえる。 2)助産師に生じる葛藤や感情規制 有森(2012)は,リプロダクティブヘルスに関する 意思決定の特徴において,医療者自身が葛藤を感じる 場面が生じやすいと述べている。本研究では,生みの 母の養子縁組への自己決定を支援していくプロセスの 中で,助産師が考えたり感じたりしていたことが,と きに葛藤となっていることが明らかになった。【養子 縁組の選択を支援するプロセスの中で倫理的葛藤が渦 巻く】を構成している 5つのサブカテゴリーを,杉浦 他(2011)の示した「助産師の経験する倫理的問題」の 分類の枠組みに沿って考えると,《親や周囲の影響で 本人の意思が尊重されずに養子縁組になったことに葛 藤する》,《生みの母と養親のどちらも尊重されるべき 存在だがどことなく偏りが生じてしまっていることに 葛藤する》,《スタッフと自分の間で起こる生みの母に 対するケアの価値観の相違に協働できない切なさを感 じる》の 3つは,倫理的問題から生じている葛藤であ ると考えることができる。助産師が,生みの母の自律 性が失われている状況や,助産師としてあるべき姿に 反するスタッフがいる状況などに直面し,倫理的葛藤 を抱いていることが本研究から明らかになった。 《養子縁組を選択する理由が腑に落ちない》につい ては,生みの母の養子縁組を選択する理由と,助産師 の価値観の対立であると考えられる。杉浦他(2011) は,「助産師の経験する倫理的問題」の分類において, 「命をどう捉えるかに関する問題」のなかで,「再婚し た夫との間の子を同じように愛していけるかわからな いという理由で人工中絶」という例を示している。こ れは本研究の,生みの母が養子縁組を選択する理由に 対して“前の彼と別れたからとか,今の彼とやってい けそうだからとか,そういうので(児を縁組に)やっ ちゃうかっていう”という語りと類似していると考え られる。しかしながら,養子縁組は児の命を維持して おり,命の捉え方や児の尊厳を取り上げるという人工 妊娠中絶の考え方とは異なると考えられる。一方で, 生まれてすぐに養親に託されることは,児の人生その ものへの影響であるため,助産師は命と同等の重みを 感じているとも考えられる。また,助産師によって家 族観や人生観,生命観などはさまざまである。「生ん だ母親がその子どもを育てるべきである」という規範 はないため,《生みの母の養子縁組を選択する理由が 腑に落ちない》経験が,イコール倫理的問題に直面し た経験と捉えることはできない。しかし,職業も あって自立しているなど,養育していけるような状況 にあると判断できる事例にも関わらず,生みの母が養 子縁組を決断することに対しては,助産師に価値観の 対立を生じさせる状況であることが明らかになったと いえる。 さらに,助産師がケアの中で葛藤を抱きながら,意 思決定に関わる部分のケアを避ける経験も明らかに なった。【感情や葛藤はケアに入れ込まないように努 める】の,《自分が葛藤を抱いている生みの母の意思決 定に関わる部分のケアは避けて自分ができる助産ケア に徹する》という助産師の経験は,生みの母の翻意を 恐れているわけではないと考えられた。なぜなら,生 みの母が受け持ちスタッフと共に現時点まで悩み,決 めてきたプロセスへの配慮や,受け持ちスタッフの尽 力への配慮,生みの母が受け持ちスタッフだけでなく 自分も含めた複数のスタッフに,複雑な心理面を何度 も吐露しなければいけない状態を避けるなどの複数の 要因があり,意思決定に関わる部分のケアを避けた経 験に繋がっていると考えられる。Mander(1991b)は, 生みの母に関わる助産師がケアをする際の不安要素と して,生みの母が受容的でないスタッフにさらされた り,関与されたりすることであると述べている。その ため,病棟管理者は,生みの母が多くのスタッフに 関わることのないよう,特に分娩時には専属の助産 師が付き添うように調整していたことを明らかにして いる。本研究でも,受け持ちスタッフではない自分の 立場を考えた上で,助産師自らが生みの母への心理的 ケアを積極的に行うことを控えた結果だと考えられ る。 そして,《感情を入れ込みすぎないよう一歩引いて 冷静に見るよう努力する》経験は,助産師が自分の感 情を意識的に俯瞰してケアにあたる経験である。冷静

