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ヘイトスピーチ規制条例の憲法的研究

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【原著論文】

ヘイトスピーチ規制条例の憲法的研究

藤井 正希

憲法学研究室

Constitutional Study of the Hate Speech Regulation Ordinances

Masaki FUJII

Constitution

Abstract

After the country enacted the Hate Speech Regulation law, many local governments enacted the Hate Speech Regulation Ordinances. Among them are ordinances that take a stricter attitude toward hate speech than national law. A representative example is the Kawasaki City Ordinance. This ordinance has the first criminal penalty for hate speech in Japan. This ordinance is extremely noteworthy. This paper aims to point out the ideal hate speech regulation Ordinance by comprehensively and critically studying the hate speech regulation Ordinances from a constitutional point of view.

キーワード:ヘイトスピーチ,条例,憲法,表現の自由,適正手続

1. はじめに ― 本稿の目的と構成

近年、日本において在日韓国朝鮮人に対するヘイトスピーチが大きな社会問題の一つとなっている。 とりわけ、東京でいえば新大久保、大阪でいえば鶴橋に代表されるコリアンタウンの中に多く住んで いる在日韓国朝鮮人に対する不特定多数人による“デモ”という形態でのヘイトスピーチや、刑事・ 民事の裁判でも争われた右派系市民団体の活動家による京都朝鮮学校に対する侮蔑的発言を伴う校門 前での示威活動(1)などは、多くの人に知られているところである。そのようななかで、ヘイトスピ ーチをいかに規制すべきかについて学説や実務において激しい議論がなされ、賛否両論のもと、ヘイ トスピーチを規制する初めての法律である、いわゆるヘイトスピーチ解消法が 2016(平成 28)年に成 立・施行された。同法については後に詳しく見ていくが、同法はヘイトスピーチの定義を定め、ヘイ トスピーチを違法とはするものの、ヘイトスピーチの解消に向け、基本理念や国・地方自治体の責務 を明らかにして、基本的施策を推進することを目的とした理念法にとどまり、それゆえ罰則規定を持

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たない点に最大の特徴がある。 そして、国がヘイトスピーチ解消法を制定するのにあわせて、多くの地方自治体でもヘイトスピー チを規制する条例がつくられていった。例えば、ヘイトスピーチに関する全国最初の条例である大阪 市ヘイトスピーチ条例は、国のヘイトスピーチ解消法にさきがけて制定されており、その後も、東京 都や川崎市をはじめ、大阪府、東京都世田谷区、東京都国立市、兵庫県神戸市、香川県観音寺市等で ヘイトスピーチ規制条例が制定されている。なかでも 2019(令和元)年 12 月に可決・成立した川崎 市の条例は、ヘイトスピーチに対する禁止規定を設けるとともに、全国で初めてヘイトスピーチに対 して刑事罰(最大 50 万円の罰金)を科しうるとした条例であり、きわめて注目に値する。この条例の 運用状況は全国的な注目の的になるとともに、今後、同条例については激しい議論が予想される。本 稿は、このようなヘイトスピーチ規制条例を憲法的な観点から総合的、批判的に研究することによっ て、その問題点を指摘し、あるべきヘイトスピーチ規制条例を提示することを目的とする。 この点、具体的な構成としては、まず、①ヘイトスピーチがいかに悪質であり、それゆえ早急な規 制が必要であるかを見る。しかし、②憲法的観点から考えた場合、ヘイトスピーチを規制することは そう簡単なことではなく、様ざまな困難がともなうことをつぎに確認する。そしてそれらを踏まえて、 ③これまで順次、制定されてきたヘイトスピーチに対する法的規制を検討していく。具体的には、(1) 国のヘイトスピーチ解消法をベースにして、(2)地方自治体のヘイトスピーチ規制条例につき、㋐大阪 市、㋑東京都、㋒川崎市、㋓大阪府、㋔東京都世田谷区、㋕東京都国立市、㋖兵庫県神戸市、㋗香川 県観音寺市等を取り上げていく。その際には、前述したように、全国最初の条例であり、ヘイトスピ ーチ解消法にさきがけて制定された大阪市ヘイトスピーチ条例と、全国で初めてヘイトスピーチに対 して刑事罰を科しうるとした川崎市ヘイトスピーチ条例がポイントになる。各自治体のヘイトスピー チ規制条例を憲法的な観点から批判的に見ていきたい。本稿のようにヘイトスピーチ規制条例に焦点 をあて、それらを憲法的な観点から総合的に研究する論考はほとんどなく、その点でも意義があろう。 さらに、④大阪市ヘイトスピーチ規制条例の合憲性が争われた訴訟についての大阪地裁判決(2020 [令和 2]年 1 月 17 日)を検証する。筆者の知る限り、本判決はヘイトスピーチ規制条例の合憲性に 関して裁判官が下した最初の判決だと思われるが、多くの憲法的論点が争点となっており、きわめて 示唆に富むものとなっている。すなわち、具体的には、同条例が(1)憲法 21 条 1 項(萎縮的効果論、 漠然・不明確ゆえに無効の法理、過度に広汎ゆえに無効の法理)、(2)憲法 13 条(プライバシー権と人 格権)、(3)憲法 31 条(罪刑法定主義[刑罰法規の明確性の原則]、適正手続の原則[告知と聴聞を受 ける権利])、(4)憲法 94 条(法律と条例の矛盾・抵触)等に違反し無効であるかどうかについて争わ れているが、これらの争点のなかでもっとも重要な(1)憲法 21 条 1 項の問題について詳しく見ていく。 そして、最後に、ヘイトスピーチ規制条例や大阪地裁判決の問題点を踏まえて、⑤あるべきヘイトス ピーチ規制条例の具体的な姿を提示することを目指す。その際には、表現の自由(憲法 21 条)と適正 手続の原則(憲法 31 条)に最大限、配慮しなければならないが、ヘイトスピーチに刑事罰を科すこと の可否、その合憲性がもっとも重要な問題となる。

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2. ヘイトスピーチの悪質性と規制の必要性

近年、日本において盛んにおこなわれるようになった在日韓国朝鮮人に対するヘイトスピーチはき わめて悪質性が高い。例えば、2013(平成 25)年の 2 月上旬、新大久保のコリアンタウンの繁華街で かかるヘイトスピーチ・デモがあり、「不逞朝鮮人を死ぬまで追い込むぞ」「朝鮮人をガス室に送れ」 「朝鮮人を殺せ、殺せ」「ゴキブリ」「日本からたたき出せ」等のシュプレヒコールをしながら男女を 問わず 100 人以上の人びとが行進した。その際には、「朝鮮人を一匹残らず殲滅せよ」「良い韓国人も 悪い韓国人もどちらも殺せ」等のプラカードが掲げられ、多くの日の丸や旭日旗が振られた。参加者 の多くは、在日韓国朝鮮人の排斥を目的とするインターネットのホームページ掲示板における告知を 見て集まったものであるが、これまでの既存の右翼団体の街宣や集会等とは異なり、普通の一般市民 が多いのがきわめて特徴的であった。 筆者は実際のヘイトスピーチ・デモを現場で見たことはないが、インターネットの動画投稿サイト 等で見ることができる範囲だけでも強い嫌悪感、恐怖感、絶望感を感じざるをえなかった。このよう な特定の民族や国籍の人びとを差別、侮辱、排斥するヘイトスピーチは、対象者の人間としての尊厳 を傷つけ(憲法 13 条前段・個人の尊厳)、いちじるしい人権侵害となりかねない。また、ヘイトスピ ーチを容認するならば、人びとに差別意識を生じさせ、“多文化共生社会”(民族や国籍の異なる人び とが、互いの文化的な違いを認め合い、対等な関係を築きながら共に生きていける社会)の実現を困 難にするだけでなく、民主主義(憲法前文、43 条)を根底から揺るがしかねない。このようなヘイト スピーチ・デモに対しては、それに反対し、阻止しようとする、“カウンター・デモ”も自然発生的に うまれ、それなりの効果を発揮しているとは言われている(2)。確かに、表現の自由(憲法 21 条)の 根底にある“思想の自由市場”の考え方からすれば、やはり「言論には言論で」対抗させるのが本来 のあるべき姿であることはもちろんである(対抗言論の法理)。しかし、前述したような憎悪に満ちた、 聞くにたえない言葉を絶叫しながら威圧的に行進するデモや集会に対して言論による反論を試みるこ とは一般的には非常に困難であり、効果も限定的にとどまる。それのみでこのようなヘイトスピーチ を根絶することは不可能に近いであろう[師岡 2013:166-168]。また、2017(平成 29)年 10 月に内 閣府が実施した「人権擁護に関する世論調査」によれば、「あなたはヘイトスピーチを伴うデモ、集会、 街宣活動等を知っていますか」という設問に対して、「知らない」と回答した者が 42.6 パーセントに 上っている(3)。この点、筆者も地方在住(群馬県)であるが、日常生活でこのようなヘイトスピー チに出会うことは皆無であり、自分で意識的に見ようとしなければ見ることができない現実なのであ る。よって、まずは「ヘイトスピーチについて知ってもらう」ことから始めなければならず、その問 題意識を共有すること自体が現状では一般的にかなり困難といえる。そこで何らかの法的な規制が必 要とならざるをえないのである(4)

