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新潟県立歴史博物館研究紀要第 号 年 月 にイギリスのイースト アングリア学セインズベリービジュアルセンターで開催された UNERTH 展 (ailey and Cochrane and Kaner ) は 英博物館の The Power of Dogu 展の不足を補うように 壊れて出土する土偶に注

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Academic year: 2021

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(1)

【研究論文】

新潟県の縄文時代中期土偶

Study on the Middle Jomon dogu in Niigata prefecture

宮 尾 亨・寺 﨑 裕 助

Toru Miyao and Yusuke Terasaki

要旨

 新潟県の縄文時代中期を対象に各遺跡の土偶出土点数を集計し、動作を造形するなどした多様な土偶

が、112遺跡1204点あまり存在することを明らかにした。そのうち57遺跡882点について、出土部位の偏

りや表現の違いを遺跡単位に数量で把握した。結果、土偶の出土数量は遺跡間の格差が著しいが、各遺

跡で出土部位に偏りはほとんどない。個体を構成する部位の中で胴体のように、ヒト形の最小要素をと

どめて残存していたようすが推察された。縄文時代中期約1000年間の中で、土偶の稀少性はきわめて高

いが、同時に多様な観念に関わって生産消費された道具と解釈される。

キーワード:

土偶 分割塊製作法 成形型 表現型 数量 部位

1 背景

 新潟県立歴史博物館の平成23年度秋季企画展は、新潟県教育委員会・新潟県埋蔵文化財調査事業団と

ともに主催した。新潟県立歴史博物館の開館以来、ほぼ隔年で定期的に開催してきた「発掘された新潟

の歴史」展のひとつである。従来、県および県内市町村で実施された発掘調査の中から、重要な発掘調

査を選定し、遺跡単位で紹介する展示構成をとっていた。定期的に開催してきた「発掘された新潟の歴

史」展は、埋蔵文化財の理解に寄与しつつ、発掘調査によって明らかとなった歴史的事実を公開するこ

とを趣旨としている。新潟県教育委員会・新潟県埋蔵文化財調査事業団の分担したパートについては、

従来の展示構成を踏襲し、近年の発掘調査成果を遺跡単位に速報した。対して新潟県立歴史博物館の分

担したパートでは、過去の発掘調査成果の中から特定の遺物を選定して、集成的に展示を行うこととし

た。そして、今回の展示で選定した遺物は、縄文時代中期の土偶で、

「にいがたの土偶」という副題を設

定した。縄文時代中期の土偶を選定した背景には大きくふたつの側面がある。

 ひとつには2009年に大英博物館で開催された『The Power of Dogu』展(Kaner et. 2009)、そしてそ

の帰国展として2010年に東京国立博物館で開催された『国宝土偶』展(文化庁・東京国立博物館ほか編

2009)に代表される土偶を取り扱った特別展を意識した結果である。これらの特別展は、典型的な土偶

を中心とし、かつ国指定のかかるような完形に復元された優品を集めたものであった。実際、それゆえ

に多くの観覧者を集め、ひろく土偶の存在をアピールした。しかし、その一方で土偶という遺物の特性

を反映していない展示ともいえる。

 縄文時代の土偶は、多くの場合に壊れた状態で出土しており、完形に復元できるものは少ない。2010年

(2)

にイギリスのイースト・アングリア大学セインズベリービジュアルセンターで開催された『UNEARTH』

展(Bailey and Cochrane and Kaner 2010)は、大英博物館の『The Power of Dogu』展の不足を補う

ように、壊れて出土する土偶に注目したものであった。日本列島の縄文時代土偶とバルカン半島新石器

時代の土偶とを対比しつつ、離れた両地域で共通する壊れた土偶に言及した。また、現代の人形玩具と

比較して、ヒト形の造形物を求める背景を考察している点でも画期的であった(Bailey 2005, Bailey and

Cochrane and Zambelli2010)。その一方で土偶の普遍的な意味を追求しているために、約5000年前の日

本列島とバルカン半島という大枠の比較対象となっており、個別具体的なデータの不足は否めない。

 ところで日本列島の縄文時代土偶は、かつて国立歴史民俗博物館のプロジェクト「土偶とその情報」

(八重樫・小林編1992)でデータベースを作成する過程で活発に議論され、現代的な課題が明らかになっ

た(土偶と「その情報」研究会編1997、1998、1999、2000)。日本列島における土偶の出現年代とその変

遷が、地域性とともに示されるとともに、土偶自体の型式学的研究の必要性が示され、実践的な研究が

登場し、ひとつの画期となった。また、土偶データベース構築の過程で、都道府県単位の土偶出土点数

が集計されたが、それ以降の発掘調査成果を加えた更新はなされていない。そこで展示を通して、新潟

県の土偶を改めて集成し、データベースの更新に寄与することを企図した。

 もう一方で、新潟県立歴史博物館は開館以来、縄文時代中期を象徴する火炎土器様式の研究プロジェ

クト(新潟県立歴史博物館編2004)を進め、平成21年度春季企画展「火焔土器の国」を開催した(新潟

県立歴史博物館編2009)。この企画展は土器を中核として、土偶などの同年代の遺物はわずかに取り上げ

たに過ぎなかった。「火焔土器の国」展を補完することも考慮し、縄文時代中期に焦点を絞り、個別具

体的なデータの整備を目指した。そこには県立の博物館として、このような試みが評価されるならば今

後、他の時期についても同様の整備を試みられるとの思惑もあった。

 以上のような背景のもと、

「新潟県」という現在の行政区域と「縄文時代中期」という縄文土器の編年

における大別時期という限定を行った。

2 展示構成と集成対象

 「にいがたの土偶」では、縄文時代中期の土偶を中心に新潟県内67遺跡、新潟県外8遺跡の計75遺跡、

1500点の遺物を列品資料として取り扱った(寺崎・宮尾2011)。列品資料には縄文時代中期のほかに、年

代の異なる遺物をいくつか取り上げた。ひとつは新潟県における縄文時代中期以前の土偶である。日本

列島の土偶は、縄文時代草創期後半まで遡り、新たな資料が着実に加わっている。新潟県では縄文時代

前期前半に遡り、胎内市二軒茶屋遺跡出土の土偶残欠2点を新潟県最古の土偶として紹介した。あわせ

て同遺跡出土の土器と土鈴、長岡市大武遺跡出土の土鈴を、土偶と関連する遺物として紹介した。もう

ひとつは、遠隔地の土偶型式と理解される小千谷市三仏生遺跡出土の土偶残欠1点である。縄文時代後

期後半の資料で、東海地方の土偶型式に相当することを示した。

 展示本体となる縄文時代中期の土偶は遺跡単位に陳列し、遺跡それぞれで異なる出土数の違いや残存

部位などの状態の違いを相互に比較できるようした(図1・写真1)。そして資料の列品にあたっては、

ケース仕様の制約があるものの極力全方位から土偶を観覧できるように務めた。また新潟県の土偶の個

性を明らかにするために、長野県、富山県、秋田県の遺跡出土の土偶などの遺物を構成に加えた。展示

(3)

25500mm

21000mm

凡例

展示ケース

バックパネル無

展示ケース

バックパネル有

露出展示台

間仕切り

什器

机・ソファー等

入口

出口

にいがたの土偶

発掘された

新潟の歴史

2011

受付

観覧者アンケート記入・回収

新潟県立歴史博物館

平成23年度秋季企画展

 にいがたの土偶

 ‐発掘された新潟の歴史2011‐

会期:

