• 検索結果がありません。

農業用水の効率的利用に関する社会経済的研究―水田かんがい用水への経済的手法導入による節水効果を中心に―

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "農業用水の効率的利用に関する社会経済的研究―水田かんがい用水への経済的手法導入による節水効果を中心に―"

Copied!
105
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

農 業 用 水 の 効 率 的 利 用 に 関 す る 社 会 経 済 的 研 究 塩   野   眞   美

塩  野   眞  美

博士学位論文

農業用水の効率的利用に関する社会経済的研究

-水田かんがい用水への経済的手法導入による節水効果を中心に-

近 畿 大 学 大 学 院

農学研究科環境管理学専攻

(2)

博士学位論文

農業用水の効率的利用に関する社会経済的研究

-水田かんがい用水への経済的手法導入による節水効果を中心に-

2019年1月9日

塩  野   眞  美

近 畿 大 学 大 学 院

農学研究科環境管理学専攻

(3)

序章 課題と背景 第一節 研究の背景 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 1.研究課題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 2.これまでの農業水利をめぐる課題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 3.農業用水の効率的利用手法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3 4.経済的手法による水資源の効率的利用に関する議論の特徴と本論文の視座 ・・・・・・・4 第二節 基本的な方法論と事例地区の位置づけ ・・・・・・・・・・・・・・・・・6 1.水稲栽培用水の構成要素の違い ・・・・・・・・・・・・・・・・・6 2.分析方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・8 3.事例地区の位置づけ ・・・・・・・・・・・・・・・・・10 第三節 論文の構成 ・・・・・・・・・・・・・・・・12 第一章 農業水利の歴史的固有性-滋賀県高島市新旭町を対象に- ・・・・・・・・・・14 第一節 水利の歴史的特性の分析視角 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・14 第二節 新旭町の歴史分析 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・14 1.明治期の村と土地改良 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・15 2.大正期から第二次世界大戦期の農業水利と村仕事 ・・・・・・・・・・・・・17 3.第二次世界大戦後から1960 年代前半期の自作農主義と土地改良 ・・・・・・・19 4.1960 年代後半からほ場整備期の「むら」の調整力 ・・・・・・・・20 5.ほ場整備以降:村仕事による維持管理作業の困難化 ・・・・・・・・・22 6.1990 年代以降:環境意識の高まり ・・・・・・・・・・23 第三節 農業水利システムの歴史的特性 ・・・・・・・・・・・24 第四節 日本における農業水利の効率性 ・・・・・・・・・・・・・25 第二章 農地の集積がもたらす農村社会に埋め込まれ農業水利システムの変化 ・・・・27 第一節 「担い手へ全農地の8 割」の到達に向けて ・・・・・・・・・・・27 第二節 研究方法 ・・・・・・・・・・・27 1.調査地区の概要 ・・・・・・・・・・・・・・27 2.新旭地区における大規模経営体の展開 ・・・・・・・・・・・・・・・27 3.調査方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・30 第三節 調査結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・31 1.H 集落と F 集落の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31 2.大規模経営体の経営上の特徴 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32 3.小規模農家の経営上の特徴 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36 4.用水管理 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37 5.農業用排水管理 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37 6.小括 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38

(4)

第四節 考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・39 第三章 農業用水管理主体の節水活動の規定要因 ・・・・・・・・・・・・・・41 第一節 個人的節水活動から集団としての取り組みへ ・・・・・・・・・・・・・・41 第二節 研究方法 ・・・・・・・・・・・・・・42 1.分析の枠組み ・・・・・・・・・・・・・・42 2.まるごと対策「用水の節水」 ・・・・・・・・・・・・・・42 3.調査地区の選定と調査方法 ・・・・・・・・・・・・・・43 第三節 新旭地区:従量制で共同行動型 ・・・・・・・・・・・・・・46 1.新旭揚水機場掛のかんがいブロックと集落との関係 ・・・・・・・・・・・46 2.経済的要因:「従量制」とまるごと対策「用水の節水」活動 ・・・・・・・・・・47 3.社会的要因:土地改良区と各集落との関係 ・・・・・・・・・・49 第四節 びわこ揚水地区:「面積割」でトップダウン型 ・・・・・・・・・50 1.びわこ揚水機場掛のかんがいブロックと集落との関係 ・・・・・・・・・50 2.経済的要因:「面積割」とポンプ運転の電気料金の値上げ ・・・・・・・・51 3.社会的要因:土地改良区と各集落の関係 ・・・・・・・・53 第五節 小括:共同行動型とトップダウン型の比較 ・・・・・・・・54 第四章 利用主体の節水行動と社会の規定性 ・・・・・・・・・・・・・・・・56 第一節 日本の農業用水の課金方式と水利調整方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・56 第二節 研究方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・57 1.分析枠組み ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・57 2.調査地区と調査方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・57 第三節 新旭地区:価格と社会の側面から検討 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・58 1.F 集落の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・59 2.調査内容 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・59 3.F ブロックの水守活動 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・59 4.価格メカニズム ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・61 5.小括 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・66 第四節 びわこ揚水地区:集落の性格と用水使用量からの検討 ・・・・・・・・66 1.調査対象:第2 及び 20、22 かんがいブロック ・・・・・・・・・・67 2.MY 集落(第 2 かんがいブロック)の農業 ・・・・・・・・・・・68 3.ID 集落(第 20 かんがいブロック)の農業 ・・・・・・・・・・・70 4.NR 集落(第 22 かんがいブロック)の農業 ・・・・・・・・・・・・・・・・73 5.小括 ・・・・・・・・・・・・・・・・74 第五節 総括 ・・・・・・・・・・・・・・・・75

(5)

第五章 渇水時に見る共同管理の歴史的特性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・77 第一節 長い時間をかけた技術的知識の必要性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・77 第二節 分析の枠組みと調査方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・77 1.分析の枠組み ・・・・・・・・・・・・・・・・77 2.調査方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・77 第三節 加古土地改良区の用水利用 ・・・・・・・・・・・・・・・・・78 1.土地改良区の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・78 2.用水利用の歴史 ・・・・・・・・・・・・・・・・79 3.地区内の用水利用の変化 ・・・・・・・・・・・・・・・・80 第四節 大渇水時の行動 ・・・・・・・・・・・・・・・・85 1.日本の農業用水の用水管理システムにおける歴史的特性 ・・・・・・・・・・・・・85 2.加古土地改良区の大渇水時の行動 ・・・・・・・・・・・・・85 3.加古土地改良区管内の2005 年の水稲収穫量 ・・・・・・・・・・・・・89 第五節 小括 ・・・・・・・・・・・・・・・・89 終章 要約と結論および今後の課題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・91 第一節 要約 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・91 第二節 結論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・94 第三節 今後の課題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・95 引用・参考文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・99

(6)

