• 検索結果がありません。

ディジタル史料批判と歴史学における新発見

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "ディジタル史料批判と歴史学における新発見"

Copied!
6
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

1.は じ め に

歴史学と情報学との融合領域における研究には二つの 立場がある.情報学の技術を用いて歴史学の研究を行う 立場と,歴史学のデータを用いて情報学の研究を行う立 場である.本論文の基本的な方針は前者であり,情報学 の技術を活用して歴史学に新しい方法論を確立すること を最終的な目標とする.特に注目するのが,歴史学にお いて研究の基礎をなす「史料を読む」というプロセスで ある.情報学の技術は「史料を読む」プロセスをどう革 新できるか,という問いに答えるためのキーワードとな るのが,「ディジタル史料批判」という考え方である. ディジタル史料批判とは,史料批判という歴史学の 基本的な技法にディジタル技術を導入することで,史料 の「新しい読み方」の実現を目指すものである.ここで 史料批判とは,史料が信頼できるものか,どのような立 場で書かれているか,などを調べる,あらゆる歴史研究 の基礎をなす研究プロセスである.このプロセスに対し てディジタル史料批判が与えるインパクトは 2 点にまと めることができる.第一に史料批判の対象を非文字史料 などの新しい史料に拡張すること,第二に史料批判の対 象を細分化して複数史料を統合した解釈を可能とするこ と,である.そして本論文は,ディジタル史料批判が既 存の史料の解釈をどのように変え,それが歴史学的にど んな新しい発見につながったかを紹介する. 本論文の構成を以下に述べる.2 章は,歴史学の基礎 となる史料批判と,ディジタル史料批判という考え方の 新規性を述べる.3 章はディジタル史料批判のケースス タディとして,地図を対象とした史料批判の事例を二つ 取り上げる.さらに 4 章はディジタル史料批判を支える 手法やツールとして Digital Critique Platform(DCP) とそのアプリケーションについて概観し,5 章ではディ ジタル史料批判をディジタル人文学の観点から特徴付け て本論文をまとめる.

2.歴史学と史料批判

2・1 史 料 批 判 と は 歴史学の基礎となるのが史料である.歴史の入門書 [福井 06] によると,史料とは一般に文字で書かれた情 報源(文献史料・文書史料)を指すが,より広い概念と しては物体や景観なども含むとされる.歴史を描き出す 目的で証拠として依拠し得るすべてのもの,すなわち自 然物から環境,景観,建造物,民具などの用具から機器 類,音声資料や記憶の聞き取り,意識や観念,伝承資料, 画像・映像・図像資料なども含むとされ,本論文でもこ れらを史料と呼ぶ. これらの史料から歴史的な事実を取り出すためには多 くの史料を読み,理解し,歴史像を再構築しなければな らない.そのためには,史料が何のためにつくられ,ど のように今まで残ってきたのか,その内容が意味するこ とは何か,といった点を批判的に検討せよというのが, 史料批判の考え方である.そして史料批判と考証を繰り 返しながら歴史的事実を確定し,歴史的事実に基づいて 過去の出来事を組み立て直すことに歴史学の目標があ る.例えば文字史料であれば,一文字ずつ吟味しながら テキストの本来の姿を復元していくテキストクリティー クを行う.また複数の史料を突き合わせて,歴史の実像 を復元することが必要となる場合もある.さらにリサー チクエスチョンによって,史料批判の焦点を変える場合 もある.歴史研究においては,史料とは外部から与えら れるものではなく,問いに答えるために最適な史料を自 ら選び取るものである.ゆえに,史料の性格や信頼性の 研究を通して史料を選択する基準を明らかにする史料批 判は,歴史研究に不可欠のプロセスとなる.

ディジタル史料批判と歴史学における新発見

Digital Critique and New Discoveries in History

西村 陽子

東洋大学

Yoko Nishimura Toyo University.

[email protected], http://researchmap.jp/nishimura/

北本 朝展

国立情報学研究所

Asanobu Kitamoto National Institute of Informatics.