3. ヘイトスピーチ規制の困難性

そもそもヘイトスピーチの言語学意味を考えると、ヘイト(hate、[怒りや憎しみを覚えるほど]ひ

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どく嫌う)+スピーチ(speech、話すこと・発言)なのだから、“憎悪表現”ということになり、通常、 そのように定義されている。しかし、ヘイトスピーチをその原義の通りに考えて規制をするならば、 単に憎しみを表す言葉や相手を誹謗中傷する表現一般が広く規制されることになってしまい、表現の 自由(憲法 21 条)を侵害することになりかねない。すなわち、何らかの悪口を言うことがすべてヘイ トスピーチとして規制の対象になってしまうのである。そこで、実際にはもっと意味を限定して使用 されている。すなわち、「人種や国籍、民族、ジェンダーなど特定の属性を有する集団をおとしめたり、 差別や暴力行為をあおったりする侮蔑的表現」として、ヘイトスピーチという言葉が使われるのが通 例である。 しかし、そのように意味を限定したとしても、かなり広範な言論が規制の対象になり、表現の自由 への悪影響を危惧せざるをえない。とりわけそれが政治的な言論の場合には、民主主義にも大きな影 響を与えることになる。例えば、現在、沖縄県宜野湾市にある在日米軍・海兵隊の軍用飛行場である 普天間基地を名護市辺野古に移設する計画が多くの沖縄県民の反対にもかかわらず着々と進行してい る(普天間基地移設問題)。その際、移設に反対する市民が「アメリカ兵はさっさと日本から出ていけ!」 と叫ぶこともヘイトスピーチになりかねない。あるいは、中国は、香港での反体制活動を禁じる国家 安全維持法を制定し、一国二制度に反する香港への不当な弾圧を続けているが(香港問題)、それに対 して「侵略者の中国はさっさと香港から出ていけ!」と叫ぶこともヘイトスピーチになりかねない。 表現の自由は萎縮的効果(チリング・イフェクト)(5)をもっとも嫌うデリケートな人権であることか ら、概念の厳格かつ明確な限定は必要不可欠なのである(6) また、ヘイトスピーチの概念をいかに明確に限定したとしても、その表現がヘイトスピーチかどう かを判断するのは第一次的には行政(具体的には役所や警察)という権力側であり、その判断が正し くなされる保証はない。そのような場合、権力者が自らの権力を維持・強化するために判断権を恣意 的、濫用的に行使することは、過去にたびたび繰り返されてきたのである。それゆえ、その判断に市 民の意見を反映させたり、市民に異議申立を認めたりする等、適正手続(憲法 31 条)の観点からの保 障も必要不可欠となる。前述した民族や国籍の異なる人びとが、互いの文化的な違いを認め合い、対 等な関係を築きながら共に生きていける多文化共生社会の実現を目指す立場からすれば、ヘイトスピ ーチの存在は決して容認できず、ヘイトスピーチの根絶は喫緊の課題となる。しかし、どのようにそ れを達成していくのかという点については、多くの問題点や意見の相違があり、そう簡単ではないの である[小谷 2014:90-104]。

4. ヘイトスピーチ解消法

日本において、ヘイトスピーチを規制する初めての法律である「本邦外出身者に対する不当な差別 的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(以下、ヘイトスピーチ解消法)は、2016(平成 28) 年 5 月 24 日に衆議院本会議で可決・成立し、同年 6 月 3 日に公布・施行された(7)。本法はわずか全 7 か条の短い法律であり、構成としては、前文に続き、第 1 章 総則として、第 1 条 目的、第 2 条 定

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義、第 3 条 基本理念、第 4 条 国及び地方公共団体の責務が、さらに第 2 章 基本的施策として、第 5 条 相談体制の整備、第 6 条 教育の充実等、第 7 条 啓発活動等が規定され、最後に附則がつけられて いる。 この点、本法の具体的な内容は以下の通りである。すなわち、①近年、本邦外出身者を地域社会か ら排除することを煽動する不当な差別的言動が行われ、多大な苦痛を強いるとともに、地域社会に深 刻な亀裂を生じさせ、これを看過することは、国際社会における日本の地位からしてもふさわしいも のではない。そこで、このような言動が許されないことを宣言するとともに、人権教育と人権啓発な どを通じて、国民に周知を図り、理解と協力を得つつ、このような言動の解消に向けた取組を推進す べく、この法律が制定された(前文)。②この法律は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消 が喫緊の課題であることにかんがみ、その解消に向けた取組について、基本理念や国等の責務を明ら かにするとともに、基本的施策を推進することを目的とする(1 条)。③「本邦外出身者」を「専ら本 邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの」とした上 で、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」を「本邦外出身者に対する差別的意識を助長し又は誘 発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し又は本邦外 出身者を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外 出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動」と定義する(2 条)。例えば、法務 省ホームページによると、(1) 特定の民族や国籍の人びとを、合理的な理由なく、一律に排除・排斥 することをあおり立てるもの(「○○人は出て行け」、「祖国へ帰れ」など)。(2) 特定の民族や国籍に 属する人びとに対して危害を加えるとするもの(「○○人は殺せ」、「○○人は海に投げ込め」など)。 (3) 特定の国や地域の出身である人を、いちじるしく見下すような内容のもの(特定の国の出身者を、 差別的な意味合いで昆虫や動物に例えるものなど。「○○人はゴキブリだ」)がこれにあたるとされて いる。なお、本条にいう「不当な差別的言動」は、デモや街宣等における発言といった一定の表現態 様に限定されるものではなく、例えば、プラカードに書かれた文字やインターネット上の書き込みな どを含むと解されている。 ④本邦外出身者に対する不当な差別的言動について、国民は、その解消への理解を深めるとともに、 これがない社会の実現に寄与するよう努めなければならない(3 条)。⑤国は、その解消に向けた取組 を実施するとともに、地方公共団体が実施する取組を推進するために助言などの必要な措置を講ずる 責務を有する(4 条 1 項)。また、地方公共団体は、その解消に向けた取組に、国との役割分担を踏ま え、地域の実情に応じた施策を講ずるよう努める(4 条 2 項)。⑥国は、相談に応じ、紛争の防止や解 決を図ることができるよう、体制を整備するとともに(5 条 1 項)、これを解消するための教育活動、 その理解を深めるための広報などの啓発活動を実施し、必要な取組を行う(6 条 1 項、7 条 1 項)。ま た、地方公共団体は、国との役割分担を踏まえ、地域の実情に応じ、相談、体制整備とともに(5 条 2 項)、教育活動、広報・啓発活動等を実施し、必要な取組を行うよう努める(6 条 2 項、7 条 2 項)。⑦ 不当な差別的言動にかかる取組については、施行後における本邦外出身者に対する不当な差別的言動