1 序章 課題と背景 第一節 研究の背景 1.研究課題 水田稲作を中心とした日本の農業経営は、零細分散錯圃制という歴史的基盤のうえで営 まれている。農業経営規模の拡大を推進するためには、この零細分散錯圃制を克服しなけれ ばならない。そこで、政府は、農業の基本方針として圃場整備事業と換地による錯圃制の解 消と合わせ、「多様な担い手」1への農地集積を促進する施策2を講じている。 他方、土地(農地)に帰属するとされる水(農業用水)の観点からみると、零細分散錯圃 制は農民たちが用水の安定化、渇水時のリスク分散のために生み出してきたものである。確 かに水田作においては農業水利の近代化3によって農業用水の個別利用が進んだが、依然と して農地が分散している条件下では、用水の管理と配分には社会的秩序が必要となる。だか ら、農業水利施設は集落の共有資源として集落の全構成員による維持管理が行われてきた。 ところが、担い手へ農地を集積するということは、これまで多くの農家によって利用・管 理されてきた農業用水を、少数の大規模経営体が中心に管理する状況に変えることを意味 する。したがって、少数の農業経営体でも効率的に利用・管理する方法を検討しなければな らないが、そのためには農地集積が実際にどのようなプロセスで進んでいるのか、その実態 を捉えることが必要である。 そこで本論文では、担い手への農地集積によって、水田における農業用水の利用と管理が どのように変わりつつあるのかを解明し、それに適う農業水利の効率改善について検討し、 理論的な体系化を図ることとする。 2.これまでの農業水利をめぐる課題 農業水利の研究は、第二次世界大戦後から活発化した。それは農地改革によって自作農主 義が基本となり、それに基づく体制への変革が求められたからである。また自作農主義に基 づき、土地改良法が 1949 年に制定されたが、「農業水利制度の創出は全く手が付けられな かった」(永田ら、1982、6 頁)からでもある。 その後の農業水利研究は、水利慣行の改革を目的とした基礎的な研究を経て、大規模かん がい排水事業に伴う用水利用の再編、農業水利施設など保全管理の担い手不足問題、さらに は地域用水と農業用水との関係性の明確化など、その時代の要請を受け、多岐にわたって研 1 国が示す「多様な担い手」には、法人経営、大規模家族経営、集落営農、新規就農、企 業の農業参入などが含まれる。また「農業の担い手」には、荏開津ら(2015、226 頁)が 示す「農業経営の望ましい形態であり、かつ農業政策の主たる対象となる経営体ないし経 営者」という意味がある。本論文では、荏開津らが示す意味で使用する。 2 農林水産省は 2013 年に「農林水産業・地域の活力創造プラン」をとりまとめ、その具 体策の一つとして各府県に農地中間管理機構(農地集積バンク)を設置(2013 年)し、こ こを中心に農地の集積集約化を進めている。 3 池上(1991、71 頁)は、農業用水路のパイプライン化を農業水利の「近代化」の到達点 としている。

(7)

2 究されてきた。このような農業水利が現代ではどのような課題を抱えているのか。ここでは 農林水産省食料・農業・農村政策審議会農業農村振興整備部会報告4(以下、「報告書」)を 参考にして考察してみたい。その理由は、これが国の審議会の報告書であるため、現在の課 題を網羅していると考えられるからである。 報告書では、農業水利の課題を社会資本、制度資本、自然資本の側面から捉え5、それぞ れの課題を次のように整理している。第一に、制度資本の課題として、農村社会への変容へ の対応を挙げている。それは、農業者の高齢化と農家数の減少、大規模経営体の増加等によ って農村社会が変容し、農業用水の管理に様々な影響を及ぼしているからである。具体的に は、農業水利施設などの保全管理の担い手不足が深刻化しており、農業の担い手への負担が 増えていること、管理が不十分なところでは、末端まで用水が十分に届かない状況になって いることを指摘している。第二に、同じく制度資本の課題として、農業構造の変化への対応 を挙げている。担い手へ農地集積を促進するために、圃場の大区画化などに併せ、規模のメ リット(水管理労働の削減)を活かすための水利施設改善の必要性を指摘している。第三に、 制度資本と社会資本共通の課題として、農業用水の需要変化への対応を挙げている。それは、 新規需要米等の作付け拡大や経営規模拡大による作付け作物の変化や作付け時間の分散、 直播などの栽培技術の変化などへ対応しなければならないからである。第四に、社会資本の 課題として、農業水利施設の老朽化への対応を挙げている。具体的には、長大な農業水利施 設(ストック)の老朽化の進行に対して、どのように補修・更新等を進めていくのか、農業 水利施設のマネジメント問題を指摘している。第五に、健全な水循環と多面的機能の発揮に 向けた対応を挙げている。 以上、かつての農業水利に関する先行研究で取り上げられてきた課題と異なる点は、大規 模経営体の出現であり、その経営に適う水利の改善である。 また報告書では、これらの課題への対応方向についても言及している。それらを課題ごと に要約すると、第一の課題に対しては、土地持ち非農家を含めた関係者の話し合いのもとで、 将来的な管理体制の有り方を検討し、それをもとに管理体制の再編と省力化のための施設 4 農林水産省農村振興局整備部設計課・水資源課を事務局とする食料・農業・農村政策審 議会農業農村振興整備部会が2012 年度に「農業水利について」をテーマに検討し、取り まとめたものである。農林水産省、 www.maff.go.jp/j/council/seisaku/nousin/bukai/h24_houkoku/nougyousuiri.html (アクセス日、2018 年 8 月 4 日) 5 同報告では、農業水利について「食料の安定供給と農業・農村の多面的機能の発揮に不 可欠な国民的資産(社会共通資本)となっている」(同報告書、2013、72 頁)と位置づけ ている。その上で農業水利を「農業生産のために、水を貯留し、取水し、分水し、各圃場 に引水して利用し、河川等へ排水する一連の行為と、これを支える農業水利施設等と、 人、組織、秩序等の総体である」と定義し、その特徴は、農業水利施設や農地など生産基 盤施設等を「社会資本」、歴史をかけて確立された水利秩序や組織、管理体制など農業水 利の管理運営を支える制度を「制度資本」、農業水利の一連の行為によって作り出される 水循環や生態系保全などを「自然資本」の構成から成り立ち、これらが一体となって、食 料安定供給、農村の振興、農業の持続的な発展、多面的機能の発揮などの役割を果たすこ とにあるとしている。

(8)

