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いじめ、学校安全、生徒指導の今日的課題について

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いじめ、学校安全、生徒指導の今日的課 題について

金 子 晃 之

The Present Problem of Bullying, School Safety, Student Guidance

Teruyuki K

ANEKO はじめに  今日、いじめ問題は重大事態に至るという点で、国はいじめ問題を学校安全と同列のものと して位置づけるようになってきている。筆者は、そのこと自体に異論を唱えないが、そこには 生徒指導の問題を深く介在させなければならないという大きな課題を残している。本論の目的 は、そのことを提示することにある。  戦後の日本の学校教育において、いじめが大きく取り上げられるようになったのは、1980 年代半ばである。戦後社会の文化、価値観、ライフスタイル、人間と人間とのつながり方など が大きく変化した結果、児童生徒もまた変化した。高度経済成長期終焉後の大量消費社会を経 て、子どもの世界観の中で生活感が希薄になり、生活することの意味、学ぶことの意味が現実 感を失い始めた。また、親子関係が上下の関係から対等な関係へ向かい始め、躾における価値 観も相対化したことに伴い、親たちが学校と教師を支持しなくなり始めた。子ども時代の人間 関係は、上下の関係が希薄化し、横の関係のみが主流となりつつ、子ども集団の群れ社会の規 模も縮小したことで、仲間の中で自己を表現し相手を受け入れ、個人としても集団としても成 長する体験が希薄となった。これに加えて文部科学省の教育政策は、すべての児童生徒の学力 の向上ではなく、子どもの学力の多様性を前提にした、ゆとりと個性を尊重することへ方向転 換したのである。そこで生じた大きな変化は、学校が生活する力や学ぶ力を身に付けるために、 教師を中心にして一つの集団となり、子どもが児童生徒の役割を遂行し生活するという役割関 係の変容であり、学校が様々な点で機能不全を起こし始めたことである。それが1980年代の いじめ、1990年代の学級崩壊として現れた。  本論は、まず第1に、いじめ問題が発生した1980年代半ばをメルクマールとした文部科学 省の教育政策の変化を辿ることにする。第2に、1980年代半ば以降の児童生徒の変化を詳述 する。第3に、いじめ問題の解釈を整理する。第4に、いじめ問題と学校安全とを同列のもの として扱う場合、生徒指導の問題を深く介在させて捉えていかなければならない点を提示する。 第5に、いじめを想定した生徒指導の在り方の留意点を提示する。

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1.戦後日本の教育政策の転換  戦後の学習指導要領の明確な転換は、1989年告示の「新しい学力観と生活科の導入」である。 新しい学力観とは、「自ら学ぶ意欲」であり「自己教育力」の育成であった。背景には1984年 の臨時教育審議会(臨教審)が、次の時代に向けた「個性の重視・育成」「教育の個性化」(21 世紀を展望した教育の在り方を審議した第1部会が教育の自由化を主張したことに対して、初 等中等教育改革を審議した第3部会が反対した結果の折衷案)、生涯学習社会への移行、国際 化社会・情報化社会への対応、ゆとり教育を打ち出したことにある。こうした背景から、学力 観は、知識の量や正答率の高さではなく、一人一人にあった学びのスタイルを育てることになっ たのである。  系統性を重視した1958年告示の学習指導要領、教育内容の現代化を図った1968年告示の学 習指導要領が、教育内容を詰め込み多くの弊害をもたらしたのに対して、1977年告示の学習 指導要領は、「ゆとりと調和のとれた人間形成」を標榜し、中学校で教育内容全体の11パーセ ントを削減し、高校では習熟度別の学級編成を行い、人間性豊かな児童生徒を育てること、ゆ とりある充実した学校生活が送れるようにすること、集団的活動や勤労体験等を重視した。こ の1977年告示のものは、従来とは異なる大きな変化であったが、国民として必要とされる基 礎的・基本的な学力内容の習得を重視した点は、それまでの路線を踏襲していた。  しかし1989年告示のものは、児童生徒の全体の学力を一律に底上げしていくのではなく、 学力格差を前提にした学力観であった。1980年代は公立高校の学校群制度導入や偏差値教育 の結果として、学力が上層の児童生徒が私学に流れ、中下層の児童生徒が公立に流れるという 傾向が始まり、生徒の学ぶ意欲と共に生活意欲も低下するという傾向が強く現れ始めていた。 ここにおいて、従来の一律な基準での評価が困難になったのである。これは、すべての児童生 徒の学力を一律に底上げしつつ人間形成を図るという意味での「規律訓練装置としての学校」 の機能変化を表わしている。学ぶこと、生活すること、学校の在り方についての価値が相対化 されたのである。このことは、次の1998年告示の学習指導要領においてさらに先鋭化する。  1998年告示の学習指導要領が標榜したのは、「生きる力」と「総合的な学習の時間」である。 背景にあったのは、さらなる経済競争のグローバル化、技術革新、情報化である。そうした市 場経済の変化は、①自ら課題を見つけて考え解決する能力を育てること、②情報の集め方や調 べ方、発表や報告の仕方、探究の方法論を身に付けること、③問題の解決に主体的に取り組む 態度を育てること、④各教科で習得した知識・技能を総合化することが求められた。これらを 体現したのが「総合的な学習の時間」である。その一方で、日本の子どもたちの学ぶ意欲、生 活する意欲の格差が進行し、学級崩壊が現れ始め、それに伴い現場の教師も疲弊していた。そ こからそうした格差に対応するために、学校完全週5日制、教育内容の3割削減という「ゆと り」が打ち出された。他にも格差への対応として、従来の一律な基準で評価するのではなく、 個に応じた学び方をすることが加えられた。それは総合的な学習の時間に顕著に現れ、教師が 教えるのではなく、生徒の意識、能力、興味、関心に従って課題を決めさせ、その課題を自主

