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沖縄における植物検疫の歴史

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Title

沖縄における植物検疫の歴史

Author(s)

東平地, 清二

Citation

沖縄農業, 1(2): 22-28

Issue Date

1962-12

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/890

Rights

沖縄農業研究会

(2)

沖 縄 に お け る 植 物 検 疫 の 歴 史

H王S・L-OricalSketch ofPlantn u且rantineim Okinawa

: 祥・

〕勉 清 二 (雄 株 植 物 防 疫 所 ) 1.は じ め 1二 伸組 にお ける植物検疫は1927年 に始 変 り庚噂税 関運輸 適倍 燭の管糖 下における検疫 を経 て第二次性界大戦の終 戦 を迎 え戦後 犠暫 く鯉換痩時代が焼いたが1951年群島政 府機関によ って検疫 が始め られ、1952年紅は栄国軍政府 布令が公布 され、1959年には罷立法 による植物 険度が始 敦 り命 日に要 ったが 、 をの歩みを大佐次の よ うに6つ に 時代区分する ことが 出来 るよ うで あるO (1)長 崎税関管膚時代 (21進物通信省管糖時代 (3〕三昧検疫時代 (4〕群 島政府時代 (机 'ri'6雑則鶴植物防疫放時代 (畢 布令時 代) (銅 珊磯轍物防疫故時代 (現在〕・ ので廠簡単に詑 レ 木報文で聴 主 匿(5)と(6)について記 ≡姓すること紅 した0時 に(6)につV ,・て牧野柑亀で独 自の港 樺 が制定 ざれ検疫 を開始 して10年 日にあた る1962年 3月 敦で 匪ニ)V.て説明する ことに したO この和文力吟 後の植物防疫行政の立案並

に植物検疫 に耶か な りとも参考 になるならば筆者の も-とも鱈び さ する ところで あるが資料 入手の困難 さと聾者の浅学非才 な所か ら不備な点 も多 々あるか と恩V,寵 者諸氏 の御灘判 をいただ きた く春 虹て屠る次等軒であ ります。 尚本文 をまとめる紅当 ?て始終御教示珊 きった安里轍 静 氏、・節 横兼学の高良鉄 夫博史

らび匿文献の盤鹿 等穂 Jq 樹協調下 さった臨

脚 の櫓 即 し壁 軍靴教絡 め職 輿の 僚機紅灯瓢く糾 し碑 -L,上げ ます 0 2 .長崎税閑瞥穂緒代 -n927年か ら19如寒10月まこせ十・ ユ■92形声(昭和 と壁)二5河28日勤令第 15:2Z号や那 覇港か翰

入,__移久、翰 出申硬変 を行 う海敵 として宥定 され 、南軍7

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El黄噂嘩 関那 覇探聞貰署 紅おいて 植物換 蜜業務が絢 姶きれ.番よう紅憩 うたhzをの陣から-19a3聾 まで の潜 まを 116年間を長崎税関管轄時代 とよぶ ことに し衷 O それまで -1紋

輿 嘩 物郷 関がなか つ寵 ぼ番串 空 転:i-1;沖縄 紅 翰IA 寄れ al植物 転事柄宅 J壮大重3車 中顔圃琴省令第㍍馨

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軸 比八幡物取締法施行規則 」 (10月.)3日公布 )の附

r鹿 児島県大鹿罪及沖紹県 二輪人文 -移入 スル植物 並 二 樺 太 ヨ ])移入 スル植物 工付 テハ当卦 ノ偶検査-之 ヲ省魔 シ --

によ り検査 を省略 してV、た o Lか しそのために1919年 (大正 8) には 石塩島 、竹 富島、小浜島で は ウ リ ミバ エ CLZetOdach.EIsc curbi'ae Copuilletが軽入定若 する よ うにな りOミカンコ ミバェ chEZeEodL2日 LSFerrugiT;ehllSVcr.dwsa.TisH思rdelも沖縄

各島に侵入 してV,る ことが_発見 され 、沖縄の農業農 産の ブ レーキになる ことは勿論 、 日本本土- も伝播 の患 それ か ある として沖縄 において も植物検疫 を行 うペ く農林省 令14号(1927年6月3日公布 7月1日