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の実態等を勘案し、必要に応じ、検討が加えられるものとする(附則 2 項)。 このように、当該ヘイトスピーチ解消法は、ヘイトスピーチの定義を定め、ヘイトスピーチが許さ れないことを宣言するとともに、国民がヘイトスピーチを解消することの必要性に対する理解を深め るよう努めることを基本理念にし、また、国や地方公共団体の責務を明らかにし、ヘイトスピーチの 解消に向けて、相談体制の整備や教育、啓発活動等を推進することを目的としている。確かに、本法 はヘイトスピーチ対策に特化した法律がないという法体系の不備を補うものであり、肯定的に評価す る見解も多い。しかし、特に強力なヘイトスピーチ規制を望む立場からは、批判も少なくない。すな わち、①本法は取締法ではなく理念法であり、ヘイトスピーチの行為者に対する罰則規定がない。② 本法がヘイトスピーチの対象を本邦外出身者に限定している点は狭すぎる。これでは例えばアイヌ民 族や LGBT に対するヘイトスピーチはまったく規制外となる。③前述したように本法では、具体的に は「○○人は出て行け」、「祖国へ帰れ」、「○○人は殺せ」、「○○人は海に投げ込め」、「○○人はゴキ ブリだ」等の言葉が規制の対象になるが、その範囲が適切なのか疑問である。④本法は、教育や啓発 という非権力的な方法で対策を定めているが、そもそも国家が有効・適切に国民に対する教育や啓発 をおこなうことができるのか疑問がある。⑤国家がおこなうべき教育や啓発の具体的内容が何ら示さ れてはいない。⑥近時は、インターネット上のヘイトスピーチも大きな問題となっていることから、 インターネット上の表現にも適用されることを明示した上で、個別の対策を規定すべきである。以上 の諸批判にかんがみるならば、本法の実効性については多分に疑問を持たざるをえないであろう(8)

5. 地方自治体のヘイトスピーチ規制条例

5.1. 大阪市条例 「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」は、前述した通り、ヘイトスピーチに関する全国 最初の条例で、へイトスピーチ解消法に先行して制定されている(2016[平成 28]年 1 月 18 日公布・ 施行)。本条例は、ヘイトスピーチについて法律とは異なる独自の定義をさだめるとともに、ヘイトス ピーチの拡散防止措置、ヘイトスピーチに該当する旨の公表の規定を置いている。まず、本条例が対 象とするヘイトスピーチについては、人種・民族にかかる特定の属性を有する個人・集団に対する一 定の表現活動とし、①目的(社会から排除すること、権利・自由を制限すること、または明らかに憎 悪・差別の意識もしくは暴力をあおること)、②態様(相当程度侮辱もしくは誹謗中傷すること、また は脅威を感じさせること)、③発信対象が不特定多数であるかどうかの 3 つの要件のいずれにも該当す るものとしている(2 条)。また、インターネットで動画などを公開した場合も含み、市域外で行われ た行為であっても市民等に関するものは含まれ、さらに、法律が本邦以外の出身者およびその子孫の みを対象としているのに対して、本条例は本邦出身者も対象になりうるとしている。 市長は、ヘイトスピーチに該当する表現活動に対して、「事案の内容に即して当該表現活動に係る 表現の内容の拡散を防止するために必要な措置」をとるとともに(9)「当該表現活動がヘイトスピー チに該当する旨、表現の内容の概要及びその拡散を防止するためにとった措置並びに当該表現活動を

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行ったものの氏名又は名称」を原則として公表する(5 条 1 項)。ただし、ヘイトスピーチに該当する と認める場合にはあらかじめ審査会の意見を聴かなければならない(6 条 1 項)。さらに、「公表をし ようとするときは、あらかじめ、当該公表に係るヘイトスピーチを行ったものに公表の内容及び理由 を通知するとともに、相当の期間を定めて、意見を述べるとともに有利な証拠を提出する機会を与え なければならない」(5 条 3 項)。その際、審査会は、関係人に対し、「相当の期間を定めて、書面によ り意見を述べるとともに有利な証拠を提出する機会を与えなければならない」(9 条 2 項)。この点、5 条(拡散防止の措置及び認識等の公表)や 6 条(審査会の意見聴取)の措置及び公表は、「市民等の人 権を擁護することを目的として実施されるものであることに鑑み、国による人権侵犯事件に係る救済 制度等による救済措置を補完することを旨としつつ、同救済制度等と連携を図りながら実施されなけ ればならない」(4 条)。また、「この条例の適用に当たっては、表現の自由その他の日本国憲法の保障 する国民の自由と権利を不当に侵害しないように留意しなければならない」(11 条)。 大阪市のホームページには、「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」の制定目的(1 条)に ついて、以下のような記述がある。「ヘイトスピーチは、人々に不安感や嫌悪感を与えるだけでなく、 人としての尊厳を傷つけ、差別意識を生じさせることにつながりかねないものです。条例は、『大阪市 人権尊重の社会づくり条例』に基づき人権施策を積極的に推進している本市として、ヘイトスピーチ は許さないという姿勢を明確にすることによって、人種、民族を問わず、市民等の人権をヘイトスピ ーチから擁護し、その抑止を図ることを目的としています。条例は、ヘイトスピーチを禁止するとい った表現活動への直接的な規制や義務付けを行うのではなく、憲法で保障された表現の自由等にも十 分に配慮し、市民等の人権擁護、ヘイトスピーチの抑止に向け、現行の法制度のもとでとり得る措置 等を定めています」。このように本条例が表現の自由にも十分配慮したものであることが強調されてい る。また、同ホームページによると、2019(令和元)年 12 月 27 日、大阪市は本条例にもとづいて、 市民に対する悪質なヘイトスピーチをおこなったと認定した 2 名の氏名や表現内容の概要を公表した。 いずれもインターネットのウェブサイト上でのヘイトスピーチであり、同様の条例を持つ自治体のな かでも初めての実名公表である。市は公表にあたって「当該表現の内容はヘイトスピーチに該当する ものであるが、当該内容を一般市民に周知することによって、ヘイトスピーチの問題に関する一般市 民の理解を促進し人権意識をより一層高揚させ、ヘイトスピーチの抑止につなげるとともに、本市が 条例に基づき公正にヘイトスピーチに該当すると認定したことを示す観点から公表するもの」と付記 している。しかし、両名は排外的な右翼団体の代表者やインターネットサイト運営者であり、実名等 の公表にどれだけの実際的な効果があるのか、むしろ行為者の自己顕示欲を満たし、仲間内でのヒー ローにしてしまうのではないかとの疑問もある[田島 2019:150-162](10) 5.2. 川崎市条例 「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」は、前述した通り、ヘイトスピーチに対する禁止 規定を設けるとともに、ヘイトスピーチに対して刑事罰を科しうるとした全国最初の条例である(2019

