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象徴主義絵画における「宿命の女」をめぐって : ラファエル前派,モロー,クノップフ

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(1)Title. 象徴主義絵画における「宿命の女」をめぐって : ラファエル前派,モロ ー,クノップフ. Author(s). 古川, 俊英. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. A, 人文科学編, 43(2): 161-177. Issue Date. 1993-03. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/4258. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 北海道教育大学紀要 (第1部A) 第4 3巻 第2号 fHok k園doUD i i fBd SecdonIA)VOL43 t J o皿園 o ve r s uc adon( yo ‐2 ,No. 平成5年3月 Ma r ch ,1993. 象徴主義絵画における 「宿命の女」 をめぐって -- ラフ ァ エル前派, モロー, クノ ッ プフ --. 古. 川. 俊. 英. 象徴主義絵画のもっとも特徴的な主題のひとつに 「ファム・ファタル」 がある‐ これは 「宿命の 女」 , 「呪われた女」 , 「魔性の女」 などと解され, その魅力に惹かれた男たちを破滅に導く美しい女 を 意 味 す る‐ 「フ ァ ム ・ フ ァ タ ル」 に は二 つ の ケ ー ス, 例 え ば, ロ セ ッ ティ に お ける エ リ ザ ベ ス ・. シダルのように, 特定の芸術家の生涯に破滅的な影響を与えた女性というきわめて個人的な様相を 帯びる場合と, 歴史や文学や神話の世界で活躍した女性たち,「サロメ」 ,「トロイアのヘレネ」 ,「ユ ディッ ト」 , 「メ ディ ア」 , 「イ ゾルデ」 , 「メ デューサ」 , 「キルケー」 , 「キマイラ」 , 「スフィ ンクス」 など, 男性の運命を変え, 破滅の原因となっ た美しい女性をテーマとし, より普遍的な女性観を表 現する場合がある. 世紀末の象徴主義芸術では, 後者の表現が独特の世界をつくりあげている‐ こ の種の主題は文芸の領野で盛んに取り上げられたものであり, もともとロマン派の詩人, 小説家, 劇作家に愛された主題であった‐ しかし象徴主義芸術の展開のうちに, そうしたヒロインは阿責な き美女に変貌し, 男性はたんなる無力な生費となってゆく. こうした女性像は, 市民社会の道徳観 からすればデカ ダンの権化であり, 男=正義を破滅させる悪と考えられた‐ 象徴主義の芸術家たち は 「ファム・ファタル」 を単に邪悪な存在にとどめず, 魅力, 誘惑の根源, 悪徳の美を見いだした‐ さらに神秘主義と結びつけることによって, より一層進化した人間像への導き手にまで昇華させて 行 っ た‐ ベ. ウ ォ ル タ ー ・ ー タ ー の 特 異 な 《モナ・リザ》( 1 503~06年頃, ルーヴル美術館, バリ) 解釈は このような女性観の原型を示すものと考えられてきた. 「……この世のあらゆる思想, あらゆる経. 験が外部的形態を洗練し, 表現的たらしめるかぎり, この肖像に, ギリシアの獣性, ローマの淫蕩, 霊的な想像的愛をともなう中世の神秘主義, 異教世界への回帰, ボルジア家の罪悪が刻みこまれ, 塑造されている. 彼女は座っている場所をとり囲む岩よりも年老いている. 吸血鬼のように幾度と 1 ) なく死んだ彼女は, 墓の秘密を知っている.」 モナ・リザは本来ルネサンスの 「礼儀正しい」 貴婦人にすぎないが, ペーターにとっては近代思 想の象徴そのものであった. 異教徒, 罪, 著修, 永劫の回帰といっ た 「ファム・ファタル」 の条件 を, 彼 はモ ナ ・ リ ザに 見 い だ した の で あ る‐ ま た, 「レ ダの よう に トロイ の ヘ レン の 母 で あ り 聖 ,. 2 )と モナ.リザを異教神話とキリス ト教の合一像と考え アンナのようにマリアの母でもあっ た」 , ) かく して 世紀末 ており, このことが散文詩に象徴的人間像の本質的性質をもたらしたという3 ‐ , に流行した聖と俗,善と悪が重なり合う,不可思議な魅力をもつ女性像の原型と見倣されるにいたっ た. ヴィ ナスも聖母マリアも変質し, エヴァ は原罪を背負うがゆえに人類初の 「ファム・ファタル」 と 解 さ れる よう に な る. ダン テ ・ ゲイ ブ リ エ ル・ ロ セ ッ ティ の 数 少 な い 裸 体 画 《ウ ェ ヌ ス ・ ウ ェ , ル ティ コ ル ディ ア》 (1864年 -68年, ラ ッ セ ル = コ ー ト・ ア ー ト ギ ャ ラ リ ー ア ン ドミ ュ ー ゼア ム,. ボンマス) は, そうしたヴィ ナスの変貌の好例である‐ 彼女はりんごと愛の矢を手にしている‐ 矢 161.