[email protected], http://agora.ex.nii.ac.jp/~kitamoto/

Keywords:

digital critique, historical studies, historical maps, historical photographs, digital silk road, digital humanities.

(2)

このプロセスは,役割としてはデータクリーニングに 近いものといえるかもしれない.ノイズや外れ値除去な どの品質管理によってデータの信頼性を高めるデータク リーニングは,信頼できるデータをその後の研究に利用 するという面では共通した役割もある.しかし史料批判 では,データの信頼性を判定するのに必要な背景知識が より複雑かつ広大である.データを見るだけでは判定で きず,見えない部分を推測しなければならない場合も多 い.したがって,アルゴリズムで自動化することは困難 であり,人手による丹念な作業が不可欠となる. また史料批判の方法は,史料の種類によっても異なる. 従来の歴史研究はほとんどが文字史料に依拠していたた め,文字史料に対する史料批判には膨大な研究の蓄積が ある.一方で,本論文が対象とする非文字史料,すなわ ち古地図や古写真,絵画などについては,歴史研究への 利用がまだ初歩的な段階のため,史料批判に関する研究 の蓄積も少ない.しかしディジタル時代に入って,非文 字史料の共有や加工もはるかに簡単になったため,非文 字史料を取り巻く状況も変わりつつある.非文字史料と いう新しい種類の史料に対する史料批判に取り組むこと が,ディジタル史料批判の第一の特徴である. 2・2.史料の断片化に基づく新しい史料批判 ディジタル史料批判の第二の特徴が,史料批判の対象 の細分化である.史料批判の対象を史料単位から記述単 位に細分化し,文脈にとらわれない新しい史料批判を実 現することが,ディジタル史料批判のもう一つの特徴で ある.歴史学における史料批判はこれまで,史料のテキ スト全体の正確さや信頼性などを主な評価対象にしてき た.しかし史料単位で優劣を評価すると,史料に出現す る個々の記述を独立して評価しづらくなるという問題が ある.史料単位の史料批判では,全体として優れたもの と判定された史料は,その中の個々の記述も信頼できる とみなされる.すると,優れた史料の記述が他の史料の 記述と一致しない場合,不正確なのはより信頼性が低い 史料のほうであると自動的に判定される傾向が生じる. 史料の信頼性を著者の信頼性で代替する場合も同様であ る.優れた著者の記述が他の著者の記述と一致しない場 合,不正確なのはより信頼性が低い著者のほうであると 判定される傾向がある. しかし,このような史料単位の評価は本当に適切なの か,というのが我々の問題意識である.例えば,科学的 な調査に関する複数の史料で記述の不一致が見つかった 場合,単純に一方の著者だけが間違い続けることは考え にくい.そこで,史料単位よりも細分化された記述単位 で史料批判を行ってはどうかというのが,ディジタル史 料批判という考え方の核心にある.実は歴史学において も,史料の一部分,もしくは断片化された史料に対する 史料批判の例がこれまで全くなかったわけではない.し かしディジタル史料批判は,断片化された史料に対する 史料批判というアイディアをディジタル技術の活用を通 して一般化し,非文字史料を中心として任意の史料に適 用できるように拡張した点に新しさがある. ここで興味深いのは,まさに史料のディジタル化が, このような発想の転換への道を開いたという仮説であ る.史料のディジタル化に対しては,物理的な史料がも つ豊かな情報(例えば素材や質感など)が失われるので 好ましくない,との批判がよく聞かれる.またページを めくって読むという伝統的なインタラクションが失われ ることに対しても,史料を読む体験を劣化させるとの批 判が多い.しかしディジタルデータには,物理的な史料 では実現し得ない「軽さ」がある.コピーペーストで複 数の史料から断片的な記述を集めれば,史料というテキ ストがつくり出す文脈や著者の権威性などの背景情報を 引きはがし,新たな文脈で個別の記述を批判する環境が 実現できる. このような断片化に基づく史料批判という考え方は, 従来の歴史研究の方法,すなわち史料を 1 冊ずつ丹念 に吟味し,史料ごとに評価を完結させ,次の史料に移る という読み方では,実現することが難しい.逆説的では あるが,従来の歴史学の研究スタイルそのものが,新し い史料批判を実現する障害となり得るのである.ディジ タル化によって軽くなった史料を自由にコピーペースト し,自由に組み替えられる環境から,物理的な史料形態 にとらわれない新しい史料批判の方法が生まれたとする なら,まさに史料のディジタル化が,ディジタル史料批 判という発想の転換を生み出す鍵になったといえる. このようにディジタル歴史学とは,ディジタル化され た史料を新しい方法で読み,その価値を新しい視点で評価 することを通して,新しい歴史的事実を発見することを 目標とすべきだろう.そうした新しいアプローチに特に 適した史料が地図である.そこで以下では,地図を対象 としたディジタル史料批判のケーススタディを紹介する.

