共産主義の崩壊と
頭翼思想時代の到来
マラキによるメシヤ降臨の予言
見よ、主の大いなる恐るべき日が来る
前に、わたしは預言者エリヤをあなたが
たにつかわす。彼は父の心をその子供
たちに向けさせ、子供たちの心をその
父に向けさせる。これはわたしが来て、
のろいをもってこの国を撃つことのない
ようにするためである。(マラキ書、
4/5)
アカデメイア【
Akadēmeia】
紀元前387年ころ(800年後、アウグスティヌスの『神国 論』)(,アテナイの北西郊外にある公共体育場アカデ メイアを利用するかたちでプラトンによって開設された 学園。教育カリキュラムなど不明だが,数論,幾何学, 天文学などが最重要の予備学として教授研究されたこ とは確実である。学園の究極目的は哲学研究にあった が,衰えつつあったギリシア諸国家を救うための,哲学 的訓練に基づく理想的な政治家の養成が重要な実践 的目的とされていたことも注目される。このアカデメイ アにおける学問の純理論的数学的性格と実践的性格 は,以後のヨーロッパ的学問の伝統的性格を規定し, 形成したといわれる。『神の国』
De Civitate Dei (
413
-426)
ゴート族のローマ侵入の危機に際して、これはローマが 旧来の神々を捨てキリスト教の神を奉じたせいだ、とキリ スト教を非難する異教徒たちに対するキリスト教護教論。 全22巻からなる。前半10巻は、異教徒への反論であり、 最初の5巻は、現世の繁栄のために異教を奉じる人々へ の、次の5巻は来世のために異教を奉じる人々への反論 である。後半12巻は、キリスト教の積極的主張であり、最 初の4巻は神の国とこの世の国の起源について、次の4 巻は両国の歴史と発展について、最後の4巻は両国の定 められた運命について論じている。( www.ovobi.com 名 言集および格言集) 413年から1600年後、基元節(天一国)• 内村は、この思想にもとつく再臨運動を、
日本組合基督教会の木村清松、ホーリネ
ス教会の中田重治とともに、「
聖書の預言
的研究演説会
」と題し、
1918(大正7)年1月
6日から東京基督教青年会館で開始しま
した。
• 1917年という年は、ルターによる宗教改
革が開始された
1517年から数えると、ちょ
うど
400年目にあたります
。日本のキリスト
教界でも各地で記念行事が開催されまし
た。
再臨運動
イエスは今来りつつある、而(しか)して最後に明白に人と して来り給ふのである、来ると云ひ顕(あら)はると云ふ、隠 れたる者の顕はるの意である、キリストは復活し昇天して 人の目より隠れ給ひてより再びその栄光化されたる身体 をもって世に臨み給ひつつあるのである、而して時充(み) つればその自顕(じけん)は極度に達して彼が天に昇り給 ひし,その状態をもって再び地に顕はれ給ふのである、故 に再来はキリストの自顕であると同時にまた地の進化で ある、地が彼を迎ふるに足る者と為されて彼は之に臨み 給ふのである、万物の完成は神の造化の目的であつて又 我等人類の理想である、而して再来はこの目的の成就、 この理想の実現にほかならないのである。(「再来の意義」 『基督再臨問題講演集』岩波書店、1918年)内村も、ルターの研究者である佐藤繁彦、村田勤 (つとむ)とともに、記念日とされる10月31日、東京 基督教青年会館で講演会を開きました。ところが、 一般の信徒を対象とした講演を拒んできた内村が 参加するというので、会場は大盛況でした。これも 内村に市中に打って出る決断と勇気を与えたよう です。 内村自身、北から南まで文字どおり日本中を駆け 巡って講演、1918年の1年間だけでも講演総数は 58回に達したと、自分でも年末の日記に記すほど でした(58回の講演の日時、場所の一覧は『内村 鑑三全集月報』23,1982年8月を参照)。
朝鮮に再臨主が降臨されるのでは
ないかと予見
「西欧文献をまず受け入れた日本は、東洋の兄 弟国家である中国と朝鮮人を見下して来たが、 神様はその物質文明を日本に与える代わりに、 福音のみ言は朝鮮人に与えたため、福音におい ては朝鮮人が日本人の福音の師匠であり、朝鮮 から出た生命の光が全東洋を明るく照らし、導く でしょう」(内村鑑三著『ロマ書の研究』)と主張す るほどに、朝鮮に再臨主が降臨されるのではな いかと予見していました。広岡浅子:
再臨を予言
Martin Luther King‘s Speech
-- I Have A Dream!
マーチン・ルーサー・キングのスピーチ
--私には夢がある!
I have a dream today 今日、私には夢がある! I have a dream that one day, down in Alabama, 私には夢がある、いつの日かこのアラバマ州でも、 with its vicious racists, with its governor having his lips dripping with the words of "interposition" and "nullification" 目下のところ悪意に満ちた人種差別主義者に牛耳 られ、「(連邦政府の)干渉排除」や「(連邦法の実 施の)無効化」を主張している州知事のいるアラバ マ州においてさえ
-- one day right there in Alabama little
black boys and black girls will be able
to join hands with little white boys and
white girls as sisters and brothers.
将来いつの日か、幼い黒人の少年少
女たちが、幼い白人の少年少女たちと
兄弟姉妹として手に手を取ることがで
きるようになるという夢です。
I have a dream today.
私には今日、夢がある!
I have a dream that one day every valley shall be exalted, and every hill and mountain shall be made low, the rough places will be made plain, and the crooked places will be made straight; “and the glory of the Lord shall be revealed and all flesh shall see it together.”
