ハレ要約版以外の『王子と苦行者〈ビラウハル〉の
物語』所収話 概(付・系統図)
Summaries of embedded stories of
The King s Son and the
Ascetic except the version of Halle epitome
(together with Pedigree)
西 村 正 身(作新学院大学名誉教授) Nishimura Masami(Sakushin Gakuin University, Professor Emeritus)
前号(第11号)でハレ要約版『王子と苦行者〈ビラウハル〉の物語』を紹介したが、本 稿では次号掲載予定の「所収話対照一覧」に挙げる78項目のうち、そのハレ要約版で読む ことのできる所収話(一覧の01∼18、21∼22、25)を除き、その他の所収話の概要を以下 に四部に分けて記す。第一部は「ボンベイ石版 Bombay」の23∼24、26∼44、第二部は「イ ブン・バーブーヤ IB」の45∼51、第三部は「イブン・ハスダーイ IH」の52∼71、第四部 は新約聖書に由来する72∼77およびアリスティデスの弁証論78の 概である。なお、ハレ 要約版にもある17「王と大臣と貧しい夫婦」は「イブン・ハスダーイ」では57「ダヴィデ とツィクラグの碑文」と58「王と断食中の羊飼い」を挿入話としており、「ボンベイ石版」 のところで記すべき19「金持ちの若者と貧しい娘」は同じく「イブン・ハスダーイ」では 60「恋をしてまともになった王子」を挿入話としているので、それぞれを全体として「17 +57+58」「19+60」を第三部「イブン・ハスダーイ」のところで 概を記す。一部をシャ ヴァンヌの記述から補足した。 ただし、「所収話対照一覧」の20「ビラウハルの年齢」(次々号掲載予定の「類話と文献」 を参照)、26「偽ビラウハルの捕縛」は省く。
第一部
ボンベイ石版(Bombay)のその他の物語をジマレのフランス語訳から要約する。「所収 話対照一覧の番号とタイトルとボンベイ石版 Bom. のページ数(フランス語訳のページ数) /ショーヴァンの説話番号(Ch. で記す。ショーヴァンがタイトルを付けている場合はそ のタイトル名も記すが、一覧と同じ場合は省く)」を記したのちに要約する。19 「金持ちの若者と貧しい娘」Bom. 80∼82(105∼106)/ Ch. 13(第三部「イブン・ハス ダーイ」の項参照) 23「王と兵士」Bom. 119∼120(128)/ Ch. 17E 王が敵国に軍隊を派遣する。出兵に際し王が兵士たちに、命令に従って勇敢に戦った 者は高く評価して報いるが、敵と通じた者は厳しく罰すると言い渡す。 24「飼い馴らされたガゼル」Bom. 123∼125(130∼131)/ Ch. 15 金持ちの貴族が幼い息子のためにガゼルの子を飼い馴らす。成長したガゼルは本能に 従って群れのところへ逃げて行き、やがて群れにとけ込むが、ときどき飼い主のもとに 戻って来る。次第にその間隔が長くなっていくので、これでは本当に野生に戻ってしま うと思った貴族は、そのガゼルのあとを付けさせ、群れを殺し、馴らされたガゼルを捕 まえて連れ戻し、逃げないようにつなぐ。 27「ナシーファ王カーシド」Bom. 152∼160(146∼150)/ Ch. 17F インド東方のナシーファ国王カーシドが即位する前、ナシーファは魔術と放蕩三昧の 国であった。権力を握ったカーシドは魔術師を殺し、放蕩者を追放する。インドの諸王 と戦った王は破れて、供の者たちと逃走する。王が大臣とともに逃げ込んだ廃墟は、悪 党や魔術師たちの隠れ処であった。そこへ王妃と大臣の妻が逃げ込んでくる。王妃が隅 に転がっていた頭蓋骨を前に置いて口笛を吹くと男が現われ、カーシドに殺された魔術 師だと言う。王妃はさらに別の頭蓋骨に唾を吐いて、よみがえらせる。あとから来た王 女も魔術師で、皆に奇跡を見せる。それを見た王と大臣はその場を離れ、ハレムの女た ちを殺し、死ぬまで結婚しない。 28「ブッダとアンカー鳥の雛」Bom. 166∼169(153∼155)/ Ch. 17G ブッダが亡くなったとき、たまたまそばを通過したアンカー鳥が遺体を雛たちのもと に運ぶ。それぞれ目、耳、鼻、舌、心臓を食べた雛は信仰心、慈愛、誠実、学識、知恵 に満たされてこの世が嫌になり、 を食べなくなる。やせ細った雛に理由を ねた母鳥 は反抗されて腹を立て、雛たちを殺してしまい、その死を悲しんだ母鳥も死ぬ。 29「金持ちと苦行者と妬み男」Bom. 188∼190(164∼165)/ Ch. 17H 金持ちの男が苦行者たちに会う。酷暑のときだったので苦行者たちは飢えと渇きに苦 しんでいた。男は彼らを盛大にもてなすが、断食中の苦行者たちは食事に手を付けない。 男を嫌っている妬み深い隣人が男の評判を落としてやろうと思い、金持ちの命令だと
偽って粗末な食事を与える。断食を終えた苦行者たちは食事をし、一夜を過ごす。翌朝、 隣人のしたことを知った男は悲しむが、苦行者たちは真相を見抜いており、あなたは私 たちをもてなそうとしたのだが、あなたの隣人は私たちを侮辱し、私たちにあなたを非 難させようとしてやったのだと言う。 30「子供たちを請け出す王」Bom. 198∼200(169∼170)/ Ch. 17I 公正寛大で優しい王が、裸で嘆き悲しんでいる子に出会う。訳を聞くと、父が破産し、 借金のかたに 6 人の子供たちが次々と債権者に奴隷として連れ去られた。父は最後に残 されたぼくと逃げたが捕まってしまい監禁されたのだという。王は自分の国でそのよう なことが行なわれていることを深く悲しみ、子とともに父親のところへ行き、借金を清 算し、他の子供たちをも救い出し、父親の財産を倍にして与える。 31「王と盲目の老婆」Bom. 200∼203(170∼172)/ Ch. 17J 前話の王の息子が狩りの最中供とはぐれて荒野をさ迷っているとき、木の下からうめ き声が聞こえてくる。致命傷を負った若い男であった。男は、「この山麓に住む遊牧民 だが、先ごろ敵に襲われ、仲間は殺されたり捕らえられたりして、家畜も奪われた。自 分は双子だが兄弟はそのとき殺されたので、この近くに埋葬した。母はその墓にすがっ て泣き暮らし、盲目になった。私は敵を追おうと思ったが老母に言われて思い留まり、 毎日母を兄弟の墓に連れて行った。今日、略奪者に襲われ、抵抗したため御覧のように なった」と言う。