3.ディジタル史料批判の実例

3・1 空間画像史料のマッチング 本論文が対象とする史料は,国立情報学研究所を中心 とするディジタル・シルクロード・プロジェクト*1 一環として進めてきた,公益財団法人東洋文庫との貴重 書ディジタル化共同プロジェクトの成果である.過去 13年間に及ぶ貴重書ディジタル化の成果は「『東洋文庫 所蔵』貴重書デジタルアーカイブ*2」(以下,東洋文庫 アーカイブ)で広く公開しており,本論文で用いる古地 図・古写真の大部分はこのアーカイブに収録される画像 である. さて,本論文が対象とするのは地図史料や写真史料な *1 http://dsr.nii.ac.jp/ *2 http://dsr.nii.ac.jp/toyobunko/

(3)

control point)として幾何補正に用いた.さらに工夫し たのが地上基準線(ground control line)の活用である. これは北京の碁盤目状の街路が時間的に不変であること に着目し,古地図上の街路を現代地図上の街路と一致さ せるための線状特徴物となる. これらの点と線を活用した幾何補正手法として,我々 は「直線保存型距離加重法」という新しい手法を提案し た.そして基準点約 1 800 個,基準線約 500 本を用いた 203ページ 290 億画素に達する乾隆京城全図を,クラス タ計算機で分散処理することに成功した.この成果は, すでに「古都北京デジタルマップ」*3において一般公開 している. § 3 地図の新しい解釈と復元 幾何補正で地図の全体像は把握できたものの,以前か ら指摘があった地図の不正確な部分の解釈は,まだ課題 として残っていた.そこで時間的に不変な特徴物に着目 し,不正確な部分をより詳細に調査したところ,寺院や 宮殿などの大きな建築物の一部が,ページの境界で分断 されていることを発見した.これはページの貼合せに根 本的な問題があることを示唆する証拠である.そこで試 しに,隣接ページの左右位置を入れ替えたところ,分断 されていた特徴物が特徴物が上下のページをまたいでき ちんと接続することが判明した.さらに一部のページに ついては,画像の中心を境に左右の位置を入れ替えたと ころ,すべての特徴物がページをまたいで正しく接続す ることを確認した(図 1).以上により,地図が不正確 という従来の定説は誤りであり,我々が示した方法で地 図を復元すれば,地図はおおむね正確に解釈できること を証明した. この結果に対する最も妥当な仮説は,複製本以前のオ リジナル地図の段階で,すでに地図の一部が入れ替わっ ていたという仮説である.そしてそうした事態に陥る典 型的な状況として,虫食いなどの影響で地図が分離し, それを修復する際に,地図の貼合せを誤ったという作業 ミスが想像できる.ただし,史料の活用という目的に限 定すれば,こうした誤りの原因を確定する必要はなく, 地図を正しく解釈する方法さえわかれば十分である. ど,我々が空間画像史料と呼ぶ種類の史料に該当する. 