〔論 文〕
開業後の事業者に対する政府系と民間の金融機関の役割
*The Roles of Government and Private Financial Institutions in
Supporting Startup Firms after Post-Opening
尾島 雅夫
**Abstract
Startup firms require time to stabilize after beginning operations. If expected sales do not increase, then such firms will be out of business quickly, which has a negative impact on the local economy. Financial institutions support opening businesses, but have they been able to provide support after the business opens? This study analyzes whether employment in such firms increased in order to capture the effectiveness of financial institution support. I conducted the estimation using two-stage lease squares (2SLS) because employment growth and borrowing from a bank have endogeneity problems.
I find that employment growth rates for startups borrowing from both the Japan Finance Corporation and private financial institutions are increasing over time. This suggests that, first, the relationship between startups and financial institutions is maintained, and second, support from the Japan Finance Corporation and financial institutions is complemented. On the other hand, I find no increase in employment among startups that borrowed only from either the Japan Finance Corporation or private financial institutions.
key words: employment growth rates(雇用成長率)、startup firm performance(開業後の経営状況)、 Japan Finance Corporation borrowing( 日 本 政 策 金 融 公 庫 借 入 )、private financial institution borrowing(民間金融機関借入)、two-stage lease squares (二段階最小二乗法) 1.はじめに 本稿は、開業後も業績の不安定さを抱える新規開業者に対して、金融機関の支援の有効性を雇用 成長面において定量的に捉えることを目的とする。 事業の開業率が経済を活性化する指標として取り上げられることが多い。たとえば、「日本再興 戦略-JAPAN is BACK-」(平成 25 年 6 月閣議決定)は、開業率を 10% 台とする目標を掲げて開業 率に着目している。また、中小企業白書(2018)においては、日本における開業率は 2001 年度か ら2016 年度にかけては 4 ~ 5%で推移していることを示し、ドイツの 7% 前後、英国の 14% を超 える水準と比較し、日本の開業率は低いことを指摘している。開業率に関する論文において、たと えば播磨谷・吉原(2014)は、地元経済の景況を反映する指標として開業率や廃業率を用いて分析 * 本稿は、第13 回地域金融コンファレンス(長野県立大学)における報告論文に大幅な加筆・修正を加えたも のである。同コンファレンスにおいて、家森信善(神戸大学)、新田町尚人(九州産業大学)ほか多くの貴重な コメント及び本誌の匿名レフェリー、編集委員から有益なご教示をいただき感謝を申し上げたい。ただし、あ りうべき誤謬についてはすべて筆者に責任があることは言うまでもない。
** Masao Ojima、 神 戸 大 学 経 済 経 営 研 究 所 研 究 員、Researcher, Research Institute for Economics and Business
し、低い開業率は地域経済の活性化のために好ましいことではないと述べている。図に都道府県別 の開業率と就業者数(対数値)の散布図を表したが、両者の関係は右上がりを示し開業率と地域の 雇用は関係性がありそうである。 開業に大きな影響を与える要因について、中小企業白書(2017)は、起業準備者が起業できない のは性別や年代を問わず資金調達ができていないことが最も大きな理由であると説明している。ま た家森・尾島(2018)において、愛知県信用保証協会の保証利用者アンケート調査の分析を行って いるが、創業前に心配だったこととして「資金繰り・資金調達」をあげた創業者は7 割近くいた。 創業者にとって必要資金の不足分をどのように調達するかは重要な問題である。開業資金の調達に ついて金融機関のサポートが充実していれば開業率の上昇にも役に立つことは予想できる1。 さて、開業に成功した後、重要なことは雇用や業容が成長していくことである。業績の安定化に 時間のかかる新規開業者への金融機関の金融面のサポートは開業後も引き続き重要である。売上が 増えれば増加運転資金が必要であり、売上が低迷すれば事業継続のための運転資金が必要となる。 家森・尾島(2018)は、創業後 3 年以内に多くの経営者が資金繰りの危機を経験していることを報 告している。せっかくの開業を短期間で廃業することなく事業を継続していくことが大切である。 一般的に開業者は金融機関と生活資金の出し入れの取引はあるものの、事業資金の取引頻度は少な く金融機関との関係性は薄く、開業者と金融機関の間の情報非対称性が大きいと言われる。創業者 の苦労についてのアンケート調査を見ると(家森・尾島(2018)、日本政策金融公庫総合研究所 (2016))、創業前と同様に創業後も資金調達や資金繰りに関する選択率の割合が大きい2。