406 THE JOURNAL OF ANTIBIOTICS,SER.B XX-6 Dec. 1967 Pantofenicolに 関 す る 基 礎 的 研 究 横 田 芳 武 ・西 熈 雄 ・吉 田 高 子 ・吉 永 真 智 子 京 都 薬 科 大 学 微 生 物 学 教 室(主 任:中 沢 昭 三 助 教 授) (1967年7月4日 受 付) 本 論 文 の 要 旨 は,昭 和41年12月 京 都 に お け る 第14回 日本化 学 療 法 学 会 中 日本 支 部総 会 に お い て報 告 した。 Chloramphenicol(CP)は,す ぐれ た 抗 生物 質 で あ る が ,そ の副作用 として大量,長 期投 与 のばあい,重 症 で しか も致 命的 な血 液 疾 患 が 生 じる こ とが 知 られ て い る。 この 欠 点 を補 う 目的 で,種 々の 研 究 が広 くお こな われ て き た。 そ の結 果,1957年I.VILLAXがCP誘 導 の1つ と して4分 子 のCPと1分 子 のパ ン トテ ン 酸 カ ル シ ウム が結 合 した 物 質 の合 成 に 成 功 し,Pantofenicol(PANT)と 命 名 され た。 そ の 構 造 式 は 次 の とお りで あ る。 PANTのLD50は,動 物 実 験 に よ る とCPの2.7倍 で,肝 に よ る ア セ チ ル 化 がCPよ り少 く,血 中濃度の持続 が 良 好 であ る と述 べ られ て い る。 今 回,私 ど もはPANTの 細 菌 学 的 基 礎研 究 をCPと 比 較 検 討 した の で そ の成 績 に つ い て 報 告 す る。 1. 抗 菌 力 な らび に抗 菌 ス ペ ク トラ ム 教 室 保 存 の標 準 菌種 に 対 す る抗 菌 力(感 受 性)を,主 に 普通 寒 天 平 板 希釈 法 に よ り検 討 した 。 な お,*印 菌 種 に つ い ては,10%血 液 加 寒 天培 地,Neisseria属 につ い て はG.C.培 地,Clostridium属 に つ い て は チ オ グ リコ ール 酸 培 第1表 抗 菌 ス ベ ク ト ラ ム
YOSHITAKE YOKOTA,HIROO NISHI,TAKAKO YOSHIDA & MACHIKO YOSHINAGA:Fundamental study on pantofenicol.
Dec.
1967 THE JOURNAL OF ANTIBIOTICS,SER.B XX-6 407
第2表 臨 床 分 離 菌 のCP,PANT感 受 性 分 離 第3表 抗 菌 力 に 及 ぼ す 諸 因 子 の 影 響(Sh.flexneri 2a,37℃,24hours) 地 を 使 用 した 。 そ の 成 績 は,第1表 に 示 され る とお り,PANTの 抗 菌 力 な らび に抗 菌 スペ ク トラ ム は,CPと ほ とん ど 同 様 で あ り,CP.PANTの 間 に差 異 は み とめ られ なか つ た 。 2. 臨 床 分離 菌 の 感 受 性 昭 和41年,10研 究 機 関 に お い て 分離 され た 黄 色 ブ ドウ球 菌99株,東 大 医 科 研(旧 伝 研)附 属 病 院 に お い て分 離 され た 大 腸 菌18株,赤 痢 菌9株 のCP,PANTに 対す る感 受 性 を 常 法 の 普通 寒 天 平 板 希 釈 法 に よ り検 討 した 。 そ の成 績 は,第2表 に示 す とお りで,黄 色 ブ ドウ球 菌99株 中,1.56∼12.5mcg/mlの 感 受性 の 範 囲 内 にCPで は86株(約86.9%),PANTで は84株(約84.9%) が 存 在 し,残 りは25∼100mcg/mlの 範 囲 内 に あ つ た 。 ま た,大 腸 菌18株 中9株 は,CP,PANTと もに100 mcg/m1あ るい は それ 以上 の 高 度 耐 性 株 で あ つ た 。 赤 痢 菌 に も,大 腸 菌 と同様 に,9株 中7株(Sh.fiexneri 1株, Sh.sonnei 6株)がCP,PANTに100mcg/ml以 上 の 高 度 耐 性 株 で あ つ た。 つ ま り,臨 床 分 離菌 の 感 受 性 分 布 はCP,PANT2剤 間 に は 差 異 は な く,同 一 の 分 布 を 示 した。 3. 抗 菌 作 用 に 及 ぼ す 諸 因 子 の影 響 第1図 水 溶 液 の 安 定 性(Sh.flexneri 2a)
