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第2章 必修教科等の研究 04 理科 科学的な思考力・判断力・表現力を高める理科学習の展開 : 医学と連携した科学教育の礎を築く理科教材開発の研究

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理科  

4 理科

 

科学的な思考力・判断力・表現力を高める理科学習の展開

 -医学と連携した科学教育の礎を築く理科教材開発の研究- 太田 聡             1.はじめに 教育現場では,我が国の今日的な課題である高齢 化社会問題を受け,将来の職業の夢として老人福祉 や介護,医療関係の仕事に就きたいと考えている生 徒に出会うことがある。一方では,核家族化や少子 化の影響もあり「生と死」への認識不足が生じ,い ずれ誰もが直面する「老い」に関して無関心な生徒 も数多くいる。これは,児童・生徒の発達段階にお いて,ヒトの体のしくみをはじめ,生物の体につい て,科学的な視点で能動的に学ぶ機会が少なかった ことが一因ではないかと考えている。 中学生が生物について学ぶとき,学習内容を知識 として「記憶」することこそが重要と感じている生 徒は多い。指導者自身もまた,自然事象に関する「知 識」を効果的に「理解」させる指導をしてきた傾向 にある。これは,指導者側が生物や人体の学習に関 して有する①最も身近な存在であるがゆえに教材は すでに準備できているという意識,②生物・人体を 直接教材として扱うことの諸問題 衛生面・安全面・ 倫理面 への懸念,③生物学的・医学的な専門知識の 絶対的不足などが主たる原因であると考えた。 現に,中学校現場で実施されている人体に関する 観察・実験の指導事例は,だ液のはたらき,神経の 伝達速度,頬の細胞観察などがあるものの,他分野 の学習内容と比較すると,相対的に少なく,長年に わたって学習内容が固定化している実態がある。 筆者は,中等教育段階において人体を「ヒト」と して指導するとき,生徒自身の「生きている喜び」 や,生物の持つ「生命現象の偉大さ」を感じさせる 指導の在り方や指導内容が果たしてこれで充分な のであろうかと疑問を持った。 本来,科学とは自ら仮説を立てて試行錯誤を繰り 返し,自然事象を咀嚼して論理的に「考察」するこ とや,一般法則を見出し他の事象にも「応用」でき ないかと追究することである。しかし,これまでの 生物や人体の学習に関して言えば,実物や具体物に 触れさせないまま,教科書紙面やディジタル教科書 の画面に向かわせ,観察・実験を擬似的に経験させ ることで,一方的に生命現象を「分からせたつもり になっていたのではないか?」という,筆者自身の 指導上の反省があった。本研究では医学と連携し, 科学的な思考力・判断力・表現力を高める授業改善 の在り方を模索し,授業実践事例をもとに検証する。  2.研究仮説  焦点化した学習課題を設定し,医学的標本等を用 いた観察・実験を通して,視点の明確化を促し,生 徒の思考過程を可視化・共有化すれば,科学的思考 力・判断力・表現力の向上が実現できるであろう。  3.研究方法 次の3つの内容について研究を進めた。  医学的標本等の教育資源を活用した教具・教材の 開発と授業実践  科学的思考力・判断力・表現力を伸ばす方策  授業研究の分析 本論の要旨 生物や人体についての学習は,実物や具体物に触れさせないまま,教科書紙面やディジタル教科書の画 面上で観察・実験を擬似的に経験させ,一方的に生命現象を「分からせたつもり」にとどまっていたこと が多い。本研究では,従来の指導上の反省から,実体験を取り入れた医学的標本を活用する授業実践に向 け,医学と連携し,科学的な思考力・判断力・表現力を高める授業改善の在り方を模索した。  「動物の生活と生物の進化」の授業実践において,滋賀医科大学,国立科学博物館等との連携を深め, 数量に限りのある医学的標本や博物館所蔵標本を積極的に活用した。また,' スキャナーや ' プリンタ ーを活用し,独自に作製した立体複製標本やディジタル '画像をあわせて授業に導入した。 生徒自身が標本を用いた直接的な観察・実験を行うことで,それらの結果に基づく科学的な考察が可能 となった。脊椎動物の頭骨と脳容積との関係や,生物の骨格に関する証拠から,進化についての視点を見 出させる新たな授業実践事例を開発し,学習効果を検証した。 キーワード 科学的な思考力・判断力・表現力,論理的,医学との連携,' プリンター,' スキャナー — 44 —