 2011年9月23日(金)~

     2011年11月20日(日)

主催:

 新潟県立歴史博物館

 新潟県教育委員会

 財団法人新潟県埋蔵文化財調査事業団

 新潟日報社

共催:

 新潟市 長岡市教育委員会

 上越市教育委員会 三条市

 柏崎市教育委員会 新発田市教育委員会

 十日町市教育委員会 見附市教育委員会

 村上市教育委員会 糸魚川市教育委員会

 妙高市教育委員会 五泉市教育委員会

 佐渡市教育委員会 阿賀野市教育委員会

 魚沼市教育委員会 胎内市教育委員会

 阿賀町教育委員会 津南町教育委員会

展示資料協力:

 秋田市教育委員会 男鹿市教育委員会

 能代市教育委員会 仙北市教育委員会

 中野市立博物館

 富山県埋蔵文化財センター

 財団法人佐渡博物館

 財団法人北方文化博物館

 独立大学法人新潟大学旭町学術資料展示館

 

展示パネル

解説・写真等

胎内市 二軒茶屋 長岡市 大武 小千谷市 三仏生 長岡市馬高(重文) 三条市吉野屋 三条市吉野屋 三条市吉野屋 三条市長野 三条市長野 津南町沖ノ原 津南町北林C 津南町上野スサキ 津南町 道尻手 津南町道尻手 長野県 中野市 姥ヶ沢 南魚沼市 五丁歩 十日町市森上 糸魚川市井の上 上越市 山屋敷Ⅰ 佐渡市長者ヶ平 上越市 山屋敷Ⅰ上越市長峰 上越市 和泉A 妙高市 大貝 妙高市 道漑 富山県 八尾市 長山 富山県 朝日町 境A(重文) 糸魚川市 長者ヶ原 糸魚川市 十二平 佐渡市 長者ヶ平 佐渡市 大下 佐渡市 大工町 佐渡市 三宮貝塚 柏崎市 剣野B 柏崎市十三仏塚 柏崎市 岩野 柏崎市 坪之内 長岡市 中道 長岡市 中道 長岡市栃倉 長岡市 山下 長岡市仲崎 長岡市 南原 長岡市 岩野原 長岡市外新田 十日町市笹山(国宝) 十日町市幅上 十日町市大井久保 十日町市上ノ山開墾地 十日町市野首 十日町市カウカ平A 十日町市下梨子 十日町市横割 十日町市南雲 十日町市小坂 十日町市ぼんのう 南魚沼市 五丁歩 魚沼市 清水上 魚沼市 柿ノ木 田の上 魚沼市 正安寺 見附市 耳取 阿賀町 大沢上道 阿賀町 狐窪 阿賀町 屋敷島 阿賀町 キンカ杉 阿賀町 北野 阿賀野市ツベタ 阿賀野市横峰B 阿賀野市村杉 阿賀野市 萩野 五泉市大蔵 五泉市 大蔵 阿賀野市 ツベタ 阿賀町 キンカ杉 阿賀町 屋敷島 阿賀町 大沢上道 新潟市 大沢 新潟市 大沢 村上市 高平 村上市 高平 新発田市 石田 村上市 春木山 村上市 前田 村上市 樋渡 秋田県 秋田市 坂ノ上F 秋田県 秋田市 下堤A 秋田県 仙北市 黒倉Ⅰ 秋田県 男鹿市 大畑台 秋田県 能代市 烏野 糸魚川市六反田南 南魚沼市余川中道 糸魚川市南 押 上 柏崎市山崎 三条市上道下西 新潟市小坂居付 阿賀野市山口 阿賀野市境塚 上越市下割 糸魚川市宮花町 上越市滝寺窯跡群・大貫窯跡群 上越市 滝 寺 窯 跡群・大貫 窯 跡群 新指定新潟県有形文化財(考古)

図 1 展示室の列品構成

写真 1 展示室の列品構成

図1 展示室の列品構成

写真1 展示室の列品構成

(4)

市町村

遺跡名

指 定

大別時期

細別(前葉、

中葉、後葉)

調査規模

住居

件数

集落形態

環状集落

直径(m)

土偶

三角形

土版

三角形

岩版

三角壔形

土製品

三角壔形

石製品

耳飾

ヒスイ

大珠

石棒

備考そのほか

土偶展

示点数

新潟市

6 大沢

中期 前~後

100

2

30

4

西ノ前タイプ脚部含む

10

新潟市

豊原

前・中期 前・中

11

3

2

1

長岡市 27 馬高

国指定

重要文化財

中期 前~後

3500

30

環状集落

環状集落"

100

70

64

116

5

58

1

25

琥珀垂玉1 ミス馬高 中期

土版1

1

長岡市 26 南原

中期 前~後

3000

1

18

21

19

2

超小形土偶

6

長岡市 25 岩野原

中期 前~後 16000

82 環状集落

80 34

9

4

29

3

7

中期と後期の区別不明品を含

むため数量増減の可能性あり

29

長岡市 22 中道

中期 中・後 15600

52 環状集落 190 18

8

2

13

2

13

中期と後期の区別不明品を含

むため数量増減の可能性あり

18

長岡市 23 山下

中期

前・中

100

5

13

19

人面付土器片2 岩偶

5

長岡市 24 外新田

中期 前・中

450

3

6

15

4

ペンシル形石製品多数

3

長岡市 20 栃倉

中期 前・中

600

12

33

14

16

1

周辺表面採集者の記載

22

長岡市 21 仲崎

中期

1

1

ほぼ完形土偶

1

長岡市

金沢

中期

1

長岡市

松葉(旧寺泊町)

中期

1

長岡市

上樫出

中期 前~後

2

1

長岡市

柿ノ木田

中期 前~後

1

1

1

長岡市

熊袋虎谷

中期

1

長岡市

田中島(田中?)

中期 前~後

3

長岡市

入塩川

中期 前・中

2

1

長岡市

松葉(長岡市栖吉)

中期

1

長岡市

上稲葉

中期

500

1

1

長岡市

松葉(旧越路町)

