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霊長類脳損傷モデルを用いた機能回復メカニズムの解明

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はじめに  中枢神経系,すなわち脳や脊髄に損傷を受けると失われた領 域の機能に障害を受ける。ただし一部の機能は,その後に機能 的な回復を示すことがある。臨床現場における知見から,損傷 後に行うリハビリテーションにおける運動訓練により,運動機 能の回復が促進すると考えられている。しかし,回復促進の背 景にある脳内メカニズムについては完全に理解されているとは いえないのが現状である。本総説では,患者の QOL にとって 重要であり,また中枢神経損傷後の回復が難しいことが知ら れている手の運動機能1)2)について,損傷後の運動訓練がど の程度回復を促進するのか,回復の背景にはどのような脳内変 化があるのか,について概説する。これらの問題に関しては, 脳・脊髄損傷患者を用いた臨床研究が果たしてきた役割が大き いが3‒6),それに加えて動物実験による研究も多大な貢献をし てきたことを忘れてはならない。中枢神経損傷後の機能回復に 関して,動物実験を用いた研究を行うことには,以下のような メリットがある。 1.損傷の領域・大きさの統一,損傷後の条件設定:脳損傷患 者の損傷領域は個体差が大きいのに対し,動物実験では人工的 に脳損傷を作成するため,同じ脳領域に,同程度の損傷をもつ 個体を複数用意することが可能である。同じような損傷をもつ 個体間で別個の処置(訓練など)を行った場合の比較を行うこ とで,特定の処置を行った場合の効果について,科学的な検証 が可能となる。 2.メカニズムの網羅的解明:脳の機能回復メカニズムを理解 するためには,行動レベルの機能回復の背景となる脳の活動の 変化や,脳活動の変化を生みだす分子・神経回路レベルの変化 を知る必要がある(図 1)。近年,脳機能イメージングの進歩 に伴い,人の脳においても損傷後の神経活動の変化を計測する ことが可能となってきたが,脳機能回復の基本的メカニズムで ある分子・神経回路レベルの変化を知るためには,モデル動物 を用いた研究が必要不可欠である。  以下,特に実験動物の大脳皮質損傷モデルを用いて,損傷後 の運動訓練が手の運動機能回復にもたらす効果と,その背景に ある脳内メカニズムに関する最近の知見を紹介する。 大脳皮質損傷後の運動訓練が手の運動機能回復にもた らす効果  これまでに,大脳皮質に人工的な局所的脳損傷を作成した ラットを用いて,上肢の運動機能の回復に関する研究が行われ てきた。ラットやマウスなどの齧歯類を用いる理由として,個 体の価格が安いことや,特定の遺伝子の発現を制御する遺伝的 操作が容易であることが挙げられる。齧歯類脳損傷モデルを用 いた研究は非常に強力であり,脳機能回復メカニズムの理解に 関して多くの成果をあげてきた7‒9)。たとえば,損傷によって 麻痺の生じた上肢を用いて把握運動訓練を行わせたラットで は,上肢運動の回復が見られたのに対し,ランニングホイール を用いて全身運動を行わせたラットでは同様の機能回復が見ら れなかった10)。最近の研究から,抗炎症剤の投与後に上肢運 動訓練を行うと,上肢運動の回復がより促進するという報告も なされている11)。このような動物実験の結果から,どのよう な運動訓練を脳損傷患者に行うべきか,に対する重要な示唆が 得られてきた。ひとくちに“どのような運動訓練”といっても, “どのような課題を”,“損傷後どの時期に”,“どのくらいの頻 *

Mechanisms Underlying Functional Recovery Following Brain Lesion: A Review of Studies in Experimental Animal Models

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(独)産業技術総合研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門 (〒 305‒8568 茨城県つくば市梅園 1‒1‒1)

Noriyuki Higo, PhD: Human Technology Research Institute, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST) キーワード:動物モデル,神経可塑性,遺伝子発現 図 1 脳機能回復の基盤となる脳の変化 脳の変化には,巨視的なレベル(マクロレベル)から,より 微細なレベル(ミクロレベル)まで多様な変化がある.機能 の回復を目指すうえでのゴールは,たとえば麻痺した手足が 動くようになるという行動(または機能)レベルの変化であ る.行動・機能レベルの変化の背景として,それらを生みだ す神経活動の変化がある.神経活動の変化を生みだすために はさらにその背景となる脳内の分子(遺伝子)や神経回路レ ベルの変化が生じる必要がある.またリハビリテーションが 典型的な例であるが,行動が神経活動や神経回路や分子の動 態に影響を及ぼすこともある.