開業後は 従業員の確保や人材育成のようなヒトにかかわる選択率が第一位となっているものの、金融機関に 対しては開業後も金融を中心とした支援は求められる。 本稿においては、どのような金融機関と取引する開業者が雇用を増加しているかを捉えることに より、開業後の金融機関の支援の有効性について分析する。もちろん、雇用は開業者自ら責任を持 つものであるが、近年金融機関もコンサルタント的な機能の発揮が求められ、事業者の課題解決に 対応するようになってきた。本稿での分析により、開業者の立場からどのような金融機関と取引を すればいいのか、また金融機関側から見て創業金融を充実するために、政府系金融機関と民間金融 機関は補完的な関係を見いだせるのかについて考えたい。 データについては日本政策金融公庫のアンケート調査「2016 年新規開業実態調査」(特別)を利 用し、開業時と開業後の従業員数から得た雇用成長率と金融機関借入(日本政策金融公庫と民間金 融機関)との関係を調べる。 本論の構成は、第二節で開業後の雇用成長率と金融機関の役割に注目して、先行研究から本稿の 分析テーマとの関連を調べる。第三節は、本稿で使用するデータについて説明する。第四節は分析 方法、第五節は推計結果を示し考察を行う。第六節はまとめである。 1 事業の開始について「創業」と「開業」という言い方があるが、本稿では以降開業と呼ぶ。 2 家森・尾島(2018)は、資金繰り・資金調達の選択率は、創業前 66.9%、創業時 55.9%、現在 35.1% と示している。 日本政策金融公庫総合研究所(2016)では、創業前 72.5%、創業時 47.5%、現在 39.5% である。資金繰り・資 金調達の選択率の順位は、いずれの調査も創業前1 位、創業時 1 位、現在 2 位と高い。
2.先行研究 はじめに新規開業後のパフォーマンスについての論考をみる。開業後のパフォーマンスに関し、 鈴木・岡室(2012)は同公庫のデータを分析し、開業後の動態について、新規開業企業が全体とし て成長し雇用を創出していること、公的金融機関から借入れる企業は少なくないものの、主要な借 入先が民間金融機関にシフトしていることを報告している。本庄(2006)は、開業時の調達先に よってパフォーマンスに違いがあるかを測定した。パフォーマンスを表す指標を従業員成長率とし ている。分析の結果、友人・知人、事業賛同者、ベンチャーキャピタルから資金調達した企業の成 長性は高く、民間金融機関から資金調達した企業の成長性は低いとしている。従業員成長率につい ては安田(2006)の定式化したものを用いており、本稿の分析も同様の従業員成長率を利用した。 本稿では、開業から年数の経過につれ資金制約の回避や金融サポートを受けるため、開業時にどん な金融機関と関係性を持てばよいかという問題意識を持っている。根本・深沼・渡部 (2006)は、 創業期における政府系金融機関の役割を検証するために、平成15 年に実施した「企業金融環境実 態調査」のアンケート調査の個票データを用いて分析している。従業員成長率を政府系借入ダミー と創業年数の交差項に回帰し、政府系金融機関のみから借入をした企業は創業年数の経過とともに 緩やかに成長していく可能性を検証した。従業員成長率は幾何平均を用いている。なお開業後の雇 用変化を捉えるために政府系借入ダミーと創業年数の交差項を作成しており、雇用成長率を動的に 捉える交差項の考え方を本稿においても用いた。 次に新規開業を制約する要因に関して、金融機関の役割を調べた忽那(2005)がある。同論考 は、新規開業の制約要因の中でも、資金調達問題が重要な位置を占めていると述べている。融資許 可の決定要因分析では、民間金融機関融資に関しては開業前の所得水準が高い開業者の申請が認可 図1 都道府県別の開業率と就業者数(対数値) 図1 都道府県別の開業率と就業者数(対数値) (出所) 厚生労働省「平成27年度雇用保険事業年報」、内閣府「県民経済計算」より 筆者作成
される傾向にある。一方、政府系金融機関においては、役員数と融資許可が負の関係になっており 開業時の役員数が少ないほど融資許可を得ているとしている。安田(2006)においては、学歴が低 い起業家は経営に関する資質が高学歴者と同等であったとしても、資金制約に直面しがちであるこ とを明らかにしている。岡室・小林(2005)は、開業率は資金面でなく人的資本により左右される と分析し、人的資本の役割を重視した。サンプルや分析方法を変えても安定して得られた有意な要 因は、低い平均賃金、大きい事業所規模、大学卒・専門技術職比率の高さであるとし、高度な人的 資本の蓄積が開業率を左右するとしている。Storey(1994)は、開業企業への貸出しは創業者の性 格とは関係なく、自分の貯蓄を事業につぎ込んでいるかどうかという具体的行動に注目している。 新規開業後も開業企業は資金面の困難に直面する。鈴木(2012)は、開業後金融機関からの借入 れが活発に行われ、開業後5 年目までに 7 割を超える企業が借入を行っており、これらの企業の借 入額の平均は開業時を上回るとアンケート調査結果より分析した。これは、スタートアップ期の開 業後2~3 年の時期に売上が先行投資負担に追いつかず「死の谷」(北(2013)、家森・尾島(2018)、 山口(2019))を迎えるためと考えられる。 本稿分析にあたっては、金融機関の役割などについて多くの先行研究の知見を活用している。 3.データ 本稿での二次分析に当たっては、東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究 センターSSJ データアーカイブから〔「新規開業実態調査(特別調査),2016」(日本政策金融公庫 総合研究所)〕の個票データの提供を受けた。サンプルは、日本政策金融公庫国民生活事業が2015 年3 月から同年 9 月にかけて融資した企業のうち,融資時点で開業後 4 年以内の企業(開業前の企 業も含む)3 12,050 社から得た無記名のアンケート調査の回答である。回収数は 2,805 社(回収率 23.3%)4、内訳は、個人企業61.7%、法人企業 38.3%(開業時)であり、調査時点は 2016 年 8 月で ある。また、都道府県別の人口増加率、一人当たり県民所得増加率は内閣府統計表(県民経済計 算)から取得した。 表1 に記述統計量を示している。被説明変数の雇用成長率は、安田(2006)、本庄(2006)と同 様の定式化を用いて開業時及び調査時(2016 年 8 月)での従業員数を対数表示した差を開業時点 からの経過年数で除して算出した5。 