中期 前・中

3500

1

長岡市

多賀屋敷

中期 中・後

1408

1

2

1

長岡市

来迎寺

中期

1

上越市 49 和泉A

中期

25600

44 環状集落

70

1

4

中空土偶1、琥珀玉1 人面

付土器1

1

上越市 104 大久保

中期

940

4 環状集落

60

琥珀玉1

上越市 50 山屋敷Ⅰ

中期 前~後 15000

57 環状集落

90 30

3

3

3

4

31

上越市 48 長峰

中期

3

34

4

中空土偶、人面土器2

30

上越市

茶新田B

中期

1

上越市

原山

中期

1

上越市

川原田

中期

1

上越市

黒保  

中期

100

2

4

人面付土器

三条市 18 吉野屋

中期 前~後

184

120

31

38

7

岩 偶1  岩 版1  鳥 形 突 起

1、中空土偶

101

三条市 17 長野

中期 前・中

5000

32

52

11

2

1

9

50

三条市

駒込

中期 前~後

1

三条市

大沢

中期

1

三条市

桑切

中期 前・中

1400

8

1

三条市

曲谷E

中期

360

4

3

柏崎市

剣野C

中期

1

柏崎市 45 剣野B

中期 前・中

9590

34 環状集落

70 42

11

33

柏崎市 47 岩野

中期 前・中

3

2

2

柏崎市 46 十三仏塚

中期 前~後

4

1

1

柏崎市 103 坪之内

中期

7000

10 環状集落

70

1

新発田市 5 石田

中期 前~後

793

7

16

3

16

新発田市

上車野E

中期 前・中

1913

27 環状集落

50

1

新発田市

貝塚

中期 前・中

5

1

に紹介された土偶

新潟県内で最初に学術雑誌

新発田市

堤下

中期

1

十日町市 34 笹山

国宝

中期 前~後 15460 112

15

59

7

2

23

2

7

12

十日町市 41 ぼんのう

中期 前~後

4500

4

3

5

2

1

3

十日町市 42 小坂

中期 前~後

11

20

9

1

2

20

十日町市 35 幅上

中期 前~後

5500

11 環状集落

70 20

36

10

15

十日町市 38 下梨子

中期

1

1

十日町市 39 横割

中期

1500

7

2

4

2

十日町市 40 南雲

中期 前~後

1

2

1

ヒスイ以外の大珠1

1

十日町市 36 大井久保

中期 前・中

2000

6

3

1

1

1

十日町市 102 森上

中期 前・中

30

1

4

2

1

岩偶の記載あり、石棒の可能性あり。

十日町市 37カウカ平A

中期 前・中

2

2

十日町市

芋川原

中期 前~後

2

1

3

十日町市

仏子田

中期 前~後

1

十日町市

蟹沢

中期 前・中

1

十日町市

桃山

中期

2

十日町市

城倉

中期 前~後

4

1

7

十日町市

牧脇

中期 前・中

1

十日町市 43 野首

中期 前~後

8000

18

34

84

1

17

30

十日町市 44 上ノ山開墾地

中期 中・後

700

6

6

17

6

小千谷市

上の山

中期

1

小千谷市

俣沢

中期 前・中

1

1

小千谷市

百塚東E

中期

748

4

1

小千谷市

池津

中期

2

小千谷市

堂付

中期 前・中

9852

1

小千谷市

城之腰

中期

65000

64

5

3

1

土棒1、後期主、土偶は後期

小千谷市

元中子

中期

935

1

1

見附市 19 耳取

中期 前~後

2 環状集落 200

3

1

1

調査中のため未詳

3

見附市

黒坂

中・後期 前~後

1

1

人面付土器

表1 新潟県の縄文時代中期土偶および関連出土遺物(1)

(5)

市町村

遺跡名

指 定

大別時期

細別(前葉、

中葉、後葉)

調査規模

住居

件数

集落形態

環状集落

直径(m)

土偶

三角形

土版

三角形

岩版

三角壔形

土製品

三角壔形

石製品

耳飾

ヒスイ

大珠

石棒

備考そのほか

土偶展

示点数

村上市

3 高平

中期 前・中

1040

2

61

14

4

石冠形土製品を三角壔形土

製品と理解西ノ前タイプ脚部

59

村上市

4 春木山

中期

14

1

1

1

土版1

14

村上市

1 前田

中期 前~後

5400

59 環状集落

40

3

1

8

石冠を三角壔形石製品と理解

3

村上市

2 樋渡

中期

12000

1

6

5

村上市

稲葉下

中期 前・中

2300

5

1

1

糸魚川市 54 長者ヶ原

中期 前~後

3500

26 環状集落 130 38

1

2

2

6

人面突起1 獣面突起1 土版1

37

糸魚川市 105 井の上

中期 前~後

1

1

人体文土器1

糸魚川市 53 十二平

中期 前~後

750

23

10

1

3

3

8

糸魚川市

六反田南

中期 前・中 25741

12

5

1

1

2

糸魚川市

寺地

中期 前~後

220

7

1

妙高市 51 大貝

中期 前~後

200

3

14

14

妙高市

道添

中期

815

1

2

1

妙高市

松が峰

中期

30

1

2

妙高市

兼俣

中期

2

妙高市 52 道灌

中期

2300

2

1

1

中空土偶

1

五泉市

7 大蔵

中期 前~後

250

2

7

3

2

人面付き土器1

7

五泉市

下戸倉

中期 中・後

2

佐渡市 55 長者ヶ平

中期 前~後

870

5

27

5

鳥形突起1

19

佐渡市 57 大工町

中期

1

1

佐渡市 56 大下

中期

1

1

佐渡市 106 三宮貝塚

中期

人面付き土器片1

阿賀野市 8 ツベタ

中期 前~後

3436

45 環状集落

50 40

2

10

6

手を表現した文様のある土器

40

阿賀野市 9 横峯B

中期

1745

15

2

2

阿賀野市 10 村杉

中期

11

109

2

4

1

4

阿賀野市 11 萩野

中期

5800

1

1

阿賀野市

大室

中期

1

阿賀野市

中道

中期 前・後

1370

1

阿賀野市

野中

中期 前~後

1

魚沼市

長者林

中期 前~後

1

魚沼市 100 柿ノ木田の上

中期

1

魚沼市

芋川

中期

1

魚沼市

布場上ノ原

中期 前~後

2561

16

1

整理中のため未詳

魚沼市 28 清水上

中期 前~後 17395 109 環状集落 100 19

21

1

9

11

魚沼市 101 正安寺

中期

3200

30

1

3

魚沼市

須原

中期

1

南魚沼市

上ノ台Ⅱ

中期

4

1

1

南魚沼市

飯綱山

中期 中・後

2

南魚沼市

舞台

中期

1

南魚沼市

宮下原

中期 中・後

800

9

1

後期含む

南魚沼市 29 五丁歩*

新潟県

指定文化財

中期 前~後 18000

64 環状集落

60

1

1

2

1

湯沢町

川久保*

中期 前~後

3000

2

2

10 整理中のため未詳

南魚沼市

柳古新田

中期 中・後

1300

1

後期含む

田上町

古屋敷

中期

591

1

阿賀町 14 屋敷島

中期 前・中

1200

10

5

1

注口状土器1

5

阿賀町 12 大坂上道

中期

4350

1

4

1

阿賀町 16 北野

中期 前~後

8900

72 環状集落 110 33

1

9

2

12 土製腕輪 後期含む

22

阿賀町 15 キンカ杉

中期 前・中

2100

10

20

1

1

4

2

20

阿賀町 13 狐窪

中期

1

後期主体

1

出雲崎町

矢郷橋

中期

1

津南町 32 沖ノ原

新潟県

指定文化財

中期 前~後

1290

53 環状集落 100 24

14

1

3

4

土棒1

16

津南町 33 道尻手

中期 前~後

8430

47 環状集落 130 143 216

3

1

13

3

接合個体あり、後期含む 128

津南町 31 上野スサキ

中期

1

1

津南町 30 北林C

中期

630

4

粘土紐輪積み大型中空土偶

4

津南町

堂平

中期 中・後

8960

環状集落

10

29

津南町

屋敷田

中期

2

1

1

津南町

反里口

中期 前~後

1028

2

7

3

津南町

上野

中期

216

2

粘土紐輪積み大型中空土偶

津南町

堂尻

中期 前・中

355

3

1

津南町

南原

中期

45

1

津南町

釜坂

中期 中・後

1

1

土偶

三角形

土版

三角形

岩版

三角壔形

土製品

三角壔形

石製品

耳飾

ヒスイ

大珠

石棒

土偶展

示点数

1204 775

5

42

26

348

22

164

882

土偶+三角形土版

1979

土偶

遺跡数

三角形土

版遺跡数

112

37

表2 新潟県の縄文時代中期土偶および関連出土遺物(2)