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度で”行うべきかなど,理解すべき様々なポイントがある。“損 傷後どの時期に”訓練を行うべきかについては,重要な知見が ラットを用いた Biernaskie らの研究から得られている12)。こ の研究では,大脳皮質損傷後 5,14,または 30 日目に上肢を 用いた運動訓練を開始したグループ間で運動機能の回復を比較 し,損傷後もっとも早期の 5 日目に運動訓練を行った場合に もっとも高い回復が見られることが示された。この研究は,損 傷後早期のリハビリ訓練がより効果的であることを実験的に証 明した例であると考えられる。  ラットなどの齧歯類を用いた研究だけでなく,ヒト以外の霊 長類の脳を損傷したモデルを用いた研究も,リハビリ運動訓練 がもたらす効果を理解するうえで重要な役割を果たしてきた。 齧歯類の脳や体格はヒトと大きく異なっているため,齧歯類の 実験から得られた知見をヒトに直接あてはめることには注意が 必要である。ヒト以外の霊長類を用いた研究でも,ヒトとの間 に種の違いが依然としてあることに注意が必要であるが,少な くとも手の運動にかかわる神経路は,ヒトとマカクザルと呼ば れるサルのグループではかなりの部分が共通であることが知ら れている13)。そのため,アカゲザルやニホンザルなどの,マ カクザルの大脳皮質を損傷した後の手の運動機能の回復につい て,これまで多くの研究がなされてきた14‒16)。ただしサルを 用いた研究は人的,金銭的な負担が大きく,大型動物であるた めの危険性や倫理的ハードルは齧歯類よりも高いために,一般 的にサルを用いた実験では多くの個体を用いることがきわめて 難しい。比較的少ない個体数で,運動訓練の効果を検証するた めの群間比較を行うためには,損傷の場所や大きさを厳密に設 定し,損傷後の環境も厳密にコントロールする必要がある。  我々はマカクザルを用いて,中枢神経損傷後の機能回復メカ ニズムに関する研究を行っている。現在,おもに大脳皮質第一 次運動野に損傷を作成したモデル動物を用いて研究を進めてい る。第一次運動野は大脳皮質の中心付近にあり(図 2),運動 出力を担う主要な皮質領野であると考えられている。また第一 次運動野には,機能地図と呼ばれる体の各部位の動きを担う領 域が順番に並ぶ機能区分がある。すなわち,第一次運動野は身 体の特定の動きとの関係が明確であるため,第一次運動野損傷 モデルは,特定の機能領域が失われた時の回復メカニズムを知 るために適した実験系であるといえる。我々の実験系では,ま ず皮質内微小刺激法を用いて第一次運動野の機能地図を同定す る(図 2)。これは大脳皮質内に電極を脳に差しこみ,微量の 電流を流し神経を活動させた時に,体の中のどの筋肉が動いた かを調べることで機能地図を同定する手法である。機能地図を 同定した後にイボテン酸と呼ばれる神経毒を手指の運動領域に 注入し,神経細胞の永続的な欠落を生じさせる(図 3 左)。イ ボテン酸の注入直後から,手指運動の完全麻痺を含む上肢の運 動麻痺がみられるようになる。このようにして,第一次運動野 の手指運動の支配領域に限局した損傷を作成し,局所的な運動 麻痺が生じる実験系を確立した。  この“マカクザル第一次運動野損傷モデル”を用いて,損傷 後のリハビリ運動訓練が,損傷後に運動訓練を行わない場合と 比べてどの程度回復を促進するのかに関する研究を行った。損 傷後に運動訓練を行うグループ(運動訓練群)では,孔から小 さいエサを把握するという把握運動課題を 1 日 1 時間,週 5 日 行わせた(図 3 右)。ボードには大きさの異なる 5 つの孔があ いており,大きい孔がより簡単で,小さい孔ほどより難しいと いう構造になっている。損傷の直後は運動障害があるために難 度の高い小さい孔からの把握は難しいため,いちばん簡単な最 大の孔からの把握を行わせ,最大の孔からの把握がスムーズに できるようになったら一段階小さい孔にシフトするというよう に段階的に難易度を上げた。このようにして,最小の孔からの 図 2 マカクザル第一次運動野の機能地図と損傷領域 第一次運動野損傷モデルでは,大脳皮質からの運動出力を担 う第一次運動野の機能地図を,皮質内微小刺激法を用いて同 定したのち,神経毒であるイボテン酸を手指運動の支配領域 に注入し,不可逆的な損傷を作成する.皮質内微小刺激法と は 1 ∼ 50 マイクロアンペアの微量の電流を流し,神経を活 動させた時に,体の中のどの筋肉が動いたかを調べることで 機能地図を同定する手法である. 図 3 第一次運動野の損傷と,損傷後に行った把握運動訓練 正常脳組織では情報伝達を担う神経細胞が見られるが,神経毒 であるイボテン酸を注入した領域では神経細胞の永続的な欠 落が生じた.イボテン酸の注入直後から,反対側の手に運動麻 痺がみられた.損傷後に運動訓練を行うグループ(運動訓練群) では,孔から小さいエサを把握するという把握運動課題を 1 日 1 時間,週 5 日行わせた.ボードには大きさの異なる 5 つの孔 があいており,課題に用いる孔の大きさを変えることによって 段階的に難易度を変えられる構造になっている.

