金森修の科学思想史と哲学研究にとっての科学思想
史の役割
著者
近藤 和敬
雑誌名
鹿児島大学法文学部紀要人文学科論集
巻
85
ページ
99-112
発行年
2018-02-28
別言語のタイトル
L’histoire de la pensee scientifique chez
Osamu Kanamori et le role de l’histoire de la
pensee scientifique pour la recherche
philosophique
九九
﹁金森修の科学思想史と
哲学研究にとっての科学思想史の役割﹂
近
藤
和
敬
1.金森修の「科学思想史」について
1 ﹃ 昭 和 後 期 の 科 学 思 想 史 ﹄ の 編 著 者 で あ る 金 森 修 は 以 前、 私 も 参 加 し た﹃ エ ピ ス テ モ ロ ジ ー 20世 紀 の 科 学 思 想 史 ﹄︵ 慶 応 大 学 出 版 会、 二〇一三年︶ にかんするメール連絡の際に、 当のメール本文のなかで ﹁わ れ わ れ の 本︹ 補 注 = 上 記﹃ エ ピ ス テ モ ロ ジ ー﹄ ︺ も、 一 種 の 科 学 思 想 史なので、私が編纂した﹃科学思想史﹄ ﹃昭和前期の科学思想史﹄ ﹃エピ ステモロジーの現在﹄ ﹃エピステモロジーの展開﹄ ﹃合理性の考古学﹄ と、 科 学 思 想 史 本 が 五 冊 並 ぶ こ と に な り ま す ﹂︵ 二 〇 一 二 年 一 〇 月 五 日 付 け のメール︶と述べていた。ここで挙げられているものを年代順に、また ここで挙げられていないもの︵ただし﹃昭和後期の科学思想史﹄は名指 されないまま同じメールで予告はされていた︶も加えてその書誌情報を 1 本 稿 は、 二 〇 一 七 年 九 月 一 日 に 開 催 さ れ た 日 仏 哲 学 会 連 携 ワ ー ク シ ョ ッ プ ﹁ 金 森 修 の 科 学 思 想 史 と エ ピ ス テ モ ロ ジ ー の こ れ か ら ﹂ に お い て 口 頭 発 表 さ れ た 原 稿 を 修 正 し た も の で あ る。 ま た 本 稿 第 一 節︵ ﹁ 金 森 修 の﹁ 科 学 思 想 史 ﹂ に つ い て ﹂︶ は、 二 〇 一 七 年 の﹃ フ ラ ン ス 哲 学・ 思 想 研 究 ﹄ に 所 収 の 拙 著﹁ 書 評、 金 森 修 著﹃ 明 治 後 期 の 科 学 思 想 史 ﹄﹂ の 前 半 部 分 を 本 稿 の 一部として書き直したものである。 明示しておこう。 ● ﹃エピステモロジーの現在﹄慶応大学出版会、二〇〇八年︵編著︶ ● ﹃科学思想史﹄勁草書房、二〇一〇年︵編著︶ ● ﹃昭和初期の科学思想史﹄勁草書房、二〇一一年︵編著︶ ● ﹃ 合 理 性 の 考 古 学 フ ラ ン ス の 科 学 思 想 史 ﹄ 東 京 大 学 出 版 会、 二〇一二年︵編著︶ ● ﹃ エ ピ ス テ モ ロ ジ ー 二 〇 世 紀 の フ ラ ン ス 科 学 思 想 史 ﹄ 慶 応 大 学 出 版会、二〇一三年︵編著︶ ● ﹃科学思想史の哲学﹄岩波書店、二〇一五年︵単著︶ ● ﹃昭和後期の科学思想史﹄勁草書房、二〇一六年︵編著︶ ● ﹃明治・大正期の科学思想史﹄勁草書房、二〇一七年︵編著︶ 晩年の金森修の仕事においては、この﹁科学思想史﹂という言葉は特 別の重みをもって繰り返し現れる。管見では、まさに﹁科学思想史﹂と いうこの言葉こそ金森修自身による自らの学問的境位を確定することの できる最終バージョンの語彙だった。 金 森 修 は 八 〇 年 代 末 か ら カ ン ギ レ ム、 バ シ ュ ラ ー ル、 ダ ゴ ニ ェ ら フ ラ ン ス・ エ ピ ス テ モ ロ ジ ー の 主 要 論 者 た ち の 翻 訳 を 手 掛 け る 傍 ら、 自 身 で も﹃ フ ラ ン ス 科 学 認 識 論 の 系 譜 ﹄︵ 勁 草 書 房、 一 九 九 四 年 ︶、 ﹃ 現 代 思 想 の 冒 険 者 た ち 第 五 巻 バ シ ュ ラ ー ル ﹄︵ 講 談 社、 一 九 九 六 年 ︶ な どいわゆるエピステモロジーにかんする研究書を公刊し、これに関する 日本の代表的論者の一人としての立場を確立した。しかし金森修はこの 立 場 に と ど ま る こ と な く、 ﹃ サ イ エ ン ス・ ウ ォ ー ズ ﹄︵ 東 京 大 学 出 版 会、 二 〇 〇 〇 年 ︶、 ﹃ 現 代 科 学 論 ﹄︵ 共 著、 新 曜 社、 二 〇 〇 〇 年 ︶、 ﹃ 科 学 論 の 現 在 ﹄︵ 共 編 著、 勁 草 書 房、 二 〇 〇 二 年 ︶ で 論 じ ら れ る よ う な い わ ゆ る近 藤 和 敬 一〇〇 科 学 論︵ Science Studies ︶ へ と そ の 活 動 の 範 囲 を 広 げ、 軸 足 を ず ら し て い く。 こ の 関 心 の 推 移 は、 彼 の 著 作 の な か で 何 度 か 言 及 さ れ て い る よ う に︵ 特 に﹃ Vol 05 特 集 = エ ピ ス テ モ ロ ジ ー﹄ ︵ 以 文 社、 二 〇 一 一 年 ︶ に所収の論考﹁エピステモロジーに政治性はあるのか?﹂に顕著に示さ れ る よ う に ︶、 フ ラ ン ス・ エ ピ ス テ モ ロ ジ ー の 知 的 伝 統 が 本 来 的 に も つ 内在的傾向性と非政治性にたいする不満によって内的に駆動されていた のではないかと推察される。