ら施行)で輸出入植物 取締洪施行規則の

附則

「鹿 児島県大島開放沖縄 県 二輪 入 党ノヽ移入 スル植物並 」なる字句が 削 られ .、

令第152骨で は太育三3年勅 令第220号を改任.し、輸 入移 入孜輸 出の検査 を行 う悔港紅渦潮亀県那顧机朝触 り、横浜 、神戸 な どの-派 港 と同様に制限な しの検査が行 なわれ る よ う把な ったo Lか し実 際には検査事務を取 扱 う税 関、税 関支署な どに 関 する告示の改正が遅れ、'1・928年の大蔵 省告示第 94号に よ って、 同年5月14日始 めて那 覇の検査車務 が発足 し挺 よ うで あるO初代主務者 には植物 険査宮補榊 止垂仁民 が 就任 され潅 。 その後1940年 (昭15)には沢井元二 民、1941年 (昭16) 紅は伊渡雷_i=衛 民が就任 し、検疫業 務を行 な ったO 検疫 は翰移出を菜額の 険登が東 経の よ うで あ った019。 6年 の沖縄 県 韓計欝紅 よる差百合根が1,123、を葦が 51へ 1.52才、果物が1,166才 も輸 出 され てVlるO ウ リミパ ェと ミ労ンコ ミバ ェ脚 博捜の植物 取舵馴鹿 の壁 みの親 と\ハF)ことが出来 るo a.選 輸 遇 慣 歯 簡 鴇 幹静陀 -191・13年11月か ら19 45年3月まで-19遁3年 (昭 18)11月1日の助命第 29号 、 運輸趣宙者潮激 よび勅令第832号海 運局湖 で東 関が解消 割 ,L、門司港選局 那覇海運 掃支障が発足 し、植物換痩業務 は海運 愚の司■掌 する ところとな り、19・44年 (昭19)紅は門司蔽 麗局那 覇 支局 と改称され 険壷が行数由匪挺 0I19軸

如月11.・0日紅 櫨沖酎 哩 襲され 、習慣 を鞄垂重 ん どの地観堪萄観 に親 し、嘩物嘩軽琴務の輝 き臣も

麗噛 とな 蛤 粥伊て1朗唱

(3)

平 地 :・瀬.細 に お ぼ る 縫 物 娩 暖 め 鹿 史

2

9

年 (昭20)3月22日の米国軍の沖縄上陸で 検疫築港は完 金 に執行 不能 とな った。 同額 6月1日には勅令第35・6号で 海軍 恰卦醗親定が改正 さ れ 、これ まで の植物挽 査謀が解消 され て動植物検査課 と. 徹 り,忠海門間 弥選局が 九州海運鳳 とな り、.湘純 もをの 管膚下に置か れたが沖縄戦のた め岡勅命の適 周は実際に はな く、敗戦 む迎 えた のであるQ 速翰温 倍省管噺 披匪かげカ月で あ っ潅 0 4・.鞭 検 疫 時 代 ・ - 1945年4月か ら195] 年3月まで-19'45年 (昭20)・4月5.日の米国駐軍軍政肘布告第 1骨 「米 国翠 蹟領一下の蘭西勝 島及び をの近蔽住民 に告 ぐ」-⊥いわ ゆ る- ミグツ布 野で、南西藤 島歯 よぴをの近海並び 紅を の住 民に関する企ての政治こおよび管塵臆 並び 紅最高行政 賓任は 品蘭軍司令艮蘭の廠 絶忙帰属 する所 とな り、 昂本 国の1945年 7月26日のポツダ ム.宣言受諾 、そ して同年9月 . 2日の降伏文書調印の舘:慕. 沖縄県 披完全 に 田本 の行政 権 か ら鷹 だつ し、米 国の軍 政 力通 行 され るよ うにな っ た.。 そ して1950塵 (昭25)11月洞埴邑群島政府が設立 さ れ ,その機蘭 の

--

つで ある盛務課 紅随物故査 常数題

植 物挽 恋を行 な 51までの 5年余 は塵換疫時代が続 いたO その頃米穀類、殻粉頻、と うもろ こし、,豆樹な ど大塵の 敦允台湾を始め南方やその他 の地域か らの 引揚者 紅よ っ て植物毒甑が 烏繭 に輸入 された二O

をの糖 果 イ母ゾ ウE=hlSCePes.Xloslfas.C.iaLuSFair・m.イ ン

ゲ ンマ メゾ ウAco,LL/zt,∫・ceLiJe∫ObLtclrLSSay.ワタ ミヒゲ ナ ガゾ ウムシAroeo亡CrTISFLZSCictLldTuSDe GceT.サツマ

葡 した D現在 これ らの病簡塊 に よる披寄蟻英米 な 私の .と なっ てVlる。 . 5.沖 縄 酔 島政 府 席 代 - 1951年4月か ら1952年3月まで一 軽 険享受の'ため、イモ ゾウムシ、 サツマイモ ノテ ンゲ ス.バ イ ラス、ワタ ミヒゲナ.dゾウムシ

ど蒐費膳苦虫の侵入 定職 を再瀧 にした ことと銅 こ向抄を策鞠の輸出が再開 さ れ る よ うにな って琉球農林省では植物検疫につ いて企画 を行 放 った O初 め農林省直轄遷 して縫物検疫所 を設 置す べ く企画 され醐 珊 国軍政府の指示で , ]9凱年摘 2叩 廠飽省嘩政談 の撤 廃

