井後草里遺跡第
3
次発掘調査報告書
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研 究 代 去 者 松 本l白:
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岡山大学文学部考古学研究室
松 本 [ t
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子 編
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by Naoko MATSUMOTO
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Department o
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心
2
0
1
0
年
3
月
干1
&
2
1
.
{f-度科学研究費補助金 ~~~~研究 (Bl 研究課題番 ~J'20320123 中!日よと・弥生社会の人LJシミュレーションとえ;化変化モデルのW
l'築 Grant-in-Aid for Scientific Research (B) Projeじtnumber: 20320123Study of demographic and cultural chanμe in the
J
U1110n and Yayoi societies using simulation and model building例
日
1
.
本書は、鳥取県西伯郡伯香町大滝字井後草里9
4
8
に所在する井後草里遺跡の発掘調査概報で ある。2
.
本発掘調査は、岡山大学大学院社会文化科学研究科准教授松本直子の平成2
1
年度日本学術 振興会科学研究費(基盤研究B)
["縄文・弥生社会の人口シミュレーションと文化変化モデル の構築」に関連する調査として、2
0
0
9
年に岡山大学文学部考古学研究室を調査主体とし、松 本直子を調査担当者として実施した。3
.
井後草里遺跡に関するレベルはすべて海抜高を表し、座標および方位は日本測地系における 平面直角座標第V
系に基づく。4
.
遺構・遺物の実測と製図は、松本直子の指導のもと、発掘調査に参加した大学院生(幡中光 輔、井田智、景山佐保子、陶i
幸真梨子、藤井裕也)、学部生(石原直美[学生隊長]、井上涼、 檀野理沙、中谷祐実、服部瑞輝、庚田あずさ、水船由貴、山川美蘭、山田備生、武田有加、 宮崎絢子、森実季、米村悟史、渡瀬健太)が行った。5
.
遺構の写真撮影は松本直子、遺物の写真撮影は松本直子、景山佐保子、石原直美、服部瑞輝、 宮崎絢子、米村悟史が行った。6
.
遺構番号は、 トレンチごとに付している。7
.
土層色の色調は、『新版標準土色帖.1(日本色研事業株式会社発行1
9
8
6
)
によった。8
.
出土遺物は、現在岡山大学考古学研究室が保管している。9
.
遺構・遺物写真および実測図等は、岡山大学考古学研究室が保管している。1
0
.
図面の凡例は、以下のとおりである。~磯
. 擬磯 (黒ボク) 擬磯I
.
.
.
~ 黒色粘質土層 正月桝暗黒褐色土層 (漸移層) - -(黒ボク上層) 一一一(黒ボク下層)1
1
.
図1
、2
は、国土地理院発行の1/50
,0
0
0
と1/25
,0
0
0
を引用した。1
2
.
自然科学的分析は、別所秀高氏(東大阪市・鴻池新田会所)に堆積層の分析を、渡辺正巳(文 化財調査コンサルタント株式会社)に花粉分析を、杉山真二氏(株式会社 古環境研究所)に 植物珪酸体分析を、小椋純一氏(京都精華大学)に微粒炭分析を依頼した。1
3
.
石材の同定は、鈴木茂之氏(岡山大学大学院自然科学研究科)のご教示をいただいた。1
4
.
本文の執筆担当者および図面作成者は、目次および文末に示す。1
5
.
第8
章においては、各執筆者ごとに図版や写真の番号を付している。1
6
.
下記の方々からは、調査に関する指導や助言を賜る等、大変お世話になった。記して感謝い たします。 岩 垣 命 北 浩 明 北 浦 弘 人 酒 井 雅 代 長 田 康 平 中 原 晃 前 原 泰二 前原泰子 益 田 晃 松 木 武 彦 安 川 豊 史 鳥 取 県 教 育 委 員 会 伯 者 町 教 育 委 員 会 ( 敬 称 略 ・5
0
音 順)1
7
.
本書の編集は松本直子が行った。巻頭図版
1
北側調査区切り通し壁面
巻頭図版
2
巻頭図版
3
第
4
トレンチ東壁巻頭図版
4
日 次
第l
章 発掘調責にいたる経緯・……・……・・…・・・・・・…・一...・…・・・…・・・・・…・・・・・……・[松本J
1
前2
中
:
遺跡の位置と環境・………ー…・・・……・ー………ー……・・・…・・…ー[イi
原J
2
第3
章 調宵の目的と経過・・……・…・…・…・・…・ー・・…・・…・・・・・…・…ー・…ー・・・・…・・・・・…・…・[石原J
5
め
;
4
章 基本田序ー……・…・…・……・・……・…・・…・…・・…・…・・…・…・・・…・・・・・・一...…・・…・・[行以J
8
第5
平 調 査 の 概 要 第4
トレンチ・ -一・…・…・・…・ー・…・・一 -一…・・…・・…-…・ …・ ・・-一・・・・・・・ ・… •[
]
1
日
古
;
I
J
9
第5
トレンチ.
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[
l
lJH
I
J
1
7
第6
トレンチ・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・[井 上J
1
8
第7
トレンチ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・ ・・・・・...[井上J1
9
第G
章 出土遺物 1 . 縄文│時代早期の上器一一....…-一・…・・・一…・・…・・・…・・・…ー・…一..一一…・[III川J
20 2. 縄文時代任.Il免期の止出..一一一・・・・・…・・一 -…・・…・・・…・・・…ー・・…・・・・…・・・[蹟[11
1
J
203
固 有器・…・…・…・……・…・…・…・…・・ー・・…・・…・…・・…・・・…・・・……・ー一-一……[陶i
宰J
2
3
4. 弥生時代のL
出 …・…・……・…・・…・・…・…・…・・…・・・…・・・・…・・・…・・・・・…・・[陶洋J
24 第7
章 考察 •. ………・・・・・・・・・・ ・・・・・・ ・……・ …・…・…・・…・…・・…・・・…・・・…・・・・…・・・ー...[行原J
:
3
1
第お章 自然科学分析 井{走草里遺跡の堆積層・・・・・…...…・・ー・・…・・……・・…・…・・・・・…・・・・…・・・・-一別所秀尚 34 j↓:佐草里遺跡における放射性炭主年代(AMS
測定) ・・・・・ (株)加速出分析研究所 持:
J
1: 後苧.里遺跡における花粉分析・…一・・・・…・・…・……ー・…・・・…ー・・・…・・・・… 'l度辺'I1~じ ,1
0
井佐平年[遺跡における植物日円安体分析・・・・…・…-…・…・…ー・・…・(株)古環境研究所1
9
井後苧.里遺跡(
T
r
5
)
の微粒炭分析ー・・…・…・・…・…・…・・・…・・……・・・…・・・…・・IJ、
併
、
中
I
n
-
.