話を聞いた王子が、あなたに代わって母親の面倒を見ようと約束する と、男は死ぬ。王子は老母の世話をし、墓に連れて行ってやり、14年が経過する。老母 は王子を実の息子と思ったまま亡くなり、王子は埋葬して帰国する。その間に先王が亡 くなっており、王子の息子が王位に就いていたが、帰国した父を王にする。20年治めて 亡くなるとき、息子にすべてを語る。 32「罵り合う二人の男」Bom. 204∼206(172∼173)/ Ch. 17K 前話の王の息子。夜、大臣とともに町に出て、罵り合っている 2 人の男に会う。一方 は相手の貧しさをなじり、他方は相手の姉妹が娼婦で、母親は魔術師だと言って非難し ている。翌朝、2 人を呼んだ王は、貧しい男には財産を与え、もう 1 人の男の母と姉妹 を象に乗せて、老いた女は王の母であり、若い女は王の姉妹だと触れ回らせる。やがて 亡くなった母親は立派な女だったともてはやされるようになり、娘には諸王から結婚の 申し出が来るが、娘は出家する。男の子孫は高貴な家系となる。 33「 し取られた宝石を取り戻す」Bom. 211∼216(176∼178)/ Ch. 17L
さまざまな病を治す不思議な力のある宝石を持つ男がいる。その宝石のことを知った 恥知らずな男たちが、善人を装い、宝石を し取る。持ち主は正しい使い方をするよう にと約束させて渡すが、詐欺師たちは金 けのために使い始める。死の床に就いた持ち 主は誠実な者たちを選び、宝石の管理を任せるとともに、悪用している者たちがいるこ とを打ち明け、宝石を取り戻すように頼む。詐欺師たちは模造品を作り、売って金 け をしている。各地に散った宝石管理者たちは、自分たちが持っている本物と比べるとい う方法を使って宝石を取り戻す。 34「二人の兄弟」Bom. 217∼218(179∼180)/ Ch. 17M 2 人の兄弟がいる。両親は年老い、幼い弟妹がいる。 1 人はもう 1 人に家族の世話を 押し付けて隠 してしまい、両親や弟妹が泣いて頼んでも、自分の意志を曲げない。も う 1 人は、両親が亡くなり、弟妹が成人するまで献身的に家族の世話をする。 2 人の兄 弟のうち、真理に近いのはどちらであろうか。 35「猿に助けられた二人の王子」Bom. 219∼221(180∼181)/ Ch. 17N ある王が戦争に出かけている間に道に迷った 2 人の王子が、さ迷い歩くうちに山のふ もとの泉に出る。野獣を恐れた 2 人は山中の洞窟で夜を過ごすが、そこには猿の群れが いた。猿たちは 2 人に果物を与える。やがて 2 人は猿とともにいることを楽しむように なり、年を経て思春期に達し、猿との間に子を作る。一方、子供たちを捜し続けていた 王はやっとのことで 2 人を見つけ出す。 1 人は猿たちと別れて父のもとに帰るが、もう 1 人は猿たちのもとにとどまることを選ぶ。 2 人のうち真理に近いのはどちらか。 36「狂人の町の医者」Bom. 224∼226(183∼184)/ Ch. 17O 狂気に襲われた町があると聞いた王(神)が、住民を治療するために医者としてブッ ダを派遣する。住民は結束して医者を殺そうとする。医者はひとりを襲い、縛り上げ、 治療すると、その人に手伝ってもらって、また別の 1 人を治療する。狂人の中に背の高 いたくましい男がいて、皆が彼に従っていることに気づいた医者は、治癒者の数がある 程度増えたときに、その男を捕らえて治療する。その男の助けを借りて、多くの者を治 療し、治った者たちにあとを託して医者は王のもとに帰って行く。 37「金の壺」Bom. 230∼233(186∼188)/ Ch. 17P 王が金を産出する国を征服するが、財務官を任命すると、規定の大きさの純金の壺を 作って、それを年貢として送るよう命じて帰国する。財務官が交代するたびに、金の純 度は落ち、金メッキをした銅の壺になり、金の彩色をしたガラスになっていく。最後の
財務官は略奪し、職人を殺し、王に反逆する。 38「ある雛鳥の物語」Bom. 241∼245(192∼194)/ Ch. 17Q 海岸に棲む鳥がいる。その鳥が家に巣を作って雛が生まれると、その家を災いや病か ら守ってくれる。飢饉のため食糧不足となったとき、王はその鳥を食べるよう命じる。 家に巣を作っていた鳥たちは海岸や砂漠に逃げるが、人々は夜間に巣を襲い、雛を食べ るようになる。王の寵臣のひとりが 1 羽のひなを見つけるが、常々かわいそうだと思っ ていたので雛を黒く染めてかくまい育てる。鳥がいなくなったため、魔術師、泥棒、姦 者が人々を堕落させるようになる。彼らは鳥を恐れていた。鳥が空を飛ぶだけで彼ら の活動は妨げられる。彼らは王に、1 羽の鳥がかくまわれていることを告げ、鳥を追放 するよう進言する。雛は仲間の鳥たちのところに追放されるが、鳥たちは飛び続け、魔 術師たちを苦しめる。(ショーヴァンは「登場人物の立場を説明する以外の目的を持た ないので、さしたる重要性はない」と記している) 39「兵士とその好色な妻」Bom. 251∼252(197)/ Ch. 17R 美しい妻を持つ兵士が、他の男たちに誘惑されないようにと、男が欲しくなったら髪 で耳を覆え、そうしたら情欲を満たしてやると妻に言う。ある日、町が敵に襲われ、出 陣の用意をしていた夫を見て妻は情欲を感じ、髪で耳を覆う。男は妻の欲望を静めてか ら出兵する。敵を恐れたのかと責められた男は、打ち破るのが難しい内なる敵と戦って いたのだと弁明する。 40「女を見たことのない少年」Bom. 254∼256(199)/ Ch. 16「悪魔」 ある王に息子が生まれるが、王子は20歳になるまで地下室で育てられる。星占いで、 その年齢より前に外の世界を見たり太陽を見たりすると命を落とすであろうと予言され たからである。20年後、王子はあらゆるものを見せられ、その名を教えられるが、女た ちについては、男を誘惑して道を誤らせる悪魔だと教えられる。何が一番気に入ったか と父に尋ねられた王子は大声で「悪魔が一番気に入りました」と答える。 41「女色の誘惑」Bom. 256∼260(199∼202) 王は息子を繋ぎ止めるために娘たちをはべらせる。王子はその中にいたある王女に魅 せられて一夜を共にし、王女は妊娠する(271<207> で息子を出産)。 ジョージア語版『バラヴァリアーニ』以下のキリスト教徒版では、娘たちの中のある 王女に心を惹かれ、苦しみ悩み、祈っているうちに眠りに落ちる。