緬 弧群島政府藤輝 の職 頗及び輸 等め寒地打合せ」Pを行 なV㍉.-同年4月か ら群 島政府経験 郡慮産物晩

紅海 V∼て換進 を行 政 きよう虻

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.o h 検疫繁務につ いて蟻 掛本植物防疫法に牽 じた押趨群鞄臓 物検疫条例が蚤布 され 、 平田嗣男氏外2名の暇属 が農林 省職員の協力 を得て換恋 を行な っ∵た。 そ して 19r52年2月琉球臨時 中央政府が創立 され るに当 り その機関である資源筒腿 政深紅臓 物検 疫業務 が 引継が れ、 同

塵4

月琉球植物防疫所が設 置されるに盤 よんで 挽 疫業務は新 らし くスター トし抱 ので ある。 当時の検疫は百合三昧根の検査が主体で亜 底地検査 も割 合 スムーズに行なわれた よ う・で ある。 6.琉 王求列 島 植 物 防 疫 法 時イモ (畢 布 令 時 代 ) (〟)1952額 (昭2:7) 琉球臨幡 癖兜離 村轍蘇簡執 監法(1952年1月 22.日公布 )翠 17条匿よ り・琉球臨時 中央政府規則第射静で 琉増胡縫物防疫 所設置娩則Iが公布 (l.952年2月26旧)施行 割 11、 抑馳興 和志村与儀 の虚

研究指導所 に本所を 置 き、奄糞 、窟古 八東山に各

所が設け られ㊨翰 (移)入植物の検疫 に関 す る こと、 ⑧愉 (移)出植物の険疫 に関すること、③琉 球 内の防疫 に関す ること、につV,て検疫 を行 うように放 った。 て琉球列飽植物防疫珠が公布 され 、. 同額2月20日より施 行 され ,虞 に4月≠田よ り琉球政府が発足するにお よび運光 球植物.防疫所紋野 花酎苛の僻庁 と して覇路を開始 した。 琉琳刺飽地 口胸 壁扶址1953年4月22日と19・51雌 2月紬 ヨ忙わ・ ずめ司よっ改正 さ:.れ 次の よう.匿な った。 鞘; 1 衆 r剛炉 rj_-磯 林盛

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など

廃 2 琴 _鑑鶴 鞘 ・3 条 地物防煙 紅関する弊源周鹿の

肢 、 窮 h 条 他励揮湖変節濃の資源 F 的 5 菓 植物防疫侍■ 願 旧 来 倣 軸 よび身卦旺明瀞 . 鮪 丁 発 掘物防疫 法適度に卿する間期 第 8 集 処理

相川

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那拘紅 よる輸入 瀬 川 条 地物

舷 賓頗療 遥帯 11集 塵疲 購止 第 1盈-,痩 -非 協力藍た政移動の癖止 ま第 13:三策 無

解義

期間兼 故が無衛盛地域 療 141.発 鰯逸物.の観 弧 鱒 咋 鹿 蔵疫 紅閤 感動尭輸送物 の英 数 (兼帯輝子を食む) 言帯 川 桑 場 所

よび顔見

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(4)

24 第 1,7 尭三 第 18 巣 南

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9

喜蕪 辞写20 粂 窮 21,餐 窮 22 乗 務 盈3 兵 錦 24 粂 沖 細 腰 尭 鱒1巻 僻 2埠 日 9 6 2 ) 輸送物の密閉舘の使用. 植物二および革具額の保留 塩入検疫の

阻 公共葡酋物の防除.と損嘗 賠償 輸出植物の検疫申爵お よび検疫場所 検疫証の交付 食 糧の移動 第 25条 附 則 以上の とお りこの法律は 日米の植物防疫法 とは大分形態 を鼎に した もので む しろ法を施行楓別を歯 り恵ぜた A:ラ な もので あ った。また用語の用い方 も趣 きを輿忙 し 「強 疫

(Pe.st) 「宿主

(Most)、 「宿主地域

(i-los尼 ・Ar・ca)、 「公共有留物

(A pubmcNuisanceと言

った 恥のが依開削 1ていたo 雅 3衆で輔 餅内の一地域か ら 他の地域-の輸送を禁止 すべ き植物 または物体 、 及び難球か らの 翰他姓びに軌 球への輸入を禁止すべ%L樋.物 または物体 を公表す ること (解1骨).琉球の植物を減産か ら敦 も るために必 要:な防 耀助罪 糠お よび 区域 を設定且つ維持 す ること (第2号主 軸御重地域及び頚櫛 主脚=矧に関す る指令を発行す ること (節5骨)、は資源馬鹿の

