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国立科学博物館の展示室「親と子のたんけんひろばコンパス」の理念

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Academic year: 2021

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(1)研究論文. 国立科学博物館の展示室「親と子のたんけんひろばコンパス」の理念 髙 橋 あおい. 山 口 悦 司. 稲 垣 成 哲. 神戸大学. 神戸大学. 神戸大学. A Study of the Guiding Philosophies of the Exploration Area for Families with Children “ComPaSS” at the National Museum of Nature and Science Aoi TAKAHASHI, Etsuji YAMAGUCHI, Shigenori INAGAKI Kobe University In response to emerging research on early childhood science education, Japanese museums have increased the number of early childhood children’s activities and exhibitions in their facilities. However, prior research has clarified neither the philosophy undergirding the early childhood children’s exhibitions’ designs and development, nor the background for the philosophy. This research explicates the philosophy and background of early childhood children’s exhibitions by conducting a case study analysis of “ComPaSS”, the Exploration Area for Families with Children at the National Museum of Nature and Science, using a literature survey and an interview survey. Our results summarized the ComPaSS philosophy into three points: cultivating scientific literacy in early childhood “feeling” and “thinking,” bringing the museum experience home, and encouraging scientific communication between parents and children. The establishment of the ComPaSS philosophy was influenced by the National Museum of Nature and Science’s need to develop an exhibition room to foster science literacy in early childhood children and by knowledge gained from existing visitor-education exhibitions. The ComPaSS philosophy is based on the National Museum of Nature and Science’s desire to propose and construct a new exhibition model. Key words: science museum, early childhood, philosophy, “ComPaSS” Exploration Area for Families with Children, National Museum of Nature and Science. Ⅰ.問題の所在. の者」(児童福祉法第四条二)である幼児に焦点を当. 本研究の目的は,国立科学博物館の展示室「親と子. てながら,博物館における幼児を対象とした科学教育. のたんけんひろばコンパス(以下,「コンパス」と略. に関してこれまでにどのような知見が明らかにされて. 称する)」の理念の全体像と,その理念が設定された. きているのかを議論する.その後,博物館における幼. 背景を明らかにすることである.当該展示室の設計と. 児への学習支援を検討する上で,展示の理念を明らか. 開発に関する文献調査および面接調査を実施し,それ. にすることの必要性を論じるとともに,コンパスを事. らの調査結果に基づいて,どのような学習が目標とさ. 例として選定した理由について述べる.. れていたのかという理念の内実ならびにその理念が設 定された背景や当時の議論を詳述する.. 1.博物館における幼児を対象とした科学教育研究. 以下では,本研究の問題の所在として,初めに,博. 少子化や核家族化などの影響による家庭の教育力の. 物館における幼児を対象とした科学教育に関する先行. 低下と地域の教育力向上の必要性が指摘された2000. 研究を概観する.そこでは,チルドレンズ・ミュージ. 年以降,地域社会の生涯学習・社会教育の中核拠点で. アムや子ども向け展示室などに関する先行研究を取り. ある博物館には,それまで以上に社会に対し様々な学. 上げて,「満一歳から小学校就学の始期に達するまで. 習支援を行うことが求められるようになった(文部科 57.

(2) 58. 髙橋・山口・稲垣:国立科学博物館の展示室「親と子のたんけんひろばコンパス」の理念. 学省,2000;文部科学省,2008).2017年の出生数が. 村(2018)は,福岡市博物館の「おやこひろば」の. 前年に引き続き100万人を割り込むなど少子化傾向が. 現状と今後の可能性について,古川(2018)は千葉. 続くなかで(内閣府,2019),生涯学習施設・社会教. 市科学館の「たん Q ひろば」の概要と実施するプロ. 育施設としての博物館への期待はさらに高まっている. グラムの目標設定や今後の運用について報告している. わが国の博物館における子どもを対象とした活動や. これらの研究では,展示室設置の社会的な背景や展. 展示室は増えており,これらの活動や展示室を取り上. 示概要などが紹介されている.しかしながら,どのよ. げた研究が行われている(小館ら,2016;小野,2012;. うな理念に基づいて展示室が設計・開発されたのか,. 五月女,2018;染川,2012).その中には,チルドレ. 理念の設定においてどのような議論があったのか,な. ンズ・ミュージアムや子ども向けの展示室など,本研. どについては,明らかにされていない.. 究で焦点を当てる幼児の科学教育を対象に含む研究も 行われている.こうした先行研究においては,これま でにどのような知見が明らかにされてきているのだろ うか.. 2.理念を明らかにすることの必要性 そもそも,博物館の展示について,その来館者への 学習支援について検討するためには,展示手法だけに. 先行研究においては,海外の先進的な事例,あるい. 着目するのではなく,その展示がどのような理念に基. は,国内の取り組み事例から,子ども向けの展示室. づいて設計・開発されたり運営されたりしているのか. に必要な要素を考察したものが多い.例えば,桝渕. を明らかにする必要がある.佐々木(2002)は,博物. (2015)は,国内外のチルドレンズ・ミュージアムを. 館評価の前提として「評価の前に問われるのは,各館. めぐる変遷について述べた上で,韓国とアメリカのチ. の設置理念や基本理念なのである」と述べ,理念を明. ルドレンズ・ミュージアムの調査結果を検討し,日本. 確にすることで,理念がどの程度達成しているのか,. における理想のチルドレンズ・ミュージアム像につい. 今後どうすればよいのかといった意味のある評価にな. て,建物・設備,展示,館員,ワークショップ,博学. ると述べている.. 連 携, 運 営 の 6 つ の 側 面 か ら 試 案 し て い る. 坂 倉. 博物館展示の理念を明らかにすることの必要性につ. (2014)は,アメリカの3つの博物館の事例からイン. いては,染川(2012)や布谷(2005)も次のように主. フォーマルな学習環境としての博物館に重要な要素を. 張している.染川(2012)は,子ども向けの博物館や. 抽出し,日本の博物館にどのように応用できるかにつ. 展示室について議論するときには,参加体験型展示の. いて考察している.小野(2012)は,博物館におけ. 手法のみに注目するのではなく,展示室が博物館の使. る乳幼児や小学校低学年向けの展示や活動の必要性に. 命に合致した理念を持ち,それに沿って機能している. ついて述べた上で,科学技術館や東京都水の科学館に. のかについて目を向ける必要があると示唆している.. おける取り組み事例を紹介しながら,乳幼児や小学校. 布谷(2005)は,展示が理念に沿って機能するとい. 低学年を対象とする取り組みや教材開発に必要となる. うことについて,展示の面白さはテクニックから生ま. 視点を提示している.. れるのではなく,博物館側が「何を伝えたいのかを決. これらの研究では,幼児を含む子ども向けの展示室. め込み,その内容を研究の成果として形にし,それを. の望ましい在り方や必要となる要素,開発のための視. 展示全体のストーリーの中に落とし込んでいく作業が. 点については述べられている.しかしながら,国内で. 基本である.そしてその理念を形にした上で,とこと. すでに設置,運営されている幼児向けの展示室が,幼. ん細部にこだわることで,本当に面白い展示が作られ. 児の科学教育にとってどのような役割を果たしている. ていく」と述べている.そして,「より多くの人に面. のかについては明らかにされていない.. 白いと感じてもらえる展示になるための条件として,. 国内ですでに設置,運営されている幼児向けの展示. 展示のメッセージの明確さと背景にある博物館の研究. 室について,展示室設置の社会的な背景や展示概要な. の成果,そして博物館らしい資料の選択」を挙げて. どを紹介した先行研究としては,小川(2018),三村. いる.. (2018) ,古川(2018)などが挙げられる.小川(2018). 以上のような博物館展示の理念を明らかにすること. は,国立科学博物館の「コンパス」について設置の経. の必要性に関する指摘は,幼児向け展示室についても. 緯,これまでの成果と課題について報告している.三. 当てはまるであろう.来館者としての幼児への学習支.

