産業論の構造と産業構造論
ノ西
藤
雅
夫
どのような学問でも多かれ少かれそうであろうと思うが、その学問の領域や、それを構成するもろもろの事象について の用語や概念は、必ずしもつねに明確であるとはいえない。もともと人間は、言葉を通して理解し、その言葉に意味をも たせることによって、それぞれの生活を形づくるが、その言葉や意味そのものが、実はつねに明らかであるとはいえない のである。 われわれは、日常生活においても、さらに進んでそれを究める学問においても、案外に、用語や概念の不明確なるまま に、議論をすすめている。入によって解釈や理解が異るというだけではない。その人について見ても、暖昧・不統一のま まにそれが行われている。いまそれを反省し究明することが、まさに学問のなすべぎところであり、理論の出発点となる であろう。 ところで、経済や経営に関することがらについては、このことは顕著であるといえる。それらは、ひとび止の生活体系 に最も強く作用し、関心が切実であるだけに、いわば日常用語となっていみ。そこで、その内容の吟味がないままに、不 用意に語られることを否定しがたい。ジャーナリズムやマス・コミュニケーションがこの傾向を助長し、これら用語をあ 産業論の構造と産業構造論︵西藤︶ 六三六四 りふれたものとしたことはたしかである。 このような場合に、経済や経営に関する学問が、日常用語化したこれらさまざまの概念を、無反省・無吟味のうちに用 いてはいないであろうか。これら学問の領域や、それに含まれる諸事象の意味が不明確であるというのも、このような態 度そのことの生み出した結果ではないであろうか。重慶の理論的構造が精密であり得ないのも、また当然の帰結というべ ぎである。 ここに産業論が、そういう意味でとり上げられる。この種の学問がはたして成り立つか。いかなる体系をもつべきか。 いま私は明確には答えがたい。さらに工業経済学・農業経済学などの部門経済学が、今日の段階の国民経済機構において もともとどのような理論体系をもち、それらがここにいう産業論といかにつながるかということ、のみならず進んで、経 済、学や経営学が一般に、この産業論とどのように交渉するかということ、およそこれら一連の問題はきわめて重大であり 複雑にからみあっている。しかしそれが語られる以上、それを究明しなければならない。 これらの問題のすべてを、いまここでとり上げることは不可能である。ただ二、三の点だけを、とくにある観点から吟 味したいと思う。その観点というのは、以下に改めて触れるように、産業を企業経営の実体と見るという立場である。こ の観察がおのずから要求するところの諸課題は、また稿を新しくして論ずることとする。 9 二 産業という言葉は、これを外国語に求めるとぎαロωqざぎロ暴ま①などこれに連る言葉であろうと思われるが、それらは 従来、工業として理解されて来たようである。しかしわれわれの意味するものは、明らかに広い範囲を指している。その 点で、この用語はわが国独特のものと敵えられる。それは、とぎに実業などと呼ばれるが、その内容は漠然としている。
もとより経済に関係があるにしても、それとは異るものを意味する。学問上の用語として、これほど不明確なものは少い といえるであろう。 そうはいうものの、それが人間の営みに関し、とくに生産にかかわるものを指していることも事実である。その場合に その人間は、単に文化的な意味での個人ではなく、経済的な意味での企業、とくに企業群であることも、おのずから明ら かである。そしてその企業ないし企業群は、何らかの意味で生産にかかわっていると見られる。すなわち、生産が加工に よるものであれ、自然力にもとずくものであれ、財的価値の創造を意味する広い範囲を指している。その点で、工業はも とより、農・牧・漁業などがこれに含まれると見られる。 ところがここに、産業が、右のような配餅価値の生産にとどまらず、その流通にかかわるものを含んでいることもまた 否みがたい。とくに後に述べる産業構造において、いわゆる第三次産業は、それら流通の企業活動を含んでいることは事 実である。