408 THE JOURNAL OF ANTIBIOTICS,SER.B XX-6 Dec. 1967
第2図 E.coli NIH増 殖 曲 線 に お よ ぼ
すChloram-phenicol,Pantofenicolの 影 響No.1
第3図 E.coli NIH増 殖 曲 線 に お よ ぼ
すChloram-phenicol,Pantofenicolの 影 響No.2 第4図 Chloramphenicolに た い す るStaphylococcus aureus,E.coli,Sal.typhosaの 試 験 管 内 耐 性 獲 得 状 態 第5図 Pantofenicolに た い す るStaph.aureus, E.coli,Sal.typhosaの 試 験 管 内 耐 性 獲 得 状 態
CP,PANTの1mg/ml水 溶 液 の 安定 性 に つ い て,5℃,37℃ の 条 件 につ い て,Sh.flexneri 2a株 を 試 験 菌 と し て検 討 した。 そ の成 績 は,第1図 に示 さ れ る よ うに,5℃ で はCP,PANTと も に,力 価 の減 少 は み とめ られ な か つ たが,37℃ では,CPは17日 目か ら,PANTは23日 目か ら力 価 の 減 少 が わ ず か にみ とめ られ た 。 次 に,培 地pH,血 清,接 種 菌 量 の影 響 に つ い て,同 じ くSh.flexneri 2a株 に 対 す る 抗 菌性 の変 動 に よつ て検 討 し た。 そ の 成 績 は,第3表 に 示 され る とお りで,CP,PANTと もに培 地pH,血 清 の影 響 は全 くみ とめ られ な い が, 接 種 菌量 がCPで は1.5×106cell/ml,PANTで は1.5×107cell/ml以 上 に な る と,わ ず か に 抗 菌 力 は 減 少 した。 そ の 割 合 は,CPよ りPANTの ほ うが 大 きか つ た 。 4. 抗 菌 作 用 の 型 式
大 腸 菌E.coli NIH株 の 増 殖 曲線 に及 ぼ すCP,PANTの 影 響 を 光 電 比 濁 計 に よ る比 濁 法 に よつ て 検 討 し,第2 図,第3図 に 示 す 成 績 が 得 られ た。 第2図 は 大 腸 菌 移 植 と同 時 に,ま た第3図 は 培 養5時 間 目にCP,PANTを そ れ ぞ れ 添 加 した ば あ い で,い ず れ のば あ い に も,2剤 間 に 差 は み とめ られ ず,同 様 な 曲線 が 得 られ た 。
5. 耐 性 獲 得 状 態
CP,PANTに 対 す る 黄 色 ブ ドウ球 菌(Staph.auyeus 209P株),大 腸 菌(E.coli NIH株),お よび 腸 チ フス菌 (Sal.typhosa H-901株)の 試 験 管 内耐 性 獲 得 状 態 を 肉汁 ブ イ ヨ ンを 用 い た常 法 の 増 量 的 継 代 法 に よつ て,37℃,24 時 間 を1世 代 と して 検 討 した 。
そ の 成 績 は 第4図,第5図 に示 され る とお りで,CP,PANT 2剤 間 に 耐性 獲 得 の差 は な く,2剤 と もE.coli NIH 株Sal.typhosa H-901株 に お いて は,短 期 間 に階 段 的 に耐 性 を 獲 得 し,そ の 後 は ほ ぼ 一 定 の 状 態 を 保 つ て い る のに 対 して,Staph.aureus 209P株 の 耐性 獲 得 は ゆ るや か で,23世 代 継 代 で原 株 の 感 受 性 の わ ず か4倍 の耐 性 を獲 得 し た のみ で あ っ た。 6. 交 叉 耐 性 前 項 で 得 られ たCP,PANTそ れ ぞ れ の 耐性 菌 に つ い て,交 互 の耐 性 を 検 討 し,第4表 の成 績 が 得 られ た 。 黄 色 ブ ドウ球 菌,大 腸 菌,チ フ ス菌,い ず れ の ば あ い に も完 全 な交 叉 耐 性 が み とめ られ た。 7. 実 験 的細 菌 感 染 症 に 対 す る効果 マ ウ ス の実 験 的 大腸 菌 感 染 症 に対 す るPANTの 治 療 効 果 を,CPお よびTetracycline(TC)と 比 較 検 討 した 。
Dec. 1967
THE JOURNAL OF ANTIBIOTICS,SER.B XX-6 409
第6図 マ ウ ス 実 験 的 大 腸 菌 感 染 症 に 対 す る 効 果
ddマ ウ ス17g±1 30LD50i.p.