ところが、科学論研究者としての一定の活 動期間をへた後、金森修は漸次的にこの領域から﹁引退﹂していき︵こ の言葉は、私との対談﹁科学批判学の未来﹂ ﹃現代思想 特集=科学者﹄ ︵青土社、二〇一四年︶で実際に意図的に用いられた︶ 、徐々に科学論に 対する距離を保とうとする批判的な言説が目立ち始める。それと並行す るように ︵著書のみを調べただけで、 論文などは逐一調べてはいないが︶ 、 ﹃負の生命論﹄ ︵勁草書房、二〇〇三年︶の序文以来、自身の仕事を﹁科 学思想史﹂として分類する仕草が表れ始める。そこで特徴的なことなの だ が、 ﹁ 大 枠 で 科 学 思 想 史 に 相 当 す る ﹂︵ 同 書、 p. iii ︶ と 述 べ ら れ て い る 同書第二部所収の論考は一九九五年の秋に書かれたものであり、第一部 のそれが二〇〇一年から二〇〇二年に書かれたのと比べて、かなり初期 の論文を再録したものだと言える。しかし、先に述べた一九九五年頃の 仕 事 で あ る﹃ フ ラ ン ス 科 学 認 識 論 の 系 譜 ﹄ な ど に は、 ﹁ 科 学 思 想 史 ﹂ と いう言葉は表れていないように見える。つまり、二〇〇二年の時点で回 顧的に自身の以前の仕事を振り返ったときに、 科学論はもちろんのこと、 エピステモロジーともある種の距離感︵ただしこの距離感は、科学論の それとは性質を異にするようにみえる。あえて言えば、科学論にたいし て は 外 的 で、 エ ピ ス テ モ ロ ジ ー に た い し て は そ れ を 内 包 す る 関 係 と 評 するべきか︶を表明する反省的語彙として登場するのがこの﹁科学思想 史﹂という言葉だということになるだろう。同様に先の九五年の論考よ りもさらに以前の論考︵八八年から九四年︶を集成し、数編の論考を新 たに書き下ろした ﹃科学的思考の考古学﹄ ︵人文書院 、二 〇 〇 四 年 ︶ で も 、 そ の 序 文 で こ れ ら の 仕 事 は ﹁ 科 学 思 想 史 ﹂ に 属 す る と は っ き り 述 べ ら れ て い る 。 そ し て こ の 反 省 的 で 回 顧 的 な 語 彙 が 、 よ り 明 瞭 に 自 身 の 仕 事 の 中 心 軸 を 名 指 し て い る こ と が 自 覚 さ れ た と き 、自 ら の 仕 事 を ﹁ 科 学 思 想 史 ﹂ と し て 確 立 し 、 同 時 に こ の 名 が 表 現 し う る ﹁ 鵺 的 な 性 格 ﹂ を も っ た 学 問 領 域 を 形 あ る も の と し よ う と し た の が 、 最 初 に 列 挙 し た 科 学 思 想 史 本 の 八 冊 と い う こ と に な る だ ろ う 。 そ の 際 に は 各 著 書 で 、 科 学 思 想 史 的 実 践 が 個 々 の 論 文 の 内 容 に よ る だ け で な く 、 そ れ を 編 集 す る メ タ レ ベ ル に お い て も 示 さ れ る こ と に な る 。 そ の 意 味 で 、 こ れ ら の 著 作 は 金 森 修 の 思 想 の 到 達 点 を 示 す 決 定 的 な も の だ と 述 べ る こ と が で き る 。 では﹁科学思想史﹂とは何なのか。この論点にかんしては、金森修自 身 に よ っ て﹃ 科 学 思 想 史 ﹄ 所 収 の﹁ 第 一 章 ︿ 科 学 思 想 史 ﹀ の 哲 学 ﹂ お よ び﹃ 昭 和 初 期 の 科 学 思 想 史 ﹄ 所 収 の﹁ 序 章 ︿ 科 学 思 想 史 ﹀ の 来 歴 と 肖 像 ﹂ に よ っ て か な り は っ き り と 提 示 さ れ て い る。 ﹁ 科 学 思 想 史 ﹂ の 定 義の分析は前者で特になされているが、ここでは後者で取り上げられて いる若干緩やかな述定のほうをあえて取り上げておく。 ﹁ 科 学 思 想 史 は 一 種 の 科 学 史 だ が、 強 い て 言 う な ら、 普 通 の 科 学 史 に 比べて純粋な記載的事実の列挙にはそれほど重きを置かず、科学者の 理 論 や 概 念、 思 想 背 景 な ど に 焦 点 を 当 て る 科 学 史 で あ る。 ﹂︵ ﹃ 昭 和 初 期の科学思想史﹄ p. 2 ︶ この定義が内的な定義であるとすれば、否定関係による外的な規定が
「金森修の科学思想史と哲学研究にとっての科学思想史の役割」 一〇一 これに続いて述べられる。 ﹁また、それは基本的にはいわゆる︿科学社会学﹀とは一線を画する。 さらに︿科学哲学﹀とも似て非なるものである。 ﹂︵同上︶ ここで︿科学哲学﹀について註が付され、そこでこの語は日本の文脈 に従って主に英米系の科学哲学を指しており、 二〇 世紀初頭に力をもっ たカッシーラーのような新カント派のそれはむしろ科学思想史とみなし うると述べられている。また﹃科学思想史﹄の﹁第一章﹂のほうではフ ラ ン ス・ エ ピ ス テ モ ロ ジ ー に か ん し て、 épistémologie の 訳 語 と し て﹁ 科 学思想史﹂という語も有力な候補となるのではないかと述べられている ことから、先に述べたようにエピステモロジーは科学思想史の一種とし て位置づけを得ていることが確認できる。 金森修は生前、いわゆるフランス・エピステモロジーをそのまま輸入 しても日本には定着しないのではないかと思うという趣旨のことを何度 か述べていたように記憶している。