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理科   4.研究内容  医学的標本等の教育資源を活用した教具・教材 の開発と授業実践 ①「動物の生活と生物の進化」に関して 「生物の進化」の学習は,理科学習指導要領  における4つの柱のうち,生物的領域に含まれる「生 命」の「生物の多様性と共通性」に関する学習の中 核を担う重要な部分である。生徒は,小学3年「昆虫 と植物」の中で,生物の成長と体のつくりについて, 小学4年「季節と生物」の中で,動物の活動や植物の 成長と季節との関連性について学んでいる。さらに, 中学1年では,身近な生物の観察・実験を通して,「 植物の体のつくりとはたらき」に関して,体の特徴の 共通点や相違点をもとに,生物を系統的に分類する基 礎的な手法を学習してきている。中学2年「動物の生 活と生物の進化」に関して言えば,「生物の進化」の 単元は,生物の構造や機能,進化に関する基本的な概 念の定着を図り,中学3年「生命の連続性」の学習に 向け,遺伝に関する概念の導入段階としても重要で, 生命の尊重,自然環境の保全に向けた科学教育の礎を 担う重要な部分と考えられる。  ②指導計画とねらい  本研究は,指導計画 表1 に沿って進めた。 特に,第4時の「進化」に関する研究授業を中心 に,単元を貫く一連の学習展開を工夫し,授業改善 を行うこととした。 表1 指導計画 時 ■学習課題/□学習のまとめ (・学習内容) ねらい  ■カタクチイワシの体の内部には,生きて いくために,どこに何が備わっています か?~煮干しの解剖を通して~ ・魚類の解剖による観察を通して,脊椎動 物の各器官や各器官どうしのつながりを 知り,生命活動を制御する脳や,筋肉・ 骨格・心臓・えら・消化管などの動物の 体の特徴に気づく。 □カタクチイワシにもヒトと同じように, 背骨や筋肉だけでなく,脳,心臓,消化 管などの器官が備わっている。 カ タ ク チ イ ワ シにおける,骨格 の 観 察 や 内 臓 の 付 き 方 な ど の 観 察を通して,解剖 実 験 と 観 察 の 重 要 性 を 理 解 さ せ る。      ■金魚の周りの水温が低下すると,呼吸数 はどんな変化をしますか? ・周りの水温の変化と魚類の活動を観察 し,ほ乳類であるヒトと比較して特徴を とらえる。 □金魚は,水温とともに活動が変化する変 温動物である。 実 験 結 果 を も とに,水温と魚の 体 温 の 関 係 性 を 見 出 す 方 法 を 身 につけさせる。    ■ヤモリとイモリの体の特徴の違いを説 明してみよう。 ・両生類・は虫類の変温動物の体温と活動 を,サーモグラフィーを用いて,魚類・ 鳥類やほ乳類と比較し,活動で消費する エネルギーと関連づけてとらえる。 □体の表面の特徴や,呼吸の仕方,生活場 所,仲間のふやし方などの違いによって, イモリは両生類,ヤモリはは虫類に分類 でき,セキツイ動物は  つに分類できる。 セ キ ツ イ 動 物 の 5 つ の 仲 間 の 体 の つ く り や ふ え方等の特徴を, 生 活 場 所 や 生 活 と 関 連 づ け て と らえさせる。     ■オランウータン,ゴリラ,チンパンジー は「類人猿」と呼ばれている。ヒトに最 も近い進化を遂げた脳を持つものは何で すか?~頭骨を観察し比較・考察して説 明しよう~  ・ヒトと類人猿の頭骨の観察と脳容積の 測定を行い,生物としてのヒトの進化の 意味を見いだす。 □ヒトの脳は,体重に対する脳の割合を大 きくすることで進化した。「類人猿」の なかでは,体重に対して脳の割合の大き なチンパンジーが,ヒトの脳に近い進化 を遂げた。人類は,長い年月をかけて, 直立歩行のできる骨格と,体重の割には 巨大な脳を手に入れ進化した。 類 人 猿 や ヒ ト の 骨 格 標 本 の 観 察 と 測 定 実 験 を 通して,測定結果 の 相 違 点 を 整 理 ・分析し,ヒトの 脳 の 進 化 の 特 徴 を説明させる。  ■手や腕の骨格から,互いの関係を数値や 図で説明しよう。  ・セキツイ動物の前あしと相同な器官を 比較し,それらが同一のものから変化し たことを見いだす。 □骨格の特徴を比較すると,同じものから 変化したと考えられる体の部分があり, 進化の証拠として示せる。 中 間 の 特 徴 を も っ た 生 物 の 標 本から,生物の進 化 の 証 拠 を 見 い ださせる。  ■生物の進化の歴史を説明しよう。 ・セキツイ動物は,魚類から両生類,は虫 類,さらに鳥類・ほ乳類へと進化してい ったことを見いだす。 ・植物は,水中から乾燥に強い陸上へと進 化していったことを見いだす。 □植物・動物ともに,生物の進化の大まか な流れは,水中から陸上へと移り変わっ ている。 植 物 や 動 物 の 仲 間 の 特 徴 を 生 活 の 場 所 や し か た と 関 連 づ け て 整理し,水中から 陸 上 へ と い う 変 化 の 方 向 を 見 い ださせる。  ③「進化」に関する研究授業実践で目指したもの 筆者はこれまで,主に生物の体のつくりやはたらき と,進化に関して,基礎的な知識や考え方を身につけ させるような授業づくりに尽力してきた。その中で, 長い進化の歴史を経て獲得した「ヒト」の体のしくみ の意味についてと,過酷な自然環境を生き延びた生物 たちが独自に獲得した適応力とを実感させ,中学3年 の遺伝の学習につなげられるような指導ができれば と考えた。 しかしながら,「生物の進化」を理解させるための 科学的根拠である化石標本や骨格標本などは,それら の希少性ゆえ,実際に授業に活用する機会が少なく, 教科書などに掲載された平面的な写真資料や,模式化 した図表等を用いた間接的な学習にとどまっていた ことが多かった。生徒の立場からすると,本単元の学 習は,直接的に観察・実験を行うことが少なく,他単 元に比べて実感を伴う学習になりにくかったのでは ないかと推論した。 そこで,観察・実験に当たっては,滋賀医科大学, 国立科学博物館,琵琶湖博物館等との連携を積極的に 行い,本物や実物に近い立体的な標本を活用し,生徒 の学習意欲を高め,実感を伴った学習を展開すること を研究の目標とした。     — 45 —