3 の改良整備を提案している。第二の課題に対しては、担い手の営農を地域全体で支えていく 観点からの新たな管理体制の構築を提案している。第三は、栽培技術の変更に伴う用水への 影響に関する情報を共有し、営農形態と用水供給の調整を図ることである。また、施設の補 修や更新に併せて分水ゲートや用水管理システムの整備、調整施設の設置など施設の拡充 と農業用水の再編にまで言及している。第四の課題については、計画的な施設の更新のため に長期的な視点から事前積立による負担の平準化の取り組みや、多面的機能支払交付金を 通しての地域の共同活動による施設の保全管理の推進を提案している。第五の課題につい ては、水利施設の更新整備にあたって環境との調和に配慮するとともに、農業用水の地域用 水機能の維持増進を図るための取り組みの推進と、農業水利施設の維持管理費を軽減する 観点から小水力発電施設の整備を提案している。以上を大まかにまとめると、ソフト面では、 地域の関係者の話し合いの下、農業の担い手を支える管理体制への見直しや多面的機能支 払交付金を通した地域の共同活動の推進がポイントである。一方、ハード面では分水ゲート や用水管理システムなどの水利施設を改善し、省力化を図り、地域の用水事情によっては用 水の再編(大規模かんがい排水事業の実施)を検討するというものである。 報告書が言及した対応方向は、従来から採用されてきた方法に基づいたものである。この うち、用水の利用と管理についてのハード整備の選択は、少数の農業の担い手で対応しきれ ないところを設備などによって補うものであり、理に適っているかもしれないが、かつて水 管理労働の削減目的に農業用水路をパイプライン化した際、用水使用量が増加し、「計画用 水量の見直しを迫られる」(池上、1991、70 頁)6など、技術的合理性の追求によって新た な問題も生まれた。このことから学ぶならば、単に経済的あるいは技術的な合理性を追求す るだけでなく、社会的合理性や地域独自の合理性にも視野を広げ、どのような方法が適して いるのか総合的に検討する必要があると考える。 次に農業用水の効率改善に関するこれまでの議論について見ることとする。 3.農業用水の効率的利用手法 農業用水は、世界全体の水資源の約 70%を占めている。そのため、農業用水の効率改善 は世界的な課題として議論されてきた。 荘林(2012、179-189 頁)は、これまでに議論されてきた効率改善手法を農業環境政策の観 点から次のように整理している。 ①用水管理システムの改善や節水かんがいの導入などによる技術的な手法、②用水利用 や排水方法に制約を課す規制的手法、③何らかの価格インセンティブを利用者に与える経 済的手法」である。このうち③の経済的手法についてはさらに踏み込み、課金(プライシン グ)、水利権市場7、補助金(環境支払い)の3つに整理している。 6 池上は用水の個別利用に対し「用水利用の自由度が増すほど一般に用水の需要量も増大 する」(1991、70 頁)と指摘し、それによって計画用水量の見直しを迫られている事例が あることを言及している。 7 荘林は、プライシングの中に水市場を含めるケースがあることを踏まえつつ、あえてプ ライシングと水市場をわけて論じている。

(9)

4 この荘林の分類に加えて、本論文では④社会的手法も加えることを提案したい。この社会 的手法とは、地域が自ら形成したルールに基づいて用水を公平に配水し、利用・管理する方 法である。このような社会的手法を加える理由は、日本の農業水利は分散錯圃的な土地利用 に結び付いた構造になっており、この構造の下、社会的手法によって効率的に利用されてき た歴史を持っている。ただし、これまでの社会的手法は、零細稲作経営の農家が多数を占め る集落構造を前提としたものであり、その前提が崩れることから、何らかの改善が必要にな っているのである。 本論文では③経済的手法と④社会的手法に着目する。その理由は、長い歴史をかけて形成 された分散錯圃制を完全に解消することは困難であると考えるからである。単なる経済的 あるいは技術的手法では、たとえ大規模化が進んでも、連坦化や団地化の実現がなければ、 その実現は現実的ではない。というのは、せいぜい 30a 程度の狭い圃場一枚一枚に量水計 を設置したり、高価なICT 機器へ投資したりする必要があるためである。したがって、分 散錯圃制下の土地利用では、従来からの④社会的手法に③経済的手法を組み合わせること が妥当であると考える。というのも、すでに一部の地域で③経済的手法と④社会的手法を組 み合わせた手法が導入されており、現実的な選択肢となっているからである。 4.経済的手法による水資源の効率的利用に関する議論の特徴と本論文の視座 農業用水の効率改善を目的にした先行研究や世界水フォーラムなどの国際会議の場では、 経済的手法に関する議論が盛んに行われてきた。本項ではこの経済的手法に関して、これま での議論の特徴を捉えることとする。その上で本論文の視座を明確にする。 杉浦(2007)は、1980 年代から 2003 年の第 3 回世界水会議(世界水フォーラム)8まで の国際会議における「水の経済財としての性質」に関する議論の推移を整理している。その 上でかんがい用水を「公的供給すべき私的財」9と位置づけ、その限りでプライシング10の導 入を主張している。杉浦の発表年次までの学術研究は、水の性質を巡り、水は市場で取引が 可能な経済財かどうかという議論が多かった。これは2000 年に開催された第 2 回の世界水 フォーラムから農業用水の需要調整、水の生産性の向上などが課題として位置付けられた 影響が大きいと思われる。当時の議論では、農業用水使用量を抑えるための実行手段として、 8 世界水会議(WWC、水分野の専門家や国際機関の主導のもと 1996 年に設立された民間 シンクタンク)はホスト国と共同で3 年に一度の世界中の水関係者が一堂に会し、地球上 の水問題解決に向けた議論や展示などが行われる世界最大級の国際会議(世界水フォーラ ム(WWF))を開催している。http://www.waterforum.jp/jp/what_we_do/pages/WWF/ (アクセス日、2018 年 10 月 18 日) 9 杉浦(2007、9 頁)は、「かんがい用水の公共性は認めながらも、その『公共性』評価は あくまで財としての評価と別に行われるべきで、具体的には供給主体に公共性を認めるべ きである。すなわち、財そのものは私的財(私的に使われる財・サービス)としてプライ シング導入に親和的といえる」と説明している。つまり、PFI(公的投資を回収する、な いし運営費を確保するプライシング)に類似した概念だと推測される。 10 杉浦(2007、14 頁)は、プライシングを「水配分と水利用のため、水に価格をつけ利 水者がその代価を払う制度および考え方。主な機能として需要調整、水の配分、コスト・ リカバリーなどが単独もしくは複合的に期待しうる政策手段の一つ」と定義している。

(10)

5 水市場を中心とするプライシングの導入に期待が寄せられていた。 しかし、これらの議論の前提には市場メカニズムによる資源配分が有効だという暗黙の 了解が存在する。この点に対して、日本の学術の場では、多くの否定的な見解が出された11 そもそも水循環を形成するモンスーン・アジア水田地域の農業に市場を前提としたプライ シングは適さないと理解されていたからである。 また、もう一つの経済的手法である補助金(環境支払い)は、農業活動による負の影響の 低減または正の影響の強化を目的としている。そもそも農業活動は、環境に対して正と負の 効果がある。このような効果は、生態系サービスや汚染水などの市場で取引ができない生産 物(公共財と外部性)に現れやすい傾向にある(OECD、2013)12とされる。そのためEU や米国などでは、環境改善を目的とした行為に対して積極的に環境支払い制度を導入して きた(荘林、2012、125 頁)。このような環境支払いは、農業生産とのデカップリング政策 として検討されてきた経緯があり、補助金(環境支払い)も市場化が進んだために生み出さ れた手法と言える。 以上の検討から分かるように、これまでの経済的手法の議論は、端的に言えば市場メカニ ズムの導入の可否をめぐって行われてきたと言える。 それでは、なぜ経済的手法の議論が市場化への可否にとどまっているのか。池上(2006、 39-63 頁)の主張から理解を進めると、池上は世界水フォーラムで繰り返される「水の効率 性」の議論を踏まえた上で、「あたかも呪文のように『水の効率性』を唱えると、水を巡る さまざまの問題がすべて氷解してしまうかのような雰囲気さえ漂っている。ところが、『水 の効率性』について、共通の理解が成立しているわけではない。」、さらに「『効率性』の前 提には、ひとつの特定目的だけに限定し、一回かぎりで使い切る利用法が前提になっている」 と指摘している。そもそも日本の農業用水は、かんがい用水としての役割にとどまらず、地 域の水として様々な役割を有する13ことから、農業用水を特定目的に限定しようとする方向 は「資源純化主義」(池上、2006、40 頁)だとしている。「水の効率性」を少ない水で多く の収量を得ることと定義し、市場化の議論は生産性向上に傾斜しているとの理解である。つ まりそのことが、経済的手法の議論を市場メカニズムの導入の可否という狭いものにさせ ていると言えるだろう。 池上の主張を踏まえ、その後の2015 年の第 7 回世界水フォーラム14の議論を見ると、テ 11 杉浦(2007、14-17 頁)は、日本国内におけるプライシングへの否定的な議論を整理し ている。加えて農林水産省でも国際かんがい排水委員会を通じて、プライシング導入を中 心とした国際的な水議論に対し否定的な意見を述べている。 http://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/nousin/bukai/h25_1/pdf/data04_1.pdf(アクセス 日、2018 年 10 月 18 日) 12 OECD(2013)『農業環境公共財と共同行動』植竹哲也訳(2014)筑波書房 13 「農業用水はいわゆるかんがい用水としての役割だけではなく、防火、洗浄、親水、景 観保持、生態系保全など地域住民の生活や環境に密着した地域としての役割も果たしてい る」(渡邉ら、2017、131 頁)。 14 http://www.worldwaterforum7.org/ (アクセス日、2018 年 10 月 18 日)