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スムーズな把握が可能となるまで訓練を続けた。運動訓練を行 わせなかったグループ(非運動訓練群)では,このような訓練 は行わせなかったが,週に 1,2 日,約 10 分間のテスト課題を 行わせ,回復の程度を確認した。運動訓練群では,第一次運動 野損傷後最初の 10 日間は重度の運動麻痺があるために課題を 行うことはできなかったが,その後課題成績は徐々に回復し, 一時的な成功率の上昇や下降を経て損傷後 1 ヵ月半ほどで損傷 前とほぼ同程度にまで課題成績の回復が見られた。またビデオ 画像を用いた解析から,回復の過程では把握の仕方が変化して いくことも示された。損傷前は,すべての試行において指先を 用いた精密把握を用いていたが,損傷後数週間経過した時期に は,人差し指の先端と親指の間接付近での把握が多く見られた (図 4 左)。この時期には指の動き自体はあるが,指間の独立し た運動が困難であるために人差し指の屈曲とともに親指も屈曲 するために,このような代償的な把握になると考えられる。そ の後代償的な把握の割合は減少し,精密把握の割合は徐々に上 昇した。すなわち損傷後に運動訓練を行った個体では代償的な 把握がみられるものの,それが精密把握に置き換わっていくこ とが示された。  非運動訓練群でも,損傷後数週間の時点では,訓練個体と同 じく人差し指の先端と親指の間接付近での把握が多かった(図 4 右)。訓練個体とは異なり,この代償的把握が精密把握に置 き換わることなく固定化される傾向があった。以上の結果か ら,第一次運動野損傷後の回復過程には運動訓練を行わなくて も回復する要素と,運動訓練を行わないと回復しない要素の両 方があり,指間の独立した運動を必要とする精密把握の回復に 関しては損傷後に積極的な把握運動訓練を行うことにより促進 されると考えられる。  過去のマカクザルの第一次運動野損傷モデルを用いた研究で は,損傷後に手掌全体を用いた把握(握力把握)は回復するも のの,精密把握の回復は見られないという報告が知られてい た15)。このような報告から,第一次運動野は精密把握に必須 であり,この領域に損傷を受けると精密把握の回復は難しいと いう考えが一般的であった。我々の研究により,たとえ第一次 て神経細胞が死滅するためだと考えられる 。すなわち損傷 後早期の運動訓練には,回復にかかわる脳の変化をより促進す るというメリットと,損傷を拡大してしまうというデメリット の両方があり,そのどちらが優勢であるかは,状況によって変 わる可能性がある。そこで,ヒトに近いモデルで早期リハビリ 訓練の効果を確認するために,サルを用いた実験系で損傷後早 期の運動訓練が機能回復を促進するのかを検証した21)。図 5 は, 大脳皮質運動野から発する皮質脊髄路を損傷した翌日から把握 運動訓練を開始した場合と,損傷後 1 ヵ月経過したのちに訓練 を開始した場合の把握動作の回復を比較したものである。損傷 翌日から訓練を開始した場合には,訓練開始後 3 ヵ月で損傷前 と同程度にまで課題成功率の回復が生じるのに対し,損傷後 1 ヵ 月経過したのちに訓練を開始した場合には課題成功率の回復は 頭打ちになり 3 ヵ月の訓練を行った後も,翌日から訓練を開始 した場合よりも有意に低い成功率にとどまった。このことから サルモデルを用いた実験によっても,損傷後早期のリハビリ運 動訓練が,より手の運動機能回復を促進することが示された。 機能回復の背景となる脳内変化  上述した我々の行動学的解析から(図 4),第一次運動野と いう精密把握に重要な役割を果たしている領域を損傷しても, 損傷後に運動訓練を行うことで精密把握の回復が見られるとい う実験結果が示された。成熟した脳が損傷を受けた場合に,失 われた神経細胞は基本的に再生することはない。実際に,我々 の実験系においても,精密把握回復時にも依然として損傷領域 での神経細胞は欠落した状態であることを確認した。したがっ て,損傷されずに残された脳領域において,損傷した第一次運 動野の機能が代償された可能性が考えられる。機能代償をもた らしている脳領域をあきらかにするため,PET(陽電子断層画 像法)を用いた脳機能イメージングの手法を用いて,精密把握 課題を行っている時の脳活動を計測し,損傷前と損傷後の回復 期の脳活動の比較を行った。その結果,損傷前は,動作手と反 対側半球の第一次運動野を中心とした脳活動が見られた。第一 次運動野損傷後 1 ∼ 2 ヵ月経過し,精密把握の回復が見られた 直後には,損傷された第一次運動野の活動は減少した一方,そ の周辺領域での活動上昇がみられた。損傷前と比べて特に顕著 な活動上昇を示したのが,運動前野腹側部と呼ばれる領域で あった(図 6)。すなわち運動前野腹側部の活動の上昇が機能 回復に寄与している可能性が考えられるが,活動の上昇が常に 機能によい効果をもたらすわけではなく,異常な脳の活動上昇 が正常な機能を阻害する可能性もあることに注意しなければな 第一次運動野損傷直後は手の完全弛緩麻痺が生じるが,麻痺損 傷後数週間経過すると,運動訓練の有無にかかわらず親指の背 側面を用いた代償的な把握が可能となった.積極的な運動訓練 を行った個体ではその後代償的な把握から損傷前に近い精密 把握への切り替わりが生じたのに対し,運動訓練を行わなかっ た個体では代償的な把握が固定化された.

