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再発半球と同側方向へのpusher現象が生じた一症例

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Academic year: 2021

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(1)

1.はじめに

Pusher

現象はあらゆる姿勢で麻痺側へ傾斜し,自 らの非麻痺側上下肢で床や座面を押し,姿勢を正 中位にしようとする他者の修正に対し抵抗する特 徴的な現象である[1].同現象は急性期に見られる 症状で,その多くは早期に消失することが報告さ れている[2].一方で

pusher

現象が長引く場合,

ADL

Activities of Daily Living

)の回復が不良で,入院期 間が長期化するとも報告されている[3,4].現在のと ころ,

pusher

現象に対する治療方法は十分には確立 されておらず,発現機序を含め同現象に対する理解 を深めることは,今後のリハビリテーションプログ ラムの考案や帰結を予測する上で重要である.  脳卒中後,重度の運動麻痺や感覚障害が生じた場 合,座位や立位において身体が麻痺側へ傾斜する症 例は多いものの,傾斜が強まった場合は,自ら傾斜 を修正する反応や,それが困難な場合でも転倒への 恐怖感を訴える.しかし,

pusher

現象を伴う症例の 場合は先述の通り,自らの非麻痺側上下肢で麻痺側 に傾斜するように積極的に押し,他者の他動的な姿 勢の修正に抵抗する特異的な行為が観察される.こ の

pusher

現象は通常,脳の損傷側とは反対側に生 じ,右半球損傷であれば左側へ押す現象,左半球損 傷であれば右側へ押す現象となって現れる.しかし ながら,我々は右半球に陳旧性の病変が存在する症 例が,左半球の脳出血を再発後,上記の方向とは反 対方向,すなわち脳損傷側と同側方向へ

pusher

現象 が生じた事例を経験した.この損傷側と同側方向に 押すという現象は過去に報告がない.そこで本報で はこの希有な現象を発現した症例の現病歴や既往歴 を含めた特徴や,

pusher

現象の回復経過を提示した 上で,脳の画像所見をもとに特異的な

pusher

現象の 発現機序について検討し報告する.   2.症  例 2.1.プロフィールと障害および診断名  本症例は

82

歳の右手利き男性であり,左脳出血に より右片麻痺,高次脳機能障害(感覚性失語,観念 失行,認知症)を呈した.   2.2.既 往 歴

68

歳で脳梗塞(右前頭葉),

75

歳で脳出血(右頭 頂葉∼後頭葉の皮質下)を発症した.既往の発症当

症例報告

再発半球と同側方向への

pusher

現象が生じた一症例

須江

慶太

1)

・平林

2)

・栗木

淳子

1)

・片井

3) 要 旨:Pusher現象は通常,損傷半球の反対側に生じ,右半球損傷であれば左側へ,左半球損傷であれ ば右側へ押す現象である.我々は脳損傷側と同側へのpusher現象が生じた症例を経験した.症例は右半 球にも陳旧性の病巣が認められる82歳男性で,左半球側頭葉に脳出血が生じた脳卒中再発例である.本 症例のpusher現象は,今回再発した右半球と同側に生じるという特異的な現象であった.近年の報告 で,pusher現象の発現や回復の遅延には右半球病変が左半球よりも関連があることが明らかになりつつ ある.再発により両側半球損傷を負った本症例における特異的なpusher現象の発現には,陳旧性の右半 球病変の関与が考えられた. Key words:体軸傾斜症候群,両側半球損傷,右半球病変 1) JA長野厚生連鹿教湯三才山リハビリテーションセン ター鹿教湯病院 理学療法科   (〒386-0396 長野県上田市鹿教湯温泉1308) 2) JA長野厚生連鹿教湯三才山リハビリテーションセン ター鹿教湯病院 心理療法科 3) JA長野厚生連鹿教湯三才山リハビリテーションセン ター鹿教湯病院 脳神経内科 (受付日 2017年11月14日/受理日 2018年 7 月21日)

(2)

時に

pusher

現象の発現の有無や神経心理学的な障害 の有無については不明であるが,身体的な後遺症と して軽度の左片麻痺と両眼の視野障害が残存した.