42「ブーダーサフの幻/夢」Bom. 260∼261(202) 前話で王女と一夜を共にしたのちのある夜、王子は天国と地獄の幻を見る。幻から覚 めた王子は、周囲にいる娘たちを醜いと思う。 ジョージア語版『バラヴァリアーニ』以下のキリスト教徒版でもほぼ同じで、天国と 地獄の夢から覚めた王子は周囲の娘たちを醜いと思う。 43「孔雀と 」Bom. 265∼268(204∼206)/ Ch. 17 異国の商人(ブッダ)が、ある王の財宝を見て、孔雀(信仰)がないと言い、それが どんなものなのかを説明する。 1 羽を手に入れて来いと命じられた高官(偶像崇拝者) は、孔雀のいる国は遠方でもあるし、購入代金に目がくらんだので、 (異端)を手に 入れ、色を染めたのち、これが孔雀ですと言って王に渡す。しばらくのちに商人が 2 羽 の孔雀を持って戻って来ると、王が孔雀ならすでに持っていると言って見せる。商人は、 それは孔雀ではなく ですと言って、本物の孔雀を見せる。高官は、それは禍をもたら す鳥であり、自分が持って来た鳥こそ本物であると言い張る。商人は高官の鳥を湯と石 鹸で洗い、それが に過ぎないことを証明する。王は商人の鳥をも洗わせるが、孔雀の 姿は変わらない。王は商人に報い、高官を罰する。 44「金持ちと渡し守」Bom. 283(213∼214)/ Ch. 17S 千ディーナールずつ入った千個の袋を持つ男が河を渡ろうとしたが、船も浅瀬もな い。波を静めるか橋をかけてもらうかするために、男は金の入った袋を河に投げ入れる が、願いは叶わない。袋が最後の 1 つとなったとき、船乗りが現われ、数ディーナール で男を向こう岸に渡してやり、無駄に金を使ったものだと同情する。(これは、人生の 終わりになってやっと改宗する人のことである)
第二部
イブン・バーブーヤ(IB)の固有話の 概。邦訳(竹田新「『ビラウハルとブーザーサ フ物語』の補遺――三つの仏教説話――」)と原典 Stern/Walzer (S/W) のページ数を記す。 47「無常を知り出奔した王子」から51「羅刹女」までが『ブーダーサフだけの書』である とされている(次号掲載予定の「概説」Ⅲも参照されたい)。 45「白髪を見て悔い改める王」Ch. 18A. 竹田訳第一話207∼214。S/W15∼24. 王亡きあとに生まれた王子が、やがて成長して暴政を行なうようになる。32歳になっ たとき、宮殿を建て、家臣たちを集め、壮麗な光景を楽しもうとする。そのときふと鏡を見て 1 本の白髪に気づいた王は、それを死の先触れと思い、恐れて悔い改める。王は 家臣たちにそれまでの悪政を謝る。その後王国は栄え、王は64年の生涯を閉じる。 46「髑髏」Ch. 18B. 竹田訳第二話214∼217。S/W24∼28. 敵に苦しんだ父のあとを継いで息子が王になって敵を破り、国は栄える。ところが王 は急変して暴君となり、長い時が経つ。王に意見をしようと思った家臣が 1 人いたが、 王の横暴さに二の足を踏む。そこへもう 1 人、領地の片隅に住んでいた男が髑髏を持っ て王を訪れ、王の前で髑髏を踏みつけ、さらに髑髏の目と口に土を入れる。激怒した王 の問いに男はこう答える。王家の墓地でこの髑髏を見つけたが、丁重に扱っても、召使 いに侮辱させても髑髏には何の変化も起こらない。身元も分からない。陛下に尋ねれば 分かるかもしれないと思って持参したのだが、この髑髏は王の髑髏か、貧者の髑髏か、 どちらでしょうか。陛下は足で踏まれるこの髑髏のようにはなりませんように、と。そ う言われた王は恐ろしくなり、悔い改め、亡くなるまで幸福に過ごす。 47 「無常を知り出奔した王子」Ch. 18C. 本話から51まで竹田訳第三話217∼225。S/W28∼38. やっと生まれた王子が、すくすくと育ったある日、突然、「あなたたちは軽やかに動 くだろう」「やがて老いるだろう」「やがて死ぬだろう」と言ったかと思うと、再び子供 らしく遊ぶ。王が占わせると、王子は、宗教的な指導者となるだろうと予言される。青 年となった王子が、ある日外出し、葬列を見て死を知り、老人を見て老いを知り、病人 に会って病を知る。宮殿に戻った王子の言うことが、他の者たちにはうわごとのように 思える。結婚させればそのようなことはなくなるだろうということで結婚式が挙げられ るが、その夜、王子は外出し、町で出会った若者とともに出奔してしまう。異国に行っ た王子はその国の王女に気に入られる。王が王子を呼んで娘との結婚を提案する。王子 は48「死体と一夜を過ごした王子」、49「毒蛇の入った黄金の箱」の 2 話を語り、謝絶 をほのめかす。そこへ王女が現われて王子に恋心を伝える。王子はさらに50「兄を救い に行く弟」を語って申し出を断わる。すると、いっしょにいた若者が王女に結婚を申し 込み、王は承知するが、王子が51「羅刹女」を語ると、若者は結婚を思い留まる。王子 と若者はさらに国々を巡った末、帰国する。 48「死体と一夜を過ごした王子」Ch. 18C1(Ch. 18C の挿話)。竹田訳221。S/W32∼33. 友から食事に招かれた王子が泥酔して帰る途中、墓地を住まいと勘違いし、死臭を芳 香、人骨を寝床、亡くなったばかりの死体を妻だと思い込んで一晩中戯れる。翌朝気づ いた王子は帰宅するが、誰にも会わなかったことを幸いと思う。王子はまた同じことを 繰り返すだろうか。
49「毒蛇の入った黄金の箱」Ch. 18C2(Ch. 18C の挿話)。竹田訳222。S/W33∼34. 王の宝物庫に盗みに入った盗賊たちが黄金の箱を見つけて盗み出す。開けると毒蛇が 飛び出して来て盗賊たちを皆殺しにする。そういう箱だと知っている者は再び箱を開け てみようと思うだろうか。 50「兄を救いに行く弟」Ch. 18C3(Ch. 18C の挿話)。竹田訳223。S/W34∼36. 捕虜になった兄の王子を弟の王子が助けに行く。兄が捕らえられている町の外に宿を 取った弟は召使いたちに命じて商品を売らせ、自分は人混みに紛れて町に入る。兄がい る牢獄に着いて小石を投げると、兄は叫び声を上げる。兄の生存を確認した弟は宿に帰 り、翌日、再び商品を広げてから町に入る。兄の枷をはずして町の外に連れ出し、船を 用意していると言って兄を逃がす。逃げた兄は途中、穴に落ちる。その中には大蛇がお り、穴のそばの木には12匹の悪鬼がいて、木の根元には12本の抜身の剣がぶら下がって いる(08「井戸の中の男」参照)。何とかして穴から抜け出した兄は船に乗って帰国する。 この兄は、自分が体験した状態に再び戻ろうとするだろうか。 51「羅刹女」Ch. 18C4(Ch. 18C の挿話)。竹田訳224∼225。S/W36∼37. 商船が難破し、商人たちが羅刹女の島に上陸する。羅刹女は気に入った男と結ばれる と翌朝にはみんなで男を食ってしまう。そのことに気づいた 1 人の男が、警戒して眠ら ずにいて逃げ出し、通りかかった船に助けを求めて帰国する。その男と結ばれた羅刹女 は仲間から、男をひとりで食ってしまったと疑われ責められたので、男を追いかけて、 見つけ出す。男は代わりの男を教えるから殺さないでくれと頼み、2 人して王のところ へ行く。女は男のつれなさを王に訴える。女の美しさに魅了された王は女と結婚するが、 夜が明けると女は王を殺し、バラバラにして仲間のところに運んで行く。そうなること を知っている者は、そういう目に遭いに行くと思うだろうか。