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的に学ぶことを「指導」ではなく「支援」することが要請された。  しかしながら、この1998年告示の学習指導要領は、告示の段階から学力低下を招くという 批判にさらされ、完全実施となる2002年4月の直前の1月に『確かな学力の向上のための 2002アピール「学びのすすめ」』という学習指導要領を補足する文書が発行された。その内容は、 ①少人数授業・習熟度別指導、②理解の進んでいる子どもは発展的な学習で力をより伸ばす、 ③総合的な学習の時間などを通じ、子どもたちが学ぶ楽しさを実感できる学校づくりを進める、 ④放課後の時間などを活用した補充的な学習や朝の読書などを推奨・支援する、⑤確かな学力 の向上のための特色ある学校づくりを柱としたもので、「ゆとり」とは逆の対応を軸としていた。 こうして1998年告示の学習指導要領は、「ゆとり」と確かな学力というねじれた形でスタート をすることになったが、どちらも学力格差を前提にしていた点では共通していたといえる。  その後の2008年告示の学習指導要領は、2007年「教育再生会議」による「ゆとり教育の見 直し」や OECD による国際学力競争を反映し、「知識基盤社会」と「確かな学力」を標榜した。 「知識基盤社会」とは、新しい情報・知識・技術が政治・経済・文化を始め社会のあらゆる領 域での活動の基盤として飛躍的に重要度を増す社会を指し、「確かな学力」とは、基礎・基本 を確実に身に付け、いかに社会が変化しようと、自ら課題を見つけ、自ら学び自ら考え主体的 に判断し行動し、よりよく問題を解決する資質や能力を総合したものを指した。この告示と同 じ年の1月の中央教育審議会答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学 習指導要領等の改善について」においても、知識・技能を活用して課題を解決するために必要 な思考力・判断力・表現力と共に学習意欲が重視された。  2016年告示の学習指導要領は、「生きる力」の育成を、「社会に開かれた教育課程」の下で アクティブ・ラーニングとカリキュラム・マネジメントを通して育むことが目指される。ここ での「生きる力」とは、「知識基盤社会」で主体的に生きる人間の力と想定されており、学ぶ 意欲、生きる意欲の他、学ぶ意義の理解も含まれている。  このように日本の教育政策は、学力格差の中で、学び方と教え方と評価の仕方を変える方向 に変わろうとしているといえる。 2.1980年代半ば以降の児童生徒の変化  前節では、1980年代以降、日本の教育政策が方向を変えたことを確認した。この1980年代に、 児童生徒も大きく変化し始めた。それは児童生徒同士の付き合い方、関わり方、仲間や集団の 在り方の変化である。  1970年代半ばから日本の学校を覆った校内暴力を鎮静化するために学校が採った対応は、 厳しい校則に基づく管理教育、逸脱者に対する体罰、非行生徒を校内から一定期間締め出す校 外実習などであった。この頃は、学校の行き過ぎた管理による事故や教師の体罰による事故の 重大なケースが発生していた。管理教育を徹底した学校では、日本の学級王国にあった伝統的 な教師生徒間関係を解体する方向に向かった。ここでいう教師生徒間関係とは、児童生徒から

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の信頼を得た教師が学級の中心にいる秩序であり、別の意味では、教師の役割と児童生徒の役 割を、双方が演じながら公的空間内の距離感の中で関係を維持することである。しかし管理教 育と体罰は、教師の絶対的な支配力を示すこととなり、中学校生徒は、前者はもとより後者の 関係からも距離を置いていくこととなる。  こうした学校の変化の中に、個性の重視による価値の相対化が持ちこまれた。1984年の臨 教審は、明確な教育目標ではなく「生きる力」や「個性の重視」といった抽象性の高い概念を 教育目標として打ち出した。高度経済成長の労働力養成ではなく情報化・国際化社会の労働力 養成を想定し、学びの主体性へと教育政策の方向を変えた。これが1989年告示の学習指導要 領に影響を与えたわけである。  この個性化教育が展開した1990年代に入ると、様々な要因から学校の秩序の価値が相対化 され、従来の教師生徒間関係の共同性を弱めて行くことになった。それは、前述したように、 児童生徒が学校の秩序とそこでの役割関係を自明視しなくなり、児童生徒の内面が教師の側か ら見えなくなって行った。1990年代には、学級崩壊、心を閉ざす児童生徒、学校内の器物損 壊を前にして、小中学校の教師は児童生徒の大きな変化を感じ、児童生徒の心のサインを見逃 さないように指導の仕方を試行錯誤した。従来の教師から生徒への縦の目線の関係から、教師 が生徒と対等な目線で関係を作ることへの転換が多くの現場で図られた。  こうした従来の学校の秩序が変化していくのと同時に進行したのは、学校外でも進行した児 童生徒の変化である。1960年代の学園紛争は、戦後社会が決別しようとしたある種の伝統や 後進性に対する対抗文化であり反学校文化であった。1970年代の校内暴力は、学歴・学校歴 と偏差値による序列化に対する対抗文化であった。両者の相違点は、学園紛争が、資本主義・ 戦争・学校が人間を抑圧しているという言説であり、戦後社会の価値観ともつながっていて、 学生多数の意思を代弁したものとみなされ、教師も学生の主張を把握できていたが、校内暴力 は、生徒一般の意思を代弁したものでなく、生徒の主張を教師も把握できないでいた。また両 者の共通点は、社会の支配的な価値観に対抗するという意味で、自分たちの集団社会を形成し、 そこに独特の価値づけを行っており、集団の外である社会の在り様を批判していた点にある。 しかしこのような対抗文化は、1980年代には成り立たなくなっていく。1980年代以降の非行 グループは、対抗すべき明確な敵を持たなくなり、それゆえに集団内の人間関係も対抗すべき 敵に対する共同性を失い脆弱となり、脆弱な人間関係を維持するために内に閉ざした関係に なった。土井隆義は、昨今の少年犯罪がつながり合うネタとしての材料になっていることを指 摘する(土井2008:33‒34)。  こうした点で対抗文化は反社会性を弱めていくのである。それは思想や信条といったものが、 若者のアイデンティティ形成に意味を持たなくなることを意味する。思想・信条があれば個人 が依って立つ社会的基盤を共有することになり、それは一般的・抽象的な他人からの承認とな り、人は社会的なものと繋がり、それを羅針盤として生きることで、周囲の他人からの承認を 得なくても孤独に行動することが可能になる。しかし社会的基盤の共有がなく、一般的・抽象 的な他人からの承認もない場合は、個人の生理的感覚や内発的衝動を羅針盤とするだけとなる