空間画像史料とは,空間的な属性を備えた画像史料を意 味する.空間的な属性には緯度経度などが該当するが, GPSがない時代につくられた史料の緯度経度は,存在 しないか存在しても不正確な場合が多い.したがって史 料を空間にマッピングすることそのものが,空間画像史 料のためのディジタル史料批判の重要な目的となる. 空間へのマッピングには史料の空間座標の推定が必要 となるが,そのための有力な手掛かりとなるのが時間的 に不変な特徴物である.例えば地図なら時間的に移動し ない遺跡,写真なら山の稜線などの景観が特徴物となり 得るが,適切な特徴物を選定するには背景知識が必要な 場合も多い.そして特徴点の一致をエビデンスとして, 複数の史料を二次元空間や三次元空間中でマッチングし ながら空間的な座標を確定していくことが,空間画像史 料に対するディジタル史料批判の基本的なプロセスであ る.以下では,地図を対象としたディジタル史料批判の 具体的な例として,北京の地図とシルクロードの地図を 対象とした史料批判の例を示す. 3・2 史料批判に基づく地図の新解釈 § 1 『乾隆京城全図』とは 本章では,約 250 年前に作成された北京の実測図であ る『乾隆京城全図』を対象とした史料批判により,地図 を正しく解釈し,元の姿を復元できた事例を紹介する. 『乾隆京城全図』(以下,乾隆図)とは,清王朝の乾隆帝 (在位 1735 ∼ 95 年)の勅命によって乾隆 15 年(1750 年)に作成された,北京旧城(東西最大 8 km,南北 8.5 km)の最古の実測図(約 1/650)である.宮殿や大建 築だけでなく民家の建物まで詳細に描かれていることか ら,北京という都市の研究における最重要史料とされて きた.原図は縦 14 m,横 13 m の巨大な地図であり,こ れまで複製本がいくつか出版されてきたが,我々は [西 村 08] において,高解像度写真を用いた印刷が美しく, 最良の複製本との評判がある [興亜院 40] を用いてディ ジタル化を行った.この複製本の全体の構成は北から南 に 17 列に分けられ,各列は東から西に向かって 11 ∼ 13枚の配列となっており,全体で 203 枚に達する. § 2 『乾隆京城全図』の幾何補正 地図が細分化されていたため,ディジタル化以前は全 体像を把握することが困難であった.また,一部の研究 者はこの地図に不正確な部分が存在することを指摘して いたが,不正確さの具体的な状況は解明できていなかっ た.そこで我々は,乾隆京城全図という空間画像史料の ディジタル史料批判の一環として,幾何補正によって地 図の全頁を継ぎ目なく接続して閲覧するための手法を提 案した. ここで基準地図として用いたのが Google Earth(GE) の現代地図である.この地図から,時間的に不変と思 われる特徴物を特定し,これを地上基準点(ground *3 http://dsr.nii.ac.jp/beijing-maps/ 図 1 北京外城西南部にあった貼合せの誤り. 左:修正前右:修正後

(4)

