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人間文化研究所と大学・地域をつなぐ試み

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Academic year: 2021

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(1)❖特 集❖ 人間文化研究所と大学・地域をつなぐ試み. ❖特 集❖. 人間文化研究所と大学・ 地域をつなぐ試み 芳貴. と に い た し ま し た。 そ の 判 断 に は 先. 見 の 明 が あ っ た と 思 っ て い ま す。. こ れ ら の 活 動 は、 研 究 所 の 設 立 理 念 で あ る 「人 間 ・ 地 域 ・ 共 生」 を 具. 体化するべく企画・運営されてきま. し た。 そ し て、 継 続 し て ゆ く た め の. 工夫と努力が積み重ねられてきたと. り ま せ ん で し た ・ ・ ・。 競 争 を あ お. 私はああいうのはあまり好きではあ. 明 に 覚 え て い ま す。 正 直 に 申 せ ば、. 得状況を張り出してあったことを鮮. て い ま し た が、 壁 一 面 に 外 部 資 金 獲. れている部屋を研究所オフィスとし. まは国際センターの部屋として使わ. た と 思 い ま す。 こ の 建 物 の 一 階、 い. の手助けをすることに力を入れてい. らびに教員同士の研究上の連携など. わち個々の教員の研究のサポートな. 当 初 は、 村 井 忠 政 初 代 研 究 所 長 の も と、 学 内 の 研 究 体 制 の 確 立、 す な. よ う に 考 え ら れ て き た か ら で す。. しての評価を得るための必須条件の. 持 っ て い る こ と が、 一 人 前 の 学 部 と. り ま し た。 研 究 所 と 名 の 付 く も の を. 所属の教員にとって念願の機関であ. 足 し ま し た。 こ れ は、 学 部 ・ 研 究 科. 名 古 屋 市 立 大 学 人 間 文 化 研 究 所 は、 学部付置機関として二〇〇四年に発. り、 こ れ も 研 究 所 発 足 と と も に 立 ち. 担 を 伴 っ て い た か ら で す。 そ の 代 わ. 編集・発行することは大変大きな負. し て 止 め ま し た。 定 期 的 に レ タ ー を. 営 に 携 わ る よ う に な っ て、 し ば ら く. タ ー」 は 私 が 所 員 と し て 研 究 所 の 運. が さ れ て い ま す。 が、「 ニ ュ ー ズ レ. の発信ツールとして重要な位置づけ. 密 接 に リ ン ク し、 い ま も 研 究 所 か ら. 報」 は、 共 同 研 究 プ ロ ジ ェ ク ト と も. ズレター」の発行がありました。「年. に「年報」の編集発行、また「ニュー. エ ン ス カ フ ェ」 の 企 画 ・ 運 営、 さ ら. れ て き た 「 マ ン デ ー サ ロ ン 」「 サ イ. 回 目 と な り ま す。 ま た ほ ぼ 毎 月 開 か. ポ ジ ウ ム の 開 催、 こ れ は 今 日 が 第 十. 大きなイベントである講演会・シン. で す。 そ し て、 年 一 回 開 か れ る 最 も. ストのご報告の柱となっている事業. 募 集 と 運 営、 こ れ は 今 日 の 各 パ ネ リ. と し て は、 共 同 研 究 プ ロ ジ ェ ク ト の. 充 実 を め ざ し ま し た。 具 体 的 な 活 動. 内 外 に 発 信 し て い く 活 動 が ス タ ー ト、. た 開 催 が で き て い ま す が、 こ の 形 に. テ ラ ス」 を 会 場 と す る こ と で 安 定 し. 澄 キ ャ ン パ ス に あ る 「サ ク ラ サ イ ド. カ フ ェ」 の 運 営 で し た。 現 在 は、 川. と り わ け 腐 心 し た の は 「サ イ エ ン ス. 報」 の 企 画 ・ 編 集 作 業 が あ り ま し た。. 要な仕事、さらに年度末近くには「年. 学 本 部 へ の 報 告、 予 算 管 理 と い う 重. な っ て い ま し た し、 そ の ほ か に も 大. 外 部 施 設 と の 交 渉、 広 報 活 動 を お こ. 上 記 イ ベ ン ト の 企 画 と 運 営、 集 客、. 務 め ま し た。 そ の 間、 休 む こ と な く. 実 で す。 私 は、 所 員 ・ 所 長 を 七 年 間. り多大の努力が払われてきたのも事. 一 方 で、 こ れ ら の 活 動 の 運 営、 そ し て 継 続 に は、 と く に 所 員 た ち に よ. え る で し ょ う。. 受け継ぐ意志が強く働いていたと言. て 情 報 発 信 す る 場 に」 と い う 姿 勢 を. の 世 界 に 限 定 せ ず、 広 く 社 会 に 向 け. 研 究 科 の 研 究 活 動 を、 ア カ デ ミ ズ ム. お ら れ る 「人 文 社 会 学 部 ・ 人 間 文 化. が 「年 報」 創 刊 号 の 巻 頭 言 で 述 べ て. 思 っ て い ま す。 そ こ に は、 村 井 所 長. る よ う な 気 が し た か ら、 と い う の が. 名古屋市立大学大学院人間文化研究科 阪井. 理 由 で す。. 至 る ま で に は、 か な り 苦 労 し ま し た。. そ れ は さ て お き、 そ の 後 徐 々 に 学. 上げたホームページを充実させるこ . 23.

