アジア国際観光移動と国際ハブ空港の発展
松 尾 昌 宏
目 次 1.はじめに 2.新千歳空港の国際ハブ空港化の可能性 3.東アジアからのインバウンド観光需要の将来見込み 4.新千歳空港の、中国各都市への路線網拡大の可能性 5.まとめ、結論1.はじめに
今日アジアでは、巨大空港が相次ぎ開発される中、国際ハブ空港の地位獲得競争が激化してい る。では、そうした中で今後どの国や地域の空港が、競争優位を獲得していくのであろうか。国 際ハブ空港の地位を獲得する上で、人口規模の大きな中国の主要都市圏の空港の優位性は、一見 将来的に圧倒的であるかに思われる。しかし他方で世界には、都市人口規模に劣るにも関わらず、 国際ハブ空港の地位獲得に成功しているケースがしばしば見られる。例えばフィンランド航空が 拠点を置く、ヘルシンキ・ヴァンター空港は、アジア路線に関しては、他の欧州四大ハブ空港に匹 敵、或いはこれらを凌ぐ地位を有する。人口僅か 500 万人余と北海道にも劣る小国の首都が、な ぜこれほどの地位を築き得たのであろうか。その理由は、同空港が欧州中心部と東アジアの中間 に位置するというその地理的特性を活かし、欧州及び東アジアの後背都市圏からの乗り継ぎ需要 の取り込みに成功したことにある(松尾(2012))。 こうしたヘルシンキ空港の成功が、アジア空港間競争に示唆することは、空港の競争優位を決 定する要因は、空港の属する都市自身の人口・経済規模だけではなく、人口規模に劣る都市の空 港でも、外部からの乗り継ぎ需要の取り込みに成功すれば、国際ハブ空港として発展できるという ことである。但しそれには条件が必要である。 その一つは、その都市の地理的位置である。ヘルシンキの例にみられるように、2 つの巨大都市 群の間に位置する都市は、これら都市群間の乗り継ぎ需要を取り込み、集束する上で有利である。 この点、東アジア北東端に位置する日本(及び韓国)も、東アジアから北米への国際旅客移動を 考えると、膨大な人口を有する中国や東南アジアからの乗り継ぎ需要を取り込む上で、やはり理想 的な立地条件下にある。但しそれだけでは、競争優位を発揮し得る候補地は無数に存在し得るこ ととなる。 こうした中、ある空港都市が乗り継ぎハブとして発展するためのもう一つの重要な条件は、外部からの集客力である。これを決める上で、その空港都市の後背地域の観光地としての魅力の高さ は、外部からの航空路線を呼び込む上で、重要な役割を果たし得る。こうした魅力を有する地域は、 たとえ自身の人口規模に乏しくとも、インバウンド旅客需要を呼び込むことで路線を維持し、乗り 継ぎハブとして発展し得るのである。 しかしこれまで日本のインバウンド旅客数は、アウトバウンド旅客数に圧倒され、その結果、日 本と外国との航空路線形成は、日本人の外国へのアウトバウンド移動需要の大きさに左右されて きた。このことが日本国内の国際ハブ空港の地位獲得競争における大都市、中でも東京首都圏の 地位を圧倒的なものとしてきた。 しかし今後は巨大人口を有する中国や東南アジア各国の所得上昇と、日本側のビザ規制の緩和 により、これら地域から日本国内へのインバウンド観光需要の急拡大が見込まれる。その結果、今 後は日本の諸空港がアジア各都市との航空路線を維持する上で、自身の後背都市規模よりも、そ の空港がアジア各国からの観光旅客需要を呼び込む力が相対的により重要性を増すであろう。 ではこうしたアジア域内における国際観光移動需要の拡大は、国際ハブ空港の地位を巡る各空 港間の力関係に如何なる変化を与えるのであろうか。この論文では日本の特に新千歳空港につい て、アジアや日本国内の他の主要空港と比較し、その可能性を探っていく。 なお、この論文を書き上げたのは、2012 年の 9 月初めであったが、その後周知の通り、尖閣問 題を巡る日中関係の悪化により、論文の分析の前提となる、中国から日本へのインバウンド観光旅 客数は大きく落ち込むこととなった。従ってここでの結論は、あくまでも 2012 年 8 月以前の情勢 に基づくものであることを始めに断っておく。この点については 5 節のまとめ、結論で再度触れる。
2.新千歳空港の国際ハブ空港化の可能性