(3) 科学教育研究 Vol. 45 No. 1(2021). 59. 援について検討するためには,幼児向け展示室の理念. な情報とともに,面接調査によって得られた回答の解. を明らかにすることが求められるといえる.しかしな. 釈や裏付けの根拠となる文献的な情報を得ることで. がら,我が国の科学教育研究においては,幼児を対象. あった.コンパスの開発や理念およびその背景に関す. とした展示室の理念について,その設定の背景を含め. る文献に関しては,Web 公開されている資料に加えて,. て明らかにした研究がほとんど行われていない.わず. 国立科学博物館のコンパスの設計・開発関係者が著者. かに,理念を取り上げた研究もあるが(例えば,岩佐,. としてコンパスの開発や理念に言及している学会誌論. 1999),それらの研究は主として,展示の設計・開発. 文や学会発表論文や書籍が比較的数多く存在している.. の当事者個人による回想録的な報告であり,当該博物. また,一般には公開されていない内部資料については,. 館の社会的背景や経緯,ならびに,展示の設計・開発. それらの閲覧がほとんど許可されていない.内部資料. に関与した複数の関係者による議論など,展示の理念. の存在そのものに,国立科学博物館の外部からはアク. に関する全体像やその設定背景の詳細にまで接近しよ. セスすることができない.このような文献調査の実施. うとしたものではない.. 可能性と制約を踏まえて,本研究では,面接調査の対. そこで,本研究では,博物館における幼児への学習. 象の A 氏と B 氏からの文献および文献情報の入手と,. 支援について検討する試みの一環として,国立科学博. 文献データベース検索を通した文献抽出という複数の. 物館の展示室「コンパス」を事例として,理念に関す. 手法を組み合わせた文献の収集方法を採用した.調査. る全体像とその背景の詳細を明らかにする.コンパス. 対象の事例に固有な状況に応じて,選択しうる複数の. を事例として選定した理由は,次の2点である.1点. 手法を組み合わせることで,調査上の限界がありなが. 目は,幼児とその保護者を主な対象とした展示室であ. らも可能な限りの多様な文献を収集できるとともに,. り,全国に先駆けて開発された展示室だからである. 展示の設計・開発に関与した複数の関係者の視点を含. (小川ら,2015).幼児の科学的思考習慣の涵養を目. める形でコンパスの開発理念やその背景に多角的に接. 的とした展示室はこれまでにほとんどない(小川, 2018).2点目は,国立科学博物館地球館の3階北側. 近することができると考えられる. 文献調査の方法は,具体的には,次の通りであった.. 部分を独占し,年間10万人以上が訪れる(Ogawa &. まず,後述する面接調査の対象の A 氏と B 氏のそれ. Ogawa, 2019)という展示室だからである.Ogawa &. ぞれから,コンパスの開発や理念およびその背景に関. Ogawa(2019)によれば,これまでの入室者数は,. する文献および文献情報を入手した.それらの文献お. 2015年度(7/15以降)71,632名,2017年度107,968名,. よび文献情報は,主として,公刊された学会誌論文や. 2018年度102,919名であった.オープンから数年経っ. 学会発表論文や書籍ならびに Web 公開されている資. てもオープン当時と変わらず多くの来館者が訪れると. 料などであったが,一部,内部資料も含まれていた. いうのは,コンパスが幼児とその保護者に支持されて. (なお,本論文での引用については,国立科学博物館. いるということを如実に示しているといえる.科学的. からの許諾を得ている).続いて,これらの文献をす. 思考習慣の涵養というこれまでにない目的を持ち,多. べて収集した後,これらの文献に基づいて,文献検索. くの子どもとその保護者に支持される展示室は,検討. のためのキーワードのリストを作成し,文献データ. に値すべき先駆的な研究事例であると考えられる.. ベース検索を行った.主なキーワードは,「博物館, 国立科学博物館,コンパス,未就学,幼児,子ども」. Ⅱ.方法 本研究の調査方法は,文献調査と面接調査であった. それぞれの調査方法は,以下の通りであった.. であった.これらのキーワードにより,国内の論文 や書籍が広範囲に収録されている文献データベース である CiNii Articles(https://ci.nii.ac.jp)と CiNii Books (https://ci.nii.ac.jp/books/)を検索した.この検索にお. 1.文献調査. いてヒットした文献から,それらの年代・タイトル・. 文献調査の主たる目的は,研究対象の事例に関する. 著者・内容に基づいて,コンパスの開発や理念および. 複数のデータソースを利用するという事例研究法の原. その背景について扱われている文献を選定した.さら. 則(野村,2017;Yin, 1994,2018)に従って,後述す. に,文献データベース検索を通して選定した文献を面. る面接調査における質問項目を作成するための基礎的. 接調査の対象の A 氏と B 氏にそれぞれ提示して,追.

(4) 60. 髙橋・山口・稲垣:国立科学博物館の展示室「親と子のたんけんひろばコンパス」の理念. 加の文献および文献情報を入手した後,それらの文献. 施時期は2020年3月であった.新型コロナウイルス. を収集した.表1は,このような一連のプロセスを経. 関連の影響を踏まえて,面接はオンライン会議システ. て収集された文献の一覧である.これらの文献におけ. ムを利用して実施された.調査対象者の回答はオンラ. るコンパスの開発や理念およびその背景に関する記述. イン会議システムに録音された.なお,面接時の調査. を手がかりに,面接調査における質問項目作成および. 対象者の回答を円滑にするために,事前に質問事項を. 回答の解釈や裏付けを行った.. 電子メールで送付し,一部の質問については電子メー ル上で文書による回答を得た.この文書の回答につい. 2.面接調査. ては,面接時に口頭でも確認を行った.. 面接調査については,調査対象は,コンパスの設計. 面接調査の質問事項は,次の6つのカテゴリに基づ. と開発に主導的に取り組んだ人物の A 氏と B 氏の2. いて設定された.(1)開発スケジュールと開発体制に. 名であった.2名ともに,国立科学博物館の職員で,. ついて,(2)開発理念について,(3)コンパス以前. 当時の事業推進部学習企画・調整課に在籍していた.. の子ども向け展示室との違いについて, (4)開発理念. 面接の手法は,半構造化面接法(澤田・南,2001)を. と各ゾーンとの関係について, (5)開発理念を反映し. 用いた個別面接であった.面接者は第1著者であった.. たそれぞれの展示の効果と課題について, (6)その他.. 面接の形式は,コンパスの理念の設定の背景として,. 具体的な質問事項については,例えば,「(1)開発ス. コンパスの理念には設計・開発関係者のどのような意. ケジュールと開発体制について」に関しては,「開発. 図が反映されているのか,コンパスの理念の設定の際. スケジュールと開発体制について教えてください」で. に設計・開発関係者の中でどのような議論が行われた. あった.また,「(2)開発理念について」に関しては,. のか,という2つの観点から面接者が質問し,それら. 「開発理念はいつ頃,どなたが決めたのでしょうか」. に対して調査対象者が自由に回答するというもので. であった.「(3)コンパス以前の子ども向け展示室と. あった.所要時間は1人につき約90分であった.実. の違いについて」に関しては,「コンパス以前の子ど. 表1 文献調査対象一覧(本文への表出順に記載,記載事項は文献に関する執筆要項に準ずる) 1. 小川達也(2018):博物館における親子のコミュニケー ションを通じた未就学児の科学リテラシーの涵養につい て,博物館研究,53,9,10-13. 2. 小川義和,久保晃一,神島智美,岩崎誠司,有田寛之, 田辺玲奈,倉持利明(2015) :自然史標本を活用した博物 館における未就学児を対象とした展示の開発,日本科学 教育学会年会論文集,39,280-281. 3. Ogawa, T., & Ogawa, Y. (2019, September): The concept and effect of exhibition to promote science communication between preschool children and their parents. Poster session presented at the ICOM NATHIST 2019 annual meeting, Kyoto, Japan. 4. 国立科学博物館(1999) :国立科学博物館への招待改訂版, 財団法人科学博物館後援会. 5. 独立行政法人国立科学博物館(n.d.):親と子のたんけん ひろばコンパス,Retrieved from https://www.kahaku.go.jp/ learning/compass/index.php(accessed 2020.04.14) . 6. 小川義和,神島智美,小川達也,渡邉百合子,赤尾萌, 茂田由紀子(2016):未就学世代の科学リテラシー涵養 を目的とした対話促進型展示における手法とその効果に ついて,日本ミュージアム・マネージメント学会会報, 21,1,別冊 Web 版,27-28. 7. 独立行政法人国立科学博物館(2015):独立行政法人国 立 科 学 博 物 館 概 要 2015,Retrieved from https://www. kahaku.go.jp/about/summary/imgs/kahaku_outline2015. pdf(accessed 2020.07.24) .. 8. 成毛眞(2017):国立科学博物館のひみつ地球館探検編, ブックマン社. 9. 文部科学省(2012):平成 24 年行政事業レビューシート 独立行政法人国立科学博物館施設整備に必要な経費, Retrieved from https://www.mext.go.jp/component/ a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2012/09/20/ 1322994_4.pdf(accessed 2020.07.24) . 10. 高橋みどり,小川義和,原田光一郎,松原聰,栗栖宣博, 小池渉(2008):科学系博物館における科学リテラシー の涵養に資する教育活動評価法の試み〜幼児向けプロ グラムを例として,科学教育研究,32,4,392-405. 11. 原田光一郎,松原聰,栗栖宣博,高橋みどり(2011): かわらの小石で遊ぼう,「平成 19 〜 22 年度科学研究費 補助金・基盤研究(A)(一般)研究成果報告書『科学 リテラシーの涵養に資する科学系博物館の教育事業の 開発・体系化と理論構築』(代表:小川義和,課題番号: 19200052) 」,37-41. 12. 国立科学博物館(2013):国立科学博物館地球館Ⅰ期展 示改修基本設計,国立科学博物館. 13. 小川達也(2017):私たちの身の回りになるサイエンス コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 1.1 科 学 を 楽 し む コ ミ ュ ニ ケ ー ション活動: 「親と子のたんけんひろばコンパス」,国立 科学博物館編「科学を伝え,社会とつなぐ サイエンス コミュニケーションのはじめかた」,10-14,丸善出版..