(2) 供 を 断 っ て き た と き に は、 ま さ に 持. が、 収 益 の 不 安 定 さ を 理 由 に 会 場 提. 条件的には文句なしのかつての会場. 化研究科の知名度をあげるには立地. の、 ひ い て は 人 文 社 会 学 部 ・ 人 間 文. ならびにその年度に開かれた講演. に、 共 同 研 究 プ ロ ジ ェ ク ト の テ ー マ、. な っ て き ま し た。 こ の 特 集 は、 お も. う に、 毎 号 特 集 を 組 ん で 編 集 を お こ. あ り ま す。 レ ジ ュ メ に 挙 げ ま し た よ. る 役 割 を 負 っ て き た の が 「年 報」 で. その活動内容を直接学内外に発信す. ま す。. なのではないかと思ったりしており. 折に触れ再読することは大切なこと. 望」 に 際 し て も、 こ れ ら 「年 報」 を. 本 日 の も う ひ と つ の 趣 旨 で あ る 「展. 形 の テ ー マ で あ る こ と も ま た 事 実 で、. 然 で あ り ま す が、 い ず れ も 現 在 進 行. マと重なるものばかりであるのは当. 続可能性の困難さを痛感いたしまし. 会・シンポジウムの内容を受けた形. 続 ・ 発 展 さ せ て き た 本 研 究 所 で す が、. た。 た だ、 災 い 転 じ て 福 と 申 し ま す. 詳 細 は あ え て 申 し ま せ ん が、 研 究 所. か、「 サ ク ラ サ イ ド テ ラ ス 」 を 会 場. 私 は、 こ の う ち、 第 3 号 か ら 第 9 号 ま で の 編 集 に 携 わ り ま し た が、 と. 共生. は大学と博物館との連携ならびに日. は、 所 長 と し て 関 わ り ま し た。 そ れ. 本の文化財をいかに保存継承してい. 越境する文学. り わ け、 第 6 号 か ら 第 9 号 に か け て. で 組 ん で き ま し た。. . . と す る よ う に な り、 今 日 の テ ー マ の 創刊号. ひとつである地域との連携が形をな す よ う に な り、 結 果 的 に よ か っ た の 第2号. く の か と い う、 い わ ば 私 の 個 人 的 な. せ、 し か も 四 年 間 も 一 貫 し て 継 続 さ. 究科の取り組むべきテーマに昇華さ. 関心からそれを研究所および学部研 ESD. せるということをお許しいただいた. 第6号 博物館と大学. と い う こ と に ほ か な り ま せ ん。 思 い. 返 せ ば、 な ん と 勝 手 な、 ま た 贅 沢 な. 究 と い う 世 界 に と ど ま ら ず、 学 部 学. 汗 顔 の 至 り で す が、 し か し こ れ が 研. 第7号 博物館と大学Ⅱ 第 8 号 「近 代」 の 文 化 財 . 第9号 「現代社会における. 生の活動として形を変え継続・定着. ことを受け容れていただいたのかと 文化財保護の新しいあり方. し て き た こ と は、 自 慢 し て も 良 い の. 産業遺産 ― < 継 承 ―」. 研究所と地域の人々との信頼とネッ. ―「 パ ブ リ ッ ク・ ア ー ケ. の保存と >. 第4号 名古屋の観光 第5号 「持続可能な社会」 と. 第3号 福祉. で は な い か と 感 じ て い ま す。 ま た、 こ の サ イ エ ン ス カ フ ェ や マ ン デ ー サ ロ ン の 広 報 活 動 に お い て も、 徐々に地域密着型にシフトしていき ま し た。