今日、東アジアで各国ハブ空港が台頭する中、日本の空港の地位低下が懸念されている。アジ アの端に位置し、人口規模でも中国等に見劣りする日本の空港は、ハブとして発展するには一見 不利に見える。しかしヘルシンキの成功例を見ると、東アジアの北東端に位置する日本は、東ア ジアと北米を結ぶ最短経路近くに立地し、東アジアから北米への乗り継ぎ旅客輸送需要を集束す る上で、有利な立地条件にあることが判る。実際日本の成田空港は、東アジア最大の北米路線数 を誇り、今なお北米への直航路線が少ない東アジア諸都市から北米への乗り継ぎ拠点として機能 している。 しかし現時点で成田が北米向けのハブとなり得ている最大の理由は、地元の東京大都市圏から 北米への直航需要が大きいためであり、東アジア他国からの乗り継ぎ客割合は 20%程度に過ぎな い。しかし今後はアジア、中でも中国や ASEAN から北米への旅客数の急増が予想される。そう した中、成田の地理的位置は、その緯度の低さから、アジアからの乗り継ぎハブとして最適なもの ではない。今後は日本から北米に向かう旅客のうち、アジアからの乗り継ぎ客割合が増えるにつ れ、北米向けハブとしての東京大都市圏の「規模」の優位は低下する一方、地理的な「位置」が 相対的にその重要性を増す筈である。この点で注目されるのが、北海道の新千歳空港である。では、新千歳空港は東アジアから北米への乗り継ぎハブとして発展する上で、どの程度の可能性を秘め るのであろうか。 新千歳の最大の強みは、その地理的位置である。同空港は成田の北方 800km に位置し、東アジ ア各地から北米に向かう上で、成田よりもデビエーション(最短航路からの乖離)が小さく、時間 や燃料面でのロスが最小限で済むため、アジア各地からの効率的乗り継ぎが可能である。また東北・ 北海道地域に関しては、成田への「逆戻り」によるロスも少なく済む。更にアジアの他空港と比べ て北米諸都市への距離も小さく、機材の有効活用という点でも有利である。一般に着陸から次の 離陸までの乗客の乗り換えや機材の整備、燃料補給に要する時間は 1 時間程度、離着陸に要する 時間等、余裕も見て 2 時間程度であるので1、往復 20 時間、距離にして約 8400km 圏内であれば、 2 つの地点を 1 機材の単純往復によって結ぶことが可能である。例えば新千歳からロサンゼルスま での距離は、8200km 余りと一機材での単純往復運用が可能であるが、これは成田や仁川、上海 では不可能である。 さらに新千歳空港の大きな魅力は、その発着能力の大きさである。同空港は 3000m 級滑走路を 2 本有するが、これは国内では関空、羽田にしかない条件である(成田は A 滑走路は 4000m を有 するも、B 滑走路は近年の延長後も 2500m しかなく、大型機の発着に支障を来す)。さらに隣接す る自衛隊千歳基地の滑走路 2 本も合わせるといつでも滑走路 4 本へと拡張可能である。3000m 級 滑走路 4 本というのは、羽田をも凌ぎ、アジア最大級となる2。 また、懸念される積雪の問題についても、同空港は北海道でも太平洋側の比較的積雪量の少な い場所に立地している上、近年では除雪能力も向上していることから3、台風の影響が少ない分、 年間全体では欠航率は 1 ~ 2%と羽田に遜色のない水準にある。 さらに新千歳のライバルとなり得る東アジアの主要空港は、その多くが問題を抱える。まず、成 田空港は周知の滑走路の欠陥と、発着能力の制約問題を抱える。加えて羽田の国際線発着枠拡大 とともに、アジア路線の多くが羽田に移る一方で、北米路線の大部分は成田に残るため、羽田と 成田の間でアジア ― 北米路線は分断されることとなる。両空港間の移動には、現状でも 1 時間半 程度を要し、また今後輸送接続がいかに改善し、「一体運用」がなされようとも、同一空港内での 乗り継ぎの利便性には、到底敵わないであろう。 他方で海外の空港については、まず中国の上海、北京の空港は、欧州の四大空港の場合とは異 なり、それぞれ国土の東、北に位置し、中国内陸部から北米への乗り継ぎ旅客を集めるには、理 想的な立地条件下にある。しかし他方で両都市とも日本の成田・羽田と同様、複数の空港で国内 空港機能と国際空港機能を使い分けているため4、内際乗り継ぎには問題を抱える。上海の場合、 国内は虹橋、国際は浦東と使い分けているが、両者の移動には地下鉄で 2 時間、リニアを利用し ても 1 時間 20 分は掛かり、コストと乗り換えの手間も掛かる。 さらに中国は日本の 10 倍以上の人口を抱える中、北京と上海の空港の発着枠は、現時点で既に 満杯で、国内需要を捌くのに手一杯である。将来的に輸送力増強の計画はあるが、それでも人口 規模から考えて、いずれ不足することは明らかである。従って、乗り継ぎハブとして新千歳の最