(3) . 古 川 俊 英. には浮気心を象徴する蝶がとまっている. これらの象徴はこの女性が通常のヴィ ナスではなく, 男 の 心を 変える ヴィ ナ ス で あ る こ と を 示 して いる‐. ラファエル前派は神秘的で, どこか頼りなさを秘め, 官能的で残酷な女性像を創りだしたが, こ の女性のタイ プが遺産として象徴的に引き継がれることになる‐ また 「女性と死」 は重要なテーマ の ひ とつ と な っ て お り, ジ ョ ン ・ エ ヴァ レ ッ ト・ ミ レー の 《オフィ ーリア》( 18 5 2年, テイ トギャ. ラリー, ロン ドン)(図1) はそうした作例の中でも最も注目されるものである. 「オフエリアは顔 と胸をのこし, ひらいた手がかろうじて流れから茎のように出て右手に赤, 紫, 黄色の花が握られ ている. 口を半 ばひらき, 川の音とまじりあう沈黙の歌がそこからきこえている. 水仙の葉のしげ みと流れに影をおとす白い花の木と柳の間にオフエリアは流れてゆく‐ 精級な描写でありながら, 4 )この記述はミレーの絵の説明としてはやや文学的に過ぎるにして どこか夢幻的な印象を与える.」 も, この絵が象徴主義絵画に対してもつ意味をよく伝えている.. . 図1. オフイーリア. ミレー. 図2. ブリュージュ=死. クノッ プフ. 」 この作品とランボーの詩 『オフィ ーリア』 の間の同時代的な 「万物照応 (コレスポン ダンス) を 論 じたり, フィ リ ッ プ・ ジ ュ リ ア ン の ごとく オ フ ィ ー リ ア の テ ー マ を ロ デン バ ッ ク と ヴ ェ ル ハ ー ) ミ レー の 《オ フ ィ ー リ ア》 にみ ら レンの詩 の な か に求 め た り して いる こ と は よく 知 ら れ て い る5 ‐. れる死と水と乙女と美しき花のイメージは, さま ざまに組み合わされ, 世紀末の精神のうちで変貌 18 86年, ベル ギー王立美術館, し, 独特の表現世界を生みだすことになる. ベックリンの 《死の島》( プ の ナ ン ・ ク ノ フ ル フ 1 9 0 4 年 ライ ブツ ィ ヒ) みすてられた街 》( 《 ェ ッ , , ベルギー王立美術館, ブ リュッセル) をはじめとする一連の ブリュージュの街を描いた作品などは, 同一の系譜に属してい る. 「掘 割 と生 気 の な い 通 り の 静ま り かえ っ た 雰 囲 気 に ひた っ て い る と, ユ ー グの 心 の 痛 み はいく ら かう す ら ぎ, 死 ん だ 女 の こと を い っ そ う 静 か に 思う こ と が で き た. 運 河 に そ っ て, 流 れ ゆく オフ ィ ー. リアのような彼女の顔を見出したり, 鐘の音 (カリヨン) の, 遠くかぼそい歌の調べに彼女の声を 聞 い たり しな がら, 彼 はそ の 面 影 を 偲 び, … …. かつ て は人 に 愛さ れ美 しか っ た こ の 町 も, い ま は. このように彼の哀惜を具現していた‐ 亡き妻は ブリュージュだった‐ いっさいがひとつの同じ宿命 ) に 合一さ れ て いた. つ ま り死 の 都 ブリ ュ ー ジ ュ で あ り … …」6. 「死と乙女」という杯情的テーマ が「水」というモテーフと同化し, 普遍的情感として定着する・ これが街の死と合体し, 死都 ブリュージュのイメージとして固定化される‐ このイメージが世紀末 という一つの時代の終篇を迎える人々にとって, 特別の意味をもったことに不思議はない‐ クノッ プフが 『死都 ブリュージュ』 の口絵のために描いた素描 《ブリューソユニ死》( 1 89 2年, 個人蔵)(図 7 )は ミ レー の 《オフ ーリア》 に近似した様相を示す これをラフ エル前派と象徴主義と 2) ィ ァ ‐ ,. の近親性の証左とみてよい‐ 162.