第三部
イブン・ハスダーイ(IH)の固有話を N. Weisslovits のドイツ語訳から訳出する(IH6-1 は第 6 章の第 1 話を表わす。章内に 1 話しか含まれない場合は章番号のみを記し、W. と してページ数を記す)。短いものは原文からの翻訳と思われるが、長い物語の場合は要約 であると思われる。しかし、いずれにしろショーヴァンの短すぎる要約に比べれば、物語 の内容は遙かによく分かる。なお、56「断食するヨセフ」と65「老裁判官」はヴァイスロ ヴィッツは触れていないので、Meisel によるドイツ語訳から訳出する(M. としてページ 数を記す)。冒頭の掲載順は第一部と同じであるが、ページ数は Weisslovits または Meisel
のものである。57「ダヴィデとツィクラグの碑文」(Ch. 20)と58「王と断食中の羊飼い」(Ch. 21)は17「王と大臣と貧しい夫婦」(Ch. 11)の挿話、60「恋をしてまともになった王子」(Ch. 23)は19「金持ちの若者と貧しい娘」(Ch. 13)の挿話であるので、17(これはハレ要約 版にもある)と19も訳出する。 52「アレクサンドロスと少年」(IH61, W. 72∼73) 昔のこと、面会したいと言って来た賢者たちにアレクサンドロス大王が、「そなたた ちの中から、何が望みなのかを述べる者を 1 人選べ」と言うと、1 人の少年が立ち上がっ て王に歩み寄って来た。アレクサンドロスが少年に下がるよう指図して、「何の用だ、 自分のところにすわっていろ。お前はまだ若すぎる。もっと年上の者に話をさせるがい い」と言うと、少年はこう答えた、「神様のお恵みがありますように、王様。人はその 年齢によってではなく思慮分別によって判断されるべきだと思います。もしそうでない のであれば、この人たちの中にあなたよりも玉座にふさわしい人がいるはずです」。 53「危険な愛」(IH62, W. 75) 昔、口先ばかり達者な男が公正なヨセフに向かってこう言ったそうだ、「神の預言者 よ、私はあなたがどんな友人や親戚よりも好きです」。するとヨセフはこう答えた、 「人々が示してくれた愛情のせいで、私はひどい災難に遭ったことがあります。父は私 を愛してくれたのですが、それを妬んだ兄たちが私を蠍や蛇がうじゃうじゃいる穴に投 げ込み、挙句の果てに私を奴隷としてエジプトに売り払ったのです。〈その地で〉ポティ ファルの妻が私を愛するようになったせいで、私は牢獄に放り込まれ、長いことそこで 過ごす羽目になりました。ですから私は神以外のほかの誰かが私を愛することは望まな いのです」。 54「海鳥と釣り針」(IH9, W. 81)/ Ch. 19「軽率な鳥」 海辺で暮らし魚を食べていた 1 羽の鳥が、ある日、ピチピチした大きな魚のかかって いる釣り針を猟師が引き上げているのを見た。〈魚しか目に入らなかった鳥は〉素早く 舞い降りて行き、思いがけず目にした獲物に飛びかかって、貪欲にそれを呑み込んだ。 すると、どうしたことだろう。喉がムズムズとしてきたので咳払いをし〈て吐き出そう とし〉たが、できなかった。釣り針ごと魚を呑み込んでしまったのだ。早くも猟師が釣 り針を引き寄せ始めたのだが、間一髪のところで軽はずみな鳥は釣り針から逃れて飛び 去って行った。幾日かが過ぎ去り、再び空腹に見舞われるようになったが、鳥にはもは や魚を捕まえる勇気はなかった。どの魚にも尖った釣り針が隠れているものと思い込ん でしまったのだ。思慮が足りなかったゆえに身を滅ぼしそうになったわけであるが、今
や用心深さがあまりにも度が過ぎて死が避けられなくなり、ついに餓死してしまった。 55「人糞の臭い」(IH122, W. 88) あるとき、1 人の男が賢者といっしょに、人糞だらけの場所のそばを通りかかった。 男は悪臭から逃れようとして鼻をつまんだ。すると賢者が言った、「ねえ、君、この臭 いは好ましいものだったのだ、君が人糞と関連付けるまではね。そのことを覚えておい てくれ、そして、『くせーっ』と言うのをやめるんだ」。 56「断食するヨセフ」(IH123, M. 163) 信心深いヨセフは、国が飢饉に見舞われている間、ほんのわずかしか食事をせず、満 腹することは決してなかったと言われている。「あなたは《分別のある方》だと言われ ている。それなのに、いつも素晴らしい財宝に囲まれていながら飢えに苦しんでいるの ですか」と問われて、ヨセフはこう答えた、「私が恐れているのは、腹いっぱいに食べ てしまったら、飢えに苦しむ大勢の人々のことを忘れてしまうのではないか、というこ となのです」。 17 「王と大臣と貧しい夫婦」(IH161, Ch. 11「偶像崇拝の王と誠実な大臣(貧しい夫婦)」, W.95∼98) +57「ダヴィデとツィクラグの碑文」(IH162, Ch. 20「ツィクラグのダヴィデ」, W. 96∼97) +58「王と断食中の羊飼い」(IH163, Ch. 21「王と羊飼い」, W. 97) [17「王と大臣と貧しい夫婦」(IH161)]聡明ではあるが偶像を崇拝している王に、と りわけ親密にしている大臣がいた。 2 人はまるで誠実な兄弟であるかのように接し、互 いに何ひとつとして隠し事はしなかったが、偶像崇拝については大臣は王に問いかける ことはしなかった。不興を買うことを恐れたからである。あるとき、眠れぬ夜を過ごし ていた王が、町を見て回ろうと大臣を誘った。歩き回っているうちに 2 人は、ゴミ捨て 場と呼ばれている場所にやって来た。町の人々がそこにゴミを積み上げていたのだ。そ のゴミの山に近づいた 2 人は、その奥から光が漏れているのに気づいた。びっくりした 王が、「あの奇妙な現象をもっとよく見てみよう」と言った。そばまで行くと小さな 間があり、ゴミの山の内側を覗き見ることができた。そこには空間があり、貧しい夫婦 が住まいとして利用していた。楽しみ喜ぶ声、歌と楽器の演奏が中から聞こえてきた。 とりわけ姿形の醜い男が、ゴミの中から見つけたボロ服を身にまとい、醜さでは引けを 取らない連れ合いが夫のために立派に使えるゴミを寄せ集めて作ったソファーに、ゆっ たりとすわっていた。その前には同じ材料と同じ仕上がりのテーブルがあり、その上に 食べ物と葡萄酒が載っていて、2 人して飲食をし、歌ったり戯れたり、ダンスをしたり