大のライバルとなるのは韓国の仁川であろう。 他方で新千歳空港には、弱みもある。まず、安全保障問題との関係で、現時点では中国機やロ シア機の発着は制限されている。近年では地元の要請もあり、緩和の方向にはあるが、それでも なお月木金曜の発着は制限がある5。また自衛隊千歳空港の民間開放も、すぐには困難であろう。 加えて札幌都市圏は人口規模が約 230 万人と、数千万規模の人口を有する他のアジアの空港都市 圏に比べ大きく見劣りがする。従ってこれまでのアウトバウンド移動を前提とする限り、需要に限 りがあり、多くの国際路線が維持困難である。 しかし今後はアジアの所得上昇と共に、東アジア各地から日本へのインバウンド観光需要が拡 大するであろう。その結果、今後は空港自身の人口規模よりも、その空港の外部からの集客力が、 国際航空路線の維持にとって、相対的により重要性を増すと考えられる。そこで重要となってくる のが、空港背後に広がる都市や地域の魅力である。北海道には豊かな自然や雪、温泉、火山、食 べ物といった観光資源が豊富にあり、その結果、新千歳空港は自身の背後圏の需要は小さくとも、 インバウンド観光需要を広げることで、今後アジア各地からの航空路線を拡大し得るのである。更 にこうしたアジア路線網の拡充は、次段階として、新千歳をヘルシンキと同様、北米への乗り継ぎ ハブ拠点として発展させる可能性を高めるであろう。このように地域の観光地としての魅力は、国 際ハブ空港の発展にとって重要な意味を有する。では実際新千歳空港は、将来的にどの程度の集 客が見込めるのであろうか、以下で検討しよう。
3.東アジアからのインバウンド観光需要の将来見込み
東アジアから日本、北米への旅客移動数は、どの程度に達するのであろうか。『世界観光統計資 料集』データによれば、2010 年時点において、日本や北米と、東アジア各国との国際観光旅客の 移動は、特に中国と ASEAN 諸国について、日本、北米側の大幅な出超となっている。従って現 時点では、東アジアから先進国へのインバウンド観光需要はまだまだ限られていると言える。例え ば 2010 年時点での中国からアメリカへの旅行者数は 80 万人と、日本の 330 万人の 4 分の 1 以下、 人口比で 40 分の 1 以下という水準にある。 その原因は、これら諸国の所得の低さにある。一般に外国旅行者数が急増し始める所得水準は、 一人あたり 5000 ドルと言われるが、東アジア途上国では、中国とタイが漸くこの水準に到達した ばかりで、まだまだその成長初期にある。更に先進国側のビザ規制がこれに追い打ちを掛ける。 その結果、中国、ASEAN は人口規模が計 20 億にも及ぶにも関わらず需要の広がりに欠けるので ある。そのため、日本と東アジア各国間の移動も需要の大半は日本から東アジアへの旅客移動が 占め、結果、路線の大半は日本国内でも人口規模の大きい三大都市圏と、アジアに地理的に近い 福岡に集中してきた。 しかし他方、東アジア諸国では近年、所得水準の上昇とともに、国際観光旅客数が急増しつつ ある。加えて今後は中国等からの観光客の増加による経済効果を当て込み、先進国側においても ビザ発給要件は緩和されていくであろう。このことは東アジアから日本やアメリカへの旅客数を、更に押し上げるものと考えられる。 こうした東アジアから日本への国際観光旅客需要の増大は、航空路線を維持する上で、日本国 内の各都市圏の人口規模よりも、各都市圏のアジア各国からのインバウンド需要を呼び込む力、或 いはその都市の観光面での魅力がより重要となることを意味する。このことは今後、日本の三大都 市圏の空港の優位性を相対的に低下させることも考えられる。 では日本国内の主要空港は、アジアからどの程度の集客力を有するのであろうか、入管統計に 従い比較しよう(表 1)。