「 広 報 な ご や 」 を 活 用 し た 情 報 発 信、 地 域 住 民 に 無 料 配 付 さ れ る情報紙への情報掲載や学区単位の 組織への広報依頼を積極的におこな い、 一 定 の 効 果 が 得 ら れ る よ う に な. トワークによってなりたっていると. オ ロ ジ ー」 の 視 座 か ら ―」. り ま し た。 こ れ ら は、 ま さ に 大 学 ・. 思 い ま す。 あ ら た め て、 大 学 入 試 広 第. 名古屋市博物館との連携について 検討が始まったのは二〇〇八年度の. 思 い ま す。. で は、 こ の 博 物 館 と の 連 携 に つ い て、 少 し 詳 し く ご 紹 介 し て お こ う と. で は な い か と も 思 っ て い ま す。. 報課をはじめ関係者のかたがたにお 礼 申 し 上 げ た い と 思 い ま す。. 「里山資本主義」. 号 ESDと中部の. た だ、 マ ス コ ミ へ の 露 出 度 と い う 点 で は、 ま だ ま だ だ な ぁ と い う 気 も. か ら、 パ ネ リ ス ト の 方 々 の 報 告 テ ー. い た し ま す。 こ れ は 今 後 の 課 題 の ひ さ て、 地 道 か つ 着 実 に 活 動 を 継. と つ だ と 思 っ て い ま す。. ご ら ん の よ う に、 本 日 の こ の 会 の 趣 旨 の ひ と つ が 「回 顧」 で あ り ま す. 10. 24.

(3) ❖特 集❖ 人間文化研究所と大学・地域をつなぐ試み. 末 頃 で し た。 二 〇 〇 九 年 度 か ら 私 も 担当者のひとりであった現代社会学 科 の 専 門 科 目 「社 会 調 査 実 習」 の 調 査対象として名古屋市博物館を設. 第2節 九州国立博物館の取り組 み・講演会・シンポジウム 〜九州国立博物館ボランティアと. の意見交換会を交えて〜 1. 九 州 国 立 博 物 館 の 取 り 組 み. (省略) 2. 人 間 文 化 研 究 所 開 設 6 周 年 記 念. 定 す る こ と で、 学 生 の 勉 強、 活 動. 講演会・シンポジウム. として博物館との連携を具体化し て い く こ と を ね ら い、 ま さ に そ れ. 基 調 講 演 「市 民 共 生 の 博 物 館 を 目 指. 九州国立博物館 — 」を を目指して — 基 調 講 演 と す る 講 演 会 が 開 催 さ れ た。. がとても良い方向に動き出しまし. し て ― 九 州 国 立 博 物 館 ―」 を お 願 い. 以降はスライドを用いた説明の中か. 名古屋市立大学人間文化研究所開. り ま し た。 ひ と つ は 学 生 た ち の 活 動. し、 さ ら に 三 輪 氏 に 加 え、 水 谷 栄 太. ら 一 部 を 抜 粋 し て 掲 載 し て あ る。. 設六周年を記念して二〇一〇年一一. を大学が支援しているということを. 郎 氏 ( 名 古 屋 市 博 物 館 副 館 長 )、 坂. た。 二 〇 〇 九 年 度 と 二 〇 一 〇 年 度. 内 外 に 示 す こ と、 も ち ろ ん 学 生 た ち. 本 喜 樹 氏( 瑞 穂 通 商 店 街 青 年 部 役. ①九州国立博物館とは. の 「は く ぶ つ か ん な つ ま つ り」 に お. に安心感をもたらすことにもなりま. 員)、山田明 (人間文化研究科教授). 九州国立博物館は二〇一〇年一〇 月 一 六 日 (土) で 開 館 五 周 年 を 迎 え. 月二七日(土)に滝子(山の畑)キャ. す。 も う ひ と つ は、 研 究 所 の 存 在 を. を パ ネ リ ス ト、 司 会 阪 井 に よ る 「市. る、 日 本 で 四 番 目 の 文 化 財 の 保 存 ・. ンパス1号館で開催された講演会と. 