17±1gの マ ウ ス1群10匹 の 各 々 に 大 腸 菌E.coli
NIH株 を3%ム チ ン を 用 い て,30LD50量 を 腹 腔 内 に
第4表 試験管 内耐 性菌の交叉耐性
感 染 させ,2時 間後 にCP,PANT,TCそ れ ぞ れ1.0mg/mouseお よび0.5mg/mouseを 経 口投 与 し,無 処 置 の 対 照 群 とそ の延 命 効 果 を 比 較 した。
そ の成 績 は 第6図 の とお りで,1.0mg/mouse投 与 群 では,CP,PANTと もに 生 存 率90%,TC50%で,CP, PANT2剤 の 間に は 差 異 は み とめ られ な か つ た 。 しか し,0.5mg/mouse投 与 群 で は,CP60%,PANT40%と} や や 差 が み とめ られ た 。 お わ り に CP誘 導 体 であ るPantofenicol(PANT)に つ い て基 礎 的 研 究 を お こなつ た 結 果,試 験 管 内に お け る抗 菌 力 な らび に抗 菌 ス ペ ク トラ ム,臨 床 分 離 の病 原 ブ ドウ球 菌,大 腸 菌,腸 チ フ ス菌 に対 す る感 受 性 分 布,抗 菌 作 用 に お よ ぼす 血 清蛋 白,培 地pH,接 種 菌 量 の影 響,試 験 管 内耐 性 獲 得 状 態 な ど の面 に つ いてCPと 同 一 成 績 が 得 られ た 。 マ ウ ス実 験 的 大 腸 菌 感 染 症 に対 す る治 療 効 果 に つ い て も,CPと ほ ぼ 同 一 成 績 が 得 られ た。 以 上 の よ うに 今 回 の 検 討 の範 囲 内で は,本 誘 導 体 はCPに く らべ て特 にす ぐれ た 特 徴 は み い 出 し得 ず,ほ とん ど同 一 効 果 と思 わ れ る。 稿 を 終 る に当 つ て,本 研 究 を 御指 導 い た だ い た京 都 薬 科 大学 微 生 物 学 教 室 中沢 昭三 助 教 授 に 深 く感 謝 す る。 Furanomycin
K.KATAGIRI,K.TORI,Y.KIMURA,T.YO-SHIDA,T.NAGASAKI & H.MINATO:A new
antibiotic,furanomycin,an isoleucinean-tagonist.J.Niedicinal Chem.10(6):1149 ∼1154,Nov.1967. Streptomyces L-803(ATCC15795)の 培 養 濾 液 は, Coliphage T2の 発 育 阻 止 す る こ とを み と め,有 効 物 質 を 抽 出 精 製 し,Furanomycinと 命 名 した 新 抗 生 物 質 を
得 た 。Furanomycinは,合 成 培 地 上 でB.subtilis PCI
219を1mcg/ml,Sh.paradysenteriaeの2株 を2∼5
mcg/ml,Salm.paratyphi Aお よ びE.coli Harshey
株 を5mcg/ml.M.tuberculosis H 37 Rv株 を20mcg/ mlで 阻 止 した が,Salm.paratyphi Bお よ びC,Ps. aeruganosa,Kl.pneumoniaeを50mcg/mlで も阻 止 せ ず,普 通 寒 天 培 地 上 で は い ず れ の 菌 に も 作 用 し な か つ た 。 そ こ で,天 然 培 地 中 の す べ て の ア ミ ノ酸 がFurannomy-cinの 抗E.coli H株 に 対 す る 作 用 に 及 ぼ す 影 響 を ブ ド ウ 糖 ・無 機 塩 培 地 を 用 い て 試 験 し,L-Isoleucineは 最 も 強 い 拮 抗 作 用 を 示 し,L-Valine,Leucineの 順 で 作 用 す る が,ThreonineとMethionineは ほ と ん ど 影 響 が な い こ と を み と め た 。 次 に,L-Isoleucineの 濃 度(0.1 ∼50μM)とFuranomycinの 抗E.coli H株 作 用 の 関 係 を み る と,0.1∼10μMの 範 囲 で は,Furanomycinの 1/10濃 度 の と き完 全 発 育 阻 止 を 示 す が,そ れ 以 上 の 濃 度 で は 発 育 を 阻 止 し な い こ と を み と め た 。 一 方,L-Va-lineは,Furanomycinが 低 濃 度(2∼5μM)の と き. lsoleucineと 同 様 に1/10濃 度(0.2∼0.5μM)で 拮 抗 す る が,そ れ 以 上 の 濃 度 のFuranomycinの 阻 止 作 用 に 対 し て は,濃 度 を 高 く し て も 影 響 が な か つ た 。 こ れ か ら Furanomycinは,L-lsoleucineの 競 争 的 拮 抗 物 質 で あ る と 推 定 さ れ た 。Furanomycinの 構 造 は,(+)-α(R)- Amino(2,5-dihydro-5(R)-methyl)-furan-2(R)-ace-ticaidま た は そ のDiasteroisomersで あ る こ と が 決 定 さ れ て お り,立 体 化 学 的 な 類 似 性 が 拮 抗 作 用 の 原 因 と考 え ら れ る 。Furanomycinは0.3mcg/mlでT2-Phage の 発 育 を48%,1mcg/mlで90%以 上 阻 止 す る が, い ず れ の ば あ い も 遊 離Phageを 不 活 化 し な い 。E.coli H株 の 培 養60分 後 にFuranomycin 1mcg/mlを 加 え る と き,H株 の 発 育 阻 止 を み と め な い 。 各 種 のPhage に 対 す るFuranomycinの 作 用 を 比 較 す る と,T4と T2は 感 受 性 が 高 く,そ れ ぞ れ95%,89%阻 止 を 示 し, T3とT5は 感 受 性 が 低 く,そ れ ぞ れ59%,43%阻 止 に 止 つ た 。 (八 木 沢 抄)