(5) 科学教育研究 Vol. 45 No. 1(2021). 61. も向け展示室では,インストラクターや教育ボラン. あった展示室「たんけん広場『発見の森』」の概要に. ティアを配置し,来館者の理解の手助けをしていたの. ついて述べる.コンパスが開発される以前の展示室の. に対し,コンパスではインストラクターや教育ボラン. 概要をここで説明する理由は,コンパス開発以前の子. ティアを廃止したのはなぜですか」であり,「(4)開. ども向け展示室で培われた経験がコンパスの開発に影. 発理念と各ゾーンとの関係について」に関しては,. 響を与えたと,後述するコンパスの理念に関する面接. 「基本計画∼基本設計の中で,どのようにして各ゾー. 調査の結果において言及されているからである.. ンの展示が決まっていったのでしょうか.また,基本 設計∼完成までの間の変更の経緯についても教えてく ださい」, 「(5)開発理念を反映したそれぞれの展示の. 1.たんけん広場「発見の森」 2015年の展示改修以前には,コンパスと同じ場所に,. 効果と課題について」に関しては,「オープン∼これ. 「たんけん広場『発見の森』(以下,発見の森)」が. までのコンパスを見て,開発者として,開発時に意図. あった.本節では,たんけん広場全体の概要と発見の. した親子のコミュニケーションが起こっていると思い. 森の概要について述べる.. ますか.また,親子のコミュニケーションが科学リテ. a.たんけん広場. ラシー涵養につながっていると感じますか」であった.. たんけん広場は,国立科学博物館新館(現在の地球. 「(6)その他」の具体的な質問事項は, 「コンパスの開. 館)にあった小学生以上を対象とした参加体験型の展. 発にあたっては国内外における同様の世代を対象とす. 示室であり,2階の理工系展示「身近な科学」と3階. る施設を参考にされたとのことでしたが,特に印象に. の自然史系展示「発見の森」で構成されていた.展示. 残っている施設や,コンパスのこの部分を設計するに. 室には「自由に操作できる実験装置や直接手に触れる. あたって,A 施設の○○を参考にした,というような. ことのできる実物標本があり,身近な科学に関する原. ことがあれば,教えてください」であった.. 理を楽しく理解したり,野外観察のための初歩的な技 術を学んだりすること」(国立科学博物館,1999)を. 3.分析 本研究の分析データは,文献調査を通して入手した. ねらいとしていた. b.発見の森. 文献の記述,ならびに面接調査で得られた口頭による. 雑木林などの自然環境を建物内に再現した発見の森. 回答の録音の書き起こしならびに電子メールによる回. は,その中を来館者が歩き回ることで「来館者が自分. 答であった.これらのデータについて,事例研究法. で自然の中のひみつを発見し,調べていくことを想. (野村,2017;Yin, 1994, 2018)における分析手法の一. 定」(国立科学博物館,1999)しており,「自然観察. つである「説明構築」(Yin, 1994, 2018)に従って分析. の方法に興味を持ち,実際の野外に出かけて自然を見. を行った.具体的には,分析データからコンパスの開. るきっかけ」(国立科学博物館,1999)になることを. 発理念やその背景に関する初期の説明を作成し,その. 期待して作られた.. 説明に基づいて分析データを解釈しつつ説明を修正す るという説明とデータの反復を繰り返し行うとともに, 他の説明の可能性も検討しながら,データの説明を構 築した.このような事例研究法に基づく分析を通して, 「Ⅳ.結果」で詳述するコンパスの開発理念やその背 景に関する説明を構築した.. 2.親と子のたんけんひろばコンパス コンパスは,2015年の国立科学博物館地球館Ⅰ期 展示改修において新設された展示室である.当該展示 室は未就学児を対象とし,未就学児に科学リテラシー を涵養することを目指している.科学リテラシーとは, 「人々が自然や科学技術に対する適切な知識や科学的. Ⅲ.コンパスの概要. な見方及び態度を持ち,自然界や人間社会の変化に適. 本章では,文献調査および面接調査の結果の説明に. 切に対応し,合理的な判断と行動ができる総合的な資. 先立ち,その背景情報となるコンパスの概要について. 質・能力」(独立行政法人国立科学博物館科学リテラ. 説明する.具体的には,利用対象者や利用方法などの. シー涵養に関する有識者会議,2010)のことであり,. コンパスの基本情報を解説するとともに,コンパスが. 独立行政法人国立科学博物館科学リテラシー涵養に関. 2015年の展示改修で新設される以前に同じ場所に. する有識者会議(2010)は,科学リテラシー涵養活.