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ので、常に周囲の他人からの承認を必要とし、他人への依存度が高くなり、その承認の中でな ければ、アイデンティティや自己肯定感を獲得できなくなる。  こうした点は、非行グループだけではなく一般的な人間関係にも当てはまるのである。刹那 的なアイデンティティは不安定であり、それを安定させようとすれば絶えず他人からの承認を 必要とし、他人への依存度が高い人間関係が必要になる。そしてその人間関係に摩擦が生じた り対立することを回避することが必要になる。それは、土井隆義が指摘する1990年代以降に 現れた若者たちの「優しい関係」である(土井2008:27)。  「優しい関係」は周囲の他人の言動を常に敏感に把握し、対立を避け調和を志向するが、自 分の意見を断定的に表明するのではなく、ぼやかし、詳細な気配りをし、他人と関わる際に自 分が傷つくのを回避するように微妙な距離感を保つ関係である。そしてその関係の中で自己肯 定感を獲得する。結果的には、親密な関係の範囲を狭めていく。これが1990年代からの人間 関係の主流となるとき、グループ内の他人からの視線においては敏感になるのに対して、グルー プ外からの視線に対しては鈍感になっていく(諸富2000:71)。  またグループ内では大きくエネルギーを使い、人間関係がきつくなっていく。ここからクラ スでは、小さなグループが併存し、グループ間の交流が希薄になり、グループ内の親密度が増 していく。こうした「優しい関係」を背景とし、いじめはグループ内の緊張関係のガス抜きや ケンカとして現れる。加害者と被害者が流動化し、グループを越えると可視化できなくなり、 傍観者層が消えて行くことあり、学校の人間関係がグループ内での人間関係に限定される傾向 を強くするがゆえに被害者のダメージも大きくなる(土井2008:16‒25)。 3.いじめ問題の解釈  いじめが『青少年白書』の非行カテゴリーに登場したのは、1985年である。「優しい関係」 が1990年代以降の若者の生き方の主流になったのであれば、若者の人間関係の上に現れるい じめも変化していると考えられる。  森田洋司は、「いじめとは、同一集団内の相互作用過程において優位に立つ一方が、意識的に、 あるいは集合的に他方に対して精神的・身体的苦痛をあたえることである」(森田2010:95) と定義し、加害者、被害者だけではなく、関心のある観衆(共犯者)と傍観者(無関心ゆえに いじめに異議申し立てをしないで、結果的にはいじめを助長する役割を担う)といった、中心 から外延に向けて四層構造をなしていると説いた(森田2010:131‒135)。この研究は、いじ めの複雑さといじめにおける人的構造を明確にした。  これに対して、いじめ解決の糸口をさらに明確にすべく宮下聡は、六層構造を提唱している。 それは森田の四層構造に加えて、被害者に共感する層、家庭を含めた子どもに影響を与える社 会環境の二層を想定したものである。そして、この被害者に共感する層を被害者のサポーター としながら、傍観者層を変えて行くことが提唱される(宮下2016:15‒17)。  また佐藤裕は、いじめの基本を差別として三層で捉えようとする。佐藤は、「われわれ」が