(4) . 象徴主義絵画における 「宿命の女」 19世紀 後半, オ フ ィ ー リ ア は男 た ち の 理想 の 女 性 と して 大 い に好 ま れ, テ ニ ス ン の ヒロイ ン以 上. にもてはやされた‐ 本来, ハムレッ トの脇役的存在であった彼女が, 主役のハムレッ ト以上に重要 視 さ れ, 人気 を え た の はラ フ ァ エ ル 前 派 の お か げ で あ っ た. 「狂 気 に 落 ち い る こ と で男 性 に対 す る. 彼女の愛を最も完全に証明し, 花よりも美しいことを示すために花輪で身を飾り, …‐ ‐自ら川の流. )シ イ ク ス ピ ア の劇 れ に身を 投 じる こ と で, 愛 に狂 っ た 自 己 犠 牲 的 女性 の 完 全 な 典 型 と な っ た‐」8 ェ , 9 ) 『ハ ム レ ッ ト』 の な か で オ フ ィ ー リ ア の 死 を 語 る ガー トル ー ド王 妃 の 言 葉 に 取 材 し た オ フ ィ ー リ. 9世紀の多くの画家たちによって表現された. たとえば, ミレーの作品と同じ年代に, アの姿は, 1 ア ー サー . ヒ ュ ー ズ の 《オ フ ィ ーリ ア》 (1852年, マ ン チ ェ ス タ ー 市 立 美 術 館) , ドラ ク ロ ワ の. 《オ. フ ィ ー リ ア の 死》 (1853年, ル ー ヴ ル 美 術 館, パ リ) な ど が 完 成 さ れ, ミ レー と ヒ ュ ー ズ の 作 品 は. 1 86 2年のロイヤル・アカデミー展覧会に同時に展示されている‐ ヒューズは愛の重荷で狂気に陥っ た美しい女性が川の流れを見入っている場面, ドラクロワは川に落ちた瞬間を, ミレーは川の流れ のままに漂いゆく姿をとり上げているが, それぞれの画家の関心と作風とがそれぞれの画面に特徴 的 に示さ れて いる‐ ミ レー は 《オフィ ーリア》 を描くために, 背景として適切な場所を苦労して探し 植物の葉や茎 ,. や花なども細部ま で精密に描写した・後にロセッ ティ と結婚したエリザベス・シダルをモ デルと し, 髪を解き, 着衣のまま浴槽につかっ た状態で, 長時間にわたってポーズをとらせた‐ 作品は別々 に描かれた人物と自然を合成してつくられた. 《オフィ ーリア》 に み ら れ る 空 間 的 な たる み は こう した描画法によって生じたものである. 細部が詳細細密に描かれているために, この歪みが違和感 の因となり, その合成像は自然の姿というより彼らの心中の不安や流動的な時代の精神を反映する 奇妙な擬似自然と化している‐ そしてこれはラファエル前派全体にいえることだが, 描かれた世界 と現実の自然とのずれは, 彼らが自然の精妙な描写を重視しながら, 題材を詩や神話から借りたた めに生まれたものであろう‐ 神話は無時間性, 普遍性をもつ‐ 一方, 現実の自然は通時性を免れら れない. 両者のこの相対立する性格は当然摩擦を生む. これが彼らの絵に不思議な緊張感をもたせ , 精織な細部描写ゆえにかえって非現実性を感じさせるのである. 詩や絵画, あるいは実生活においても, ロセッティ が美女に強い関心を抱いていたことはよく知 られている‐ 彼は生涯を通じて, 華やかな女性遍歴を繰り返した‐ これは芸術のために, 現実の美 女が必要だったからであろう‐ しかし, 彼の絵のモデルとなっ た現実世界の美しき女性, シダルや ソエーンは本当に彼の願望を充足したのだろうか‐ モデルとしては理想的であっただろうが, 現実 の姿とのずれは著しかった. シダルは貧しい婦人帽子店の助手であり, ジェーンは馬丁の娘であっ た‐ 彼女たちは大変美しかったが, あくまでも不完全な存在 であっ た‐ そう した美女を愛すること によって, 自分もまた, しょせんこの世の不完全な存在であることをおもい知らされた. 愛すると いうのは, ある意味で, 対象に自己のイメージ, それも理想的なイメージを投影することにほかな らな い. ロセ ッ ティ はこう した 不完 全 な 存 在 であ る と いう お も い か ら 逃 れる こ と が でき な か っ た‐. それでもなお彼は美女を描きつづけた. 「彼の詩の約9 5パーセント, 絵画および素描の約9 8パーセ o }と ゾン ス ト レー ム が 述 べ て い る ほ ど に で あ る 描 か ン トはそ う し た女 性 にま つ わ る 主 題 であ る」l .. れた美女たちは一様に, この理想と現実の霜離, 矛盾の影をとどめている. そのためにか, 彼のモ デルと な っ た 女性 た ち, エ リ ザ ベ ス ・ シ ダル, ジ ェ ー ン・ バ ー デン フ ァ ニ ー ・ コ ン フ ォ ース と い っ ,. た物憂いまなざしの, 長い髪の, 顎の尖っている美しい女性の表情は, どこか焦点の定まらない, 不吉な影を背負っているのである. 当 然 の こと な がら, 愛と 死 はロ セ ッ ティ の 最 も 心 惹 か れ た テ ーマ の ひとつ で あ っ た. 自 らを ダン テ に擬 して い た 彼 に と っ て, ベ ア トリ ー チ ェ は 理 想 の 女 性 で あ っ た‐ そ れ ゆ え, 「ベ ア トリ ー チ ェ 163.