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に客観的な立場でケアをしようと努める経験である が,一方で《抱いた負の感情は表に出さないよう医療 者としての責任で自分を制する》経験からは,助産師 が自分の感情を抑制していることがうかがえる。生み の母への影響を考えた上で行動した経験であるが,こ れは感情規制の経験であるといえる。武井(2001)は, その職業にふさわしい適切な感情というものが規定さ れていて,そこから外れる感情の表出は許されないと 述べている。そして,適切な感情であってもその表出 の仕方や程度には職務上許された一定の範囲があるこ とを感情規制といい,それによって労働者としての能 力が評価されるとしている。さらに看護師は,感情 (私情)を抱くことは患者に巻き込まれた自分の失敗 であると感じると述べている。本研究から,養子縁組 に児を託すことを考える生みの母へのケアにおいて, 助産師に感情規制が生じるということが明らかに なったにも関わらず,この経験に対して,助産師が自 分の感情を整理したり,振り返ったりする経験は,本 研究からは見出せなかった。感情規制の経験を積み重 ねることは,今後,助産師にとって心理的負担が増大 する懸念が示唆される。 負の感情が生じうる場面や,価値観が対立しうる場 面をあらかじめ知っておくことは,心理的負担を防い だり軽減したりすることができると考えられている (Fry, et al. 2008/2010)。今後,生みの母にケアをする 助産師が,このような状況が起こりうることを理解し てケアにあたっていけるよう,この経験の活用が期待 される。また,助産師自身の特別養子縁組制度に対す る価値観はさまざまであるが,助産ケアの一つである ということを認識し,制度やそれを取り巻く社会の動 きを正しく理解しようとする姿勢が求められる。それ が,どのような状況にある女性に対しても支援を繋ぐ ことのできる助産師の実践能力向上の一助になりうる と考えられる。さらに,現在の日本社会において,養 子縁組を身近に感じる機会はほとんどないため,看護 師・助産師教育の段階で知識を普及していく必要もあ ると考えられる。女性にとって選択肢の一つとして特 別養子縁組があるということを,助産師教育の時点か ら学んでいくことができるよう,カリキュラムに盛り 込んでいくことが望まれる。 2.児を手放す生みの母の悲嘆プロセスに対する助産 師の経験 Mander(1991a)は,「養子縁組に児を託す生みの母 に対しても,死産における悲嘆のプロセスと同じケア が必要であるということは,助産師の中で認識されて いる。そして,生みの母が希望すれば児と面会させる べきだと考えている助産師の意見もある。しかし一方 で,助産師は,生みの母が児と面会したり抱いたりす ることで児への愛着が増し,翻意するかもしれないこ とに不安を感じている。そのため,助産師は生みの母 に対して,児と会うことを積極的に勧めたり強制した りはせず,生みの母の意思に委ねている。助産師は生 みの母が翻意したときに,その責任を自分が負うかも しれないことを不安に思っており,愛着が増してしま わないよう,積極的には児と関わらせないようにして きた。意思決定に生みの母と児の関わりは関係がある ことは明らかなのに,助産師がそれを避けようとして いることは,助産師の論理的知識と実践の矛盾であ る。」と述べている。本研究での助産師は,《翻意が あってもすぐに受け入れるのではなく冷静に生みの母 の状況への対策を考える》経験をしており,翻意その ものを恐れている経験は見られなかった。そして,生 みの母と児が会うことを意図的に避けるようなことは なく,生みの母の意思や権利を尊重していることが明 らかになった。むしろ助産師は,《児と会って愛情を 抱きお別れに悲しむことは養子縁組の自己決定に必要 な過程だと考える》経験をしており,あえて生みの母 が悲しみを体験することが必要であると考えているこ とも明らかになった。そして,生みの母が児との別れ と悲しみを認識する過程について,グリーフケアとの 共通点を見出していた。これは Mander(1991a)が明 らかにした,生みの母が悲嘆プロセスのケアを必要と するという内容と一致しているといえる。生みの母が 児を手放すことは,生みの母にとっての「喪失」であ る。しかし,死別による必然的な喪失ではなく,養子 縁組に児を託すことを生みの母自らが選択することに よって生じる喪失であり,この点はグリーフケアとは 大きく異なる点があると考えられる。養子縁組に児を 託す生みの母へのケアにおいては,「選択」が存在し, その選択に伴って喪失や悲しみの体験が生じている が,選択は生みの母がさまざまな要因をもとに悩み抜 いた結果である。本研究に参加した助産師は,生みの 母にとっての悲しみの体験が,自己決定したという体 験の強化に繋がると考えていた。それが,《悩み抜い て自己決定しその責任を学ぶ体験であってほしいと願 う》経験に繋がっていると考えられる。本研究から, 助産師は児を手放す生みの母にとって悲嘆のプロセス