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形成される「同化」、標的とされるものが「他者化」され、「負の価値づけ」=「見下し」が行 われる一定の関係が、形成され排除が行われる状態を差別として捉える。ゆえに差別者、共犯 者、被差別者の三者から成り立つ「三者関係モデル」を唱える(佐藤2005:33‒35、66‒67)。  これは、いじめが三者関係から発生する差別であるという視点から、いじめを分析しようと するものである。しかしここでは、三者関係に入らない者を分析の対象として拾い上げること が出来なくなる。また小さな集団内では、差別者一人が負の価値づけをし、それを共犯者が共 有しないまま、差別者一人が被差別者に対して排除を行い、共犯者がどちらとも距離を取って いる状態としていじめが進行するという事態の分析には、この関係性モデルは適さないことが あると考えられる。つまり佐藤のいう差別と排除の分析枠に収まらないいじめが存在する場合 である。  というのはプロ教師の会の喜入克は、クラスが昔のように成立しておらず、クラス内の多く の、4∼5人の仲良し小グループがそれぞれに孤立して互いに関係を持たない状況と明確な共 犯者がいない事例を指摘している(喜入2007:119‒121、123)。  ここから小グループ内でいじめが起こる場合、森田の四層モデルの中の傍観者のみならず観 衆さえ現れない状況が起こりうると考えてよいだろう。また佐藤の三者関係モデルの共犯者が、 小グループ化することで、時には存在しないまま排除の攻撃が継続することを示唆している。  いじめを関係性によって把握しようとする研究に対して藤田英典は、いじめの形態分類を行 い、タイプの違いを考慮しないといじめの実態を適切に把握することが出来ないとする。藤田 の分類は4つからなる。 ①集団内のモラルが混乱・低下した状況下(アノミー的状況)で起こるもので、モラル・パニッ クと集団ヒステリー的状況があり、可視的であるにもかかわらず誰もそれを抑止することが 出来ない1980年代に多く見られたタイプであり、学校・クラスのモラルの回復とアノミー 性からの脱出を図ることが必要となるもの。 ②社会一般の差別規範に連接した何らかの社会的な偏見・差別に根差すもので、異質性排除の 論理で展開するタイプであり、差別規範の不当性を理解することが必要になるもの。 ③一定の持続性を持った閉じた集団の中で起こるもので、集団内の周縁に位置する人物が対象 となり、集団の規模が小さく閉鎖性が強いほどいじめが強まり、周囲からは見えにくいタイ プであり、説諭的な教育活動を図ることが必要となるもの。 ④特定の個人や集団が、何らかの接点をもつ個人に暴力や恐喝を行うもので、被害者が加害者 集団の外の人間である場合が多いタイプであり、加害者集団の疎外状態を克服することが必 要となるもの(藤田1997:211‒213)。  藤田の形態分類は、当然のことながら形態の特徴を掴みやすくしている。しかしながら、① のいじめが1980年代に多く見られたことは一般に指摘されている通りであるが、③について は2000年代以降の大きな流れとして、加害者・被害者が流動化するケースが一般に指摘され ているところであり、その点については集団内の周縁に位置する人物が対象となるわけではな い。

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 中井久雄は、いじめの過程(段階)を次のように説明している。①被害者がマークされたこ とを周囲に知らせ、被害者がいじめられるに値することが宣伝され、被害者が自分自身に欠点 があると考える「孤立化」(標的化)。②加害者に対する反撃が一切無効であることを被害者に 伝えることで、被害者が自発的な服従へ至る「無力化」。③いじめそのものが周囲には見えな くなっていき孤立化することで、加害者との人間関係が唯一残された人間関係となり、自宅の 金銭や他者のモノを窃盗して差し出すことで罪を背負い、家族、社会との絆を断ち切ることに なり、被害者は奴隷にして罪人であると感じる「透明化」。中井は、いじめを、人間の間で権 力関係を得ようとする欲求(相手の屈服、服従を得ようとする)の問題だと捉え、権力の問題 =政治学の問題でもあるとした(中井1997)。  土井隆義は、いじめの原因の変化を指摘する。土井は国立教育政策研究所の調査結果に触れ つつ、いじめの被害に遭う児童生徒が固定化されることがむしろ稀であるとしている。なぜな らばいじめの理由が、「あくまでも人間関係の重さを軽くするためのテクニックとして生まれ たもの」であり、「その明確な基準が存在しない」からである。そして「いじめの主導権」を握っ ているのは「いわば場の空気であって、生徒たちは誰もがそのコマの一つにすぎない」からで あることを指摘する(土井2008:22)。  このような理由の変化は、大きな意味を持っている。集団内の連帯や秩序や序列を維持する ために被害者がスケープゴートもしくは犠牲として排除されていくのではなく、集団内に留ま りながら、「鬱積した空気の内圧を下げるための触発剤」としての存在になるからである(土 井2008:25)。  いじめの動機・原因については、例えば権力志向の加害者は、被害者の服従を得ることが報 酬となりそれを望むであろうし、集団内での自己承認を妨害されたと解釈した者(加害者)は、 妨害した者(被害者)に対する報復という動機からいじめを行うことも考えられる。その動機 に対する対応を考えなければならない。  いじめは、より幅広く変化している。その点からすれば、今日のいじめ問題は、児童生徒の 自己肯定感や他人からの承認を必要とすることから派生している傾向がある。差別の問題は、 人間の「差異」をどのようにして許容していくかを含めている点で人間関係の問題を考える上 で本質的な考察であるが、仮に人間の「差異」を、差別する際の根拠にすることを児童生徒が コントロールできるようになったとしても、「場の空気」に強く影響される不安定な人間関係 の中で、相対的な自己肯定感や他人からの承認を得る中でのガス抜きとしていじめが発生する のであれば、我々はいじめについての見方を広げていく必要がある。 4.いじめ問題の取り扱われ方  前節では、いじめの原因がアイデンティティの問題へ変化している点を整理した。アイデン ティティの問題は、生徒指導の問題であり、学校の人間形成の問題である。このことを念頭に 置きつつ本節では、日本の教育政策の中でいじめ問題が、どのような視点で捉えられて来てい