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理科   ④第4時「進化」に関する研究授業実践の学習過程                                                                   — 46 —

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理科   ⑤校内研究との関連 論理的思考を促す具体的な方策として,研究授業 では,次のA・Bの観点から研究を行った。 前項 ④の学習過程でも,次の判・ゆ・ツの記号を用いた。   A学習課題設定の工夫 D 学習者に関わるもの 判断 判 ・生徒の意見を吟味する過程で,論理的な思考を深 めさせるために,観察・実験の視点の明確化を行う。 ・結論を,理由と事実をもとに,生徒自身に説明さ せる。 D 理科教材に関わるもの 課題  ・ヒト頭骨標本と,ヒトと共通の祖先を持つ類人猿 の頭骨標本とを比較させて,頭蓋骨の形や脳容積, 体重の違いとを関連づけさせながら,進化過程での 脳の特徴の変化を説明させる。 D 指導方法に関わるもの ゆさぶり ゆ ・学習課題に関して,自論を述べさせるだけでなく, 他者の意見を聞く,見る,話し合うなどの学習活動 を行わせること通して,習得方法の複線化を行う。 ・生徒の視点の切りかえを促す発問や言葉がけなど を通して,思考のゆさぶりを行う。  B思考ツール等の活用 思考ツール・,&7 ツ E 思考ツール マトリックス 表 ・考察Yチャー ト を利用する。 ・頭骨と脳容積の変遷に関する予想・根拠,観察結 果等を整理させる。 ・観察・実験結果を踏まえて,頭骨の進化の流れを 判断した基準を議論させる。 ・視点の明確化による,論理的思考の場面を仕組む。 E 実物投影機やタブレットで,標本や観察結果を 撮影し,スクリーンに投影する。 ・観察・実験の手順や,資料となる標本を示す。 ・観察・実験を行う際に注意して観察する部分 観察 の視点 がどこであるかを,生徒自身に示させる。 E 実物と ' モデリングコンテンツを併用して, 学びを確かにする。 ・観察・実験を通して見出された結果・根拠を全員 で確認させて,共有させる。   科学的思考力・判断力・表現力を伸ばす方策 ①身近な生物標本の活用 本学習の準備段階として,実物の頭骨標本を用いた 観察結果の比較を行わせた。シカ 草食動物 ,ネコ 肉食動物 ,イノシシ 雑食動物 などの動物が,自然 環境に適応して生き延びるため,骨格の特徴の違いを 持ったことに気づかせる授業を行った 第1図 。 それぞれの生徒は,初めて見る実物の頭骨に直接触 れ,歯の形や付き方,目の位置や顎の大きさ等に関し て興味深く観察を行い,根拠を持って,論理的に動物 の食性について推論する姿が見られた。          第1図 イノシシ頭骨の観察 左 と推論の説明 右   また,比較的身近な動物の体のつくりの特徴を捉え させるために,第1時では,煮干 カタクチイワシ の解剖を行い,脊椎動物の骨格や脳,神経系,消化管 等を概観させた 第2図  。                                第2図 煮干 カタクチイワシ の解剖の様子と 取り出された背骨 下 ・脳 右上   ここでは,解剖や観察を通して,ヒトと比べて圧倒 的に小さな魚類の体内にも,筋肉・骨格・心臓・えら ・消化管などが備わっていることや,生命活動を維持 し,制御するための脳が備わっていることを,生徒自 身に実体験として捉えさせることをねらった。また, 脳の大小に関わらず,その動物の生活に適した生活を 実現していることを示した。 第2時は,魚類の体温低下による活動量の低下に関 して,水温を変化させる実験を行い,キンギョの呼吸 数の増減について観察をさせることにより,生命活動 を数量的に比較・分析させた。 — 47 —