彼の学問的努力の大半を賭した末に 導かれたこの悲観的とも言える判断は、全面的に賛成を得るかどうかは 別 に し て、 彼 の 後 に 続 こ う と す る 私 た ち に は と て も 重 た い も の が あ る。 この判断は、明らかに﹁科学思想史﹂を﹁科学哲学﹂から切り分けよう とする彼の所作とも連動している。そしてまさに﹁科学思想史﹂を普遍 的なものとして︵しかし真に普遍的な学問的系統などはたしてあるのだ ろうか︶提示するのではなく、あくまで日本の知的文脈のなかに根を張 るものとしてその学問領域を定め、そこにおいてこの学がサヴァイヴす る可能性に賭けるべくして日本の﹁科学思想史﹂それ自体の学史を描き だ そ う と い う の が、 ﹃ 明 治・ 大 正 期 の 科 学 思 想 史 ﹄、 ﹃ 昭 和 前 期 の 科 学 思 想史﹄および﹃昭和後期の科学思想史﹄の目指したところだと言えるの ではないか。おそらくはこれらの仕事によって、エピステモロジーの単 なる輸入ではない︵むしろエピステモロジーを輸入してなされた金森修 自身の仕事が、この日本の﹁科学思想史・史﹂のなかで明確な位置づけ を 与 え ら れ る こ と に な る ︶、 自 前 で の 位 置 づ け と 学 統 の 再 形 成 と 反 省 的 自覚の醸成が促されることが期待されていたのではないかと思う。そし て実際にこの試みは少なからず成功していると言わねばならない。確か に一読者である私は﹃昭和前期の科学思想史﹄から﹃昭和後期の科学思 想史﹄を通読することで、自らがそこにたつがゆえに、自覚することの なかったエピステーメーを対象化することができたからだ。 そのうえで一点だけ私にとっての課題を付け加えるならば、哲学︵あ るいはもっとはっきりと形而上学と言うべきかもしれないが︶と科学思 想史の二重あるいは三重の関係を考えなければならないということが指 摘されうるだろう。すなわち、一方では哲学の歴史を科学思想史の一種 として、その連関のなかで書きなおすことを試みることであり、他方で はそのような科学思想史︵・史︶をステップボードとした哲学あるいは 形而上学を立ち上げることを試みることである 2 。
2.フランス・エピステモロジーについて
いま考えるべきこと
科学思想史の一部として位置づけられたフランスのエピステモロジー は、現象学やドイツ観念論やストア派や分析哲学に比べて、哲学として 2 こ れ ら に 加 え て さ ら に 言 う と す れ ば、 哲 学 史 と 連 動 す る 科 学 思 想 史 そ れ 自 体を人類史のなかに位置づける試みがなされなければならないだろう。近 藤 和 敬 一〇二 の 一 貫 性 と ま と ま り が 弱 く、 そ の 持 続 性 も 実 の と こ ろ 定 か で は な い し、 その本質と言うべき基本学説の体系性も明確ではない︵個々の主張それ 自 体 は か な り 伝 達 可 能 な レ ベ ル で 整 理 さ れ て い る と は い え ︶。 そ の よ う なエピステモロジーにあって、現在、しかもこの日本という場所におい て考えるべきことのひとつとして、 エピステモロジーと形而上学の関係、 しかもそのあいだの共創的関係を挙げることができると私は考える︵す でに述べたように、哲学史の科学思想史化ということがそのもうひとつ で は あ る が、 こ こ で は そ れ は お く ︶。 以 下 で は こ の 点 に つ い て と く に 考 察してみたいと思う。
3.エピステモロジーのフランスにおける
現状とその理解
エピステモロジーとはなにか、その固有性はなにかと問われることが しばしばあるが、一様にしてその答えは明確にできない、というものば かりである。一九八〇年以前のものであればエピステモロジーに関する 哲学者として挙げられる人名はおおよそ定まってきている。 P・デュエ ム、 G・ミヨー、 É・メイエルソン、 L・ブランシュヴィック、 A・レ イ、 A・ コイレ、 F・ ゴンセト、 G・ バシュラール、 J・ カヴァイエス、 G・カンギレム、 A・ロトマン、 J-T・ ドゥサンティ、 L・アルチュセー ル、 D・ ル ク ー ル、 J・ メ ル ロ = ポ ン テ ィ、 G・ シ モ ン ド ン、 G︲ G・ グランジェ、 J・ヴュイマン、 M・フーコー、 M・ セール、 ︵六〇年代の︶ A・バディウ。エピステモロジーとはなにかと言われれば、彼らの研究 の主題設定や方法論を範とした、ある種の科学思想史、科学理論にかん する科学史と、それとかかわる哲学・思想史、およびそれらの省察から 引き出された人間の認識、精神、自然にかんする哲学と、とりあえず概 定することができる。しかし、金森修が﹁鵺的性格﹂と強調していたよ うに、この各研究者の論考や思索を紐解けばすぐにそこから逸脱するに もかかわらず、エピステモロジーのコア的部分と深く結びついたような 多様な仕事に行き当たる。そのもっとも代表的なものが、バシュラール の詩論だろう。また社会学、経済学および社会史との関係や技術論との 関係をこれに加えるべきなのか、ということも論題になりうるだ。たと え ば、 P・ ブ ル デ ュ ー の 社 会 学、 あ る い は G・ フ リ ー ド マ ン の 技 術 論、 あるいは初期ヴュイユマンや初期グランジェの労働論がそれだ。 