5
7
第9革 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・ ・・・・・・・・[松本J
61挿 図 目 次
第
l
図 鳥取県西部地域主要遺跡地図
(
5
=
1
1
2
0
0
.
0
0
0
)
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H・
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H・
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・
H・
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…
H・
H・
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・
H・-………
3
第
2
図井後草里遺跡周辺地図
(
5
=
1
1
5
0
.
0
0
0
) .
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・
H・
.
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"
・
H・
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…
…
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H・
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・
H・
.
.
.
・
H・...………
.
4
第
3
図
1
9
7
9
年・
2
0
0
7
年の調査区と今回の調査区
(
5
=
1
1
4
0
0
) [石原]
.
.
.
・
H・-……・……...・
H・
.
.
6
第
4
図
1
9
7
9
年調査検出遺構
(
5
=
1
1
1
∞) [石原].
.
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・
H・
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・
H・
-
…
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・
H・
…
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・
H・
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…
H・
H・
.
7
第
5
図
2
0
0
7
年遺構検出図
(
5
=
1
1
1
0
0
)
[石原
1
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
H・
H・
.
.
7
第
6
図基本層序模式図[石原]………...・
H・
.
.
…
…
.
.
.
・
H・
.
.
.
.
.
・
H・
.
.
.
.
.
・
H・..…………...・
H・
.
.
.
.
.
・
H・
.
.
8
第
7
図
第
4
トレンチ平面図・断面図
(
5
=
1
1
3
0
)
[景山・檀野・贋田・武田ト
.
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1
1
・
1
2
第
8図
第
4トレンチ
P
1.
P2 .
P
3
平面図断面図
(
5
=
1
1
1
0
)
[檀野
・
服部
l
.
.
・
H・
.
.
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・
H・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
…
H・
H・
.
1
2
第
9
図
第
5
トレンチ平面図・断面図
(
5
=
1
1
3
0
)
[井田・陶
j畢・水船・山田・宮崎・渡瀬]…...・
H・
.
.
.
.
・
H・
H・
H・..…・・………...・
H・
.
1
3
・
1
4
第
1
0
図 第
6
トレンチ平面図・断面図
(
5
=
1
1
3
0
)
[山川・森・米村]…………...・
H・
H・
H・
.
.
.
.
.
・
H・
.
.
…
・
・
…
.
.
.
・
H・
.
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・
H・
.
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・
H・
-
・
…
.
.
.
・
H・
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.
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.
.
・
H・
.
1
5
第
1
1
図
第
7トレンチ平面図・断面図 (
5
=
1
1
3
0
)
[藤井・中谷・森・米村ト
.
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1
6
第
1
2
図 縄 文 早 期 土 器
(
5
=
1
1
2
)
[井田・陶揮・檀野・贋田・水船・山田・渡瀬
l
.
.
.
.
・
H・
-
…
.
.
.
・
H・
.
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.
・
H・
.
.
.
.
.
・
H・
H・
H・
.
.
…
.
.
2
1
第
1
3
図縄文後・晩期土器
(
5
=
1
1
2
)
[陶津・藤井・井上・檀野・贋田・山川・山田・宮崎・米村・渡瀬]…・・…………...・
H・
2
2
第
1
4
図 石 器
(
5
=
1
1
2
) [藤井・贋田]…
.
.
.
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2
3
第
1
5
図 弥生土器
(
5
=
1
1
2
) [贋田・水船・武田・宮崎]・……・...・
H・
.
.
.
.
.
・
H・
-
…
.
.
.
・
H・
.
.
.
.
.
・
H・
.
.
2
3
第
1
6
図 第
1
・
2
・
4
・
5
トレンチ平面遺物分布図
(
5
=
1
/
6
0
)
[石原
l
.
.
・
H・
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
・
H・
.
.
…
H・
H・
.
3
1
第
1
7
図 第
4 ・第 5トレンチ断面遺物分布図[石原]…
H・
H・
.
.
.
.
.
・
H・
.
.
.
・
H・
・
H・
H・
.
.
…
…
…
.
.
.
.
・
H・
.
.
.
3
2
写 真 口 次
写真1
発掘前の状況…・……・……・……一-一・・…・・…・…・・…・・…・・…・・・…ー・…一...…・…・・…….
.
5
写点2
第4
トレンチ (同から)・・・・・・・・・・・・・・・・・・...一.
.
.
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.
.
9
写真3
第4
トレンチ南東部遺構検出状況・…・……・・…・…・・…・…・・・…・・・…・・・・…..…・・…・ー・…1
0
写真4
第4
トレンチ西壁・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・...一.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
1
0
写真5
第4
トレンチP2
半裁状況 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・....•.•• •.••• •.•• •.• '1
0
写真6
石錘出土状況…………・……・…………・・………・ー……….
1
0
写真7
第5
トレンチ尚-壁動物痕跡・…・……-一・…・・…・…・・ー・・…・・…ー・・・…・・・…・・・…・・・…・・・・・…1
0
写真8
第5
トレンチ南壁・………一・…....…・・・・…・・…...…・………一-・…・・…・・・・…・・…・…・…1
7
写真9
第5
トレンチ東側土層横転部・・…・・ー・・・・…・・・…・…・・…-…一-…....…・・・一一...…...
1
7
写真1
0
別所氏によるサンプリング状況・・・・・・・・・・・・・・・・・...•.•• •..•• •..•••• •..••••• •.•••• •.••• •..•• •..• •..• ..
1
7
写真1
1
第6
トレンチ黒ボク層検出状況・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・.
.
.
.
.
.
.
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.
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.
.
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.
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.
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.
.
.
.
.
.
1
8
写真1
2
第6
トレンチ完掘状況…・…・…・…・…・…・…ー…・…ー…ー…・・・…・・・・…ー・・・…・・・…-一・…...
1
8
写真1
3
第6
トレンチ東照ピット検出状況..一...…・・…・…・…・・…ー・・・…・・・…・・・・…・・…・・…・….
.