75

歳で脳出血を発症後,ケアハウスに入所した.セ ルフケアや歩行はシルバーカーを使用して自立して いた.両眼の著しい視野狭窄が生じたことから,歩 行時の進行方向を把握する際に困難な場合があっ た.そのため,施設スタッフから時折方向を誘導す る声掛けをもらいながら生活を送っていた.   2.3.現 病 歴  入所中のケアハウスにて呂律障害と見当識障害が 出現し近医に緊急搬送され,頭部

CT

検査で左側頭 葉∼頭頂葉皮質下の脳出血と診断された.保存的治 療を受けた後,第

48

病日にリハビリテーション目的 で当院へ転院となった. 2.4.脳画像所見   当 院 入 院 時 の

CT

Computer Tomography

) 所 見 (第

49

病日)では,再発部位として左側頭葉(主と して左中側頭回・下側頭回とその皮質下)から左頭 頂葉にかけて一部低吸収域を伴った高吸収域を認め た(図

1

).また前医で撮像された

MRI

Magnetic

Resonance Imaging

T2

強調画像(第

40

病日)では 既往の脳梗塞により損傷したと考えらえる右前頭葉 に高信号域を認めたほか,既往の脳出血で損傷した と考えられる右頭頂葉から右後頭葉にかかる部位に 低信号域を認めた.その他右側優位の脳室拡大も認 められた(図

2

). 図 2:前医で撮影されたMRI T2 強調画像(第40病日)  右前頭葉に高信号域部位(細矢印),右頭頂葉から後頭 葉にかけて低信号域部位(太矢印)が認められた. 図 1:当院入院時のCT画像(第49病日)  今回の再発部位を矢印で示した.左側頭葉から頭頂葉にかけて一部低吸収域を伴った高 吸収域が認められた.

(3)

3.入院時の評価結果とその経過 3.1.入院時評価(第49病日)  意識は清明であった.コミュニケーションは「手 を上げてください」などのごく簡単な指示に対す る動作的な追従はなんとか可能なレベルであった. 今回の発症を機に,もともと著しく狭窄していた 両眼の視野は,光を感じる程度のみへと悪化した. 高次脳機能障害についての臨床所見としては,意 味性ジャルゴンや言語性の保続などがあり感覚性 失語を認めた.また観念失行や認知機能の低下と いった症状が明らかに認められた.しかし視覚,言 語,合目的動作などの複合的な障害により客観的 な評価による重症度の精査が困難であった.身体 機能については,左右の上下肢にごく軽度の運動 麻痺が認められた.触覚刺激や痛み刺激には敏感 であり,明らかな体性感覚障害はないと考えられ た.最も特徴的であったのは,脳の再発半球側と 同側方向に生じた

pusher

現象であり,右上下肢を用 い左側方向へ押す現象が生じていた(図

3

).

SCP

Scale for Contraversive Pushing

)は最重度の

6.0

点で あった.本症例は左方向への姿勢崩れに対し無関心 で,転倒しそうになっても表情の変化や恐怖感の訴 えもなかった.一方で,右方向に対する姿勢の修正 に対しては,激しく抵抗し,不快感を訴えるよう な発言も時折聞かれた.能力面では動作全般に介助 が必要で,起居動作や移乗動作などには全介助が 図 3:本症例における特異的なpusher現象  本症例では,左半球の再発後に左方向へのpusher現象が生じた. 写真はそれぞれ,座位(a),立位(b),介助者の他動的な修正に 対する抵抗(c)を表す. 表 1:本症例の入院時,退院時における心身機能およびADL能力 心身機能評価 入院時(第48病日) 退院時(第152病日) 運動麻痺 (Br. stage) 右上肢Ⅴ,右手指Ⅴ,右下肢Ⅴ 左上肢Ⅴ,左手指Ⅴ,左下肢Ⅴ 右上肢Ⅵ,右手指Ⅵ,右下肢Ⅵ 左上肢Ⅴ,左手指Ⅴ,左下肢Ⅴ 感覚障害 左右とも障害なし 変化なし 粗大筋力 (MMT) 右上肢 5 右下肢 5 左下肢 5 左下肢 4 右上肢 5 右下肢 5 左下肢 5 左下肢 4 高次脳機能障害 (臨床所見からの判断) 感覚性失語 認知症 観念失行 変化なし Pusher現象 (SCP) 6.0 1.0 ADL (FIM) 総合: 20/126 (運動: 13,認知: 7) 総合: 37/126 (運動: 30,認知: 7)

Br. stage: Brunnstrome recovery Stage,MMT: Manual Muscle Testing,SCP: Scale for Contraversive Pushing, ADL: Activities of Daily Living,FIM: Functional Independence Measure.