さらに言えば、二〇〇〇年代には、すでにフランスのなかでもエピス テモロジーは現代哲学の主たる研究領域から外れていたとみることもで きなくはない。科学史が専門分化していき︵さらに言えば、科学技術社 会学の方法や論点が、つまりいわゆるエクスターナル・アプローチが科 学 史 の 主 流 に な り ︶、 英 語 圏 の 科 学 哲 学︵ ク ワ イ ン や パ ト ナ ム ︶ が 先 端 のものとして研究されるようになると、エピステモロジーはもはやオー ルドファッションあるいはフランス哲学史の一部だという認識が流通す るようになった︵カヴァイエス研究者でありエピステモローグの一人で もあるカスー=ノゲスは﹁われわれはマイノリティだ﹂と私には個人的 に言っていた︶ 。「金森修の科学思想史と哲学研究にとっての科学思想史の役割」 一〇三
4.エピステモロジーの哲学史的な位置づけ
(既知の部分)とその未解決の点
では、エピステモロジーはすでにフランス哲学史の過ぎ去った一部で あるとあえて認めてみたとして︵フランス・スピリチュアリスムや感覚 主 義 の よ う に ︶、 そ の 外 延 と 起 源 と 歴 史 的 背 景 に つ い て ど こ ま で わ か っ ているのかというと、フランスにおける研究でもそこまでわかってはい ない。近年アナスタシオ・ブレナーの研究グループが、一九世紀末から 二〇世紀初頭にかけてのごく初期のエピステモロジーの研究について成 果を上げており︵とくに G・ミヨーやミヨーに影響を与えた P・タンヌ リについての研究、あるいは P・デュエムについての研究が大きい成果 だ ろ う ︶、 徐 々 に そ の 起 源 に つ い て 明 ら か に な り つ つ あ る。 し か し こ れ についても、たとえばドイツにおける文献学︵フィロロジー︶と古代科 学史、古代哲学史との関係や数学史︵たとえば F・クラインのそれ︶と の 関 係 は 十 分 に 明 ら か で は な い し、 こ れ ら の 科 学 史 の 実 証 化 の 過 程 と、 ヘーゲル哲学の影響との関係も十分に明らかとは言えない。また実証的 に刷新されようとしていたこの時期のギリシア古代史︵古代哲学史、古 代科学史︶と、ドイツの新カント派︵とくにコーヘン以後のマールブル ク学派︶やブレンターノ、 マイノングなどの初期現象学者との影響関係、 またラヴェッソン以降、クーザン的エクレクティスムから離れて実証主 義的な哲学史研究に基づくスピリチュアリスムを展開しようとしていた É・ブトルーや J・ラシュリエとの影響関係など、わかっていないこと が 非 常 に 多 い よ う に 思 わ れ る。 ま た、 こ の 時 期 の 以 上 の よ う な 動 き と、 一八九〇年頃から始まるベルクソンやポアンカレなどによる新哲学の動 きがどのように肯定的あるいは批判的に関係しているのか、ということ もわかっていないのではないか。 こ れ ら が す べ て 明 ら か に な っ て く る と︵ 割 愛 し た 問 題 点 も ま だ い く ら か あ る が ︶、 よ う や く 二 〇 世 紀 初 頭、 一 九 一 二 年 に 現 れ る ブ ラ ン シ ュ ヴィックの ﹃数理哲学の諸段階﹄ のインパクトやその後のコイレの役割、 デュエムの問題意識や、それらのその当時の文脈における哲学的意義と いったものが明らかになるはずである。5.エピステモロジーと形而上学
以上からわかるように、エピステモロジーは、その末端においても始 端においても︵異なる意味で︶霞がかかっていて、しかもその中身にお い て も 統 一 性 を う ま く 把 握 で き な い と い う 困 難 を か か え て い る。 た だ、 それでもなお現在においてエピステモロジーが哲学にとって関心の対象 であると言えるとすれば、それはエピステモロジーというスタイルがも ちうる形而上学とのありうる関係によってであると私は考える 3 。 3 こ の よ う に エ ピ ス テ モ ロ ジ ー と 形 而 上 学 と の 関 係 を 中 心 に 考 え る 現 代 の エ ピステモローグは少なくない。たとえば、 J-M・サランスキ、 J・プティト、 P・ カスー=ノゲス、 É・ デューリング︵ During2013 ︶などがそれであり、 八 〇 年 代 に は す で に J・ ラ ル ジ ョ ー と J・ ヴ ュ イ ユ マ ン が そ の 先 陣 を 切 っ て い た。 あ る い は 小 林 道 夫 の デ カ ル ト 形 而 上 学 の 研 究 と、 現 代 科 学 哲 学 へ の デ カ ル ト 形 而 上 学 に 基 づ い た 科 学 実 在 論 の 立 場 で の 応 答 は、 そ の 背 後 に ヴュイユマン的な関心を指摘することができるように思われる。近 藤 和 敬 一〇四
6.サイエンス・ウォーズの裏側としての
エピステモロジーと現代思想の関係