1
8
写真1
4
第7
トレンチ集石検出状況ー…・…-一-…・…・・…・…ー…・・…ー・・・…・・・・…・・・…・・…・…・・….
.
1
9
表 目 次
第l
表 縄文早期土器観察去・・・・…・ー・・…・…・・…-・・・・…・…・…ー…・・…ー・・・…-…・・・・…・…・・ー・…2
4
第2
衣
縄文後・晩期土器観察去・・・…・…・…・・・・・・・・・・・…・…・・…・…・・……・・・…・・・…・・・….
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
2
5
第3
表 石器観察表・…・…・…・…・……・・…・…・・…・一一・…・…・・…・…・・・…・・・・・・ー・・・…ー・…・・・…・…・・・・2
5
第4
表 弥生土器観察表…...…・…・…・…・…・一一・…・…・・…・…ー・…...…・・・…・・・…-・…・….
.
.
.
2
5
第5
表 各トレンチ出土遺物一・…・……・…・…・・…・…・・…・・・・・・…・・…・・・…・・・・…・・・・・…・・・…・…・・….
.
3
1
図 版 口 次
巻頭同版l
北側調査反切り通し壁面 巻 頭 凶 版2
第7
トレンチ集石検山状況 巻 頭 図 版3
第4
トレンチ東壁 巻頭l
χ
1
:定14
1
+
¥
.
'
卜.遺物同
l
版l
縄文早期十~-~~...…・…・…・…・…・一…・・…・ー…・・・・・・…一…・・・・・…一・・ ・・…・・・一一・・・2
6
凶版2
縄文後・晩期土保……・・・………一・…・・ー・・…...一一・・……・・・…・・・・…・・・・・…・・・・・・・・….
.
.
.
.
.
.
.
2
7
凶 )~i3
縄文後・JI免期土器一・・……・ ・…-……・・ ...……・・…-…ー・…一...…・・…ー・……・….
.
2
8
1
叫)
l
f
i
4
剥片・石錘・土器片加二じ品……・…・…・・ー・・…ー……ー…・・…・・・…...一一…・・…・・…・…・・・ ...29i
χ
l
版5
弥生士出 ...・...・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
0
第
1
章
発掘調
査に
い
た
る経緯
井後草里遺跡は、県道金屋谷・江府線改良工事に伴う緊急発掘調査として、当時の溝口町教育委 員会による調査が行われ、縄文時代早期から晩期にかけての遺物とともに、貯蔵穴とみられる土坑 3基、炉跡と考えられる焼土面を持つ土坑4基、性格不明の土坑2基なと.'-IJ'f見つかっている(光木・益田
1
9
8
3
)
。縄文時代に長期にわたり何度も利用された地点であることから、遺跡動態と自然環境 の関係を探るための調査地として適していると判断し、岡山大学社会文化学研究科准教授松本直子 の平成1
9
年度日本学術振興科学研究費(基盤研究B
)
I
縄文時代から弥生時代にかけての西日本に おける人口動態と文化変化J
による調査研究の一環として、 2007年に岡山大学文学部考古学研究 室が主体となって第2
次発掘調査を実施した(松本編2008)。1
9
7
9
年の調査区は現在県道となっており、その北側・南側は固有地の雑木林として残されてい る。第2次調査では、北側と南側にトレンチを設定したが、北側のトレンチでは遺構・遺物とも検 出されなかった。l.5x
3
.
5
m
という小さなトレンチl
か所であったので、県道の北側に遺跡が広が る可能性がまったくないとはいえないが、今回の調査では遺跡の存在が確実である県道の南側を対 象とし、前回の調査成果を踏まえて、各時期の遺物 ・遺構分布範囲および古環境についてさらに情 報を得ることを目指した。 調査の方針や手続き等に関しては、伯香町教育委員会および鳥取県教育委員会にご協力いただ き、発掘調査の際には現地にてご指導をいただいた。調査中の休憩所には、日光公民館に大変お世 話になった。今回の調査を可能にしていただいた方々、諸機関にお礼申し上げたい。 (松本) [参考文献] 松本直子編2∞
8r
井後草里遺跡第2次発掘調査報告書j岡山大学考古学研究室 光木尊之・益田晃1983r
上中ノ原・井後草里遺跡発掘調査報告書j溝口町埋蔵文化財調査報告書2 溝口町教育委員会第三小: lE閥、のf,',i(i と J~υll
第
2章 遺 跡 の 位 置 と 環 境
地理的環境 大 山 は 、 標 高1711m
の中間地方│誼ーーの山さを"守る成層複成火山である J こ の 地 域 に は 、 大 山 を は じ め と す る 火 山 起 源 の 火 山 川 が 広 が っ て お り 、 そ の ・ つ に 火 山 以 起 源 の 土 壌 が I{;什位同去を含イ{し黒 色 と な っ たL
層 ( 忠 ボ ク ) が あ り 、 標I百470m-490m
の 地i市で堆慣している (IJI'J
:
1
9
8
4
)
, J:
1
i
走中:里遺跡;は、 烏 取l
県巨引件阿J[1札叫L可i
1
官伯i白1
郡伯白香町 jf
大叫(1iri止、 イ 本4阿町I
とf
什?刊1
有例併井jjj:) にI
所?計f
千紅│ピ:する 大山向阿-南南III山1
1
麓にi
付位占立:
i
間丙し、1
1
Tf川の支流である大江川と1
'
1
水川との!日!のt1'I : 1たj地に立地している 歴史的環境 1 . 鳥 取 県 西 部 旧 石 器 時 代 県 内 のI
f
l
石 器 時 代 の 資 料 が 府fidl{}に ま と ま っ て 出 土 し た 例 は ほ と ん ど 報7
よされてい ない11
1
・同同I
H
1
1
器 文 化 談 話 会 のl
!l行器1¥
1
Jて資料集成(第2
1
1日|巾・四凶 111 行出丈化談 liA- 会 ~M2
0
(
4
)
に よ る と 、 そ の 分 布 は 大 山 阿 産 をq
J
心とし、組文時代草有JI期 に は 県 阿 部 に 分 布 の 中 心 が 移 る ようである u 有~,)~頭器やナイフ 71ラィ î G~ などが 11'1 ↑,)宣物の例として挙げられる l 縄 文 時 代 大 山 裾 野 に は 組 丈1
1
寺 代 の 遺 跡 が 集11
1
し て お り 、 そ の 多 く が 洪 積 台 地 十 回 状 地 卜 . の 棟 内2
0
~50m
地 点 に 存 在 し て い る l 早 期 の 代 夫(I{]な i立跡である1-.福万遺跡(米子l!iJでは、集イ1J宣構ぺ