(6)

遺物は、土偶のほかに年代的基準となり、かつ地域性を表象する土器を配置した。また、土偶とともに

新潟県の縄文時代中期を特徴づける遺物として、三角形土版、三角形岩版、土版、土製耳飾り(耳栓)、

三角壔形土製品、三角壔形石製品、ヒスイ大珠をあわせて展示した。特に三角形土版については、土偶

の一変種との理解(金子1983、小野1984、田辺1990、菅沼1998、佐藤2003)があり、新潟県における縄

文時代中期の土偶を説明するうえで欠かせない遺物と判断した。

 各遺物の集成は、

『新潟県の考古学』(新潟県考古学会編1999)と『新潟県史』資料編1原始・古代(新

潟県編1983)をもとに、その後に報告された事例や各地の教育委員会等への照会事実を加えた。

 土偶研究は日本の近代考古学史に相当すると評価できるが、新潟県の土偶についても、すでに大正か

ら昭和のはじめにかけて注意が向けられている。『日本原始工藝概説』所収の「日本石器時代土偶概説」

(甲野1928)では、すでに中部地方に特徴的な土偶として、写実的形式の長者ヶ原遺跡出土土偶(東京

国立博物館所蔵)が提示されている。土偶研究への寄与では、長岡市栃倉遺跡の発掘調査がひとつの画

期となったと考えられる。住居址における土偶の特異な出土状況の報告とともに、土偶の年代や地域性

への言及がある(寺村1961)。また所謂河太郎形をこの地域特有の縄文中期土偶と認識した五泉市大蔵

遺跡の報告(上原1964)は、河童形土偶を新潟県の縄文時代中期を特徴づける遺物に位置づけた業績で

ある。その後、河童形土偶には、新潟県を含む広範囲にひろがりをみせる縄文中期の土偶と理解された

(小林1983)。なお、新潟県の縄文時代中期を特徴づける土偶には中実の河童形土偶とともに、中空土偶

の存在が古くから知られている(江坂1962、本間1984、阿部1998、津南町教育委員会編2011)。

 新潟県の土偶研究は、国立歴史民俗博物館のプロジェクト「土偶とその情報」を起点として大きく進

展した(駒形1992、石川1992、駒形1998、石川1998、石川1999、佐藤2003、石川2004)。

 今回の集成について、展示終了後に遺漏をチェックした結果、新潟県における縄文時代中期の土偶出

土遺跡は112遺跡1204点を集計した(表1・2)。表面採集資料を含んでおり、発掘調査した遺跡であっ

ても、遺跡の一部にとどまるものも多いが、現状で把握できる縄文時代中期の土偶の最低存在数といえ

る。また土偶との関連する三角形土版は37遺跡の総計で775点を数え、土偶と三角形土版の合算では1979

点となった。

 新潟県考古学会の開催した『シンポジウム新潟県の縄文集落-中期前葉から中期を中心に-』

(実行委

員会編2003)によると、新潟県の縄文時代中期における周知の遺跡は1318箇所あり、その1割強の108箇

所が主要遺跡として示されている。土偶の出土が確認できた遺跡数は、新潟県の縄文時代中期における

周知の遺跡の1割弱に相当する。

 近年、土器付着物をサンプルとした放射性炭素年代測定が多く実施され、縄文時代中期は約1000年と

見積もられている(小林2008)。新潟県の縄文時代中期では、火炎土器様式の年代が5300年前から4800年

前までの約500年間を見込まれている(吉田・西田2009)。この年数を適用すれば、新潟県の縄文時代中

期1000年間で1204点の土偶が生産され消費されたことになる。粗雑な議論であるが、縄文時代中期1000

年の間に平均して、1204点の土偶が生産され消費されたとすると、新潟県全域で年1.2個の勘定になる。

縄文時代中期の周知の遺跡数と土偶出土遺跡数の対比から10倍の実態を見込んでも年12個に過ぎない。

あるいは火炎土器様式にしか土偶が伴わないと仮定しても、500年間で1204点、年2.4個、10倍の実態を

見込んで24個に過ぎない。展示図録中で示したように各遺跡の土偶出土点数には大きなひらきがある。

出土点数が100点を超える津南町道尻手遺跡や三条市吉野屋遺跡でも、縄文時代中期を通じて10年に1個

(7)

の勘定であり、数点しか出土していない遺跡では100年に1個あるいは1000年に1個の勘定になる。

 実際には遺跡それぞれの形成年数は異なっており、縄文時代中期1000年間にわたって継続しているとは

限らず、より限定された年数の中で土偶は生産され消費されたと考えられる。しかし、遺物の意味を考

えるうえで、年数や数量の概算は重要な視座を提供してくれるものと思われる。事実、前述の概算から

みた土偶は稀少な道具として認識され、安定して生産され消費されたものでないことが推察される。三

角形土版、三角形岩版、土版、土製耳飾り、三角壔形土製品、三角壔形石製品、ヒスイ製大珠などは、

土偶以上に出土数が少なく、出土遺跡も限られている。

 展示では集成した遺物をすべて展示していない。新潟県の縄文時代中期の土偶は57遺跡882点の展示に

とどまる。以下に展示した土偶に基づいて、中実の河童形土偶を中心に論じる。

3 新潟県における縄文時代中期の河童形土偶

(1)型式分類における成形型と表現型

 新潟県における縄文時代中期の土偶について、展示図録と展示パネルに考え方を記した(寺崎・宮尾

2011)。その中で中実の河童形土偶について、長山タイプ、棚畑タイプ、西ノ前タイプとともに、新潟県

の河童形土偶として吉野屋タイプを設定した。

 吉野屋タイプの特色は、キノコ状の頭にデフォルメされた抽象的な顔面表現と明確な脚足部をもたな

い板状胴体に集約される。それは外形的な特徴として、表層の仕上げによって表象される。外形的な特

徴は、見る者の感性に大きく依存しており、主観的な判断とならざるを得ない。事実、土偶の抽象的な

顔面表現にはデフォルメの強弱があり、見方次第で写実的な顔面表現とみなせるものもある。また胴体

もふくらみの強弱や加工の仕方の違いによって、ヒト形らしさが異なってくる。

 ところで中実土偶の造形の多くは、表層の仕上げ以前に分割製作法(小野1984)と説明される内部構

造を組み立てる工程があり、二段構えの製作モデルで理解できる。分割塊製作法は、山梨県釈迦堂遺跡

(山梨県教育委員会編1986)や富山県長山遺跡(八尾市教育委員会編1985)で個別具体的資料である土

偶の破片の破断面や剝落面の肉眼観察で確認され、土偶の型式あるいは年代や地域によって粘土塊の構

成が異なることが指摘された。また壊れやすくする工夫(小野1984)と評価され、土偶の毀れ方を予め

制約するチョコレート分割の原理(小林1977)と主張されている。このような分割塊製作法の毀れ方と

関連する評価とは別に、分割塊製作法は粘土塊それぞれの形状と構成によって、土偶の躯体を規定する

内部構造となっており、前述のとおり土偶の型式を定め、年代地域の差を探る手がかりとして有効であ

る。分割塊製作法の把握には、資料それぞれの破断面や剝落面の肉眼観察とともに、X線を利用した内部

構造の観察が有効であり(櫛原1988)、長野県棚畑遺跡の国宝土偶「縄文ビーナス」は、X線写真(CR/

CT)を用いて分割塊製作法を確認している(鵜飼2010)。河童形土偶は、分割製作法が表層の仕上げに

先立つ二段構えの製作モデルを適用できる典型的な資料群である。

 河童形土偶の造形にあたっては第一段階として、いくつかの粘土塊を組み合わせて、ヒト形としての

躯体を規定する。河童形土偶に限らず中実土偶の体形は、第一段階の分割塊製作法が決定する内部構造

化された躯体に由来する。縄文時代の土偶の変遷を考慮すれば、胴体のみで完結する発生期・出現期の

(8)