(5) . 古 川 俊 英. の死」 が彼にとって特別の意味をもったとしても不思議 はない‐ エリザベス・シ ダル (リジー) の 6 2一7 0年, テート・ ギャ 》( 18 死後に完成された《ベアータ・ベアトリクス(至福の ベア トリーチェ) ラリー, ロン ドン)(図3) はベア トリーチェ に対する賛辞を表面に, リジーの死に対する深い哀 悼の念を秘めているu) . この作品は, 一見したところ, しごくあたりまえの室内と窓から見られ た街景が描かれている‐ ただ, 制作動機, 主題, 画面構成のいずれもが謎めいている・ヴァージニ ア・サーティ ズは 『ダンテ・ゲイ ブリエル・ロセッティ 総作品目録』 で, 6枚のレプリカの存在を 2 ) こ の レ プリ カ の 多 さ を ロ セ ッ テ ィ の こ の 作 品 へ の 執 着 と 結 び つ ける 向 き も あ る 指摘 して いる1 .. が, 「当時, 彫刻や絵画の写しをつく ることは芸術家の通常の行為であり, ロセッティ の場合もこ. 3 )と いう フ ク ソ ン の 説 の 方 が妥 当 で あ ろ う む しろ こう し う し た行為 と 変 わ っ た も の で はな い」1 ァ .. た仕事は自分の創造的才能の浪費であると考え, レプリカをつくることは好まなかった. ただ生活 費をうるために, あるいはパトロンの希望を無視 しできず止むをえずレプリカをつくっていたよう である. ただ, オリジナルの複製であり, 反復であるべきはずのレプリカから, 原作の神秘的で暖 昧な雰囲気がまったく消えてしまっていることは注目に値する.. 図3. 164. ベ ア ー タ ・ ベ ア トリク ス. ロ セ ッテ イ.

(6) . 象徴主義絵画における 「宿命の女」. ロセッティ 自身の言葉を借りれば, この絵は 「…死を再現しようとしたものではなく, 都市を見 下ろすバルコニーに座り, 桃惚状態に陥ったベアトリーチェの姿で, 死を感じとらせようとしたも のであることはけっ して忘れてはならない…‐ その閉ざされた険を通して, 彼女は彼方の新しい世 4 ) 《ベ ア ー タ . ベ ア トリ ク ス》 の主題についてこれとほとんど 界 を 見 て い る の だ.」1 同じ内容の手. 紙 を, ロ セ ッ ティ はあ ち こ ち に 書 き 送 っ て い る. そ れ に し た が え ば, ダン テ に と っ て 重 大な 出 来事 であ っ た ベ ア トリ ー チ ェ の 死 が テー マ と いう こ と にな る‐ つ ま り, こ の 世 か ら 天 国 へま さ に 出 発 し. ようとしているベアトリーチェ は僕惚状態にある‐ 赤い烏, 死の使者が彼女の手に白いけしの花を 落 と そう と して いる‐ 背 景 に は, 彼 女 の 死 を 予 感 して 静ま り か え っ て い る フ ィ レンツ ェ の 街 が 描 か. れている‐ 街路には詩人ダンテと愛の擬人像がみえる‐ 日時計の影は9時に落ちていて, 彼女の死 の時を暗示している‐ しか しな が ら, ロ セ ッ ティ の いう よう に現 実 の 世 界 を 描 い た 作 品 と す れ ば, ロ セ ッ テ ィ の ほ か の. 絵やラファエル前派の他の作品と比べて, あまりに特異すぎる‐ なによりも不思議なのは, 全体か ら醸しだされる, なんとも言いようのない暖昧さである‐ たとえば, 背景の都市が窓の向こうにあ る現実の街の姿をあらわしているとすれ ば, 前景と後景の描写があまりに等質的すぎるので, 窓の 洗惚状態のベアトリーチェを補完する想 向こうに風景としての現実味は感じられない. 