Japanese Society for the Science of Design
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Japanes
所
朝倉 直
巳
先
生の
急 逝 を悼
む
徳 積 穀 重
平 成
15
年
2
月 14 日
、
朝 倉直
巳
先 生
が
突
然 亡 く な られ た
。
亨 年
73
歳
であっ
た
.
先 生は そ の 日 の昼 過
ぎ
、
つ くば
市
内 を
自転 車で
移
動
中
に
車
に は ね ら れ
、
その晩
亡 く な られ た
。
私は こ とばにならない衝
撃 を 受 け
、
取り乱し た心の ま ま
夜
を明か
し た
。
翌
朝
お 宅に
伺
い ご
遣 体
に面
会
し た
時
、
先
生のお
顔
は
安 ら
,
b
で
、
ま さ
に 眠っ て
お ら
れ
るよ
うな表 情
で
あ
っ た
。
奥様
のお
瀞 ‘ z
話
で は
、
衝 突 され
たショ
ック で
意 識
イ
』
明
に
な
っ た た め
、
苦
しま
ず
に
済
んだの だ ろ
う
と の こ と であっ た
。
●
私
は
先生
が 亡く
な
る ち
L
う ど
一
週 間
前
、
同
僚
ら
数
人と共に
光生
と
夕食
を ご
一
緒
した
。
こ の 日 は 「
感 性
」研 究
に関す
る講演会
が筑
波
大
学
で
催
さ
れ
、
講 師
に
近
江
源 太郎先 生
が
見
えるの で
、
私
が
朝 倉先
生
を
お
誘
い し たの
であっ た
。
先 生は
一
昨年
か ら台
湾
の
崑
山 科 技 大 学
に
常勤 教
授と し て招
聘
され台
南
に住ん で
お ら れたが
、
休
暇で
一
時 帰
国し
、
つ く ば
市
の ご
自
宅に戻っ てお ら れた
。
短
期 滞
在
中
にやるべ
き用件
が 沢 山 あ る との こと だっ
た が
、
久しぶ りに
近 江 先
生にお
会
い した
い し
、
大
学
の
様
子
も見
たい とお っ
し ゃっ
て 口程 を
調
整 して下 さっ た
。
講 演 会 場
で
は近 江 先 生 やかつ て の 同
僚 教 官 達
とも
親
し くこと ば を 交 し
、
里
乕
り の
一
時を
楽
し
ん でお られ た
。
夕 食は先 生のお気に 入 り
の ビス トロ で
、
店 長は先 生の
一
時
帰 国
を
祝っ て ワインを サ
ー
ビス し て
くれ
た
。
先
生は 台
湾
で の授 業の内
容
や
学
生
達
との
交
流
の様 子
、
5月 に 開 催 予 定の 「アジア某
礎
造
汗
’
連 合学 会
」台
湾
大 会 に か け る 会
長
と
し て の
想
い
な
ど を 生 き 生 き と 語 ら れ た
。
この 日の
話
題の も う
一・
つの 中 心 は
、
「デ ザ
イン
学
研 究
特集 号
・
構成 学
の展 開」の進 捗
状 況につ いて であっ た
。
(
「構
成 学
の展 開」
”
その
1
“ は
3
月末に刊 行 され
、
”
そ の
H
“
がこ の会 報の掲 載 されてい る今 号である
。
)
惜
別
、
朝 倉 直
巳 先 生
_ 一一
.
一
.
.
一
聖
幌
毳
『
翼
鼠
、
驚
.
.
_
曾
“
.
.
_
亠.
−
A
.
先
生の原
稿
は台
湾
か ら 早々 と送っ て 頂い
て
あ
っ
たが
、
こ の 日に 初
校
を お 見 せ で き
な
かっ
たことが
悔や
ま れ る
。
●
先
生 は
東
京
教育
大 学 教
育
学 祁云術 学 科 構
成 専攻
を
卒業
後
、
グラフィック デ ザ イ ナ
ー
になられた が
、
昭 和
35
年 柚 島 大 学 に採 用
され て 以
来
40
数 年 間
、
大 学 教
員
とし て研
究
・
教 育
一
筋
に
歩
まれ た
。
亢 都 学 芸 大 学 (現
京都 教 育大 学)
、
東
m
教 育大 兮
を
経
て 筑 波
大
学 教授
。
平成
2
年 文教大 学
からの要 請 に
応
えて
同
大
学
に
移
られ た
。
13
年
8月か ら
台湾
・
崑 山科 技 大学
、
視覚伝 達
設
計
系
客座
教
授と し て
教 鞭
を
執
っ てお られた
。
こ の
間先
生は
永年
に 亘っ て
デ ザ
イン学
、
構 成 学の 発展に
寄
ケ
.