し か し 日 本 で は、 と く に フ ラ ン ス 哲 学 研 究 者 に と っ て、 形 而 上 学 と エピステモロジーという関係を受け入れることには抵抗感があるように 感 じ ら れ る 4 。 そ の 最 大 の 原 因 は、 私 の 個 人 的 な 意 見 と し て は、 や は り 九〇年代末から日本でも雑誌やインターネット上で盛んに取り上げられ た︵そして金森修も一書を割いている︶サイエンス・ウォーズの影響が あるように思われる。そもそも形而上学について肯定的に論じること自 体、デリダの脱構築の影響下にあって当時あまり肯定的な印象がなかっ たようにも思われるが︵この流れに変化が生じさせたのが、分析形而上 学 の 隆 盛 と そ れ に 連 動 し た よ う な 思 弁 的 形 而 上 学 の 流 行 だ ろ う ︶、 現 在 でもフランス系の形而上学といえばフッサールやハイデガーの現象学の 影響を受けたもの︵ É・ レヴィナス、 M・ アンリ、 J・ ロゴザンスキ⋮︶ や A・バディウの影響を受けたもの︵ Q・メイヤスー︶が目立っている ようにみえる 5 。 その遠因となっているのは、形而上学というきわめて哲学的な問題を 論じるにあたって、そもそも現代科学について言及したり、それの成果 4 金 森 修 も こ の よ う な 抽 象 化 の 方 向 性 に は 常 に 警 戒 を 示 し て お り、 具 体 個 別 の科学史に沈静することに重きを置いていたことが印象的である。 5 バ デ ィ ウ の 形 而 上 学 へ の 回 帰 と、 サ ラ ン ス キ の 形 而 上 学 へ の 回 帰 は、 時 期 的 に か な り 重 な っ て お り、 数 学 を 重 視 す る 点 な ど 共 通 点 も 多 い の だ が、 サ ラ ン ス キ に よ る バ デ ィ ウ の 評 価 は 厳 し い。 こ の あ た り の 関 係 を 明 晰 に す る 仕事が必要とされている。 を検討したりする余地があるのか、という根本的な疑問が根強く伏在し ている一方で、やはりわからないままそれに言及することで、サイエン ス・ウォーズの二の舞になることを恐れるという傾向がなかったとする ことは難しいように思われる。 サイエンス・ウォーズでもっとも批判にさらされたドゥルーズとラカ ンにあって、 彼らの自然科学への接近︵たとえばドゥルーズの場合、 ﹃差 異と反復﹄や﹃千のプラトー﹄など︶は、実のところダイレクトなもの で は な く て、 エ ピ ス テ モ ロ ー グ の 仕 事 を 介 し た も の が ほ と ん ど だ っ た。 私が具体的にわかるのはドゥルーズだけなのでドゥルーズについて述べ るが、ドゥルーズが参照しているエピステモローグは、たとえば﹃差異 と反復﹄ではヴュイユマン、 ロトマン、 シモンドン、 カンギレム、 バシュ ラール、コイレを含め、多くの論者を挙げることができる。ドゥルーズ は、これらのエピステモローグの仕事を︵確かにある部分では不正確に ではあるが︶参照することで、 はじめて多様体や特異点、 数学の生成や、 ガロワ理論、 コーシーの極限概念などへの言及が可能になっている︵ ﹃千 の プ ラ ト ー﹄ で は こ れ ら に 加 え て セ ー ル へ の 言 及 が 多 く な っ て い る ︶。 その記述の中には、 A・ソーカルと J・ブリクモンの﹃知の欺瞞﹄のな かで実際に指摘されている誤り︵たとえば、テイラー展開およびローラ ン展開についての初歩的なことなど︶がたしかにある。これは参照元の エピステもローグの誤りというよりも、 参照元のテキストによりながら、 自身のテキストを構築していくドゥルーズによってもたらされた誤りと 言わざるを得ないところがあり、このような認識の誤りが文意を理解し にくくしているという点について率直に認めなければならない。 ただし、 ドゥルーズがやろうとしたことは、 たしかにエピステモロジー「金森修の科学思想史と哲学研究にとっての科学思想史の役割」 一〇五 を実践したうえでのことではないかもしれないが、しかしエピステモロ ジーの成果を踏まえたうえで、それからある種の形而上学︵どの種の形 而上学なのか、という問いは可能であり、これについては内在の形而上 学だと私は答えることになる︶へと飛躍することであったとみることが できるように思われる。このことは、エピステモロジーの内部において は、非常に慎重だったヴュイユマンにおいてはじめて八〇年代以降︵特 に﹃ 哲 学 体 系 と は 何 か ﹄﹃ 偶 然 と 必 然 ﹄ な ど に よ っ て ︶ 開 始 さ れ た に も かかわらず十分に実現されたとは言えず、ラルジョーにおいて道半ばで 頓挫したものを先取りするようなものだったとも言える。ドゥルーズが エピステモロジーと形而上学という関係を考えるうえで参考にしたのは ベルクソンだったわけだが、この点に立ち戻って今一度、エピステモロ ジーと形而上学との関係について考え直す必要があるのではないだろう か。
7.サイエンス・ウォーズにおいてなにが得られ、
なにが失われたのか(収支決算報告)
。