(4)

必要であった.入院時

FIM

Functional Independence

Measure

)は

20/126

点であった.入院時の心身機能,

ADL

能力の詳細は表

1

に示した. 3.2.経  過  当院の回復期リハビリテーション病棟入棟後,理 学療法,作業療法,言語聴覚療法が毎日実施され た.特に理学療法においては

pusher

現象の軽減が主 たる目標となった.本症例はほぼ失明状態であり,

pusher

現象に対する治療として有効性が示唆される 視覚フィードバック[5]を用いることが困難であっ た.そのため,入院初期には座位において右上肢 での

on elbow

から

on hand

への反復移行練習を行い,

pusher

現象の軽減を目指し理学療法を行った.しか し,

SCP

6.0

点と十分な治療効果を得られず,日 常生活においても病棟スタッフの介助量が多い状態 が続いたことから,体幹からの触覚刺激による垂直 認知の促進を促す目的で,垂直指標の一つである壁 に症例の体を寄り掛からせた静的立位練習を取り入 れた[6].練習実施直後は,一時的な

pusher

現象の軽 減が認められたため,同練習を継続した.その結 果,第

90

病日以降は徐々に

pusher

現象の軽減がみら れ,

SCP

は第

100

病日で

4.0

点,第

109

病日では

2.0

点 に軽減した.第

129

病日にはさらに軽減して

1.0

点と なり,

Baccini

の基準[7]においては

pusher

現象が消失 したが,完全消失までとは至らなかった.

ADL

場 面においては,起居・移乗動作などの介助量が軽 減し,病棟スタッフ

1

人でも介助が可能となった.

FIM

37/126

点となった.入院時に申し込んでいた 介護老人保健施設への入所が決定し,第

153

病日に 退院となった.当院退院時の心身機能,

ADL

能力 の詳細は入院時のそれと合わせ表

1

に記載した. 4.考  察 4.1.病巣側と同側方向に現れた pusher 現象  脳卒中の再発後に

pusher

現象を呈した左半球側頭 葉病変を有する症例を担当した.先行研究では側頭 葉の損傷が

pusher

現象の発現に関わるという報告[8] もなされているが,特筆すべき点は,通常損傷半 球とは反対側に生じるはずの

pusher

現象が上記とは 逆,すなわち再発半球と同側方向に現れたことにあ る.過去に病巣側と同側方向に

pusher

現象が生じた という報告はなく,希有な現象であると考えられ る.本症例がこれまでの

pusher

現象に関する多くの 報告と異なるのは,左半球の再出血以前に,すでに 右半球病変を有していた点にあるといえる.本症例 の右半球頭頂葉や前頭葉には陳旧性病変が確認でき る.とりわけ,右半球頭頂葉は

pusher

現象の発現と の関連が過去に報告されている[9].そのため,本症 例の

pusher

現象の発現機序を考える上では,右半球 の陳旧性病変の存在も無視できない.脳の損傷部位 と

pusher

現象の関連は,上記以外にも種々の報告が なされており[10-12],同現象の責任病巣については未 だ一致した見解が得られていない.加えて,近年で は,

pusher

現象の発現は局在部位ではなく,脳内全 体のネットワークの機能不全が関与している可能性 も指摘されている[13].以上のことから,脳の局在 的な損傷部位のみから本症例の

pusher

現象の発現機 序を想定するには限界がある.一方,局在部位では なく半球単位で考えた際には,参考になる報告がい くつか存在する.

Pederson

[3]は,

pusher

現象の発現 には左右半球間の差はないことを報告しているが, 近年ではこれと拮抗する報告も増えてきている.