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るのかを整理する。  まず、文部科学省のいじめ問題の沿革について整理したい。文部科学省は、継続的な「児童 生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」の中でいじめの定義を以下のように展開 してきた。これを文部科学省による平成25(2013)年「いじめの定義の変遷」から引用する。 ⑴ 昭和61(1986)年度のいじめの定義  「いじめ」とは、「①自分より弱い者に対して一方的に、②身体的・心理的な攻撃を継続的に 加え、③相手が深刻な苦痛を感じているものであって、学校としてその事実(関係児童生徒、 いじめの内容等)を確認しているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わないもの」と する。 ⑵ 平成6年度(1994)のいじめの定義  「いじめ」とは、「①自分より弱い者に対して一方的に、②身体的・心理的な攻撃を継続的に 加え、③相手が深刻な苦痛を感じているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。」 とする。なお、個々の行為がいじめに当たるか否かの判断を表面的・形式的に行うことなく、 いじめられた児童生徒の立場に立って行うこと。 ○「学校としてその事実(関係児童生徒、いじめの内容等)を確認しているもの」を削除 ○「いじめに当たるか否かの判断を表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の 立場に立って行うこと」を追加 ⑶ 平成18(2006)年度のいじめの定義  個々の行為が「いじめ」に当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめ られた児童生徒の立場に立って行うものとする。  「いじめ」とは、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を 受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。」とする。なお、起こった場所は学校の 内外を問わない。 ○「一方的に」「継続的に」「深刻な」といった文言を削除 ○「いじめられた児童生徒の立場に立って」「一定の人間関係のある者」「攻撃」等について、 注釈を追加 ⑷ 平成25(2013)年度のいじめの定義  「いじめ」とは、「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児 童生徒と一定の人的関係のある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(イ ンターネットを通じて行われるものも含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が 心身の苦痛を感じているもの。」とする。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。  「いじめ」の中には、犯罪行為として取り扱われるべきものと認められ、早期に警察に相談

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することが重要なものや、児童生徒の生命、身体又は財産に重大な被害が生じるような、直ち に警察に通報することが必要なものが含まれる。これらについては、教育的な配慮や被害者の 意向への配慮のうえで、早期に警察に相談・通報の上、警察と連携した対応を取ることが必要 である。  以上が定義の変遷である。定義は、いじめが発生する範囲と状況に言及し、被害者側の立場 から定義づけを行っているが、いじめの動機・原因、形態、段階の分類化については行ってい ない。但し本論は特にこの点を批判する意図はない。  次に文部科学省がいじめ問題を、いじめの定義以外にどのように扱ってきたかについて見て みると、近年において、いじめと学校安全とを重大事態という点で同列のものとして扱い始め ている。以下、この点を見ておきたい。  学校保健法が改正され、学校保健安全法が平成21(2009)年4月から施行された。第3条 第2項において、「国は、各学校における安全に係る取組を総合的かつ効果的に推進するため、 学校安全の推進に関する計画の策定その他所要の措置を講ずるものとする」とされた。こうし て日本の教育政策は、本格的に学校安全を展開することになった。  翌年の平成22(2010)年3月『「生きる力」を育む学校での安全教育』が発行された。  平成24(2012)年4月には『学校安全の推進に関する計画』が発行され、この年から平成 28(2016)年度までの5年間の計画で「学校安全の推進に関する計画」が推進された。それに 伴い同年8月に教育委員会に子ども安全対策支援室が設置された。その業務は、「部活動等、 教育指導中の事故」「不審者による凶悪事件」「甚大な被害をもたらした自然災害」への対応に 関する支援の他、「いじめの問題が背景にある自殺事案」への対応に関する支援を範囲とした。  翌9月には『いじめ、学校安全等に関する総合的な取組方針 ∼子どもの「命」を守るため に∼』が策定された。この取り組み方針では、標題の通り、いじめと学校安全を並列し、①い じめ問題への対応強化、②学校安全の推進、③体育活動中の安全確保という分類として括って いる。①のいじめ問題への対応強化では、出席停止制度の検証(制度の活用を図るため、制度 活用の問題点や出席停止期間中の児童生徒に対する学習支援の在り方について、教育委員会に 対する調査を行い検証する)や学校と警察の連携強化について言及しているが、生徒指導面で の対応については特に言及していない(『いじめ、学校安全等に関する総合的な取組方針』 2012:8‒9)。  さらに翌年平成25(2013)年6月の「いじめ防止対策推進法」では、「三 基本的施策・い じめの防止等に関する措置」の中で、「1 学校の設置者及び学校が講ずべき基本的施策とし て⑴道徳教育等の充実、⑵早期発見のための措置、⑶相談体制の整備、⑷インターネットを通 じて行われるいじめに対する対策の推進を定めるとともに、国及び地方公共団体が講ずべき基 本的施策として⑸いじめの防止等の対策に従事する人材の確保等、⑹調査研究の推進、⑺啓発 活動について定めること」としている。ここでは、いじめが生徒指導の問題というよりは、道 徳教育の充実、相談体制の整備、啓発活動による対応を基本としていることが窺える。