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[令和元]年 12 月 16 日公布・施行)(11)。条例名が示しているように、本条例は、ヘイトスピーチ に特化したものではなく、人種、国籍、民族、信条、年齢、性別、性的指向、性自認、出身、障害等 の人権全般を見すえ、不当な差別のない人権尊重のまちづくりを推進するためのものと位置づけられ ている。それゆえ、そのための市の責務、市民および事業者の責務、不当な差別的取扱いの禁止、人 権施策推進基本計画の作成、人権教育・人権啓発などの規定も置いている。 本条例は、対象とするヘイトスピーチをヘイトスピーチ解消法 2 条に規定する「本邦外出身者に対 する不当な差別的言動」(2 条 2 号)としているが、そのうち、条例で禁止される行為は、最終的に罰 則が適用されることを踏まえて、①市の区域内の道路、公園、広場その他の公共の場所において、② 拡声機の使用、看板・プラカード等の掲示またはビラ・パンフレット等の配布により行われる、③居 住する地域からの退去の煽動・告知、生命・身体・自由・名誉・財産への危害の煽動・告知および人 以外のものにたとえるなどのいちじるしい侮辱に限定している(12 条)。そして、12 条の禁止行為を し、またはさせた者に対して、市長は、まず同様の違反行為をおこなってはならない旨の「勧告」を する。その勧告に従わない場合には、つぎに同様の違反行為をおこなってはならない旨の「命令」を する。さらに、その命令にも従わない場合には、氏名、住所、命令の内容等、規則で定める事項の「公 表」をおこなう。また、それとともに、「50 万円以下の罰金」を科すことができる(23 条)(12)。違 反者が法人等の場合には、行為者を罰するほか、法人等も罰する(いわゆる両罰規定。24 条)。すな わち、1 回目の違反行為に対して「勧告」を、2 回目の違反行為に対して「命令」を、3 回目の違反行 為に対して「公表」と「罰金」を科すという、3 段階の手続きを取っている。勧告や命令、公表をす る場合、市長はあらかじめ「川崎市差別防止対策等審査会」の意見を聴かなければならない(13 条~ 15 条)。 これに対して、インターネット上の行為(市の区域内の行為および市の区域外の行為であっても市 民等を対象にしたもの等)については、禁止行為(12 条)や罰則(23 条)の対象とはせず、別な手続 きとして、市長が「拡散防止措置」を講じ、その旨等を原則として「公表」する。インターネット上 の書き込みを罰則の対象外としたことには批判もある。この場合にも、あらかじめ川崎市差別防止対 策等審査会の意見を聴かなければならない(17 条)。この点、同審査会は、審査に際して、その対象 となっている者に対し、「相当の期間を定めて、書面により意見を述べる機会を与えることができる」 (19 条 2 項)。そして、本法は、表現の自由等の人権を侵害しないように「この章の規定の適用に当 たっては、表現の自由その他の日本国憲法の保障する国民の自由と権利を不当に侵害しないように留 意しなければならない」との配慮規定を置いているとともに(20 条)、公の施設の利用許可等の基準 に関する規定も置いている(16 条)(13)。本条例の効果については、今後、注視する必要があろう[師 岡 2019:163-176](14) 5.3. 東京都条例 「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」は、大阪市条例に続

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いてヘイトスピーチに関して拡散防止措置や公表等をさだめた条例であるが、条例名が示しているよ うに、ヘイトスピーチに特化したものではなく、オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実 現を目指すことを目的としている(2018[平成 30]年 10 月 15 日公布・施行)。全体で 3 章から構成 されて、1 章は条例の目的や都の責務等を、2 章は「多様な性の理解の推進」として性自認や性的指向 を理由とする差別解消等に関する条項を、3 章は「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に 向けた取組の推進」としてヘイトスピーチに対する措置等を規定している。この点、対象となるヘイ トスピーチは、法律 2 条に規定する「不当な差別的言動」とし(8 条)、大阪市条例とほぼ同様の、ヘ イトスピーチの拡散防止措置、ヘイトスピーチに該当する旨等の公表等の規定を置いている。すなわ ち、知事は、ヘイトスピーチに該当する表現活動に対して、拡散防止措置をとるとともに、当該表現 活動の概要等を原則として公表する(12 条 1 項)。ただし、ヘイトスピーチに該当すると認める場合 には、あらかじめ審査会の意見を聴かなければならない(13 条 1 項)。その際、審査会は、表現活動 を行った者に対し、「相当の期間を定めて、書面により意見を述べる機会を与えることができる」(16 条 2 項)。また、表現の自由への配慮規定を置いている(18 条)。対象となる表現活動には、インター ネットによるものを含むし(9 条 2 項)、都民等に関するものであれば都の区域外で行われたものも対 象にする(12 条 1 項)。さらに、「公の施設の利用制限について基準」を定める旨の規定も置いている (11 条)。 5.4. 大阪府条例 「大阪府人種又は民族を理由とする不当な差別的言動の解消の推進に関する条例」(2019[令和元] 年 11 月 1 日公布・施行)を制定するにあたり、大阪府は、条例制定の背景・必要性として、「ヘイト スピーチ解消法施行後、全国的に見れば減少傾向にはあるものの、依然として、特定の外国人等を排 斥する不当な差別的言動が見受けられ、特に、インターネットを利用した悪質な事象が発生している」 こと、および、「府では、全ての人が人間の尊厳と人権を尊重し、人種や民族の違いを認め合い、暮ら すことのできる共生社会の実現をめざし、様々な施策を推進してきたが、いまだに特定の人種や民族 の人々を排斥する差別的言動が行われ、人々に不安感や嫌悪感を与えるだけでなく、人としての尊厳 を傷つけ、また、差別の意識を生じさせる事態を引き起こしている」ことを指摘し、「今後、ヘイトス ピーチの解消に向けた取組を、一層進めていくことが重要」と述べている。それゆえ、「ヘイトスピー チを禁止する条例を制定し、ヘイトスピーチは許さないという府の決意を府民に見える形で示すこと により、府民一人ひとりが共に社会の一員として解決すべき課題であるとの共通認識の下、ヘイトス ピーチを解消していく機運を醸成する」ことにより、「共生社会の実現をめざす」としている。 この点、大阪府条例の概要はつぎの通りである。すなわち、①前文では、人種または民族を理由と する不当な差別的言動は許されないことを宣言し、さらなる人権教育・啓発を通じてその周知を図り、 府民の理解と協力を得つつ、不当な差別的言動の解消に向けた取組みを推進するとする。②1 条は、「人 種又は民族を理由とする不当な差別的言動の解消に向けた取組みについて、基本理念を定め、府、府

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民及び事業者の責務を明らかにするとともに、基本的施策を定め、これを推進し、全ての人が相互に 人種や民族を尊重し合いながら共生できる社会の実現に資する」ことを同条例の目的としている。③2 条は、禁止される「人種又は民族を理由とする不当な差別的言動」の定義を「人種若しくは民族に係 る特定の属性を有する個人又は当該個人により構成される集団(以下「特定人等」という。)に対する 憎悪若しくは差別の意識又は暴力をあおる目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に 危害を加える旨を告知し、又は特定人等を著しく侮蔑するなど、特定人等であることを理由として特 定人等を社会から排除することを扇動する不当な差別的言動」としている。国のヘイトスピーチ解消 法のように、対象を「本邦外出身者(外国人)」に限定していないのは、大阪府の条例が、広くヘイト スピーチの禁止を宣言して、許されない言動であることを社会に根づかせることを制定目的としてい るからである。④3 条は、「人種又は民族を理由とする不当な差別的言動の解消は、府民一人ひとりが 共に社会の一員として解決すべき課題であるとの認識の下、行われなければならないこと」を基本理 念として規定している。⑤4 条では府に対して、人種または民族を理由とする不当な差別的言動の解 消の推進に関する施策に取り組む責務を定めるとともに、5 条では府民に、6 条では事業者に対して、 人種または民族を理由とする不当な差別的言動の解消の必要性に対する理解を深め、府が実施する施 策に協力する責務を定めている。⑥7 条は、人種または民族を理由とする不当な差別的言動を禁止し ているが、罰則については、(1)罪刑法定主義という大原則からすれば、何が刑罰の対象になるのかを 厳格かつ明確に規定することが要請されるが、ヘイトスピーチが様ざまな形態を持ち、限定が困難な ことを踏まえると、罰則を科すことは適当でないこと、また、(2)ヘイトスピーチを取り締まるのが目 的ではなく、ヘイトスピーチは許されないという共通認識を社会に根づかせるという条例の制定目的 にかんがみれば、罰則を設けないほうが適当であることから、罰則規定は設けられていない。⑦8 条 は、不当な差別的言動の解消の推進に関する施策として、教育や啓発、相談の実施を要求している。 ⑧9 条は、条例の適用にあたって、表現の自由その他の日本国憲法の保障する国民の自由・権利を不 当に侵害しないような留意を要求している。 5.5. その他の条例 ヘイトスピーチに対する氏名の公表や刑罰、具体的な防止措置等を規定してはいないものの、本邦 外出身者や外国人に対する不当な差別の解消や禁止を図ることを目的の一つとする条例としては、以 下のようなものがある。 5.5.1 東京都世田谷区 「世田谷区多様性を認め合い男女共同参画と多文化共生を推進する条例」(2018[平成 30]年 3 月 6 日公布・同年 4 月 1 日施行)では、①国籍、民族等の異なる人びとへの差別的取扱いに関して、「何 人も、性別等の違い又は国籍、民族等の異なる人々の文化的違いによる不当な差別的取扱いをするこ とにより、他人の権利利益を侵害してはならない」(7 条 1 項)とするとともに、「何人も、公衆に表