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らない。運動前野腹側部の活動上昇と機能回復との因果関係を 検証するために,運動前野腹側部に抑制性神経伝達物質である GABA の受容体に結合して神経細胞の活動を抑制する作用を もつ,ムシモールと呼ばれる薬剤を投与して,一時的に神経活 動を抑制した。損傷前に運動前野腹側部の活動を抑制しても精 密把握を遂行することは可能であったが,第一次運動野損傷後 に精密把握が回復した時期に運動前野腹側部を抑制すると,精 密把握に障害が見られた。このように,運動前野腹側部の活動 を抑制すると精密把握の障害が再発したことから,この領域の 活動の上昇が精密把握の回復の基盤となっていることが強く示 唆された。さらに,第一次運動野損傷後の回復期に,運動前野 腹側部に電極を刺入して個々の神経細胞の活動を記録したとこ ろ,精密把握時に活動を上昇させる神経細胞が多く見られた。 個々の神経細胞レベルでみてもこの領域において損傷領域の機 能を代償するような機能的変化が生じていると考えられる。  機能代償を実現するために,損傷後の回復過程では,脳内神 経回路の再編成が生じていると考えられる。過去の,おもに齧 歯類を用いた研究でも,脳損傷後の運動訓練に伴って脳内の神 経回路の変化が生じたことを示す結果が得られている7)22‒24)。 マカクザル第一次運動野損傷モデルにおいても精密把握の回復 に伴う機能代償の背景に神経回路の変化があると考えられる。 神経回路は,神経細胞同士が軸索や樹状突起と呼ばれる部位で 結合することで形成されているので,これらの変化を同定でき れば神経回路の変化を知ることができる。近年,軸索や樹状突 起の構造変化にかかわる遺伝子が数多く見つかっており,その ような遺伝子の発現を指標とすれば軸索や樹状突起の変化を 同定することが可能である。第一段階として,軸索伸長に関 わる分子として知られる GAP-43(growth-associated protein-43)の遺伝子発現が,回復過程で脳のどの領域で見られるのか を調べた。その結果,第一次運動野損傷後運動訓練を行った個 体では,損傷された第一次運動野と同側半球の運動前野腹側部 において,回復期に GAP-43 の遺伝子発現が亢進することがあ きらかになった。定量的な解析は未だなされていないが,損傷 後に運動訓練を行わなかった個体では訓練個体よりも発現が少 ないという実験結果がある。さらに,神経活動の上昇によっ て GAP-43 の遺伝子発現が上昇することが知られていることか ら25),この遺伝子が,運動訓練と神経回路の構造変化を結び つける鍵となっている可能性がある。さらに DNA マイクロア レイという,数万個の遺伝子の中から発言を変動させる遺伝子 を探索できる手法を用いて回復過程で生じる遺伝子発現変化を 網羅的に探索したところ,回復期の運動前野腹側部では数百の 遺伝子が変動すること,変動した遺伝子のうち1/4程度は神 経の構造変化にかかわる遺伝子であることがあきらかになっ た。これらの結果は,回復過程において運動前野腹側部の神経 回路に変化が生じたことを強く示唆するものである。  以上の結果から,第一次運動野損傷後の精密把握回復に伴い, 運動前野腹側部において神経回路の再編成が生じ,損傷領域の 機能が代償された可能性が示された(図 6)。第一次運動野損 傷後に運動前野腹側部が代償的に働く意味について考えてみた い。物を把握するときに,把握すべき物体に関する視覚情報は, 大脳皮質視覚野および頭頂連合野を経て運動前野腹側部に送ら れる。このようにして送られた情報から,運動前野腹側部にお いて「行うべき把握に関する運動プログラム」がつくられると 考えられている26)27)。健常個体では,運動の原型に関する情 報が第一次運動野に送られ,筋肉の収縮に関する情報に変換さ れたのち脊髄の運動神経細胞に送られる。第一次運動野損傷個 体では,第一次運動野を介した通常の情報伝達経路が使えない ため,運動前野腹側部から別の経路を介して脊髄の運動神経細 胞に情報が送られていると考えられる。最近の研究で,運動前 野腹側部から手の運動にかかわる脊髄への運動出力が弱いなが ら存在していることが示された28)。この運動出力経路を強化し てバイパス経路として整備することで,第一次運動野を介さな い情報伝達が可能になった可能性がある。ただしこのバイパス 図 5 損傷後早期のリハビリ運動訓練がもたらす効果 大脳皮質運動野から発する皮質脊髄路を損傷した翌日から 3 ヵ月間運動訓練を行った場合と,損傷 1 ヵ月後から 3 ヵ月 間運動訓練を行った場合の把握動作回復の違い.翌日から運 動訓練を行った場合(早期)には損傷前と同程度にまで把握 動作が回復するのに対し,一か月後に訓練を開始した場合(後 期)にはそれよりも有意に低い成功率で回復が頭打ちになっ た(*P < 0.001, Mann-Whitney U-test). 図 6 第一次運動野損傷後の精密把握回復の過程で生じる変化 第一次運動野損傷後の機能回復の背景として,損傷周辺の運 動皮質,特に運動前野腹側部において可塑的な変化が生じる ことによる機能代償があると考えられる.筆者らの研究およ びその他の先行研究から,これらの領域で生じていると考え られる変化をまとめて示す.