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 また同じく「三 基本的施策・いじめの防止等に関する措置」の中で、「3 個別のいじめ に対して学校が講ずべき措置として、⑴いじめの事実確認、⑵いじめを受けた児童生徒又はそ の保護者に対する支援、⑶いじめを行った児童生徒に対する指導又はその保護者に対する助言 について定めるとともに、いじめが犯罪行為として取り扱われるべきものであると認めるとき の所轄警察署との連携について定めること」としている。  さらに同じく「三 基本的施策・いじめの防止等に関する措置」の中で、「4 懲戒、出席 停止制度の適切な運用等その他いじめの防止等に関する措置を定めること」としている。ここ では前年度の出席停止制度や警察との連携と共に、懲戒の適応やいじめ加害者への指導などを 新たに規程として言及している。  そして同年の10月の『いじめの防止等のための基本的な方針』(最終改訂平成29(2017)年 3月)では、「いじめの加害児童生徒に対する成長支援の観点から、加害児童生徒が抱える問 題を解決するための具体的な対応方針を定めることも望ましい」ことが言及された(『いじめ の防止等のための基本的な方針』2013:25)。  さらに平成28(2016)年11月のいじめ防止対策協議会による『いじめ防止対策推進法の施 行状況に関する議論のとりまとめ』では、いじめ被害者へ常時付き添うこと、被害者の窮状を 加害者に伝えること、加害者に対する指導を加害者の保護者と学校が協力して行うことが言及 された(『いじめ防止対策推進法の施行状況に関する議論のとりまとめ』2016:10)。  平成29年3月の『いじめの重大事態の調査に関するガイドライン』では、被害児童生徒・ 保護者のケアについては言及しているが、加害者の指導やケアについての言及はない(『いじ めの重大事態の調査に関するガイドライン』2017:10)。  このようにいじめの重大事態の発生は、事の性格上、平成24年以降、学校安全および危機 管理の一つとして位置づけられるようになった。そして加害者への懲戒・出席停止・指導、被 害者のケアと安全確保については言及されるようになっている。しかしそこにはまだ詳細な組 み立てが描かれているわけではない。例えば、いじめが法に触れる行為となっている場合は、 被害者の保護、加害者の指導を、危機管理としてはシステム化する必要がある。また法に触れ る行為でなくても、被害者にかなりの精神的ダメージが及んだ場合、加害者が同じ学校に通学 することへの対応や、被害者への深いケアが必要となる。そうした点は、平成29年のガイド ラインにも詳細は謳われていない。平成29年のガイドラインでは、被害者の見守りサポーター について提案している。暴力・威嚇・脅迫行為については、見守りが一定の有効性を持つと考 えられるが、「優しい関係」から現れるいじめについては、思春期という年齢からしても、見 守るサポーターが就くこと、それが常に見守るということは有効性を持ちうるとは言えない。  そして何よりも生徒指導の問題として捉えるという点で課題を残している。いじめ問題は、 生徒の日常の人間関係の問題でありながらも、見えにくいうちに重大事態の発生に至ることも ある。その意味では外部の問題が学校を脅かすというよりは、児童生徒の自己肯定感やアイデ ンティティ形成という学校内部に核として内在する因子が、学校に重大事態を招く。そうした 意味で、今日の教育政策は、いじめと学校安全を並列して扱うのであれば、いじめと学校安全

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との間に、生徒指導をこれまで以上に明確に加えていく必要がある。 5.生徒指導の在り方  では最後に、生徒指導をどのように展開していけばよいのか。本節では、対象を限定し、い じめを含めた生徒指導の内実ではなく、いじめを想定した生徒指導の在り方の留意点について 考察する。  ここでは、文部科学省による「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」の 最新のものである平成27(2015)年度公表のものに依拠して考察する。なお本論の以下の表 1∼7は、公表された調査結果の内、筆者が、小学校および中学校に限定し(高等学校および 特別支援学校を省略した)、さらに国立、公立、私立の分類を合わせたものへ簡略化したもの を提示している。  平成27年のいじめの状況は、表1の通りである。この調査結果では解消しているものがほ とんどであり、学校が認知したものについては対応が効果を得ていると考えられる。 表1.いじめの現在の状況 区 分 解消しているもの ⑴ 一定の解消が図られ たが、継続支援中 ⑵ 解消に向けて取組中 ⑶ その他 ⑷ 計 件数 (件) 割合 (%) 件数 (件) 割合 (%) 件数 (件) 割合 (%) 件数 (件) 割合 (%) 件数 (件) 割合 (%) 小学校 137,027 90.3 12,202 8.0 2,227 1.5 236 0.2 151,692 100.0 中学校 51,032 85.8 6,689 11.2 1,523 2.6 258 0.4 59,502 100.0  いじめの発見のきっかけは、表2の通りである。アンケート調査など学校の取組により発見 (小学校55.6%、中学校40.5%)が最も多く、本人からの訴え(小学校15.0%、中学校22.0%)、 学級担任が発見(小学校12.4%、中学校11.1%)、当該児童生徒(本人)の保護者からの訴え (10.7%、13.3%)となっている。  相談相手は、表3の通りである。学級担任(75.8%、74.4%)が最も多く、保護者や家族(26.4%、 26.8%)、養護教諭やスクールカウンセラー等の相談員を除く担任以外の教職員(5.7%、 17.7%)、友人(6.9%、10.0%)となっている。  いじめの態様は、表4の通りである。「冷やかしやからかい、悪口や脅し文句、嫌なことを 言われる」(62.2%、67.1%)が最も多く、「軽くぶつかられたり、遊ぶふりをして叩かれたり、 蹴 ら れ た り す る 」(25.6 %、16.9 %)、「 仲 間 は ず れ や 集 団 に よ る 無 視 を さ れ る 」(18.8 %、 15.3%)となっている。  いじめる児童生徒への特別な対応については、表5の通りである。保護者への報告(41.1%、 61.0%)が最も多く、いじめられた児童生徒やその保護者に対する謝罪の指導(39.3%、 50.3%)、別室指導(24.8%、29.9%)、校長、教頭が指導(7.5%、5.5%)、スクールカウンセラー 等の相談員がカウンセリングを行う(2.8%、4.4%)となっている。

