インドの貨幣はインドの縮図 (特集 途上国とコイ
ン)
著者
高倉 嘉男
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
215
ページ
18-19
発行年
2013-08
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00003647
国によって、貨幣の立場はだい ぶ違うとみえる。少なくともイン ドにおける貨幣の立場は日本とは 異なる。だが、インド人よりも貨 幣を大事に扱っているかどうか、 その判断は難しい。唯一いえるの は、庶民生活を送る限りインドは 小額通貨がないと困る国であり、 結果的に貨幣が重要な役割を担っ ているということだ。 現在インドでは、紙幣は主に五 ル ピ ー、 一 〇 ル ピ ー、 二 〇 ル ピ ー、 五 〇 ル ピ ー、 一 〇 〇 ル ピー、五〇〇ルピー、一〇〇〇ル ピ ー の 七 種 類 が、 貨 幣 は 一 ル ピー、二ルピー、五ルピー、一〇 ルピーの四種類が流通している。 二〇一三年現在の相場は一ルピー が一・七円ほどである。現地の物 価 に 照 ら し 合 わ せ る と、 五 〇 ル ピー以下の紙幣・貨幣を小額通貨 と 呼 ぶ こ と が で き る。 イ ン ド で は、貨幣を含めたこの小額通貨の 立 場 が 日 本 と だ い ぶ 違 う の で あ る 。 まず日本の状況を見てみよう。 日本で何も考えずに現金で買い物 を し て い る と、 財 布 に 貨 幣 が 貯 まって仕方ない。特定の貨幣がな いと困る場面は日本ではほとんど なく、大抵どこでもお釣りがもら える。財布のなかの貨幣が気にな るのはバスに乗るときくらいだ。 Suica な ど の 電 子 マ ネ ー の 普 及 に より、貨幣はますます役割を失い つつある。貨幣の価値は当然その 金額分でしかない。日本の社会で は 通 貨 は 完 全 に「 大 は 小 を 兼 ね る」ので、わざわざ重たく「小」 の 貨 幣 を た く さ ん 持 つ 必 要 は な い。 財 布 に 貨 幣 が 貯 ま り 過 ぎ る と、なるべくそれらを使って財布 を軽くしようとする。いわば日本 では貨幣は邪魔者である。 インドではそんなことはない。 日本と違ってインドの商店などで は小額通貨が慢性的に不足してお り、金額の一の位を貨幣で切りよ く支払うことをよく要求される。 手持ちの貨幣がないとこちらの責 任となり、お釣りを全額支払って もらえなかったり、お釣りができ るまで待たされたり、ひとつ一ル ピーのキャンデーをお釣り分だけ 手渡されたりする。インドでは貨 幣の常備は日常生活の常識だ。使 う場面も多いため、財布に貨幣が 貯まることは少ない。偶然貨幣が たくさん集まるとニンマリしてし まうし、貨幣が底を突くとやたら 不安になる。なまじっか大きなお 金よりも、小さなお金がなくて困 る方が多いインドでは、貨幣は単 に数字上の価値しか持たない一兵 卒ではなく、経済のなかで個別の 役 割 を 与 え ら れ た 特 殊 部 隊 な の だ 。 しかし、他方でインド人は貨幣 に対して極度に現実的なところも ある。記念通貨の扱いにそれが如 実に表れている。日本では、お釣 りのなかに記念通貨が混じること は ほ と ん ど な い。 「 ギ ザ 十 」 ぐ ら いが精一杯だ。それは、記念通貨 が 特 別 扱 い さ れ て い る か ら だ ろ う。だが、インドでは記念通貨が 一般の通貨と同様に使用されてい る。貨幣は貨幣という訳だ。だか ら、日常生活を送っているだけで 記念貨幣集めができてしまう。こ れに気付くと、毎日の買い物が格 段に楽しくなる。何を隠そう、筆 者もかなりの数のインド記念貨幣 を保有している。全て日常の買い 物で入手したものだ。ただ、一度 でも流通してしまった貨幣はコレ クター市場での価値が激減するた め、額面以上の財産にはならない だろう。 記念貨幣の一般流通に加え、イ ンドでは貨幣のデザインや規格が 頻繁に変更されるため、自動販売 機 の 普 及 は 事 実 上 不 可 能 な 状 態 だ。特に金属の価格が上がってか らは、貨幣を溶解させて売却する 違法行為を防ぐために、各貨幣の 金属価値を額面以下にしなければ ならなくなり、数度に渡って貨幣 の改定が行われた。結果、同じ額
特 集
途上国とコイン