(6) 62. 髙橋・山口・稲垣:国立科学博物館の展示室「親と子のたんけんひろばコンパス」の理念. 動の目標を「感じる(感性の涵養)」「知る(知識の習. 表2 コンパスの理念(独立行政法人国立科学博物館(n.d.)). 得・概念の理解)」「考える(科学的な思考習慣の涵. 私たちは何よりお子さんが楽しいと感じる展示を目指し ました.さらには博物館での体験を家庭における「日常」 に持ち帰ってもらうため,保護者の方と「驚き」や「発見」 を共感してもらうことを大切に考えました.コンパスは 「遊び」の要素の中に「親子のコミュニケーションを促す しかけをたくさん用意し,そこでの経験を通じて,科学的 な知識だけではなく,感じる力,考える力が養われること を目的としています.. 養)」「行動する(社会の状況に適切に対応する能力の 涵養)」の4つに分類した上で,各世代に求められる 目標を整理している.コンパスが対象とする未就学児 についての科学リテラシー涵養活動の目標は,次のよ うに説明されている.「感じる」の目標は,「科学や技 術に親しむ体験を通じて,身の回りの不思議さを感じ る」である.「知る」は,「身の回りの自然事象や技術. 目的に「親子のコミュニケーション」を促すしかけを. の仕組みを体験的に知り,わかることを実感する」で. 多数用意している.コンパスでは,親子のコミュニ. ある.「考える」の目標は,「興味・関心を持った事象. ケーションを,「共有」「協同」「接触」の3つに定義. について積極的に調べ,活動し,自分の考えを持てる. している.共有とは,体験や発見を伝えたり,体験を. ようになる」である.「行動する」の目標は,「興味・. 一緒に振り返ったりすることである.協同とは,一緒. 関心を持った事象について,自分の考えを持ち,一緒. に製作したり,動きを模倣したりすることである.接. に活動できるようになる」である.. 触とは,保護者が子どもの身体的補助を行うことであ. 図1は展示室内の写真である.コンパスには,図1. る.親子の対話につながる仕掛けを多数用意したコン. に示す大型剥製標本と吊り橋やすべり台といった遊具. パスを,国立科学博物館では「対話促進型展示」と位. を組み合わせた3階建の構造物を中心に,常時100種. 置付けている(小川ら,2016) .. 類程度のアクリル樹脂標本を観察,分類できるコー ナーやワークショップスペース,図鑑や絵本を400冊 程度揃えたライブラリースペースなどがある. 入室は完全入替制で1日6回,各回45分,定員60. Ⅳ.結果 本章では,コンパスの理念に関する文献調査と面接 調査の結果を述べる.事例研究法に基づく分析の結果,. 名である.利用できるのは,0歳から12歳までの子. コンパスの理念は,(1)未就学児の科学リテラシー. どもとその保護者であり,主に4歳から6歳の子ども. 「感じる」と「考える」の涵養,(2)博物館体験の持. を対象としている.利用にあたっては,必ず子どもと. ち帰り,(3)博物館での親子のコミュニケーション,. 保護者が一緒に入室するきまりとなっている.また入. という3点に整理することができた.以下では,事例. 室にあたっては整理券が必要である.. 研究法における結果の論述スタイル(野村,2017;. コンパスのホームページ(独立行政法人国立科学博. Yin, 1994, 2018)を参照した上で,コンパスの理念に. 物館,n.d.)に掲げられたコンパスの理念を表2に示. 関する全体像とその背景の詳細を明らかにするという. す.コンパスでは,感じる力,考える力を養うことを. 本研究の目的に即して,調査の種類および調査内容ご とに結果を述べるのではなく,3点の理念ごとに,ど のような学習が目標とされていたのかという理念の内 実ならびにその理念が設定された背景や当時の議論を 詳述する. なお,面接時の音声データとその前後に行った書面 でのやりとりに関するデータについては,以下のよう に表記する. A 氏に対する面接の回答. →. 面接 A. A 氏の文書の回答. →. 文書 A. B 氏に対する面接の回答. →. 面接 B. B 氏の文書の回答. →. 文書 B. また,A 氏および B 氏の回答の一部は,表4∼表 図1 コンパスの展示室内. 27として具体的に示している..

(7) 科学教育研究 Vol. 45 No. 1(2021). 1.未就学児の科学リテラシー涵養. 63. る.この記述から,国立科学博物館には,全国の科学. Ⅲ章で説明したように,コンパスは2015年の国立. 系博物館の中心的な存在として,他の科学系博物館を. 科学博物館地球館Ⅰ期展示改修において新設された展. 先導する役割がある,というように自らを位置づけて. 示室であり,未就学児に科学リテラシーを涵養するこ. いることがわかる.. とを目指している.改修以前は同じ場所に小学生以上. 発見の森を閉鎖してコンパスを新設した理由に関す. を対象とした参加体験型の展示室である「発見の森」. る A 氏の発言を表4に示す.A 氏は,国立科学博物. があった.. 館には,これまでにない新しい展示モデルを構築し,. 発見の森を閉鎖してコンパスを新設した理由と,コ. 全国に普及させていく役割があるということについて. ンパスでどのような学習が目標とされているのかとい. (表4下線部(a)(b)),「国立科学博物館の宿命」「ナ. う理念との間には関連がある.発見の森を閉鎖してコ. ショナルセンターとしての役割」という言葉を使って. ンパスを新設した理由は,国立科学博物館の役割とし. 説明している(表4下線部(a)(c)).発見の森で構. て,新しい展示モデルを構築し社会に提案する必要が. 築した参加体験型のオープンジオラマという展示モデ. あったからである.これまでにない新しい展示モデル. ルが全国に広がり,発見の森が展示モデルとしての役. を構築し社会に提案するという国立科学博物館の役割. 目を終えたため,発見の森を閉館し,新たにコンパス. が,未就学児の科学リテラシー「感じる」と「考え. を開発したと,A 氏は語っている(表4下線部(b)).. る」の涵養という理念の設定に影響を与えた.. A 氏の発言から,コンパスは既存展示の改良ではなく,. 本節では,最初に,国立科学博物館の役割について 説明する.次に,未就学児とその保護者を対象とした. これまでにない新しい展示モデルを構築するという位 置づけで開発されたということがわかる.. 理由と,科学リテラシー涵養活動の目標のうち,「感. コンパスが新たな展示モデルを構築するという位置. じる」と「考える」に焦点を当てた理由の2つについ. づけで開発されたということは,表5に示す B 氏の. て,文献調査と面接調査の結果を説明する.. 発言からもわかる.B 氏は,開発メンバーと「博物館. a.国立科学博物館の役割. として幼児教育に対してどんな提案ができるかってい. 表3に,国立科学博物館の役割(独立行政法人国立. うのを試行錯誤する場所を作りたい」という話をして. 科学博物館,2015)に関する記述を示す.この記述は,. いたと述べている(表5下線部(a)).B 氏は,コン. 国立科学博物館が自らの概要についてまとめ,毎年発. パス開発当時,博物館が幼児教育に取り組むことに対. 行している『独立行政法人国立科学博物館概要』の. して,社会からは期待されていたとは感じていなかっ. 2015年度版に収録されている.国立科学博物館の役. たと話している(表5下線部(c)).しかし,博物館. 割については資料の冒頭に記載があり,どの年度版に おいても,その内容は大きくは変わらない.国立科学. 表4 発見の森を閉鎖してコンパスを新設した理由(面接 A). 博物館の役割の中で注目すべきは,「我が国の主導的. これあの,やっぱり,国立科学博物館ていう宿命なんでしょ うけどね.(a)科学博物館は全国のナショナルセンターとし て振る舞わなきゃいけない.っていいますか,そういう役割 をしないといけないので,新しい展示を作るっていう宿命 がありますよね. (中略) (b)この発見の森という参加体験型のオープンジオラマの展 示って日本でいくつかの博物館が採用して,例えば,えっと, 今一番上手く出来てるのは,えっと,茨城県の自然博物館 なんかはまさしくあれを大々的にやって非常にいい展示に なってますけど.もう全国に広がったということで,その 展示は閉じて,新しい展示を科博としては,ナショナル センターとしてはそういう先導的なことを常にやんなきゃ いけない. (中略) (c)ナショナルセンターとしての,科博ナショナルセンター としての宿命といいますか役割みたいなね.まあ,あまり 他のとこで取り組んでいない展示を新たにやって普及して いくと.という役割なんですよね.. な博物館として」(表3下線部(a))という記述であ. 表3 国立科学博物館の役割(独立行政法人国立科学博物館 (2015)) 国立科学博物館とは 国立科学博物館は 1877(明治 10)年に創立された,日本 で最も歴史のある博物館の一つであり,国立の唯一の総合 科学博物館です. 自然史および科学技術史研究に関する中核的研究機関と して,また(a)我が国の主導的な博物館として活動しており, 429 万点を超える貴重なコレクションを保管しています. 調査研究の成果やコレクション等を活用して展示を行い, 平成 26 年度には,上野本館,筑波実験植物園,附属自然 教育園をあわせて 173 万人を超える方々に見学いただいて います..