土偶(原田1997)に対して、五体満足、脚足を欠く、頭を欠くなどの多様な体躯の構想された河童形土

偶に、頭や腕、脚足に相当する粘土塊を取り付けるか否かを実施する段階である。

 次の第二段階は、躯体に粘土を巻きつけ盛りつけ、工具を押しつけ引きつけてヒト形の表象を定める。

つまり、身体を表象する各部位の表現や文様は、製作の第二段階にいたって外装され、土偶ははじめて

ヒト形の実体を顕在化させる。第二段階の工程にいたって、各部位の表現や文様は整い、同時に個々の

土偶に、それぞれ異なる強烈な個性を与えることになる。

 今回の展示に供した新潟県の河童形土偶について、破断面や剝落面の肉眼観察ととともに、十日町市

博物館より提供を受けたX線写真(CR)を参考に、分割塊製作法に由来する粘土塊構成の違いを整理し

た(図2)。土偶には残欠が多いので、部分部分の破断面や剥離面で観察した粘土塊の構成を全体に適

用できないものがあり、逆に全体が残っているほぼ完形品では、X線による内部構造の観察で粘土塊の

構成を読み取れないものもある。それゆえに成形型の型式分類は、蓋然性の低い性質をあわせもつが、

二段構えの製作モデルの第一段階にあたり、粘土塊が内部構造化して規定した躯体の分類にほかならな

い。すなわち粘土塊構成の違いによって変化する躯体の異同を成形型として型式分類したものなのであ

る。展示図録に提案した吉野屋タイプ、長山タイプ、棚畑タイプ、西ノ前タイプは、この第一段階にお

ける成形型を意味している。成形型に対して第二段階の表層の仕上げによって、外形的な特徴として身

体を表象する各部位の表現や文様を顕在化させた実体は、表現型として分類されることになる。

 考古学的証拠としての土偶は、二段階の工程を経た実体であり、躯体の特徴は外形的な特徴の中に埋

没している。そのために製作工程の違いに由来する属性を仕分けることは容易ではない。その結果、成

形型と表現型の区別が曖昧にみえると指摘されるかもしれない。

 実際に表現型として分類できる外形的な特徴の中には、躯体を規定する粘土塊構成の違いを直接に反

映しているものがあり、それは表現型の分類であると同時に成形型の分類でもある。新潟県の土偶でい

えば、後述する脚足に関わる外形的な特徴がそれにあたる。躯体を規定する粘土塊の構成に制約される

面と表層の仕上げが反映する面とがあり、前者は成形型の分類となり、後者は表現型の分類となる。

 吉野屋タイプは、長山タイプや棚畑タイプあるいは西ノ前タイプと脚部に関わる粘土分割塊の扱いで

大きく異なる成形型として認識した。長山タイプや棚畑タイプあるいは西ノ前タイプは、二つの粘土塊

によって、独立した二脚をもつ体躯を構造化している。表現型としては「二脚表現」の土偶となる。長

山タイプ、棚畑タイプ、西ノ前タイプの三者は、それぞれの上体を構成する粘土塊の違いによって分類

される。

 対して吉野屋タイプは独立した二脚に相当する粘土塊がなく、表現型として「脚部表現なし」の土偶

となる。躯体は三つの粘土塊で構成され、左右両腕をひとつの粘土塊で構造化する点と、板状の粘土塊

ひとつが胴体をほぼ占める点を特色とする。なお表現型として「脚部表現なし」の土偶と呼ぶが、それ

らが脚足を意識していない造形とは断言できない。「脚部表現なし」の土偶の側面観には、足先状の加工

のバリエーション(図3)がある。

 新潟県の河童形土偶には、長山タイプ、棚畑タイプ、西ノ前タイプ、吉野屋タイプと認識した成形型

のほかに個性的な成形型がある。躯体上半を構造化する粘土塊が、長山タイプ、棚畑タイプ、西ノ前タ

イプ、吉野屋タイプの構成と共通しながら、躯体下半の粘土塊構成の異なる一群である。躯体脚部に相

当する部分をひとつの粘土塊が構造化し、表現型としては「脚部一体表現」の土偶と評価できる。二段

(9)

腹部文様が類似する土偶

棚畑タイプ

長山タイプ

吉野屋タイプ

頭部なし

頭部・腕部なし

脚部表現なし

脚部一体表現

脚部二脚表現

図 2 新潟県出土の河童形土偶にみられる分割塊製作法における粘土塊構成と成形型

西ノ

タイプ

板状土偶

立像土偶

河童形土偶

図2 新潟県出土の河童形土偶にみられる分割塊製作法における粘土塊構成と成形型

(10)