隈 とされていた。 また この法

お よびそれ に逝 く親定の運営に関す る諮問 槻閏 としての組物防疫蚤県会の制匿が設捗 られる ように な っていた。 そこで4月に植物防疫委員会が調催 され 、検疫港の指定 、 柴止病害虫及びをの隔離地域の設定などにつV,て審議が 行なわれそれに基いて次の よう・な驚源局告示が公布 され た。 第 1 骨 ・換 変港の指定-名瀬 、習博 、泊 、 安謝 1.糸 満、L蒋良,石底o 第 2 骨 .うりみば え寄主の輸入禁止 第 3 骨 .・宮凱 八重山群島か らの ウリミノヾェ 馳 q) 移動禁止 第

4

骨 ・沖周覧 宮古群島か らの小 払ぞ うむ し 寄 息の 移動禁止 帯 5 骨 叶八達山群島か らの:gつ まや もめいが 寄主の 移動査止 第 6 軌 さつ まvl恥てん ぐす バイ テスのためさつ ま い もの静群島間移動禁止 (以止 195】2年4月24日公布) 第 7 骨 ,患つのかわ を (いむ し、まつのき くvlむ し、しらほ しぞ うむ し、 しん ぐいむ しのた め琉球桧の移動禁止 第 8 号 .さつ まV,もの コル ク癖 、さつ まい もめいが 、 い もぞ うむ し、 さつ まV,鶴のてん ぐすバ イ ラスのため隔離地域か らの輸入禁止 第 9 号 .有害動組物 、土叉は土の附麗す る植物の楓入 熱止 第

1

0

-琴、 ちち ゅ うかいみば え寄主 の 隔離地域か らの 輸入禁止 第 11 号 .かん Lや港 さぞ うむ し寄主 の 隔離地域か ら の輸入禁止 第 12 号 .かん しやすじめいが寄主の 隔離地域か らの 輸入禁止 第 13 号 ,や さいぞ うむ し寄主の 隔離地域 (日東 も含 む)か らの輸入禁止 第 14 号 ,.た まね ぎは え寄主の 隔離地域か らの (日本 は含まれ ない)輸入禁止 第 15 号 .-ツシャンバェ寄主の 慣離地域か らの翰入 寮止 第 16 号 .ばれvlしょ うがん 正ノゆ病菌 、 ばれい しよ粉 状を うか病菌 、 ばれLnLよが、 コ ロラ ド甲 虫寄生の輸入紫止 第 17 号 .ばれo,しよがん しゅ病菌 、 ばれ V,しよ粉状 ばれV,しよわ ぐされ病菌 ,やさvlぞ うむ しの 寄主で 検疫合格証明のなV、植物の輸入禁止 (以上1952年12月22日公禰 ) これ らの嘗京 は V、わ蝉)る施 行-two,疑り翰 (移 ) 入換疫規定に代 るもので .、 公・布に より--応 の蜘 変態勢が磨 ったo 初代所長に安.堅潜瀞 氏が就任 され 、本所 に8名 、 奄美支所 に・吐右 、宮古、八重山の各支所舵 それぞれ2名の職 員が配置され検査が行 なわれたO. (p)1953年 (昭28年) 4月27田に第1号か ら第5号 までの 経済樹告示が公布さ れ 、1952年に公布 した告示の一部改正がな割 1た0 第1号では宮古、八重山か ら.の うり みば え寄主 の うち検 査 の上移入の出来 る ものを す V,か 、と う・がお よびかぼ ちゃに馴 現し、齢骨ではそれ以外の うりみはえ寄主 の 移動 を禁止 した0第3号では1952年資源席告示第2号 (ラ りみば え寄主の愉入禁止)の当該植物の項を改正 し、 う りみは え寄主の範周 を拡大 し、マンゴ少,成熟 した パパ ヤの塾果実をもIuf.Tえた。 第塊骨で壮 日東 向け 「愉 出 トマ ト榊 壁要綱 」が会布 され 、所定の険薮を受 けた トマ トに つい{・は 日本向け 輸出 が可能 とな り、粥 5号で は移入

(5)

東 軍 地 :沖 縄 に .海 津 る 櫨 物 映 盛 の 腱 ぬ 第 1表 1953年紅を折る輸出入値物換査成績 翰出入酬 件 数 rl 換 ∵査 数 褒 き 3,348 20(七味 21,359未 7,292A88迅1.3kg 価

1,116,298.86r 瓜類焼 童要綱を公布 し、 告示第1号で移入可能にな った すいか と、とうが、かぼちゃについての検疫を 円滑にす べ く処置を構はた。 同年 2月には事務所が那顧商港に新築された 夕- ミナル ビルに移転 し、出入掴 白の検疫が-層強化 され るように な った。また16名であ った職員 も臨時植物防疫宮の配置 に より27名 となり、業務は より一層円滑にな り、赦重な る擁 壁が出来 るよう,紅な ゥたoLか し1953年 (昭28)12 鳳25日奄発大島が 田東新こ復櫛 したこ.とに