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示する情報について、性別等の違い又は国籍、民族等の異なる人々の文化的違いによる不当な差別を 助長することのないよう留意しなければならない」(7 条 2 項)とし、不当な差別的取扱いを禁止して いる。そして、②区民または事業者は、「区の男女共同参画施策と多文化共生施策」が不十分あるいは 不適切な場合には、区長に対し苦情もしくは意見の申立、または相談をすることができ、その場合、 区長は、速やかに調査等を行い、必要に応じて適切な措置を講ずるものとされている(11 条)。その 際、苦情の申立等について、公正かつ適切に処理するため、区長の附属機関として「世田谷区男女共 同参画・多文化共生苦情処理委員会」が設置され、区は、必要に応じて、同委員会の意見を聞き、対 応を行うことになっている(12 条)(15) 5.5.2 東京都国立市 「国立市人権を尊重し多様性を認め合う平和なまちづくり基本条例」(2018[平成 30]年 12 月 27 日公布・翌年 4 月 1 日施行)では、①民族や国籍等を理由とした差別に関して、「何人も、人種、皮膚 の色、民族、国籍、信条、性別、性的指向、性自認、しょうがい、疾病、職業、年齢、被差別部落出 身その他経歴等を理由とした差別を行ってはならない」(3 条 1 項)とするとともに、「何人も、いか なる暴力(身体に対する不法な攻撃及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動をいう)も行っ てはならない」(同条 2 項)とし、不当な差別および暴力を禁止している。そして、②「市は、地域の 実情に応じて、国等の関係行政機関及び市民等と連携し、不当な差別の解消を始めとする人権救済の ために必要な措置を講ずるものとする」と規定し、その際、「国立市人権・平和のまちづくり審議会」 を設置して人権救済措置を講じることとしている(12 条)。しかし、具体的な市の取り組みとしては、 「学校教育、社会教育その他の生涯を通じたあらゆる教育の場において、豊かな人権感覚の育成と平 和意識の醸成のために必要な取組を行う」とか、「人権・平和のまちづくりの推進に関して、国内外及 び地域の実情に応じた啓発活動に努める」等の教育・啓発活動(13 条)、あるいは「くにたち平和の 日」や「くにたち平和推進週間」の制定(15 条)という一般的・総合的なものを規定するにとどまっ ている。 5.5.3 兵庫県神戸市 「神戸市外国人に対する不当な差別の解消と多文化共生社会の実現に関する条例」(2019[令和元] 年 6 月 18 日公布・翌年 4 月 1 日施行)は、①前文において、「外国人に対する不当な差別的言動をは じめとするあらゆる不当な差別を解消することはもとより、全ての市民がそれぞれの文化を尊重し合 い、共に生きる社会を構築することは、市民経済の発展と市民福祉向上のために極めて重要であるこ とから、その推進のためこの条例を制定する」と述べ、②「表現の自由その他の自由及び権利を保障 する日本国憲法を遵守しつつ、外国人に対する不当な差別を解消するとともに、それぞれの文化を尊 重し合い共に生きる多文化共生社会を構築するため、その取組について、基本的施策を定め、これを 推進すること」を目的としている(1 条)。そして、②市民の責務(3 条)、相談体制の整備(4 条)、

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教育の充実等(5 条)、啓発活動等(6 条)を規定している。本条例は、議員提案により制定されてい る。この点、国際港湾都市である神戸市における「外国人に対する不当な差別の解消」を主目的とし ている点できわめて特徴的な条例であり、特に「外国人に対する不当な差別的言動」の解消(前文) を強く意識したものとなっている。しかし、内容的には、やはり理念的・宣言的な条例と言わざるを えない。 5.5.4 香川県観音寺市 地方自治体が制定しているヘイトスピーチ規制条例のなかで、もっとも個性的で注目に値するもの のひとつが香川県観音寺市の「観音寺市公園条例」(2005[平成 17]年 10 月 11 日制定・2017[平成 29]年 6 月 29 日改正)である。観音寺市はヘイトスピーチ解消に向けた取り組みとして、観音寺市公 園条例を改正し、公園での禁止行為として「人種、国籍その他出自を理由とする不当な差別的取扱い を誘発し、又は助長するおそれのある行為をすること」(5 条 8 号)を追加し、違反した場合は「5 万 円以下の過料を科すこと」を規定した(22 条)。もともと同条例は、公園内における施設の損傷・汚 損、竹木の伐採・植物の採取、たき火等の危険行為に対して、5 万円以下の過料(行政上の秩序罰) を科すことができると定めていたが、それをヘイトスピーチに対しても適用すると定めたものである。 個別の施設条例でヘイトスピーチに対する禁止条項を盛り込み、しかも刑罰ではないものの「罰則」 として、違反者に対して最大 5 万円を徴取できると規定したものは、他の自治体では見当たらず、全 国初の施設条例といえる。 5.6. 各条例を概観して 条例の構造については、ヘイトスピーチ解消法にならい、①基本理念・目的を定めることから始ま り、②定義、③自治体の責務、④市民および事業者の責務、⑤基本計画の策定、⑥相談体制の整備・ 充実、⑥教育活動の充実、⑦啓発活動の充実等が規定されるのが通例である。まず、ヘイトスピーチ の定義であるが、ヘイトスピーチ解消法の定義を基本としつつも、それぞれの自治体で様ざまな工夫 がなされている。この点、前述した通り、例えば、大阪市条例では、①目的、②態様、③発信対象で 限定する一方、㋐インターネット上の表現、㋑市域外で行われた行為、㋒本邦出身者への行為も対象 になりうるとして適用範囲を拡大している。また、川崎市条例では、刑罰の対象となるヘイトスピー チを①道路、公園、広場等の公共の場所において、②拡声機、看板・プラカード、ビラ・パンフレッ ト等を使用し、③居住地域からの退去、生命・身体等への危害、いちじるしい侮辱などを企図する行 為に限定している。これは、ヘイトスピーチ解消法のような理念法であればヘイトスピーチの概念を ある程度、広く定めても弊害は少ないが、より強い規制手段を考えるならばヘイトスピーチの概念を より限定せざるをえないという配慮であろう(16)。現在の日本でもっとも問題となっているのは、在 日韓国朝鮮人に対する公道でのデモや街宣という形態でのヘイトスピーチであるから、それを念頭に 置いた概念設定が必要である。また、近時、インターネット上のヘイトスピーチも脅威となっており、