私には夢がある、いつの日にか、すべての谷は 隆起し、丘や山は低地となる。荒地は平らになり 、歪んだ地もまっすぐになる日が来ると。「そして 神の栄光が現れ、すべての人々が共にその栄 光を見るだろう。」(イザヤ書40:4、5)
1935年4月17日、猫 頭山で祈っていると 文少年の霊眼が突然 開けて、イエス・キリ ストが現れた。イエス 様は深淵な、驚くべき ことをたくさん語られ ました。そして文少年 に、「神様は苦しんで いる人類をご覧にな り、悲しんでおられま す。私が地上で果た せなかった使命を引 き受けて、いまだに悩 み苦しんでいる人類 を救ってください」と告 げられました。
文鮮明先生は、1941年4月から1943年9月までの2年半の期 間を日本に留学(早稲田大学付属早稲田高等工学校電気工 学科)されました。文先生は、メシヤとしての使命を果たされる ために、人類救済の原理の解明に全力を尽くされたのをはじ め、さまざまな体験や研究をされました。
早稲田大学第3代総長の高田早苗像のまえで。後列右から 3人目が文先生
1945.8.15 第2次世界大戦終了 → キリスト教を中心とした統一世界 再臨の摂理に反対 →荒野路程40年(冷戦時代) 1948.8.15 大韓民国成立 1948.9.9 朝鮮民主主義人民共和国成立 1949.10.1 中共成立 1950.6.25 韓国動乱・16カ国からなるUN軍 1954.5.1 統一教会創立
9数はサタン数
1998年を中心として、9数もサタン数であり
、19数もサタン数ですが、ここに八数を連結
させることにより、この日、九月八日、新し
い解放の出発を宣言できる四・四数の基盤
を踏み締め、地上の四数と天上の四数を中
心として、解放的な天宙に向かってすべて
の家庭が前進し、入籍できる天国時代を迎
えるようにしてくださった恩賜に感謝いたし
ます。
(『真の父母経』1206)天皇の終戦の詔勅
朕深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑
み・・・・・・朕は帝国政府をして米英支蘇
四國に対し其の共同宣言を受諾する旨
通告せしめたり・・・・・・朕は時運の趨く
所堪え難きを堪え忍び難きを忍び以て
万世の為に太平を開かんとす・・・・・・
ちん かんが おもむ1945年8月15日 解放の日
私は、万歳を叫べませんでした。人々はみな、 解放されたと喜んでいるのに、手を挙げたくても 手が上がらないのです。 韓国民族が、8・15解放後にうれしいと踊りを踊 りましたが、先生はそれを眺めて、小部屋で涙 を流しながら祈祷しました。 1945年は、大韓民国においては解放を迎えた 喜ばしい年ですが、日本においては戦争に負け た悲しい年です。それゆえ世界的に共に喜ぶこ とができる日、このような時をもたなければなら ないのです。(『真の御父母様の生涯路程』②)実際に再臨主が来て、戦後、8億にもなるこの キリスト教徒たちが完全に絶対信仰、絶対愛、 絶対服従できる基盤で、来られる救世主と一つ になっていれば、すべてのことが成されたので す。創造本然の世界に戻っていくのに、約7年 あればできていたでしょう。 文鮮明 『祝福家庭』 2009年、冬季号、17頁
7年でできた創造本然の世界
1945.8.15 第2次世界大戦終了 → キリスト教を中心とした統一世界 再臨の摂理に反対 →荒野路程40年(冷戦時代) 1948.8.15 大韓民国成立 1948.9.9 朝鮮民主主義人民共和国成立 1949.10.1 中共成立 1950.6.25 韓国動乱・16カ国からなるUN軍
北韓での十字架路程
1945年10月~1946年4月 イスラエル修道院、金百文の不信 1946年6月6日 平壌に到着し、伝道を開始 1946年8月11日 大同保安署に拘束される。 1946年9月18日~11月21日 拷問を受けて、放り出される。 1948年2月22日 内務省に拘束される。 1948年5月20日~1950年10月14日 興南収容所 1950年10月14日 国連軍によって解放される。1948年5月~1950年10月、共産政権の宗教抹殺政策に より、文先生は興南の収容所で重労働に従事させられた。
38度線の誓い
1950年10月14日 解放され南下 1950年末 38度線を越える時の祈り 「私が必ず北韓を共産主義から解放します」 1951年1月27日 釜山の草梁駅に到着 1954年5月1日 世界基督教統一神霊協会(統一教会)創立1951年、釜山での歩みの拠点であったポムネッコルの小屋 の前で。後列中央が文先生。
恨みの日を祝福の日に
• 1946年9月18日:大同保安署に拘束され(1946.8.11 ~11.21)、拷問を受けられる。(1946.9.18はキリス ト教の反対が決定的になった日) → マディソン・ スクエア・ガーデン大会( 1974.9.18 )、 ワシントン 大会( 1976.9.18 )、 韓国・北朝鮮UN同時加盟 (1991.9.17)(韓国時間9.18) • 1948年2月22日:内務省に拘束される。興南収容 所へ→430双の祝福(1968.2.22) • 1950年10月14日:国連軍によって解放される。 →6000双の祝福(1982.10.14)Remember Pearl Harbor
• 奉天勝利(1905.3.10)、陸軍記念日
(
3.10) →東京大空襲(1945.3.10)
• 昭和天皇の誕生日(1901.4.29)→戦
犯起訴
(1946.4.29)
• 皇太子明仁親王の誕生日
(1933.12.23)→A級戦犯の処刑
(1946.12.23)
朴槿恵大統領語録
• 2013年3月,就任直後,独立運動記念日の 演説で 「日本に歴史を正しく直視し,責任を 負う姿勢を求める。」 「加害者と被害者の歴史的立場は千年の歴 史が流れても変わらない。」 • 2013年5月,オバマ米大統領との会談で 「 日本は正しい歴史認識をもつべきだ。」、 米国議会で 「歴史に目を閉ざす者は未来を 見ることができない。」右 左
(民主)
(共産)