まず、空港別入国者数を比較すると、成田空港の地位が圧倒的であり、 関空、中部、羽田、福岡と続き、新千歳空港は 6 位に留まる。ところがこれを日本人・外国人別に 見ると、様相は大きく変わる。他の主要空港の多くは、日本人帰国者数が外国人入国者数を大き く上回る一方で、新千歳は那覇と共に、外国人入国者数が日本人帰国者数の 3 倍余りにも達する。 外国人の内訳は、アジアが大半を占め、このことから新千歳の国際路線はアジアからの外国人の 入国によって成立していることが判る。 次に、東アジアからの入国者の国・地域別内訳を見ると、新千歳の入国者の大半は韓国、台湾、 香港が占め、一見、中国や ASEAN 諸国からの旅客需要は他の主要空港と比較し極めて小さい ように見える。しかしこれには、東アジア各国・地域への乗り入れ都市数の違いが影響している。 2010 年時点で三大都市圏と福岡については、東アジア各地への路線が多数あるが、新千歳に関し ては、東南アジア路線は皆無、中国も北京、上海、大連、瀋陽のみであった。これは他の大都市 圏に対する札幌都市圏の人口規模の小ささからくるアウトバウンド移動需要の少なさが、路線維 持を困難にし、それによる東アジア向け路線の少なさが、これら地域からのインバウンド旅客数を 少なくしているためと考えられる。 表 1 空港別入国者数(2010 年) 国籍 総数 新千歳 仙台 羽田 成田 中部 関西 福岡 那覇 入国者総数 26055580 476785 133655 1942580 12906398 2131862 5098757 1217535 185535 日本人帰国者 16611884 114188 78652 1191749 8710107 1625226 3353402 733884 45455 外国人入国者 9443696 362597 55003 750831 4196291 506636 1745355 483651 140080 アジア 7213270 327068 53169 669967 2557681 442526 1468570 458218 127133 中国 1661222 31123 11161 134697 720177 115396 407803 63109 9854 台湾 1311052 117561 15852 36233 501843 112844 224581 76868 52781 香港 512852 74273 3801 62841 185474 25654 97614 9512 44999 韓国 2686867 88982 21693 399097 512856 102515 536497 265887 15367 インドネシア 84340 1169 13 2210 52762 5813 17882 2983 207 フィリピン 183041 1195 61 787 101707 31210 34543 9214 1380 タイ 236143 2381 322 4957 134730 23536 55024 12164 1023 ベトナム 50085 49 154 373 30021 4555 11249 2372 155 その他 418780 10689 149 29146 268028 19065 69882 14667 1739 ヨーロッパ 915567 15119 696 35448 655569 24473 127794 9657 5249 アメリカ 944788 11269 929 36029 724996 25376 87251 11383 6239 資料:法務省入国管理統計より、筆者作成。なお、2010 年のデータを採った理由は、東日本大震災の影響を避けるためである。