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放置することはできないことから、それを含めるべきであろう。 もっとも注目すべきなのは規制手段であるが、ヘイトスピーチ解消法のように理念法にとどまる条 例が多いなかで、①氏名の公表をおこなう大阪市の方式、②50 万円以下の罰金を科す川崎市の方式、 ③行政上の秩序罰として 5 万円以下の過料を科す観音寺市の方式が存在している。ヘイトスピーチの 根絶を実現するためには、理念的・宣言的な条例にとどまってはならず、氏名の公表や罰則を積極的 に検討していくべきである。悪質な事例では、罰金額について、さらなる増額も十分にありうるであ ろう。その際には、表現の自由をはじめとする基本的人権に対する最大限の配慮と、不利益を受ける 者に対する最大限の手続保障とが必要不可欠であることはもちろんである。 公の施設(公民館や公園等)の利用許可の基準に関する規定を置いている自治体も多い。ヘイトス ピーチをおこなう個人や団体には公の施設を利用させないことによってヘイトスピーチを抑止してい くことも十分に検討に値する。また、条例の適用にあたって、表現の自由その他の憲法が保障する国 民の自由・権利を不当に侵害しないような配慮を要求する規定も多くの自治体が導入している。しか し、このような規定を制定するだけでは多くの効果を期待できず、やはり不利益を受ける者に対する 具体的な手続保障や救済手段をできる限り明確かつ詳細に規定すべきである。この点、不服申立等に ついて公正かつ妥当に処理するため、あるいは、有効かつ適切な基本計画を策定するために、自治体 の附属機関として審査会や審議会、委員会等を設置している場合も多い。例えば、世田谷区条例では、 前述した通り、苦情申立等を処理するため、区長の附属機関として「世田谷区男女共同参画・多文化 共生苦情処理委員会」(12 条)が設置されている。その委員は、大学教授等 2 名、弁護士 1 名の計 3 名で構成されている(2019[平成 31]年 4 月 1 日現在)。また、施策を総合的かつ計画的に推進する 上で必要な事項を調査・審議するため、区長の附属機関として「世田谷区男女共同参画・多文化共生 推進審議会」(10 条)も設置されている。その委員は、大学教授等 3 名、弁護士 1 名、関係団体 6 名、 町会自治会 1 名、産業団体 1 名、人権擁護委員 1 名、区民公募 2 名で構成されている(2019[平成 31] 年 4 月 1 日現在)。専門家のみならず、町会自治会や産業団体の構成員、公募された区民等が参加して いることは高く評価しうるが、区民公募の人数をさらに増員する必要がある。会議はできる限り公開 として、議事録等、必要な情報は可及的速やかに開示するとともに、不利益を受ける者には最大限に 参加を認め、反論や意見陳述の機会を保障するべきである[中村 2019:136-149](17)

6. ヘイトスピーチ規制条例についての判例研究

国のヘイトスピーチ解消法に先立ち、全国でもっとも早く制定されたヘイトスピーチを規制する法 規範である大阪市ヘイトスピーチ規制条例について、その合憲性を争う訴訟が提起されたが、近時、 大阪地裁において合憲判決がだされた(2020[令和 2]年 1 月 17 日)。本判決は、ヘイトスピーチ規 制の是非をめぐる初めての司法判断で、ヘイトスピーチ規制条例について問題となりうる憲法的論点 を網羅して検討しており、今後の裁判にも大きな影響を与えるものと考えられる。

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6.1. 事案と争点 本件は、大阪市の住民である原告らが、同市長に対し、本条例が憲法 13 条、21 条 1 項、31 条、94 条等に違反して無効であるから、本条例を実施するために同市長がした支出命令は、法令上の根拠を 欠いて違法であること等を主張して、住民訴訟(地方自治法 242 条の 2 第 1 項 4 号)により、不法行 為による損害賠償(民法 709 条)を請求したものである。 本件で争われた主な争点は以下の通りである。すなわち、①「適法な監査請求の前置の有無」につ いて。②「条例が憲法 21 条 1 項に違反し無効であるか」について。具体的には、㋐表現の自由を制限 するものであるか。㋑表現の自由に対する制限として容認されるか。㋒漠然であるために無効である か。㋓過度に広汎であるために無効であるか。③「条例が憲法 13 条(プライバシー権と人格権)に違 反し無効であるか」について。④「条例が憲法 31 条(罪刑法定主義[刑罰法規の明確性の原則]と適 正手続の原則[告知と聴聞を受ける権利])に違反し無効であるか」について。⑤「条例が憲法 94 条 及び地方自治法 14 条 1 項(法律と条例の矛盾・抵触)に違反し無効であるか」について。⑥「原告の 行為に本条例を適用して支出命令をだすことが適用違憲になるか」について(18) 6.2. 判旨 前述したように大阪地裁は合憲判決を下しているが、そのなかでもっとも中心的で重要な争点は、 ②「条例が憲法 21 条 1 項に違反し無効であるか」である。この点につき原告は、大要、つぎの通り主 張した。すなわち、「本件条例に基づく認識等公表は、市長が条例ヘイトスピーチと認めた表現活動に つき、削除要請等を含む拡散防止措置を実施し、その表現活動を行った者に対し、その氏名を公表す る制裁を加え、もって、条例ヘイトスピーチを抑制しようとするものである。そうすると、認識等公 表は、特定の表現の内容に着目した内容規制であり、表現に対する萎縮効果に鑑みて、厳格な基準に より合憲性が審査されるべきである。そして、本件条例に基づく拡散防止措置等は、表現の拡散を防 止する削除要請等及び条例ヘイトスピーチと認定された表現活動を行った者の氏名等の公表であると ころ、当該表現活動を行った者が差別的表現をした旨を公表する点において、社会的評価を著しく低 下させ、表現を萎縮させるとともに、匿名により表現活動を行う者に対して表現を著しく萎縮させる というべきである。以上のとおり、本件条例に基づく拡散防止措置等は、表現の自由を制約するもの であって、厳格な審査基準に照らして違憲無効というべきである」。 これに対して、大阪地裁が合憲判決を下す際の根幹となっている法的論理は以下の通りである。す なわち、表現の自由(憲法 21 条 1 項)は民主主義国家の政治的基盤をなし、基本的人権のうちでも特 に重要であり、みだりに制限できないが、無制限には保障されず、公共の福祉による合理的で必要や むをえない限度の制限を受け、その制限の合憲性は、制限が必要とされる程度と、制限される自由の 内容および性質、具体的制限の態様および程度等を較量して決せられるという最高裁大法廷判決(1983 [昭和 58]年 6 月 22 日・民集 37 巻 5 号 793 頁、1992[平成 4]年 7 月 1 日・民集 46 巻 5 号 437)を 前提とし、㋐「本件各規定に基づく拡散防止措置等によって表現活動に加えられる具体的制限の態様