共産主義は8代を越せない
「共産主義は、国際共産主義から民族的共産主 義になり、民族的共産主義は分党的共産主義に なる」 「共産主義は8代を越せない」 レーニン、スターリン、マレンコフ、フルシチョフ、 ブレジネフ、アンドロポフ、チェルネンコ、ゴルバ チョフ ――1967年のみ言―― 『成約の鐘』 1968.7.13国際勝共連合の設立
1968年1月13日 韓国国際勝共連合創立 1968年2月25日 『新しい共産主義批判』(李相軒)刊行 1968年4月1日 日本国際勝共連合創立1968 年 4 月 1 日 、 日 本で国際 勝共連合 が 創 立 さ れ 、 勝 共 会員たちは「共産主 義 は ま ち が い で あ る」と街頭で訴えた。 大 学 内 で は 、 原 理 研 究 会 の メ ン バ ー が共産主義の学生 たちと壮烈な戦いを 展開した。
ソウル・ヨイド広場での救国世界大会
1975年、カンボジアと南ベトナムが相次いで共産化され ました。日本国内でも、ベトナム戦争反対を叫んでいた 左翼勢力は最高に盛り上がっていました。その時、この ままではアジア全体が共産化されてしまう危機的な状 況を迎えていたのです。 この危機に対処すべく、文先生は6月7日、ソウルのヨイ ド広場で「救国世界大会」を開かれました。世界60か国 の代表1000余名を含む120万人の大集会となりました。 そこで文先生は「共産主義は神を否定する恐るべき思 想であり、人類を誤った方向に導くものです。これに打 ち勝つには、真理に立脚した次元の高い精神的理念と 思想武装によらなければなりません」と訴えられました。1975年6月7日、韓国・ソウルのヨイド広場での 「救国世界大会」
ワシントン大会における「モスクワ大会宣言」
1976年9月18日、ワシントンで50万人の大会が 開かれた。その時、文先生は「モスクワ大会」を 宣言された。それはソ連で間もなく共産主義が 後退し、宗教活動を受け入れるようになるという 予告であった。しかしその年は、前年のサイゴン 陥落に続き、カーター米大統領の容共路線に よって、ソ連の世界的な赤化戦略が目覚ましい 成果をあげている時であり、文先生の宣言を真 剣に受け止めようとする人はいなかった。原稿を四回も書きました。
ワシントン大会のために、私は原稿を四回
も書きました。何度も祈り、精誠を尽くしても
整理できませんでした。神様はなぜ、その
ような作戦をされるのかというのです。その
日はだんだんと迫ってくるのに、語る内容
が決まらなかったので、私の心は言い表せ
ない境地に入りました。(『真の父母経』
675
)
私の一代で最も深刻だった時
私の一代で最も深刻だった時が、ワシ
シトン大会だと思います。その時の心
境は、天地と全人類を前にして、刑場
に出ていく人の心情でした。絞首台に
上がる気分だったというのです。それ
ほど霊界も深刻であり、地上も深刻で
した。(『真の父母経』
676)
国際勝共連合 VS 日本共産党
さらに国際勝共連合とのたたかいの問題では、これが民 主勢力全体、民族と国民の主権と独立、自由、民主主義 にとって重大なたたかいであることを強調。大衆闘争、イ デオロギー、国会、法律の分野で、また被害を受けている 勢力が共同して、全面的なたたかいにしていく必要がある とのべ、自民党に対しては“勝共連合といっしょにやれば 反撃をくって損だ”という状況をつくることが肝要だとし、 “勝共連合退治”の先頭に立つことは、後世の歴史に記録 される「聖なるたたかい」であると呼びかけました。そして、 きたるべき総選挙での日本共産党の躍進こそ・・・・・・反動 勢力に攻め込まれ各個撃破にさらされている日本の革新 勢力全体の巻き返しの最初の号砲となると強調しました。 日本共産党 宮本委員長の談話 『赤旗』 1978.6.8革新の灯台の火を消した勝共連合
「勝共連合」の運動の歴史の中で、私が一番感動 を覚えたのは、1978年の京都蜷川革新府政を打倒 した時の、知事選における勝共連合の壮烈な闘い 振りであった。当時、28年も続いた「京都蜷川革新 府政」は、「京都共産王国」とか「人民共和国蜷川 府政」とかマスコミ界で騒がれていたのである。 元総理府総務副長官 弘津恭輔 思想新聞 2008.6.1 にながわ「1985年までに西欧を征服する」
1977年、ソ連はミサイルSS20を西欧に向
け配備しだした。射程圏は5000キロで、全
西欧を狙えた。これに対する西欧側のミ
サ イ ル は 射 程 700 キ ロ の パ ー シ ン グ I で
あった。この年、ソ連のブレジネフ書記長
はワルシャワ条約機構(東欧共産国組織)
で、われわれは1985年までに西欧を征服
するとの秘密演説をした。
中村勝範 産経新聞 2007.1.24「西欧を火の海にする」
1979年12月、北大西洋条約機構理事会
はソ連が1983年末までにSS20を撤去し
ないならば、われわれは米国製パーシン
グⅡを配備すると決定した。これに対しソ
連は、もしもパーシングⅡを西欧に持ち込
めば、SS20は西欧を火の海にすると脅
すと同時に、金とパーシングⅡ導入反対
の工作員を多数西欧に投入した。
中村勝範 産経新聞2007.1.24サッチャー首相の決断
1983年、西欧の大都市で次々と数十万人
から数100万人を超えるパーシングⅡ導入
反対のデモと集会が展開された。ロンドン
でも反対集会が燃え上がった。6月9日は
英国の総選挙であった。野党である労働
党は、サッチャー首相はパーシングⅡを導
入しようとしているが、そうなればソ連の核
攻撃を避けられないから、ソ連と話し合い、
平和共存の道を選ぶと訴えた。
サ ッ チ ャ ー 首 相 は す か さ ず 切 り 返 し
た。・・・・・・サッチャー首相の率いる英国
保守党は1935年以来、かつてない勝利を
博した。英国民も現実的理性的であった。
英国についでイタリア、西ドイツにもパー
シングⅡは導入された。これらが突破口
となり、冷戦は自由主義陣営の勝利へと
大きく前進した。
中村勝範 産経新聞2007.1.24緊張が最高度に高まった1983年
