目 的 ヒトのストレス感受性には個人差があり,ストレス 感受性の違いがうつ病の発症に影響すると考えられ る。一方,実験動物でもストレス感受性に個体差があ り,うつ病の研究ではストレス感受性の高い個体を用 いることが重要と思われるが,従来の動物実験の多く ではこの点がほとんど考慮されていない。 実験動物にうつ様症状を発症させるためのストレス 負荷方法として慢性的予知不能ストレス1)と社会的敗 北ストレス2)の二つの方法が広く用いられている。こ れらの方法に加えて,ヒトで身体活動量の低下が気分 障害の発症率を高めることから,我々はマウスを不活 動状態で飼育するとうつ様症状が引き起こされること を明らかにした(Mikami, in press)。更に,不活動飼 育によるうつ様症状がプリン体代謝物質のイノシンの 経口投与により改善することも報告している(Mikami, in press)。しかし,不活動によるうつ様症状に対する 運動の抑制効果は調べられていない。 以上のことを踏まえて本研究では,初めにストレス 感受性の高い動物個体を選別し,それらの身体活動量 を低下させてうつ様症状を発症させ,この時,不活動 飼育と同時に運動を行わせ,運動によるうつ様症状の 予防効果を調べた。 方 法 (1)被験マウスの選別 本研究は日本医科大学実験動物倫理委員会の承認の 基に行われた。実験動物は 8 週齢の雄の C57BL/6J マ ウス(40 匹)を用い,初めに社会的敗北ストレス試 験(Social avoidance test)を用いて被験動物のスト
レス感受性を調べ3),ストレス感受性の高いマウスを 選別した。その概略は,C57BL/6J マウスを体格が一 回り大きく攻撃性の高い ICR マウスのケージに入れ, ICR マウスから攻撃を受けさせる。後日,Figure 1 に 示す様に籠に入った ICR マウスと対面させ,ICR マ ウスを恐れて近づかないマウスをストレス感受性の高 いマウスとして実験に用いた。 (2)不活動飼育と運動トレーニング条件 ストレス感受性が高いと判定した 35 匹のマウスを 以下の 3 群分けた。(1)コントロール群(10 匹):通 常のマウス用ケージで飼育した。(2)不活動群(10 匹): 6 分割ゲージで飼育した。(3)不活動+運動群(15 匹): 6 分割ゲージで飼育しながら週 3 回,30 分間のトレッ ドミル走を行わせた。この実験で用いた 6 分割ケー ジは我々の研究室で考案した特殊ケージで,通常の マウス用ケージをアルミの仕切りで 6 分割し,各分画 に 1 匹ずつマウスを飼育するものである(Figure 2)。 このケージでマウスを飼育することにより,マウス の身体活動量は通常のマウスケージで飼育した時の 約半分に低下する。マウスに負荷する運動に関し, 実験開始前は運動群を低強度運動群(トレッドミル 速度 10 m/min),中強度運動群(トレッドミル速度 20 m/min)の 2 群に分けて行う予定であったが,実 際にマウスに運動を行わせてみると,不活動飼育によ りマウスの走行能力が予想外に低下していて,速度 20 m/min では殆どのマウスが走れなかった。そのた め,運動群を一つにして,マウスのコンディションに 合わせて速度 10 ∼ 15 m/min で走らせた。この条件 [ストレス科学分野]ストレスマネジメント
不活動由来のうつ様行動に対する運動の抗うつ効果を運動強度と
海馬の血管新生との関係から検討する
李 鎬成
1),朴 鍾爀
2),金 芝美
2),三上 俊夫
3) 1)日本体育大学大学院体育学研究科 2)日本医科大学薬理学 3)日本医科大学スポーツ科学 (ストレス科学研究 2019, 34, 76-80) 研究助成金:760,000 円 doi.org/10.5058/stresskagakukenkyu.34.76で 20 週間飼育した後に行動試験と運動能力試験を 行った。
(3)行動試験
(a)恐怖条件付け試験(Fear Conditioning Test) この試験は長期記憶を調べる試験で,試験ボックス にマウスを入れて 120 秒間隔で 3 回,電気ショック (0.6 mA,2 秒)を与え,翌日,同じボックスに入れ た時に電気ショックを受けた体験を思い出してマウス が動かなくなる時間(無動時間)を測定して記憶力を 評価した。
(b)Y 迷路試験(Y maze test)
Y 字路の一つ路にマウスを入れるとマウスは自ら他 の路に入っていき,突き当たると再び Y 字路の中心 に戻り別の路に入ることを繰り返す。行き止まってか ら引き返して別の路に進む時に,自分の来た路を記憶 していれば来た路とは違う路に進入するが,記憶して いない場合は来たのと同じ路を選択してしまう。これ を 8 分間行わせて正解率を求め,その正解率で作業記 憶能力(Working memory)を評価した。
(c)ショ糖選択性試験(Sucrose Preference Test) マウスに 1% ショ糖水と水を同時に与えて,ショ糖 水を飲む量の割合を測定して趣向性の欠落状態を調べ てうつ様症状を評価する。