飛び跳ねたりしながら、妻は夫を王の中の王よと呼び、夫は妻を王国の妃よと呼んでい た。その光景にびっくりした王が驚きの声を上げた、「あの 2 人の貧しい夫婦に勝る大 きな、心からの喜びを見たことはないぞ」。 その絶好の機会を利用して、聡明な大臣が、人間の偉大さや権力ははかないものであ ること、神と多くの人々が告白している信仰は果てることなく永遠であることについて 語る。ここで次の 2 つの逸話が引用されている。 [57「ダヴィデとツィクラグの碑文」(IH162)]ダヴィデ王が、ある時、ツィクラグと いう町の墓地で次のような碑文を見つけた。「私はかくかくしかじかの王で、千年の長 きに亘って統治し、千の地方を征服し、千の軍隊を撃破し、純潔な千人の王女を手に入 れた。ところがわが末期は見ての通り。ほこりと灰がわが臥所、木石がわが枕。私は誘 惑されてしまったのだが、私を見る者は皆、この世に誘惑されてしまうことのないよう にしてほしいものだ」。 [58「王と断食中の羊飼い」(IH163)]昔、暑い夏の日に狩りに出かけた王が、昼食の 時間になったとき、「わしといっしょに食事をする者を誰か呼んで来い」と従者に言っ た。従者が連れて来た羊飼いに王が、手を洗って、いっしょに食事をするよう求めた。 ところが羊飼いはこう答えたのだ、「食事はしません。あなたより優れた方が私を招待 してくださっていて、私はもう承知してしまったのです」。王が ねた、「それは誰なの だ」。「崇高なる神様が断食をするよう勧めてくださったので、私は今断食をしているの です」。「しかし、どうやってこの暑い日に断食をするつもりなのだ」。「今日よりもうん と暑い日にだって断食はします」。「では、今日はわしのために食事をし、断食は明日に するがよい」。「私が明日という日を見ることができると保証してくださるのなら、そう しましょう」。「いや、それはできぬ」。「そういうことなら、御自分にできることに精進 し、できないことには構わないでください」。王は赤面し、羊飼いは去って行った。 [17の続き]引き続く対話の末尾で大臣は次のように言う。 「そういうわけですから、賢者たちはこの世を蛇や蠍や野獣に満ちた不毛な土地にな ぞらえているのです。その空気は暑く、水はぬるいので、そのためあらゆる成長が阻害 されてしまうのです。周りには塀があって、たわわに実をつける木々や健康に良い水と 空気を守っており、その外側の一方の側にはすばらしい肥沃な土地と尽きることのない あらゆる楽しみがあり、もう一方の側には堕落と破滅があるのです。その言葉を説き明 かすと、こういうことです。不毛な土地とはこの世のことであり、野獣とは罪びとや悲 哀のこと、塀の中のたわわに実をつける木々は人がこの世で見いだす休養や休息を表わ し、一方にあるすばらしい肥沃な土地は来世における果報であり、もう一方の堕落と破 滅は罪びとたちが当然受けるべき破滅のことなのです」。 大臣が王に教え続けたので、ついに王は偶像崇拝をやめ、苦行者や信仰を告白した者
たちの仲間となる。 59「披露宴に出ようとした犬」(IH17, Ch. 22「披露宴に出た牝犬」、 W. 103) 隣り合う 2 つの小さな町で、あるとき、まったく同じ日に婚礼があった。その 1 つの 町に住んでいた犬が、腹いっぱい食べるためにその絶好の機会を利用せずにはおかない ぞと思った。そこで朝早く起き、婚礼が行なわれる隣り町へ急いだ。ところが、到着し てみると早くもすべてが終わっていたので、住んでいる町に大急ぎで引き返した。そこ でならまだ何がしかにありつけると期待したのだ。汗まみれになって大食堂に入ってみ ると、ああ、何ということか、婚礼の跡形もなくなっていた。亭主と女将はまだそこに いたものの、2 人は犬に少しばかりの脂肪たっぷりな食べ物を恵んでやるどころか、し たたかにぶん殴ったのだった。 19「金持ちの若者と貧しい娘」(IH181, Ch. 13, W. 104∼106) +60「恋をしてまともになった王子」(IH182, Ch. 23, W. 105) [19「金持ちの若者と貧しい娘」(IH181)]ある裕福な男が息子を、大金持ちの兄弟の 1 人娘と結婚させようとした。ところが若者は自分に定められた娘にどうしても好意を 持つことができず、結婚を押し付けられるのを避けるために父の家を出た。さ迷ってい るうちに遠く離れたある町にやって来た若者は、ある家の前にすわっている娘を目にし て、死ぬほどの恋に落ちてしまった。「お嬢さん、あなたはどなたの娘さんですか」と 若者は声をかけた。娘は玄関に滑り込むや、ドアをピシャリと閉め、「私は貧しい老人 の娘です」と大声で言った。素早くドアに駆け寄った若者が哀愁を込めた歌を歌うと、 娘も同じようにそれにふさわしい詩で応じた。そこで若者は老人を呼び出して、言った、 「ご老人、あなたの娘さんを私の妻にください。娘さんが気に入ったのです。あなたを 生涯に亘り、尊敬を込めてお世話いたします」。老人が答えた、「どうしてあなたは貧し い娘に求婚するのですか。あなたは裕福で名のある御両親の後継ぎではありませんか」。 若者はそれまでのことを物語り、含蓄のある金言をいくつか引用したあとで、格調の 高い見事な詩で純粋な愛の力と効果を描いてみせる。若者の才気と雄弁さにひどく驚い た老人は好感を抱くが、愛はまともな言動を妨げるものだと異議を唱える。若者はそれ を否定しないが、愛がそれとは逆の結果をもたらすこともあるのだということを証明す る次の物語を語る。 [60「恋をしてまともになった王子」(IH182)]父親になる歓びに長いこと恵まれなかっ た王に、老齢になって息子が生まれた。ところが、成長した若者はものぐさで、薄情で、 浅はかで、物分かりが悪く、ぼんやりしており、それが王にとってはとにかく悩みの種 であった。王子の教育者として才能に れた何人かの学者が選ばれたのだが、いかなる