され
、
その業 績 は 本
学 会の研 究
論
文
集
、
大
学紀
要
等
に発 表 さ
れると と
も
に
多 く
の
著 書
に ま とめられ た
,
特
に 「基
礎 造形
シリ
ー
ズ 」
(
「
芸術
・
デ ザ
イ
ン の
平面構 成
」
な
ど
全
4
巻 )
は
造
形
芸術
と
デ ザ インとに共
通 す
る
原
埋 と その
応
用 表
現 方 法 を 示 し た研 究
書
、
指 導 書
とし て
高
く評 価 されているe こ れ ら の
著 書
が中 国
、
台 湾
、
韓 国において次々 と翻 訳 出
版
され
、
ま た
先
生の薫 陶 を受 け た 多 くの留 学 生 達
力 凵 国の
造
形
教 育
界で 指 導 的 役 割 を 担 う
な ど
、
先
生は
東
ア ジ ア地 域へ の文
化
的 貢
献 に も大 き な 足 跡 を 残 され た
。
本 学 会の運 営 に おいても周 知の とお り
、
先 生 は 理 事 や 文 献
部 会
主 査
等
を 麻
任
さ
れ
平 成
9
年力 ら名 誉 会
員
に 列 せ られてい
る。
ま た
、
平 成
2
年の創 立 当
初
か ら
関
り
、
その
基
盤 形
成
に 尽 力 さ れ た日本 基 礎 造 形
学会
に おいて は
4
期
連
続 会 長 を 努 め る な ど
多
大 な貢 献
を され た
。
先 生
の 研
究 方法
の 特 徴 は
、
芸 術 的 感 性
と科 学 的 な 理 論 と を
一
.
一
体 不 可 分の もの と
し て捉える 姿 勢 に あっ た
e
科 学 と しての
色
彩 学
や 感
覚
・
知覚 心 理 学 等の 知
見
を 造
形 表 現に積
極
的に取 り入 れ る と と も に
、
理 論 研
究
の背 景 に ご 自
身
の創 価 舌動 を 据
え ていた
点
も 重 要 で あ る
。
モダンア
ー
ト
協 会 デ ザ
イン
部 会
員 と し て
、
数 理 的 秩 序
の
美
し
さ
やオ シ卩 ス コ
ー
プ
、
レ
ー
ザ
ー
等
の
技 術
を
応
用 した
作
品 を 20 数 年 間 に
亘 っ て発 表 さ れてき た 他
、
紙 に よ る 立 体
作
品
、
発 光 素 材 を 用いた 作 品 な ど に も 意
欲
的
に取り組まれた
。
●
先 生
は
事
故 に
遭
わ れ た 時
、
デパ
ー
トで
買っ
た チョ コ レ
ー
トの包みを 持っ て おら
れたそ
う
で
、
奥様
に よれ ば 「バ レ ン タイン
デ
ー
の お 返 しに
、
と 私のた め に 買い に
行
っ たの で し ょう」 との こ と
。
当日に
、
チ ョ コ レ
ー
トで 「お 返し 」を と考 え られ た
とす れ ば 世 門
離
れ し ていて
、
いかにも
学
問
一
筋
の
先
生 ら しい と思 )。
葬 儀
は
先
生の か ね て か らのご 意 志 に 添
い
無 宗 教
で
行
わ れ た
。
会 勘 に は 本 学 会 を
はじ め
迭 形 関係
、
教 育
関 係の団 体
、
個
人か
らの
生 花
が
多数 供
え られ
、
弔 問 者による
献花
の 列が長 く 続いた
。
本 学 会か らは
原
田
会
長 を はじめ 理 事
、
会 員 が 列 席 され た
。
基 礎造
形
学会
関 係 者 も多
数
宏 列 し
、
韓 国
、
台
湾
の
代 表者
も
遠
路 駆 けっ
け 弔 辞 を 述べ
られ
る
な
ど
、
先
生の ご活 躍の 幅 広 さ を 再
確 認す
る
会
と
な
っ た
。
先 生のご 冥
福
を 心からお
祈
り
申
し
上 げ
ま す
。
JSSD NEWS t
No 165
N工 工
一
Eleotronio
Library