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表2.いじめの発見のきっかけ 区 分 小学校 中学校 区分 小学校 中学校 件数 (件) 構成比 (%) 件数 (件) 構成比 (%) 件数 (件) 構成比 (%) 件数 (件) 構成比 (%) 学校の教職員等が発 見(A) 105,740 69.7 34,224 57.5 学校の教職員以外か らの情報により発見 (B) 45,952 30.3 25,278 42.5 ⑴学級担任が発見 18,805 12.4 6,577 11.1 ⑹本人からの訴え 22,768 15.0 13,086 22.0 ⑵学級担任以外の 教職員が発見 (養護教諭、スクー ルカウンセラー等 の相談員を除く) 1,907 1.3 3,003 5.0 ⑺ 当 該 児 童 生 徒 (本人)の保護者 からの訴え 16,192 10.7 7,941 13.3 ⑻児童生徒(本人 を除く)からの情 報 4,035 2.7 2,669 4.5 ⑶養護教諭が発見 443 0.3 415 0.7 ⑼保護者(本人の保護者を除く)か らの情報 2,486 1.6 1,279 2.1 ⑷スクールカウン セラー等の相談員 が発見 275 0.2 156 0.3 ⑽地域の住民から の情報 141 0.1 95 0.2 ⑸アンケート調査 など学校の取組に より発見 84,310 55.6 24,073 40.5 ⑾学校以外の関係機関(相談機関等 含む)からの情報 258 0.2 134 0.2 ⑿その他 (匿名による投書 など) 72 0.0 74 0.1 表3.いじめられた児童生徒の相談の状況 区 分 小学校 中学校 件数 (件) 構成比 (%) 件数 (件) 構成比 (%) 学級担任に相談 114,956 75.8 44,269 74.4 学級担任以外の教職員に相談(養護教諭、スクールカウンセラー等の相 談員を除く) 8,586 5.7 10,508 17.7 養護教諭に相談 3,973 2.6 3,436 5.8 スクールカウンセラー等の相談員に相談 2,826 1.9 2,730 4.6 学校以外の相談機関に相談(電話相談やメール等も含む) 1,038 0.7 809 1.4 保護者や家族等に相談 40,088 26.4 15,934 26.8 友人に相談 10,446 6.9 5,934 10.0 その他(地域の人など) 955 0.6 498 0.8 誰にも相談していない 10,514 6.9 3,913 6.6 認知件数 151,692 59,502 ※複数回答可とする。  いじめられた児童生徒への特別な対応については、表6の通りである。学級担任や他の教職 員等が家庭訪問を実施(12.6%、31.3%)が最も多く、「別室を提供したり、常時教職員が付く などして心身の安全を確保」(4.9%、9.2%)、スクールカウンセラー等の相談員が継続的にカ

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表4.いじめの態様 区 分 小学校 中学校 件数 (件) 構成比 (%) 件数 (件) 構成比 (%) 冷やかしやからかい、悪口や脅し文句、嫌なことを言われる。 94,353 62.2 39,952 67.1 仲間はずれ、集団による無視をされる。 28,525 18.8 9,086 15.3 軽くぶつかられたり、遊ぶふりをして叩かれたり蹴られたりする。 38,889 25.6 10,067 16.9 ひどくぶつかられたり、叩かれたり、蹴られたりする。 13,736 9.1 3,447 5.8 金品をたかられる。 2,816 1.9 894 1.5 金品を隠されたり、盗まれたり、壊されたり、捨てられたりする。 10,275 6.8 3,636 6.1 嫌なことや恥ずかしいこと、危険なことをされたり、させられたりする。 12,317 8.1 4,222 7.1 パソコンや携帯電話等で、ひぼう・中傷や嫌なことをされる。 2,075 1.4 4,644 7.8 その他 6,729 4.4 1,886 3.2 認知件数 151,692 59,502 ※複数回答可とする。 表5.いじめる児童生徒への特別な対応 区 分 小学校 中学校 件数 (件) 構成比 (%) 件数 (件) 構成比 (%) スクールカウンセラー等の相談員がカウンセリングを行う 4,229 2.8 2,596 4.4 校長、教頭が指導 11,330 7.5 3,261 5.5 別室指導 37,566 24.8 17,818 29.9 学級替え 577 0.4 275 0.5 退学・転学 懲戒退学 0 0.0 4 0.0 その他 28 0.0 28 0.0 停学 ― ― ― ― 出席停止 0 0.0 3 0.0 自宅学習・自宅謹慎 ― ― ― ― 訓告 124 0.1 388 0.7 保護者への報告 62,340 41.1 36,287 61.0 いじめられた児童生徒やその保護者に対する謝罪の指導 59,661 39.3 29,932 50.3 関係機関等との連携 警察等の刑事司法機関等との連携 216 0.1 537 0.9 児童相談所等の福祉機関等との連携 246 0.2 252 0.4 病院等の医療機関等との連携 176 0.1 117 0.2 その他の専門的な関係機関との連携 548 0.4 278 0.5 地域の人材や団体等との連携 252 0.2 119 0.2 ※複数回答可とする。 ウンセリングを行う(4.3%、9.1%)となっている。  このようにみると、加害者も被害者もカウンセリングをそれ程受けているわけではない。ま た単純に言って、いじめられた児童生徒への特別な対応が多いわけではない。  日常の取り組みについては、表7の通りである。設問は、日常でいじめ問題を扱ったもので