手前にいるi 像的空間であるといった方がぴっ たりくる‐ この暖昧で不可思議な性質が, 効果的に 《ベ ア ー タ ・ ベアトリクス》 の 二 重 性, ベ ア トリ ー チ ェ の 死 と り ジー の 死, ダ ン テ と ロ セ ッ ティ の重 な り に 言 及 する. ベアトリーチェ がりジーをモデルとして描かれたことは周知の事実であり, その習作は彼女 の死以前にはじめられている‐ ベア トリーチェの手に置かれているけしの花が阿片の原料であるこ と, 彼女の表情や態度が麻薬中毒患者特有の催眠状態と似ていることなどから, アヘンチンキの中 5 ) この主張はラファエル前派が現実 毒患者, リジーの実像の残存を認めようとする主張もある1 ‐ の細密描写を離れることのなかった証拠のひとつであるといえるであろうが, 当面の問題の解決の 指針にはならない. デルボワは 「ベアトリーチェ は幻滅, 苦しみ, 悲痛の人格化である. 彼女はま た清純無垢, 誠実, 純枠でもある‐ 悪の呪文は彼女の存在のまさに奥底を揺るがす‐ すべてのもの がヴェールに覆われ, 心を悩ませる‐ 彼女は険を閉じ, 華やかなこの世の光景から逃れでる. 彼女. 6 ) は夢 を 見, そ の夢 にな る‐ ロ セ ッ ティ の 愛, そ こ で はエ リ ザ ベ ス と ベ ア トリ ー チ ェ が一 体 と な る.」1. と述べているが, この二重性にこの絵の内奥的画面の成立の因は求められるだろう‐ 愛ゆえに狂気に落ち入り, ついには愛に殉じて自らを滅ぼすという従順な美女 オフィ ーリアに , 対 して, 1860年以 降に なる と, ロ セ ッ ティ や モ ロ ー の 画中 に み られ る よう な 妖 し い魅 力 を 発 散 さ ,. せる女, 禁断の美女が注目されるようになる‐ こうした女性の主題はオフィ ーリアのような犠牲に される女性と魔物の母といわれるリリスのように相手を滅ぼさずにはおかない魔性の女という対極 的な主題に分かれる‐ 前者では, 愛する者が愛される者を破壊し 後者においては 愛されたもの , , が愛する者を破滅させる‐ 以後, 「ファム・ファタル」 は後者に重点を移 して行く 神話・伝説に . 多くの画題を求めたモローは男性を破滅させる妖艶な美女を 異国情緒に満ちた雰囲気のなかで数 , 多く描出した. トロイア戦争をひき起こしたヘレネ, 多くの求婚者たちを死にいたらしめたペネロ ペ 夫 に復 讐 する た め に わ が 子 を 殺 したメ ディ ア など が そ れ であ る な か で も サ ロメ と ス フ ィ ン , ‐ , ク ス は, モロ ーの 作 品 に よ っ て 世 紀 末 の 「フ ァ ム ・ フ ァ タ ル」 の 代 表 的 存 在 と なる , ‐ 《ヘ ロ デ王 の 前 で踊 る サ ロメ》 は母親 ヘロデヤに唆されて 若き王女 サロメが洗礼者ヨハネ ,. , , の首をうるために義父, ヘロデ王の前で舞うという場面を取り扱っている‐ モローはこの作品と水 彩の 《出現》( 187 6年, ルーヴル美術館 デッサン室, パリ) とを一対として, 187 6年のサロン, お よび18 7 8年の万国博覧会に出品した. 壮麗な宮殿の広間を舞台に, サロメ は無数の宝玉に飾られた. 165.