実際、他空港と外国への路線数が余り違わない香港や台湾について比較すると、新千歳のイン バウンド旅客数は他の大都市圏の多くに匹敵、或いはこれを上回る。香港(英国籍香港人含む) や台湾から新千歳への入国者数は、福岡や中部を上回り、関空の 6 割、成田の 28%にも達する6 (なお、成田の台湾路線の約 15%は、新千歳にはない、高雄線である)。また、仁川と比較すると、 2010 年の台湾、香港から韓国への観光客数は 596400 人、うち台湾線の 10%を占める高雄線を除 くと 558000 人程度と推測されることから7、新千歳の香港、台湾からの集客力は、仁川の 3 分の 1 余りと、仁川には劣るものの、全く対抗不能な規模ではない。以上より、香港、台湾と文化的に近 い中国から北海道への潜在的インバウンド観光需要は、相当な規模であると推測される。 加えて中国では 2008 年、北海道を舞台とした恋愛映画、「非誠勿擾」(日本語タイトル「狙った 恋の落とし方」)が空前の大ヒットを記録し、中国人の北海道への憧れ、北海道産品へのブランド イメージ向上に大きく寄与した。日本経済新聞社産業地域研究所(2010)のアンケート調査によれば、 中国人が日本で最も行きたい場所のランキングで、北海道(70.2%)は東京(48.0%)や富士山(42.8%) を抑え、第一位の座を占める。また、同調査によれば、中国人が日本観光に求めるものも、美しい 自然や温泉、美味しい食事といったものの重要性が高まっているが、北海道にはこれら観光資源 の全てが揃っている。 他方、現時点で中国人の実際の訪問先として圧倒的に選択されているのは、東京-富士箱根- 名古屋-京都・大阪を結ぶいわゆる「ゴールデン・ルート」である。これはこれら地域間の移動の 便利さ、価格の割に多くの目的地を回れる割安感に加え、中国からの航空機の乗り入れ都市数の 違いが影響しているものと考えられる。 しかし今後は所得水準の上昇と、リピーターの増加につれ、中国人観光客の目はより地方へと 向き、また長期滞在型観光が増加し、今日の香港・台湾人型の観光パターンへと変化していくで あろう。そうした中、訪日希望先として人気の高い北海道は、今後中国人観光客に選択される割 合が、香港・台湾並みに高まっていく筈である。 2010 年時点で香港人の 13.8 人に 1 人、台湾人の 17.7 人に 1 人が日本を、また香港人の 95 人に 1 人、台湾人の 197 人に 1 人が新千歳経由で北海道を訪れている8(香港の方が、日本からより遠 いにも関わらず、台湾より訪日割合が高い理由は、都市地域のみから成ることと、所得水準の高さ によると考えられる)。よって台湾を基準に人口比で考えると、人口 14 億の中国人の潜在的な訪日 観光需要は、日本全体で数千万、北海道で数百万人に及ぶと推測される。その結果、今後中国か ら北海道への乗り入れ都市数は、大きく増えると考えられる。特に省都、副省級市クラスの都市は、 単独でも数百万の人口を抱えることから、北海道との路線形成は有望である。また外国人観光客 一人あたりが日本に落とす金額は約 10 万円であることから、北海道経済への経済効果は数千億円 と考えられるが、これは GDP 約 20 兆円の北海道にとっては、相当のインパクトとなる。 さらに同様の動きは中国に加えて人口 6 億の東南アジアにも広がり、かなりの都市からの新規路 線開設が可能になるであろう。実際 2012 年 10 月には、バンコク‐ 新千歳路線が新たに開設され ている。結果、北海道への経済効果は更に拡大するであろう。
他方、こうしたアジア向け国際航空路線の増加は、将来的には北米への乗り継ぎ路線開設の余 地も高めていくと考えられる。新千歳空港には 2010 年、新たに国際線新旅客ターミナルが完成 し、国際線の旅客処理能力が大きく向上した。また同時に、国内線と国際線の連絡通路には新た に、温泉施設や映画館、ドラえもんのミニテーマパークや、スイーツ、飲食施設がオープンした9。 同施設は現時点では乗り継ぎ客を対象としたものではないが、将来的には乗り継ぎ客へのエンター テインメント施設として、その能力発揮が期待できる。
4.新千歳空港の、中国各都市への路線網拡大の可能性