かくして、商業をはじめ交通・金融・保険など、およそあらゆる事業がこれに包摂せられることになる。もと より今日の資本主義社会では、工業がそれらの中核であるにしても、このような多様な分野をもつ企業ないし企業群的活 動が、産業の概念を形づくるのである。 およそこのように、産業は、きわめて広い領域をもつものとして概念せられる。それは根本的には、人間の営みの広汎 な実体であるが、その実体は、とくに企業という経済的主体によって与えられる。つまり経営にほかならない。経営はつ ねに具体的内容をもち、それのゆえに組識のもとになされるが、同時に他の経営と複雑にからみあって、社会的に大きな 機構を形づくる。それが経済である。 − かくして産業は、もともと経済と連っていることが明らかである。しかし、経済そのものであるとはいえない。経済は あくまで機構であり、その機構を支えるいわば存在的法則が、それにはたらいている。これに対して経営は、主体たるそ 産業論の構造と産業構造論︵西藤︶ 六五
六六 れそれの企業において、いわば自主的原理がはたらいて、それが組識を作り上げる。産業は、企業的活動にかかわるとい う意味で、この経営につらなることもとよりであるが、しかもそれと異る意味を含んでいる。いずれにしても産業は、と もかく、さまざまの事業の綜合として理解されるのである。 産業が企業経営に着目し、経、済が機構を問題にするというのは、しかしながら一応のことであって、議論のすべてでは ない。両者はもとより密接に結びつき、その結びつきにさまざまの問題がひそんでいる。それらを検討することが、産業 と経済とのそれぞれの本質を明らかにすることになる。産業に対する定義は、むしろここから始まる。 三 ここに注意すべきは、産業の本質が、経済とのかかわりを明らかにすることによって明らかにせられるといっても、い わゆる産業論が、経済学とは全く異った学問であるという意味ではない。この種の学問が、経済学であるか経営学である かというような分類的考察は、いまわれわれにとっていささかも問題でないが、しかしあえて所属を問えば、この産業論 は経済学であり、経営学ではないといえる。 われわれは、産業が企業経営の実体であるという立場をとっている。しかしながらこのことは、企業の経営そのことを 問題とするという意味ではない。経営そのことについて分析をすすめるのは、明らかに経営学の課題である。そういう観 点において、産業がとり上げられてはいない。産業がしばしば事業と呼ばれ、その点で企業を予想し、これを問題として はいるが、経営そのものの具体的諸関連をわれわれはとり上げていると考えるべきではない。そこでひるがえって、この ことから説くべぎ順序となる。 およそ入間の営みは、多かれ少かれある種の組識体としてなされる。行為の主体性が論ぜられるとぎには、その行為が
組識をもってなされることを前提とする。近代の性格は、まさしくそこにあるといえる。産業において問題となる人問の 営みは、企業という主体によって、 一定の組胃体としてなされるところの、諸活動にほかならない。そして、個々の人間 は、これら企業に複雑に結びついて、分配にあずかり生産につながる。流通の機構も、そこに見出されることである。そ こで、これら企業がいかにして産業や経済を形づくるか、それがここに問題となる。 いま経済は、一つの網にたとえられる。網はある仕組みであるが、それを支えるものは糸そのものというよりは、むし ろ糸の結びめであると見られる。網のはたらきは、結びめがどうであるかによって定まる。その点で、企業は、この結び めにたとえられる。経済が機構であるというのは、それぞれの企業の経営に眼を注ぎながら、それらが複雑にからみあっ て作り出すところの、全体としてまとまった仕組みを捉えた結果である。 この機構は、いうまでもなく資本のそれとして捉えられる。これを秩序あらしめるものは、購買力であり、貨幣による 交換関係である。この交換関係において市場が成り立ち、価格が生れる。生産・流通・消費・所得のすべては、この価格 をめぐって実現する。