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理科   第3時では,赤外線サーモグラフィーを活用し,動 物体温 表面温度 の視覚化を通して,動物の種類に応 じた生命活動で消費されるエネルギーと,必要となる 食糧の量とを関連づける授業を行った 第3図 。   ミドリガメ 爬虫類    ネコ 哺乳類    ヤマブキボタン インコ 鳥類  第3図 写真 左 と赤外線サーモグラフィー 右      による,体温の比較・考察のための資料  ここでは,前時に行った魚類の呼吸数の低下や,爬 虫類にとっての甲羅干しの必要性の例を挙げ,変温動 物の体温低下が引き起こす活動量の低下と,生命活動 の危機との関係について示した。また,哺乳類や鳥類 のように,体温維持のしくみを持った恒温動物の仲間 が存在することを,赤外線サーモグラフィー画像や, 我々の体温測定の日常経験から想起させた。 さらに,恒温動物は,エネルギー面に関して,必ず しも良い点ばかりとは言えないことにも気づかせた。 例えば,体温を維持するためのエネルギーを確保する ために,捕食の必要性が高まり,捕食できなければ恒 温動物は死と直面する点がある。動物が確実に捕食で きる生活を送るために体のつくりやはたらきを進化 させてきたことと,消費するエネルギー面との関係性 を,生徒自身に見出させるように心がけた。 次に,生徒自身にとって,本来最も身近な存在であ る生物「ヒト」の骨格の特徴に迫らせた。 具体的には,第4時の事前学習として,ペア学習で 桿状計を用いた頭部の測定を取り入れ,国立科学博物 館が以下に示す換算式を適用し,生徒自身の脳容積を 近似的に求めさせた 第4図 。     *脳容積を求める換算式 ♂× /- × %- × +- + ♀× /- × %- × +- + 第4図 桿状計を用いた頭部の測定と脳容積計算  第4時では,ヒト頭骨の外見的な特徴を観察させる とともに,'プリンターで複製したヒトとゴリラの頭 骨標本 各レプリカ の相違点を,見出させる場面 を設けた。 さらに,滋賀医科大学と国立科学博物館より借用し た,ヒトの頭骨標本  レプリカ ,ヒトと共通の祖 先を持つ類人猿 ゴリラ・チンパンジー・オランウー タン の頭骨標本 各  レプリカ を,実際に生徒の 手にとらせて観察させた。 次に,ヒトや類人猿の脳の大きさを実感させ,互い の類似点や相違点を見出させる目的で,紙製ビーズと メスシリンダーを用いた脳容積の測定  を行わせ た。また,タブレットでの記録も行った 第5図 。 測定実験で,紙製ビーズを適用した理由は,生徒に 脳容積を視覚的に実感させやすいことと,机上にビー ズが万が一こぼれてしまった場合,ビーズが飛びはね たり広がったりすることがなく,作業に集中させるこ とを容易にするための筆者独自の工夫である。なお, 紙製ビーズは,市販ペット用吸水パルプを流用した。                  第5図紙製ビーズとメスシリンダーを用いた 脳容積の測定方法とタブレットによる記録  学習課題は,「オランウータン,ゴリラ,チンパン ジーは“類人猿”と呼ばれている。ヒトに最も近い進 化を遂げた脳を持つものは何ですか?~頭骨を観察 し比較・考察して説明しよう~」とした。ここでは, 特に,生き延びるための「脳」の大きさや役割に注目 させ,二足歩行とともに類人猿に特徴的な「脳容積の 増大」や「脳の消費する食糧 エネルギー の必要性」 に関して,生徒自身が課題意識を持ち,探究的な学習 活動が行えるよう留意した。 /最大長 FP  %最大幅 FP  +最耳長 FP  — 48 —