サイエンス・ウォーズにおいて哲学の分野でえられたことは︵もちろ ん哲学以外の分野、たとえば文芸評論とか文化理論とかではまた違うか も し れ な い が ︶、 お お よ そ 以 下 の こ と だ ろ う。 専 門 外 の と く に 科 学 的 知 識などについては参照元に依拠して言及する場合にも慎重を期さねばな らないということ。そのような箇所をもとに第三者︵たとえばドゥルー ズ研究者が︶がなにか議論を立てるときには、その参照元に戻って議論 が成立していることを確認したうえで、論じなければならないこと。こ のようなミスが致命的に議論全体を崩壊させる場合︵ドゥルーズにかん してはほとんどこういうものはないように思われるが︶は、論自体を取 り下げ、そうでない場合は版を改める際に訂正するべきであること︵そ れ が で き な い 場 合 に は、 そ の 研 究 者 が そ れ を す る こ と ︶。 い ず れ も 常 識 的な範囲の教訓にとどまるように思われる。 それにたいして失ったことは、科学について哲学者が、独自の観点か ら研究する機運をそいだこと。形而上学を確立するにあたって、同時代 の科学との関係を研究し考慮することを、哲学を研究するものにとって リスクであると感じさせたこと。哲学を文系と呼ばれる檻に閉じ込める か、 逆 に 自 然 科 学 の な か に 包 摂 す る か の 疑 似 的 な 二 択 が 迫 ら れ た こ と。 こういったことである。しかし、エピステモロジーが現代においてなお 意味のあるものとして復活する可能性があるとすれば、これらのスティ グマを乗り越えたところに見出されるのではないだろうか。8.既存の科学哲学との違いについてのいくつか
エ ピ ス テ モ ロ ジ ー と 既 存 の 科 学 哲 学 と の 違 い に つ い て 述 べ る と す れ ば 6 、 ま ず 言 え る の は、 エ ピ ス テ モ ロ ジ ー は 言 及 す る 科 学 領 域 の 主 張 や 6 エ ピ ス テ モ ロ ジ ー と 英 語 圏 の 科 学 哲 学 と を 分 け る と い う 発 想 と は 別 に、 そ れ を 統 合 す る と い う 発 想 も あ る。 現 代 の フ ラ ン ス に お い て は、 そ れ ら の 特 徴 を わ け つ つ、 ゆ る や か に 統 合 す る と い う 方 向 が 主 流 で あ る よ う に 思 わ れ る︵ た と え ば、 そ の 媒 介 と な る の は ヴ ィ ト ゲ ン シ ュ タ イ ン 研 究 ︵ Bouveresse1988 ︶ や カ ル ナ ッ プ 研 究︵ Granger1992 ︶、 あ る い は 認 知 科 学 の 哲学︵ Bouveresse et al. 2004, Salanskis2000 ︶な どであ るだろ う︶ 。た だ、私 と し て は、 こ こ で 述 べ る エ ピ ス テ モ ロ ジ ー の 特 徴 に よ っ て、 も し そ れ ら が近 藤 和 敬 一〇六 概念を正当化したり、その領域内部で議論されている基礎的な概念をめ ぐる論争を整理してその交通整理を図ったり、科学的方法なるものの一 般論を論理学などを用いて構築したりすることには、ほとんど関心がな い、ということである。エピステモロジーはその対象とする領域の学説 や論争や歴史を執拗に細部にわたって追いかけることがあるが、その根 本的な関心は、個別科学史の実証的記述でもなければ︵それは二次的な 関 心 で あ り、 あ く ま で 副 産 物 で あ る だ ろ う ︶、 自 身 の 研 究 が 当 該 科 学 分 野にその理論的で反省的な一部として組み込まれることでもない︵少な くともフランスにおいて、その両方は当該分野の科学者自身によってな され、 専門分化しないことのほうが多いのではないか︶ 。そうではなくて、 関心はもともと哲学の内部にあるものであって、その関心から生じる問 題に答えるためにこそ、当該分野の科学の歴史が紐解かれる︵ただしそ の哲学的関心が研究のなかであからさまに明示されることのほうが稀で はある。しかしたとえば、ロトマンの論文やシモンドンの論文にはそれ が 明 示 的 に 述 べ ら れ て い る こ と を み る こ と が 比 較 的 容 易 で あ る ︶。 だ か らそこにおいて、科学者と哲学者のあいだにはどこまでいっても決して 埋められないすきまがあることがエピステモローグには自覚されている のである。エピステモロジーにおいてその研究者は、科学の営みを探究 することで、その分野の研究動向に直接関わろうなどという望みをもつ 統 合 さ れ る 可 能 性 が あ る と す れ ば、 科 学 に か ん す る 問 題 関 心 や ト ピ ッ ク に お い て︵ た と え ば﹁ 科 学 的 実 在 論 ﹂ と か﹁ 悲 観 的 帰 納 法 ﹂ と か ︶ で は な く て、 形 而 上 学 あ る い は そ の 一 部 と し て の 心 身 問 題 と い っ た 哲 学 固 有 の 領 域 に お い て で は な い か と 考 え て い る。 こ の 点 も ま た エ ピ ス テ モ ロ ジ ー か ら 形 而上学へと進むことが必要であると考える理由のひとつである。 ことは稀であって︵セールやその弟子の P・レヴィは例外的かもしれな い ︶、 あ く ま で 関 心 は そ れ と は ま っ た く 関 係 し な い 哲 学 の こ と に 限 定 さ れているのである︵おそらくそうは見えないかもしれないが、カンギレ ムにおいてさえそうである。このことはグザヴィエ・ロートの著作にお いて非常に鮮烈に示されている︶ 。 だから既存の科学哲学との差異は明確である。エピステモロジーの関 心はあくまで哲学の問題系であり、それを探究する方法として、より一 般的に受容されている、哲学者の文献資料研究と同様に、科学者たちに よって書かれた文献の資料研究もおこなうのであり、科学の理論内実を 理解しようとするのは、哲学者の文献をよむうえで哲学の理論を理解し なければならないのと同様に、それをしなければ文献の読解ができない からである。哲学を科学の一部とするのでもなく、哲学を科学的実験に よって、あるいはそれを模した仕方でおこなうのでもなく、また科学者 のために哲学をするのでもなく、哲学をするために科学とも哲学同様に 向き合うというのが、本来のエピステモロジーの態度であり、本当のこ とをいえば、元来の哲学の姿ではないかとさえ私には思われる。