経済は、この価格形成の機構として成り立つのである。 ところで企業は、この機構に流れる資本の個別的な主体として、この機構を支える。企業活動であるところの経営は、 これら個別資本の運動にほかならない。個別資本は、かくして社会総資本を作り上げるのである。いまその個別資本の運 動が、いかにしてどのような組織のもとに行われるか。つまり糸の結びめがどのように作られ、どのようにはたらいてい るか。それを問題とするとき、経営と名づけられる目的的関係が意識せられるのである。 その意味で、経営は、技術的統一として理解せられよう。もともと技術は、目的によって選択せられたもろもろの手段 の体系であるが、それぞれの企業は、それぞれ固有の目的のもとに、固有の技術的体系の主体となる。そして、それら技 術の遂行が、経営にほかならぬのである。 産業論の構造と産業構造論︵西藤︶ 六七
六八 いま企業が、その固有の抜術のもとに経営を行うとぎ、その経営が何についてなされるかということ、すなわち財的価値 の生産や流通という仕事の実体を問題とするとき、その実体が、ここに産業の概念を形づくる。もとよりその実体は、個 別資本の具体的な運動を意味している。、経済と産業とは、企業という共通の主体において表裏関連しながら、決して同義 でない領域を示すことになる。産業を企業経営の実体として理解するというのは、まさしくこのことを指す。 四 さて産業論は、右のような産業についての経済学である。経済学であるといっても、産業について何をいかに問題とす るところの経済学であるか。次にはそれを究めなければならない。 企業経営の実体であるところの産業は、いわば綜合的概念で、あるが、それはさまざまの企業群によって形づくられる。 すなわち、個々の企業についてこれを老察するのではなく、仕事の内容で共通点をもったもろもろめ企業を、それぞれの 群として捉え、それを産業として意識する。そしてその仕事は、すべて生産や流通に関しており、それぞれの企業は、そ れぞれの技術過程をもって、それぞれの経営としてなされる。それらの実体が、これらもろもろの群の内で、さらにそれ と他の群とのつながりにおいて、どのような姿で成立するかということを、国民経済の舞台で捉えるとき、経済学として の産業論が成り立つ。 したがって産業論は、もろもろの企業群としての産業における、国民経済的ないわば存在の法則を明らかにする、とい うことがでぎる。この群を形づくる個々の企業の経営について、いわば目的的原理を明らかにするところの学問、すなわ ち経営学ではない。この場合、国民経済の舞台でということは、交換の機構において、経営の実体が、以下に触れるよう な諸点についてどのようであるかを問題とすることにほかならない。
かくして問題のとり上げ方は、私見によれば、明らかに経済学としてである。それが経済学であるとはいうものの、従 来の経済学とくに工業経済学・農業経済学などとは、かなり異なった体系をもつであろう。もとより、これらと全く無縁 であるわけではない。それらが教える多くの理論は、観点を改めて別の体系のもとに、とり入れられるのである。同様の ことは経営学との関係についてもいい得る。 そういう意味で産業論は、経済学と経営学とにまたがる新しい領域をもつ、といい得よう。もとより、これは正確な表 現ではない。けだし、本質的には経済学であるからである。ただその理論体系が、部門経済学のそれとしてではなく、多 分に経営学的分野についての老察をそのうち﹁に含んでいる点で、右の比喩的表現が是認せられる。 いずれにしても、産業の概念が漠然としているように、産業論の性格も、同様に必ずしも明確とはいいがたい。ただ右 のように、経済学としての産業論は、部門経済学たる工業経済学をはじめ、農業・商業・金融などの経済学を、その内容 とするとともに、特殊の経済学、たとえばいわゆる産業連関論、すなわち投入産出分析︵ヨ℃葺6三陰圧き筥琶の︶や、立地論 ︵ω曾O旨鎌OH一ω一Φ﹃門①︶にも触れざるを得ない。 