教授法を用いても生徒の愚鈍さには歯が立たなかった。ある日のこと、教師の 1 人が王 を訪れて、こう報告した、「王子様を教え導くという望みはすべて諦めざるを得ません。 新たな、ひどい禍が王子様に見受けられるようになったのです。どういうことかと申し ますと、散歩をしていた折、王子様はある娘を見て、恋をしてしまったのです。その日 からというもの、食べ物も飲み物も喉を通らなくなり、恋する相手のことばかりしか考 えなくなってしまったのです」。それを聞いた王は緋衣を脱ぎ、それを使いの報酬とし てその教師に与えて、こう言った、「そなたが私にもたらしてくれたような良い知らせ を神がそなたにもたらしてくださり、そなたが私を慰めてくれたようにそなたを慰めて くださらんことを」。こうして王は問題の〈娘の〉父親を通じて、娘にこう言わせたのだ、 「王子の挨拶に応じてはいけない。もし求婚されたら、私は賢く聡明な人と一緒になり たいのと言ってはねつけるのだ」と。娘は王の命令通りにした。するとどうだろう、愛 する人と結ばれるよう、王子はまともで聡明な男になるために努力し始め、長い時間を かけて、事実それを成し遂げたのだった。 [19の続き]若者が今一度願いを繰り返すと、老人は、「どんなことがあっても娘と離 れることはできませんし、あなたの御家族が貧しい娘との結婚に満足なさるとはどうし ても思えないのです」と答えた。「娘さんが貧困を富と、貧しさを豊かさと取り換える ことをお望みでないのであれば、私が家族を捨て、あなたがお亡くなりになるまであな たのお側にとどまりましょう」。熱心な求婚者が豪華な服を脱ぎ捨て、貧しい男の着る 服を身につけると、老人はドアを開けた。注意深く若者の理解力や心の深さを調べ、欠 点がないと分かると、老人は若者に を渡し、「さあ、あの部屋を開けてみてください」 と言った。驚いたことに、金銀、真珠や宝石に満ちたいくつもの立派な広間が目の前に 広がっていたのだ。「このすべては、息子よ、あなたのものです」と老人が大声で言った。 61「アレクサンドロスの演説」(IH202, Ch. 24, W. 110) 師のアリストテレスを右側に従えて、王国の高官たちに演説しようと演壇に登ったア レクサンドロスは、こう言って演説を始めた、「神に仕える諸君、異邦人のごとく、あ るいは旅人のごとく、この世にいる自らに目を向けよ、そして、亡くなった者たちを先 例とするのだ。人類の父であるアダムはどこにいるのか、最初の使徒であるノアはどこ に、神とともに歩んだハノクはどこに、偶像を破壊したアブラハムはどこに、預言者た ちの筆頭であるモーセはどこにいるのか。かつて存在した人々はどこにいるのか、彼ら の王たちはどこに、黄金の鎖を首に掛け、豪華な装飾品を頭に載せたあの人々はどこに、 激しい戦いをしたあの者たちはどこにいるのか。――皆いなくなってしまった、皆消え 失せてしまったのだ。彼らが手に入れたものは何ひとつとして彼らの役には立たなかっ た。彼らが手に入れ、積み上げたものは何ひとつとして彼らを救いはしなかったのだ」。
62「暴君と召使い」(IH241, Ch. 25「暴君と自分の過ちを増した召使い」, W. 116) 昔、誰もが恐れる暴君がある町を治めていた。その食卓に食事を運んでいた召使いが、 あるとき恐怖のあまりに少しだけスープをこぼしてしまった。それを見た王が激しく怒 り出すと召使いは深皿をつかむや、その中身をすっかりぶちまけてしまってから、こう 言った、「分かっています、王様、最初の取るに足らぬ過ちゆえに王様は私をひどく罰 するでありましょうし、そうすることによって国民の間の王様の人望が大いに損なわれ るであろうことが。それを防ぐために、私に与えられる罰を正当化できるようにして差 し上げたのです」。王はその言葉が気に入り、召使いにすばらしい贈り物をした。 63「動物の言葉(雄鶏の教え)」(IH242, Ch. 26「雄鶏」, W. 117∼119) ソロモン王には、毎年のように遠い国から会いに来てくれる友人がいた。ある年のこ と、その友人が王に珍しい贈り物を持って来た。ソロモンが何かお返しをしたいと言う と、男はこう言った、「財宝なら十分に持っている。それでも喜ばせてやりたいと言う のなら、鳥や動物の言葉を教えてくれないか」。ソロモンは承知したが、その前に警告 をした。動物が話したことをひと言なりとも人に漏らしたりしたら死は免れないという 大きな危険を伴なうからだ。男は、そんなことは構わないからどうか〈動物の〉言葉を 教えてほしいと頼み、王はその願いに応えた。 ある日、男が妻といっしょにすわっていたとき、野良仕事から帰って来た牡牛が家畜 小屋にいる驢馬の横に繋がれた。「しんどい、とにかくしんどい。昼も夜もとんでもな い重労働で、こき使われているんだ」と牛が言うと、驢馬が慰めるようにこう言った、「い いことを教えてやろう、そうすれば堂々と仕事を休むことができるぞ」。牛が喜んで、「兄 弟、いつもそんなふうに俺のことを思っていてほしいもんだ」と大声で言うと、驢馬が 言葉を続けた、「嘘じゃないさ、曇りのない純粋な思いでそう言っているんだ。いいかい、 夜の間飯を食わないようにするんだ、そうしたら主人は君が病気だと思うだろう、そう すれば何日か仕事を休ませてくれるよ。ぼくもそうしたおかげで、見ての通り、快適な 休暇を楽しんでいるのさ」。その助言がすっかり気に入った牡牛は、それに従った。 夜、小屋に行ってみた男は、牛が眠っている間に驢馬が牛の分の秣に忍び寄ってそれ をすっかり平らげてしまったのを見て、大笑いをした。いっしょについて来ていた妻が ひどく驚いて、どうして笑ったのと ねたが、男は曖昧な返事をしただけであった。 朝になると男は召使いに、牛は病気だから今日は仕事はできない、驢馬を引き出して 牛の代わりに仕事をさせるんだ、と言った。 夕方、すっかり疲れ果てて戻って来た驢馬に牛がこう尋ねた、「兄弟、あの薄情な人 間どもがぼくのことを何と言ってたか聞いてないかい」。「聞いたよ、今夜 を食わな かったら、明日は肉にしてやるって言ってたよ」。その言葉は牛にとっては青天の霹靂