こり、奄美支所 は 日本鹿 陣富の管樹下紅な り. 植物防疫壮本所 と2支所 で行なわれ るようになっ挺。当時の検疫成鰭をみると第 -嚢のよお りである。

1

9

5

4年 ・6月柑 日に 植物防讃安登展金鹿波 が愈翻され (潜示第1 普)、7月,2L日には1953年までに公布 された告示の殆ん ど を改正 した。 をの主 な屯の紋次のと潜 りで あるo (1)腸粒 港の うち名瀬、宅榔 中東郵 便閲 が削られたO (告瑚 2骨) (2)うりみは えの寄主でフィ リピン群島,ハワイ酪島か らのマンゴーが助産証明番が添付されて湖 甘苦輸入港で 換黍の上欄入す る ことがで きるようにな ったO(告示第 13号〕 (3)rlE952年告示第9号 で 輸入を禁止 した

⑤有害動物及 び着等植物 、⑳ 士風は丑の附背す る縫物」を 「①球韓 の植物及び動物把署を及ぼす縫物叉披植物性包装材料、 働癖棟の植物教び動物に解散

及8

1

紺 動物 性 赴して∵F簡 動物)@土叉披丑の附著 した植物 」に改め られ現解の困 難なものpとなったO(告京第・4号) (㊥ もち 紛 うかい

は えの寄主で翰丸薬止にな っていた - ワイ

らの果実類が メチルブ ロマイ ドで くん蒸され検 陛証明瀞が添付 割 ′して謝 む雌鞄入蛸来 るようにな ったO (菖1示第6号) (5)かん Lやおさぞ うむ しのため ハワイ より・輸入禁止 にな っていた ここや し属縫物の種子tが検疫証明番が敵付 されて財 しぼ輸入港で検意の止輸入が出来 るように放 っ た。 (告示ア骨) (6)ばれy.しよ、にんじん、たば こ、 レタスなどやさい ぞ うむ し寄主をノアメリカ合衆国、ハワイ蘭島及び 日本か ら輸入す るには膜疫証明啓が添付 されておれば翰A髄で 検査の上輸入す ることが出来 るよう・招な った。 (皆示第 9号) (7)たまね ぎは えの隔離地域 として満州、中国」韓国が 絡げ られvlてたのを 日本 もその範囲に加え,日本か らは 袖 壁

胴酎 式

陣違漸して謝 緑ぼ輸入激で険盛の土輸入す ることが出来 るようにな った. (告示締ま・OIB・) (8)ばれV,しよがん しゅ病蘭、樹 しい しよ紛映そ うか 園、ばれい しよが、 コPラ ド甲虫のため絶入禁止紅な ゥ てV、たナ ス料他物の うち了 メt)カ及び J,TT本か らの輸入地 物壮蜘 好機閲の兼行する髄 壁鮮明輩が添付連れて漁れば 輸入静 で換露の上磯入す ることができるようにな ゥたO (告示静12骨) (9)ざつ憩い 私めいがの隔離17即戎把腎歯群鹿の多良間他 部 と承約億が伽勅 や兜。 (皆

読解1

.

4

骨) (10)vlもぞ うむ しの願離地域に石塩島が加わ り、 宮古 群島が宮古島と改められ潅. (告示第17号) 以止のと怠 り告示の改正紅より査止地域か らの紫止植物 が険疫駈明沓謬見添

されでおれば挽 鑑の

止輸入

出来 る ようにな った。 すなわち薬止の処置が大き く被和されたO と・ころで改正された罫に敏捷散静の改額 とか換盃薮術の 故瀞が伴な ってVlたか と雷 p)とを うで 私なか つ= 兜 O検査 に よらて企ての癖観虫の侵入が

止蛸来 ると諾 う観念 の

(6)

2

6

沖 細 腰波 節1巻 第2毎 (1962) もとに改正 された よ うで あるoかか る考 え方 個 室物防疫 行政 上危険 な もので あ り今後 この よ うな ことが ない よう 心すべ きで ある。 1955年 この年 には検疫 港 として湛 久地港 と運 天港

始めて指定 され (告 示第 1号 3月22日公布 )、宮古島に患V.て もぞ う む しの緊急防除が 開始 されたo (告示 第2号 3月22日公 布) ・宮古島の大峰臥 南 方臥 神鼠 大 三億 、南原 、 ヨシ 辛-底 、馬場 、大原 、峰原 など、V,もぞ う発生地か らの きつ まvl満 、 よ うさい 、 ぐんば い払 るが 恵な どの さつ ま い も属植物 の移動 が禁止 され薬剤散布 、被害い もの焼却 な どの防除作業 が なされ た。 ま.た宮古島で は甘鷹のて ん ぐす パ イ ラ スが発 見 され伝播 の恐れが あるとして 10月 5日付 告示第3号で 宮古群 島か らの 甘無の移動 を禁止 し た。一