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アジ研ワールド・トレンド No.215 (2013. 8)面の貨幣が複数流通している。こ れだけ貨幣に統一性がなくてよく 経 済 が 回 る な 、 と 感 心 す る ほ ど だ 。 それらの現状を踏まえると、イ ンドにおける貨幣の立場は、正に 途上国のそれだといえる。だが、 インドは古くから文明が栄えた土 地であり、貨幣の使用も紀元前六 世紀まで遡ることだけはインドの 名誉のために強調しておかなけれ ばならないだろう。古代から中世 にかけて時の支配者たちは、支配 権の確立、経済活性化、戦勝記念 など、様々な理由から様々な貨幣 を発行して来た。インドの考古学 博物館には必ずと言っていいほど 貨幣学のコーナーが設けられ、近 隣地域から出土した各時代の貨幣 が展示されている。その一方で庶 民の間では、宝貝を貨幣代わりに 使用する習慣も二〇世紀まで続い ていた。これをヒンディー語では カ ウ リ ー と 呼 び、 英 単 語 の cowry の語源となった。世界の宝貝貨幣 全一三〇種の内、四〇種がインド のものだとされる。インドは「宝 貝貨幣経済」の先進国だった。 それでも、インドで機械による 貨幣製造が始まったのは一八三五 年で、欧州よりも二世紀遅い。し かもそれを導入したのはイギリス 東インド会社だ。インドの近代貨 幣史はこのときから始まった。 現在インドには四つの造幣局が ある。インド最古の造幣局はカル カッタ(現コールカーター)とボ ンベイ(現ムンバイー)にあり、 共に一八二九年に設立。現在でも 造幣している。ハイダラーバード 造幣局はニザーム藩王国によって 一九〇三年に設立され、一九五〇 年 に 独 立 イ ン ド 政 府 に 接 収 さ れ た。一九八六年にはデリー近くに ノイダ造幣局も設立された。イン ドの貨幣にはミントマークと呼ば れる印があり、それを見ればその 貨幣がどこの造幣局で製造された ものなのか分かる。◆印はムンバ イー、★印はハイダラーバード、 無印はコールカーター、●印はノ イダである。他に、独立前にはラ ホール(現在はパキスタン領)や マドラス(現チェンナイ)にも造 幣局があり、独立後には韓国、イ ギリス、カナダ、メキシコなどに 外注されたインドの貨幣もある。 独立インドの貨幣の表側には一 貫して国章であるアショーカ王石 柱四面獅子柱頭が刻まれている。 一九八一年からは国章の下にサン ス ク リ ッ ト 語 の フ レ ー ズ 「 सत्यमेव ज यते ( 真 実 は 常 に 勝 利 す る )」 が 書 か れ て い る。 ま た、 最近の貨幣には、二〇一〇年に制 定 さ れ た ル ピ ー マ ー ク( ) が 刻 印されている。現在は全ての貨幣 が 円 形 だ が、 独 立 後 だ け を み て も、四角形、六角形、一一角形、 花形など、イレギュラーな形の貨 幣があった。 インドの貨幣単位は、現在はほ ぼルピーのみが使用されていて分 かりやすいが、歴史的にはその下 に ア ー ナ ー、 パ イ サ ー、 パ ー イー、その上にモハル(アシュラ フ ィ ー) と い っ た 複 数 の 単 位 が あった。しかもこれらは十進法に 基づく互換関係になっておらず、 複雑な体系となっていた。例えば 四 パ イ サ ー が 一 ア ー ナ ー、 一 六 アーナーが一ルピーである。よっ て計算は非常に難しい。かつては 六四パイサーが一ルピーであった が、一九五七年からは一〇〇パイ サ ー が 一 ル ピ ー に 変 わ っ た よ う に、互換関係が変わったこともあ る。しかし、ルピーとパイサー以 外の貨幣単位は今では慣用句のな かに残るのみとなっている。パイ サ ー に し て も、 今 で は 五 〇 パ イ サー貨幣のみが公的に使用を認め られており、その下の単位のパイ サー貨幣は最近相次いで流通停止 となった。それは近年の急速な物 価上昇と無関係ではない。五〇パ イサー貨幣も最近は市場で全く見 掛けなくなった。パイサーが完全 に過去の遺物となるのも、もはや 時間の問題であろう。 インドは貨幣が優遇されている 国かどうか、これだけ論じた後も 依然として判断は難しい。だが、 その多様性、存在意義、そして時 代性から、インドの縮図のひとつ と評価してもよさそうである。 ( た か く ら よ し お / 豊 橋 中 央 高 等 学校副校長 ) 筆者撮影