であった。ギクリとした牛は大慌てで に飛びつき、すっかり平らげてしまった。その 会話を今回も聞いていた男は、またもや大声で笑い出した。すると、妻がいきり立って ねた、「何て恥知らずな人なの、どうしてまた笑ったりなんかしたのよ。笑わせてく れる人なんてここには誰もいないじゃないの。きっと私のことを笑ったのね。いいわ、 あなたが大笑いした理由が分かるまで、私、食事を断つことにするわ」。この秘密を打 ち明けたら命がないんだ、と言って男は妻をなだめようとしたが、無駄であった。妻は 要求し続けたのだ。「分かった。そういうことなら家の片づけをして、身の回りの整理 をすることにしよう」と男は言った。 部屋に 1 匹の犬がいた。その前にはパンや肉があったが、犬はそれに触れようともせ ず、間近に迫った主人の死を悲しんでいた。そこへ妻たちを引き連れた雄鶏が入って来 てパンと肉をついばみ、うまそうに食べてしまった。腹を立てた犬は雄鶏に跳びかかり、 こう言った、「薄情な奴め、御主人さまがあと数分もすれば死んでしまうというのに、 お前はその家の中で楽しめるほどずうずうしいのか」。すると雄鶏がこう応じた、「おれ にどうしろって言うんだ。お前の主人には〈女房は〉1 人しかいないのに、それすらま まにならないというのか」。「どうすればいいんだ」と犬が ねると、雄鶏は答えた、「太 い棒を探して来て、それで青あざができるまでしたたかにぶん殴るんだ。そうすれば、 もう 2 度と秘密を知りたいなんて思わなくなること請け合いさ」。その会話を聞いてい た男は、その通りに実行して死を免れた。 64「五種の人間(最も〇〇な者は誰か)」(IH261, W. 121) 王子が苦行者に ねた、「最も誠実なのは誰で、最も邪悪なのは誰で、最も分別のあ るのは誰で、最も愚かなのは誰で、最も幸せなのは誰なのですか」。 苦行者は答えた、「最も誠実なのは魂にふさわしいものを魂に与える人であり、最も 邪悪なのは不正を正しいこととし、正しいことを不正とみなす人、最も分別があるのは (来世への)長い旅に間に合うように路銀を用意する人(10「一年だけの王」参照)、最 も愚かなのは今だけのために生きる人、最も幸せなのは神によって永遠の命を与えられ た人です」。 65「老裁判官」(IH262, Ch. 27「裁判官」, M. 271) 老齢の裁判官を買収して真実と法を曲げさせようとした人がいた。裁判官は答えた、 「年齢は私の光だ。私の精神はそうではないというのか」。 66「商人と二人のならず者」(IH27, Ch. 28「裏切り(三人の泥棒)」, W. 122) とんでもなく大金持ちの商人がある町を訪れたことがあった。すると友人同士の 2 人
の詐欺師が商人を訪れて取引を持ち掛けたが、実のところはその金を奪い取る腹積もり であった。 2 人がたくさんの宝石を広げて見せたので、悪いことが起こりそうだとは思 いもしなかった商人は、宴会の用意をして 2 人を招いた。ところが 2 人のどちらもが、 目の前にある莫大な獲物を相手と分け合うのを惜しんで、相手の食事に毒を仕込んだの だ。その不誠実さのせいで 2 人は命を落としたが、商人は命拾いをした。 67「熊と猪」(IH301, Ch. 29「猪と熊」, W. 124) 旅の途中、森に足を踏み入れた男が熊と猪に気づいた。「うまく逃げおおせなかった ら、おしまいだ」と思った男は太い樹のうしろに隠れて、猪に矢を射かけた。猪はあた りを見回したが、熊以外には誰もいなかった。あいつのせいで痛い目に遭ったのだと 思った猪は熊に突進して行き、互いに引き裂き合った。 68「パンについた髪の毛」(IH302, Ch. 30「髪の毛」, W. 124) 大勢の客をもてなしていた王が、ある客のパンに髪の毛が 1 本ついているのに気づい て、こう言った、「お客人、そのパンを口から出してくださらぬか、髪の毛がついてい るのでな」。するとその客は腹を立てて、こう言った、「そんなに遠くから髪の毛に気づ くとは、私が 1 口食べるごとによほど注意して見ているのですな。そういうことなら私 はもうあなたのお招きには応じないことにしましょう」。 69「人形で夫をだます浮気妻」(IH303, Ch. 31「人形」, W. 124∼125) 人々から尊敬されている商人の妻が召使いに好意を寄せ、愛するようになった。ある とき彼女が召使いにこう言った、「どうしましょう、思いがけず夫がやって来たら、私 たちの関係はそれっ切りおしまいになってしまうわ。だから、私の言う通りにしてちょ うだい。木の棒を探して来て、それに私の服を着せ、装飾品をつけて、それをあなたの 寝室に運んでおくのよ。帰宅したときに私の姿が見えなかったら、夫はきっとあなたを 呼ぶわ。でも何も答えないでね」。 真夜中に帰宅した商人は妻を捜したが、見つけられなかった。嫉妬に駆られて召使い の寝室に駆け込んだ商人は、2 人が抱き合って横になっているのを目にした。「この悪 党め」と欺かれた夫が叫んだ。ところが召使いは、こう言って〈主人を〉なだめたのだ、 「どうして奥さんにこんな恥知らずなことができると思えるのですか。奥さんは御両親 の家にお泊りで、ここにあるのは奥さんを思うあまりに私が作った人形に過ぎません」。 召使いの言うことはもっともだと思ってしまった商人は、このことは妻には言わないで おいてほしい、と頼んだ。策略に富んだ妻は、こうして恋の相手に、邪魔されずに、長 いこと身を委ねることができるようになった。
70「自分の喉を切った猿」(IH311, Ch. 32, W. 126) あるとき、床屋が自分のひげを剃っている様子を猿が見ていた。男が部屋を出て行く と、猿はカミソリを手に取り、同じように剃ってみようとしたのだが、喉を切り裂いて 死んでしまった。 71「織物職人」(IH312, Ch. 33, W. 126) 昼夜を問わず仕事をし続けても、家族ともども食うや食わずの貧しい織物職人の住む 町で、あるとき盛大な結婚式が執り行なわれ、そこによそから大勢の歌い手や芸人が招 かれ、観客からやんやの喝采を浴びた。それに嫉妬心を呼び覚まされた貧しい織物職人 は、こう思った、「あいつらはたいして苦労もしていないのにもてはやされ、ちやほや されている。おれもあんな仕事をしてみたいものだ」。さて、芸人のひとりが高い櫓に 登り、その天辺から飛び降りて、すっくと地面に立ち、喝采を浴びて報酬を手にすると、 貧しい織物職人はもう居ても立ってもいられなくなり、その芸当が同じようにできるも のと思って素早く櫓によじ登った。そして飛び降りたのだが、真っ逆さまに落ちて、首 の骨を折ってしまった。
第四部