万6

月には .日米 農林省 の川崎、 椎野 間技官が 来押 され トマ トの くん蒸 隔導が なされた . 1956額 変化の 少なV,年で あ ったが 植物防疫 所 告示第1号 (9月4 田公布 )で 「日本 向け トマ ト換疫要綱 」が部分的に改正 され陰 腹港 が 隣浜 と神戸港の外 に東 京 、大阪 の二港が 指 定 された。 1957年 田本 向け トマ トの輸 出が 軌道に乗 り 年間24件871欄 、 1,917Sケ:輸出 され 、 落花 生、 か ん らん、ち Lや 、 ニン ジ ンな どの換蓋が 増加 した。その事 は琉球 にお ける農業 典 麗が 戦禍か ら漸 く放 ち直 りくけ あ る こと卓を示す もの で あ り、住 民の消費生 活水雄 も向上 しつ つある時 だけに 輸入の検査数藍 も大 き く増 加 して来た。 また 7月261Elには 経済 局組 織娩則の1部が改正 され

泊港 に支所 が新設 され 、 換 監D強化が 図 られた 。 これで支 所 は渦巻 、宮古 、八鹿 山み3カ所 とな り、 出張所が空港 紅,駐在所 か 笠天 工 渡 久地の2放 生な り同年の9月1日か ら事務 を開始 したo また7月30日には豆954年の告示改正 と同時 に改 正すべ きもので見 落 した点につ いての改 正が 第 2教 19.5・8年把お ける輸 入植物検査成織 . 行 なわれ 告示 は一応 の形を整 える よ うにな った。 1958年 法 と告示が一応 整備 され た止qn立 って この年は植物 検疫 の 内容 の充実が計 られた。 その一つ として今 日まで軍布令で あ った法を臣立法 に切 変 えるべ く立法第89号で軌球 植物防疫 法 が10月23日に公 布 され たOまた検 査の一段 階 ともい える同定 の技術 も一 段 と向上 し今 田まで 同一健 として扱 って来た ものが2-3 軽 に分類 され るとか で (列 こ くが類 )1958年における輸 入植物 か ら発見 された害虫 は86種以 上 とな った。1957年 以 前の50種以下 に比腰す る と2倍近 V,数 を示 してV,る。 その他 に も くん蒸 、検査の面で 大 きな進 歩が あ った 。 なお 、 1958年 におけ る植物検査成演 は第2表の とお りで あ る.. 6.覇琵求植 物 防 疫 法 時代 -1959年1月か ら今 日まで-1959年1月21日民立法によ って 植物 防疫 法が施行 され -I 次の よ うな細則が定め られた 。 ① 植 物防疫法施行規則 (規則第6号 ) 1月20日公布 、1月21日か ら施行 。 ⑨ 輸 入植物検疫 親程 (告示第・59号 ) 2月18由公布 、1月21日か ら適 開。 ③ 輸 出植物検疫 規程 (告示第60号 ) 2月18日公布 、】1月21日か ら適 用。 ◎ 日本 向け輸 出 トマ ト検疫 規程 (告示21号 ) 1月20日に公布 、1月21日か ら施行。 ⑤ 有 害動植物 の緊急防除 に関す る親則 (親則第18号 ) 2月27日公布 、各布の 日か ら施行。 以 上の規則 ・親程 の公布 、施行 に よって一通 りの法体形が 出来 、初代所 長 に安里潜動 .1;引継 ぎ就任 され 、L那静蔭で は12名)内2名披 庶務 関係 )、滑落支所7名、習幡 空港4名、宮古及び八重 山 支所 が それぞれ 3名計29名の職員で換度が始め られた。 A

(7)

衆 評 地 :沖 縄 に お け る 植 物 検 疫 の 歴:.妃 1961年8月には経済局鮭戯鹿別が公布 され 、 植物防疫所 に業務課 と調査実験課が新設 され 、空港出張所噴き支所に 昇格 し検疫態勢の強化が計 られた。 ところで法や親則、 規程は 日本法を原案 として企画、立法 きれた ものだ けに 琉球の現状 にマ ッチ しない面が現われ 、それ らの部分せこ つV'lては次 々と改め られ 、今 日に至 って∨、る.この改正 で重要なもの2-3につV,てをの経過 をた どってみ よう。 ◎ 施行親剛の別表 (いわゆ る禁止病害虫の表)中3項 コ ドリンガの地域に公布の際には了メ 1)カ合衆国が含まれ ていたが後にな って 「誤」として削 られた。 ⑳ 同じく別費第4項 ミカンコミバエの地域せこ公布の際台 湾 は含まれ ていなか った. 1959年9月15日把は 「台湾