3月23日 レーガン、SDIの開発を指示 9月1日 KAL機がソ連のミサイルで撃墜される。 10月9日 ビルマのアウンサン廟で全斗煥韓国大統領一行 に対する爆弾テロ 10月23日 ベイルートで米軍宿舎と仏軍本部に特攻テロ 11月14日 米ソのINF交渉決裂 → ヨーロッパでの米ソのミ サイル配備競争オレグ・ゴルジエフスキー(元在英KGBの最
高責任者)の証言
1983年3月、SDI、いわゆる“宇宙戦争”が打ち 出されたとき、モスクワの中枢において、レーガン は先制核攻撃を考えているという確信が深まった。 1983年11月の震えるような数週間の間に、世界 は核戦争の奈落の淵にぞっとするほど近づいて いた。 西側に対するモスクワの妄想(パラノイア)があっ た。……「西側からの核の脅威」というアンドロポ フの終末論的な観点はとても危険なものだった。 ○ ○ ○1983.12.14~23 全国勝共決起大会(韓国八大 都市)
1984.2.1 日本語版『共産主義の終焉』発刊
1985.7.11 THE END OF COMMUNISM 発刊 8.12 JAL機、御巣鷹山山中に墜落
全国8大都市の勝共決起大会の決定
シカゴで開催された「科学の統一に関する国際会 議」に参加した彼ら[72か国の学会の指導者たち] は、11月29日にシカゴを発って帰途に就きました。 先生は12月3日韓国に向けて出発したのですが、 その時空港で指示したのです。それを聞いた時、 それらの学者のうち3分の1は、まだ自分の国に到 着してもいませんでしたが、先生が北韓の獄中で 12弟子を見つけたのと同じように、信仰をもって韓 国まで先生を慕って来た忠実な学者たちでした。 文鮮明 『御旨と世界』光州の大会
光州は、勝共大会の開かれた最後の8番目の都市です。 これがサタンにとっては、先生を攻撃する最後のチャンス です。サタンは何とかして先生が韓国で成功するのを阻 止しようと必死でした。・・・・・・すべての大会が成功裏に 終えようとする時でした。先生がちょうど講演の壇上に立 つ時間だったのです。光州は、共産主義の地下組織が多 く潜伏して、彼らに有利でした。当日、大会は11時開会な のに、10時に会場は超満員になってしまいました。共産 主義者たちが入って来て活動することもできないほどに、 いっぱいになってしまったのです。・・・・・・そこで、サタン は仕方なく先生の一番愛する息子を選んだのです。 文鮮明 『御旨と世界』愛勝日の宣布
1984年1月3日、午前4時に、先生は「愛勝日」を宣 布しました。この時間の表す数は、1月3日の4時で すから、1プラス3プラス4で、再出発を表す8数にな るからです。 文鮮明 『御旨と世界』 もし、興進の犠牲がなかったとすれば、不幸な2つ の大事件が発生したかもしれません。北韓が韓国 を武力で侵犯したかもしれず、先生が地上での生 涯を終えていたかもしれません。 『真の御父母様の生涯路程⑦』ソ連の後退
1984年2月のアンドロポフの死後、西側からのい かなる脅威よりも、モスクワ中枢の妄想的な警戒 の方を心配していたKGBの要員たちは、アメリカ やNATOにたいする、もっと穏かな見解が生まれ たことに胸をなで下した。 (オレグ・ゴルジェフス キー) TIME 1990.10.22『共産主義の終焉』の出版
1984年2月1日
『共産主義の終焉』(日本語版)出版
1985年7月11日
学問的にきちんと批判する
これから日本を治めようとする政治家にとっては 、共産主義者たちとどのように闘うかが問題にな ります。今、日本は、思想的な再武装をする時間 をもたなければなりません。……ですから、共産 主義の批判と克服に関する本を早く出版して各 学校に普及させ、講義をすることによって、韓国 で行っているように共産主義に対する批判精神を 植えなければなりません。それで、反共教育ばか りをするのではなく、学問的にきちんと批判する のです。私たちの数が多くなり、大衆が歓迎すれ ばよいのです。(『真の父母経』883)CAUSAのメンバーへの統一思想と勝共理論の講義 1980年8月12日~25日
Paul Perry Dr. David Kim
ソ連の滅亡を宣言
1985年8月13日~17日 世界平和教授アカデミー国際会議・ジュネーブ 「1985年8月15日になる前にソ連の滅亡を宣布しなさい」と言 いました。そして、ジュネーブでの教授アカデミー会議を中心 として、350名の世界の学者とソ連研究の専門家を集め、「ソ 連は滅亡せざるを得ない」ということを宣布してしまいました。 私がダンベリーの刑務所にいる時、世界的に有名なモートン・ カプラン博士を呼んで、「『ソ連帝国滅亡』と言いなさい」と言い ました。 そのように言ったところ「ソ連帝国は滅亡するかもしれない」と、 「メイビー(maybe)」にしてはどうかというのです。しかし「駄目 だ」と言って追い払ったのです。・・・・・・宣布をしてあげてこそ 共産党が崩壊するのです。 『真の御父母様生涯路程⑦』共産主義思想の終焉を宣言
私は1980年代のはじめから、ソ連帝国の滅亡を テーマとして世界的な学術会議を開く ようにと提 案してきました。1985年に発行された学術研究誌 (World&I, The End of Communism)は、共産主義 ソ連帝国の滅亡を最初に予言した世界的な資料 となりました。
1985.8.16 「一勝日」宣布 1988.9.17~10.2 ソウルオリンピック 10.3 「世界統一国開天日」宣布 1989.8.31 「八定式」長子権復帰完了 11.9 ベルリンの壁崩壊 1990.4.11 文鮮明師とゴルバチョフの会談 1991.7.1 「7・1節」宣布(氏族メシア宣言) 12.6 文鮮明師と金日成主席の会談 12.25 ゴルバチョフ辞任、ソ連邦の消滅 1992.8.24 「メシヤ宣言」
長子権復帰完了を告げる八定式