Jtlll葬胞i設と考えられるート.棋が多数検出されている l ま た 、 日 久 美 遺 跡 をrfl心とL
た1
+
1
i
毎同 j立の遺 跡 か ら は 、 前 期 初 頭 、 中 則 に か け て 多 数 の 動 物 泣 体 が 出 土 し て い る 中 期 の 林 ヶ ! ボ 遺 跡 や 細1
1
2
t
i立 同;ではU'j'fI哉火が検出されている j 後期j には、 l十j 川追跡や大塚遺跡で集落が検出されている,~ 晩 期 で は 多 く の 落 と し 穴 が 検 出 さ れ 、 青 木 造 跡 ( 米f
けi)では、2
3
8
,悼の落とし穴が検出されているし臼1
1
¥
(
~rlぐ開 11古文化財センター 1988) リ 弥 生 時 代 大伴ーからの稲作の伝米により、 H イ~i
j
l
J
)
:
0
の 生 活 は 前 代 か ら 変 化 し て い く 前 期 は 、[
J
久 た遺跡で水旧跡が検出され、J
昔本遺跡(同1
(
1
郡 市 部1
1
可)では、V7
状に深く拍{られたi
去が検出され て い る I fl期 以 降 に な る と 、 妻 木H
免 川 遺 跡 (rJtj1
(1Ifr;大1
1
1
町)で、日免出丘陵全域を利m
した集落が形 成されるl この遺跡からは、大註の鉄時が出 1',する 1-,、 PLI 隅突 m 理~It
責 任 草 と い っ た 独n
の 墓i
l
l
l
J
も件 まu
るようになるけ 古 墳 時 代 近 畿 地 方 に お い て 前 万 佐P
1
墳 が 築 造 さ れ 始 め た 頃 、 古 備 と の 交 流 ル ー ト に あ た る と 忠 わ れる米r
干町に前方後円墳が作られる" tiij期は、!?段、IJ':1
i}墳(内.伯郡市部IllJ
J
で : 向 縁 神 獣 鋭 が 11\ 卜会している「中期以降には、向 111~li貰群(米(l lj) が築造されるごl 主片山墳群の 1]1 でも、 1-ÎJ
己
谷
8
it'W
U-
,といえられる行馬からは北部九州、│との交流を、右足I古墳の石宅構造からは/lj:jt地 )jとの交流 を古うことができるl 古 代71
吐 紀 以 降 は 多 く の 午 院 が 建 立 さ れ て お り 、 仏 教 丈 化 の 受 容 が み て と れ る 鳥取県米f-r
h
の 卜_ií[I~& 午跡は、金堂周辺から多くの彩色仏教問 plJj. ij担 保 片 が 山 土 し て い る こ と や 、 特 異 な 伽 車 内di
(
l
:
で あ る こ と か ら 注 目 を 浴 び た ( 淀 江 町 教 委2
0
(
H
)
ほかにも、f
l
野川流域、 LJI十j町川辺では多く の た た ら 跡 が あ り 、 た た ら 製 鉄 が 盛 ん にh
わ れ て い た こ と が わ か る ( 鳥 取 町 町 民 丈 化 財 セ ン タ-1
9
8
9
)
2
.
遺 跡 周 辺 縄 文 時 代 早期に同する1
1
1
1
1
三押型丈のL
出ハーがi十JfJ;{遺 跡 や 長 山 第I
遺 跡 で 出L
しているl 片 山 第l
i
立跡では、ネガテイブな1'1
1
1明文上器もI
t
¥1
:
しており、縄文時代早期前葉から前期十)
J
0Jlの '1二川 ~JF を f'I'.';.沖r御前島 1.井後草里遺跡、 2.門前第2遺跡 3.上福万遺跡、 4.青木遺跡 5. 林ヶ原遺跡 6.大塚遺跡群 7.南川遺跡 8.細工塚遺跡 9. 目久美遺跡 10.諸木遺跡 11.妻木晩田遺跡、 12.長山遺跡群 13.南原遺跡 14.普段寺l号墳 15.鏡塚古墳 16.岩屋古墳 17.殿山古墳 18.大寺廃寺 19.坂中廃寺 20.上淀廃寺 第
1
図 鳥取県西部地域主要遺跡地図 (S=lI200,000) 3-第2章 遺 跡 の 位 置 と 環 境 1.井後草里遺跡、 2.上中ノ原遺跡 3.神原遺跡 4.南原遺跡 5.鏡塚古墳 第
2
図井後草里遺跡周辺遺跡地図(
S
=
1
12
5
,0
0
0
)
う集落遺跡である(溝口町教委1
9
8
6
)
。長山馬寵遺跡からは、縄文時代早期の石器製作跡や前期初 頭の石器製作工房跡とみられる竪穴状遺構が検出されている(溝口町教委1
9
8
9
)
。 弥生時代 神原遺跡で掘立柱建物や貯蔵穴、土坑墓が検出されており、高地において一時期に限つ ての焼畑を生産基盤とし、採集を行ったと推定されている。上中ノ原遺跡では、竪穴住居や掘立柱 建物等が検出されている。神原・上中ノ原両遺跡とも弥生時代中期に属し、同一集落であると考え られる(溝口町教委1
9
8
3
)
。 古墳時代以降 鏡塚古墳や下の原岩屋古墳等の小規模な円墳がある。現在の調査区周辺は、スキー 場や別荘などが建てられ、行楽地として利用されている。 (石原) [参考文献] 松本直子編2∞
8r
井後草里遺跡第2次調査報告書j岡山大学文学部考古学研究室 河合章行2∞
71第7章考察 第l節坂長村上遺跡出土の縄文時代草創j期資料についてJr.鳥取県教育文化財団調査報告書J1ω 側鳥取県教育文 化財団調査室 中・四国旧石器文化談話会鳥取県実行委員会編2∞
41<集成>鳥取県内の旧石器資料Jr
第21田中・四国旧石器文化談話会「鳥取県における旧 石器文化の様相」発表要旨・資料集』 中・四国旧石器文化談話会 鳥取県埋蔵文化財センター1988r.鳥取県埋蔵文化財シリーズ3 旧石器・縄文時代の鳥取県』鳥取県埋蔵文化財センター 鳥取県埋蔵文化財センター1989r
鳥取県埋蔵文化財シリーズ4 歴史時代の鳥取県j鳥取県湿蔵文化財センター 内藤正中・真田康幸・日置粂左ヱ門1997r.鳥取県の歴史j県史31 山川出版社 溝口町教育委員会1983r
上中ノ原・井後草里遺跡発掘調査報告書J溝口町坦蔵文化財調査報告書2 溝口町教育委員会1986r
長山第l遺跡発掘調査報告書j溝口町埋蔵文化財調査報告書7 溝口町教育委員会1989r
長山馬純遺跡j溝口町埋蔵文化財調査報告書5 由字喜三雄1984r
鳥取県大百科事典j新日本海新聞社 淀江町教育委員会2∞
4r
上淀廃寺跡NJ淀江町埋蔵文化財調査報告書第57集 淀江町教育委員会-4-第
3
章 調 査 の 目 的 と 経 過
調査の概要 本調査は、2
0
0
7
年8
月1
7
日- 8
月2
7
日までの計1
0
日にわたり、2
5
.