を追加 し、 1961年1月には台湾の ミカンコミバ ェは押紙 のそれ と同額類だ とのき里由で植物欄の末尾 に 「ただ し台 湾か らのポンカン、タンカンは除

」が加えられ台湾産 みかんが再び市場に二お目見えした。 ㊥・カンシャオサヅ ウムシは カンシャスジ メイガ と共 に 別表第9項 にま とめ られて\(た。 1959年9月15日にはそれを整理 し、前者は9項に、後者は 新 しく設け られた第 10頁にま とめ られ 9項の植物の湖 中 va「但 し種子を験 く」が加えられ 、今 日までの禁止地域か らの種子 も解禁にな った.また 1961年1月には同項地域 湖中「合資」が 「ここや しな どは観光資源 、防風林 として 苗木の輸入要請 も多 く、また オサゾ ウムシは台湾Xで も 南大東で もキ ビに対す る被害は少なV'」との聾由で 削ら れ 、台湾のや し苛が どしどし輸入され る ようにな ・つたO ㊨ 粛啓動植物の緊急防除に関する親別では、 パイ ンコ ナカイガ ラムシPseLLdoccoeusbron'be∫Cock、が八盛山 か らの′くイ ンア ップル苗の移入で大宜喋村 、東村 、国頭 村患 よび久米島に慢延 している都か発見され 、当該地j或 か らの寄主の移動を類比すべ く 1959年9月18日付娩剛節 411号で別表衷二の防離地域に東村 、陳 、 久米島具志川 村が加 えられた。 ㊨ 1960年 2月には南北間大東島にヤ サ イ ゾ ウ ム シ LisfT・OdorcscostiostTisShoenTLeerの発生が推認 され たので4月か ら注解14粂第2項による緊急防政を行 う・と共 に6月3日に告示第 139号で 「や さいぞ うむ しの願急防除 に関す る告示」を公布 し、有嘗動植物の緊急防除に附す る規則第2粂第2塀 に馬天が加わ り、馬天啓が始めて検疫 港 として蒋定 されたO ・ ⑥ 1960年4月宮古本島下地田r疋サツマイモ メイガの発生 が認め られ 、 同年6月3日に告示第 138号 「さつまvlもめ V、がの緊急防除に関す る告示」を公布 し、下地町か らの 寄主 の移動が禁止にな り、有啓動睦物の緊急防除に関す 琴 台湾には定着 してVtLなV'ことが知 られてV,る。 27 る塊則別表 2の隔離地域の欄 中 「多良間」の次に 「下地 町」が加 えられた。

⑳ 1

9

6

0

年3月15日には訓令第16号で輸入木材検疫要綱を 公布 し、4月1日施行 とな った. E.れに よって フィ リピ ン、ボルネオ、ニユーギ.=ヤお よび台湾などか ら輸入さ れ る原木の検査が開始 され 、木杯の病害虫防疫が一段 と 強化 された。その他につV,て も多 くの改正がなされてい るが余 り盛宴 とは思 えないので削ることに した 。ただ こ ち らで注意 したい ことは施行鹿則の別襲 、す なわち禁止 病害虫の地域お よび植物の取 り壊いにつV,て一貫 した対 筒か 櫓じられ てV,ない と言 うことで ある.輸入解禁に し て も防除の方蔭が確立 した とか検疫の技術 、施設が強化 された とか防疫本来の意味における理由に よる僻禁でな く、それ以外の列 えは観光資源とか 、余 り被害がなV,と か (県境の変化により食性の変更の起 る場合がある)の 現由で解禁に した り、禁止にな った りしてV,る。病告虫 侵入が検査のみによって充分防止 しえな∨、所か ら絶対禁 止の用語が生まれ、これ によって他界各国とも最 も重要 な病害虫についてはそ0:寄主 藍で も輸入禁止の処置をと ってV,る。 す なわち植物防疫法の最 も重要な部面であ るo この部面に対 してぼ臨露な態度 と対髄 が必要であ り、鰍 おV,て も国光の事由に とらわれ るこよな く焚 止物に対す る概念をもう一度改めて検討 し直す必要かあ ると思 うO ところで本法塾は一応整備 されて来たか 1958 年か ら1959年 にかけて那新港、平良港お よび石垣港粧お V,て小塾 くん燕印か趣萌され、野 栄凝物軒の不精品出現 が迅速 にな ったO鰍筋の不合格品に.ついて も分解張瀞 、 輸入某 者において くん蒸消磁の改附か機瀞 されて来た。 一万 1961年には 田畑 何に よる防疫仔の技術W・修か始め られ 、換査収術の向上

かr

rlもれ るよう把な った。 しか し換整数塩は毎年増加の償向把 あ り、196.0年の輸

軸比挽 整成j組をみると第3紋の とお りで ある。 輸入では 日本、 ア メリカを初め3C余園か ら.200余W・;の植 物が 紛入され 、それ に附蔚する滞留.娼虫はそれぞれ 、 1.00余WI'、.160金額に及んでいる。変温機関の苑鹿は組物 碗疫の盈欝鮎を益 Jr高め、換薮技術の向上、擁盤 施政改 巷か一層必要 とな って来た. 7.葉 約

(

1

)