1989年8月31日 アラスカ 皆さん、神様の摂理において8数が定着できませ んでした。8数は天でも円であり、地でも円です。 「世界統一国開天日」を宣布したのち、最初の年 の8月は重要です。重要な8月末に天宙的な定着 を発表したということは重要なことなので、これを 記憶するよう願います。・・・・・・「八定式」が終わる 時までは長子権復帰時代です。しかし今や完全に 長子権が天の側に復帰されたので、サタンが反対 することのできない世界的頂上圏に上がっていく のです。 『真の御父母様生涯路程⑨』ベルリンの壁の崩壊とソ連邦の崩壊
ついに共産圏は1989年11月9日、ベルリンの壁の崩壊と ともに音をたてて崩れ去り、1991年12月25日のクリスマス の日を期して、74年間世界を恐怖のるつぼに追い込んだ 無神論に立脚した共産主義帝国[ソ連]は、ついに地上か ら完全に消滅してしまいました。私は「ワシントン・タイムズ」 がこの仕事のすべてをやったとは思いません。これは神 様の摂理の歴史の中であるべき必然的結果なのです。し かし神様も、地上のことはすべて人間を通してなされるの です。私は「ワシントン・タイムズ」(1982.5.17創刊)が共産 主義の終焉をもたらすことにおいて、決定的な役割を果た したということに 、寸毫の疑 いも持 ちま せん 。( 1992.8.22 第12回言論人会議、ソウル) 文鮮明 『ファミリー』1992年12月号, p.16文鮮明師とゴルバチョフ大統領の会談
「文鮮明師、モスクワで世界言論人会議を開催! ゴル バチョフ大統領と会談!」。この驚くべきニュースは、衛 星通信や外電を通じ、一瞬にして全世界を駆け巡りまし た。かつては勝共の指導者として、ソ連にとっては世界 で最も好ましからざる人物とされていた文師が、ゴルバ チョフ大統領と会見したという重みを、誰もが知っている からです。共産主義イデオロギーが求心力を失い、無 政府状態に陥りかねない多民族国家のソ連における改 革の成功は、正しい宗教精神に立ち返り、精神復興に よってはじめて可能になると訴えられました。人間は、 その良心の教えに従うべきであり、新しい思想による改 革が必要であると強調されたのです。 1990.4.11文鮮明師の平壌訪問
私は今回、妻と共に北朝鮮政府の招請を受けて平壌を 訪問いたしました。これは、私が北朝鮮を最後にした1950 年12月から、満40年10ヵ月ぶりに実現した歴史的機会で した。私は北朝鮮に対して恨(恨み)が多いといえばだれ よりも多い人間です。私が宗教指導者だという事実と、一 貫した反共の信念のため、北朝鮮政府から到底話すこと のできないような圧迫を受けた者です。私は到底言い表 すことのできない拷問を受けて、3年近くの興南監獄生活 で多くの罪なき囚人たちが死んでいくのを見ました。一言 で言えば、私が今日、健在だということは一つの驚くべき 奇跡であり、ただ神様の特別な加護と恩賜によるものでし た。 文鮮明 『ファミリー』1992年8月号話すことのできない事情の日々
私も自ら三十八度線を越えて立ったのです。以 南(韓国)に妻子を残して三十八度線を越えてい くときは、家族を否認して行った道でした。そこに 行って同志を糾合し、所願の一日を願う心を持っ て行って、監獄暮らしもしました。南韓の地に出 てくるとき、主席の徒党にやられたことは今も忘 れられません。情報員たちに恥辱を与えられ、拷 問され、髪の毛を刈られた、皆さんに話すことの できない事情の日々、私の記憶から除くことので きない日々を、今まで抱いて生きています。
この事情が解怨成就される日、「金日成
主席、おまえだけが高いと思い、おまえだ
けが優れていると思った、その権威を一時
にへし折ってしまうその日のために、南韓
の地の深い山の谷間から、洞窟から準備
して山の谷間を越えて、平原地帯を直行し
て都市を占領してソウルに影響を与えて、
おまえと対決する一日を準備するぞ」と.
覚悟して南下してきた男です。
(1971.11.6)
(「 統 一 思 想 の 実 践 者 ・
4」、『世界家庭』
2015.12, 87)
ハワイに寄って精誠
このような天のみ旨をよく知っていた私は、去る 1970年代から33年間、生涯の黄金期を、このアメリ カを中心として世界平和のために精誠を尽くしまし た。そして、1991年には、冷戦時代に終止符を打つ ため、北朝鮮の金日成主席(当時)と会談に臨む深 刻な瞬間にも、まずハワイに寄って精誠を捧げまし た。それを勝利した土台の上に、私は、再び韓国 に戻り、神様の祖国と故郷を定着させる摂理を完 成させつつあります。特に今年(2007年)は、摂理的 禧年(ヒニョン)を迎え、再びアメリカを訪れることに なり(その最初の経由地としてハワイに行くことにな りました。(『天聖教』p.1430-31)共産主義者を生かす勝共思想
私は統一教会の創始者として、真の愛の精神で 北朝鮮に行ってきました。真の愛というのは、愛す ることができないものまでも愛する精神です。イエ ス様も「汝の敵を愛せ」と言われたではありません か。今回、平壌に行った私の心情は、秋の空のよ うに晴れ渡ったものでした。怨讐の家に行くのでは なく、私の故郷、私の兄弟の家に行くようでした。 「許せ、愛せ、団結せよ」という私の終生の信条を 持って、北朝鮮の地を踏みました。私は過去40年の東西冷戦時代に、誰よりも
徹底した反共の指導者であり、「国際勝共連
合」の創始者として、半生を勝共闘争にささ
げてきたことは、世界がみな知っております。
しかし、私の勝共思想は共産主義者を殺す
思想ではなく、彼らを生かす思想、すなわち
人類救済の思想なのです。
文鮮明 「北朝鮮から帰って」 1991年12月7日冷戦に終止符を打った統一思想
世界の火薬庫と言われる中東でも、先生の平和思想の 影響を受け、ユダヤ教、キリスト教、イスラームが、新しい 次元の平和的対話を行っています。東西問の冷戦に終 止符を打つ決定的役割を果たしたのも、先生の「統一思 想」でした。私の祖国、韓半島統一のための実質的な背 後での作業も、今、先生の主導のもとで急速に進行して います。しかし、私は決してここで満足することはできませ ん。天命を受けて出発した私の生涯です。天から印を受 け、人類の真の父母として顕現した私が天と交わした約 束は、必ず成し遂げなければなりません。この地球星に 毒きのこのように君臨してきたあらゆる国境と壁を完全に 撤廃し、万人が共に手を取って暮らせる平和理想世界王 国を創建しなければなりません。(『天聖教』p.1441)統一思想によってこそ南北が