(d)高架式十字迷路試験(Elevated Plus Maze Test) 「高所で壁がない」という不安と恐怖を利用した測 定方法で,床から 50 cm の十字迷路の中心部分にマ ウスを置き,壁のない走行路(オープンアーム)と壁 で囲まれている走行路(クローズドアーム)へ進入時 間を測定して,オープンアームへの滞在時間を指標と して不安様行動を判定する。
(e)オープンフィールド試験(Open Field Test) マウスを四角形の試験ボックス(40 cm × 40 cm) に入れて自由に行動させて,ボックスの中心に滞在し た時間を測定して不安状態を調べる。 (4)運動能力試験 (a)筋力 小動物用筋力測定装置(メルクエスト社製)を用い てマウスの前肢の筋力を測定した。 (b)持久的運動能力 トレッドミル速度 10 m/min から徐々にトレッドミ ル速度を増加させてマウスがトレッドミル速度に合わ せて走れなくなるまでの走行時間を測定した。 (5)解剖と組織サンプルの回収 前述の試験終了後,麻酔下でマウスの右心室から 生理食塩水を還流して全身を脱血した。その後,速 やかに解剖して脳,ヒラメ筋,副睾丸脂肪を採取し, 脳以外は組織重量を測定した後に –80°C で凍結保存 した。 (6)免疫組織染色法による海馬の神経新生と血管 密度の測定 採取した脳はパラホルムアルデヒドで 2 日間固定し た後に 40 μm の脳切片を作製し,Kiuchi らの方法4) に従い Ki67 陽性細胞を,Muto らの方法5)に従い CD31 陽性細胞の測定を行った。 (7)統計処理方法 測定値は群毎に平均値±標準誤差で表した。各群間 の有意差の検定は統計解析ソフトのプリズム Ver. 8.01 Figure 1 社会的敗北ストレス試験 Figure 2 ノーマルケージと6分割ケージ
不活動由来のうつ様行動に対する運動の抗うつ効果を運動強度と海馬の血管新生との関係から検討する で一元分散分析法および Tukey 法を用いて解析し, p < 0.05 を持って有意差ありと判定した。 結果・考察 解剖時に測定したマウスの体重,ヒラメ筋,副睾丸 脂肪量および の摂 量を Figure 3 に示した。解剖 時の体重,摂 量は 3 群間で有意な差は認められな かった(Figure 3a, b)。しかし,ヒラメ筋重量は不活 動群がコントロール群より有意に低値を示し(Figure 3c),副睾丸脂肪重量は不活動群がコントロール群に 比べ有意な増加を示した(Figure 3d)。これらの変化 は定期的運動により改善した(Figure 3c, d)。筋収縮 の減少は筋萎縮を引き起こさせることから,本研究で の不活動飼育が筋収縮量を低下させて筋萎縮をもたら したと考えられた。同時に,身体活動量の低下はエネ ルギー消費量の低下をもたらし,余剰のエネルギーが 脂肪として身体に蓄積して脂肪組織重量の増加をもた らしたと思われる。 前肢の筋力は,コントロール群に対して不活動と不 活動+運動群は有意な低値を示した(Figure 4a)。一 方,持久的運動能力も不活動と不活動+運動群はコン トロール群に対して有意な低値を示したが(Figure 4b),不活動群と不活動+運動群で比較すると前者に 対し後者は高値傾向を示した(Figure 4b)。これらの 結果は,長期の不活動時に行わせた運動は,瞬発的な 筋力の改善には貢献しないが,持久力の低下をある程 度抑制することを示している。 作業記憶能力を調べる Y 迷路試験の正解率で,不 活動群は他の 2 群に対して有意な低値を示し,定期的 な運動による改善が認められた(Figure 5a)。一方, 長期記憶を測定する恐怖条件付け試験での無動時間 は,コントロール群に対して不活動群と不活動+運動 群は有意な低値を示し,定期的な運動による改善は認 められなかった(Figure 5b)。うつ様症状を調べるショ 糖選択性試験でのショ糖選択性で不活動群は他の 2 群 に対して有意に低値を示し,定期的な運動はショ糖選 択性を改善させた(Figure 5c)。不安症状を調べるオー プンフィールド試験での中央滞在時間と高架式迷路試 験でのオープンアーム滞在時間は,コントロール群に 対して他の 2 群は有意な低値を示し,定期的な運動に よる改善は認められなかった(Figure 5d, e)。これら の結果から,長期間の不活動状態はうつ様症状,不安 症状,認知機能低下をもたらし,定期的な運動はうつ 様症状の発症と作業記憶能力の低下を予防するが,不 安症状の増加や長期記憶力の低下には予防効果がない ことが明らかにされた。 認知機能低下やうつ様症状発症の改善に関係深い海 馬での神経新生を表す Ki67 陽性細胞数は不活動で低 下して定期的な運動で改善した(Figure 6)。加えて, CD31 陽性細胞の測定結果から計算された海馬の血管 密度においても同様の結果が得られた(Figure 7)。 海馬の神経新生が慢性的ストレスにより低下し,定期 的な運動でこの低下が改善し,それに合わせてストレ Figure 3 体重,摂 量,ヒラメ筋重量,副睾丸脂肪重量 (a)体重,(b)摂 量,(c)ヒラメ筋重量,(d)副睾丸脂肪重 * p < 0.05 vs コントロール群,# p < 0.05 vs 不活動+運動 Figure 4 筋力,持久的運動能力 (a)筋力,(b)持久的運動能力 * p < 0.05 vs コントロール群