3・3 史料批判に基づく遺跡の再発見 § 1 『スタイン地図』とは 本節では,約 100 年前に作成されたシルクロードの測 量図である『スタイン地図』を対象とした史料批判によ り,シルクロードの所在不明遺跡を再発見できた事例を 紹介する [西村 07, 西村 10a, 西村 10b, 西村 10c]. 約 100 年前の英国のシルクロード探検家である M. A. スタインの調査報告書である Serindia と Innermost Asia [Stein 21, Stein 28]に付された地図(以下,スタ イン地図)は,スタインが調査した遺跡にとどまらず, フランス・ドイツ・ロシアなどヨーロッパ諸国が派遣し たシルクロード探険隊が調査した遺跡を含め,当時スタ インが把握し得た遺跡が網羅的に記載されており,シル クロードの研究における最重要資料とされてきた. この地図は,それぞれ 94 枚と 47 枚のシートになって おり,現在の新疆ウイグル自治区にあたるタクラマカン 砂漠周辺と甘粛省というシルクロード地帯を含む.そこ で我々は [西村 07] において,この 2 種類の地図をディ ジタル化した.そして空間画像史料のディジタル史料批 判として,地図に記載されている緯度経度線の交点を基 準点とした幾何補正を適用し,全頁を継ぎ目なく接続し て閲覧できるようにした.今回も基準画像としたのは Google Earthの現代地図である.この成果は,すでに Webサイト*4において一般公開している. § 2 所在不明遺跡問題の解決 スタイン地図の場合,地図に緯度経度が記されている ため,簡単な幾何補正で地図を解釈できるというのが当 初の目論見であった.しかし実際に幾何補正してみると, スタイン地図の緯度経度は不正確ではないかという疑問 が生じてきた.そこで我々はスタイン地図を批判的に評 価するために,時間的に不変な特徴物を地図全体から万 遍なく 200 点ほど収集し,両者の位置を比較してみた. するとどの基準点においても,スタイン地図上の緯度経 度と現代地図上の緯度経度は一致せず,その誤差は平均 数キロメートル,最小 250 m,最大 32 km であること を突き止めた.全体の評価結果を図 2 に示す.誤差はス タインの調査経路の進行方向に向かって増大し,地域ご とに誤差の距離と方向は異なるものの,地域内では比較 的同じ傾向を示す [西村 07, 西村 10a].また誤差が東西 方向に大きい点は,緯度に比べて経度の測定がはるかに 困難だったという,当時の技術的な制約とも整合する結 果である. このような地図の誤差が,所在不明遺跡という問題を 生み出した根本原因だった,というのが我々の新しい発 見であるが,結論を急ぐ前に,まずは所在不明遺跡の問 題から説明していこう.1980 年代以降に新疆ウイグル 自治区のシルクロード地帯に再び研究者が入れるように なったとき,彼らがまず試みたのはスタイン地図の遺跡 を改めて訪問することであった.しかし彼らは,ごく少 数の大規模で著名な遺跡を除き,遺跡を見つけることは できなかった.つまり,スタイン地図の遺跡は行方不明 になってしまったのである. このような結果を受け,研究者の間で定説になったの は,シルクロードの遺跡は再び沙に埋もれたか,あるい は破壊によって現存しないのだろうという説であった. しかしその定説は本当なのかというのが我々の問題意識 であり,その検証の助けになったのが図 2 の誤差分布 である.任意の遺跡の所在地は,近傍の基準点の誤差か ら推定できるとの仮説に基づき,トルファン地区とコー タン地区という異なる特徴をもつ地域を対象として,所 在不明遺跡の同定を試みた.図 3 は所在不明遺跡の一つ Murtuk Ruinsの平面図と,この地域の GE 衛星画像を 比較した結果である.図 3 左のスタインの描いた平面図 と,右の GE 衛星画像を照合すると,平面図の方位や両 者の地形がエビデンスとなって両者を照合できることが わかる.同様の手法を他の遺跡にも適用することで,ス タイン地図の所在不明遺跡はほぼすべて再発見できるこ とを示し,これまでの定説を覆すことができた. このような遺跡の照合がなぜ今まで困難だったのか. それは従来の典型的な手法である「名寄せ」では両者が 一致しないこと,そして複数の史料を統合して解釈する ことがアナログ時代は難しかったこと,などによると考 えている.この付近の遺跡は現在ではウジャンブラクと 呼ばれているが,スタイン地図では Murtuk Ruins と呼 ばれており,両者の名称には類似性が全くない.一方, この地域に存在する小型石窟寺院が,ドイツの探検家グ リュンウェーデルが報告した Murtuq Ⅱ Anlage である との指摘はあったが,スタイン史料との統合までは進ま ず,Murtuk Ruins との関連に関する指摘もなかった. 図 2 Serindia 地図の誤差分布 *4 http://dsr.nii.ac.jp/geography/