7
r
r
l
の範囲を対 象としておこなった。調査の目的は、2
0
0
7
年に引き続き1
9
7
9
年の道路改良工事に伴う発掘調査に おいて確認された縄文時代早期 後・晩期に属する遺跡の分布範囲を確認し、各時期の遺跡の性格 を古環境と合わせて分析するための資料を得ることである。また、2
0
0
7
年の調査で確認されてい ない中期の層の検出、2
0
0
7
年度調査での第l
トレンチ・第2
トレンチ間の遺物出土状況の確認も 目指した。 鯛査区の設定2
0
0
7
年の発掘調査から遺跡が北へ広がる可能性は低いと考え、道路の南側のみに4
カ所設定した(第3図)。各トレンチは、2
0
0
7
年調査を受け第4
トレンチ・第5
トレンチ・第6 トレンチ・第7
トレンチと定めた。遺跡、の範囲を特定することを目的としたため、各トレンチを東 西に広く設定した。第7トレンチに関しては、発掘調査の途中で設定したものである。なお、本調 査での基本層序は、2
0
0
7
年調査における北側の調査区にある切り通し壁面を利用したものを参照 した(巻頭図版1
・第6
図)。 各トレンチの調査目的 第4
トレンチは、2
0
0
7
年調査の第1
トレンチ・第2
トレンチでの遺物出 土状況が著しく異なっていたため、これらの聞をつなぐように設定し、遺物出土状況などから後・ 晩期の遺構の広がりを確認することを目的とした。また、第 1トレンチ南で検出されたピットの連 続の確認も目指した。第5トレンチ・第6トレンチは、遺跡範囲の西への広がりを確認することを 目的とした。第7
トレンチは、今回の調査途中で遺跡が西へ広がる可能性が薄いと判断し、東への 広がりを確認することを目的とし設定した。 調査の経過8月 1
7
日・1
8
日、2
∞
7
年度調査時にG
P
S
で落とした既存の杭の確認をおこなった。 この杭を元に新たな杭を設定した。 トレンチ肩の国土座標 ※第4・5トレンチのみ記載 第4
トレンチ南東隅x
= -7
3
2
5
8
.
3
8
3
Y=ー
7
6
2
7
3
.
4
0
1
第5
トレンチ北東隅x
=
ー7
3
2
5
4
.
2
1
4
Y
=ー
7
6
2
7
9
.
6
7
6
また、第5
トレンチ、第6
トレンチでは縄文時代の遺物の包含層である黒色粘質土層(基本層序: E層)を全面で検出した。第4トレンチにおいては8月
1
9
日に全面で検出した。 8月2
0
日、第6トレンチ全面で暗黒褐色土層(基本層序 :ill層)を検出した。 8月2
2
日、第5トレンチ、第4トレンチ全面で暗黒褐色土層(基本層序 :ill層)を検出した。 第5トレンチでは土層横転と考えられる状況をトレンチ東側で確認した。また、第4トレンチ北壁 写真1
発掘前の状況 ラインから3.5m
東に離した位置に南壁がくる ように第7トレンチを設定した後、掘り下げを 行い第7トレンチ全面で黒色粘質土層(基本層 序:
l
l
層)を検出した。翌8月2
3
日には第7
トレンチ全面で暗黒褐色土層(基本層序:ill層) を検出した。8月 2
5
日、別所秀高氏(東大阪市鴻池新田 会所)のご協力を頂き、第5
トレンチで土層の サンプリングをおこなった。8
月2
6
日、植物珪酸体分析のために杉山真 二氏(株式会社古環境研究所)のご協力を頂き-
5-第3章調査の目的と経過 土層を採取した。ローム層は、第
4
トレンチではタチワリを入れて、残りのトレンチでは全面で検 出した。また、全トレンチにおける層序は、切通し壁面における基本層序とほぼ同様であった。そ の 後 、 埋 め 戻 し を 完 了 し 作 業 を 終 了 し た 。 ( 石 原 ) [調査参加者] 教 員 松 本 直 子 学 生 幡 中 光 輔 井 田 智 景 山 佐 保 子 陶i
畢 真 梨 子 藤 井 裕 也 笹 栗 拓 ( 京 都 府 立 大 学 ) 石原直美[学生隊長] 井 上 涼 檀 野 理 沙 中 谷 祐 実 服 部 瑞 輝 贋 田 あ ず さ 水 船 由 貴 山 川 美 蘭 山 田 備 生 徳 富 孔 ー 武 田 有 加 宮 崎 絢 子 森 実 季 米 村 悟 史 渡 瀬 健 太 草 苅 由 加 里 X=-73230.000 -X=-73240.000一 X=・73250.000ー X=・73260.000 -X=-73270.000ー 9 8 . 8 N 申 h ' H h g o o -- h N 申 ι ? " ﹂ F O C o -喧 N 申 h ' u he g
-認 定 A h 0 1 O m L-ι..J...L...J.ームーーーーーーーーーー」 第3
図1
9
7
9
年・2
0
0
7
年の調査区と今回の調査区(
8
=
1
/
4
0
0
)
*なお1
9
7
9
年の調査範囲は現時点で詳細な位置を把握できないため、おおよその位置を示している- 6
ー貯蔵穴1 第
l
区。
。
第2区 。
。'Q .。戸。。
色
I
(
;
l
P
o
@-
d
0 f)g
O
-tJiiOふ
-ー.