(8) 64. 髙橋・山口・稲垣:国立科学博物館の展示室「親と子のたんけんひろばコンパス」の理念. 表5 新たな展示モデルを構築するという位置づけでのコン パス開発(面接 B). 式に様々な案が検討されたとした上で,それぞれ表7. 概算要求のあのー,申請書を書いている段階でも,そこは, そのときにいたメンバーでは,(a)博物館として幼児教育に 対してどんな提案ができるかっていうのを試行錯誤する 場所を作りたいね,というのは話していました. (中略) (b)その時点で,あのう,課題があって,博物館として提案 できることがあるだろうなとは思っていた. (中略) (c)博物館が幼児教育をやること自体はその当時は全く, あのー,期待されていなかったと思う.え,やるの.と言わ れたことも多かったぐらいなので.えー,求められたから やったというよりは,あの,(d)博物館としてその部分を作って いって社会に提案したいと考えた.. 代の子どもを連れた来館者へのサービス向上の一環と. のように回答している.A 氏は,約1割いる未就学世 して,保護者が展示を見学している間の託児スペース の検討をしたこともあったと語っている(表7下線部 (a)).また,B 氏は,博物館でどのような幼児教育が できるかという視点で屋上に幼稚園を作る案があった と話している(表7下線部(b)).これらの発言から, 開発計画の初期の段階では,親子で一緒に博物館を楽 しむという視点では検討されていなかったことがわ かる. いつ頃,どのような理由で,コンパスの対象が「4 から6歳のお子さん」ではなく,「4から6歳のお子. として幼児教育に対して何か貢献できることがあるの. さんとその保護者の方」になったのだろうか.小川ら. ではないかと考え(表5下線部(b)),それを試行錯. (2015)は,「コンパスは平成25年3月に定められた. 誤して提案する場所として,コンパスを開発したと,. 地球館Ⅰ期展示改修基本計画における改修の重点要素. B 氏は語っている(表5下線部(a)(d)).B 氏の発. 『世代間の知の循環を促進するための親子のコミュニ. 言から,B 氏が,A 氏と同様に,新しい展示モデルを. ケーションを目的とした展示コーナーの新設』を受け. 構築して,それを全国に普及させていくという国立科. 構想された」と述べている.2012年9月7日公表の. 学博物館の役割を意識していたことが伺える.また,. 行政事業レビューシート(文部科学省,2012)の事. B 氏の発言から,B 氏が,そのような視点で開発メン. 業概要欄にも,「地上3階『たんけん広場 A 発見の. バーと議論を重ねていたことがわかる.. 森』を『親子のコミュニケーションを軸とした新コン. 以上の結果を要約すると,国立科学博物館には,全. セプトの対話型展示室』に」改修するとの記載がある. 国の科学系博物館の主導的な博物館として,これまで. ことから,基本計画を策定する頃には,未就学児だけ. にない新しい展示モデルを構築し社会に提案していく. ではなくその保護者も対象とする展示室の検討が進め. という役割がある.コンパスの開発メンバーは,コン. られていたことがわかる.高橋ら(2008)や原田ら. パスの開発について,自館の展示室開発というだけで. (2011)は,幼児向けプログラムの開発において,親. はなく,新しい展示モデルの構築という国立科学博物. 子で一緒に楽しむことや保護者に対するねらいを設定. 館の役割も意識して検討を進めていたのである. b.未就学児とその保護者を対象とした理由 コンパスのホームページには「コンパスは4から6 歳のお子さんとその保護者の方を主な対象とした展示 室です」(独立行政法人国立科学博物館,n.d.)と明記. 表6 対象年齢の設定理由(文書 B) 未就学児と言っても成長段階は大きく異なるので,その うちの 4-6 歳を設定しました.親子の展示室としたのは, だいぶ後になってからです.. (a). されている.コンパスが主な対象を4歳から6歳の子 どもに設定したのは,国立科学博物館の来館者(2011 年度)のうち8.7%が未就学世代でありながら,国立 科学博物館の従来の展示・学習支援活動が小学生以上 を対象としていたためである(成毛,2017;小川, 2018;小川ら,2015) . 「未就学児と言っても成長段階. 表7 開発計画の初期に検討していた内容 (面接 A) ベビーカーで連れてくるお客さんが多い割には子どもたち の場所もないし.だから,(a)そういう託児スペースで子ども たちが遊んでいる間,親がちゃんと見学できるようにって.. (面接 B) なので,あの,展示を作るっていうアイディアもあったし, 齢を4歳から6歳に設定したと,B 氏は回答している. それから屋上に,まあ,幼稚園を作ろうと.はい,(b)幼稚園 作って色んなことをやってみて,こういうやりかたがあり 開発計画の初期にどのような検討をしていたのかに ますよっていうのをやりながら作ったものを提案していけ るんじゃないかっていうふうに最初,考えてました. ついて,A 氏,B 氏ともに,初期の段階では公式非公. は大きく異なるので」(表6下線部(a))主な対象年.

(9) 科学教育研究 Vol. 45 No. 1(2021). しており,国立科学博物館として幼児を対象とする学. 65. につなげたいと考えていたことが伺える.. 習支援活動を検討する際に,保護者の果たす役割を意. コンパスで保護者が果たす役割について,A 氏は表. 識していたことが伺える.2013年10月の国立科学博. 9のように語っている.保護者がいることで子どもが. 物館科学博物館地球館Ⅰ期展示改修基本設計(国立科. 安心してコンパス内を見て回ることができる(表9下. 学博物館,2013)では,「科博の新たな先導的取り組. 線部(a)),保護者がいれば,コンパスで子どもが興. みとして,未就学児とその親を主な対象とし,(中. 味を持ったことを,次の体験や家庭での学びにつなげ. 略)親も子も一緒になって楽しめる空間とする」と,. ることができる(表9下線部(b))と考えたと,A 氏. 主な対象が未就学児とその保護者であることが明記さ. は述べている.A 氏の発言から,保護者には,コンパ. れている.. スの中で子どもと展示をつなぐ役割と,コンパスでの. 子どもとその保護者を対象とした理由について,B 氏の文書による回答と面接での発言を表8に示す.B. 経験を他の場所や家庭での学びにつなげる役割とが期 待されていることがわかる.. 氏は,博物館での体験を通して保護者の子どもとの接. 保護者の果たす役割が大きいと考えた背景には,文. し方に変化を与えることが,未就学児の学習に効果が. 部科学省(2000),東京都生涯学習審議会(2007)の. 大きいと考え,対象を子どもだけではなく,子どもと. 報告書の「家庭教育はすべての教育の出発点である」. その保護者とすることを提案したと回答している(表. や「保護者は外界との媒介者」といった考え方がある. 8下線部(a)(b)).また,B 氏は面接で,子どもだ. (小川,2017,2018;小川ら,2015) .子どもにとって,. けを対象にすると,「そこで終わってしまう」(表8下. 保護者は外界との媒介者,つなぎ役であると位置づけ. 線部(c)),「その瞬間で終わってしまう」(表8下線. たことについて,A 氏は,上述の報告書に加え,佐伯. 部(f))と述べている.子どもが博物館で過ごす時間. (1). (2001)のドーナツ論. や正統的周辺参加(2) (Lave &. は短く,その時間の中で博物館が子どもに対してでき. Wenger, 1991)なども参考にしたと回答している(表. る学習支援は限られているので(表8下線部(d)),. 10下線部(a)).. 博物館から家に帰った後,子どもの学びに大きな役割. 以上の結果を要約すると,コンパスが4歳から6歳. を果たす保護者に対して働きかけることが必要だと考. の子どもを主な対象としたのは,国立科学博物館の来. えたと(表8下線部(e)),B 氏は語っている.B 氏. 館者(2011年度)のうち8.7%が未就学世代でありな. の回答や発言から,未就学児に対して影響力の大きい. がら,当該世代を対象とする展示・学習支援活動がな. 保護者に対して働きかけることで,博物館での経験を. かったためである.開発計画の初期には,子どもだけ. その場限りの学びではなく,家庭に帰ってからの学び. を対象に検討が進められていたが,基本計画を策定す る頃には,子どもだけではなく,未就学児とその保護. 表8 子どもだけでなくその保護者も対象とした理由 (文書 B) 当初は幼児向けの展示室という想定でしたが,(a)親もとも にという提案は私から行いました.展示室で利用者が過ご す時間は長くはなく,展示室での体験がものすごい影響を 与えるとは考えにくい.それよりも(b)博物館での体験によ り,親の子どもとの接し方に変化を与えられれば,効果は 大きいだろうと考えました. (面接 B) えっと,普通であれば,あの,子ども向けの展示施設って いうのを作るって思うんですけれども,(c)子どもだけを対象 にしても,あのー,そこで終わってしまうだろうなって いう風に考えて,でー,(d)うちが出来ることっていうのは, あのー,ほんとに短い時間,子どもたちと関わることしか 出来ないので,そうではなくて,えー,(e)博物館で過ごした 時間の後で,一番大事な役割を果たす親が,自分の子ども に興味を持って,でそのー,発展させるように作らないと, えー,(f)その瞬間で終わってしまうものになってしまうだろ うなという風に考えたので.. 表9 コンパスで保護者が果たす役割(面接 A) 未就学児の周りに保護者がいることによって外界とのつな がりができるだろう.で,(a)いきなりシロクマの展示を見 ても子どもたち怖がっていかなくなっちゃうでしょうね. 親がいればもう少し行けるんじゃないか,とかね.あと, ここで,(b)コンパスでやった経験を他んとこに見に行こう と言ったって,親がいれば連れて行ってくれるんじゃない か.ということで保護者が必要だ. 表10 保護者が果たす役割が大きいと考えた背景(文書 A) 本コンセプトは子供の行動に対し,親が外界とのつなぎ役 として位置付けており,以前の施設のインストラクターに 当たるのが親になる. この考え方は佐伯ゆたかさんの「学び (a) のドーナツモデル」やレイヴ・ウェンガーの「正統的周辺 参加論」を参考にした.保護者ととも経験することで,家庭 や他の展示室での行動や疑問を誘発でき,考えることに つながると期待し,保護者との対話を重視した..