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及び程度等についてみると、拡散防止措置等は、いずれも表現活動が行われた後に行われるものであ る上、そのうち、拡散防止措置は、看板や掲示物の撤去要請やインターネット上の表現活動について は削除要請等を行うものである一方、要請に応じなかった場合に制裁を課すものではないし、認識等 公表は、市長が表現活動を行った者の氏名を把握している場合に、その公表ができるにとどまり、当 該表現活動を行った者の氏名を把握しているウェブサイトを管理するプロバイダ等に当該氏名の開示 を義務付ける規定は存しない。加えて、本件条例によれば、市長は、拡散防止措置等を採るに先立ち、 原則として、拡散防止措置等の対象たる条例ヘイトスピーチに該当するか否か及び当該表現活動に対 して採る具体的な拡散防止措置等の内容につき、市長が学識経験者その他適当と認める者のうちから 大阪市会の同意を得て委嘱した者によって構成される審査会に対し、意見聴取(諮問)しなければな らず(6 条 1 項及び 3 項)、拡散防止措置等が合理的なものであって、市長による権限の濫用がないか 否かについては、学識経験者等により構成される附属機関に対する諮問が予定されている」。そして、 ㋑「匿名による表現活動を行う自由は、憲法 21 条 1 項により保障されているものと解されるところ、 認識等公表は、対象となる表現活動が条例ヘイトスピーチに該当する旨とともに、当該表現活動を行 った者の氏名又は名称を公表するものであるから、当該者の社会的評価を低下させ得るものであるも のの、拡散防止措置等により条例ヘイトスピーチについて規制を必要とする程度は高い一方で、拡散 防止措置等が合理的なものであることについては、学識経験者等により構成される附属機関に対する 諮問が原則として予定されていることに鑑みれば、認識等公表は、公共の福祉による合理的で必要や むを得ない限度の制限にとどまる」として、表現の自由に対する制限として容認されるとした。 また、「本件規定が漠然であるために無効であるか」については、「表現の自由を規制する法令の規 定が曖昧不明確のゆえに憲法 21 条 1 項に違反するものと認めるべきかどうかは、通常の判断能力を有 する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものか否かの判断を可能とす るような基準が読みとれるかどうかによってこれを決定すべきである」とする最高裁判例(1975[昭 和 50]年 9 月 10 日・刑集 29 巻 8 号 489 頁、1984[昭和 59]年 12 月 12 日大法廷・民集 38 巻 12 号 1308 頁)を前提とし、「本件条例の各規定によれば、条例ヘイトスピーチの概念は、その表現の目的、 表現の内容及び表現活動の態様、不特定多数の者が表現内容を知り得る状態に置くような場所又は方 法で行われるものであることといった要件によって、具体的に規定されているとともに、拡散防止措 置等の対象は、大阪市の区域内外で行われたものであるか否か、表現の内容が市民等に関するもので あると明らかに認められるものか否かといった基準を用いて明確に規定されているものということが できる。そうすると、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為が本件 条例に基づく拡散防止措置等の適用を受けるものかどうかの判断を可能とするような基準が読みとれ る」。 さらに、「本件各規定が過度に広汎であるために無効であるか」についても、「条例ヘイトスピーチ に該当する表現活動について拡散防止措置等による表現の自由の制限を受けることが憲法21条1項の 規定に違反するものでないことは、説示したとおりであって、条例ヘイトスピーチの定義が過度に広

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汎であるということはできない」し、「各表現活動が条例ヘイトスピーチに該当するか否かは、表現内 容の文言のみならず、表現活動の目的、表現活動の態様、場所・方法を考慮して判断されるものであ るから、・・・本件条例における拡散防止措置等の対象が過度に広汎であるということはできない」。 6.3. 考察 表現の自由は通常、「人権体系上、優越的地位にある」とされ、もっとも厳格な違憲審査が要求され る人権と位置づけられている(19)。よって、本件条例が表現の自由を侵害しないという最高裁の立場 にたつのであれば、プライバシー権や人格権(憲法 13 条)、罪刑法定主義や適正手続の原則(憲法 31 条)等を侵害していると結論づけるのはかなり困難といえる。また、「適法な監査請求の前置の有無」 の問題は憲法論ではないし、「法律と条例の矛盾・抵触」(憲法 94 条)や適用違憲の問題は、立法技術 や法解釈の問題であり、「ヘイトスピーチ規制条例の合憲性」を考える場合の中心的論点とは言いがた い(20)。やはり「表現の自由に対する制限として容認されるか」という点が最大の憲法的論点であろ う。そして、より具体的には、判例でも争われた①萎縮的効果と②判断権者の権限濫用の問題が解決 されなければならない(21)。この点、「規定が漠然であるために無効であるか」や「規定が過度に広 汎であるために無効であるか」という③文面審査の問題については、条文の文言の規定の仕方で解決 しうる立法技術的な問題であろう。

7. 試論 ― あるべきヘイトスピーチ規制条例をめざして

7.1. 萎縮的効果の問題 前述したように、表現の自由に対する萎縮的効果を最大限に排除するためには、ヘイトスピーチの 概念を厳格かつ明確に限定しなければならない。とりわけ処罰の対象とするヘイトスピーチは必要最 小限度にすべきである。この点、日本において現時点でもっとも問題となっているのは、いわゆる在 日韓国朝鮮人に対する公道等でのデモや街宣という形態でのヘイトスピーチとインターネット上での ヘイトスピーチであるから、少なくとも処罰の対象とするヘイトスピーチはその限度に限るべきであ る(22)。すなわち、①対象は、「在日韓国朝鮮人」に限り、②手段は、「道路、公園、広場等の公共の 場所において、拡声機、看板・プラカード、ビラ・パンフレット等を使用すること」(川崎市条例を参 考)、または、「インターネット上で不特定多数に発信すること」(大阪市条例を参考)を要件とすべき である。よって、プライベート空間での発言、出版や DVD 等の記録媒体の配布などは、処罰の対象 にはならない。 また、③処罰対象行為としての「不当な差別的言動」は、「在日韓国朝鮮人に対する差別的意識を 助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知 し又は在日韓国朝鮮人を著しく侮蔑するなど、在日韓国朝鮮人であることを理由として、在日韓国朝 鮮人を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動」とすべきである。具体的には、(1) 在 日韓国朝鮮人を、合理的な理由なく、一律に排除・排斥することをあおり立てるもの(「朝鮮人は出て

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行け」、「祖国へ帰れ」など)。(2) 在日韓国朝鮮人に対して危害を加えるとするもの(「朝鮮人は殺せ」、 「朝鮮人は海に投げ込め」など)。(3) 在日韓国朝鮮人の尊厳を害し、いちじるしく見下すような内容 のもの(「朝鮮人はゴキブリだ」、「朝鮮人はキムチ臭い」など)がこれにあたる(ヘイトスピーチ解消 法を参考)。この三類型は明確に条文に書き込むべきである。そして、④規制手段としては、ヘイトス ピーチの根絶を実現するために、氏名の公表や罰則を積極的に検討していくべきである。その場合に は、実際に氏名の公表をおこなっている大阪市条例や 50 万円以下の罰金を科している川崎市条例が大 いに参考となる。この点、悪質な事例では、罰金額について、さらなる増額も検討されるべきである (23) 7.2. 判断権者の権限濫用の問題 前述したように、ヘイトスピーチの概念をいかに明確に限定したとしても、ヘイトスピーチかどう かを判断するのは第一次的には権力側であり、権力者が権力を維持・強化するために判断権を恣意的、 濫用的に行使することは過去にたびたび繰り返されてきた[師岡 2013:164-166]。それゆえ、その判 断に市民の意見を反映させたり、不利益を受ける者に異議申立を認めたりする等、適正手続(憲法 31 条)の観点から、具体的な手続保障や救済手段をできる限り明確かつ詳細に規定すべきである。氏名 の公表や罰金・過料は処分者にいちじるしい不利益を与えかねないことから、処分にいたるまでに複 数回の不服申立の機会を保障すべきである(川崎市条例を参考)(24) この点、不服申立等について公正かつ妥当に処理するため、あるいは、有効かつ適切な基本計画を 策定するために、現状でも多くの自治体で設置されているいわゆる第三者委員会(審査会や審議会、 委員会等)をさらに充実させるべきである(世田谷区条例を参考)。その委員は、大学教授、弁護士、 関係団体、町会自治会、産業団体、人権擁護委員、市民からの公募等を基本としてさらに多彩な人材 を確保すべきである。特に市民からの公募の人数をさらに増員するとともに、在日韓国朝鮮人も入れ ることが望ましいであろう。そして、不利益を受ける者には最大限に参加を認め、反論や意見陳述の 機会を保障すべきことはもちろんである。ヘイトスピーチをした側とヘイトスピーチで被害を受ける 在日韓国朝鮮人の側の両当事者の意見を十分に聴くことが必要である。その際、会議はできる限り公 開して、市民の自由な傍聴を認め、また、議事録や資料等、必要な情報は可及的速やかに開示し、市 民の異議申立も保障すべきである。 そもそも「朝鮮人は出て行け」、「祖国へ帰れ」、「朝鮮人は殺せ」、「朝鮮人は海に投げ込め」、「朝鮮 人はゴキブリだ」、「朝鮮人はキムチ臭い」等、実際にヘイトスピーチで使用された言葉を概観すると、 そこには一定の特徴があることがわかる。すなわち、そのほとんどが「A は B である」式の言い切り の断定表現であり、なんら根拠が示されていない。「なぜ朝鮮人は出て行かなければならないのか」、 「なぜ朝鮮人を殺さなければならないのか」、「なぜ朝鮮人はゴキブリなのか」まったく説明されてい ないのである。表現の自由の保障のもとにおいても、根拠が示されない(示すことができない)表現 の要保護性は低いと言わざるをえず、規制もやむをえないであろう。ある表現をヘイトスピーチと認