(11)

6 ーマは16 テーマに及び、水への権利や安全保障、地球温暖化への対応、水文化などへの広 がりを見せている。この水フォーラムでは、水のもつ地域性の主張が現れ、水の多様性への 理解が深まっていて、生産性向上に特化した「水の効率性」の強調が和らいだように見える。 しかし、新たに科学技術プロセスとしてICT 技術を利用したスマート水管理が提示される など、水の多様性を一体的ではなく、機能別に捉えたまま、生産性向上の実行手段を単に増 やしただけのようにも見える。これらを踏まえると今後も「水の効率性」の議論は、資源純 化主義のもとでの展開が続きそうである。 それでは日本の農業水利の「効率性」をどのように捉えればいいのか。かねてから日本の 農業用水は、かんがい用水の役割だけではなく、生態系保全や防火用水など多くの役割をも っているのであれば、「一回の水で多くの収量を得ること」だけではなく、「一回の水で多く の『効果』を上げる」(池上、2006、63 頁)ことが求められると考える。すなわち、日本の 農業水利の「効率性」は、資源純化主義の下で定義されるものではない。長い歴史の中で形 成されてきた日本の用水利用構造は、資源純化主義にそぐわないのである。したがって、本 論文で取り上げる経済的手法は、これまで議論されてきた市場メカニズムの枠組みとは異 なったシステムを前提とした議論の中で検討する必要があると考える。 市場メカニズムと異なるシステムとは何か。それを明らかにするためには農業水利の特 質を捉えることが不可欠の作業となる。さらに、その特質に接近するためには「地域ごとに 多様で、歴史的に形成された固有性」(池上、2006、62 頁)への理解が必要だろう。という のも、日本の農業水利は歴史をかけて形成された分散錯圃的な土地利用構造に結び付いた 構造になっているからである。 したがって、本論文の基本的視座を「歴史的に形成された(水の)固有性」とし、第一章 において、農業水利の歴史的特性を捉え、それを踏まえた日本の農業水利の「効率性」を考 察することとしたい。 また、既に経済的手法が導入されている現場の実態を捉え、それがどのようなシステムの 下で運用されているのかを、第二章~第四章において明らかにする。以下、第二節ではその 分析方法を示す。 第二節 基本的な方法論と事例地区の位置づけ 1.水稲栽培用水の構成要素の違い 水田かんがい用水への効率改善手法の導入を検討するには、水稲栽培用水がどのような 構成となっているのか確認する必要がある。そこで、農業土木ハンドブック改訂六版(174 頁)によって、図 序-1 に水稲栽培の用水量の構成を示す。また、農業経済学では、このよ うな構成要素以外に社会的な用水ロスに注目している。このように様々な要素があるため、 要素によって効率改善手法が異なってくる。したがって、本節では各要素を説明し、本論文 で対象とする要素を明確にする。

(12)

7 図 序-1 水稲栽培の用水量の構成 出所:農業土木ハンドブック改訂六版(174 頁)の水田用水量の構成から引用。 注: は負となる量の構成要素で、他には地区内利用可能量があるが、ここでは記載を 省略する。 (1)農業土木ハンドブックによる構成要素 1)純用水量 水稲栽培用水の純用水量は、減水深(蒸発散量と浸透量)15と栽培管理用水量との合計で ある圃場単位用水量から有効雨量を差し引いたものである。また栽培管理用水とは、水田で は冷害時の深水かんがいや高温障害時のかけ流しかんがいなど、稲作の生育に応じて行う 水のかけ引きに要する用水である。 2)施設管理用水量 施設管理用水量は、送水損失水量、配水管理用水量、施設機能維持用水量からなる。送水 損失とは、送配水中に施設から消失する蒸発、浸透、漏水等の水量である。配水管理用水は、 多数の支線用水路を通して、多数の圃場にかんがい用水を給水するために不可避的に生じ る余剰水である。施設維持用水量は、水質汚濁など水路にとって好ましくない現象を回避す るための水量である。 (2)農業経済学による構成要素 玉城(1982、191-196 頁)に依拠して、農業経済学による水稲栽培用水量を整理すると、 それは純用水量、中途ロス、管理用水から構成される。農業工学的な構成要素とほぼ同様だ が、純用水量に栽培管理用水が含まれていない。また、農業経済学では、上述の要素の他に 15 農業土木ハンドブック改訂六版(175 頁)によると、蒸発散量とは、水田の蒸発散量は 水稲の株間からの蒸発散量と葉面からの蒸散量とになる。また浸透量とは、水田へ供給さ れた水のうち、浸透によって水稲の根群域から失われる水量のことである。 -

(13)

8 水管理(水廻り)作業が社会的要因により粗放化することで生じる社会的な用水ロス16に注 目している。このような概念は、農業工学にはない点が注目される。 (3)社会的な用水ロスへの補足 社会的な用水ロスは、農業用水の個別利用が進んだことで生まれた要素である。その内容 は、2つにわけることができる。ひとつは兼業化による用水ロスである。兼業農家は、圃場 のバルブを朝に開け、夜に閉めることが多い。この間、用水は「かけ流し」状態になる。こ の「かけ流し」とは、水口と水尻を開放状態にするので、必要以上に用水が圃場へ流れ込み、 大量の排水につながる。もうひとつは、大規模経営体の出現による用水ロスである。大規模 経営体の耕作地は広範囲に分散しているため、耕作地間の移動に時間がかかるので、周到な 水管理が難しく、用水ロスが発生するのである。本論文では、このような大規模化に伴う用 水ロスを経営的な用水ロスとし、社会的な用水ロスと同類の要素とする。 (4)本研究で対象とする構成要素 農業工学の場合、節水対策は、(1)から送水損失水量や配水管理用水量を減らすことに 重きが置かれる。具体的には、用水路のパイプライン化による損失量の低減、調整池の建設 や用水管理システムの拡充によって、給水時の不可避的な余剰水を減らすといった方法が 採用される。すなわち、送配水施設レベルでの対策であり、節水のために施設が過大になり やすくなる。 一方、農業経済学的な節水は、社会的・経営的用水ロスを減らすことに重きが置かれ、 その対策として経済的刺激を期待するプライシング17への言及がされてきた(玉城 1982、 197-198 頁)。だがプライシングは、小区画の圃場一枚一枚に量水計を設置するといった技 術的かつ経済的な問題があることから、検討段階にとどまり具体策は講じられてこなかっ た。ただし、ここでの経済的刺激は用水の個別利用に対するものである。それとは異なり、 かんがいブロック単位で量水計を設置し、かんがいブロック内の集落レベルにおいて経済 的刺激を期待する導入例はすでに生じている。 本論文では、経済的手法と社会的手法を組み合わせた効率改善手法の導入を検討するた め、この社会的・経営的な用水ロスに焦点を当てる。 2.分析方法 本論文で明らかにする効率改善手法は、社会的・経営的な用水ロスを減らす方法(節水方 法)と言い換えることができる。その方法を見出すために経済的手法をすでに導入している 地区に焦点を当て、現場の実態を把握することを基本とする。 16 玉城は社会的な用水ロスを「経営用水」と名付けているが、本論文では社会的な用水ロ スという用語を使用する。 17「プライシング」は、水資源の需要や配分調整の手段として国際的に議論されるように なってから定着した用語である。玉城が言及した1980 年代初め頃までは「水価」という 用語が使用されていた。