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理科   学習課題に対する予想は,生徒が日頃視聴している 79番組等の影響もあり,「ゴリラ・チンパンジー・オ ランウータンのうち,チンパンジーが最もヒトに近い 進化している」という予想を立てる生徒が多かった。 しかし,生徒が実際に脳容積を測定してみると,ゴ リラ・チンパンジー・オランウータンのうち,チンパ ンジーではなく,ゴリラの脳容積が最も大きいという 事実に気づく。この場面が,生徒の判断をゆさぶる場 面である。ここで,「なぜ,ゴリラの脳が大きかった のだろうか?」という問いかけに対し,「脳容積と進 化との関係を捉えるとき,各動物の体重のことも考慮 しておく必要があるのでは?」という生徒の意見が出 された。続けて,全ての動物を同じ体重と仮定したと き,脳容積がどんな割合になるかに着目し,各脳容積 を平均的な体重で割った値を計算で求めた生徒がい た。「チンパンジーは,体重が小さい割には他の類人 猿より脳容積が最も大きい数値になる」と,計算で得 た値を根拠に,生徒は考えを説明した 第6図 。          第6図 体重に対する脳容積の関係を説明する生徒  その際,筆者は脳容積の測定結果に関連して,他の 大型脊椎動物 クジラ の脳の平均的な値の資料を示 し,単なる脳容積の大小が,動物の「賢さ」を決めて いるのではなく,各生物が生活環境に応じて,最適な 体の大きさや脳容積を備えていることに気づかせた。 どの生物も,環境に適応して生き延びていくために 適した「脳」を獲得してきた。しかし,脳が大きくな りすぎると,生きていくための食糧や酸素が大量に必 要となり,不足すれば脳以外の体の各部分に栄養が行 き渡らなくなるという欠点がある。また,脳を大きく しすぎると出産も困難になる。さらに,出産後,脳を 成熟させるためには,子育て期間も必要になる。 現生のヒトが獲得してきたのは,「全体重に対し脳 の割合が最大」という進化であり,全体重に対する消 化器官等の割合を小さくした反面,脳で思考し,安定 した食糧を得るための道具や方法を工夫し,他のヒト と支え合い協力する必要が生じたのである  。 一連の観察・実験や考察の積み重ねを通して,生物 の体のつくりやはたらきと,進化に関する基礎的な知 識を身につけさせるだけでなく,長い進化の歴史を経 て「ヒト」が獲得してきた体のしくみの意味や,過酷 な自然環境を生き延びてきた生物たちの適応力の素 晴らしさを実感させたうえで,3年生の遺伝の学習に つなげたいと考えた。  ②医学的標本・博物館所蔵標本などの活用 本研究を推進するにあたって,滋賀医科大学,国 立科学博物館,琵琶湖博物館などとの連携をはかり, 実物または,実物に近い立体的な標本を活用 第7図 することで,生徒の学習意欲を高め,実感を伴わせる 学習となるような授業展開の工夫を行った。      第7図標本の積極的活用  頭骨と脳の標本 左  人類史頭骨標本 右     (滋賀医科大学所蔵) 国立科学博物館所蔵    医学的標本の活用と新たな教材・教具の開発に関 しては,滋賀医科大学開放型基礎医学教育センター の協力を得て,解剖学講座の相見良成先生に指導助 言を受けた。ここでは,「中学校理科において今後 活用できる,埋もれた教材・教具の掘り起こし」を 目指した。従来,滋賀医科大学内でのみ活用されて いたレプリカなどの医学的標本を,中学校現場で効 果的に活用できそうな場面や,授業実践に向けた新 たな教材・教具の開発について検討した。 例えば,頭骨内の神経通路の穴の調査,2体の人 体骨格標本を用いた1体分の分解骨格標本の組み立 て学習 第8図 ,右手・左手の骨の形の比較学習な どである。骨格標本を用いた学習活動では,今後, 標本の数量を確保することで,指導の幅がさらに広 がることを実感できた。また,高等学校版メダカの 腸管神経染色法 第9図 をベースにした中学校版 染色法の開発や,他の新たな教材・教具の開発を通 して,継続的に大学を活用したいと考えている。        第8図骨の教員研修 第9図メダカ腸管神経染色 滋賀医科大学開放型基礎医学教育センターにて  — 49 —