紙で縫物擁壁 がはじめ られた1927年か ら1962年敦 での挽疫 の少みをま とめてみた. (2) ウリミ-'ェ、 ミカン コミ/(ェの発生で長崎税関安野 Vこおvlて1927年か ら植物検疫 が始 め られた. (3)その後避輸液倍 簡管櫓下 における検疫 を経て終吸 を 迎 朱、戦後 は無換疫時代が簡いたためイモゾウ、芋つ 蔑

(8)

沖 縄 殿 ;乾 第1巻 第2号 (1962) 第 3衷 1960年にお け る輸 出入植物 検 査成績

f

検 査 数

盈 2,261,591本 'lkg: 1,858,876.29・9 26,863.175m3 1,037枚 448,579球 1,104,645本 kg 146.229.570.170 価 額 $ 246,072.6 16,326,995.13 い ものてん ぐすバ イ ラスな ど重要病害虫が 良人定着す る よ うにな った4 (4)1951年4月か ら沖純群島政府 に よって 植物 検疫 が再 開 され,1952年紅は米 国畢政府布令 に よる検疫 が初め ら れ兜 。涯 的紅瞭姪余曲折 の時期で あ った . (5)1959・年1月.に枕民悪態 に よる魔 物防疫 法が公布 さ れ 、頻後の混乱か ら漸 く立ち直 り,各方面での改藩がな されつつ あるO 参 :轄文 献 (1) 琉 瑚 乾物防疫所 1957輸 (珍)・出入植物検疫 年報 節1骨 .(1955-1956年) (2)'珊 球組物防疫所 1960 輸 (珍)出入植物検疫 年報 第2号 ,(1957-1958年) (3) 琉 三鞄陸物 防さ変戸斤1962 翰 (珍 )出入植物 検疫 年報 第3号 .(1959-1959年) (4J琉球政府経 済 局 1960植物防疫法附親則規程 . (5) ∃説簸政府贋 涼局 1952琉 球植物防疫法 . (6) 行政主席官房文番課編 1955現行布告布令指令集 (7) 湘 偲県 1940沖/%L県統計普第2編 . (8) 沖組群島政 府統 計訳柄 1951沖縄群島要覧 . (10) 高良鉄共 195狛 愉出盛産物 を脅す害虫 、親 犬校外 普及部肇 鰐 4号 . (m) 高良鉄 夫 1954琉糠 にあ けるサツマイモ メイガ並 び にイモゾ ウの伝播 旦防除、経物防疫Vol二8-10. (12) 高良鉄 夫 1955琉球 に怠 ける重賓 害虫の卦布 と賓 くん 蒸 消 毒 314 ,

0

5

0

k

g

84.550

.

0

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0

7,577.621m3 6

0

0球 42,000本 kg 72,642,263.983 廃 乗 数 盈 5.400 合 格 数 塵 2,261,591未 kg Ll,853,476.299 26′863.175

m3

1∫037枚 448 ,579球 104 ,556本 kg 146,200,729.920 相 、植物 防疫 第9巻 第7号、 (13) 島袋俊 一 1955宮古 で発見 された甘 燕の新 Lv,柄 気 につV、て 、琉大農家便 り 第1号. (14) 平 野伊- 1957輸入縫物 検疫 談鼓 (21)大阪植物 防さ変 Vol.5N010. (15) 平野伊 - 1957輸 入植物検疫 談話 (22)大阪植物 防疫 Vol.5.Nol1-12. (16) 蒋 野伊- 1957輸 入組物談議 (23)大阪植物 防疫 Vol.・6.No・1. 日7) 平野伊- 1958職 人植物防疫 談議 (29)大阪植 物 防疫 Volふ No7-8. (18) 平野 伊- 1960職 人植物防疫 訳読 (34)大阪植物 防疫Vol.7.Nol1-12. (19) 名和梅吉 1919瓜実 旭琉球 紅塵す る 昆 世23. (268) . (20) 東 平地清二 1960南北大束 島に野 菜の新 害虫 ヤサ イ ゾ ウムシ発 生 、琉璃 産物 防疫官督報 第2号 . (21) 東平他藩二 19・60 1959 年度輸入袋物か らの発鹿 害虫、琉球植物 防軍萱情報 第5号 . r(22) 東平 地清二 1960そ菜数 の新 害虫ヤサイ ゾ ウムツ 南北 大乗 相で 畢 見、農家 の友 筋25号 . (23・) 伊鹿波 1960ヤサイ ゾ ウムシ緊急情報 第3号 . し24) 弥 栄政府経済局農務課 岬 q甘 藷野 吟小が(Om,p

-hi・sa illisaH s,W 包1ber)宮音 森 島に 侵 入 す 。 琉球植物防疫情報 第3号 .

(25) 資源局農業改良課 1952甘 藷のバ イ ラス癖病状 と 防除漁 、

参照

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