これらの理論は、後に述べるようにひろく産業構造論︵①8⇒。巨。ω。臨冒費ω艮巴 。。垂X霞Φ︶を形づくる。われわれがとり上げる産業論は、まずこの産業構造論を課題とする。 ところでこの産業は、まず歴史的な今日の段階の技術を前提として、いわば静的に考察される。しかしすすんで、技術 そのものの進歩・変革のもとではどうであるか、という動的な諸問題もとり上げられなければならない。いわゆる技術論 の一面がここにあるとともに、それが高められるについての理・論、すなわち、いわゆる機械化︵b日ΦOび帥昌昌NPけ同O口︶ないし工業 化︵甘P伽仁ω叶﹁幽⇔一一N⇔曾一〇P︶ や開発の理論についても、これに触れる必要があろう。国民経済のいわば自我性は、この点にかか わることである。かくして、問題の領域はきわめて広いことを知り得る。 いまここに注意すべきは、いわゆる公益事業についてである。さきに産業の概念が、生産のみならずひろく流通にもか 産業論の構造と産業構造論︵西藤︶ 六九
七〇 かわっていることを述べた。その際、本質的にはこの両者にまたがる特殊の産業として、ここに公益事業の一群をとり出 すことができる。そのうちのあるものは、とくに外部経済︵Φ曇Φ島隠㊦88ヨ団︶と名づけられるものに連っている点で、わ れ.われの老察がそれに触れることも、また必要であろう。 このように、産業論の構造は、決して十分に確立していない。それが広汎で異質のものを含んでいることを知り得るの である。その理論的体系は、むしろ今後に期すべぎことであろう。 . 五 ところで、こにに次のような議論がある。すなわち従来の産業論的論著、つまりいわゆる〃産業もの〃は、卒直なとこ ろ、あまり興味あるものとはいえない。つまりそれらは大ぎく三つの型に分類することができる。その第一は官庁の報告 書、第二は独占資本論の各論、その第三は商品中心の解説であるというのである。 詳しくいうと、第一のものは、いわゆる白書として発表せられるたぐいである。それの統計数字は豊富であり、その説 明は詳細をぎわめているけれども、読者にとっては難解というほかはない。むしろ、政府当局の施策についての弁解たる にとどまる。学問としての理論的根拠に乏しいというべきである。 第二のものは、その理論的根拠において、たしかに独自のものをもっている。しかし、その根拠というのは、しばしば 一定の結論を裏づけるために、複雑な産業現象の中から、都合のよい諸材料をとり⊥げるという傾向を示し、いわば公式 的議論が本流をなしていると思われる。そこでは、独占資本が、どのようにして中小企業と労働階級を抑圧・搾取してい るかを実証しようとするのである。 第三のものは、商品に関する専門的技術や、その生産の過程を説明してはいるが、それらが生れる場である企業の実態
は一般には理解されがたい。たとえば商品篇・技術篇・経営篇という部分があっても、それら・はたがいに脈絡をもたず、 およそ産業の生きた知識に程遠いと考えられる。だいたいこのような三つの型で、従来産業論が説かれて来たというので ある。そのいずれにしても、産業とくに日本産業の具体的なすがたは、適確に学問体系として把握され得ないというの が、この議論の大様であると思われる。 そこでこの見解は、すすんで次のように述べる。今日大学の課程での教科や講義の体系は、産業の現状に関する実際的 な理解について、たといそれが就職という直接目的に対してであっても、学生の要求に適切に応え得ない。これに応える には、余りにも旧態依然である。もっとも従来とても、工業経済などの講義はなされたし、最近には産業論の名を冠した ものが現われているけれども、まだきわめて不十分でて本質をついてい﹂ない。 このことは、大学における学問的研究が経済学の基礎理論や政策論などを軽視してよい、ということではない。しかし 法・経・商系の学生はもとより、理・工系学生についても、彼らの大部分が、卒業後それぞれの企業に属して、産業的活 動に従事するのが現状であるという点から考えても、この方面の適切な理論的素養は、きわめて必要であるといえる。