(14)

9 調査方法はヒアリングを中心とする。なお、本研究では、主な調査対象を農業用水の管理 主体である土地改良区に焦点を当て分析するものとする。一方の利用主体である農家につ いては、限定的に取り上げている。もちろん、多様な農業経営体の関係性を明確にし、将来 の農村構造を見通したうえで農業水利の効率改善について検討するという分析視角も必要 であるが、それについては別稿で検討することとしたい。 現場の実態を把握する方法として、集落の社会的側面から捉える必要性がある。なぜなら 農業用水の利用・管理は、地域資源管理と一体になっており、集落(むら)18の存在が欠か せないものとなっているからである。その点に関して玉城(1982、74 頁)は次のように説 明している。「水は、直接に『経営内資源』に内部化することができなかったといってよい。 そこで、地域資源としての水を管理し、経営内資源に転化することを媒介する機能を持った 組織が、基本的にむらであった」。つまり、水は「むら」のものとして管理され、個人の田 に引水するには「むら」の力が必要であったのである。 具体的には、水田作を中心とした農業では、末端の水利施設は集落が主体となって保全作 業を行い、保全作業は「労役を無償で出し合って、共同で維持管理をする」(玉城、1985、 97 頁)体制をとっていた。このため、水利施設の維持管理は農村社会の変容に強く影響さ れる。しかしながら、水利施設の維持管理の程度は農家個人の生産性に大きく影響するため、 農村社会の変容と農家個人の生産性は依然として連動している。 例えば、用水路の溝浚えを行わなければ、ゴミや土砂で通水障害が起こり、下流の圃場に 用水が届かない。排水路も同様で、排水路にゴミや土砂が溜まれば、圃場の排水が悪化し、 その結果、圃場の乾きが遅くなり、稲刈りに支障が生じる。また用排水分離がされていない 地域では、上流の圃場の排水も用水として利用しているため、ますます下流の圃場へ用水が 届かなくなる。このように用水の利用・管理と農業用用排水路の保全作業(地域資源管理) とは一体性がある。 この仕組みを前提に、社会的・経営的な用水ロスを減らす方法(節水方法)を検討するた めにはどのような作業が必要だろうか。本研究では、以下のような順序で考察を進めること としたい。 第一に、大規模経営体がどのように規模を拡大し、地域資源を利用・管理しているのか。 集落は経営体の変化をどのように吸収しているのか。そのプロセスを明らかにする必要が ある。そのためには、大規模経営体だけではなく、小規模農家や入り作農家などを含めた用 水利用の実態を多角的に捉えることが重要と考える。調査にあたっては大規模経営体を中 心にヒアリングを行った(第二章)。 第二に、おそらく農地集積によって農業経営体の形態は多様化する。それぞれの経営体は、 自らの経営様式に適うような形で用水を利用したいと考えるので、自由な利用への要望が 18 本論文では、「むら」を「人びとの生活と生産を保障し、支配と自治の基礎単位であっ た藩政村を原形とする農村近隣集団」(坪井ら、2009、14 頁)と定義する。また、現代に おいては「むら」を、その機能が一番強く表れている「集落」として解釈し使用する。以 下では、特に断らない限り、集落という表記には「村」の意味を含むものとして使用す る。

(15)

10 増え、用水使用量が増えると予想される。しかし、資源保全の観点から用水使用量は制約さ れるので、節水が必要となる。この問題については、実際に節水への取り組みを行っている 地区に焦点を当てる。その中でも、節水方法の違う二つの地区の比較分析を行い、節水行動 の規定要因を供給側と利水者側から明らかにする。この二つの地区のうち、ひとつは経済的 手法を導入している地区である。前述のとおり、これまでの経済的手法は、市場メカニズム の導入を前提にプライシング(従量制課金方式「以下、従量制」)の議論がされてきた。し かし、日本では圃場一枚一枚に対する量水計設置の問題があり、導入に否定的な見解が多か った。ところが、実際に導入されている従量制はかんがいブロック単位に量水計を設置し、 その用水使用量に対して課金する方式である。この課金方式を導入し節水効果がある地区 は、どのようなシステムで経済的手法が運用されているのかを明らかにする(第三章、第四 章)。 第三に、農業水利の「効率性」を長い時間軸で考察する。日本の農業水利が育んできた「効 率性」を踏まえつつ、歴史的に培われた共同管理(社会的手法)に着目する。現在では、農 業の担い手不足によって共同管理体制を維持することが困難になっていることもあり、と かく「古く非効率な体制」と言われがちだが、未だ稲作農家を支える体制であり続けている。 また農業用水の効率的利用の実現には、渇水時の水利調整も重要な課題の一つなので、この 点に関する実態調査を行う。日本の稲作農家は、渇水などの自然の規定性を強く受けながら も、長い歴史をかけて生産性を向上させてきた。だから、共同管理には渇水対応について技 術的・社会的知識が組み込まれていると考えられる。ここでは、渇水時に土地改良区がとっ た行動の歴史的特性を明らかにし、その上で農業用水の効率的利用を長い時間軸から考察 する(第五章)。 3.事例地区の位置づけ 農林水産省報告(2015)では、近畿の府県における農地集積率は、滋賀 47.2%、京都 16.7%、 大阪 8.8%、兵庫 19.5%、奈良 13.0%、和歌山 23.6%となっている。本研究では社会的・ 経営的な用水ロスに焦点を当て、経営規模拡大の影響を把握するため近畿地区の中で最も 農地集積が進んでいる滋賀県から事例地区を選定する。中でも琵琶湖を水源としてポンプ で汲み上げる逆水かんがい地区を対象とする。日本の水田作における一般的なかんがい方 式は、河川を利用した重力式かんがいであり、逆水かんがいは、農業水利の長い歴史からす れば比較的新しいかんがい方式である。逆水かんがい地区は湖辺の湿地帯と琵琶湖を堤防 で仕切り、ほ場整備19によって平坦な圃場へと変え、農業用水をパイプラインで圧送し、圃 場へ届けている。逆水かんがいはポンプの電力費用や送水能力の制約はあるが、河川よりも 用水量の制約が少なく、安定的に用水を供給できる。この点で、琵琶湖周辺の農地は、農業 基盤整備によって「自然的な制約条件」(安藤ら、2013、19 頁)20を克服できているので、 19 農林水産省の事業用語として「ほ場整備」が使用されているので、本論文では事業に限 って「ほ場整備」と表記し、一般名称としての水田は圃場と漢字表記する。 20 安藤ら(2013)は、農地の面的集積の実現にむけて 4 つの要素から検討を行い、その要素 の1 つに自然的条件をあげている。自然的条件とは、小規模な圃場と用水利用の制約であ

