アジ研ワールド・トレンド No.250(2016. 8)
2
今年四月二一日の朝、筆者はブ
ラジルのリオデジャネイロ(以下、
リオ)の国際空港に到着した。筆
者
が
ブ
ラ
ジ
ル
を
訪
問
し
た
目
的
は、
今年の八月からリオで開催される
南米大陸初の夏季五輪とパラリン
ピック(以下、
「五輪」
)について
調査することであった。朝到着の
便だったためか、リオの空港の出
口付近には人が少なく、出口の壁
に五輪のマスコットが描かれてい
たが、ドア自体にはポスターなど
は張られておらず、五輪で盛り上
がっている印象はあまり受けなか
った(写真1)
。
筆者の受けたこの印象は、五輪
を前にしたブラジルが置かれてい
る状況を端的に表していたといえ
よう。なぜなら最近のブラジルは、
二〇一五年のGDP成長率がマイ
ナ
ス
三
・
八
%
を
記
録
す
る
な
ど
経
済
は停滞し(今年の見通しもマイナ
ス成長であり、そうなると統計の
ある二〇世紀半ば以降で最悪の景
気
低
迷
)、
昨
年
末
か
ら
ル
セ
フ
大
統
領
の
弾
劾
手
続
き
が
進
め
ら
れ
た
り、
石油公社ペトロブラスをめぐる与
野党議員入り乱れての一大汚職事
件が発覚したりして政治的にも混
乱している。また、これに反応す
るかたちで反政府や政府支持派の
デモが全国各地で実施され、さら
には、豚インフルや蚊を媒介とす
るジカ熱が流行するなど、まさに
「
泣
き
っ
面
に
蚊
」
な
状
態
に
陥
っ
て
いる。つまり、国として五輪を成
功裏に開催できるのかという懸念
が国内外で高まり、また、国民の
関心も迷走する自国の政治経済状
況に集中し、筆者が訪れたブラジ
ルには「五輪どころではない」雰
囲気が蔓延していたのである。
ブラジルが五輪の招致に成功し
た
の
は
二
〇
〇
九
年
九
月
で
あ
っ
た。
ブラジルが五輪開催を獲得できた
背景には、一九八〇年代の軍政か
ら
民
政
移
管
以
降
の
民
主
化
の
定
着、
一九九〇年代以降の経済の安定と
成長、二一世紀初頭の社会におけ
る貧困や格差の是正、そして、こ
れらポジティヴな変化をもとにし
た外交でのプレゼンスの増大が挙
げられる。つまり、ブラジルは国
としての発展や構造的な変容を遂
げ、南米地域や新興途上国のリー
ダーの一角として台頭したことに
より、二〇一六年五輪の招致に成
功したのである(参考文献①)
。
しかし、最近のブラジルの状況
は前述どおりである。現地での調
査を終え筆者が日本へ帰国した五
月一二日には、
「裸の女王様」
(参
考文献①)と化したルセフ大統領
は弾劾審議により一時停職に追い
込まれ、テメル副大統領が昇格し
暫定政権が発足した。つまり五輪
近
田
亮
平
開催を前にしたブラジルは、国の
さらなる発展や国力の国内外への
誇示に活用し得る五輪を、残念な
がらそれとは逆に、国の混乱や国
力の低下を露呈するような機会に
してしまっているのである。
本特集の関心は、五輪開催が国
としての発展においてどう位置づ
け
ら
れ
た
か
に
あ
る。
具
体
的
に
は、
今年五輪を開催するブラジル、す
でに五輪を開催した新興国や途上
国と呼ばれる国々のメキシコ、韓
国、
中
国
を
取
り
上
げ
る。
さ
ら
に、
リオの次の五輪開催地が東京であ
ることを鑑み、過去に一度五輪を
開催した日本を含め、それぞれの
執筆者の専門から五輪開催および
国としての発展について論じる。
本特集の内容は、今回の五輪開
催国であるブラジルとそれ以外の
特集
に
あ
た
っ
て
︱五輪開催
と
国
の
発展
好機
を
逸
し
た
開催前
の
ブ
ラ
ジ
ル
︱
写真 1 今回の調査で到着したリオの国際空港の出口
(筆者撮影)
南米初の五輪を開催する
ブラジル
―五輪開催と国の発展―
特 集
02_特集にあたって.indd 2 16/06/24 17:53
3
アジ研ワールド・トレンド No.250(2016. 8)
国々の二つに大別される。ブラジ
ルに関して、まず、政治と切り離
すことのできない同国の五輪やサ
ッカーの歴史を変遷し、ブラジル
における「スポーツの政治学」に
ついて論じる。つぎに、五輪を前
にしたブラジルで行われているス
ポーツを通じた社会的促進の試み
を紹介する。その際、五輪開催都
市であるリオ市政府が貧困層居住
区に設置した「五輪村」の事例を
主に取り上げる。また、五輪は国
だけでなく都市としての開催であ
ることから、五輪をめぐるリオの
変容について交通インフラを中心
に解説する。リオは一七六三年に
植
民
地
の
首
府
と
な
っ
て
以