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定する場合には、表現者にその言論の根拠を説明する機会を十分に与えることが重要である。また、 ヘイトスピーチとして特定の形態での表現(例えば、デモや街宣、ホームページ作成)を禁止する場 合には、そのかわりに別の形態での表現ルートを保障することに配慮すべきである。例えば、市があ る団体のデモ行進を禁止するならば、その団体の主張の要旨を市の広報誌に掲載する機会を与え、そ して、それに対する市民の反論も適宜、掲載していく等、行政が積極的に市民の“自由な公開討論の 場”を保障していくのである。 川崎市条例のように、自治体が条例によってヘイトスピーチに罰金刑を規定したとしても、適正手 続の原則(憲法 31 条)からして、自治体自体が刑罰である罰金刑を科すことはできないのは前述した 通りである。自治体が刑事告発した後、検察官の起訴を待って裁判所の判決で科さなければならない。 とするならば、自治体のヘイトスピーチの認定自体について、裁判官が早期の段階で関与できる仕組 みが人権保障にとってはもっとも望ましい。そうすれば、不当に氏名を公表されて不利益をうけると いった事態も回避しうるであろう。ヘイトスピーチの根絶にどのように裁判所を関与させていくかは 今後、十分に議論される必要があろう。 以上 注 (1)いわゆる京都朝鮮学校事件の事実の概要はつぎの通りである。すなわち、同校は校庭がなかっ たことから、隣接する市の公園を市の許可を得ずに校庭代わりに使用していた。それに対して、「在日 特権を許さない市民の会」(いわゆる在特会)は、校門や公園などの場所で、拡声器を用いて大声で「北 朝鮮のスパイ養成機関、朝鮮学校を日本から叩き出せ」、「ろくでなしの朝鮮学校を日本から叩き出せ。 なめとったらあかんぞ。叩き出せ」、「日本から出て行け。何が子供じゃ、こんなもん、お前、スパイ の子供やないか」「朝鮮学校、こんなもんは学校でない」「朝鮮部落、出ろ」「犯罪朝鮮人」「朝鮮ヤク ザ、出てこい」「密入国者の子孫やないか」「おまえら、うんこ食っとけ、半島帰って」「チョンコ」「キ ムチ臭い」「不逞鮮人」「ゴキブリ、ウジ虫、半島に帰れ」等の怒号をあげ、また、街宣車を使い、公 園のサッカーゴールを倒し、既設のスピーカーの配線を切断した。さらに、それらの様子の動画をイ ンターネット上で公開した。これに対して、学校は、業務が妨害され名誉が棄損されたとして損害賠 償を請求し、また、人格権にもとづきヘイトスピーチの行為の差止を求めた[中村 2014:1-22]。 これに対して、第一審・京都地裁(2013[平成 25]年 10 月 7 日)は、街宣活動について「日本も 加盟している人種差別撤廃条約で禁じる人種差別に当たる」とし、過激さを演出するため、あえて違 法性の高い行為に及んだとして「同条約第 4 条で犯罪として取り締まるべきとされる極めて悪質な人 種差別行為」と判断した。そして、学校の半径 200 メートル以内での街宣活動の禁止と、約 1200 万円 の損害賠償を命じた。また、控訴審・大阪高裁(2014[平成 26]年 7 月 8 日)も、一審の判断を維持 したうえで「本件発言の内容は、本件公園の不法占拠を糾弾するだけでなく、在日朝鮮人を劣悪な存 在であるとして嫌悪・蔑視し、日本社会で在日朝鮮人が日本人その他の外国人と共存することを否定

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するもの」であり、「差別意識を世間に訴える意図で、公益目的は認められない」と判断し、在特会側 の控訴を棄却した。さらに、上告審・最高裁(2014[平成 26]年 12 月 9 日)も、在特会側の上告を 退ける決定をし、一・二審判決が確定した。 同様にヘイトスピーチの違法性が争われた裁判としては、徳島県教組業務妨害事件(最判平成 2016 [平成 28]年 11 月 2 日)、水平社博物館前街宣事件(奈良地裁 2012[平成 24]年 6 月 25 日)、ロー ト製薬脅迫事件(大阪地裁 2012[平成 24]年 12 月 18 日等)がある[師岡 2014:70]。 (2)東京都新大久保のコリアンタウンでは、以前には盛んにヘイトスピーチ・デモがおこなわれて いたが、近時では開催の報告はほとんどない。これはカウンター・デモの効果が大きいと言われてい る。 (3)法務省ホームページでは、この内閣府調査を紹介したうえで、「特定の民族や国籍の人々を排斥 する不当な差別的言動は、人としての尊厳を傷つけ、差別意識を生じさせることになりかねません。 違いを認め合い、互いの人権を尊重し合う社会をともに築くためにも、まずは『ヘイトスピーチ』に ついて知っていただくことが大切です」としている。 (4)憲法学者はヘイトスピーチに対して、刑事規制ではなく、教育が大事、対抗言論が重要、民事 訴訟が有効と安易に代替論を唱えるが、およそ具体性がなく、いかなる教育によってどのようにヘイ トを克服するのか具体的に提言した憲法学者はいないという厳しい批判がある[前田 2018:27]。 (5)萎縮的効果(chilling effect チリング・イフェクト)とは、表現行為に対する刑罰等のペナルテ ィが重きに過ぎ、あるいは不明瞭な基準でペナルティを課されるのを一般人が見せられた場合に、同 種表現を自主規制してしまい、活発な意見交換を萎縮させてしまう効果をいう。主として表現規制を 受ける側から、規制の不当性を公権力に対し主張する文脈で言及される概念である。この意味では、 萎縮的効果論はヘイトスピーチをする者を保護する理論となる。 しかし、近時、萎縮的効果という用語を表現者の側に対してではなく、当該表現の受け手に生じる 悪影響を問題視する文脈で使用し、表現規制を正当化し、さらには積極的に要請する理由づけとする 見解が生じてきているという指摘がある。例えば、ヘイトスピーチをする者が在日韓国朝鮮人を支援 する者に対して暴言を浴びせることを放置するならば、そのような支援をすればヘイトスピーチをす る者から攻撃を受け、様ざまな被害を蒙るということを広く一般に知らしめ、その支援活動に「萎縮 的効果」をもたらすから、そのような表現は取り締まるべきと主張するのである。この意味では、萎 縮的効果論はヘイトスピーチをする者の表現行為を制限する理論となる。この“新しい萎縮的効果論” の今後の発展が期待される[富増 2018:219]。

参照

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