新約聖書に由来する72∼77およびアリスティデスの弁証論78 72「金持ちとラザロス」(BJ91, BY58) 贅沢に暮らす金持ちのもとにラザロスという貧しい男がやって来るが、金持ちはパン くずすら与えない。二人が亡くなると、できものだらけのラザロスはアブラハムに迎え られるが、金持ちは地獄に堕ちる。 73「結婚式」(BJ92) 息子の結婚式を催す王が大勢の人たちを招くが、多くは招待に応じない。やって来た わずかな者たちの中に礼服を着ていない男を見つけた王が理由を問うが、男は答えな い。王は男を縛って、暗闇に放り込む。招待に応じなかった者たちは偶像崇拝を続ける 者たちであり、礼服を着ずにやって来た男は信仰を穢したために追放された者である。 74「賢い娘たちと愚かな娘たち」(BJ93, BY60) 五人の賢い娘と五人の愚かな娘。愚かな娘たちはランプのみを、賢い娘たちはランプ と油を持って花婿を迎えに行く。夜中に賢い娘たちは婿を迎えて部屋に入り扉を閉める。愚かな娘たちは油を買って戻って来るが、扉は閉じられている。開けてほしいと頼 むが、あなたたちのことは知らないと言われる。油は善行を、夜中はその時がいつ来る のか分からないことを表わす。 75「放蕩息子」(WB118, BJ111, SH131, BY731) 父の財産を分けてもらった息子が外国へ行き、財産を使い果たす。飢饉にまで見舞わ れた息子は豚飼いとして雇われるが、やはり飢えに苦しみ続ける。父の召使いたちが十 分な食事をしていることに思いを馳せ、帰宅して、「私は罪を犯したので息子と呼ばれ るに値しないが、召使いとして雇ってほしい」と頼み込む。父は息子を抱き、息子が見 つかったと言って祝宴を開く。 76「良き羊飼い」(BJ112, SH132, BY732) 百頭の羊のうち一頭がいなくなったら、九九頭を野原に残して、その一頭を捜しに行 かないであろうか。見つけたら肩に担いで帰り、友人たちを集めてお祝いをする。罪人 が悔い改めるのは大きな喜びなのである。 77「ペテロの否認」(BJ113, BY74) イエスが捕まったときペテロはイエスを知らないと否認する。主の言葉を思い出した ペテロは外に出て激しく泣くが、やがて深く悔いて立ち直り、選ばれた師として目覚め、 キリストの「私を愛するか」という問いに、「愛する」と答える。
78「 アリスティデスの弁証論」(BJ27, SH33, LA391, E876/305a1-30, P257/4393, BY177, 加 津佐267, バレト351v) これは、ギリシア語版『バルラームとヨアサフ BJ』から派生した版のほぼすべてに 含まれている。邦訳に井谷嘉男訳、アリスティデス『弁証論』がある。 概は『黄金伝 説 LA』391∼392ページ、E876の酒見紀成訳166ページ左、加津佐版142ページ、バレト 版210ページで読むことができるが、ここでは酒見訳を引用させていただく。『黄金伝説』 の記述と大きな違いはない。 「カルデアとエジプトとギリシアの人々は過ちを犯しました。彼らは人間の役に立つ べく造られた被造物を神々とし、それらの家来となったのです。それ故、彼らは多くの 病気で損なわれています。また、ギリシア人も呪われた人間をサトゥルヌスのような 神々だと思っており、彼らが言うところでは、この神は自分の息子たちを食らい、自分 のペニスを切って海に投げ込み、そこからウェヌスが生まれた、そして彼は息子のユピ テルによって縛られ、地獄に投げ込まれたそうです。また、彼らはユピテルこそ神々の
王であり、彼はしばしば密通するために、動物の姿に化けて現われたと言います。[ま た、ウェヌスも]ある時はマルスを、ある時はアドニスを夫にしたのです。エジプト人 は仔牛や豚といった動物を崇めました。しかし、キリスト教徒は天から降って肉体を持 たれたいと高き王の息子を崇めました」。 アリスティデスは 2 世紀前半の人なので、当然のことながらイスラーム教には触れて いない。これを初めてギリシア語版『バルラームとヨアサフ BJ』に採り入れたエクヴ ティミ(エウテュミオス、1028年没)もイスラーム教には言及しなかった。 *次ページに系統図を掲げる。
ビラウハル/バルラーム系統図
(C. Cordoni, Barlaam und Josaphat in der europäischen Literatur des Mittelalters, Universität Wien, Dissertation, 2010, p. 88 をもとに作成)
仏教徒によるオリジナル 『ブッダ・チャリタ』(2c.),『ラリタヴィスタラ』(3c.)など 中世ペルシア語 マニ教徒版 古代トルコ語 アラビア語1 ペルシア語1 トゥルファン断片 『ビラウハルとブーダーサフ』 ルーダキー(†940)と (散逸)8c.末まで 同時代の韻文断片 アラビア語2 アラビア語3 アラビア語4 アラビア語5 ヘブライ語 ジョージア語1 ペルシア語2 アバーン・ア イブン・バー ハレ要約版 イスマーイール イブン・ハス 『バラヴァリ 翻訳(散逸) ル・ラーヒキー ブーヤ †991 『王子と苦 派の『ビラウハ ダーイ『王子 アーニ』 †815 [散逸] 『王子と苦行者』 行者』 ルとブーダーサ と苦行者』IH Balavariani
IB [含 Kitab Halle フ』Bombay 8~9c. †1240 800~900 ペルシア語3 Budasaf mufrad] [含 Kitab al-Budd] ニザーム・タブ リージー『ビラウ ハルとブユーザスフ』 14c.末(イブン・ ペルシア語4 ギリシア語 ジョージア語2 バーブーヤの最終話 翻訳 『バルラームとヨーアサフ』BJ 『バラハヴァル 「羅刹女」を除く 12c. (エクヴティミ〈エウテュミオス〉 の知恵』WB すべてを含む) †1028) 10 or 11c. ラテン語2 ラテン語1 キリスト教アラビア語 アルメニア語 ロシアの教会スラヴ語 ヴルガータ ナポリ。1049 11c. 『ヨーアサフ』 エティオピア語 『バララームとイェワーセフ』BY 16c. ラテン語要約版 ヨーロッパ各国語の伝承 『歴史の鑑』SH †1264 ギ・ド・カンブレー(13c.) 『黄金伝説』LA †1298 ルードルフ・フォン・エムス(13c.) 他 E876, P257 他 日本語『サントスの御作業』 *ジョージア語1を含め、それから派生した各版がいわゆる 加津佐版1591 キリスト教徒版である。アリスティデス『弁証論』は バレト写本 1591 ギリシア語版以下に現われる。
中国語『聖若撒法始末』1602 訳、1645 刊 *Cordoni は Lang 1960 と Toral-Niehoff 2000 に拠っている。