(7) . 古 川 俊 英. 図4. ヘロデ王の前で踊るサロメ. モロー. 衣装の裾をひきながら, 肌もあらわに, 首をやや前方に傾け, 一方の手を前にさしのべ, 他方の手 に逸楽の象徴である蓮の花をかかげもって, 静かに中央へ進んで行く‐ 正面の玉座にヘデロ王が座 る‐ その背後上段の祭壇には, ミトラスを脇特に伴う多産豊儀の象徴, 多くの乳房をもつエフエソ スのディ アナ像が肥られている. 玉座の左側奥の柱の 陰からヘロデヤが覗き, その前方に楽人が座 る‐ 右側には抜き身をもつ死刑執行人が立ち, まさに起らんとする惨劇, 洗礼者ヨハネの斬首を暗 示する‐ 右前景には淫蕩の象徴, 黒豹が横たわる. 柱は青金色の輝きを示し, 床には花 が散りばめ られる‐ 豪奮, 頼廃, 逸楽, 邪悪, 死といった要素が散乱し, 男性を破壊に導く妖艶な女性の姿を 強烈に描出している. モロ ー はオ リ エ ン トの テ ー マ を 扱 っ た フ ラ ン ス 文 学 に興 味を も っ て お り, 広 範 な 知 識 を 身 につ け. ていた. サロメはこの種の知識をもとにして描かれた‐ 彼は殊にシャ トー ブリアンを称賛し, 近東 に対 する ローマ ン 的 好 み を 共 有 した い た. た だ, こ の 時代 の フ ラ ン ス で は, オリ エ ン トに 題 材 を え. た絵画が流行していた. 彼が好んでエキゾティックなテーマを採用したことも, 当時の風潮と無関 係で はな い‐ モロ ー はサ ロメ の テー マ に 魅 了 さ れ, 多く の 異 作 をつ く っ た. 《牢 獄 の サ ロメ》 (1873. 1876年, アーマン ド・ハマー美術 6年, 東京国立西洋美術館) ~7 , 《ヘロ デ王の前で踊るサロメ》(. の サ ロメ)》(1876年, ギ ュ ス タ ー ヴ・ モ ロ ー 文化 セ ンタ ー, ロ スア ン ジ ェ ル ス) ,《踊 る サ ロメ (刺 青. 866年, ルー ヴル美術館 デッ サン室) 1 美術館, パリ) , 《出現》(油彩, , 水彩の 《踊るサロメ》( 8 76年, ルーヴル美術館デッサン室) などに加え 1 8 76年頃, ギュスター ヴ・モロー美術館, 水彩, 1 166.

(8) . 象徴主義絵画における 「宿命の女」. て, 多くの習作, 素描も残している. なかでも, 肉体もあらわに官能的に桶るサロメの眼前に 突 , 如血のしたたる聖ヨハネの首が出現するという衝撃的な場面を示す 《出現》 は, その表現の特異性 )とデ. 1 7 と「いかなる時代においても, 水彩画がこれほどの絢欄たる華やかさに達したことはない」 ゼッサントを感嘆せしめたほどの華麗な色彩で注目を集めた‐ 《ヘロデ王の前で踊るサロメ》 が物 語をいわば絵画に移行させているのに対 して, モロ一目身の内的な発想, 絵画的幻想より生まれた 空中に示現する首というテーマは当時の人びとを驚嘆させた‐この作品に触発されて オディ ロン・ , ル ドン は 《出 現》(1833年, ボ ル ドー 美 術 館) を 描 き, フ ラ ンツ ・ フ ォ ン ・ シ ュ ト ゥ ッ ク の 《サロメ》 (1906年, 市 立 ギ ャ ラ リ ー, レー ベ ン バ ッ ハ ハ ウ ス, ミ ュ ン ヘ ン) で は 黒 人 の 従 者 の差 しだ す 洗 ,. 礼者ヨハネの首を包む不思議な光彩に, その余韻を響かせている. 画 題 と して の サ ロメ は決 して 新 し い も の で はな い. す で に ル ネ サ ンス の 時 代 か ら, タ デオ・ ガッ ディ, フ ィ リ ッ ポ・ リ ッ ピ, ギル ラ ン ダイ ヨ, ア ン ドレア ・ デ ル・ サ ル ト, メ ム リ ン ク ク ラ ナ ッ , 8 ) 1870年 前 後 に は ピ ヴ ス . ド. シ ヴ ンヌ の 《洗 礼 者 ヨ ハ な ど の 作 品 が知 ら れ て い る1 ィ ュ ャ ァ . , ハ ネ の斬 首》(1869年, バ ー バ ー 美 術 協 会,ノミー ミ ン ガム 大学) , ア ンリ ・ ル ニ ョ ー の 《サ ロメ》(1870. 