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理科   また,博物館所蔵標本の活用と新たな教材・教具 の開発に関しては,国立科学博物館の学習用標本貸 出サービスを利用した。オランウータン,ゴリラ, チンパンジー,ヒトの頭骨レプリカが入った脳容積測 定セット オス・メス ,および人類史頭骨 猿人・原 人・旧人・新人)を借用し,活用した。  ③' スキャナー・' プリンターを活用した自作立体 標本の作製と授業実践への導入  医学的な標本は,非常に緻密なつくりであり,高 額なことが多い。そもそも,中学生一人ひとりに対 して,直接触れられるような標本の数量が確保され ておらず,標本を用いた観察・実験を行わせる機会 がほとんどなかったのではなかろうか。 そこで,本研究では ' スキャナーを活用し,' プリンターと組み合わせて  サイズの自作立体標 本を複数作製し 第  図 ,実際に授業に活用した。  ' スキャナーは,'6\VWHPV 社製 6HQVH を,' プリンターは,$EHH 社製 6FRRYR; を使用し,3/$ ポ リ乳酸 フィラメントを用いて造形した。 また,これらの自作標本は,授業の導入場面で生 徒に見せ,頭骨の実物や  レプリカ標本を用いた 観察・実験を体験させた後に,再度,考察の場面で 活用させる試みを行った 第  図 。                                                    第  図' スキャナーによるデータの取込 左 と ' プリンターで作製した  サイズ頭骨標本 右         第  図授業での複製標本  サイズ の活用  授業の導入場面 左 と考察場面 右    このことにより,標本をもとにした,具体的な比 較や考察を伴う学習活動を,導入することができた。 これまで,一方的な学習内容の説明に終わりがち だった,動物の体のつくりとはたらきや,進化の学 習指導に関して,観察・実験のための明確な視点を 意識させることができ,「動物の生活と生物の進化」 の単元にも,科学的思考力・判断力・表現力の向上 に向けた指導改善を適用することが可能となった 第  図 。         第  図考察を行った生徒のノート   授業研究の分析  研究実践授業の第4時「生物の進化」について, ①課題意識の形成,②帰納的推論・演繹的推論によ る仮説形成,③科学事象の理解,④科学事象への興 味・関心,⑤学習後の充実感の5つの観点に基づく 生徒の意識調査を第  図に示す。質問紙調査は,1 学級の生徒  名を対象として実施した。質問項目 は,4段階評価(肯定を4,否定を1)とし,評価 の数値は学級の平均値を表した。 観点 質問項目 評価 ① 課題意識 本時の課題を意識した  ② 仮説形成 しっかりと考えることができた   友達の意見をよく聞いた   ねらいを持って実験した  ③ 科学事象 実験で明らかになったことを, まとめることができた   の理解 考察Yチャートを使うことで, 理解が深まった    ④ 科学事象 への興味 標本などを用いた観察・実験で, これからの授業への期待が高ま った    ・関心 ⑤ 学習後の 充実感 授業を終えての充実度   第  図 学習についての質問紙結果  調査結果から言えることは,観点①,②の値から, 生徒は授業に対して課題意識を持ち,他者の意見も 参考にしながら,協働的に授業に臨んでいたことが ' スキャナー オランウータン♂ ヒト♂ ' プリンター — 50 —