(10) 66. 髙橋・山口・稲垣:国立科学博物館の展示室「親と子のたんけんひろばコンパス」の理念. 者が対象になった.その理由は,当該世代の教育に関. ない新しい展示を開発するという意味では,事例のほ. する行政の報告書や,関連する学習理論などから,未. とんどない「考える」と「行動する」に焦点を当てる. 就学児にとって保護者の果たす役割は大きく,親子で. ことになるのだろうが,科学リテラシー涵養活動の体. 一緒に博物館を体験することが,家庭での学びにつな. 系に基づくと,未就学児にとって「考える」や「行動. がると考えたからである.. する」は難しいので,「例えば,考えることぐらいで. c.「感じる」と「考える」に焦点を当てた理由. きるんじゃないかって」(表11下線部(a))と,まず. コンパスでは科学リテラシー涵養活動の目標のうち,. は「考える」を目標とする展示室を開発することにし. 「感じる」と「考える」に焦点を当てている(小川ら,. たと述べている(表11下線部(b)).その上で,もう. 2016).科学リテラシー涵養活動の目標とは,独立行. 1つの目標として「感じる」を選んだ理由を,A 氏は. 政法人国立科学博物館科学リテラシー涵養に関する有. 表12のように話している.全国の科学系博物館を対. 識者会議(2010)が提案したものである.独立行政. 象とした調査の結果(小川,2011),幼児∼小学校低. 法人国立科学博物館科学リテラシー涵養に関する有識. 学年期の「感じる」と「知る」の涵養を目的とした展. 者会議(2010)は,科学リテラシーを「人々が自然. 示やプログラムは多いので,国立科学博物館で新たに. や科学技術に対する適切な知識や科学的な見方及び態. 開発する必要はないと考えた(表12下線部(a))と,. 度を持ち,自然界や人間社会の変化に適切に対応し,. A 氏は説明している.しかし,「『感じる』がないと子. 合理的な判断と行動ができる総合的な資質・能力」と. どもたち動かないよね」(表12下線部(c))と,未就. 定義し,科学リテラシー涵養活動の目標を「感じる. 学児の科学リテラシー涵養には「感じる」体験が欠か. (感性の涵養)」「知る(知識の習得・概念の理解)」. せないので,もう1つの目標として「感じる」を選ん. 「考える(科学的な思考習慣の涵養)」「行動する(社. だと,A 氏は述べている.A 氏は,また,知識にこだ. 会の状況に適切に対応する能力の涵養)」の4つに分. わることが「考える」ことの妨げになるのではないか. 類した上で,幼児∼小学校低学年期から熟年期・高齢. (表12下線部(b))と考えて,目標から外したと述べ. 期まで各世代に求められる目標を整理している.. ている.A 氏の発言から,科学リテラシー涵養活動の. コンパスが「感じる」と「考える」に焦点を当てて 開発された理由の1つには,全国の科学系博物館にお ける学習支援活動の実態について科学リテラシー涵養 の観点から調査した結果(小川,2011)がある.こ の調査の結果で,幼児∼小学校低学年期では「感じ る」と「知る」を目標とした事業の割合が高く,「考 える」と「行動する」を目標に含む事業の割合が低い 傾向にあったため,「感じる」と「考える」に焦点を 当てた(小川ら,2016) .しかし,これは, 「考える」 に焦点を当てた理由にはなっても,「感じる」と「考 える」に焦点を当て,「知る」と「行動する」に焦点 を当てなかった理由にはならない. 独立行政法人国立科学博物館科学リテラシー涵養に 関する有識者会議(2010)は,科学系博物館におけ る「科学リテラシー涵養活動」の体系を4つの目標と 5つの世代・ライフステージで整理し,生涯学習の観 点から各世代に応じた目標の強調点を設けている.各 世代で強調される科学リテラシー涵養活動の目標は, 年齢が上がるにつれ,「感じる」から「知る」 ,「考え る」,「行動する」へと移り変わっていく. A 氏は,国立科学博物館の役割として,これまでに. 表11 「考える」を選んだ理由(面接 A) あとはリテラシーの,あの,総括表があるんですけど,あの ご存知だと思うんですけど,20 のマス目のね,あれの元々 の仮説だと,まあ幼児と小学生は,まあその行動するとか 考えるとか,どっちかと言うと考える,いや,感じるが中心 なんですよね.ですので,なかなかあの,行動するのは 難しいだろうっていうことで,(a)例えば,考えることぐらい できるんじゃないかっていうような考え方があって,まあ 行動するをいきなり持ってくよりは,考えるという,その, 少ない,少ないから,考える,行動するなんだけど,(b)いき なり行動するってのを目的には難しいだろうってことで考 えるってのを目的にした. 表12 「感じる」を選んだ理由(面接 A) まあ,(a) 「知る」と「感じる」というのが多いので,まあ, そのやらなくても,科博でやらなくても,たぶん, 「感じる」 と「知る」に関するプログラムは色んな博物館でできるで しょうと.だからまあ,あの,「知る」「感じる」「考える」, 3 つやってもいいんだけどね,まあ,それよりはあの,(b)知る ということにこだわっちゃうと,次の難しい問題である 「考える」とか「行動する」に行かないんじゃないかと.と いうことで目標を 2 つに絞って.で,「知る」と「感じる」 を両方天秤にかけると,(c)まあやっぱり「感じる」がない と子どもたち動かないよね.ってことで「感じる」,そして 「考える」というふうにした..