構えの製作モデルに照らしてみると、第一段階ではひとつの粘土塊が躯体下半を占めるに過ぎないが、

第二段階の表層の仕上げで二脚表現が顕在化する(図3)。その一方で、第二段階の表層の仕上げによっ

ては一脚あるいは胴体の一部を占める台状の表現にとどまり、脚がないようにも見えるのである(図3)。

 このような成形型を擁する土偶の表現型は、展示図録で「腹部文様が類似する土偶」として、新潟県の

遺跡のほかに日本海沿岸に男鹿半島から能登半島までの類例を提示した一群の表現型の土偶でもある。

頭部から腕部にかかる上半身を欠いているものが多く、躯体上半のなかでも両腕を構造化する粘土塊を

判別できないでいる。ただし、成形型の型式分類としてみれば、この一群は長山タイプ、棚畑タイプ、

西ノ前タイプ、吉野屋タイプのいずれかとの折衷とみなせる。

 新潟市大沢遺跡出土土偶(新潟大学旭町学術資料展示館所蔵)は、表現型としてみれば「脚部一体表

現」の土偶で、ひとつの粘土塊で脚を構造化する成形型で、胴体は長山タイプの成形型と共通する。頭

や両腕を構造化する粘土塊を判別できないが、長山タイプ折衷といえる。

 長岡市山下遺跡出土の土偶(長岡市教育委員会所蔵)は胴体末端の破断面を観察すると、ひとつの粘

土塊が二本の芯棒でつながれていたと判別できる。上体は吉野屋タイプの成形型と考えられるので、吉

野屋タイプ折衷といえよう。

 なお、分割塊製作法の粘土塊構成による型式分類では、頭を構造化する粘土塊が省略されることで、

首なし土偶が派生する可能性を指摘できる。新潟県の縄文中期では、首なし土偶は吉野屋タイプの成形

型を省略したものと評価できる。また長岡市馬高遺跡と岩野原遺跡、村上市春木山遺跡で出土している

土版は、頭と両腕を構造化する粘土塊が省略されて派生した可能性がある。

 以上のような成形型としての吉野屋タイプは、新潟県の河童形土偶の分類(駒形1992、石川1992、駒

形1998、石川1998、石川1999、石川2004)として示される板状胴体のAタイプと、腹のふくらむBタイプ

の一部を包括する。また「新潟県における土偶研究の視点」(佐藤2003)で提示された1群土偶の細分

類を横断する。このような違いは、分類の基準が異なるので当然の帰結といえる。二段構えの製作モデ

ルを用意しない中で、土偶の分類は従来、表現型に傾斜しているように思われる。折衷形やそれ以外の

ものも多い(石川2004)と評される新潟県の土偶を理解するうえで、成形型の型式分類は個性が著しい

個々の土偶を統合して理解することに役立つと考える。それは土偶の外形的な特徴である身体表現の各

部位や文様を基準とする表現型の分類を否定するものではない。むしろ土偶の年代的変遷や地域的特色

を明らかにするうえで、二段構えの製作モデルを用意し、成形型と表現型の型式分類は一体で運用され

るべきことを提案したい。

(2)表現型に多様性をもたらす加工

 粘土塊の構成が躯体を規定する成形型に対して、表層の仕上げは加減次第で多様な表現を生み出す。

前述した「脚部一体表現」の土偶に表現された二脚は、胴体と一連でありながら、加工の仕方でいくつ

かの表現型を生み出す(図3)。また「脚部表現なし」の土偶には、胴体の末端に加工された足先状の肥

厚にいくつかの表現型がある(図3)。

 河童形土偶は、発生期・出現期の土偶に対して、頭と顔面、そして四肢の造形を特色とする。吉野屋タ

イプの表現型では、頭の形態と顔面表現に大きな特徴的である。これらは二段構えの製作モデルの中で

(11)

なし

土偶の顔面表現と加工の異同

写実的表現

貼付加工

貼付加工

直接加工

直接加工

正面観

側面観

正面観

側面観

抽象的表現

脚部一体表現の土偶にみられる脚の加工

沈線

刺突

貫通孔

脚部表現なしの土偶にみられる足先状の加工

前方突出

後方突出

前後突出

平板

図3 新潟県出土の河童形土偶にみられる各部位の加工による変化と表現型の多様性

図3 新潟県出土の河童形土偶にみられる各部位の加工による変化と表現型の多様性

(12)

第二段階にあたる表層の仕上げに由来する外形的な特徴である。躯体に貼り付けられる粘土の多寡や、

工具の扱い方によって、身体各部位や文様には大小や強弱が生まれる。見方によってヒト形の表象は写

実的とも抽象的とも評価できることになる。

 平坦な頭頂面を対して、顔面を与える部分を広く確保すれば人面として写実的に見え、狭くすればキ

ノコ状の寸詰まりで怪異なものとなって抽象度を増す。また目、鼻孔、口に相当する刺突や眉鼻に相当

する隆起などの要素を備えれば、より人面に見える写実的な顔面表現となるが、目鼻口の一部が欠落す

れば、デフォルメされ怪異な表情を見せる抽象的な顔面表現になる(図3)。

 このような顔面表現はさらに頭の造形に対して、直接加工するものと顔面を造形する粘土を貼付加工

するものとに分かれる(図3)。直接加工される顔面と貼付加工される顔面とは、正面観に大きな違いを

生じないが、側面観が異なることになる点が注意される。貼付成形された顔面の一部は、仮面土偶とも

評価されるが、顔面表現に伴う加工の違いと理解すれば、表現型における顔面表現の強度の違いに過ぎ

ない。その一方で、このような表現型の加工方法の選択は、土偶の外形的な特徴に異同を生み、土偶そ

れぞれの個性に寄与している。

 結果、似て非なる異にして類する顔面のバラエティーが生まれることになる。これに目鼻口の表現の

有無、数の違い、あるいは造形の加減で土偶に与えられた個性は、土偶に要求される役割に応じた工夫

であり、個々の土偶それぞれが唯一の表現型のごとき多様性を生み出すことになる。加えて耳朶を造形

し、貫通孔の伴っているものや、平坦な頭頂面は凹凸の強弱とともに不特定数の貫通孔や盲孔があって、

表現型に多様性をもたらしている。

 なお、吉野屋タイプの表現型としては、直接加工の抽象的な顔面表現が卓越している。展示図録では、

これまでの研究(駒形1992、石川1992、駒形・石川1996、駒形1998、石川1998、石川1999、佐藤2003、

石川2004)で提案された土偶の編年に検討を加えて、新潟県の中期縄文土器編年と対照した土偶の編年

を提示した。貼付加工された抽象的表現の顔面をもつ土偶は、阿賀野市ツベタ遺跡424号土坑出土の右乳

房と背面を一部欠いたほぼ完形に復元された土偶(写真3)のように、直接加工された抽象的な表現の

顔面をもつ土偶に比して、相対的に新しい年代に位置する可能性がある。また貼付成形された写実的表

現の顔面をもつ土偶も同様の傾向がありそうである。

(3)二脚表現の土偶にみられる左右非対称性

 長山タイプや棚畑タイプ、あるいは西ノ前タイプを典型とする独立した二脚をもつ河童形土偶は、新

潟県では少数派である。中部高地の土偶の型式学的研究による編年(今福1998、今福2000)を参照する

と、中期の独立した二脚をもつ立像土偶は、同地域の前期板状土偶からの型式変化と理解できる。棚畑

タイプを典型とするような二脚の造形された土偶は、脚をもたない板状土偶が二脚を獲得した過程とも

いえる。

 ところで、このような独立した二脚の造形された土偶は左右非対称である。ほとんど例外なく、右脚

に比して、左脚が長く大きい。また上からみた断面では、右脚が前方に左脚が後方に位置している。そ

の正面観は歩いているようにみえ、土偶を周回させると動きを示すことになる(図4)。一般的にこのよ

うな縄文時代中期の土偶は、立像土偶と評価されているが、土偶に取り付けられた左右非対称という特

(13)

図 4 二脚表現の土偶にみられる左右非対称性が示す動作

正面観

上から見た断面

背面観

上から見た断面

アニメ 6 人の会編著 2010「歩きの正面図と上から見た断面図」

『改訂新版アニメーションの本』合同出版社より引用

左側面観

右側面観

上から見た断面

上から見た断面

1

2

3

4

図4 二脚表現の土偶にみられる左右非対称性が示す動作

(14)