そ ういう要求に対する新しい学問体系は、改めて老えられなければならぬであろう。 先年来のいわゆる経営学ブームは、たしかに一部これに応えるところがあった。しかしすすんで、異った体系のもとに ここに産業論が登場しなければならないと考えられる。産業論ブームともいうべきものが、いまや現われるべぎ時機であ るというのが、この議論の結論として導き出されるのである。 さてわれわれは、およそ学問が、いわゆるブームに浮沈して評価されることについては、むしろ根本的に問題としなけ ればならない。ことに、右の議論が、実は新しく〃産茉ものシリーズ〃を企画している出版業者の、一つの宣伝としてな されたという点から、それが検討せられるべきである。しかし、それはそれとして、その立論の奥には、多くの老うべぎ 産業論の構造と産業構造論︵西藤︶ 七一
七二 ものを含むのを否定しがたい。つまり、この風潮をひき起した要因や、それが示す意味の深さを明らかにすることである。 われわれは、ただ純粋に学問的立場から、改めてこれを反省すべきであろう。それがわれわれの課題である。 五 産業や産業論を述べたわれわれは、次に産業構造に触れなければならない。もともと構造は組立てを意味する。その場 合に組立ては、単なる集合ではなくして、全体としてまとまったものである。そこには実体が盛られ、はたらきを蔵して いる。つまり構造は、同時に機能を含む。体質というのは、この構造がもつ独自の機能を指したことである。しかもこの 機能は、国民経済としての自我性をそれ自身保有している。今日、産業構造や経済の体質という言葉がしばしば不用意に 用いられるが、それをわれわれは、右のように、さらに深い意味でとり上げなければならない。 しばしば述べたように、産業は実体に即し、経済は機構に即する。いずれも企業の経営に着目している。その舞台はと もに国民経済である。その意味で産業構造は、この国民経済機構のある層として、これを理解することができる。問題は この際、概念そのものの形式的・抽象的な精確さではなくて、実体そのものの具体的な把握にある。 ところでここに注意すべきは、この実体は、他面で生産力として理解せられるということである。したがって産業構造 は、それぞれの企業が複雑にからみあうところの、ある有機的構造である。その場合にこの構造は、生産関係という抽象 概念の構造ではなく、具体的な生産諸力の国民経済的構造である。つまり、その点で、企業がもつ技術的構造を意味する といえる。 この技術的構造は、企業がそれぞれもつ固有の技術過程において、もろもろの生産要素が組合されるすがたである。も とよりそれは、それぞれの企.業.についていえることであるし、同時に、その企業が属する群であるところの産業について
も、また観察し得られる。そういう意味での社会的な生産構造は、生産諸要素の結合について、その結合の様式とともに 量的概念をそのうちに含んでいる。付加価値や生産性の問題は、そこから起ることがらである。 いま、その結合の様式において理解される生産構造は、生産要素の内容や需要のいかんによって、変化し高度化する。 つまり機構の面から見れば生産の迂回性が増大し、実体の面から見れば企業の規模はおおむね大となり、その資本は、労 働の節約という点で、大規模となり高度となる。既存産業の払張や、新しい産業部門の形成の場合には、それはとくにい ちじるしいし、また本来巨大な資本の固定を必要とする産業、いわゆる重工業部門では、それは一層顕著である。 このことは、ひとり工業に限らない。あらゆる生産についてそうであるし、また生産に直接・間接つながるところの流 通部門でも同様である。これは、生産財生産の工業において、とくに明らかといえる。この工業の変化が、需給上の影響 を通して、他の産業に変化を起さしめ、それが波及して、全体としての産業構造の変化をもたらすであろう。この過程 が一般に工業化と呼ばれること、周知のところである。産業構造論の一つの課題たる開発の理論は、この工業化を主たる ものとする。 さて産業構造については、いま一つの問題がある。