博 物 館 来 館 者 に P R す る こ と、 で す。. 博物館と市立大学と地域連携で魅力. 活 用 を 中 心 と し た 国 立 博 物 館 で あ り、. け る 「ナ イ ト ミ ュ ー ジ ア ム」 お よ び. それがどれだけ奏功したかは定かで. あ る ま ち づ く り を め ざ し て」 と 題 す. 年間平均入場者数は百六十万人にも. ワ ー ク シ ョ ッ プ は、 実 は、 人 間 文 化. は あ り ま せ ん が、 こ れ も ひ と つ の 発. る シ ン ポ ジ ウ ム を ひ ら き ま し た。 以. の ぼ る。「 市 民 と と も に あ る 」 と い. シ ン ポ ジ ウ ム で あ る。. 信の仕方ではないかと思っていま. 下 に、 こ の 講 演 会 ・ シ ン ポ ジ ウ ム を. うあり方を一つの大きな目標として. (1) 記 念 講 演 会. す。 こ う し て 始 ま っ た 学 生 に よ る 連. 「社会調査実習」阪井班の学生がま. お り、「 学 校 よ り 面 白 く、 教 科 書 よ. 研究所後援という形での開催でもあ. 携 事 業 は そ の 後、 博 物 館 サ ポ ー タ ー. と め た 報 告 書 の 一 部 を 「二 〇 一 〇 年. り ま し た。 こ れ は、 も ち ろ ん 私 が 画. MAROへ引き継がれ今日に至って. 度 社 会 調 査 実 習 阪 井 班 報 告 書」 よ り. 講師に九州国立博物館館長の三輪 嘉 六 氏 を 迎 え、「 市 民 共 生 の 博 物 館. お り、 一 定 の 評 価 を い た だ い て お り. 策 し た こ と で す が、 狙 い は ふ た つ あ. ま す。 こ れ ら の 原 点 と な っ た の が、. り わ か り や す い 」、「 文 化 は 西 か ら、. ア の 視 点 か ら 見 る」 と い う 三 つ の コ. 九州から」、「日本文化の形成はアジ. 掲 出 し て お き ま す。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・. 二〇一〇年の研究所主催講演会・シ ン ポ ジ ウ ム で し た。 当 時 の 九 州 国 立 博物館館長三輪嘉六氏をお招きして. 25.

(4) ン セ プ ト を 掲 げ て い る。 ま た、 こ こ り、 現 在 約 三 五 〇 名 の ボ ラ ン テ ィ. 栄 太 郎 氏 ( 名 古 屋 市 博 物 館 副 館 長 )、. 長 ) を 迎 え、「 市 博 物 館 と 市 立 大 学. 坂 本 喜 樹 氏 (瑞 穂 通 商 店 街 青 年 部 役. と地域連携で魅力あるまちづくりを. 員 )、 山 田 明 氏 ( 名 古 屋 市 立 大 学 大. て ゆ っ く り 見 て も ら う 日 を 一 日 設 け、. ア が 活 躍 し て い る。 ま た、「 阿 修 羅. 大 変 喜 ば れ た。. め ざ し て」 を テ ー マ に 行 わ れ た。. 展」 で は 七 四 万 人 と い う 多 く の 人 が. ④すべての人に楽しんでもらえる. 数年のアジアからの観光客の増加に. もともと九州の人には九州に国立 博物館を作りたいとの強い思いが 博物館を. 以 下、 各 パ ネ リ ス ト の 意 見 を 簡 潔 に ま と め た。. 伴 い、 町 の 人 々 も 博 物 館 の 場 所 を 相. あ っ た。 そ の た め、 資 金 面 で は 市 民. 水谷副館長 > < ・三輪先生のお話から目標とコンセ. 