では、新千歳はこうしたインバウンド観光需要を梃子に、将来的にどの程度、中国各都市に路 線網を拡大し得るのであろうか。この節では、『従統計看民航』統計データを基に、中国各都市の 「航空結合力」を求め、これを基に中国各都市の新千歳空港への潜在利用者数を求め、これら都市 の新千歳への乗り入れ可能性を探る。なお、ここで分析する都市は、中国の直轄市、省都及び副 省都クラスの都市に、これら都市に 7 つ以上の路線を有する都市を加えた計 42 都市である。始め に任意の 2 都市間の航空旅客移動量は、これら都市の航空結合力の積に比例するものと仮定する。 その上で、最小二乗法に基づき、 (1)Σ(log(任意の 2 都市の航空結合力の積)- log(これら都市間の実際の移動量))2 を最小化するような各都市の航空結合力の値を求めると、表のようになった(表 2:左列)。 なお、互いの距離 700km 未満の都市の組み合わせについては、空路より陸路や海路が選択され る割合が高まると考えられるため、推計から除外した。こうして求めた任意の 2 都市間の航空結 合力の積と、実際の移動量を比較すると、高い相関が見られた(図 1)。 一方、航空結合力から求めた推計移動量と、実際の移動量との関係を見ると、一般に、 (2) log(実際の移動量)- log(推計移動量)=- 0.00018 ×距離+ 0.225 (R2= 0.1737) と、距離が増す程、予測移動量よりも実際の移動量が小さくなる関係がみられた。 では以上のような、中国国内でみられる各都市間の距離、航空結合力の積と、実際の移動量と の関係は、国際線でも見られるのであろうか。ここで、『中国交通年鑑』データを基に、上の中国 42 都市と、香港、台北、仁川の 3 都市について、各都市の航空結合力に、上の(2)式による距 離修正を加えた値と、実際の移動量との関係を調べると、図のように高い相関が得られた10(図 2)。 ここから、中国国内における航空結合力と実際の移動量の関係は、国際線にも妥当なことが判る。 但し傾きの値は 1 を上回る(3 都市平均で 1.139)ことから、中国各都市の航空結合力と 3 都市と の移動量は、完全な比例関係ではなく、国際線の移動は、国内線と比べてより規模の大きな都市 への集中が起こっていることが判る。 次に以上の関係を基に、将来的な中国各都市から日本の主要空港都市への航空移動推計量を求 める。まず、中国各都市からの人口あたり旅客数は、今後中国の所得上昇とビザ規制緩和とともに、 ますます香港の水準に収束していくであろう。ここからまず、北京の人口(2010 年時点で 1961 万人) を基に、(2)式により香港との距離差による修正を加え、北京から日本各都市へのインバウンド移表 2 中国各都市の航空結合力(北京= 100)及び日本各空港推計インバウンド入国者数 航空結合力 新千歳 羽田 成田 中部 関西 福岡 那覇 北京 100.00 350451 240248 713821 95858 356273 33698 105285 天津 11.23 29664 20666 61363 30793 石家庄 4.92 21625 太原 9.91 21441 15093 44769 22710 フフホト 4.34 16916 瀋陽 12.67 43123 28434 84765 40815 大連 12.57 38777 27357 81238 40622 長春 8.76 30229 18773 56174 26120 ハルビン 10.83 40278 23839 71562 32334 上海 89.80 301140 245151 723977 100177 380550 37504 142525 南京 26.30 70326 55599 164289 22686 86009 31721 杭州 30.38 81800 66839 197360 27320 103839 10227 40794 合肥 9.17 20044 15735 46500 24329 福州 7.85 37354 19663 厦門 15.51 29585 25280 74613 39244 18050 南昌 10.19 19752 15988 47209 24838 済南 14.59 37822 27516 81538 41673 青島 15.34 44241 32936 97545 50040 15596 鄭州 17.22 39244 29041 85970 44363 15460 武漢 19.63 41890 32867 97113 50878 19899 長沙 24.44 48216 38548 113842 15752 59846 24770 広州 49.32 92107 77148 227703 31515 119925 11722 54506 深圳 33.55 59701 