・
。
4m 第4
図1
9
7
9
年遺構検出図(光木・益田1
9
8
3
挿図1
5
を一部改変・S
=
1
/
1
0
0
)
第3トレンチ 第 1トレンチ 第2トレンチ。
。
4m 第5図 2007年遺構検出図(岡山大学考古学研究室 2008を改変・S
=
1
/
1
0
0
)
-7-第4章 基 本 層 序
第
4
章 基 本 層 序
本調査での基本層序は、2
0
0
7
年調査における北側の調査区にある切り通し壁面を幅約2m
の範囲 で精査して確認したものを参照した(第6
図)。よって基本層序に関しての情報は2
0
0
7
年調査の報 告書を元にしている。 表土であるI
層は黒褐色土層で、木の根によって撹乱されている。E
層は黒色粘質土層、E
層は 暗黒褐色土層である。これらr
r
.
m
層が一般に黒ポクと呼ばれている縄文時代から古墳時代までの 堆積層である。2
∞
7
年の調査では縄文時代の遺構の掘り込みが、黒色粘質土層(
r
r
層)及び暗黒褐 色土層 (m層)で確認されているが、これらの層からの正確な遺構検出は困難である。そのため、 いずれも断定することはできない。町層は暗黒褐色土層からローム層への漸移層である黒色混じり 黄褐色土層である。1
9
7
9
年の調査ではこの町層上面で遺構を検出している。その下はローム層(V
・
v
r
層)で2
つに分層できる。V
層は黄樫色粘質土層、百層は灰赤色土層である。なお、百層は火砕 流によって形成された層であり、切り通し壁面の最下層にあたる。切り通し壁面精査時、どの層に おいても遺物や明確な遺構は検出されていない。 (石原) 層番号 層名 しまり 粘 性 備考 土色マンセル記号 I 黒褐色土層 弱し、 弱い 表土。 7.5YR3/1 E 黒色粘質土層 やや強い やや強い 黒ポク上層。遺物包含層。 2.5Y2/1 E 暗黒褐色土層 やや強い 強u、 黒ボク下層。遺物包含層。 lOYR3/1 N 貧褐色土層黒色混じり 強い やや強い 貧褐色のが多く混じるlcm。程度のクサレ磯 2.5Y5/4 V 黄燈色粘質土層 やや強い 強し、 ローム層。 lOYR8/8 VI 灰赤色土層 非常に強い ~ij" 、 程度の大きな岩石が多く混じるローム層。火砕流に伴う50cm。 7.5R5/2 第6
図 基 本 層 序 模 式 図-8-第
4
ト
レンチ
1
.鯛査の経過第
5
章
調査の概要
第4
トレンチは、前回調査の第l
・第2
両トレ ンチ問の遺物分布状況と遺構の広がりを確認する 事を目的として、第1
トレンチ南壁沿いの標高約4
7
0
-4
7
0
.
5m
の地点に1.5
5x
4
.
∞
m
の 範 囲 で 設 定した (第3
図)。 堆 積 状 況 は 基 本 層 序 と ほ ぼ 同 様 で あ る ( 第6
図)。表土を取り除いた後、層序の確認のために 東壁沿いに1.5
5x 0
.
3
0
m
の 先 行 ト レ ン チ を 設 け た。前回調査の第1トレンチにおいて基本層序E 層以降から複数のピットが検出されているため、 写真2
第4
トレンチ(西から) 遺構検出の可能性をふまえ、全面の掘り下げを慎重に行った。基本層序E層にあたる3層からは、 トレンチ全面で多量の土器片が出土した。いずれも小片が多く時期を確定できるものは少ないが、 縄文早期及び後・晩期のものが確認されており、弥生土器片も数点出土している。E層にあたる1
2
層を全面で検出した段階で、遺構の発見のために精査を行った。その際トレンチ南東部におい て土質の異なる箇所がみられたものの、平面では確認が困難であった。そのため、南壁沿い東壁側 から0
.
4
0
x
1.00m
のタチワリを入れたところ、断面から遺構の一端と考えられるS
1
が検出された。 全面的な掘り下げはN
層にあたる1
3
層上部まで行い、南壁沿い西壁側から0
.
5
0-
1.00m
の地点で0
.
2
0
x
0
.
5
0
m
のタチワリを入れてV層にあたる1
4
層を確認した。その後、別所氏のご指導のもと、 タチワリを含む南壁沿い西壁側のセクションから、1
-
1
4
層にわたって土壌のサンプリングを行っ ている。また、杉山氏に依頼し、遺構内埋土を含む南壁沿い東壁側タチワリの断面において土壌の サンプリングを行った。2
.
検出遺構と遺物 検出遺構5
基のピットとl
基の大型遺構を確認した(第8
図。) いずれも平面においては判別が 難しかったが、断面から判断した限りでは1
2
層上面から1
3
層上部にかけて掘りこまれている。P
1
は前回調査の第1
トレンチ南西隅で検出されたピットと同ーのものである。大きさは第1
トレンチ 南西のピットと合わせると平面径約4
0
c
m
、深さ約3
0
c
m
と推測できる。P
2
はトレンチのほぼ中央部 に存在するピットである。検出した段階においては、長径約6
0
c
m
、深さ約1
3
c
m
を測った。また、 埋土内は上下2つに分層できる。P
3
は北壁中央沿いから検出したピットである。断面に残存する 限りでは平面径約4
3
c
m
前後、深さ約2
3
c
m
を測る。P4
は北壁セクションの東側から確認されたピッ トである。断面から、大きさは平面径約3
0
c
m
、深さ約1
5
c
m
のものであったと推測される。S
1
はト レンチ南東隅においてタチワリ後に断面から確認した遺構である。埋土内は上下2つに分層でき、 上層から縄文土器片がl
点出土している。また、この遺構は本トレンチより南東方向にさらに広が ると考えられる。P
5
はS
1
の検出中に埋土中から確認された深さ約2
0
c
m
のピットである。S
1
の埋 土上層の上面から1
3
層上部にかけて掘り込まれており、埋土からは縄文後 ・晩期のものと考えら れる遺物がl点出土した。9
-第5章 調 査 の 概 要 出土遺物 遺物は トレンチ全体で合計 66点出土している。縄文早期土器片は、 3層から 4点出土 した。縄文後・晩期土器片は
3
層から5
点、P4
内埋土よりl
点、P
5
内埋土より粗製深鉢の口縁部 がl
点出土している。その他時期不明の縄文土器片は1-2
層から6
点、3
層で3
9
点、S
l
内埋土 からl
点出土した。弥生土器片は、1-2
層から2
点、3
層から5
点出土した。石器は、3
層にお いて剥片・石錘が各l
点出土している。遺物の詳しい分布状況については、第7
章の考察において 述べる。3
.