図 3 右:Site Plan of Ruins near Murtuk 左:ウジャンブラク遺跡

(5)

それに対し,我々は次章で述べるように,これらの遺跡 概念の間に関係があることの指摘にとどまらず,それら の関係が示唆する空間的な構造までを示すことに成功し た. § 3 遺跡概念の拡張に向けて 所在不明遺跡の問題解決は,シルクロード研究に大き なインパクトを与えるものである.もし所在不明遺跡と 現在の遺跡との対応関係がわかれば,遺跡の統合を通し て研究成果の統合も進むからである.20 世紀初頭に出 版された探険隊報告書は,遺跡からの出土物などに関し ては,当時でないと得られない貴重な記述を残している. 一方,現代中国で進む考古発掘の成果は,今後の研究成 果が付け加わっていく土台となる.しかし,これらの研 究成果は現状では相互参照できずに断絶しており,それ が研究を進めるうえで大きな障害となっている.この障 害を解消するには,複数の史料に出現する遺跡というエ ンティティを接続することで,それぞれの史料に記載さ れた遺跡のメタデータも接続する必要がある.そのため には,遺跡に統一的な識別子を与え,遺跡に関する各種 の情報を統合することが今後の課題となる.過去の研究 成果の上に新しい研究成果を積み重ねていくには,統一 的な識別子に基づくデータベースの構築が不可欠といえ る. しかし遺跡に統一的な識別子を与えることは,けっし て簡単ではない.その理由は,遺跡というエンティティ がもつ複雑な構造にある.図 4 は,ある史料に出現する 遺跡 A が,別の史料に出現する遺跡 B や遺跡 C を包含し, さらに遺跡 C が別の史料に出現する遺跡 D,E,F を包 含するという構造を表現したものである.このような構 造は sameAs という同一性の関係だけでは表現できず, 空間関係を表現する述語を用いてエンティティ間の関係 性を意味的に記述しなければならない. このような複雑な構造が生じる理由は,遺跡という人 工物を解釈する唯一の「正解」が存在しないからである. 遺跡の概念化は研究者によって異なるだけでなく,概念 に与えるラベルにも研究者の考え方が反映している.現 地の人々の名称を用いるもの,村の名前を用いるもの, 川や道などを用いた交流圏を考慮して名称を用いるもの もあれば,現代中国のように中国語の名称を命名する方 法もある.このような問題がある限り,名称の類似性に 基づく「名寄せ」はうまく機能しない.空間座標の類似 性に基づく「場寄せ」など,記録の類似性をエビデンス として総合的に考慮したうえで,遺跡の照合を進めてい く方法論が必要になる所以である.

4.ディジタル史料批判の方法論

4・1 ディジタル史料批判プラットフォーム(DCP) このようなディジタル史料批判を支える情報基盤と して,著者らはディジタル史料批判プラットフォーム (digital critique platform)の構築を進めている [北本 15].これは,ディジタル史料批判の方法論をより系統 的に適用するために,史料批判のエビデンスを形式的に 表現,蓄積,検索,公開するためのプラットフォームで ある.形式的な意味表現にはセマンティック Web 技術 を活用する.そして,史料から仮説,そして事実へと, さまざまな史料の統合と洗練を繰り返す研究プロセスを システム化する.このとき,エンティティや概念の同一 性や関連性だけでなく,その判断の根拠となったエビデ ンスも蓄積することで,他者によるオープンなエビデン スの検証を可能とすることも念頭に置く.このようにエ ビデンスを蓄積するツールでは,エビデンスの基礎とな る史料のマッチングを支援するツールの提供も重要な課 題となる.そこですでに開発したツールの中から,マッ ピニング,フォトフィット,メモリーグラフというアプ リケーションを紹介する. 第一のマッピニングは,地図と地図のマッチングを支 援するツールである.具体的には,二つの地図上で対応 する基準点をペアにして登録しておくと,2 枚の地図を 対話的に位置合せできるツールである.これは地図と地 図を重ね合わせて場所を照合する「場寄せ」のためのツー ルである.第二のフォトフィットは,写真と写真のマッ チングを支援するツールである.図 5 のように,時間が 異なる 2 枚の写真を見比べ,対応点のペアを登録するこ とで,2 枚の写真を「寄せて」登録できるツールである. 第三のメモリーグラフは,写真と景観のマッチングを支 援するツールである.これはスマホのカメラに基準とな る写真を半透明で表示することで,写真と景観との直接 的な重ね合せを可能にするとともに,両者の一致が最大 化したタイミングでシャッタを押すことで,写真撮影位 置と景観の変化を記録できるツールである. このようなマッチングツールは,いずれも複数の史料