年, メ トロポリタン美術館, ニューヨーク) をはじめ, サロメの物語に画題をえた作品が次々に制 作 さ れ た. な か で も, 1870年 の サ ロ ン に 展 示 さ れ た ア ル フ ォ ン ス ・ ル グ ロ の 《サロメ》(メ トロポ リタン美術館) を, モローは自分自身の落選にもかかわらず称賛している. しかし, ル グロの 《サ ロメ》 は東方的主題を描いたアカデミックな作品にとどまっており, モローの絵に直接的な影響を 与 え た と は思 え な い. ま た, フ ロ ベ ー ル の 『サ ラ ン ボー』 と の 関 係 が よく 引 き 合 い に ださ れる. フ ォ ン・ ホ ル テ ン は 「フ ロ ベ ー ル が記 述 して いる 高 い髪 の 結 い 方, 流 れ る ロ ー ブ, 多く の 乳 房 を も っ た. 1 9 )にその影響を認めている モローの蔵書のなかに 『サ 女神の配置された高い毒睡のついた神殿」 ‐ ランボー』 はないが, 『ボヴァリー夫人』 の1 86 6年版, 『聖アントワーヌの誘惑』 の第二版 ( 187 8) を 所有 して い た こ と が知 ら れ て お り, モ ロ ー の 絵 がフ ロ ベ ー ル の 小 説か らな ん らか の ヒ ン トを え た と 考 え て よい だろ う‐ 《ヘ ロ デ王 の前 で踊 る サ ロメ》 の構想の開始は1 87 2年頃と推定される‐ この頃から, 数十点にお. よぶサロメを扱った素描や習作がつくられている‐ この素描, 習作のなかに, モローがサロメの姿 を 描く の に過 去 の 巨 匠 を 手 本 に し た こ と を 示 す 作 品 が あ る. ヴ ァ チ カ ン 宮 殿 の ロ ッ ジア に あ る ラ フ ァ エ ル 口 の 《ア ブラハムと天使》 の右端の人物を描いた一枚の習作は 《庭のサロメ》 および 《ヘ ,. ロデ王の前で踊るサロメ》 の人物の形態に酷似し, 完成作のサロメのポーズはドラクロワの 《ユダ ヤの結婚》( 83 9年, ルーヴル美術館) の踊る人物が原型であり, 全体の構図の源は巨大な建築背 1 景に小さな人物を配している レンブラントの 《神殿から両替商を追放するキリス ト》 であ る と い 0 ) う2 ・. こうした影響関係はそれとして, モローの独自の探求も忘れてはならない‐ その成果が彼の絵に きわめて神秘的な雰囲気を与え, 独特の非合理的な世界を生みだしたのである‐ 例えば 中空に吊 , されているかのように, つま先で釣り合いをとっているサロメの不自然な姿勢は非現実性を高めて いる. すべてが硬直しているなかで, 踊る乙女だけが動きを示している‐ しかもその動勢は様式化 されている. 光の豊かなゆらめきがその光景の喚情的な効果を強化し, ちらちらする色彩は強固な 画面の線的な構造に絢欄たる輝きを与えている‐物語がすぐに理解されるように描写する代わりに , テーマに内在する劇的な可能性に熱中して, モローは喚情的雰囲気を生みだすために細部や身振り や光を使い, 観者の情調に訴えかけるエキゾティックな絵画を創造したのである. 当時, 一部の新聞で, この作品と 《出現》 は絶 賛さ れ た‐ そ して1884年, 『さ か しま』 に お いて, ユイスマンス がモローのサロメの名 声を不朽のものとする解釈を発表した. 「聖書の中のあらゆる 167.

(9) . 古 川 俊 英. 既知の条件からはみ出すような想像力によって描かれた,このギュスターヴ・モロオの作品に,デ・ サントは要するに, 彼が永いこと夢みていた超人間的な, 霊妙な, あのサロメの実現されたすがた を見るのであった‐ 彼女はもはや, 淫授に腰をひねって老人に欲望と発情の叫びを発せしめる, 単 なる女軽業師でもなけれ ば, 乳房を波打たせたり腰を揺すったり唇を震わせたりして, 王の精力を 潤らし決断力を鈍らせる, 単なる女大道芸人でもなかっ た. 彼女はいわ ば不滅の く淫蕩〉 の象徴的 な女神, 不朽の くヒステリー〉 の女神, 呪われた く美〉 の女神となったのである‐ その肉を堅くし 筋肉を強張らせたカタ レプシーによって, 彼女はすべての女たちの中から特に選 ばれたのである‐ 古代のヘレネーのように, 近づく者, 見る者, 触れるものすべてに毒を与える, 無頓着な, 無関心 2 ) 1 な, 無責任な, 怪物のような く女獣〉 なのである.」 習作・素描での探求はサロメの姿態, 衣装, 装身具ばかりでなく, 彼女の本性をあらわす特殊な 2 ) こうした探求がモローの絵の装飾モティ ーフに歴史的正確さを付与した 象徴にも及んでいる2 . . 