平和的に統一される
大韓民国の統一は、政治家だけで解決される問題では ありません。ですから、韓半島に絡み合っているこのよう な天のみ旨をよく知っている私の夫、文鮮明総裁は、皆様 がよく御存じのように、1991年12月の初めに、七日間の北 朝鮮訪問を決行し、北朝鮮の統治者金日成主席と会い、 韓半島の統一問題に関連した天のみ旨である天命を通告 しました。「『主体思想』では南北を統一することはできな い。『神主義』と『頭翼思想』である『統一思想』によってこ そ南北が平和的に統一され、全世界を主導する統一国家 となる」と説破し、彼らの常套句となっている六・二五北侵 説に対しても、六・二五は南侵であると正面から激しく反駁 したのです。(『平和経』936)金日成はいくら韓国の宗教や宗教協議会の人々 が来ても相手にしないというのです。いずれ宗教 を受け入れるには、彼らの思想体系と最も近いも のを受け入れようと考えるのです。金日成の思想 は神様だけ受け入れるようになれば、完全に我々 の思想とぴたっと合うのです。金日成が、「文先生 の思想を私たち北側で適用することを許諾します か、しませんか」と言う時、「私が許諾しなければど うするのですか」と言ったところ、彼が「頼んででも しなければなりません」と言ったのです。このような 言葉は真に偉大な言葉です。(『真の御父母様の生 涯路程⑨』309-311)
20世紀最大のナゾ
しかし、私としてこれぞ「最大のナゾ」と声を大 にして言いたいのは、「米ソ冷戦」が、ついに 「ホット・ウォー」に至ることなく、決着がついた のは、いったい何故か、どうしてか?という問 題だ。第二次大戦後、ほとんど間もなく始まっ た米ソの對立は、見る見るうちに険しさを増し て、「冷たい戦争(コールド・ウォー)」という呼び 名が、忽ち広く通用するに至った。・・・・・・いつ 何 時 こ れ が 発 火 し て 、 「 熱 い 戦 争 ( ホ ッ ト ・ ウォー)になり変わっても不思議はないとさえ 思われた。今からふり返ると、このレーガン流の奇手こそ が、ソ連体制の息の根をとめる上で、思わぬ大 役を果たしたのでは?という気がしてならぬ。 ・・・・・・ レ ー ガ ン の こ の 少 々 トッ ピ す ぎ る 「ス ター・ウォーズ」計画が、いわばとどめの一撃 の役割を果たしたのではなかったろうか? ・・・・・・これをしも余りに奇想天外な愚答といわ れるならば、ではソ連体制は、何故あぁもアッ ケなくほとんど一気に崩壊したのか?別の見 事な解答をお示し願いたいものだ。 評論家 佐伯彰一 産経 1997.12.30
1985年の転換 に対するヤコブレフ(元ゴルバチョ フ大統領首席顧問)の証言 1985年以前には、議会制共和国、議会型政権など 考えることすらできなかった。複数政党制度など問 題外だった。帝国の崩壊などありえないことだった。 ……冷戦が終り、核超大国の対決が消えた。これ は全て奇跡でも魔術でもなく、1985年に始まったプ ロセスの帰結だった。さて、そこで問うて見たい。ゴ ルバチョフ、あるいはその他誰でもよい。……その 人間にこれ以上のことが果たして可能だったのだろ うか?(『歴史の幻影』29-30)
だが、我が国のみならず全世界にとって新
しい歴史的な時代が1985年に始まったこと
はまぎれもない事実なのだ。…だが、その
急変それ自体がいったいなにによってもた
らされたのかを問うてみてもよいのではな
いか?デモンのなせる業だったのか?魔
力か?それとも言論発表の自由のなさを
嘆くインテリゲンチャのため息によってだっ
たのか?(『歴史の幻影』30)
• 1990.3.27 「女性解放圏」宣布
(米国、第
31回父母の日に)
• 1992.4.10 「世界平和女性連合」
創設大会
文鮮明総裁こそ、メシヤ、真の父母
人類が真の父母、真の夫婦、真の子女の道を喪失する ことによってもつれてしまった罪悪歴史を清算するその 道を教えることが、メシヤ、救世主の使命です。私はきょ うこの場を通して、私の夫、文鮮明総裁こそ、一生をか けて、このメシヤ、真の父母の道を開拓してこられた方 であることを満天下に宣布いたします。皆様がよく御存 じのとおり、私の夫、文鮮明総裁は、これまで悪の世の 中の激しい迫害の中でも、神様の創造目的を明らかに し、人間始祖が犯した原罪を究明することによって、人 類の未来を開拓してこられた方です。(『平和経』934)メシヤ宣言
1992年8月24日、文先生は世界の政治家、教 授、言論人、宗教者などのVIPを前にして、「私 と私の妻、韓鶴子総裁は人類の真の父母であ り、救世主、再臨主、メシヤであります」とメシ ヤ宣言をされました。統一教会のメンバーはそ れ以前から文先生をメシヤとして受け入れて いましたが、公的には、文先生は文牧師(レバ レンド・ムーン)と呼ばれていました。1992年よ り、文先生は再臨主として公的に出発すること になったのです。私は、今年七月初め、韓国の五大都市で開催された世界平和 女性連合指導者大会において、私と私の妻、韓鶴子総裁は人類 の真の父母であり、救世主、再臨主、メシヤであることを宣言いた しました。では、なぜ私が韓国の女性指導者たちを前にして、この ような畏くも驚くべき発表をするようになったのでしょうか? それ は、人類の歴史を罪悪に染めたサタン・悪魔によって、人類の母 となるべき女性であるエバが堕落したために、神様はサタン屈服 させる第二の完成したアダムとしてメシヤを送られ、全女性を代 表する完成したエバを探される摂理があるからです。また女性た ちは、家庭を守る愛と平和と奉仕の中心であります。世界平和も その出発の起源は、健全な家庭でなければなりません。メシヤの 存在を宣布した私の最も中心となる教えは、神を中心とした家庭 倫理の確立と二世の教育問題にあります。家庭は汚れきったこ の世界を浄化する聖所なのです。したがって、私はメシヤとして、 私の妻であり、完成したエバの立場にある韓鶴子総裁を中心とし た女性指導者たちに、このような宣言をしなければならなかった のです。(文鮮明 1992.8.24, ソウル)(『ファミリー』1992.12,39)