降、
一九六〇年に首都がブラジリアへ
遷都されるまで、長きにわたりブ
ラジルの首都または中心都市であ
った。しかし、筆者が研究のため
二〇〇五年から二年間滞在した頃
のリオは、すでに政治の中心では
なく、経済はサンパウロへ集中す
る
一
方、
治
安
の
悪
化
や
都
市
イ
ン
フ
ラ
の
老
朽
化
が
顕
著
と
な
り
、
通
称
〝
M
ar
ve
lo
us
C
ity
(
C
i
d
a
d
e
Maravilhosa
)〟
とい
われる輝きを失いかけていた。五
輪をめぐるリオの変容については、
本誌の「フォトエッセイ」でも紹
介する。さらに、国としての発展
という観点から、五輪開催前のブ
ラジルの政治と経済の情勢につい
てそれぞれ解説する。
後半では、まずメキシコについ
て、同国が「途上国」としての初
の五輪開催を獲得した背景を明ら
か
に
し
た
う
え
で、
「
途
上
国
」
が
自
国の能力を超えてまで五輪を開催
す
る
必
要
に
対
し
て
疑
問
を
投
じ
る。
つぎの韓国については、同国が困
難
な
五
輪
招
致
戦、
高
度
経
済
成
長、
民主化を経て、五輪に関するすべ
て
の
目
標
を
達
成
し、
「
め
ざ
ま
し
く
発展を遂げた韓国の姿」に世界が
驚嘆したと結んでいる。中国につ
いては、五輪開催時に現地に駐在
していた筆者の体験も踏まえ、強
い政府のイニシアティブにより中
国の繁栄を世界に示すという目標
は達成されたと論じている。そし
て、五輪を東京で二度開催する日
本に関して、一九六四年の五輪を
敗戦後の復興や高度経済成長とい
う国の発展に活用した経験を振り
返り、リオ後の二〇二〇年五輪に
ついて国際的なメガイベントを実
施する課題を指摘する。
ブ
ラ
ジ
ル
の
リ
オ
五
輪
に
関
し
て、
開催年である二〇一六年一年間の
経済効果(二〇〇八年の米ドル換
算)は一四億米ドルに達するとの
試算があり、これは一九九六年の
アトランタから二〇一二年のロン
ドンまでの五輪の事前予想を上回
る金額である
(参考文献②)
。また、
二〇〇三年に約四一三万人だった
ブラジルへの外国人観光客の数も、
サッカーW杯のあった二〇一四年
に約六四三万人へと増加し(ブラ
ジ
ル
観
光
省
)、
五
輪
が
開
催
さ
れ
る
今
年
に
も
期
待
が
寄
せ
ら
れ
て
い
る。
しかし、五輪開催という国の発展
にとっての好機をブラジルがいか
に逸しているかを、特に本特集の
韓国、中国、第一回目の東京との
比較から理解することができよう。
筆者は、五輪よりも大統領の弾
劾や景気低迷が話題となっていた
ブラジルに滞在中、リオの街角で
珍しく五輪のポスターをみかけた
(
写
真
2)
。
そ
こ
に
は「
私
は
昇
る。
私の階段になってくれ」と書かれ
ていた。はたしてブラジルは、五
輪を機に国としてこれから昇って
行けるのであろうか。もしそうで
あれば、今のブラジルが昇るため
の「階段」となるのは何か、また
は、誰なのであろうか。新たに誕
生した暫定政権に期待する声もあ
るが、テメル大統領代行をはじめ
少なからぬ政府要人にも汚職疑惑
があり、国民の政治不信は根強い
ままである。
ただし、日本にとってブラジル
の状況は決して他人ごとではない。
二
〇
二
〇
年
の
東
京
五
輪
に
関
し
て、
エンブレムや競技場で問題が発生
しただけでなく、招致の際の汚職
疑惑まで浮上した。また、日本の
経
済
状
況
も
決
し
て
好
調
で
は
な
く、
政治に関しても政府自民党政権の
優勢を危惧する見方もある。五輪
を契機にした国としての発展に関
して、
「負の投資」
(本誌、近田論
稿参照)とも称されるブラジルの
リオ五輪に、日本は学ぶべき点が
多いのではなかろうか。
(
こ
ん
た
り
ょ
う
へ
い
/
ア
ジ
ア
経
済研究所
ラテンアメリカ研究グ
ループ)
《参考文献》
①
K
on
ta
, R
yo
he
i e
d.
T
he
P
os
t-N
ew
B
ra
zil
,
T
ok
y
o:
ID
E
-JETRO, 2015.
②
B
as
to
s, E
stê
vã
o K
. X
. "I
m
pa
cto
de
g
ra
nd
es
e
ve
nto
s e
sp
or
tiv
os
no
B
ra
sil,
" p
re
se
nta
tio
n
pa
pe
r,
IPEA, 29 de abril, 2016.
写真 2 リオの街角で珍しく見かけた五輪
のポスター(筆者撮影)
02_特集にあたって.indd 3 16/06/24 17:53