説明変数として注目する変数は金融機関借入の変数であり、①日本政策金融公庫借入のみを行っ た開業者(日本公庫借入DM)、②民間金融機関借入のみを行った開業者(民間金融機関借入 3 業歴については、先行研究で紹介した鈴木・岡室(2012)は日本政策金融公庫のデータを利用し 4 年、忽那(2005) は5 年、根本・深沼・渡部 (2006)のサンプルの分布は、業歴が 1 年以内 42.8%、1 年超 2 年以内 24.9%、2 年 超3 年以内 16.3%、3 年超 4 年以内 4.1% と 4 年以内が 88.1% を占める。資金繰りの危機は 2 ~ 3 年後(家森・ 尾島(2018))に来ることを考慮すれば、成長性をみる 4 年の業歴はやや短いかもしれないが、アンケート対象 先が開業後5 年を経過しない企業とされているためそのサンプルを利用している。サンプル企業の分布は、業 歴が1 年以内 27.6%、1 年超 2 年以内 61.0%、2 年超 3 年以内 6.4%、3 年超 4 年以内 2.9% と 4 年以内が 97.9% である。 4 アンケートの回収社数は2805 社であるが、質問についての無回答もあり回帰分析の観測数(例えば表 2 の観 測数は1919 である。)とは乖離がある。 5 雇用成長率については((現在の従業員数 – 開業時の従業員数)/ 開業時の従業員数)により算出することも できる。推計準備のためにこの雇用成長率と本稿で用いる雇用成長率に対して、日本政策金融公庫と民間金融 機関の両者から借入れた開業者はどう影響しているかを各々調べた。(後ほど説明する「4. 分析方法」におけ る回帰式を2SLS で推計した。係数は前者が 7.588(p 値 0.032)、後者は 4.384(p 値 0.016)でありいずれも 5% 水準で有意であったが、本研究では安田(2006)、本庄(2006)にならった。
DM)、③日本政策金融公庫と民間金融機関の両者から借入れた開業者(民間・公庫併用借入 DM) を1 とするダミー変数を各々作成した。日本政策金融公庫(以下日本公庫という)のみを利用した 開業者は60%、民間金融機関のみを利用した開業者は 3%、両者を併用利用した開業者は 14% を占 める。サンプルは2015 年 3 月~ 9 月に日本公庫が融資した先について新規開業時の資金調達先を 尋ねているので、新規開業時も日本公庫から借入をした先が多い傾向が見られる。 開業者属性の平均値の高い変数を見ると、関連した仕事経験を持つ開業者は85%、正社員の就 業経験を持つものが71% を占める。企業勤務者が在職時の経験を活かして開業する創業者が 7 割 表1 記述統計量 変数 説明 度数 最小値 最大値 平均値 標準偏差 (被説明変数) 雇用成長率 開業時と現在の従業員数 2705 -0.75 5.73 0.08 0.2543 の対数値の差の年率 (説明変数) (金融機関借入の変数) 日本公庫借入DM 日本公庫のみ借入=1 2713 0.00 1.00 0.60 0.4895 民間金融機関借入DM 民間金融機関のみ借入=1 2713 0.00 1.00 0.03 0.1829 民間・公庫併用借入DM 民間・公庫併用借入=1 2713 0.00 1.00 0.14 0.3455 (開業者属性) 大卒DM 大卒と大学院卒=1 2805 0.00 1.00 0.36 0.4806 関連仕事経験DM 関連仕事経験あり=1 2801 0.00 1.00 0.85 0.3546 就業経験役員自営DM 役員、自営=1 2805 0.00 1.00 0.14 0.3453 就業経験正社員DM 正社員=1 2805 0.00 1.00 0.71 0.4516 就業経験派遣パートDM 派遣、パート=1 2805 0.00 1.00 0.10 0.2998 女子DM 女子=1 2805 0.00 1.00 0.17 0.3748 自己・親戚不動産DM 自宅以外所有あり=1 2100 0.00 1.00 0.10 0.2982 (企業属性) LN開業資金(対数値) 開業費用の対数値(万円) 2669 0.70 4.53 2.79 0.4935 LN開業年数(対数値) 開業年数の対数値 2805 -1.08 0.73 0.15 0.2307 自己資金比率 シグナル効果 2713 0.00 1.00 0.32 0.2943 事業の新しさDM あり=1 2805 0.00 1.00 0.62 0.4844 開業時会社形態DM 株式会社=1 2805 0.00 1.00 0.32 0.4651 (業種・地域・地域経済属性) 業種DM1 建設業 2805 0.00 1.00 0.11 0.3136 業種DM2 製造業 2805 0.00 1.00 0.05 0.2103 業種DM3 情報通信業 2805 0.00 1.00 0.02 0.1284 業種DM4 運輸業 2805 0.00 1.00 0.03 0.1582 業種DM5 卸売業 2805 0.00 1.00 0.05 0.2243 業種DM6 小売業 2805 0.00 1.00 0.09 0.2915 業種DM7 飲食業 2805 0.00 1.00 0.14 0.3438 業種DM8 医療、福祉 2805 0.00 1.00 0.18 0.3837 業種DM9 サービス業 2805 0.00 1.00 0.25 0.4322 業種DM10 不動産業 2805 0.00 1.00 0.05 0.2110 地域DM1 北海道 2805 0.00 1.00 0.04 0.2072 地域DM2 東北 2805 0.00 1.00 0.07 0.2544 地域DM3 関東 2805 0.00 1.00 0.31 0.4610 地域DM4 中部 2805 0.00 1.00 0.15 0.3523 地域DM5 近畿 2805 0.00 1.00 0.24 0.4269 地域DM6 中国 2805 0.00 1.00 0.05 0.2221 地域DM7 四国 2805 0.00 1.00 0.02 0.1516 地域DM8 九州 2805 0.00 1.00 0.12 0.3239 人口増加率 需要要因 % 2804 -1.30 0.90 -0.07 0.5197 一人当り県民所得増加率 費用要因 % 2804 -3.80 8.70 3.20 1.7840