1993.1.1 成約元年宣布 1994.5.1 「世界平和統一家庭連合」創設 1997.5.1 統一教会→世界平和統一家庭連合 8.9 七・八節「天地父母天宙安息圏」宣布 1998.1.1 「サタンの血統断切」宣言 6.13 3億6000万双1次国際合同祝福結婚式 4大聖人と霊界の悪霊人の祝福
お母様がお父様と対等な位置に
1992年から95年までの三年間で、お母様が果たすべき責 任が大きいのです。お母様が先頭に立たなければなりませ ん。三数は分別数です。その期間は、分別する期間です。で すから、お母様がアメリカから国連、目本、世界まで、すべて 分別するのです。韓国では、40の大学を中心として、巡回講 演を行いました。40の大学と世界40ヵ国を連結するのです。 これが、父母を中心として、カインとアベルです。そうして、初 めて、お母様がお父様と対等な位置に立つのです。お父様 のすべての勝利の覇権は、お母様に伝授されます。全世界 が、第二次世界大戦後に父母様の家庭を歓迎できずに追い 出したことを、父母様の家庭が二次的に全世界で歓迎を受 けることで蕩減復帰するのです。(『真の父母経』873-4)横的には
360度の広がりがある
• 1992年8月にすべてを終え,真の父母を宣布すること によって真の父母が設定され、地上に着陸時代が訪 れたというのです。イスラエルの国とユダヤ教が失っ てしまったものと、アメリカとキリスト教が責任を果た せなかったもの、そのすべてのことが蘇生し、定着で きる時代に入っていくというのです。そうして、母と父 が横的に立つのです。 • イエス様の時は縦的に立ちました。縦的(なもの)に は中心の一点しかありませんが、横的(なもの)には 360度(の広がり)があるのです。ですから、父母様は どの国にでも行けるのです。すべての国が歓迎しま す。(『真の父母経』898)• 真の父母様は、日本が新婦国家として新郎と一つになる 過程として、済州島、水澤里(1993~94)における十六万人 の日本女性幹部特別修練会を開催されます。お父様の 愛に感動を受けて、世界宣教への出発を決心するように なります。 • 1600人の派遣から始まり、4200人の米国、カナダ、中南 米派遣、そして22200人の派遣員策定など、日本は新婦 国家から母の国として立つための精誠をささげるように なります。 • 真のお母様の分身として、真の父母様の愛を世の中に 伝えてくださった母の国の派遺員である皆さんがいたの で、真のお父様は1998年1月1日「真の神の日」に、韓国 と日本を、アダム国家とエバ国家から、父の国と母の国 として宣布されるようになります。
エバ国家から母の国へ
新世紀の到来を目前に控えた1994年から97年まで、約 一万二千人の日本女性宣教師が、世界宣教のため、約百 五十力国に派遣された。真の父母様は、世界巡回のたび ごとに、彼ら宣教師を激励された。そして、このような基台 の上で、1998年1月1日、「日本をエバ国家から母の国に昇 格させる」と発表されたのである。 これから、アメリカは長 子権の国、日本は母の国、韓国は父の国になります。韓国 と日本とアメリカ、この三国は一つの国です。1998年4月17 日、きょうから一つの国であると考えればよいでしょう。この 三つの国が一つにさえなれ全世界をコントロールするのは 問題ありません。この三つの国が一つになれば、残りの国 々はすべて、あとから付いてくるようになっています。統一 された平和世界が、この地上に現れるようになるのです。 それが正に地上天国です。(『真の父母経』692)日本は、タマルとマリヤの世界的な
結実体
エバ国家である日本は、タマルとマリヤの世界的な結実体です 。世界的な結実体というのは、国家を中心としたマリヤとタマルの 立場にいるということです。タマルは民族的な解放、マリヤは国 家的な解放の立場にいました。お母様は、天宙の解放のための 立場にいます。そのような責任があるので、サタン側の長子であ る世界だけでなく、サタン的なすべてのものを否定して、反対に、 天の側の宗教圏を抱いたのです。そのように神様に付いていくた めには、世界的なサタン圏を完全に切ってしまい、180度、反対側 に回っていかなければ、エバ国家、母の国の国民として、責任を 果たすことができないというのが原理観です。これは、救援摂理 の最終的な結論です。母の国としての責任を果たすためには、 民族的なタマルの使命圏と国家的なマリヤの使命圏を越えてい かなければなりません。そのようにしなければ、母の国として定 着できないのです。(『真の父母経』693-4)1999. 1.1 「サタンの血統根絶」宣言 3.21 サタンの謝罪 9.9 九九節、サタンを清算、神様の解放 9.10 三・十節、天地創造の本然の主人 2000. 8.18 国境線撤廃宣言 9.24三時代大転換四位基台入籍統一祝福式 12.3 地獄・楽園撤廃宣言
地獄と楽園を撤廃し、神様を王位に
救世主、真の父母として、あらゆる天の国の伝統 を立てることができる新しい愛と生命と血統によ って、地上と天上に祝福を受けた権限を立てたが ゆえに可能なのです。神様の祝福圏に立った人 々は、神様と直系の血統的な関係を結んだので 、サタンと関係がありません。偽りの父母と天使 長が一つになってひっくり返したので、真の父母 がサタンを除去して地獄と楽園を撤廃し、天国だ けが残ったその上で、天の国の中心である神様 を王位に立ててさしあげるのが、神様王権即位式 です。(『真の父母経』1458)2001.1.13 神様王権即位式 11.15 天一国(天宙平和統一国)宣布 2003.2.6「天地父母様天一国開門祝福聖婚式」 「天宙・天地真の父母様 平和統一祝福家庭王即位 12.22 イエス様の戴冠式(イスラエル) 2004.3.23 「平和の王」戴冠式(ワシントン) 2004.5.5 雙合十勝日、第一回「安侍日」 「後天時代」の出発 2005.9.12 天宙平和連合(UPF)創設(ニューヨ ーク)