ス由来の認知機能の低下も改善する6)。更に,海馬の 神経新生と血管密度が慢性的ストレスにより低下し, 定期的な運動はこれらの低下を改善し,それに合わせ てストレス由来のうつ様行動も改善する4)。これらの 先行研究結果から,不活動飼育による海馬の神経新生 と血管密度の低下を定期的な運動が改善し,このこと Figure 5 行動試験 (a)Y 迷路試験,(b)恐怖条件付け試験,(c)ショ糖選択性試験,(d)オープンフィールド試験,(e)高架式迷路 * p < 0.05 vs コントロール群,# p < 0.05 vs 不活動+運動 Figure 6 海馬の Ki67 陽性細胞 * p < 0.05 vs コントロール群,## p < 0.01 vs 不活動+運動 Figure 7 海馬の血管密度 * p < 0.05 vs コントロール群,## p < 0.01 vs 不活動+運動
不活動由来のうつ様行動に対する運動の抗うつ効果を運動強度と海馬の血管新生との関係から検討する が運動による認知機能とうつ様症状の改善に貢献した ことが予想された。 得られた結果の社会貢献性・新規性・独創性 不活動は筋萎縮,脂肪増加,認知機能の低下,うつ 様症状を引き起こさせたが,定期的な運動はこれらを 改善した。そして,これらの改善には運動による海馬 での神経新生と血管新生の改善が関係した。この結果 は,精神の健康を維持する上での身体活動の重要性お よび運動の重要性を社会的に啓蒙していく上での重要 な研究成果となる。 文 献
1) Banasr, M., Valentine, G. W., Li, X. Y., et al., Chronic un-predictable stress decreases cell proliferation in the cere-bral cortex of the adult rat. Biol Psychiatry 62, 496-504, 2007. doi: 410.1016/j.biopsych.2007.1002.1006. Epub 2007 Jun 1021.
2) Hollis, F., Wang, H., Dietz, D., et al., The effects of repeat-ed social defeat on long-term depressive-like behavior
and short-term histone modifications in the hippocam-pus in male Sprague-Dawley rats. Psychopharmacology
(Berl) 211, 69-77, 2010. doi:
10.1007/s00213-00010-01869-00219. Epub 02010 May 00218.
3) Muto, J., Lee, H., Lee, H., et al., Oral administration of inosine produces antidepressant-like effects in mice. Sci
Rep 4, 4199, 2014.
4) Kiuchi, T., Lee, H., Mikami, T., Regular exercise cures depression-like behavior via VEGF-Flk-1 signaling in chronically stressed mice. Neuroscience 207, 208-217, 2012.
5) Muto, J., Hosung, L., Uwaya, A., et al., Morinda citrifolia fruit reduces stress-induced impairment of cognitive function accompanied by vasculature improvement in mice. Physiol Behav 101, 211-217, 2010. doi: 210.1016/j. physbeh.2010.1004.1014. Epub 2010 Apr 1021.
6) Nakajima, S., Ohsawa, I., Ohta, S., et al., Regular volun-tary exercise cures stress-induced impairment of cogni-tive function and cell proliferation accompanied by increases in cerebral IGF-1 and GST activity in mice.