それは、産業が歴史的概念をもって成立することである。したがっ てそれの組立てたる産業構造は、また歴史的構造として成り立っている。それは、実体をなすところの企業経営が、資本 主義的な国民経済でいかに組立てられるかという意味を、それみずからもつ。いいかえれば産業構造は、国民経済性をそ のうちに含むのである。 そしてその産業構造は、今日のところでは、世界的規模までは大きくない。このことを裏返せば、国民経済よりは狭く ないということである。しかし、それとともに、それが分割される部分をもっていることを、われわれは忘れてはならな い。これらの部分は、それ自体として存在するものとして認識せられるが、それらが一定の割合で結びつくものとして、 産業論の構造と産業構造論︵西藤︶ 七三
七四 全体の構造が考えられる。その結びついた構成体が産業構造にほかならない。 この点から見て、これらの部分もまた、産業構造の立場から考察されるであろう。それらは、産業の種類からも、産業 の地理的まとまりからも、ともに考察される。そして、それらが結びつけられるすがたは、単に質的であるにとどまらず また量的でもあり得る。それらの問題の経済的査察が、産業構造論を形づくるのである。 占 ノ、 組立てであるところの産業構造は、構成体としてのいくつかの面をもっている。それらについては稿を改めて論ずるつ もりであるが、ここではその一つをとり上げたいと思う。 産業構造が論ぜられるときには、まず素朴に、いわゆる第一次・第ご次・第三次の産業が分類せられ、それらの構成が 考察せられる。これは周知のように、コーリン・クラーク︵O。=昌O●Ω⇔蒔︶によって創められたが、とくにペティの法則 ︵零ξ、。・冨≦︶が、これに伴って各産業の就業人口の相対比は、第一次産業から第二次産業へ、さらに第三次産業へと移 行すると主張する。この移行の原因として、産業による所得差が言えられ、また低次産業の生産物において、高次産業の それよりも所得の弾力性が小さい、ということが挙げられる。いまはそのことが問題ではない。問題となるのは、この構 成がもっところの全体としての組立ての意味と、構成内部の関連とである。 もともとこれら三つの産業部門の分類には、それほどの理論的根拠があるとは考えられない。すなわち、第一次産業の 技術過程は、本質的には自然力にもとずくに対して、第二次産業では、これから原料を仰いで、さまざまの段階の加工が 施されることに意味をもっている。しかるに第三次産業の分類に際しては、この原理が貫かれていない。そこでは、必ず しも第一次産業や第二次産業におけるように、有形財の生産のみを意味していないのである。
第三次産業では、ひとり有形財のみならず、無形の労務の生産がある.。たとえば運輸がこれに当る。のみならず、第一 次・第ご次産業に対して基礎的構造をなすものもあれば、生産に対する流通の側面にとどまるものもある。さらに進んで しばしば職業の概念に通ずるものをも、そのうちに含んでいると老えられる。いわぽ第三次産業は、さまざまの仕事をこ ちゃまぜにした混合概念にほかならない。 これを警えれば、第一次産業と第ご次産業は、ご階建の構築である。もとより一階は第一次産業、二階は第二次産業と 見られよう。これに対して第三次産業は、それぞれに対する付属構築に当るものもあるし、この建物自体の地下室と見ら れるべきものもある。そういう全体の組立てが、産業構造を意味するであろう。そこで、これら各階に含まれるそれぞれ の部屋が、どういう関連で結びつき、それぞれの内でいかなる営みがなされるかという実体的老雄が、ここに産業構造論 を形づくる。それについては、また稿を改めて問題としたい。 ただここでとり上げたいのは、一階がいわば第一次産業、二階がいわば第二次産業という構成が、そのままに是認せら れるかという点である。さきに、第一次産業と第二次産業との間の分類基準が、第三次産業には適用されがたいといった が、そうであるとすれば、このような各階の構成は、いかに解釈せられるべぎであろうか。それをいま、ここに本論の結 びとして考察したい。 七 第一次産業が一階であり、第ご次産業がご階であるということは、加工の抜術的な成り立ちからいえば、たしかにそう である。そういう意味で、歴史的には国民経済は、農業を主とした段階から工業の島影へと発展して来た。そしてその主 業の段階が、次第に層を厚くしたことは事実である。いわゆる迂回生産は、この段階においていちじるしい。 産業論の構造と産業構造論︵西藤︶ 七五