学 院 人 間 文 化 研 究 科 教 授) を、 司 会. が 一 〇 % を 寄 付 す る な ど、 既 に 市 民. 九 州 国 立 博 物 館 で は、 展 示 品 で あ る土器の台をわざと斜めにカットす. プ ト を 明 確 に し、 常 に 標 榜 し て い. に 阪 井 芳 貴 教 授( 人 間 文 化 研 究 所. 参 加 が 見 ら れ た。 ま た、 博 物 館 で は、. る こ と で、 車 い す の 人 が 座 っ た ま ま. くということを忘れがちであった. 訪 れ た。 そ の た め ボ ラ ン テ ィ ア の 人. ガ ラ ス 張 り の 外 観、 博 物 館 科 学 の 設. で も 見 や す い よ う に 配 慮 し て い る。. た め、 見 習 う べ き だ と 感 じ た。. た ち の 提 案 に よ り、 障 が い 者 に と っ. 置、 教 育 学 習 向 け の 場 を 作 る な ど. ま た、 博 物 館 と い う 物 を 見 る 場 所 で. ・いろんな立場の人の意見を取り入. ②最初からみんなが作った博物館. 様 々 な 工 夫 が 見 ら れ る。 そ の 際、 ボ. あ る に も か か わ ら ず、 白 い 杖 を つ い. 手 国 の 言 語 で 説 明 で き る ほ ど で あ る。. ランティアの存在が大きな役割を果. た 目 の 不 自 由 な 入 場 者 が 多 く、 盲 導. べ き か、 市 民 と ど う 博 物 館 を 作 っ て. で楽しんでもらうためには何をする. い っ た 経 験 か ら、 す べ て の 人 に 五 感. し て い い 施 設 だ と 思 っ て い る。. 物館は地域のシンボルとして自慢. マ ー ク と な っ て い て、 名 古 屋 市 博. ては市大病院や博物館がランド. 坂本青年部長 > < ・桜山周辺に住んでいる人々にとっ. れることでいろんな可能性が見え. い く の か を 常 に 模 索 し て い る。 ま た、. てくるのでは。また、大学・商店街・. た し た。 博 物 館 が で き て か ら も、 市. 博 物 館 に は 「定 礎」 と 書 か れ た 石 碑. 館を観光施設として捉えていくの. ・ 商 店 街 を 門 前 町 的 な 感 覚 で、 博 物. 犬 を 連 れ た 人 が 訪 れ た こ と も あ っ た。. 民に大きな収蔵庫や修理の様子を見. が あ り、 そ の 二 文 字 に は、 い つ ま で. その際、三輪館長が失礼を承知で「な. てもらうバックヤードツアーの実施. も 子 供 た ち の た め に、 市 民 と と も に. 近隣住民との関わりを持つことが. を 行 っ て い る。. ある博物館を作っていくという願い. こ れ か ら も っ と 重 要 に な っ て く る。. ③ボランティアの役割. が 込 め ら れ て い る。. ぜ お 見 え に な っ た の で す か」 と 尋 ね. 地元の音楽専攻の学生による定期 演奏会の開催、「てくてくぶらり旅」. る と、「 健 常 者 と 同 じ 空 気 に 当 た り. として市民ボランティアが博物館を. (2) シ ン ポ ジ ウ ム. た い」 と の 答 え が 返 っ て き た。 そ う. 一つの拠点として歩く会を開催する. パ ネ リ ス ト に、 三 輪 嘉 六 氏、 水 谷. 源としてまちづくりと関連付けな. 山田教授 > < ・ 博 物 館 を 集 客 施 設 と し て、 観 光 資. も 大 事 で は な い か。. な ど、 多 様 な 取 り 組 み が な さ れ て お. 26.