徴から、その二脚は動作を表現した造形と解釈すべきものと考える。中部高地では、続く土偶型式の中

にポーズ土偶がある。左右非対称の二脚が動作を表現した造形と解釈すれば、立像土偶はポーズ土偶の

ひとつとみなせる。

 新潟県の土偶では、成形型からみて棚畑タイプに分類できる上越市長峰遺跡出土の小形土偶に、動作

表現の典型をみる(写真2)。土偶は周回させることで、アニメーション効果をもって、歩いているよう

にみえる。また新潟県の土偶を象徴する吉野屋タイプの土偶は独立した二脚をもたないが、上半身に注

目すると、頭部が左右どちらかに傾いていたり、腕部が左右で長さや傾きが異なっていたり、左右非対

称にあえて造形されているようにみえる(写真3)。躯体を規定する成形型は二脚を意図しない粘土塊で

構成されているが、独立した二脚を表現する土偶同様に、動作を意識したことが憶測される。動作表現

を意図して五体整った土偶が生まれたとすれば、それらを表現しない土偶にも、同様に動作を意識した

造形の意図が込められている可能性が高いと云えよう。

 このような左右非対称の造形によって動作を表現する工夫は、土偶単体では必ずしも成り立たない。

土偶の取り扱いと関わって、はじめて動きを示すことになる。取り扱いには、本体のサイズなどの土偶

の諸属性が密接に関わる。新潟県の土偶では、最大30㎝強から最小3㎝弱までのバラエティーがあり、

胴体が手に収まるほどのものが多い。独立した二脚を造形しない背景には、握りしめるという土偶の取

り扱いが関わっているのかもしれない。

 また河童形土偶の取り扱いに関わって、頭部あるいは腕部に施された貫通孔や盲孔の存在が注意され

てきた。板状土偶から立像土偶への移行過程で、孔の存在比率が低下する傾向から「吊るされた土偶が

地上に降ろされた」とみる意見がある(小林1983)。一方で貫通孔の有無のような造形の細工によらず、

縛る、包むなどの手段で、土偶を吊すような扱いは可能であり、それが実態であった蓋然性が指摘され

ている(渡辺1998)。新潟県の土偶では、頭部の平坦な頭頂部の縁辺や耳朶、そして腕部に貫通孔や盲孔

がみられる個体がほぼ半数程度を占めるが、数や位置、方向などに規則性はない。同時に孔に磨耗など

使用痕跡もみられない。また土偶の変遷にしたがって孔の数が増減するわけでもなさそうである。土偶

の取り扱いに関わる細工とみるより、身体表現に関わる加工の一要素であり、表現型の多様性を生み出

していると考えた方が妥当に思われる。

(4)土偶の役割と性徴表現

 ヒト形土製品たる土偶では、ヒトと同様に男女の性差が表現型に反映している。学史的には日本石器

時代人種や風俗の論証に土偶が用いられる過程で性差は注目され、次いで原始宗教ないし信仰や呪術の

対象物として土偶の性差に目が向けられた。現在では一般に女性ないし妊婦をモデルとした神像とみな

されることが多い。

 民族誌的情報を援用した土偶研究では、性徴表現に注目しつつ、縄文土偶を女性神像、母性女神像、

産の女神像と解釈している(渡辺1998)。土偶の造形的な特徴として、怪異性の高い顔や四肢の表現とと

ともに、性器表現が忌避されながら、乳房表現や下腹部膨隆などの形態的特徴が高い頻度で現れること

が示され、土俗考古学的な検討の結果、縄文人の一種の家神であって私的儀礼に関わる可能性を指摘し

ている。同時に土偶を道具期と遺物期とに分けたタフォノミーモデルを示し、故意破損や散布祭祀につ

(15)

安田町教育委員会編

(川上貞雄)1984『ツベタ遺跡』

安田町文化財調査報告第 10 集

安田町教育委員会より引用

写真3 阿賀野市ツベタ遺跡 426 号土坑出土土偶

写真 2 上越市長峰遺跡出土土偶(上越市教育委員会所蔵・上越市指定文化財)

写真3 阿賀野市ツベタ遺跡426号土坑出土土偶

写真2 上越市長峰遺跡出土土偶(上越市教育委員会所蔵・上越市指定文化財)

(16)

いて、手厳しく批判している。

 一方、土偶を女性ないし妊婦と結びつけることに否定的立場がある(小林1997)。土偶を女性とみなす

根拠が乳房とふくらんだ腹のみであり、土偶はむしろヒト形の表現を抑制していて、縄文人の世界観の

中で意識された性差を超えた精霊(スピリット)にカタチを与えたものと評価する。そして土偶は、縄

文人の呪術儀礼行為を通じて積極的に毀したものと解釈し、土偶の分割塊製作法をチョコレート分割の

原理(1977)と呼んで予め毀す部位で接合しているとみる。

 翻って新潟県の土偶をみると、吉野屋タイプの表現型に典型をみるように、デフォルメされた怪異性

の高い顔面が目をひく。また二脚の表現をもたず、敢えてヒト形の表現を抑制しているようである。女

性ないし妊婦をモデルとする根拠となる乳房表現やふくらんだ腹の表現も抑制的である。そもそも吉野

屋タイプではふくらんだ腹部をもつ胴体に対して、板状の胴体が優越する。乳房表現についてみると、

ほとんどの胴体にあるが、小さな粘土塊の貼付が目立つ。主観的印象になるが、乳房というよりは乳首

のように見えなくもない。なお、完形ないしほぼ完形の状態で発見されているデフォルメの進んだ体躯

の土偶や小形の土偶では、乳房がまったく表現されていない。ほかに正中線表現が女性ないし妊婦を示

唆するが、すべての胴体に造形されていない。また性器表現はまったく存在しない。

 以上のように乳房やふくらんだ腹を根拠とするかぎり、土偶の圧倒的多数は、女性ないし妊婦をモデ

ルとしているとみなせよう。しかし、その一方で新潟県の縄文時代中期土偶では、女性ないし妊婦の表

象の基準となっている乳房やふくらんだ腹の造形は低調のように思われる。

 土偶の役割にかかわる事項として、多くの土偶は遺物の集中する包含層もしくは住居址覆土から破片

の状態で出土している。破片と破片の接合事例は多いが、完形ないしはほぼ完形に修復されるものはほ

とんどない。土偶の破損が土器の破損の状況とほとんどかわらないという意見は古くからある(中谷

1929)。しかし、その一方で接合し、欠落部分を埋めたとしても土偶は、もとの姿を取り戻せない事実

は等閑視されているように思われ、今後、検討の余地を残している。ところで、今回の展示に供した資

料中、欠落部分を石膏で埋めた接合個体が6点あった。阿賀町北野遺跡の1点、長岡市栃倉遺跡10号住

居址出土大形土偶、馬高遺跡のミス馬高、南原遺跡の2点である。いずれも板状の体部で、その腕と胴

体、頭と胴体、胴体の上半と下半の接合で、折り割って砕けた破断面を埋めるように石膏が楔状に充填

されており注意される。同時に、これらの個体は石膏を充填してもなお、頭や腕、下半身が欠落してい

る。展示図録では、故意に壊した証拠がないと記載したが、これらの資料は、土偶を毀した証拠となる

かもしれない。これらの土偶の欠損部位を分割塊製作法と関連づけてみると、粘土塊の単位で壊れてい

るものが存在する一方、脆弱な五体のつけ根で壊れているものが多く、また粘土塊が砕けているものが

ある。新潟県の土偶についてチョコレート分割の原理を論証することは困難に思える。

 土偶の特異な出土事例として、長岡市栃倉遺跡1号住居址のピット内に埋設された頭と腕を欠いた土

偶、床面の石と盛り土の上にそれぞれ安置された頭と下半身の欠いた土偶の3点(栃尾市教育委員会編

1961)、糸魚川市長者ヶ原遺跡で石の上に安置されていたと伝えられる顔面と両足先を欠いた土偶(東京

国立博物館所蔵)、阿賀野市ツベタ遺跡424号土坑の底面の石の上に安置された右乳房と背面を一部欠い

て完形にほぼ復元された土偶(写真3)がある。これらはタフォノミー的検討を踏まえても、遺棄と評

価してよいであろう。土偶自体に注目すると、いずれも無傷ではない点が注意される。

 栃倉遺跡1号住居址の3点は毀れた土偶の残欠にあたるが、壊れていたと認識されていない可能性が

(17)