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理科   伺える。また,観点①,③の値から,具体物を用い た導入や観察・実験により,仮説形成が促された傾 向を示している。 また,考察Yチャートを活用することで,観察・ 実験の視点に対する考察への手続きが促され,理解 が深まったと回答する生徒が多い傾向にあった。 しかし,脳容積の紙製ビーズを用いた測定実験に 関しては,積極的に取組む生徒が多かった反面,実 験操作が比較的容易であったためか,観点④の興味 ・関心の値に比べ,観点⑤の値のように「授業を通 して新たにできるようになったことがある」と実感 した生徒の割合が少なかった。このことが,授業後 の充実感の減少につながったのではないかと推測す る。次に,授業に関する生徒の記述式回答を示す。 <級友に学んだこと> ・視点を,みんなと違うところに移すのもいい。 ・計算式などを考えて作ること。 <新たな発見や気づき> ・みんなと色々な方法で考えたため,気付くことが 多かった。 ・他のものと比較することの大切さに気づいた。 <授業内容> ・実験結果が意外だった。 <授業の進め方> ・最初の問いが,後で考える時,生かされたのでよ かった。   <実物 レプリカ を用いた実験> ・頭骨の裏に穴が開いていたりして,普段ではあり 得ない発見ができた。 ・ゴリラやオランウータンなどの頭骨などを調べた ことで,人間の骨はこうやって進化してきたという ことが,とても分かりやすく理解できた。 ・ヒト以外の生物の鼻や歯の大きさなど,微妙で大 きな違いに驚いた。ヒトの脳に入るビーズの量が予 想以上に多く,実験を通して,脳の精密さ,濃密さ について知ることができた。 ・写真だけでは分からない大きさや,奥行き,骨の 出っ張っているところなどをよく観察することがで きた。横に並べるだけでも,比較できたので分かり やすかった。 以上のように,学習に肯定的な意見が見られ,標 本を活用した観察・実験結果が,実感を伴った論理 的な考察に結びついたことを示唆するものである。  5.成果と課題 類人猿の頭骨ならびに,人類史頭骨 猿人・原人・ 旧人・新人)を複製した  頭骨標本については, 国立科学博物館の標本貸出期間 2週間 の終了後も 授業での生徒への提示や,滋賀県中学校教育研究会 理科部会での教員研修に活用することができた。 また,' スキャナーで取込んだディジタルデータ の蓄積を,頭骨標本に限らず中学校理科で扱う臓器 に関しても実施したため,昨年度構築した高精細ヴ ァーチャルスライド  と同様に,標本の観察を行 う授業の後に,何度でも閲覧が可能な '画像の整 備を行うことができた 第  図 。 今後の課題は開発した教育資 源を活かしつつ,生徒自らが観察 ・実験で明らかにしたことをもと に,論理的思考の視点から筋道立 てて説明し,学習課題に対するま とめを導き出せるような授業改 善を,さらに目指していきたい。 第  図' 画像 胃  参考文献 中学校指導要領解説理科編文部科学省   5LND7DQ 理科の探検特集やさしい解剖文一総 合出版   サイエンスウィンドウ  年春号[特集]わ たしの体が教えてくれる独立行政法人科学技術 振興機構   チンパンジーはなぜヒトにならなかったのか  パーセント遺伝子が一致するのに似ても似つかぬ 兄弟-RQ&RKHQ 訳:大野晶子 講談社 ) 数値で見る生物学生物に関わる数のデータブッ ク5)OLQGW 訳:浜本哲郎 シュプリンガー・ジ ャパン    脊椎動物デザインの進化/HRQDUG%5DGLQVN\ 訳山田格 海游舎   生き残る生物絶滅する生物秦中啓一・吉村仁 日本実業出版社   生物を科学する事典市石博・早崎博之・加藤美 由紀・鍋田修身・早山明彦・平山大・降幡高志東 京堂出版   特別企画展「脳!-内なる不思議の世界へ」カタ ログ鳥居信夫読売新聞大阪本社   進化生命のたどる道&DUO=LPPHU 訳:長谷川 眞理子 岩波書店   コルバート脊椎動物の進化原著第  版(GZLQ +&ROEHUW0LFKDHO0RUDOHV(OL&0LQNRII 訳 :田隅本生 築地書館   太田聡科学的思考力・判断力・表現力を高める 理科学習の展開本校紀要第  集SS    本研究の一部は,平成  年度科学研究費補助金 奨 励研究,課題番号  の助成を受けて行った。 — 51 —

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