以上占めていることがわかる。平均値の低い変数は、女性開業者の17% であり男性に比べて低い。 所有自宅以外に自分や親戚が不動産を所有しているのは10% にとどまる。企業属性としては、事 業に新しさがあるとするものは62% を占め、事業力を活かして開業を決断していると思われる。 逆に約4 割の開業者は事業の新しさを見出していない。生活資金を得るために開業する事業者も多 くいると思われる。自己資金比率の平均は32% であるが、自己資金が多いことは事業を頑張って 返済も間違いなくやるとの表明と考えられシグナル効果を表すとも考えられる。開業や雇用には開 業者の信用力が影響を与えると思われ、開業時の組織形態として株式会社を1 とするダミー変数を 作成している。また、業種、地域属性のダミー変数や地域の社会的要因や経済的要因を代理する変 数として人口増加率や一人当たり県民所得増加率を加えた。詳細を見ると、開業者の業種で多いの は、サービス業25%、医療、福祉 18%、飲食業 14% であり、直観的には個人の技能を活かした個 人向けサービス業の起業が多いことを思わせる。新規開業の多い地域はどこかを見ると、関東 31%、近畿 24%、中部 15% と大都市圏を持つ地域での開業が多いことがわかる。需要要因を表す 人口増加率の平均値はマイナスであることや一人当たり県民所得増加は、開業者にとってはコスト 増加要因となるものである。岡室・小林(2005)によれば、これらの要因は雇用の拡大を抑えると している。 4.分析方法 本節においては被説明変数を雇用成長率とし、開業時の金融機関借入先の変数(日本公庫借入ダ ミー、民間金融機関借入ダミー、民間・公庫併用借入ダミー)、開業年数(対数値)、金融機関ダ ミーと開業年数の交差項、開業者属性、企業属性、業種、地域、社会的、経済的要因を表す説明変 数に回帰して分析する。回帰式は、 雇用成長率i = β0 + β1日本公庫借入ダミーi × LN 開業年数 + β2民間金融機関借入ダミーi× LN 開業年数 + β3民間・公庫併用借入ダミー × LN 開業年数 +β4日本公庫借入ダミーi + β5民間金融機関借入ダミーi + β6公庫・民間併用借入ダミー+ β7 LN 開業年数 + Xβ8 + ui (1) でありuiは誤差項である。はじめにすべての説明変数を使ってOLS による推定を行い、次に日本 公庫借入ダミーi、民間金融機関借入ダミーi、公庫・民間併用借入ダミーiは内生変数であること を考慮して、操作変数を用いて二段階最小自乗法(2SLS)により推計する。X は開業者属性、企 業属性、業種、地域、社会的、経済的要因を表す変数を含むベクトルである。 (1)式で金融機関ダミーと創業年数の交差項を作成したのは、開業してから順調に成長していく には時間を要すると思われ、時間経過を考慮した雇用成長を推計するためである。注目するのはこ れらの交差項である。交差項の係数符号は金融機関のサポート力を反映し正または負の符号が見ら れるかもしれない。次に、金融機関ダミーiが内生変数であることに対処する必要がある。開業者 が開業時や開業後に苦労することは資金繰りや資金調達のことである。資金的な問題が解消すれば 従業員も雇用しやすくなり雇用成長率も高まる。一方、従業員増加により事業規模が拡大すれば、 金融機関への借入ニーズは高まり金融機関からの取引アプローチも増えることが予想される。この ように雇用成長率と金融機関借入は内生性(逆の因果性)が存在する。この内生性に対処するため に操作変数を用いた二段階最小二乗法(2SLS)にて推計することにする。操作変数としては、開
業者属性、企業属性を表す変数を利用する6。 また、日本公庫取引者からのアンケート回答という特徴から、日本公庫のみの借入先は60%、 民間金融機関のみの借入先3%、公庫・民間併用の借入先 14% と、日本公庫のみの借入先が多く なっている。家森・尾島(2018)は、創業期の信用保証利用企業の 4 割は日本公庫との併用をして いることを考慮すると回答者比率にはバイアスがあると考えられる。例えば、民間金融機関から借 入れる開業者は資産背景や規模が大きくないと借入は困難であるかもしれない。そこでアンケート 回答者比率の構成に重みをつけた2SLS の推計も行ない頑健性を確認する。重みとしては、ロジッ トモデルにより民間金融機関借入ダミーをモデル式(1)で使用した説明変数に回帰して、データ が観察される確率を算出しその逆数を用いる。 5.推計結果と考察 5.1 雇用成長率と金融機関の関係 本項では雇用成長率を説明変数に回帰し、金融機関の内生性を考慮しないOLS の推計結果を表 2 に、金融機関借入の内生性を考慮した 2SLS の推計結果を表 2 に示した。表 3 の(1)列に日本公 庫借入DM と民間金融機関借入 DM の二つの金融機関、(2)列は日本公庫借入 DM と民間・公庫 併用借入DM の二つの金融機関、(3)列は日本公庫借入 DM、民間金融機関借入 DM、民間・公庫 6 操作変数は、学歴DM、関連仕事経験 DM、就業経験 DM(役員、自営)、就業経験 DM(正社員)、就業経験 DM(派 遣、パート)、創業時年齢(対数)、女性DM、自己・親戚所有物件 DM、開業資金(対数)、自己資金比率、事 業に新しさありDM、開業時株式会社 DM を使用している。なお、操作変数について、内生性を説明できてい るかや誤差項とは相関していないことの検定を5.1 にて行う。 表2 雇用成長率への金融機関借入の影響(OLS) ⑴ ⑵ ⑶
OLS OLS OLS
従属変数 雇用成長率 雇用成長率 雇用成長率 係数 標準誤差 t値 係数 標準誤差 t値 係数 標準誤差 t値 日本公庫借入DM×開業年数 -0.005 0.244 -0.02 0.121 0.306 0.39 0.161 0.330 0.49 民間金融機関借入DM×開業年数 0.233 0.270 0.86 0.374 0.340 1.10 民間・公庫併用借入DM×開業年数 0.395 0.267 1.48 0.435 0.293 1.48 日本公庫借入DM -0.033 0.310 -0.11 -0.249 0.423 -0.59 -0.296 0.453 -0.65 民間金融機関借入DM -0.273 0.378 -0.72 -0.509 0.490 -1.04 民間・公庫併用借入DM -0.573 0.381 -1.51 -0.616 0.410 -1.50 開業年数 -0.321 0.202 -1.59 -0.436 0.266 -1.64 -0.479 0.295 -1.62 学歴DM 0.004 0.013 0.31 0.007 0.012 0.60 0.007 0.012 0.59 関連仕事経験DM -0.027 0.024 -1.12 -0.019 0.023 -0.83 -0.019 0.023 -0.84 就業経験DM(役員、自営) -0.025 0.027 -0.93 -0.024 0.026 -0.92 -0.026 0.027 -0.96 就業経験DM(正社員) -0.007 0.023 -0.32 -0.010 0.024 -0.44 -0.011 0.023 -0.47 就業経験DM(派遣、パート) -0.012 