ある。これらの土偶は、もともと脚部表現のない土偶であり、下半身を欠いたとしても形態的にはもと

もとの造形と類似する。また栃倉遺跡には首なしの板状土偶があり、頭を欠いても道具としての土偶の

役割を喪失していないとも考えられる。事実、3点それぞれの破断面には顕著な磨耗が認められ、出土

した残欠の状態で長く取り扱われていたことが推察される。ところで3点の欠損部位について、土偶の

分割塊製作法との関わりをみると、粘土の分割塊の単位ではなく、左右それぞれの腕や頭という身体部

位と胴体の中央で壊れており、相関性は認められない。

 以上のように、新潟県の縄文時代中期土偶にみられる特徴は、縄文人の一種の家神としての女神母性

神像ないし女性産の神像という解釈と、縄文人の世界観の中でカタチを与えられた性差を超えた精霊と

いう解釈の双方を肯定している。その反面、呪術儀礼行為の過程で土偶が毀されたことを推察できる証

拠を伴っている。また土偶の頭や腕などが壊れても、土偶の道具期は終わらず、頭や腕などを欠いた状

態で取り扱われている局面が想定される。

4 新潟県における縄文時代中期土偶の出土数量

 「にいがたの土偶」で展示した土偶について部位別に、各遺跡出土の点数と重量を集計し、具体的証拠

としたい。これらの土偶には、接合して接着されているもの、石膏で補修されているものが含まれてい

る。集計では接合して接着しているものや石膏で補修されているものは、それぞれを1点と数え、重量

を計った。ただし、接合の集計では、事例数と接合破片数を把握した。加えて新潟県における縄文時代

中期の河童形土偶の特徴が反映した遺跡それぞれの集計として、顔面表現、脚部表現、性徴表現につい

ても整理した。その結果は、以下のとおりである。

 各遺跡出土点数と重量(図5)

遺跡別各部位出土点数と重量(図6~17)

 各遺跡の胴体上下部位の割合(図18~19)

各遺跡の胴体左右部位の割合(図20~21)

 部位別各遺跡の接合事例(図22~29)

各遺跡の脚部の違い(図30)

 各遺跡の顔面表現の加工(図31)

各遺跡の脚部一体表現の加工(図32)

 各遺跡の脚部表現なしの加工(図33)

各遺跡の腹部表現の違い(図34)

 各遺跡の乳房表現の有無(図35)

各遺跡の正中線表現の有無(図36)

 これらの集計結果は、印象として語られる土偶には完形品や完形に修復できる接合品が少なく、大多数

が身体を表現した各部位の破片として出土していることを如実に示している。その一方で、必ずしも五

体の各部位を結合する脆弱な部分で壊れておらず、胴体に頭、胴体に腕、胴体に頭と腕、胴体に脚足、

胴体に腕と脚足など多彩な残欠の状態を示している。

 遺跡それぞれでみると、数点しか発見されていない遺跡では、身体を表現した部位の一部のみの場合

もあるが、数十点をこえると、頭や腕、脚足、そして胴体それぞれに壊れている破片の中で、頭の残欠

は目立っているように思えるが、胴体のみ、胴体に腕、脚足を残す破片と比較するとほぼ同等であり、

身体を表現した部位の一部が突出して多いわけではない。

 それらの身体を表現した各部位の破片について、胴体を中核にヒト形としての上下左右に区別してみ

ると、上下左右に壊れた破片に比して、胴体の全容を留める破片が多い。また上下左右に壊れている破

片のいずれかに数量は偏っていない。遺跡それぞれでみても、多くでは同様の傾向を示す。数量の少な

図 4 二脚表現の土偶にみられる左右非対称性が示す動作正面観上から見た断面 背面観 上から見た断面アニメ 6 人の会編著 2010「歩きの正面図と上から見た断面図」 『改訂新版アニメーションの本』合同出版社より引用左側面観右側面観上から見た断面上から見た断面1234図4 二脚表現の土偶にみられる左右非対称性が示す動作
図 5 部位別各遺跡出土点数と重量前田遺跡樋渡遺跡高平遺跡春木山遺跡石田遺跡大沢遺跡大蔵遺跡ツベタ遺跡横峯B遺跡村杉遺跡萩野遺跡大坂上道遺跡狐窪遺跡屋敷島遺跡キンカ杉遺跡北野遺跡長野遺跡吉野屋遺跡耳取遺跡栃倉遺跡仲崎遺跡中道遺跡山下遺跡外新田遺跡岩野原遺跡南原遺跡馬高遺跡清水上遺跡五丁歩遺跡北林C遺跡上野スサキ遺跡沖ノ原遺跡道尻手遺跡笹山遺跡幅上遺跡大井久保遺跡カウカ平A遺跡下梨子遺跡横割遺跡 南雲遺跡 ぼんのう遺跡 小坂遺跡 野首遺跡 上ノ山開墾地遺跡 剣野B遺跡 十三仏塚遺跡 岩野遺跡 長峰遺跡 和泉A
図 6 遺跡別各部位出土点数と重量(1)完形ほぼ完形ほぼ完形に復元頭部頭部~両腕部~胴部上半頭部~両腕部~胴部上半左頭部~腕部右~胴部頭部~腕部右~胴部上半頭部~腕部左頭部~腕部左~胴部頭部~腕部左~胴部上半頭部~腕部左~胴部上半左頭部~胴部頭部~胴部~脚部右頭部~胴部上半頭部~胴部上半右腕部両腕部腕部右腕部左両腕部~胴部両腕部~胴部~脚部右両腕部~胴部~脚部左両腕部~胴部上半腕部右~胴部腕部右~胴部上半腕部右~胴部上半右腕部左~胴部腕部左~胴部~脚部腕部左~胴部上半腕部左~胴部上半左腕部左~胴部左~脚部左
図 7 遺跡別各部位出土点数と重量(2)完形ほぼ完形ほぼ完形に復元頭部頭部~両腕部~胴部上半頭部~両腕部~胴部上半左頭部~腕部右~胴部頭部~腕部右~胴部上半頭部~腕部左頭部~腕部左~胴部頭部~腕部左~胴部上半頭部~腕部左~胴部上半左頭部~胴部頭部~胴部~脚部右頭部~胴部上半頭部~胴部上半右腕部両腕部腕部右腕部左両腕部~胴部両腕部~胴部~脚部右両腕部~胴部~脚部左両腕部~胴部上半腕部右~胴部腕部右~胴部上半腕部右~胴部上半右腕部左~胴部腕部左~胴部~脚部腕部左~胴部上半腕部左~胴部上半左腕部左~胴部左~脚部左
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参照

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