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いるのだろうか。脳は並列分散処理と呼ばれる情報処理を行っ ており,これは平たくいうと情報を複数の情報処理ユニットが 同時並行的に処理するということである。実際,今回紹介した 運動出力の系に限らず,脳にはある情報を処理するための複数 の経路が並行して存在している可能性が高いということが知ら れている。そのため,ある経路を含む脳領域が損傷を受けてし まっていても,残された領域から発する別ルートの経路が存在 する可能性は高い。脳の特定の領域が損傷した後に強化すべき 残存経路がわかれば,新しいリハビリ訓練法や脳機能回復技術 の開発のヒントになると考えられる。 おわりに  本総説ではおもに大脳皮質運動野に人工的な損傷を作成した 後の機能回復に焦点をあて,最近の研究成果を紹介した。運動 野を局所的に損傷する損傷モデルは,損傷領域と機能障害の関 係が明快であるため基礎研究として優れた系である一方,臨床 における一般的な病態とは遠いことも事実である。我々のグ ループでは,より臨床の病態に近い実験系として,内包周囲に 脳梗塞または脳出血を生じたサルを開発し,どのような残存経 路を強化すべきかに関する研究をはじめている。このような研 究を進めるにあたっては,基礎研究の視点だけでなく臨床から みた視点がきわめて重要である。現在,我々のグループには, 理学療法士 3 名と作業療法士 1 名が研究に参加してくれている。 本総説で紹介した研究も,彼らの努力なしではなされなかった ことは疑いない。臨床の視点をもちながら基礎研究に取り組む ことは,少なくとも基礎研究の発展にとっては重要であるし, 将来の臨床をよりよいものとするために必ず貢献するものと考 えている。 文  献

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