0.025 -0.50 -0.007 0.024 -0.30 -0.007 0.024 -0.29 女性DM 0.005 0.023 0.20 0.001 0.023 0.04 0.001 0.023 0.03 自己・親戚所有物件DM -0.007 0.018 -0.42 0.001 0.018 0.03 -0.001 0.018 -0.06 開業資金(対数値) 0.006 0.015 0.38 0.020 0.013 1.59 0.016 0.013 1.18 自己資金比率 0.050 0.038 1.30 0.017 0.030 0.57 0.028 0.034 0.80 事業の新しさありDM 0.005 0.013 0.39 0.004 0.013 0.32 0.004 0.014 0.26 開業時株式会社DM ***0.098 0.017 5.81 ***0.090 0.018 4.91 ***0.090 0.018 4.95 人口増加率 0.021 0.019 1.08 0.019 0.019 0.96 0.019 0.019 0.96 一人当たり所得増加率 -0.002 0.004 -0.43 -0.002 0.004 -0.51 -0.002 0.004 -0.49 定数項 0.151 0.098 1.55 0.191 0.115 1.66 0.204 0.125 1.64 F値 4.76 4.79 4.53 有意確率 0.001 0.001 0.001 R-sq 0.104 0.115 0.118 観測数 1919 1919 1919 (注) Whiteの修正を加えている。 有意水準: ***1%、**5%、 *10% 業種ダミー、地域ダミーは記載を省略している。 DMはダミーの省略。開業年数は対数値。
併用借入DM の三つの金融機関の組み合わせを作った。 本項で関心のある説明変数は金融機関借入ダミーと開業年数(対数値)の交差項であり、説明変 数の一行目、二行目、三行目に示している。表2 の(1)列、(2)列、(3)列ともすべて雇用成長 率と交差項には関係が見られない。交差項以外の変数を見ると、開業時に株式会社形態をとってい ると、(1)列、(2)列、(3)列とも雇用成長率を有意に高めている。法人にする方が雇用面で対外 的な信用を得られるからであろう。なお、地域や業種ダミーを使いコントロールしている。 次に金融機関借入の変数は内生変数であることを考慮し2SLS により推計する。表 3 の(1)列 を見ると、日本公庫DM と創業年数(対数値)の交差項は正の有意性を示し、民間金融機関の交 差項は有意ではない。(2)列を見ると、民間・公庫併用借入 DM と創業年数(対数値)との交差 項は正の有意性を示したが、日本公庫DM と創業年数の交差項は有意性を示さなかった。さらに (3)列では三つの金融機関 DM と創業年数(対数値)の交差項を投入すると、公庫・民間併用借 入と創業年数の交差項だけが正の有意性を示した。(1)列、(2)列、(3)列を頑健性という点から 評価すると、民間・公庫併用借入をした開業者は時間の経過につれ雇用も増加していることを表し ている7。 7 サンプル企業の業歴年数はそれぞれ異なるため、同じ程度の業歴の企業について雇用と金融機関取引の関係 の推計を試みた。ここでは業歴年数が3 年超 4 年以内のサンプルを取り出して、雇用成長と業歴年数の変化を 静的に捉えるため交差項を使用しない推計を2SLS により行った。サンプルの分布は、創業時の借入先が日本 表3 雇用成長率への金融機関借入の影響(2SLS) ⑴ ⑵ ⑶ 2SLS 2SLS 2SLS 従属変数 雇用成長率 雇用成長率 雇用成長率 係数 標準誤差 z値 係数 標準誤差 z値 係数 標準誤差 z値 日本公庫借入DM×開業年数 **2.065 0.864 2.39 1.015 1.047 0.97 0.029 2.883 0.01 民間機関借入DM×開業年数 -4.619 7.403 -0.62 2.273 12.785 0.18 公庫・民間併用借入DM×開業年数 **3.521 1.617 2.18 *4.554 2.401 1.90 日本公庫借入DM ***-2.695 1.014 -2.66 -1.366 1.362 -1.00 -0.090 3.697 -0.02 民間金融機関借入DM 7.540 11.882 0.63 -4.426 19.486 -0.23 公庫・民間併用借入DM **-3.990 1.888 -2.11 **-4.999 2.506 -1.99 開業年数 -0.440 0.272 -1.62 -0.305 0.719 -0.42 -0.022 1.603 -0.01 建設業 -0.040 0.080 -0.49 -0.049 0.063 -0.79 -0.034 0.133 -0.26 製造業 0.042 0.087 0.48 0.020 0.084 0.23 0.014 0.097 0.14 情報通信業 -0.061 0.105 -0.58 0.020 0.068 0.30 0.089 0.128 0.69 運輸業 -0.063 0.258 -0.24 -0.085 0.143 -0.59 -0.032 0.471 -0.07 卸売業 **-0.155 0.062 -2.51 *-0.118 0.062 -1.90 -0.100 0.083 -1.21 小売業 -0.100 0.112 -0.89 -0.034 0.048 -0.71 0.012 0.152 0.08 飲食店 -0.038 0.072 -0.53 -0.054 0.052 -1.03 -0.081 0.095 -0.85 医療、福祉 -0.013 0.059 -0.22 0.017 0.044 0.38 0.017 0.093 0.19 サービス業 0.025 0.055 0.45 0.003 0.042 0.08 -0.017 0.070 -0.24 不動産業 -0.090 0.057 -1.58 -0.044 0.057 -0.78 -0.013 0.079 -0.16 北海道 0.044 0.091 0.48 0.050 0.065 0.77 0.044 0.144 0.30 東北 -0.020 0.059 -0.34 0.073 0.058 1.26 0.108 0.089 1.21 関東 -0.030 0.047 -0.06 0.023 0.039 0.59 0.026 0.057 0.46 中部 -0.007 0.042 -0.16 -0.019 0.034 -0.56 -0.049 0.077 -0.64 近畿 0.034 0.068 0.51 0.023 0.035 0.65 -0.014 0.085 -0.17 中国 0.007 0.060 0.12 0.052 0.048 1.08 0.061 0.102 0.60 四国 -0.013 0.083 -0.15 0.015 0.054 0.03 0.024 0.137 0.17