(16)

11 大規模経営を発展させるための条件が整っていると言える。また経済的手法導入の検討の ため、課金方式にも着目する。日本のかんがい用水の課金方式として一般的なのは面積割課 金方式(以下、「面積割」)だが、節水効果があると言われている従量制を導入している地区 がいくつか存在する。以上の自然条件面を克服し、従量制を導入する地区として滋賀県高島 市新旭地区(以下、「新旭地区」)を選定した。新旭地区を通して、経済的手法がどのような システムの下で運用されているのかを第一章から第四章にて明らかにする。 また、第三章と第四章では、新旭地区と比較分析するため、滋賀県近江八幡市びわこ揚水 地区を選定した。その選定理由は以下のとおりである。滋賀県は、1970 年代の琵琶湖の赤 潮大発生以降、窒素やリンなどの流入による水質汚染対策に取り組んできた。2004 年から は農業排水を農業用水として再利用する土地改良区に対し、補助金を交付している。このよ うに滋賀県は琵琶湖の水質保全を目的に据えて、独自の農業環境支払い政策を展開してき た。その結果、農村環境保全活動の実施件数21においても生態系保全及び水質保全への取り 組み件数においても全国1 位(2016 年)となっている。このように滋賀県は農業環境保全 への意識が高い地域と言える。また、滋賀県の水田の約4 割22が琵琶湖を水源とした揚水か んがい地区(以下、「琵琶湖逆水地区」)になっている。このため、東日本大震災以降の原発 停止による電気使用料金の値上げの影響が大きく、ポンプ場を所有する土地改良区では、積 極的に節水に取り組んでいる。この点からも滋賀県は集団の節水行動を検討するのに適切 な地域である。琵琶湖逆水地区の節水は、一般的にポンプ運転休止日を設けているが、その 中から新旭地区と同様にポンプ 24 時間運転を実施しているびわこ揚水地区を選定した。 次に、渇水時に厳しい水利調整が行われる地域は、降水量が少なく、地形的に大規模河川 へ農業用水を依存することが難しいため池かんがい地域が多い。しかし、第二次世界大戦後 は、土地改良事業による大規模かんがい施設の建設によって、かんがい用水の集中管理化と 安定化が進み、それと同時にため池の統廃合が進んだ。そもそも、ため池かんがいには、春 先にあらかじめ貯水量が分かることから、その年の天候を予想しながら水稲の作付面積を 決める(歩植え)など、ため池かんがい独自の用水慣行があった。現在では、昔の用水慣行 のほとんどがなくなっているところが多いものの、渇水時の水利調整や用水管理23では歴史 的に積み重ねられてきた用水慣行の一部が表れることがある。したがって、事例地区はため 池かんがい地域から選定した。具体的には、ため池密集地である兵庫県いなみの台地から、 渇水時の行動記録を残している兵庫県加古郡稲美町加古地区を選定した。 る。 21 出所:農林水産省 HP より http://www.maff.go.jp/j/nousin/kanri/attach/pdf/28_jisseki.pdf(アクセス日、2018 年 2 月1 日) 22 出所:滋賀県 HP より http://www.pref.shiga.lg.jp/g/kochi/sassi/files/03characteristicu.pdf(アクセス日、2018 年2 月 1 日) 23 本論文では、農業用水管理を「用水管理」とし、稲作の生育状況に応じた浅水、深水、 落水などの圃場レベルの水管理を「水管理」として使用する。

(17)

12 第三節 論文の構成 本論文の構成は、次のとおりである(図序-2 参照)。 図 序-2 本論文のフロ-図 第一章は、農業水利の歴史的特性を捉えることを目的に事例地区の明治以降の土地と水、 水利と集落の関係に焦点を当て、それに基づく農業水利の効率性を明らかにする。第二章で は、大規模経営体の経営規模拡大のプロセスを解明し、将来の農村構造を念頭に置きながら

(18)

13 土地利用や用水利用、地域資源管理の状況を小規模農家や入り作農家などを含めた実態を 多角的に捉えるものとする。第三章では、農業用水の管理主体である土地改良区の節水への 取り組みを取り扱う。節水方法が異なる二つの土地改良区を対象に各節水への取り組みを 経済的要因と社会的要因の二つの視点から比較分析し、節水行動を規定要因について明ら かにする。第四章では、第三章と同地区の集落内部の農家や集落営農組織を対象に用水の利 水主体の節水行動を促す誘因を価格と社会の側面から明らかにする。第五章では、農業用水 の効率的利用を長い時間軸から考察する。農業用水の効率的な用水利用には、渇水時の水利 調整も重要な課題の一つなので、渇水時の用水共同管理システムに焦点を当てる。2005 年 渇水時の土地改良区の行動記録をもとに、そこで見られる農家や土地改良区の行動から、水 利秩序に関する歴史的特性を明らかにする。最後に終章ではこれまでの結果を整理し、担い 手への農地集積による水田における農業用水の利用・管理の変化に適う農業用水の効率的 利用手法を示す。

(19)

14 第一章 農業水利の歴史的固有性-滋賀県高島市新旭町を対象に- 本章では、農業水利の「地域ごとに多様で、歴史的に形成された固有性」(池上2006、62 頁)を理解するため、まず農業水利システムの歴史的特性を明らかにしたい。 その上で日本の農業水利の「効率性」が市場メカニズムの枠組みとは異なるシステム上で 高められてきたことを明らかにし、第二章~第四章の事例地区24がある滋賀県高島市新旭町 を対象に明治期以降の歴史分析を通じて、日本の農業水利システムに適う効率改善手法を 考察する。 第一節 水利の歴史的特性の分析視角 玉城ら(1984、15 頁)によると、日本各地で 18 世紀前半に過剰な水田開発により水資 源が枯渇し、それによってかんがい用水の配分を巡る紛争が多発した。紛争は農民にとって も回避したいものであることから「水資源の配分を統制する秩序が社会的に形成されなけ ればならなかった」(玉城、1984、16 頁)。このような秩序は水利秩序と言われ、日本の稲 作の土地利用を規定してきた。具体的には「水利秩序の仕組みの一部として、河川の上流と 下流に水田が分散された」(荏開津ら、2015、197 頁)のである。また、水を地域資源とし て管理し、「経営内資源」への転化を媒介する機能をもった組織が、基本的には「むら」で あった(玉城、1982、73~74 頁)。 本節では、このような土地と水の結びつき及び水利とむらの関係性に焦点を当てる。とは いえ、本研究の課題はその全体像を再検討することではないので、具体的には事例地である 滋賀県高島市新旭町について、その明治以降の歴史に絞って整理したい。ここでは政府の関 与度に注目して、明治以降の歴史を①明治期、②大正期から第二次世界大戦期、③第二次世 界大戦後から1960 年代前半期、④1960 年代後半からほ場整備期、⑤ほ場整備以降、⑥1990 年代以降に区分し、土地利用と水利に関する「むら」の役割を分析する。こうした異なる時 代を通して一貫して浮かび上がってくる歴史的特性を捉えることを試みる。 第二節 新旭町の歴史分析 滋賀県高島市新旭町は、1955 年に新義村と饗庭村が合併して新旭町(図 1-1 参照)とな った。新義村は、1889 年(明治 22 年)の市制・町村制の施行に伴って、新庄・安井川・北 畑・藁園・太田の5 か村が合併して成立した。一方の饗庭村も同様に、市制・町村制の施行 時に、饗庭・熊野本・旭・針江・深溝の5 か村の合併によって成立した。これら村々の農地 の区画は、いまから1300 年ほど昔の条里制による地割が基礎となっており、現在でも多く の遺構が残っている。 24 事例地区は主に滋賀県高島市新旭町内の土地改良事業(県営かんがい排水事業及び団体 営ほ場整備事業)実施地区を対象とし、新旭地区と名付けることとする。