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のケアが必要であると考えているということ,そして それが,養子縁組への自己決定に必要な体験であると 考えていることが明らかになった。 3.支援団体との協働 助産師は,【ケアが終わっても釈然としない思いが 残る】経験をしている一方で,《関わり後の生みの母の 前向きな姿や人生を知って嬉しく思い自分のケアに肯 定感を得る》経験をしていた。自分のケアが生みの母 に受け入れられ,良好な反応が得られたと実感できた ことから,ケアへの肯定感が生まれたものと推測され る。さらに,退院後に生みの母の生活や,自立した状 況を知る機会が得られたときにも,肯定感や達成感を 得る経験をしていた。その経験が,生みの母へのケア は実践してすぐに答えが出るものではないことや,答 えそのものがないケアであることを認識することに繋 がったと考えられる。そして,生みの母にもいろいろ な人生があることを知ることで,《自分の中で対象を 受け入れる視点の幅が広がる》経験に繋がっていた。 この経験をしたからこそ,【ケアが終わっても釈然と しない思いが残る】中,《生みの母の選択もそれを支え たケアも評価のしようがない中でその都度真剣に関わ るしかないと考える》経験に至ったのではないかと考 えられる。今後は,可能な限り退院後の生みの母の経 過を知ることが,助産師の生みの母へのケアの発展に 繋がることが期待される。 また,【事例を積み重ねるたびにケアを技能として 獲得しさらに新たな助産ケアの視点や課題が派生す る】のカテゴリーには,【チームで一丸となって生みの 母をケアする】と同様に,支援団体との連携が関与し ていた。支援団体は生みの母の社会復帰支援などを実 施している場合が多いため,その現状を医療機関に情 報提供していた。その情報提供によって,助産師は生 みの母のケア後の姿を知ることができ,ケアの肯定感 や達成感を抱く経験に繋がっていた。支援団体と医療 機関との間で,産前から産後までのタイムリーな情報 共有がなされることは,助産師にとってはケアの フィードバックにも繋がり,助産ケアの質もさらに向 上できることが示唆される。 2016年には,民間あっせん機関による養子縁組の あっせんに係る児童の保護等に関する法律案(厚生労 働省,2018b)が成立した。しかし,法案整備などが 進められていながらも,支援団体の活動実態もさまざ まであるのが現状である。そして,特別養子縁組がわ が国で認知度を上げつつある中,助産師は,世間に間 違った認識が広まっていくことや,安易な特別養子縁 組の普及に繋がってしまうことへの懸念を抱いている ことも明らかになった。安部他(2018)は,特別養子 縁組制度への疑問と支援団体に対する不信感を抱く助 産師がいることも明らかにしている。本研究における 支援団体と医療機関は,連携して生みの母へのケアを 行っていた。双方の信頼関係構築や維持のためには, それぞれの役割を理解しながら協働していくことが必 要であると考えられる。養子縁組を成立させることだ けを目的として推進するのではなく,生みの母が必要 とする支援を,医療機関と支援団体とが協働して行え る体制作りが求められているといえる。 本研究の限界 本研究の参加者は,特別養子縁組の支援を表明して いる施設を対象に選定した。そのため,本研究で明ら かになったことは,特別養子縁組制度やケアを十分に 理解している助産師の経験であるといえる。また,研 究参加者には管理職者も含まれており,生みの母への ケアを語る準備が整った助産師であったことが考えら れる。どんな施設においても,特別養子縁組に児を託 すことを考える生みの母を受け入れる可能性が考えら れるため,今後は受け入れ事例の少ない助産師の経験 なども明らかにしていく必要がある。