9.エピステモロジーと共創関係にありうる
あらたな形而上学の可能性について
このようなエピステモロジーと共創関係にある形而上学の可能性につ いて、ドゥルーズにしたがえば、それを最初に構想し実現したのは、ベ ルクソンだったということになる︵だからこそ、 一九 世紀末から 二〇 世 紀初頭にかけてのエピステモロジーの黎明期におけるエピステモロジー「金森修の科学思想史と哲学研究にとっての科学思想史の役割」 一〇七 と ベ ル ク ソ ン と の 関 係 の 解 明 は 重 要 な 課 題 に な り う る 7 ︶。 ド ゥ ル ー ズ は ある晩年のテキストで次のようなことを述べている。 ﹁ こ れ に 反 し て ベ ル ク ソ ン は 相 対 性 理 論 に、 持 続 の 新 し い 特 徴 の せ いでこの理論には欠けている形而上学を付与しようと望んでいたの である。そして傑作﹃物質と記憶﹄のなかでベルクソンは、脳につ いての科学的概念形成から、これに対しては彼は彼として大いに寄 与したのだが、記憶についての新しい形而上学の諸要求を引き出す のである。ベルクソンにとって、科学はけっして﹁還元主義的﹂で はないのであって、しかしそれどころか形而上学を正当な権利とし て要求する。形而上学がなければ科学は抽象的で、感覚または直観 を 奪 わ れ た ま ま で あ る だ ろ う。 今 日 ベ ル ク ソ ン を 継 承 す る こ と は、 例えば脳についての分子生物学によって発見された新しい図面、ダ イナミズムに連結する思考の形而上学的イマージユを構成すること 7 端 的 に 批 判 的 な 関 係 で あ っ た、 と す る の は 単 純 化 が す ぎ る だ ろ う。 た し か に、 ブランシュヴィックがベルクソンに批判的だったことは有名であるし、 エ ピ ス テ モ ロ ー グ で は な い が、 そ れ と か な り 近 い 関 係 に あ っ た ア ラ ン が ベ ル ク ソ ン に 批 判 的 で あ っ た こ と も 有 名 な 逸 話 で あ る だ ろ う。 ま た バ シ ュ ラ ー ル や カ ン ギ レ ム に よ る 批 判 も ま た 有 名 か も し れ な い。 し か し、 た と え ば ブ ラ ン シ ュ ヴ ィ ッ ク の 高 弟 で あ る カ ヴ ァ イ エ ス は、 ス ト ラ ス ブ ー ル 大 学 での哲学を学ぶ学生向け書誌情報 ︵一九三八 - 九年頃︶ で、 ブランシュヴィッ ク と 同 程 度 に は ベ ル ク ソ ン の 著 作 や 論 文 を 挙 げ て お り、 ベ ル ク ソ ン を 端 的 に 排 除 し よ う と い う 姿 勢 は ま っ た く み ら れ な い︵ む し ろ か な り 重 視 し て い る よ う に み え る ︶。 い ず れ に せ よ、 こ の 関 係 の 解 明 は 今 後 の エ ピ ス テ モ ロ ジーとベルクソン研究双方にとっての課題となるだろう。 で あ る。 思 考 に お け る 新 た な 連 鎖 と 再 連 鎖。 ﹂︵ ﹁ ベ ル ク ソ ニ ス ム へ の回帰 214 ︱ 215 ﹂︶ では形而上学はいかなるものであるべきだろうか。語の起源にあるア リ ス ト テ レ ス の﹃ 形 而 上 学 ﹄︵ タ・ メ タ・ タ・ ヒ ュ シ カ ︶ に 従 え ば、 そ れは﹁存在としての存在﹂の学であり、その限りで﹁第一哲学﹂である ︵ も ち ろ ん こ の 定 式 の 解 釈 そ れ 自 体 が 形 而 上 学 の 重 要 な 一 部 門 と な り う る だ ろ う が ︶。 も し そ う だ と す る と、 形 而 上 学 は、 自 然 学 に、 す な わ ち 現代の意味で言えば自然科学に最終的な根拠と基礎を与えるという意味 で、もろもろの自然科学には還元不可能な最上位にして究極の唯一不変 の学問であることになる。そのかぎりで、形而上学と自然科学は、同じ 方向を向いた秩序に属しており、まさにデカルトが﹁学問の樹﹂と呼ぶ 樹状の図で示したように、 すべての学問が伸び生え進展していく根幹に、 それらのすべてに必要な養分を供給するべきものとして形而上学が位置 付けられることになる。一般に、このような形而上学の位置づけのこと を﹁基礎づけ主義﹂と呼ぶ。 では、先に見たベルクソンが主張する︵とドゥルーズが言う︶形而上 学もまたこのような ﹁基礎づけ主義﹂ と呼ぶことのできるものだろうか。 そうではない。ベルクソンが哲学を営んだ一九世紀末から二〇世紀前半 のヨーロッパにおいては、自然科学の非基礎づけ主義的な主張がすでに 展開されはじめていた。自然科学は、もっぱら仮説形成と実験によって 検証と反証を繰り返しながら形而上学に依存することなく、それ自体で 自律的に進展するのであり、またその理論的な根幹となるのは、実体や 性質、因果法則といった古い形而上学的な諸概念ではなく、数学の諸理