(20)

15 図1-1 新旭町地域図 出所:新旭町教育委員会事務局内郷土資料室(1988、29 頁)より引用 注:1)ほ場整備後の図面を使用。 2)着色部が旧饗庭村地域、うち針江村は図1-2 に、あいば地区は図 1-5 に示 す。 1.明治期の村と土地改良 図1-2 は明治初期の地租改正の際に針江村(現高島市新旭町針江集落)で 1873 年(明治 6 年)に作成した地券取調べのための絵図である。これを見ると、針江村は琵琶湖に面して おり、「大久保新田」という地名などから湖辺に向けて新田開発がなされていたことがわか る。しかし、明治の地租改正の際には「大久保新田」は葭地25となっていることから、おそ らくこの新田は稲作に不適だったのだろう。玉城ら(1984、15 頁)の指摘にあるように近 世には当時の技術の限界まで水田開発の試みがなされていたことがうかがえる。また水利 については小河川の支川を利用しており、条里制が残っているところは、道脇に水路が見ら れる。 ところで、明治政府は、農業水利開発に積極的ではなく、明治以前に形成された生産基盤 がそのまま継承され(池上、1991、29 頁)、この時期に実施された水利事業は、地主主導が 中心であった(池上、1991、29 頁)と言われている。 また、明治政府を支えた地租改正事業は、各村に多くの野帳などが残っている26ことから 村の多大な協力があって地券発行に至ったことが推察される。当時の村は、領主に対して貢 25 葭(ヨシ)とは水辺に生えるイネ科の多年草植物で、「葦(アシ)」とも呼ばれている。 26 『明治の村絵図 滋賀県新旭町』(新旭町教育委員会事務局内郷土資料室、1988、1~5 頁)より あ い ば

(21)

16 租の責任を負っていた(渡辺ら、1961、25 頁)ので、新政府の政策を支えるのに必要な統 制力があったと思われる。また、農村開発を地主主導に任せたということは、地域レベル (村々)で測量や図面を作成する技能や、地主主導でも十分に基盤整備を行える技能が村 (民間)にあったのであろう。 その後、明治政府は、水利開発を放棄した代わりに地主主導の利水事業を制度面から支援 した。その一つが1890 年(明治 23 年)に制定された「水利組合条例」である。この条例 の基本的な考えは、「農業用排水については、『民費負担』の原則を確定し、それらが土地所 有者の組織によって管理されなければならない」(玉城ら、1984、27 頁)というものであっ た。すなわち、水利権は利用者ではなく土地所有者に属するという考え方である。その後、 「水利組合条例」は1908 年(明治 41 年)に改訂され、治水の要素が加わり、水利組合は 普通水利組合と水害予防組合とに分けられた。新旭町では、水利組合(のちに饗庭井普通水 利組合)が1904 年(明治 37 年)に組織されている27。同組合は安曇川にある饗庭井(後掲 の図1-4 参照)を改修するために、その受益者で組織され、1905 年(明治 38 年)に既存の 木製の水門を石造に改築し、その管理も行っていた。 玉城はこのような水利組合を「村々(むらむら)連合」だったと称している(1982、74 頁)。それは、むらの領域を超えて水源を求める場は、むらむらが協力し、共同のかんがい システムを作り、管理と利用調整をしなければならなかったからである。この饗庭井普通水 利組合も図 1-4 にみられるように饗庭井を利用しているむらが複数にわたっており、村々 連合だったと言える。 他方、農地に関する土地改良については、1899 年(明治 32 年)に「耕地整理法」が公布 され、「地主を中心にした水田の土地改良事業に法的裏付けが与えられることになった」(玉 城ら、1984、27 頁)。新旭町では県と郡農会281904 年(明治 37 年)から地主に向けて 耕地整理事業の推奨をはじめ、補助金を交付したため、事業の機運が高まった。新庄地区で は、翌年の1905 年(明治 38 年)に工事に着手29している。 27 饗庭井普通水利組合の活動については『高島郡誌』(1927 年、1239 頁)を参考にし た。 28 『高島郡農業史』(1966 年、9~10 頁)によると、郡町村農会の成立は明治 28 年 (1895 年)の県令をもって農会準則に発布されたのが基因である。町村農会は明治 29 年 から漸次設置されていった。明治32 年に農会法が公布され、明治 43 年に中央機関として 帝国農会が設立された。活動は、技術員(農事、蚕、畜産など)を置き、農家の指導や模 範事業などを行い、農業技術普及のために組織された。 29 『高島郡農業史』(1966 年、16 頁)より。

(22)

17 図 1-2 明治 6 年針江村地引全図 出所:新旭町教育委員会事務局内郷土資料室(1988、63 頁)より引用し、筆者が一部加 筆。 2.大正期から第二次世界大戦期の農業水利と村仕事 図1-3 は 1920 年(大正 9 年)の新旭町図(饗庭野の一部を除く)である。山麓に棚田が あり、水田地帯が琵琶湖まで続き、湖辺は湿田で、内湖も多く見うけられる。 この地域の水利は、安曇川に設けた井堰(饗庭井、北畑井、新庄井)(後掲の図1-4 参照) に依存しており、西は遠く饗庭村まで用水が送られていた。 この頃になると農業水利事業や耕地整理事業への国の関与が強まり、事業費の一部を国 が助成するようになっていた。しかし、新旭町では大規模かんがい排水事業は実施されてい なかった。ただし、1925 年(大正 14 年)に饗庭井普通水利組合による水路改修が行われて いる。また、この頃には既に農業水利施設の維持管理方法が確立されており、『高島郡誌』 (1927 年、1239 頁)には反別(面積割)による経費の徴収、夫役義務や川浚えの時期と回 数などの記述がある。当時から維持管理(保全作業)は「村仕事」と呼ばれ、「無償労働と 全戸出役が重要な原則」(本田、2012、6 頁)であった。このような維持管理方法が確立さ れていたことは、村をベースとする農業水利秩序の下で用水が利用されていたことを示す ものと推察される。「水利秩序を形成する組織的主体は、用水(水利)組合だった」(玉城、 1984、20 頁)とすれば、饗庭井普通水利組合(村々連合)を組織したことそのものが水利 秩序の成立を意味していたと言える。つまり、自主的な農業水利秩序が普通水利組合制度に よってオーソライズされたとみることができる。 大久保新田:葭地 :田 :集落 :水 :道

(23)