2006.6.13「天正宮」入宮式、「天宙的平和の王即位式」 2007.9.23 「アベルUN」創設大会(ニューヨーク) 2008.7.19 真の父母様のヘリコプター事故 2009.1.15 韓国で「万王の王神様解放戴冠式」 1.31 韓国と米国で「万王の王神様解放戴冠式」 2010.2.14 陽陰暦の統一、天暦が出発 7.8 天地人真の父母定着実体み言宣布大会 11.22 天地人真の父母定着実体み言宣布 天宙大会 (ニューヨーク) 2011.3.5 (ラスベガス) 4.26~5.18 (ヨーロッパ巡回講演) 5.13 (スイス・ジュネーブ、国連欧州本部)
双合十勝日
2004.5.5
それから3年、台風のように吹きつける天運
の鍵を握り、1日を1000年のように走って勝
利した真の父母様の基台の上に、天はつい
に2004年5月5日、「双合十勝日」を宣布しま
した。長き恨の歳月の先天時代を閉じ、この
地に新天新地を創建できる後天開闢の時代
を開いてくださったのです。実体的にこの地
球星を天の前に還元させるための歴史的大
革命の出発でした。
文鮮明 「天一国は太平聖代の理想天国」(平和メッセージ5)
「平和の王」として推戴
2004
このように、真の父母と全人類が一致して血 と汗と涙で起こした勝利の土台の上に、私は、 去る2003年、エルサレムにおいてキリスト教、 ユダヤ教、イスラーム(イスラム教)の推戴を 受け、イエス様を王の王として天上天下に宣 布しました。それとともに、2004年には、私が アメリカと韓国の国会で「平和の王」として推 戴されました。 文鮮明 「神様のみ旨から見た環太平洋時代の史観」 (平和メッセージ13)UPFの創設
2005.9.12
皆様、2005年9月12日には、神様の摂理史を花咲 かせる「天宙平和連合」(UPF)の創設を満天下 に宣布しました。「天宙平和連合」は、今から後天 時代のアベルUN的役割を果たすことでしょう。カ イン格の既存のUNの更新とともに、世界各地に おいて、私の教えである「天父主義」、すなわち真 の愛・真の家庭主義を伝授されて走っている、数 百万の平和大使たちを動員し、「神様のもとの人 類一家族」である天命を必ず完遂しなければなり ません。 文鮮明 「神様のみ旨から見た環太平洋時代の史観」 (平和メッセージ13)実体的天一国創建のための天宙平
和の王の戴冠式 2006.6.13
皆様も御存じのように、私は、2004年、アメリカと 韓国の国会において平和の王として推戴され、 戴冠式を行ったのち、2005年9月12日には、アメ リカのニューヨークにおいて「天宙平和連合」を 創 設 し ま し た 。 そ の 勝 利 的 基 盤 の 上 に 、 今 年 (2006年)6月13日には、実体的天一国創建のた めの天宙平和の王、真の父母様「天正宮博物館 奉献式と戴冠式」を挙行しました。 文鮮明 「神様の理想家庭と平和理想世界王国Ⅱ」 (平和メッセージ7)平和UN(アベルUN)創設
2007.9.23
2007年9月23日、ニューヨーク、マン
ハッタンセンターで「平和UN」創設大
会が開かれた。世界194の国と地域
の代表が参加した。文鮮明師が「神
様のみ旨から見た環太平洋時代の史
観――米国を中心とするUNと自由世
界の方向――」と題して、講演された。
夢にも忘れることができない
ヘリコプター事故
夢にも忘れることができないその日、2008年7 月19日、ヘリコプター事故の当日には重生完成 を、それから二十日目に当たる「七・八節」を迎 えた8月7日には復活完成を、そして8月27日に は、事故から四十日目を勝利で締めくくりながら 、永生完成の日を宣布しました。神様を中心に お迎えし、摂理の最終的理想圏である新天新地 を開き、永遠の解放、釈放を謳歌する永生の新 しい日を宣布したのです。(『天聖教』p.1424)ギリシャ哲学を編み直して解決せよ
この事故によって、これからは生死の権、ギリシャの哲 学の平和の概念を中心として、神様の摂理の思想出発 がどうなったかもわからないのに、そこまで解いて、これ を編み直して解決することによってのみ、サタンが完全 に後ろを向いて後退するしかなくなるのです。これは言 葉だけではないのです。悪を悪のままなくさなくてはいけ ないし、善を善のまま、天地の大権をもう一度復活させ るのです。すべて先生のみ言にあるでしょう?……皆さ んが、自分が思うようにやろうとすると、サタン世界にな るのです。サタン世界、理論的に文先生の前に来て弁解 できないのです。(2008.8.18、清平訓読会)「天暦」の出発、
2010年2月14日
その日を迎える準備の一環として、私は2010年2月 14日に「天暦」の出発を満天下に宣布しました。既 存の陽暦と陰暦は、今やカインとアベルの立場に立 ち、新たに摂理を記録して明示する「天暦」を補助す る役割をするようになるでしょう。 今から皆様は、真の父母様の教えを骨に刻みつけ て実践する人生を生きなければなりません。選択の 余地がありません。今から準備しなければ、間違い なく落伍者になるからです。七千メートルを超えるヒ マラヤ山脈を往来し、越冬する姉羽鶴の勇気と気概 を 私 たちも 学 ばなけ れば なり ま せん 。(『天 聖 教 』 p.1448-49)天地人真の父母定着実体完成宣布! 実体み 言宣布です。きょうの盟誓文と実体自体を成し た天の主人の位置に立って、世の中の万事に おける真の神様、見えない神様と見える神様と なって万王の王と真の父母の実体み言宣布、 天地人真の父母定着安着み言宣布の上に立っ た2010年天暦5月27日(陽暦7月8日)(天地人 真の父母定着実体み言宣布大会開催日)です。
文鮮明、TODAY’S WORLD JAPAN 2011.1、24頁