まとめ 第4トレンチでは、黒ボク層中において遺構面 を明確に検出することはできなかった。しかし、 前回調査において確認した縄文後・晩期の遺物包 含層と見られる3
層の西壁側から弥生土器片が出 土している。そのため、トレンチ西側においては、 弥生時代において何らかの活動が行われた可能性 がある。また、東壁・南壁断面より縄文時代の後・ 晩 期 の も の と み ら れ る 遺 構 が 確 認 さ れ た こ と か ら、本トレンチより南東方向に、さらに縄文後・ 晩期の遺構が広がると考えられる。 (服部) 写真3 第4トレンチ南東部遺構検出状況 写真4
第4
トレンチ西壁 写真5
第4
トレンチP2
半裁状況 写真6
石錘出土状況 写真7
第5
トレンチ南壁動物痕跡 ハ U 1 1 ム~
I
〈 コ ム 十
i
l
-
撹 乱ヲ 可
000・OLt 1星揖。
470.000 469.500 -4 B a x -f ・ 1 ・ -i ・ 1 ・ I , l e t 混 声 2m ' E A ' E A層番号 層名 ι まり 粘性 備考 土色マンセル 記号 8 明黒褐色粘置土層 強い 強い ピァト埋士。穫は含まない。 IOYR212 9 黒色土層 やや強い やや強い ピァト埋土。埋土上部より睡晩期土器片 1 点が出土。 7.5Y R2 /1 10 暗赤黒色粘質土層 強い 強い 遺構理士。 2.5Y2/1 11 暗黄色鈷置土層 強い 強い 遺構埋士。 11 層よりしまり、粘性が強い。 5Y 2I l 12 暗黒褐色土層 やや強い 強い 黒ポク下層。基本層序の E 層と対応。 10YR3/1 13 黒色混じり黄褐色士層 強い やや強い 黄補色の 1 圃程度のクサレ礁を多く含む。基本層序の 2.5Y5/4 1v層と対応。 14 黄樫色粘質土層 やや強い 強い ロ ム層。基本層序の V 層と対応。 10YR8/8 層番号 層名 らまり 粘性 備考 土色マ記号ンセル I I 黒褐色土層 弱い 弱い 表土唱基本層序の I 層と対応。 7.5Y R3 /1 I 2 褐色混じり黒色土層 やや強い やや強い 第 2 次欝査第 1 トレンチの 5 層と対応。 10YR2 ノ 2 I 3 黒色粘置土層 やや強い やや強い 黒ポク上層。基本層序の E 層と対応。 2.5Y2/1 4 暗黒褐色粘置土層 強い 強い ピット理士。礎は含まない。第 1 トレンチ 13 層に対応 2.5YR 1. 711 するが、 13 層よりしまり・帖牲はおちる。 5 暗黄褐色粘置土層 強い 強い ピット埋土。礁は含まない。軍 1 トレンチ 14 層に対応 10YR212 するが、 14 層より粘性はおちるロ 6 黄黒色混じり黒褐色粘質 強い 強い ピット埋土。礁は含まない. 10YR 1. 711 土層 7 黒褐色粘質土層 やや強い 強い ピット理土。 0.5-1.(l<酒大の礁をまれに含む。理土 10YR 1. 712 中より土器片 1 点が出土。 ※南壁、東壁における×は杉山氏によるサンプリング箇所を示す。 第 4 トレンチ平面図・断面図 (S= 1/ 30) 第
7
図 c' ーー一一
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1 a' c b。
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hu 11 lHN│ヘ~一
c b 469.950ぺ二こ
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hu a 469.900 a' 滞印刷判 P3 01m P2 備考 1-2 圃程度の黄白色慢を少量含 u I 哩程度の黄白色躍をごく少量含む 第 1 トレンチ第 13 層に対応躍は含まない 第 1 トレンチ事 14 層に対応礁は含まない e・
e・
z Pl 層一 置一 粘一 色一 色--黒一層一層 層面一間一恒一E 一貫一混一帖一帖 一帖 一色一色一色 一色 一補一褐一褐 一黒一黄一黒一貫 一演一庵一暗一暗 号 一一 一一 書 一I一2一3一4 叫圃刷附3t潤湘 第 4 トレンチ Pl . P2 . P3 平面図・断面図 (S= 1/ 10) 第 8 図撹乱 470.500 470.000
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1
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肩書毎 層名 しまり 帖性 備考 土色マンセル 記号 1 欄褐色土膚 弱い 弱い 基本層停の I 層と対応 。 7.5YR 3 ノ 1 2 黒色沼じり貧慣色土層 強い やや強い 漸移"の 2 次雄積層. 10YR 6 / 4 3 暗赤期色土層 強い やや弱い 旧費土. 7.5YR 711 4 褐色混じり黒色土層 やや強い やや強い 前回周査における第 1 トレンチの 5 層と対応 . 10YR 2/2 5 黒色帖賀土層 やや強い やや強い 鯛,y,ク上層.基本層序の 011 と対応 o 1...3_ 大町白 2.5Y 2 ノ 1 色・笹色の農をわずかに含む . 6 暗黒褐色土層 やや強い 強い 期ポク下層。基本層序の E 層と対応 c 2-5_ 大の白 10YR3 ノ 1 色・笹色丹様をまばらに含む . 漏移層.基本層序の W 層と対1O .1m 程度のクザレ様、 7 黒色混じり貧褐色土層 強い やや強い 買褐色ロームのプロック奇書む 。 勘鞠活'目的規跡がみ 2.5Y 5/4 られる。 8 貧担色帖置土膚 やや強い 強い ローム層 。 基本膳序の VJI と対応。 0.5-1 園大町白 10YR 8/8 色町.をまばらに含む . 9 暗鼻縄色土層 やや強い やや強い ピット埋土 . 5YR 3/2 10 暗黒褐色土層 やや強い 強い 土層積転によって動いた照ポク層 。 0.5-1 園大の白 10YR 3 / 1 色.111:色町曜をまばらに含む 。 11 黄禍色濃じり黒色土層 やや強い 強い 土層積転によって動いた黒ボク層。 10YR 2 ノ 1 12 暗黒褐色土層 やや強い やや弱い 土層横転によって.いた鳳ボク層. 7.5YR 2 / 1 13 暗褐色土層 強い やや強い 土層積転によヮて鋤いた期,f,ク瑚 . 7.5YR 3/4 14 黒色混じり貴褐色土層 やや強い やや強い 土層償転によって働いた南移層 。 直径 50 ・以内町ロ 2.5Y 5 / 4 ムのプロックを骨む . 15 黒色混じり暗黄梅色土層 やや強い 強い 土層構転によって動いた情移層 . 10YR 2/3 16 貰檀色粘置土層 やや弱い 強い 土層 横転 によって動いたローム居。 10YR 8/8*""