18 つづいて饗庭井への依存度が高い饗庭村内部の水利について着目する。池上(1991 年、 87 頁)によると、饗庭村の水源は依存度の高い順に、①饗庭井、②渓流、③湧水、④余水、 ⑤ため池である。とくに饗庭地区の山際の地帯では、渓流への依存が強かった。また、針江 など比較的平地部の集落では湧水地帯が連続的に点在し、湧水に依存する水田も多かった。 山際の地帯では、一般に渓流を利用して曲がりくねった畔で区切られた畳2 枚程度の水田30 へ田越しかんがい31が行われていた。このように不安定な水利条件による渇水のリスクに備 えるために、零細分散錯圃制が形成・維持されてきたと考えられる。 図 1-3 新旭町 大正 9 年測図 昭和 32 年資料修正地形図 出所:新旭町企画課編(2004 年、58 頁)から引用 30 『あいば地区ほ場整備史』(あいば地区ほ場整備史編集委員会、1981、6~7 頁)より。 31 田越しかんがいは、用水を導くために隣接する十数枚の水田が一団地をつくるかんがい 方式である。このようなかんがいは、用排水の管理が容易であるということ、用水節約的 な方法であるという合理性があったため広く採用された(佐藤ら、1961、154~155 頁)。 琵琶湖 饗 庭 井

(24)

19 図 1-4 安曇川中下流域水利系統図 出所:池上(1991、86 頁)から引用し、筆者が一部加筆。 3.第二次世界大戦後から1960 年代前半期の自作農主義と土地改良 第二次世界大戦後、自作農制度を基礎として農地法、土地改良法などの農業に関する諸制 度が制定され、この制度に基づいて土地改良事業も進められた。また、土地改良法の成立に よって、既存の普通水利組合、耕地整理組合、北海道土巧組合を廃止して、事業と管理を総 合的に実施する土地改良区に一本化された。 図 1-4 に示す安曇川中下流域では、「1949 年 7 月に発生したヘスター台風によってすべ ての井堰が流失」(池上、1991、89 頁)したことをきっかけに県営安曇川沿岸水害復旧事業 によって、既存の11 か所の井堰に代わる合同井堰を 1954 年に建設した。これに伴い新た に県営かんがい排水事業も計画され、幹線用水路の整備も行われた。これらの施設は1951 年に設立された安曇川沿岸土地改良区へ移管され、取水施設が一元管理されるようになっ た。これによって饗庭井の末端受益地区である饗庭地区でも、安曇川からの用水への依存が 高くなった32 他方、農地については、戦後の農地改革によって自作農が急激に増加した。『高島郡誌』 (1927、1141 頁)によれば、1924 年(大正 13 年)における自作地と小作地は、新義村が 自作地 1,992 反(199.2ha)と小作地 3,894 反(389.4ha)で、饗庭村は自作地 3,164 反 (316.4ha)と小作地 3,219 反(321.9ha)である。これらが戦後の農地改革によって、「不 在地主の耕作地は国に買い上げられ、在村地主は 70a まで減らされ(自作する場合は加算 された)、小作人は10a 当たり 750 円という低価格で小作農地をそのまま所有できるように 32 『あいば地区ほ場整備史』(あいば地区ほ場整備史編集委員会、1981、19 頁)による。 :新旭町 琵琶湖

(25)

20 なった」(高島郡連絡協議会、1966、16 頁)ことから、1ha 程度33の農地を所有する自作農 が急激に増えたのである。つまり、自作農制度を基礎とする制度は、多くの自作農の意思を 調整し、まとめる必要があった。 中でも大規模かんがい排水事業は規模によっては数千人単位にのぼる自作農の意思の確 認と取りまとめを必要とする。このような意思決定は土地改良制度の下でどのように行わ れたのだろうか。 土地改良制度は、自作農主義のもと土地改良事業の参加資格者を耕作者としている。また これは「申請事業」であり、参加資格者の三分の二以上の同意があれば実施できる。しかし ながら、一見自由な「参加」に見えつつも、土地改良事業は受益地が特定される34ため、事 業のために土地改良区が設立された場合、地区(受益地)内の資格者は強制的に加入するこ とになる。この土地改良区の「強制加入」に対する大きな不満や抵抗は、自作農の間でほと んど見られなかった。その理由として、玉城(1982、148 頁)は、日本の農村社会における 意思決定の集団的枠組みである「むら」の存在をあげている。すなわち、戦後の土地改良事 業の進展には、多くの自作農の意思決定をまとめる「むら」の存在が欠かせなかったのであ る。さらに言えば1963 年に創設されたほ場整備事業も「むら」の存在がなければその実現 は困難であった。というのも、土地改良事業の実施・管理団体として措定された土地改良区 はそもそも実質的には村々連合だったからである。先述のように、土地改良区制度はむらを 単位としていた既存の普通水利組合、耕地整理組合、北海道土巧組合を直接引き継いだもの にすぎなかった。このことは、土地改良区の総代が「むら」ないし集落から選定されている ことによく表れている。 4.1960 年代後半からほ場整備期の「むら」の調整力 1960 年代半ばごろに耕耘機からトラクターへの転換がはじまり(池上、1991、53 頁)、 このような農業機械の進展もほ場整備への機運を後押しした。また、このころ土地改良行政 の力点が食糧増産から生産性向上を目的とする基盤整備へと移っていった(池上、1991、 56 頁)。基盤整備とは、当時としては大型であった 30a 区画の造成、用水路と排水路の分離 など圃場条件の改善を行うものであった。 新旭町でもほ場整備事業が 1970 年ごろから計画され、1972 年に五十川地区が着工、翌 年に饗庭地区が続き、1992 年には 15 集落が完了した。総面積にして約 550ha であり、新 旭町の農地の62%に及んでいる35。基盤整備事業によって、農業水利構造も大きく変わるこ とになった。この変容の過程と「むら」の役割の変化を饗庭地区が『あいば地区ほ場整備史』 に残されている。ここでは、同整備史をもとに土地と水の結びつき及び「むら」の役割を検 33 『あいば地区ほ場整備史』(あいば地区ほ場整備史編集委員会、1981、40 頁)による、 あいば地区では、1970 年時点で 1ha 未満の農家が全体の 45%を占めていた。 34 例えば水路を改修する事業への同意が 90%の参加資格者からしか得られなかったとして も、残り10%の資格者も水路改修によって利益を受けることから、強制的に賦課をかける ことができる。 35 『新旭町 50 年の歩み』(新旭町企画課、2004 年、58~59 頁)より引用。

参照

関連したドキュメント

 介護問題研究は、介護者の負担軽減を目的とし、負担 に影響する要因やストレスを追究するが、普遍的結論を

このように資本主義経済における競争の作用を二つに分けたうえで, 『資本

 彼の語る所によると,この商会に入社する時,経歴

水道水又は飲用に適する水の使用、飲用に適する水を使

担い手に農地を集積するための土地利用調整に関する話し合いや農家の意

 汚染水対策につきましては,建屋への地下 水流入を抑制するためサブドレンによる地下

• 熱負荷密度の高い地域において、 開発の早い段階 から、再エネや未利用エネルギーの利活用、高効率設 備の導入を促す。.

添付資料 4.1.1 使用済燃料貯蔵プールの水位低下と遮へい水位に関する評価について 添付資料 4.1.2 「水遮へい厚に対する貯蔵中の使用済燃料からの線量率」の算出について