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女子学生運動事始

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Academic year: 2021

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女子学生運動事始

著者

柳原 敏昭

雑誌名

東北文化研究室紀要

55

ページ

59-59

発行年

2014-03-28

URL

http://hdl.handle.net/10097/00121737

(2)

(講演要旨)

女子学生運動事始

東北大学大学院文学研究科 柳 原 敏 昭 今から80年前、1933年の春から夏にかけて、全国の大学は学問の自由と自治をめぐる問題で大 揺れに揺れていた。いわゆる京大滝川事件である。東北大学では、法文学部(文系部局の前身) の学生たちが京都大学に次ぐといってよいほどの活発な運動を繰りひろげていた。そこには、運 動に加わる「女子学生団」の姿もあった。「ニュース発行」「交渉」などの担当をもっていること から、かなり組織的にかかわっていたことが知られる。しかし、これが女子帝大生の「学生運動 事始」ではなかった。 滝川事件からさかのぼること半年余り、1933年の1月、東北大学では事務部を中心に大規模な 汚職事件が露顕し、やはり法文学部生たちが真相究明を求めて行動を起こしていた。そのおり開 かれた学生大会には女子学生1名が加わっていた。これこそが、史料で確認される限り、女子帝 大生が学生運動に参加した初例である。 滝川事件後、東北大学では文化活動を中心に学生の運動が高まりを見せる。しかし、それもつ かの間、いっそう学問・思想の自由は奪われていく。1937年末から38年にかけての弾圧は教員に も及び、学生も多数、検挙され、文化運動も窒息させられていった(人民戦線事件)。 1941年12月、長引く中国との戦争は、ついにアジア・太平洋戦争へと拡大した。対米英開戦と 同時に、東北大学内の朝鮮人学生が検挙され、ひきつづき1942年の夏までに日本人学生も多数が 特高の歯牙にかけられた。彼らの容疑は治安維持法違反であるが、ほとんどがマルクスの文献で 読書会を開いたという程度のフレームアップであった。 こうして検挙された学生の中に、川崎七瀬という女性が含まれていた。治安維持法で検挙され た唯一の女子帝大生である。彼女は津田塾を経て1940年に東北大学法文学部に入学し、最初、社 会学の研究室に入り、のち経済科の服部栄太郎教授の下で経済学・社会政策を学んだ。起訴され た後は、当時の慣例に従って退学処分に付された。学問への情熱は微塵にくだかれたのである。 川崎については従来、ほとんど取り上げられることはなかった。しかし、この講演では、ご遺 族から提供された戦後まもなくに書かれた手記と1年余に及ぶ留置場・獄中生活のなかで詠まれ た短歌を紹介し、川崎の学生生活、被疑事実の真相、釈放後の生活などについて述べた(なお、 川崎は戦後、東京大学経済学部に入り直し、研究者の道を歩み、2012年1月に92歳で永眠した)。 東北大学が女子学生を受け入れた先駆性は高く評価されるべきである。女子の卒業生たちが大 いに活躍したことも賞賛に値する。しかし、困難な時代にあって、社会を鋭く見つめ、行動した 女子学生がいたことについても同じように光を当てる必要があるのではなかろうか。 -59- 歴史のなかの東北大学と社会

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