制温凶附qu桂洞湘 第 5 トレンチ平面図・断面図 (S= 1I 30) ×は杉山氏によるサンプリング箇所を示す。 第 9 図 ※南墜における破線部分は別所氏によるサンプリング箇所を、470.000 469.500 l
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1 ∞ I ~ L ..iー 復元線 ODD--﹄F4V o ト~ U 可 ふ酌申・由DD 層番号 層名 しまり 粘性 備考 土色マ ンセル 記号 1 黒褐色士稽 弱い 弱い 量土 . 基本層序の I 層と対応 。 7.5YR3 ノI 2 褐色混じり黒色土層 やや強い やや強い 第 2 次調査第 1 トレンチの 5 層と対国 S o lOYR2 ノ2 3 黒褐色粘質士層 やや強い やや強い ピット埋土。 lOYR 2/1. 5 4 期色粘置土層 やや強 H やや強い 黒ポク上層。基本層序の E 層と対応 。 2. 5Y2/ 1 5 暗黒褐色土層 やや強い 強い 熱ポク下層 。 基本層序の皿層と対応 。 lOYR3 / 1 6 賞制 E 色混じり黒褐色土層 強い やや強い ピット埋土 。 2_ 大の黄櫨色のクサレ躍をまばらに古 2.5YR3/1 む。 7 県邑混じり費補色土層 強い やや強い 1 咽程度の黄褐色のクサレ棋を$く含む 。 基本層序の 2 ‘ 5Y5/4 W 層と対面>. 8 黄笹色粘置土層 やや強い 強い ローム層 。 基本層序の V 層と対応. 10YR 8/8 恥 3 ヨ 第6
トレンチ平面図・断面図 (S=1/30) 第10
図第5章 調 査 の 概 要 470.000 氏)()"OLt
。
2m 層番号 IIIs しまり 粘性 .宥 土色マンセル記号 黒褐色土層 弱い 弱い 事土。基本層"のI層と対応. 1.5YR3!l 2 褐色混じり銅色土層 やや強い やや強い 第2次銅壷第lトレンチの5111と対応. lOYR2I2 3 黒色粘質土層 やや強い やや強い 県~ク上層.基本層序の E 層と対応. 2.5Y2Il 4 赤銅色土層 やや強い やや強い ピット坦土.5聞大の淡黄色町腐をまばらに青む。 2.5YR2Il 5 暗黒褐色土層 やや強い 強い 黒ポタ下腸.基本層序のE層と対応. lOYR3/1 6 暗褐色土層 やや強い やや強い 遺構寝土か. lOYR3/3 7 オリープ褐色土層 強い やや強い 温欄糧土か. 2.5Y4/3 8 黒色濃じり賀褐色土層 強い やや強い 1岨程度の貰縄邑のクサレーーを多〈青む.基本珊序の 2.5Y5/4 1V1IIと対応。 9 黄檀色粘置土層 やや強い 強 い ローム111.基本層序回VIIと対応. lOYR8/8 第1
1
図 第7トレンチ平面図・断面図(
S
=
1
I
3
0
)
p o
第
5
トレンチ
1.調査の経過 第5
トレンチでは、縄文時代早期に属する遺構の検出と、遺跡の広がりを確認することを目的と して、標高約470mの地点に、 トレンチの北壁が2次調査における第lトレンチの北壁の延長線上写真
8
第5
トレンチ南壁写真
9 第5トレンチ東側土層横転部 に続くように1.50x 4.00mの範囲で設定した (第3
図)。 トレンチ北壁および南壁において確認された2
層は、ロームをわずかに含む黒ボク層であり、1
9
7
9
年の発掘調査時ないしその後の道路工事に よる二次堆積層とみられる。トレンチ全面で検出 された5層は、基本層序のE層にあたる遺物包含 層であり、縄文土器片が12点出土した。5層以 下の堆積は基本層序とほぼ同じである(第6
図)。 トレンチ東側では、縦方向に分層可能な層が検出 されたため、タチワリを入れて確認したところ、 風倒木による土層横転と判断した。当初、タチワ リ断面で確認された 12層・ 13層は遺構の可能性 が考えられたが、漸移層をブロック状に含んでい る た め 、 こ れ ら の 層 も 土 層 横 転 の 一 部 と 判 断 し た。また、直径約5~ 20cmの自然、石が5層から3 点、8
層からl
点出土した。トレンチ南壁断面で は8
層上面においてP
1
を確認した。 その後、トレンチ全面で 10層を検出し調査を終 了した。なお、杉山、別所両氏のご協力をいただ き、トレンチ西壁の表土および南壁の 4 層 ~9 層 において土層のサンプリングをおこなった。これ にともない、トレンチ南壁沿いに0
.
3x
0
.
9
m
のタ チワリを入れている。2
.
検出遺構と遺物 検出遺構 ピットをl
基検出した。P1
は、トレン チ南壁断面で検出された。8
層上面から9
層上面 まで掘り込まれ、規模は長軸約25cm、深さ約20cm である。遺物は出土しておらず、詳しい性格は不 明である。 出土遺物 土器片は全部で13点出土した。すべて5
層から出土しており、内訳は縄文早期土器片が5
点、縄文後期土器片が1
点、時期不明の縄文土 器片が6
点、弥生土器片がl
点である。縄文土器 片はいずれも小片であるが、楕円押形文や器面調写真
10 別所氏によるサンプリング状況 (5tr) 整がみられるものもある。-
1
7
-第5章 調 査 の 概 要