九州 omitted omitted mitted
人口増加率 0.015 0.046 0.33 0.029 0.036 0.81 0.028 0.078 0.36 一人当たり所得増加率 -0.004 0.007 -0.53 -0.003 0.005 -0.56 -0.004 0.009 -0.50 定数項 **0.344 0.156 2.2 0.249 0.290 0.86 0.153 0.532 0.29 内生性検定 p=0.001 p=0.001 p=0.001 過剰制約識別検定 p=0.321 p=0.809 p=0.881 S.E. of regression 6.86 6.86 6.86 観測数 1919 1919 1919 (注) Whiteの修正を加えている。 有意水準: ***1%、**5%、 *10% S.E. of regressionは回帰式の誤差項。開業年数は対数値。 操作変数: 学歴DM、関連仕事経験DM、就業経験DM(役員、自営)、就業経験DM(正社員) 就業経験DM(派遣、パート)、創業時年齢(対数)、女性DM、自己・親戚所有物件DM 開業資金(対数)、自己資金比率、事業の新しさありDM、開業時株式会社DM
次に操作変数が適切であるかどうかの確認をしなければいけない。第一に、内生変数の内生性の 検定を行うと、p 値は(1)、(2)、(3)列のいずれも 0.001 であり、「変数は外生的である」という 帰無仮説を棄却している。したがって2SLS(二段階最小二乗法)を使った内生性を考慮した推定 方法は適切であるといえる。第二は、操作変数と誤差項は相関していないという条件である。推定 残差を操作変数と外生変数に回帰し、「操作変数と誤差項は無相関」という帰無仮説を受け入れる ことが望ましい。過剰識別制約の検定を行うと、統計量は(1)列目は 6.997(p=0.321)、(2)列目は 2.996(p=0.809)、(3)列目は 1.181(p=0.881) と帰無仮説を棄却しておらず、操作変数と誤差項は相関 していないことが確認できた。 本項で使用したデータは、日本公庫のみの借入先は60%、民間金融機関のみの借入先 3%、公 庫・民間併用の借入先14% となっている。家森・尾島(2018)においては、創業期の民間金融機 関利用企業の4 割は日本公庫との併用をしており回答比率構成が異なり、それと比較すると本稿 データは民間借入の比率が少ない。データのバイアスを考慮しここでは民間借入が観察される確率 を2SLS で用いた操作変数を共変量としてロジットモデルで算出し、その逆数を重みとして重み付 公庫27 社(1.65%)、民間金融機関 22 社(23.40%)、公庫・民間併用 11 社(2.93%)である。有意な結果を得たのは、 民間借入先と日本公庫・民間の併用借入先を説明変数にしたときの民間借入先であり、係数は0.102(p 値 0.079) であったが併用先は有意でなかった。業歴3 ~ 4 年の企業に対して、民間金融機関の支援を示すものといえる。 本稿の分析アプローチと異なり表3 と異なる推計であるが、本稿では日本公庫と民間金融機関併用先は業績の 安定しない開業時からサポートを受けていると推察している。 表4 雇用成長率への金融機関借入の影響(重み付2SLS) ⑴ ⑵ ⑶ 重み付2SLS 重み付2SLS 重み付2SLS 従属変数 雇用成長率 雇用成長率 雇用成長率 係数 標準誤差 z値 係数 標準誤差 z値 係数 標準誤差 z値 日本公庫借入DM×開業年数 **1.988 0.887 2.24 1.121 1.055 1.06 0.242 2.731 0.09 民間金融機関借入DM×開業年数 -5.071 7.571 -0.67 2.946 13.006 0.23 公庫・民間併用借入×開業年数 **3.410 1.567 2.18 *4.499 2.345 1.92 日本公庫借入DM **-2.609 1.044 -2.50 -1.475 1.381 -1.07 -0.316 3.531 -0.09 民間金融機関借入DM 8.254 12.178 0.68 -5.436 20.031 -0.27 公庫・民間併用借入DM **-3.875 1.836 -2.11 **-4.970 2.504 -1.98 開業年数 -0.407 0.284 -1.43 -0.276 0.738 -0.37 -0.027 1.616 -0.02 建設業 -0.047 0.083 -0.57 -0.043 0.061 -0.70 -0.020 0.130 -0.16 製造業 0.048 0.088 0.55 0.026 0.084 0.31 0.019 0.094 0.20 情報通信業 -0.061 0.107 -0.57 0.010 0.070 0.15 0.075 0.127 0.59 運輸業 -0.077 0.251 -0.31 -0.089 0.142 -0.62 -0.023 0.451 -0.05 卸売業 **-0.150 0.063 -2.37 *-0.110 0.064 -1.72 -0.093 0.088 -1.06 小売業 -0.101 0.113 -0.90 -0.026 0.050 -0.52 0.028 0.154 0.18 飲食店 -0.036 0.074 -0.49 -0.045 0.054 -0.84 -0.670 0.090 -0.78 医療、福祉 -0.012 0.059 -0.19 0.020 0.045 0.45 0.023 0.091 0.25 サービス業 0.028 0.057 0.49 0.010 0.043 0.23 -0.010 0.066 -0.15 不動産業 -0.086 0.058 -1.47 -0.043 0.057 -0.75 -0.013 0.079 -0.16 北海道 0.049 0.093 0.52 0.056 0.068 0.83 0.044 0.150 0.29 東北 -0.019 0.059 -0.33 0.082 0.062 1.33 0.122 0.096 1.26 関東 -0.001 0.048 -0.01 0.032 0.041 0.78 0.036 0.060 0.61 中部 -0.004 0.044 -0.08 -0.009 0.037 -0.24 -0.037 0.072 -0.51 近畿 0.042 0.074 0.57 0.032 0.038 0.86 -0.008 0.096 -0.09 中国 0.011 0.064 0.18 0.057 0.051 1.12 0.067 0.112 0.60 四国 0.003 0.087 0.03 0.023 0.055 0.41 0.026 0.142 0.18