(11) 科学教育研究 Vol. 45 No. 1(2021). 67. 4つの目標のうち,「考える」に焦点を当てたのは,. 様々なアイディアを歓迎する場所だと B 氏が考えて. これまでに取り組み事例がほとんどなく,国立科学博. いたこと,また,理念を検討する際に,学校教育と博. 物館の役割として新たに開発する必要性があると考え. 物館での教育との違いが意識されていたことが伺える.. られていたからであり, 「感じる」に焦点を当てたの. 「感じる」と「考える」に焦点を当てたことによっ. は,未就学児にとって「感じる」体験が必要不可欠な. てコンパスの展示にどのような特徴が生まれたのかに. 要素だと考えられていたためであることがわかった.. ついて,A 氏は,小学生以上を対象としていた発見の. また,「行動する」に焦点を当てなかったのは,科学. 森と比較しながら,表15のように説明している.発. リテラシー涵養活動の体系に基づくと,未就学児に. 見の森が,生態的なものを復元して,森に興味を持た. 「行動する」という目標は難しいのではないかと考え. せる仕掛けとなっていたのに対し(表15下線部(a)),. られていたからであり, 「知る」に焦点を当てなかっ. コンパスでは,知識を正確に覚えるということより,. たのは,事例が多いことに加え,知識の習得にこだわ. 見たものに対して興味を持ったり,自分なりに考えた. ることで「考える」を涵養する妨げになるのではない. りしてほしいと考え(表15下線部(b)),生態学的な. かと考えられていたからであることがわかった.. 展示は行わず,標本の魅力が伝わるような展示とした. B 氏もまた,コンパスが未就学児を対象としている. (表15下線部(c))と,A 氏は述べている.A 氏の発. ことを理由に挙げて,「知識の獲得よりも,実物の標. 言から,理念として,科学リテラシー涵養のうち「感. 本だから起こる,感激や疑問を出発点に,どのような. じる」と「考える」を目標としたことが,展示室全体. 着眼点・発想も受容し,親子で過ごすことを楽しいと. の設計に大きな影響を与えたことがわかる.. 感じてもらえるように設計」(表13下線部(a))した. 以上の結果を要約すると,コンパスが科学リテラ. と回答している.B 氏が「知る」より「考える」を重. シー涵養活動の目標のうち「感じる」と「考える」に. 視した理由を,表14に示す.B 氏は,学校はマル,バ. 焦点を当てて開発を行ったのは,未就学児が博物館の. ツをつけられる世界だが(表14下線部(a)),博物館. 展示に興味を持つためには,「感じる」体験が必要不. は,今までと違うアイディアを探しているところ(表. 可欠な要素だと考えられていたからであり,「考え. 14下線部(b)),なぜそう考えたのかと聞いてもらえ. る」に焦点を当てた取り組み事例はそれまでにほとん. る場所(表14下線部(c))だと話している.B 氏の発. どなく,国立科学博物館の役割として新たに開発する. 言から,知識を習得し,正解を答えることを求める学. 必要性があると考えられていたためである.未就学児. 校教育に対して,博物館は考えることを大切にし,. にとって「行動する」という目標は難しいと判断し, また,知識の習得にこだわることで「考える」を涵養. 表13 コンパス設計の視点(文書 B) コンパスでは対象者を未就学児に設定しています. (a)知識の獲得よりも,実物の標本だから起こる,感激や疑問 を出発点に,どのような着眼点・発想も受容し,親子で過 ごすことを楽しいと感じてもらえるように設計しています. 表14 「知る」より「考える」を重視した理由(面接 B) 「あ,そういうアイディアって面白いね」って周りの人に 言ってもらえる体験の方が大事だと考えていたので.あ のー,(a)学校に行ってしまうとやっぱマル,バツっていう 世界にいってしまうけど,あのー,博物館だと,マルバツっ てあんまりつけたくなくて,変なアイディアであっても それは,面白いアイディアとしてうける可能性はあって, むしろ僕らは,えー,(b)正解を探してるんだけど,今まで と違うアイディアも探している職種でもあるので,子ども たちの色んなアイディアが,そういう発想があったかって いうのは,ダメっていうよりは面白いねっていう.(c)ま, なんでかな.君はなんでそう考えたの?っていうのが知り たい場所なんですね.. する妨げになると考え,「行動する」と「知る」を目 標にしなかったことが明らかになった.コンパスでは, 表15 「感じる」「考える」に焦点をあてたことによって生 まれた展示の特徴(面接 A) コンパスは前の発見の森と違って,知識とかというものじゃ なくて,あくまでも「感じる」と「考える」を重視したので, 何かそこで知識を得るということはあってもいいんだけど, どっちかっていうと(a)発見の森は,何かを発見して興味を 持つ.生態的なものを復元して,で,森を,森に今度例えば, その,それを通して,森に行ってみようという気を持たせる とか,森に行ったというか準備をするような施設だったん ですけど.あのー,どっちかっていうとコンパスは,えー, それを見てじゃあ,あの,動物園に行こうとかいうのもある かもしんないけど,(b)それを正確に覚えるというよりは, 興味を持ったり,それからあのー,これについて自分で色々 考えてみようっていうことなんで.あの,(c)生態学的な展示 は最初から考えてなかったんじゃないかな.ねえ.だから 分類というよりは,標本の魅力を伝えるっていうことが. どっちかっていうとそっちじゃないですかね..