50472 148966 20606 78407 36090 南寧 9.53 29131 15346 海口 13.11 16847 41848 22028 重慶 20.22 32777 25003 73911 38605 15301 成都 26.81 42902 32028 94734 49269 19065 貴陽 10.99 15167 35180 18472 昆明 20.55 26008 20289 59935 31461 西安 22.34 44634 32642 96642 49849 17903 蘭州 6.09 18440 銀川 6.95 23846 ウルムチ 15.04 16450 30868 15173 温州 9.36 20179 16990 50148 26418 桂林 9.38 32577 17152 煙台 6.71 18365 39572 20059 三亜 14.29 17049 14440 42621 22418 珠海 6.02 20494 寧波 10.43 24880 20640 60933 32092 無錫 10.73 26109 20978 61966 32519 ①計 1741199 1270542 4109056 313915 2064129 93151 556965 ②出入国者 2010 476785 1942580 12906398 2131862 5098757 1217535 185535 ③中国人入国者 2010 31123 134697 720177 115396 407803 63109 9854 ②+(①-③) 2186861 3078425 16295277 2330381 6755083 1247577 732646 資料:著者作成。なお、表には中型機で週 3 便以上の運行が可能と思われる、インバウンド利用者数 15000 人以上の都市のみ数値が入れら れている。なお、西寧、晋江のデータは省略した。
図 1 各都市航空結合力の積から求めた推計移動量と、実際の移動量の関係 資料:『従統計看民航』データを基に、筆者作成。 図 2 香港、台北、ソウルへの推計移動量と、実際の移動量の関係 資料:『従統計看民航』および『中国交通年鑑』データより、筆者作成。 y = 1.1999x - 0.8568 R² = 0.7393 y = 1.0948x - 0.6013 R² = 0.8093 y = 1.1232x - 0.6007 R² = 0.7417
3.80
4.00
4.20
4.40
4.60
4.80
5.00
5.20
5.40
5.60
5.80
6.00
6.20
4
4.5
5
5.5
6
実 際 の 移 動 量( 対 数 値) 推計移動量(対数値) 香港 台北 ソウル 線形(香港) 線形(台北) 線形(ソウル)動量を求め、さらにこれに中国各都市の航空結合力(北京= 100)を掛け、また(2)式の距離修 正を加えることで、他の中国各都市からのインバウンド移動量も求めることができる。結果は表の ようになった(表 2)。 これによると、中国人入国者数の増加に伴い、特に新千歳と那覇が、他の主要空港に対して出 入国者数を急増させることが判る。例えば成田の新千歳に対する出入国者数の割合は、2010 年の 27 倍から 7.5 倍弱へと、また関空のそれは 10.7 倍から 3 倍余りへと大きく縮小する。更に将来的 には北京、上海と地方都市との地域間格差縮小に伴い、地方都市の航空結合力が相対的に上昇し、 中国人入国者数は一層押し上げられ、更にこれに東南アジアからの増加も加わるであろう。更に 各空港の国際路線拡大に伴い、これまで国内三大空港を経由して海外に出ていた旅客の多くが、 新千歳など地方空港から直接出国するようになると考えられる。結果、国際線利用量に関する新 千歳の三大都市圏の空港に対する相対的な優位性は、この表で示したよりも、大幅に拡大する可 能性が高い。恐らく少なくとも中部空港の規模は超えると思われる。また、新千歳への旅客需要 がインバウンドだけでも 1.5 万人を超す中国の都市数は 32 都市、4 万人を超えるものは 13 都市に 達するが、こうしたアジア各都市への路線網の拡大は、その次段階としての、新千歳の北米への 乗り継ぎハブとしての発展可能性を押し拡げていくであろう。