九州 omitted omitted omitted
人口増加率 0.019 0.047 0.40 0.029 0.036 0.80 0.024 0.078 0.31 一人当たり所得増加率 -0.003 0.008 -0.36 -0.003 0.005 -0.61 -0.006 0.010 -0.58 定数項 *0.330 0.162 2.04 0.224 0.298 0.75 0.135 0.555 0.24 sum of wgt 観測数 1918 1918 1918 (注)有意水準: ***1%、**5%、 *10% 操作変数: 学歴DM、関連仕事経験DM、就業経験DM(役員、自営)、就業経験DM(正社員) 就業経験DM(派遣、パート)、創業時年齢(対数)、女性DM、自己・親戚所有物件DM 開業資金(対数)、自己資金比率、事業の新しさありDM、開業時株式会社DM 就業経験DM(派遣、パート)、創業時年齢(対数)、女性DM、自己・親戚所有物件DM 開業年数は対数値である。
けの2SLS を行う。なお、sum of wgt は 1.9912e+03 であり観測数 1918 に近い数字であり、重みは 適切に使われている。表4 に推計結果を示したが、金融機関借入ダミーについては表 3 と同様の結 果を得、頑健性が確認できた。 5.2 推計結果の考察 雇用成長率については、開業時に民間金融機関と日本公庫の両方から併用して借入を行う開業者 の雇用成長率は開業後徐々に増加していることがわかった。日本公庫や民間金融機関だけから借入 を行っている開業者と雇用成長との関係はなかった。複数の借入ルートを持つ開業者は開業後の資 金難を回避し雇用も増やしていると推察する。この考察のため、手がかりとして日本公庫借入先、 民間金融機関借入先、公庫・民間併用借入先はどんな特徴を持っているかを、開業者属性、企業属 性、業種、地域、地域経済属性を説明変数としたロジットモデルにより回帰し調べた。モデル式は 次の通りである。 日本公庫ダミーi = β0 + Xβ1 + ui (2) 金融機関(民間のみ)ダミーi = γ0 + Xγ1 + ui (3) 金融機関(民間・公庫併用)ダミーi = ε0 + Xε1 + ui (4) ここでは借入をしている金融機関別に開業者の特徴を、開業者規模(開業資金、開業時従業員 数)、資金調達力の点から、雇用成長との関連を考察する。 第一に、表5 の(3)列を見ると、民間・公庫併用借入の開業者は、開業資金規模が多いほど民 間金融機関と日本公庫の両者から借入を行っている。両者からの資金調達により開業資金をまかな い、表3 の(3)列に示したように雇用も増加している。開業時の従業員数との関係は見られない。 自分や親戚の資産保有の制約も見られないため、資産背景のうすい事業意欲の盛んな開業者に対し 開業後のサポートが行われている。民間金融機関と日本公庫の補完が開業者の成長を実現している といえる。開業後に運転資金が枯渇する「死の谷」といわれる苦境に対しても民間・公庫併用先は 乗り越えていくことが示唆される。事業実績のない新規開業時には日本公庫の積み上げてきたノウ ハウが活かされ、開業後数年の資金繰りの厳しい時期には民間金融機関による運転資金への対応が されているものと推察する8。 第二に、表5 の(2)列を見ると、民間金融機関のみ取引する開業者は、開業時従業員数が多い ほど民間金融機関と取引を行っている。民間金融機関は規模の大きい開業者との取引をすすめてい るように見える。また民間金融機関だけから借入れる開業者は自己・親戚所有物件を持ち、民間金 融機関は資産背景のある取引先を選好しているため取引の裾野を狭くしていると考えられる。この ことは資産のない成長性のある開業者との取引を抑制的にしているかもしれない。表3、表 4 の (3)列に見るように、日本公庫のみ借入先や民間金融機関のみの借入先の創業年数との交差項には 8 家森・尾島(2018)において、2017 年 8 月末時点で愛知県信用保証協会の創業信用保証を利用している業歴 7 年未満の事業者 967 人に対して、関係機関の創業支援の実態についてアンケート調査結果の分析を行っている。 創業前と創業後の金融機関の対応についての回答をみると、創業準備のため誰に相談したかとの質問で、民間 金融機関に相談した開業者252 人の内 75% は有益だったと回答している。また、借入をしてからの金融機関の 対応を尋ねているが、定期的に訪問してくれた、資金繰りの相談にのってくれた、資金繰り以外の経営相談にのっ てくれた、新しい取引先を紹介してくれた、その他の有益な情報を提供してくれたと回答している。こうした 活動を通じて金融機関のコンサルタント機能が発揮されている。
有意性がなく雇用との関係が見られず、限定した資金調達ルートは開業者の成長を抑制しているよ うである。 第三に、表5 の(1)列の日本公庫のみと取引する開業者の特徴を見ると、開業資金や従業員数 の係数符号が有意な負になっている。開業資金が小さく開業時の従業員数が少ないほど開業者は日 本公庫と取引を行っている。記述統計量には記載していないが、アンケートで得られた従業員数の 平均値を比較すると、日本公庫借入先は1.93 人、民間金融機関借入先は 3.96 人である。日本公庫 のみ借入れている開業者は小規模に事業を行っていることを推察するが、開業時に民間金融機関と の関係が薄い事業者に対して日本公庫が積極的に開業支援を行っていると推察する9。 5.まとめ 開業者が開業後も心配なこととして、資金繰りや資金調達に関することは多い。ようやく開業に 成功した後も資金の問題に苦労している。開業後も売上を維持しなければ開業時の資本も枯渇し事 業を短期間で廃業することになる。開業者へはもちろん地域経済へもマイナスの影響を与えること になり、業績の不安定な開業者を金融機関が支えることは社会的な意義も高いと考えられる。 9 もともと開業資金需要が大きく事業拡大意欲の高い事業者は日本公庫・民間借入を併用し、開業資金が小さ く成長性の低い小規模の開業者は公庫借入をしているのではないかと想定される。つまり雇用成長と金融機関 借入の間には内生性の関係がある。この内生性(逆の因果性)の問題に対処するために、本稿では操作変数を 用いた二段階最小二乗法を用いて定量分析を行っている。 