(12) 68. 髙橋・山口・稲垣:国立科学博物館の展示室「親と子のたんけんひろばコンパス」の理念. 「感じる」と「考える」に焦点を当てたことにより,. 身につかないので,博物館での体験を家庭に持ち帰っ. 「実物の標本だから起こる,感激や疑問」(表13下線. て,日常生活の中で考える習慣を養ってほしいと,そ. 部(a))を重視した,標本1つ1つの魅力が伝わるよ. のためには保護者が必要である(表17下線部(b)). うな展示手法が採用された.「感じる」と「考える」. と語っている.A 氏の発言から,コンパスでの体験を. に焦点を当てたことが展示の設計に大きな影響を与え. 学びにつなげるためには,コンパスに滞在している間. ていることがわかった.. だけではなく,その後の家庭に帰ってからの時間も含 めた学習支援を検討することが大切であると考えられ. 2.博物館体験の持ち帰り コンパスのホームページには「さらには博物館での. ていたこと,特に,「感じる」に加えて「考える」を 目標に設定したことが,博物館体験の持ち帰りという. 体験を家庭における『日常』に持ち帰ってもらうため, 理念に影響を与えたことがわかる.未就学児が,博物 保護者の方と『驚き』や『発見』を共感してもらうこ. 館での体験を日常生活に持ち帰り,家庭での学びにつ. とを大切に考えました」(表2)という1文があるが,. なげるには,保護者の存在が欠かせないというように,. 博物館での体験を家庭に持ち帰るとはどういうことな. 博 物 館 体 験 の 持 ち 帰 り と い う 理 念 は, 前 述 の「 Ⅳ. のだろうか.博物館体験の持ち帰りという理念を設定. -1-b 未就学児とその保護者を対象とした理由」に. した背景には,(1)博物館体験と日常生活をつなぐ,. 影響を与えている.. (2)世代間の体験の違いを発見するという2つの観点. 以上の結果を要約すると,博物館体験を持ち帰ると. があった.. いうコンパスの理念のベースには,ふれあい体験モデ. a.博物館体験と日常生活をつなぐ. ル(Falk & Dierking, 1992)や学習の文脈モデル(Falk. A 氏は,博物館体験を持ち帰るというコンパスの. & Dierking, 2013)がある.コンパスでの体験を学びに. 理念のベースには,ふれあい体験モデル(3)(Falk & (Falk & Dierking, Dierking, 1992)や学習の文脈モデル(4). 表17 博物館体験の持ち帰り(面接 A). 2013)があったと回答している(表16下線部(a)).. これはね,あの,えっとー,リテラシーの 20 の枠組みを考 えるときに,あのー,まあ,わたしの頭の中にあったのは, (a)あの 20 の枠組みってのは,博物館だけじゃないんですよ ね,博物館や大学や学校を含めて,まあ全ての教育機関が あれに関連して,人々が人生において,どういう風にこう 発達していくかっていうのを書いたのが 20 のマス目なん で.したがって,あの,(b)子どたちが,特に考えるってい うはおそらくここの展示室ではできないだろうと.あのー, ここの展示室から,合わせて次の,ま,持って帰ることによっ て,考える習慣が家でつくようになればいいんじゃないかっ ていう.そのためには親が必要だねっていう.まあ,理屈 的にはそういう風になりますよね. (中略) フォーク,ディアキングのふれあい体験モデルと,それを 進化した,あの,ふれあい体験モデルは,えっと,物理的 コンテキストと個人的コンテキストと,えーっと,ソーシャ ルコンテキスト,社会的コンテキストと 3 つ入っている, ふれあい体験モデルなんですけど.ま,(c)特に社会的コン テキストが強い,あのー,展示なんですね,今回のはね. で,それに学習の文脈モデルっていう,彼らが 2000年に, 2001年かな,あのー.コンセプチュアルラーニングモデルって いう,まあそういうのを作ってるんですけど.(d)要するに 体験から学習につながっていくんだけど,それ時間を概念 に入っているんですね.ふれあい体験モデル,時間がね. だから,(e)時間をかけてやることによって学びにつながるん だっていう,まあそういう考え方も,たぶん参考に,頭の 中ではあったんじゃないかと.(f)だから持って帰って家で やるとか,また来るとか.そこを通して学びにつながって いくんじゃないか.っていうのが,あったんだろうと思うん ですね.. 博物館体験の持ち帰りに関する A 氏の発言を表17に 示す.A 氏は,コンパスは,ふれあい体験モデルの中 の特に社会的コンテキストが強い展示であると述べて いる(表17下線部(c)).体験から学習につながるた めには時間という概念が必要だという考え方を参考に (表17下線部(d)(e)),博物館での体験を家に持ち 帰ったり,再び博物館を訪れたり,といったことが学 びにつながっていくのではないかと考えた(表17下 線部(f))と,A 氏は述べている.A 氏は,科学リテ ラシー涵養活動の目標(独立行政法人国立科学博物館 科学リテラシー涵養に関する有識者会議,2010)は, 博物館に限定されるものではなく,人々が生涯を通じ てどのように科学リテラシーを発達させていくかとい う視点でまとめられている(表17下線部(a) )と説明 した上で,コンパスにいる時間だけでは考える習慣は 表16 博物館体験を持ち帰るという理念の背景(文書 A) (博物館体験を家庭に持ち帰るというコンセプトは,いつ,どのよ うな議論の中で生まれたのでしょうか.という問いに対する回答の 中で). (前略)(a)またフォーク,ディアキングのふれあい体験モデル と学習の文脈モデルを参考にしています..

(13) 科学教育研究 Vol. 45 No. 1(2021). 69. つなげるためには,コンパスに滞在している間だけで. 19に示す.A 氏は,対話促進型展示とは「展示を通し. はなく,その後の家庭に帰ってからの時間も含めた,. て対話を促す」(表19下線部(b))ことを目的とした. 学習支援を検討することが大切であると考えられてい. 展示であると述べている.. たこと,特に,「感じる」に加えて「考える」を目標. A 氏は面接の中で,1960年代後半以降のエクスプ. に設定したことが,博物館体験の持ち帰りという理念. ロラトリウムに始まる世界の流れを受け,国立科学博. に影響を与えたことがわかった.. 物館では,全国に先駆けて1985年に参加体験型展示. b.世代間の体験の違いを発見する. を取り入れた「見つけよう・考えよう・ためしてみよ. 一方,B 氏は,博物館体験の持ち帰りという理念に. う―たんけん館」を開館したと説明した上で,その後,. ついて,表18のように回答している.B 氏は,博物館. 参加体験型展示が全国に普及したので,参加体験型展. での体験を通じて自分の子どもはカエルの卵を知らな. 示に代わる新しい概念として対話促進型展示を提案し. いと気がついた保護者から「来週は本物を見せに行き. たと説明している(表19下線部(a)).ただし,A 氏. ます」と言われた経験があり,その経験から,博物館. によれば,参加体験型展示と対話促進型展示は対立す. での体験が博物館の外での学習につながっていくこと. る概念ではなく,これまでの参加体験型展示でも「対. を学んだと述べている(表18下線部(a)).面接の中. 話の促進」は意識していたという.そこで本節では,. で B 氏は,この1997年春の経験を踏まえて,発見の. コンパス以前の参加体験型展示室で行われていた対話. 森は,博物館というのは「来た人が直接学ぶだけじゃ. の促進とコンパスが目指す対話促進型展示との相違点. なくて,親子の違いっていうのを発見,お互いが気が. を整理する.. つくことができる」場所ということを意識して開発し. a.標本を介した対話. たと話している(表18下線部(b)).そして,博物館. 小川・岩崎(1998)は,コンパスの前身である発. で親子がそれぞれの世代による経験の違いを発見し,. 見の森のさらに1つ前の展示室であるたんけんフロア. それが博物館を出た後の行動につながるという気づき. での教育活動において標本を介した対話による科学教. は,約20年後のコンパス開発にも影響を与えたと,B. 育プログラムを開発した.これは,それまで主流で. 氏は語っている(表18下線部(c)).B 氏の回答から,. あった一方向的な知識伝達を中心とした教育プログラ. コンパスの博物館体験の持ち帰りという理念は国立科. ムではなく,来館者と支援者が標本・資料に関するお. 学博物館としてのこれまでの展示運営の中で培われた. 互いの既知の世界を尊重しながら対話することで,未. 経験が反映されていることがわかった.. 知の世界を学ぶことを目指して,開発されたもので あった.. 3.博物館での親子のコミュニケーション. 当時は「対話を促進するコミュニケーションツー. 小川ら(2016)は,コンパスでの展示を「対話促. ル」(表20下線部(c))と呼ばれていた凍結乾燥させ. 進型展示」と位置付けているが,対話促進型展示とは. たタヌキの糞が入った標本箱を見せたときの来館者の. 何なのか.対話促進型展示に関する A 氏の発言を表. 反応を,A 氏は表20のように語っている.A 氏は, 「対話を促進するコミュニケーションツール」は,そ. 表18 世代間の体験の違いの発見 (文書 B) 「発見の森」を企画する前に,観察センターに来た親子との 体験で,(a)カエルの卵を知らない自分の子どもに驚いた親 がいて,「来週は本物を見せに行きます」といった経験が あり,博物館での体験が世代の違いを理解し,外につながっ ていくこと学びました. (面接 B) あ,(b)博物館というのは,あの,来た人が直接学ぶだけじゃ なくて,親子の違いっていうのを発見,お互いが気づくこと ができる,そんなこともできる場所なんだなということが すごくインパクトが,自分の中にあって.で,発見の森を作る ときにはそういうことも踏まえて作っている.で,(c)それが また, 20 年くらいたってコンパスを考えるときにもやっぱり.. 表19 参加体験型展示から対話促進型展示への流れ(面接 A) これはあの, 60年代か, (a)参加体験型展示ってのが 1960年に, えー,67年でしたっけね,あの,エクスプロラトリウムと いう科学館が出来てですね.で,世界に広がっていくんで すけど,日本は 70年代後半ぐらいから,参加体験型展示が 始まって,まあ科博はかなり早い時期にあの,たんけん館っ ていう参加体験型展示を取り入れたんですね.で,それが まあ全国に広がってったんですけど.まあ,それに代わる 概念として対話促進型展示っていう.まああの,展示その ものに,あの,興味を持つことは大事なんですけど.(b) 展示 を通して対話を促すっていう,こういうような位置づけなん ですね.展示によって対話を促す.まあ,それを対話促進 型展示というふうに位置づけた..

参照

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