Ⅵ.結   論

特別養子縁組に子どもを託そうと考える生みの母へ ケアを実践している助産師の語りから,ケアを実践し た経験について分析した結果,9カテゴリーが抽出さ れた。助産師は,【チームで一丸となって生みの母を ケアする】経験をしていた。事情を抱える生みの母だ からこそ【心身ともに健康に妊娠・出産を乗り越えら れるよう支援する】一方で,生みの母が養子縁組を考 えていたとしても【特別視することなくいつも通りの 助産ケアに尽力する】経験をしていた。そして,生み の母と関わる中で,【育まれつつある母性感情を感じ 取り生みの母としての母子接触の権利を守る】経験を していた。また,【養子縁組を自己決定する生みの母 の苦悩を感じながら揺れ動きのプロセスを冷静に見守 る】姿勢を保ち,【養子縁組の選択を支援するプロセス の中で倫理的葛藤が渦巻く】経験と同時に,【感情や葛 藤はケアに入れ込まないように努める】経験をしてい

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た。さらに,【ケアが終わっても釈然としない思いが 残る】一方で,【事例を積み重ねるたびにケアを技能と して獲得しさらに新たな助産ケアの視点や課題が派生 する】プロセスを歩んでいた。この助産師の経験か ら,①ケアに伴って助産師に葛藤,感情抑制が起こり うることへの理解,②特別養子縁組制度やそれを取り 巻く社会の動向を正しく理解しようとする助産師自身 の姿勢や教育の必要性,③医療機関と支援団体との良 好な連携体制の構築が望まれることが示唆された。 謝 辞 本研究の趣旨をご理解いただき,ご協力くださいま した医療機関の院長及び看護部長,助産師の皆さまに 心から感謝申し上げます。また,研究をご指導くださ いました滋賀県立大学大学院の糸島陽子教授に深く感 謝いたします。 なお本研究は,滋賀県立大学大学院人間看護学研究 科に提出した修士論文の一部に加筆修正したものであ る。 利益相反 なお,論文内容に関して,開示すべき利益相反の事 項はない。 文 献 安部葉子,佐藤眞理,小山田信子,佐藤喜根子(2018). 助産師の特別養子縁組制度に対する考えと生みの親 に対する理解.日本母性看護学会誌,18(1),39-46. 有森直子(2012).リプロダクティブヘルスにおける意思 決定支援.中山和弘,岩本貴(編).患者中心の意思 決定支援 ― 納得して決めるためのケア.(pp. 111-136).東京:中央法規出版.

Fry, S.T. & Johnstone, M.J. (2008)/片田範子,山本あい子 訳(2010).看護実践の倫理【第 3 版】倫理的意思決定 のためのガイド.pp. 75-83.東京:日本看護協会出 版会. 後藤絵里(2016).産まなくても,育てられます ― 不妊治 療を超えて,特別養子縁組へ.pp. 150-180.東京: 講談社. 畑中郁名子(2016).増える特別養子縁組助産師はどうか かわる?その1.助産雑誌,70(7),558-563. 厚生労働省(2017).新しい社会的養育ビジョン.新たな 社 会 的 養 育 の 在 り 方 に 関 す る 検 討 会. 厚 生 労 働 省ホームページ.https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/ other-kodomo_370523.html(アクセス2020.8.23) 厚生労働省(2018a).子ども虐待による死亡事例等の検証結 果等について(第14次報告).厚生労働省ホームペー ジ. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/ 0000173329_00001.html(アクセス2020.8.23) 厚生労働省(2018b).児童虐待防止対策に関する関係府省 庁連絡会議幹事会.第3回.資料3.厚生労働省ホー ムページ.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/ bunya /0000128770.html(アクセス2020.8.23) 前田清,佐々木大樹(2017).児童相談所における妊娠期 からの相談と新生児委託の実積.子どもの虐待とネ グレクト,19(1),83-87.

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参照

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