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表6.いじめられた児童生徒への特別な対応 区 分 小学校 中学校 件数 (件) 構成比 (%) 件数 (件) 構成比 (%) スクールカウンセラー等の相談員が継続的にカウンセリングを行う 6,457 4.3 5,439 9.1 別室を提供したり、常時教職員が付くなどして心身の安全を確保 7,398 4.9 5,449 9.2 緊急避難としての欠席 236 0.2 322 0.5 学級担任や他の教職員等が家庭訪問を実施 19,163 12.6 18,624 31.3 学級替え 772 0.5 332 0.6 当該いじめについて、教育委員会と連携して対応 4,241 2.8 3,118 5.2 児童相談所等の関係機関と連携した対応(サポートチームなども含む) 768 0.5 608 1.0 いじめの認知件数 151,692 59,502 ※複数回答可とする。 表7.学校におけるいじめの問題に対する日常の取組 区  分 小学校 中学校 学校数 (校) 構成比 (%) 学校数 (校) 構成比 (%) いじめの問題に関して、職員会議等を通じて教職員間で共通理解を図っ たり校内研修を実施したりした。 20,099 97.6 10,152 96.4 道徳や学級活動の時間にいじめにかかわる問題を取り上げ、指導を行っ た。 19,705 95.7 9,864 93.6 児童・生徒会活動を通じて、いじめの問題を考えさせたり、児童・生徒 同士の人間関係や仲間作りを促進したりした。 16,221 78.7 8,357 79.3 スクールカウンセラー、相談員、養護教諭を積極的に活用して教育相談 体制の充実を図った。 16,735 81.2 9,522 90.4 教育相談の実施について、学校以外の相談窓口の周知や広報の徹底を 図った。 14,470 70.2 7,528 71.5 学校いじめ防止基本方針をホームページに公表するなど、保護者や地域 住民に周知し、理解を得るよう努めた。 15,025 72.9 7,344 69.7 PTAなど地域の関係団体等とともに、いじめの問題について協議する 機会を設けた。 9,406 45.7 4,565 43.3 いじめの問題に対し、警察署や児童相談所など地域の関係機関と連携協 力した対応を図った。 5,511 26.8 3,471 32.9 インターネットを通じて行われるいじめの防止及び効果的な対処のため の啓発活動を実施した。 13,601 66.0 8,003 76.0 学校いじめ防止基本方針が学校の実情に即して機能しているか点検し、 必要に応じて見直しを行った。 17,217 83.6 8,370 79.4 学校いじめ防止基本方針に定めているとおり、いじめ防止等の対策のた めの組織を招集した。 16,113 78.2 8,107 76.9 ※複数回答可とする。 あるが、その中で3つの設問は、いじめに限定されない日常の生徒指導を扱った設問である。「児 童・生徒会活動を通じて、いじめの問題を考えさせたり、児童・生徒同士の人間関係や仲間作 りを促進したりした」(78.7%、79.3%)、「スクールカウンセラー、相談員、養護教諭を積極的 に活用して教育相談体制の充実を図った」(81.2%、90.4%)、「教育相談の実施について、学校 以外の相談窓口の周知や広報の徹底を図った」(70.2%、71.5%)となっている。  人間関係づくりについては約8割であり、すべての学校で行われているわけではない。教育

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相談体制の充実は8∼9割となっているが、スクールカウンセラーや養護教諭への相談自体が 多くない現状があるので、相談体制の充実には工夫が必要である。  この調査結果から言えることとして、①いじめの対応は、担任教師と家族が主に行っている。 ②被害者に対する特別な対応は、あまり行われていない。③被害者および加害者に対してスクー ルカウンセラーは、カウンセリングをそれ程行っていない。④スクールカウンセラーや養護教 諭を活用する相談体制の充実が企図されているが、両者は相談相手としてそれほど多いわけで はない。⑤いじめに限定されない人間関係づくりや仲間づくりの指導が、全ての学校において 取り組まれているわけではない。  以上のことから、いじめを想定した生徒指導の在り方の留意点は、いじめに主として対応し ている担任教師と家族を支える工夫が必要であることや、人間関係づくりの本質に向き合える 生徒指導を十分に展開することである。担任教師がクラスに一層集中できるとしたら、最も良 いのは少人数学級への移行であろう。それが出来ずに現行の学級人数を維持するのだとしたら、 教室内のグループを常に流動化させるシステムの中で児童生徒の自己肯定感の作り方を変える こと(相対的な自己肯定感ではない自己肯定感の創出)を企図していくことが必要である。い じめ問題を学校安全と並列して捉えた場合、児童生徒のアイデンティティに関わる生徒指導を 積極的に展開していくことが、今日において最も必要な課題である。 参考文献・引用文献 土井隆義(2008)『友だち地獄 「空気を読む」世代のサバイバル』筑摩書房 諸富祥彦(2000)「 自分を粗末に扱うと落ち着く 子どもたち─学校カウンセリングの見地から─」 日本教育学会『教育学研究』第67巻第1号、2000年3月 森田洋司(2010)『いじめとは何か』中公新書 宮下聡(2016)「『どこにでも起きるいじめ』と解決に向かう実践論」『教育』かもがわ出版、2016 年9月号 佐藤裕(2005)『差別論』明石書店 喜入克(2007)「7 イジメの正体とその解決法」プロ教師の会『教育大混乱』洋泉社 藤田英典(1997)『教育改革 ─共生時代の学校づくり─』岩波新書 中井久夫(1997)「いじめの政治学」『アリアドネからの糸』みすず書房 『確かな学力の向上のための2002アピール「学びのすすめ」』(2002)文部科学省 「いじめの定義の変遷」(2013)文部科学省 「学校保健安全法」(2009)文部科学省 『「生きる力」を育む学校での安全教育』(2010)文部科学省 『学校安全の推進に関する計画』(2012)文部科学省 『いじめ、学校安全等に関する総合的な取組方針 ∼子どもの「命」を守るために∼』(2012)文部 科学省 「いじめ防止対策推進法」(2013)文部科学省 『いじめの防止等のための基本的な方針』(2013)文部科学省 『いじめ防止対策推進法の施行状況に関する議論のとりまとめ』(2016)文部科学省いじめ防止対策 協議会

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『いじめの重大事態の調査に関するガイドライン』(2017)文部科学省

「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」(2015)文部科学省

参照

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