七六 しかし、国民経済の発、展は、単にこの構築を、上に向って積み重ねるという筋道において見られるのみでなく、やがて 逆に、その積重ねを反対にしたと考えられる。つまり、いわば第一次産業が二階に、第二次産業が一階にたとえられるべ き姿を示すこととなった、と見るべぎである。 今日の第一次産業は、もとより根本的には、生産が自然力にもとずくものではあっても、事々的には機械力に頼ってい る。資本的生産は、農業でも水産業でも、それが大規模となるにしたがって、資本は機械の形において具体化される。そ の点では、第二次産業と異るところはない。つまり、労働手段に厚薄。種類の差異はあれ、すべて工業の生産物である点 で共通している。ただ労働対象が第一次産業では根本的に自然に求められるということが、第二次産業との決定的区別を もたらすにすぎない。 その意味では、第一次産業は、構築としてはむしろ二階であり、第二次産業とくに工業は、一階を形づくると見るべき であろう。すすんでいえば、工業とともに第二次産業に属すると一般にいわれる鉱業・建設業などは、この工業と必ずし も階を同じくしないと考えられる。第一次産業と第二次産業とを区別する構造理論は、ここでは、まず根拠を失うという べきである。 ところで、さきのクラークによれぽ、ガス・電気事業などは、第二次産業として、工業とならんで分類せられている。 それらは、第三次産業に所属せしめられる運輸・通信業の大部分とともに公益事業の一群を形成するが、それらは、実際 の取扱いとしては、第三次産業の中に一、挿せられることが多い。しかもそれらは、むしろ外部経済を形づくると見られる 他の諸事業と、密接につながっているのである。 これらの一群は、右の一階・二階の構造から見れば、明らかに地下室たる地位を占めている。しかし、その場合でも、 機械・設備が資本であり、しかもそれらが工業の生産物であ,るという点で、さきの第↓次産業において述べられたことが
同様に当てはまる。つまり、地下室の構築は、根本的には一階によって支えられるといえる。各階の付属構築にたとえら れる流通の側面については、もはやいうまでもない。右の構造理論の根拠は、いよいよ薄くなる。 そこでわれわれは、次の二つの重大なことに思いいたるであろう。その第一は、右のような第一次・第二次・第三次の 産業の分類は、十分に理論的な根拠をもっていないということである。それは、産業構造を理解するについて、一応の手 がかりとなるにしても、複雑な産業構造は、このような素朴な基準では分析することができない。産業構造は、もともと きわめて深い奥行きをもち、いりくんだ内容を蔵している。それを明らかにすべき理論的な立場は、別に詳しく検討しな ければならない。 第この点は、新しい経済学としての産業論と、従来の工業経済学との関連である。産業構造が論じられるについては、 工業がとくにとり上げられなければならぬこと、すでに右で明かである。その点で、工業経済学の課題は解消したという べきでない。むしろ広い立場から、もう一度考え直されなければならぬことになる。ただそれは、農業経済学・商業経済 学などと同列に、各論的見地からの考察では、もはや根本的に不可能である。 工業経済学は、今日では無用であろうか。それは、産業構造論を中核とする産業論に席をゆずるべきであろうか。それ についての理論的立場は、いったい何であろうか。すでに一部ふれたところではあるが、第一の点と表裏して、われわれ が稿を改めて、詳しく論ずべぎ課題が残されているのを、ここに知るべぎである。 ︵一九六〇・三・三一︶ 産業論の構造と産業構造論︵西藤︶ 七七