(6)

の対応関係をエビデンスとして登録するためのツールで ある.複数の史料をまたぐエビデンスの網の目を成長さ せることで,意外な史料のつながりから新しい歴史的事 実を発掘することを目指す.

5.お わ り に

ディジタル史料批判は,情報学の技術を用いて,歴 史学の基本手法である史料批判に新しい視点をもち込ん だものである.こうした問題設定で重要となるのは,人 文学的なリサーチクエスチョンに答えるために情報学の 技術をどう有効に使うかという視点である.同様の視点 から欧米を中心に研究が活発化しているのがディジタル 人文学(digital humanities)の分野であり,そこでは 情報学から見た手法の新規性よりも問いと答えの学問的 価値や知的な面白さのほうが重視される.枯れた技術で あっても答えが得られれば問題ないが,問題が大規模化・ 複雑化してくると枯れた技術だけでは解けない状況も生 じる.こうした状況を踏まえたうえで,人文学と情報学 の間で共同研究が盛んになることを期待したい. 人文学におけるディジタル技術の活用にもさまざま なアプローチがある.典型的なのが,計量的なアプロー チに基づく人文学である.コーパスに基づき統計量を算 出する,大量データに機械学習を適用するといったアプ ローチで,定量的なデータ分析を行う研究が増えつつあ る.また,史料の読み方についても distant reading な どのアプローチが提案されており,従来の close reading のように 1 冊ずつ読むのではなく,テキスト群の可視化 などを用いてまとめ読みする方法に関する研究が行われ ている [Janicke 15]. しかし本論文で紹介したディジタル史料批判は,これ らとは異なるユニークなアプローチであることを改めて 強調しておきたい.ディジタル史料批判は,史料を断片 化して批判し,多種多様な史料を照合し,エビデンスを 積み上げながら,知識を構造化して管理するという一連 のプロセス,すなわち人間による史料の取扱い能力の拡 張を目的とするものである.その意味で,知識表現とし ての人工知能とは親和性が高いが,学習機械としての人 工知能とはまだ距離がある.例えば遺跡を照合するとい うプロセスにしても,暗黙的な知識が占める割合が大き く個別性も高いため,統計的な学習という枠組みにもち 込むことは難しい.ただし,背景知識が不要な問題に限 定すれば,機械学習で自動化できる面も大きいと考えて いる. 歴史学とは,「人物や時間や空間などに関する情報」 を扱ってきた学問であり,だからこそ史料の取扱いに情 報学が活用できる余地も大きいはずである.この視点か らの分野横断型研究が盛んになることも期待したい.

◇ 参 考 文 献 ◇

[福井 06] 福井憲彦:歴史学入門,岩波書店(2006)

[Janicke 15] Jänicke, S., Franzini, G., Cheema, M. F. and Scheuermann, G.: On close and distant reading in digital humanities: A survey and future challenges, Eurographics

Conf. on Visualization, pp. 83-103(2015)