5.まとめ、結論
この論文では、中国各都市の航空結合力の推計データを基に、中国から日本へのインバウンド 観光需要が、国際航空路線の形成と、日本の主要空港の国際線集客力の変化に与える影響につい て分析を行った。その結果今後は、中国の所得上昇とインバウンド観光移動需要の激増が、これ までの三大都市圏を中心とする国際航空路線網の形成パターンを、大きく変える可能性が示され た。特にアジアからの強いインバウンド観光集客力を有する北海道の新千歳空港は、将来的には 中部を凌ぎ、成田、関空に次ぐ水準にまで国際航空輸送量を高め得る潜在力を有する。またこう したアジア路線網の充実は、同空港の恵まれた地理的位置と相まって、アジアから北米への乗り 継ぎハブ拠点としての発展可能性も高めるであろう。このことは、アジアの発展活力を北海道に 取り込む上で、有効である筈である。 しかし他方で 1 節でも述べたように、2012 年 9 月以降、尖閣問題によって日中間の国際観光移 動を取り巻く環境は激変し、中国から日本へのインバウンド観光客数は激減した。その結果、中国 南方航空によって 2012 年 1 月より新たに開設が予定されていた新千歳 ‐ 広州路線も、利用者数 が見込めないことから、中止された。日中間の航空旅客数の減少は下げ止まる傾向にあるものの、 残念ながら、当初この論文で求めた結論の前提条件は、少なくとも当面は失われたと言わざるを 得ない。航空路線の開設を観光需要に頼ることには、他方で大きなリスクを伴うものであることを 再認識させる事件であった。注 1 2012 年 2 月には、国土交通省は、格安航空会社支援の一環として、航空機の空港滞在時間を短縮するため、 乗客の乗降中の燃料給油を認める方針を固めたと伝えられる。これによって、旅客機の空港滞在時間は 1 時間 程度に短縮されると考えられる。 2 但し新千歳の 2 本の平行滑走路は間隔が狭く、航空機の 2 機同時発着ができないため、時間あたりの発着能力 が制約される。一方で羽田はオープンパラレルではあるものの、都内の高層ビル群や横田空域によって、管制 の関係からやはり発着能力の制約を受けている。 3 同空港は 80 台もの除雪車を有し、5cm 以下の積雪であれば、僅か 23 分で空港全体の除雪が可能であるという。 雑誌『ゆき』2011 年 1 月号、p.23 参照。 4 但し上海の内際分離は東京ほど極端ではなく、浦東には 1 日 90 便程度の国内便が乗り入れている。成田への 国内線乗り入れは、12 都市から 1 日 40 便程度である。 5 雑誌『開発こうほう』2011 年 5 月号、p.28-31 参照。 6 更に 2011 年のデータでは、羽田の国際化に伴い成田の旅客のかなりが羽田にシフトし、新千歳の香港、台湾 からの入国者数は、成田の 44% にも達している。 7 これ以外にも、海路による韓国への入国者数も考慮すると、仁川から空路で入国する香港、台湾人の数は、更 に少なくなるものと考えられる。 8 台湾の場合、新千歳以外に函館(18471 人)、旭川(17739 人)、釧路(6076 人)経由の入国者数も、かなりの 割合に上る。 9 雑誌『Air World』2011 年 9 月号、p.66-69 参照。 10 なお、各都市から距離 700km 以下の都市は推計から除外した。また、韓国については朝鮮族が多く、関係の 深い吉林省については除外した。 参考文献 アジア太平洋観光交流センター(2012)『世界観光統計資料集(2006-2010 年)』 上村敏之、平井小百合(2010)『空港の大問題がよくわかる』光文社新書 唐津雅人(2011)『羽田 vs 成田』マイコミ新書 中国交通年鑑社『中国交通年鑑 2011』 中国民用航空局発展計画司 編『従統計看民航 2011』 日本経済新聞社産業地域研究所(2010)『中国人インバウンド調査 : 訪日客 200 万人・巨大消費パワー が上陸』 松尾昌宏(2012)『物流ルート形成と地域発展:ゲートウェイ・ハブ都市の立地優位』多賀出版 ウェブサイト 法務省出入国管理統計表 http://www.moj.go.jp/housei/toukei/toukei_ichiran_nyukan.html