(5) ❖特 集❖ 人間文化研究所と大学・地域をつなぐ試み. 国立博物館館長三輪嘉六氏の博. あ る の だ ろ う か。 ヒ ン ト は 九 州. に博物館の新たな役割はどこに. だ ろ う。. にあるといっても過言ではない. が生き残る道はまさにこの発想. が ら 展 開 で き た ら 良 い。 ・ 大 学 の 授 業 で 取 り 上 げ て、 自 分 た 物館を地域の文化的景観にして. 以 上 の よ う な 学 生 の 学 び を、 学 部 全 体 で 共 有 し、 さ ら に 名 古 屋 市 立 大. ちが歩いてアンケートや聞き取り. るようなシステムを構築したいとい. を 行 う な ど、 き っ か け 作 り が 大 事 い か。. う 考 え か ら、 前 述 し た よ う に、 こ の. いくという発想にあるのではな 博物館を地域の文化的景観に していくということはどういう. 数 年 間 活 動 を 続 け て き た わ け で す。. で は な い か。. こ と な の か。 具 体 的 に は 博 物 館. ・大学生を博物館に足を運ばせるた. することである。では博物館が観. 地 元 商 店 街、 大 学 の 三 者 が 連 携. 学部学生のサークルとしての活動に. 徐 々 に 成 果 を 挙 げ つ つ あ る と は い え、. 学全学で名古屋市博物館と連携でき. でのパーティなどがあってもいい. を 観 光 の 中 心 地 に 据 え、 博 物 館、. め に、 ま ず は 学 校 の 先 生 が ど れ く. 三輪館長 > < ・ 広 く 開 か れ た 場 所 と し て、 展 示 室 の で は な い か。. ら い 博 物 館 に 関 心 を 持 っ て い る か、. は そ れ な り の 限 度 も あ り、 や は り 教. 究 し て ゆ か ね ば と 考 え ま す。 そ の 中. 職員も巻き込んだ形を今後さらに追. 心の役割となるべき機関のひとつと. 光の中心になるにはどうしたら 氏 は、 例 え ば 駐 車 場 の 整 備 な ど. よ い の か。 こ れ に 関 連 し て 三 輪. ・学生の目線には博物館側が気付か. インフラを整えることで観光客. 先 生 を 教 育 す る こ と が 大 事 で あ る。 な い 目 線 も た く さ ん あ る の で、 博. また内外の大学や研究機関との関わ. 物館や商店街がそれをどう大事に. た施設へと博物館は生まれ変わ. りを持つことにより教員にさまざま. し て、 人 間 文 化 研 究 所 に は 大 い に 期. る。 ま た 地 元 商 店 街 や 大 学 と 連. な 情 報 を 提 供 し た り、 こ ち ら か ら 発. 待 し た い と 思 っ て い ま す。. 帯をしていくことで博物館を地. 信したりする重要な役割を持ってい. を呼び込むという提案をしてい. ・学生ならではの知的なものがほし. 元から愛される施設にしていく. ま す。 が、 そ れ に と ど ま ら ず、 大 学. る。 博 物 館 が 観 光 の 中 心 地 に な. い。 例 え ば 名 古 屋 市 博 物 館 の な つ. こ と も 必 要 だ。 つ ま り 地 元 の 中. が 立 地 す る 地 域 と の つ な が り、 な ら. す る か、 学 生 の リ サ ー チ を ど こ ま. まつりで行われる天の川に大化の. 心 に 博 物 館 を 据 え る こ と で、 博. びに名古屋市の種々の機関とのつな. で信じて生かしていくかが大切で. 改新の時の天の川や鎌倉幕府を開. 物館そのものが地元にとって絶. が り に も 留 意 し、 大 学 が 有 す る 知 的. 研 究 所 は、 も ち ろ ん 教 員 の 研 究 を 促 進 す る た め の 施 設 ・ 組 織 で あ り、. いたときの天の川を調べて再現す. 対になくてはならない文化的施. 外からの働きかけの受け皿としての. れば必然的に多くの人に開かれ. る な ど。. 設 に な る と い う こ と だ。. 役割も重視してゆくことが今後ます. あ る。. ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・. この発想に博物館の新たな役 割、 活 路 を 見 い だ す こ と が で き ま す。. 財 産 を そ れ ら に 還 元 す る た め の 窓 口、. さ ら に、 こ の 報 告 書 に 挿 入 さ れ た コ ラ ム 「博 物 館 の 存 在 意 義 と は」 に. る の で は な い か。 博 物 館 を 取 り. ます大切だと考えます. は、 以 下 の よ う な 見 解 が 示 さ れ て い. 巻く環境が悪化する中で博物館. では歴史や文化を伝える以外. 27.

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