[北本 15] 北本朝展,西村陽子:Digital criticism platform: エビデ ンスベースの解釈を支援するデジタル史料批判プラットフォー ム,じんもんこん 2015 論文集,pp. 211-218(2015) [興亜院 40] 興亜院華北連絡部政務局調査所,乾隆京城全図(1940), 国立情報学研究所『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ: http://dsr.nii.ac.jp/toyobunko/II-11-D-802/ [西村 07] 西村陽子,大西磨希子,北本朝展:Google Earth を利 用したシルクロード古地図の解析,じんもんこん 2007 論文集, pp. 155-162(2007) [西村 08] 西村陽子,北本朝展:Google Earth と『乾隆京城全図』 を用いた北京歴史空間の情報基盤,じんもんこん 2008 論文集, pp. 81-88(2008) [西村 10a] 西村陽子,北本朝展:スタイン地図と衛星画像を用い たタリム盆地の遺跡同定手法と探検隊考古調査地の解明,敦煌 写本研究年報,第 4 号,pp. 209-245(2010 年) [西村 10b] 西村陽子,北本朝展:和田古代遺址的重新定位─斯坦 因地圖與衛星圖像的勘定與解讀,唐研究,第 16 巻,pp. 169-223(2010) [西村 10c] 西村陽子,北本朝展:スタイン地図と Google Earth を 用いた名寄せと場寄せに基づくシルクロード探検隊遺跡の解明, じんもんこん 2010 論文集,pp. 255-262(2010)

[Stein 21] Stein, M. A.: Serindia. Detailed Report of Explorations

in Central Asia and westernmost China, 5 vols, Oxford(1921), 国立情報学研究所『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ: http://dsr.nii.ac.jp/toyobunko/VIII-5-B2-9/ [Stein 28] Stein, M. A.: Innermost Asia. Detailed Report of

Explorations in Central Asia, Kansu, and Eastern Irân, 4 vols.

Oxford: Clarendon Press(1928),国立情報学研究所『東洋 文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ:http://dsr.nii. ac.jp/toyobunko/T-VIII-5-A-a-3/ 2016年 9 月 25 日 受理

著 者 紹 介

西村 陽子 2007年中央大学大学院文学研究科博士後期課程東 洋史学専攻単位満了退学,博士(史学).現在,東 洋大学文学部史学科准教授.中国中世史を中心とす る文献史学,シルクロード探険隊調査遺跡,北京古 地図,近現代中国の非文字史料などを扱う人文情報 学の研究に従事.2008 年じんもんこん 2008 最優秀 論文賞.2010 年平成 21 年度山下記念研究賞.2015 年じんもんこん 2015 最優秀論文賞. 北本 朝展(正会員) 1997年東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻修 了.博士(工学).現在,国立情報学研究所コンテ ンツ科学研究系准教授,総合研究大学院大学情報学 専攻准教授,情報・システム研究機構人文学オープ ンデータ共同利用センター準備室長.画像解析やパ ターン認識を核として,データ駆動型サイエンスを 人文科学や地球科学,防災などの分野で幅広く展開 している.文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員会推薦作品,山下 記念研究賞などを受賞.オープンサイエンスの展開に向けた,オープン 化や超学際的研究コラボレーションにも興味をもつ.

図 3  右:Site Plan of Ruins near Murtuk 左:ウジャンブラク遺跡

参照

関連したドキュメント

留学生 して人間形成されていると感じて 歴史都市・金沢にある大学ならで 積極的に関わろうとする姿に感

グローバル化をキーワードに,これまでの叙述のス

大村市雄ヶ原黒岩墓地は平成 11 年( 1999 )に道路 の拡幅工事によって発見されたものである。発見の翌

つの表が報告されているが︑その表題を示すと次のとおりである︒ 森秀雄 ︵北海道大学 ・当時︶によって発表されている ︒そこでは ︑五

То есть, как бы ни были значительны его достижения в жанре драмы и новеллы, наибольший вклад он внес, на наш взгляд, в поэзию.. Гейне как-то

【現状と課題】

1.実態調査を通して、市民協働課からある一定の啓発があったため、 (事業報告書を提出するこ と)

(平成 28 年度)と推計され ているが、農林水産省の調査 報告 14 によると、フードバン ク 45 団体の食品取扱量の合 計は 4339.5 トン (平成