表5 開業企業の特徴 ⑴ ⑵ ⑶ ロジットモデル ロジットモデル ロジットモデル 従属変数 係数 標準誤差 z値 係数 標準誤差 z値 係数 標準誤差 z値 学歴DM ***-0.315 0.113 -2.77 -0.034 0.295 -0.11 -0.090 0.167 -0.54 関連仕事経験DM -0.230 0.157 -1.47 -0.290 0.367 -0.79 **0.528 0.240 2.20 就業経験DM(役員、自営) -0.382 0.308 -1.24 0.376 0.669 0.56 0.514 0.478 1.07 就業経験DM(正社員) -0.115 0.281 -0.41 0.015 0.649 0.02 0.333 0.450 0.74 就業経験DM(派遣、パート) 0.121 0.319 0.38 -0.470 0.780 -0.60 0.356 0.500 0.71 開業資金(対数) ***-0.394 0.139 -2.83 0.339 0.364 0.93 ***2.222 0.248 8.96 自己資金比率 ***-2.319 0.204 -11.39 **-1.374 0.648 -2.12 ***-3.801 0.454 -8.37 事業の新しさありDM -0.130 0.109 -1.19 0.342 0.282 1.21 -0.100 0.156 -0.64 開業時年齢(対数) **1.188 0.552 2.15 -1.729 1.312 -1.32 **1.773 0.802 2.21 女性DM 0.173 0.155 1.12 0.268 0.343 0.78 -0.135 0.226 -0.60 開業時従業員数(対数) ***-1.26 0.169 -7.43 ***1.094 0.349 3.14 -0.096 0.218 -0.44 建設業 ***-1.484 0.336 -4.42 1.086 0.862 1.26 0.974 0.608 1.6 製造業 -1.147 0.361 ***-3.18 0.303 0.991 0.31 0.386 0.630 0.61 情報通信業 -0.581 0.497 -1.17 1.025 1.268 0.81 omitted 運輸業 ***-2.205 0.549 -4.02 *1.928 1.047 1.84 0.698 0.788 0.89 卸売業 ***-1.494 0.379 -3.94 0.097 1.263 0.08 0.604 0.647 0.93 小売業 ***-0.948 0.317 -2.99 1.218 0.777 1.57 **1.274 0.546 2.34 飲食店 -0.149 0.307 -0.49 0.183 0.802 0.23 **1.163 0.528 2.2 医療、福祉 ***-0.821 0.289 -2.84 0.446 0.737 0.61 **1.316 0.508 2.59 サービス業 *-0.502 0.292 -1.72 0.264 0.779 0.34 0.404 0.529 0.76 不動産業 **-0.837 0.360 -2.33 1.288 0.915 1.41 **1.26 0.613 2.06 開業時株式会社DM **-0.296 0.126 -2.35 -0.548 0.334 -1.64 0.275 0.187 1.47 人口増加率 *0.296 0.157 1.88 -0.520 0.406 -1.28 -0.217 0.224 -0.97 一人当たり所得増加率 0.007 0.033 0.21 -0.073 0.066 -1.10 0.013 0.047 0.28 自己・親戚所有物件DM **-0.375 0.178 -2.1 **0.741 0.358 2.07 -0.252 0.277 -0.91 定数項 *2.062 1.058 1.95 -1.660 2.554 -0.65 ***-12.137 1.751 -6.93 カイ二乗 304.68 118.52 241.20 自由度 32 32 31 有意確率 0.001 0.001 0.001 観測数 1939 1939 1910 (注) Whiteの修正を加えている。 地域ダミーの記載は省略している。 有意水準: ***1%、**5%、 *10% 日本公庫のみ 民間金融機関のみ 民間・公庫併用
本稿では、資金問題に関係するのは金融機関であることから、開業後の雇用に対して金融機関は 影響を及ぼしているかについて金融機関の役割について検討した。開業者の雇用成長に対しては既 に政府系金融機関の役割を論じた根本・深沼・渡部(2006)がある。一方、近年民間金融機関もコ ンサルタント的な機能の発揮が求められ、事業者の課題解決に対応しようと、開業者に対する創業 金融に積極的に取り組むようになってきた。本研究では、日本政策金融公庫と民間金融機関の両者 を分析することで、それぞれの金融機関の開業サポートが単独で効果を及ぼしているのか、補完し あっているのか分析した。分析手法として、雇用成長率と金融機関借入には内生性の問題があるこ とを考慮して2SLS を利用した。 推計にあたっては、①日本政策金融公庫だけから借入をおこなった開業者(日本公庫借入ダ ミー)、②民間金融機関だけから借入をおこなった開業者(民間金融機関借入ダミー)、③日本政策 金融公庫と民間金融機関の両者から借入をおこなった開業者(公庫・民間併用借入ダミー)という 説明変数を作成して分析した。得られた結果は、公庫・民間併用借入の開業先の雇用成長率は時間 経過とともに増加していることがわかった。日本公庫のみあるいは民間金融機関だけから借入をし ている開業者にはそうした効果は見られなかった。これは、民間金融機関と日本政策金融公庫は開 業支援を補完することにより開業時や開業後の資金を供給することで資金支援を行い、雇用へプラ ス効果をもたらしていることを示している。公庫・民間併用借入の開業者は事業拡大により雇用も 拡大する指向がある。一方、民間金融機関については、規模が大きく資産背景がある開業者との取 引が多いという特徴が見られる。規模が小さく資産背景がなくとも事業力を見て支援し育てるとい う姿勢がないと開業者の雇用拡大には寄与しないだろう。日本公庫だけから借入れている開業者は 小規模であり、家族中心に生業的な事業者が多いと思われ、雇用を拡大するという誘因は低いかも しれない。しかし、民間金融機関が本来積極的に対応すべき分野を日本政策金融公庫が対応してい ることが推察できる。 本稿では、開業者の業況は徐々に成長していくという動的な点から雇用成長率を捉えたが、開業 時の資金調達機関だけでなく、開業者の発展段階に応じてどんな金融機関取引が開業者のニーズに 合った金融サポートを提供できるのかについての分析が今後に残された課題であると考える。 【参考文献】
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