Abe

[14]は,急性期脳卒中患者における脳の損傷半球

pusher

現象の発現率と回復過程を調査し,左右い ずれの半球損傷においても

pusher

現象は発現する が,右半球損傷でその発現率が有意に高く,また回 復も遅延することを明らかにした.また,

Babyar

[15] も急性期以降のリハビリテーション病院入院中の 患者を対象に,

pusher

現象からの回復期間を調査 し,運動障害や感覚障害,半側空間無視といった重 複障害が多い場合,特に右半球損傷患者で

pusher

現 象の回復が遅延することを報告した.これらの報告 から,

pusher

現象の発現や回復の遅延には右半球病 変が左半球よりも関連することが明らかになりつつ ある.近年の知見を踏まえると,本症例の特異的な

pusher

現象の発現機序には陳旧性の右半球病変の存 在の関与が考えられた.一方で,本症例の今回の再 発は左半球に生じた損傷であり,半球優位性が仮定 される右半球の直接的な損傷ではなかった.そのた め一定期間のリハビリテーション後には

pusher

現象 の軽減に至ったと考えられる.  

Pusher

現象の発現や回復過程に右半球の優位性が あると仮定した場合,一側半球損傷を機に対側優位 半球の機能が低下するのかという疑問が生じるが, これらを明確に立証する研究はなされていない.し かし,

pusher

現象とは異なるものの,優位半球にあ たる左半球の損傷後に失語が回復した症例が,対側

(5)

である右半球に新たな損傷が生じた際に,失語の著 しい増悪を示したという症例報告[16]がある.この 報告を行った五十嵐は対側半球を含めた機能の再編 後に起きた脳損傷の影響が失語の悪化を招いたので はないかと推察している.本症例は過去に右半球に 損傷を受けたが,その際,

pusher

現象が出現したか 否かについては定かではなく,また症状も異なるた め,五十嵐の推察と同様の発現機序を本症例に当て はめることができるかは不明である.仮に,五十嵐 の報告と同様の推察を本症例に当てはめた場合,本 症例は既往の右半球病変を機に生じた何らかの身体 垂直定位の障害を対側である左半球を中心に機能再 編がなされ代償していたが,今回の左半球に生じ た再発を機に再編された身体垂直定位機構が破綻 し,再発半球と同側方向に“押す”という特異的な

pusher

現象となって表れたと推察できる.但し,こ れらはあくまでも作業仮説の一つであり,推察の域 を出ないことを強調したい. 4.2.研究の限界  本症例報告では,再発により両側半球を損傷した 症例の特異的な

pusher

現象の発現機序を脳の画像所 見をもとに検討した.しかし,以下のような多くの 限界点が存在し,その解釈には十分な注意が必要と なる.  本報告はあくまでも単一の症例報告であり,本症 例のような対側における再発例では,同様の

pusher

現象が生じるのかは不明である.再発により両側の 半球に損傷を受けた症例の

pusher

現象の特徴につい て症例を増やし明らかしていく必要がある.また本 症例報告では

pusher

現象の発現機序の一つとして盛 んな議論が行われている視覚的・自覚的垂直認知の 変位の影響[17,18]が踏まえられていない点が限界とし て挙げられる.さらに今回は,前医及び当院入院時 の

CT

画像や

MRI

をもとに本例の

pusher

現象の発現 機序について考察を行ったが,同一時期に何らか の理由で右半球の脳血流量が低下し,それにより

pusher

現象が生じていた可能性も否定できない.単 一光子放線断層撮像や機能的

MRI

など用いた検証 を考慮する必要があったが,今回は行えなかった点 も限界である. 5.結  論  本研究では右半球にすでに陳旧性の病変が存在す る症例が,反対側の左半球に脳出血を再発後,再発 半球と同側方向に“押す”という特異的な

pusher

現 象を呈した事例を報告した.再発により両側半球を 損傷した本症例の特異的な

pusher

現象はどのような 機序で発現したかの詳細は不明であるが,右半球に ある陳旧性病変の関与が考えられた.   6.倫理的配慮  本研究の実施にあたり,症例の代諾者にあたる家 族に十分な説明を行い,書面にて同意を得た.また 鹿教湯病院研究倫理委員会の承認を受けた. 参考文献 1) Davies PM,冨田昌夫(監訳),額谷一夫(訳).ス テップス・トゥ・フォロー改訂第 2 版.東京:シュ プリンガー・フェアラーク東京;2005. P. 341-61. 2) Danells CJ, Black SE, Gladstone DJ, McIlroy WE. Post

stroke “pushing”: natural history and relationship to motor and functional recovery. Stroke. 2004; 35(12): 2873-8.

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8) Johannsen L, Broetz D, Naegele T, Karnath HO. “Pusher syndrome” following cortical lesions that spare the Thalamus. J Neurol. 2006; 253(4): 455-63.

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(6)

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参照

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