近 藤 和 敬 一〇八 論という形で実現される形式の学であるのだ、と。そしてその形式の学 としての数学もまた、実体として数や空間を扱う学なのではなく、規約 的 な 公 理 系 に 基 づ い た 学 で あ る と み な さ れ る よ う に な っ て い た 8 。 ベ ル クソンは、このような科学の実証主義や規約主義の当時の隆盛をよく研 究 し て 知 っ て い た。 そ の う え で 彼 は 自 然 科 学 を 基 礎 づ け る の で は な く、 自然科学が知性一般から自然科学として強力な仕方で分化することで自 ら の も の と す る こ と の な く な っ た 知 性 一 般 に 含 ま れ て い た 別 の 方 向 性 を、形而上学として掬い上げることを考えたように私には思われる。こ れが空間の学としての自然科学にたいする持続の学としての形而上学と いう構想である。ベルクソンは﹃創造的進化﹄において、まさに進化の 過程において、このような分化が不可避に生じることを論証しようとし た。メカニックな知性と直観的知性は、進化の原始的段階においてはそ の両方が不十分にしか展開されないがゆえに曖昧な仕方で両立している が、はっきりと展開されるにつれて、その両立が困難になり、分化が進 んでいく。そして分化が進むことで、原始的段階とは異なる仕方でそれ らの異なる傾向性のバランスを再調整することが要請される。ベルクソ ンは同じことが人間の知性の歴史においても成立するのではないかと考 えていたふしがある。 一六 世紀以来の自然科学の発達にともなって、数 学的で空間的で均質的でメカニックな知性が分化し発達してきた。それ ゆえにこそ、それ以前とは異なる仕方で、その分化によって捨てられて きたもの、つまり持続や直観や特異性を中心とした知性を進展させるこ とで、そのバランスを再調整する必要があるのではないか。まさに現代 の形而上学の課題とはこのことではないのか︵主に﹃創造的進化﹄第二 8 このあたりの事情については、杉山一九九七を参照。 章 末 尾 お よ び 第 三 章 を 参 照 ︶、 こ れ が ベ ル ク ソ ン に よ る 現 代 の 形 而 上 学 の独自な構想であり、ここでドゥルーズによって指摘されていることで もあるだろう。だからベルクソンの構想する形而上学は ﹁基礎づけ主義﹂ と完全に手を切ったまったく新しい別様の形而上学であることになる。 このような新しい形而上学が現実にどのようなものであるのか、とい う問いはオープンであり、現にさまざまな試みがなされつつある。いず れにせよ、現代の日本においてなお哲学がエピステモロジーから引き継 ぐべきものがあるとすれば︵もちろん科学史あるいは科学思想史の中心 的 部 分 に お い て は ま た 別 だ と し て ︶、 こ の よ う な 科 学 と 形 而 上 学 と の 創 造的な関係を考えるためである、ということがひとつの重要な柱になる のではないだろうか 9 。 9 も う ひ と つ の 柱 と し て、 哲 学 史 の あ り か た 自 体 に た い し て、 エ ピ ス テ モ ロ ジ ー の 方 法 を 導 入 す る と い う こ と が 考 え ら れ る。 エ ピ ス テ モ ロ ジ ー の 方 法 と い う も の が 実 際 に あ る わ け で は な い が、 た と え ば も っ と も 応 用 可 能 な 抽 象 的 方 法 論 の ひ と つ と し て、 フ ー コ ー が 提 起 し た﹁ 考 古 学 ﹂ と﹁ 系 譜 学 ﹂ というものが挙げられるだろう。 またバシュラールの ﹁認識論的障害﹂ や﹁認 識 論 的 断 絶 ﹂ と い う 概 念 も 応 用 可 能 で あ る か も し れ な い。 た と え ば、 あ る 一 人 の 哲 学 者 の な か で の、 あ る い は あ る 学 派 や 系 統 の な か で の あ る 概 念 の 出現のありかたが、 どの時期にどのように変化し、 その理由がなんなのか、 と い う こ と を エ ピ ス テ モ ロ ジ ー の 方 法 を 応 用 し て 実 証 的 に 明 ら か に す る こ と は 可 能 で あ る だ ろ う。 そ の と き、 そ の 解 明 方 法 の 特 徴 と な る の は、 概 念 が 指 示 す る 内 容 を 実 体 視 す る こ と な し に、 む し ろ テ キ ス ト の な か に あ ら わ れ る そ の 概 念 の 存 在 様 態 そ れ 自 体 が 語 る こ と に 耳 を 傾 け、 そ れ に お の ず か ら 語 ら せ る と い う こ と に な る だ ろ う。 こ れ は こ れ と し て 哲 学 史 の 一 つ の 方 法として確立する可能性を秘めているのではないかと私は考える。 こ の 点 に 加 え て、 古 典 的 な 哲 学 史 研 究 の 方 法 と し て、 エ ピ ス テ モ ロ ジ ー
「金森修の科学思想史と哲学研究にとっての科学思想史の役割」
一〇九
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