二人の神, ディ アナとミトス は, サロメ がヘロデの前で踊ったと推定される時代にローマ帝国で実 際に信仰されていた. 豊鏡の神とサロメを結 びつけることで, 永遠の女性としての彼女の意義を強 調する ばかりでなく, 異教の精神と描かれた物語の時代をも表示する. 他の象徴も東と西 (イン ド , エジプト, ムーア) から集められ, サロメの時代に東方世界とローマ世界の実際の合流地点であっ たイ ェルサレムの地理学上の位置を明かにした. かように, この比論的描写が描かれた出来事を歴 史的に位置づけるために働いている. とはいえ, すべての細部が混ぜ合わされている方法は完全に 個人的であり, なんの歴史的な先例ももたない‐ 正確な意味と喚起的な効果を織り混ぜるという方 法はモローの芸術にとって根本的なものである‐ 画中にはいくつもの象徴がちりばめられ, サロメの表現を助けている. 彼女がもつ蓮はイン ド古 代美術にみられる 「手のなかの蓮」 と呼ばれている表象である‐ ユイスマンス は蓮をこの絵の意味 の鍵であると考えていた‐ 「…またその手に は, イシスの妨であり, エジ プトやイン ドの神聖な花 である大きな白蓮の花をもたせたのである‐ …白蓮の花にはイン ドの原始宗教 がこれに賦与してい るような, 陽物としての寓意があるのであろうか‐ それは老いたろへロ デに向って, 処女の奉納, 血の交換, 殺人という特別条件のなかで提供された, 唆された淫らな傷口を告示しているのであろ うか‐ あるいは, それはイン ド神話における生命の豊鏡の寓意でもあろうか‐ …その謎のような女 神の手に神聖な白蓮の花をもたせることによって, あらゆる罪と悪の根源である穣れた く瓶〉 ,つ. 2 3 ま り 死 す べ き 肉 体 を も っ た 女 と い う も の に, 思 い を い た し た に ち が い な い.」 )だ が, ユイ ス マ ン. スの解釈はモローの意図の考察というよりも彼の想像力の投影に過ぎない. 4 ) 画面右下に横たわる豹はサロメと結 びつくことで破壊的な 妖 また, 力 プランにした がえば2 , 婦としての彼女の性質を強める. 豹はその息の甘美さで男, 野獣, 家畜を誘きよせると考えられて お り, こ の 力 はヘ ロ デを 誘 惑 する サ ロメ の 能力 と 類 似 す る‐ サ ロメ の 伸 ばした 腕 の ブ レス レッ トか. ら吊されている開いた眼の形のペン ダントは, 神の全知に対する象徴であり, 正義の守護者をあら わす. 結局, 正義と神の摂理にもとづき, 自己の行為の代償としてサロメ は破壊されるであろうと いうことを意味する. 絵には描かれていない物語の部分を補い, 少なくとも暗に示すように, 自己 のイメージの時間感覚を拡大することがモローの特徴である. このように象徴的要素は, 画像がた だほのめかすに過ぎない意味を補足し, 強化する ばかりでなく, 彼の描く世界に神秘的で謎めいた 雰囲気を与えた‐ 彼は多くの資料を集め, 異文明を詳細に研究し, 画像を一層表出的で喚情的にす るためにその知識を使っ たのである‐ こ の よう に, モ ロ ー は 「フ ァ ム ・フ ァ タ ル」 の 典 型 と して の サ ロメ 像を 呈 示 した‐ 新約 聖 書 に名. 前すら記されていない, 脇役にすぎなかったサロメ, 母親ヘロデアのいう がままに動く道具でしか 168.

(10) . 象徴主義絵画における 「宿命の女」. なかった娘が, その魅力にとり悪かれた男どもを容赦なく破滅に導く妖婦, 世界のはじめから存在 する悪の象徴に成長した. ユイスマンス流にいえ ば,「不滅のく淫蕩〉の象徴」であり,「呪われたく美〉 の女神, 怪物のような 〈女獣〉 である. ユイスマンスの 『さかしま』 に触発されてオスカー・ワイ ル ドの戯 曲 『サロメ』 が生 ま れ, そ の 戯 曲 に刺 激さ れ て ビア ズ リ ー の 連 作 版 画 や, リ ヒ ャ ル ト・ シ ュ. トラウスの楽劇まで制作されたことを思え ば, モローの想像力が世紀末の芸術家に及ぼした影響力 は大きいといわねばならない. 世紀末のフランス芸術はラファエル前派より 「容赦のない美女」 を 引き継ぎ, 発展させる.「地上的誘惑の具視としての女性のさまざまな表現(スフィ ンクス, サロメ, デリラ) において, モローは当時の最大の関心事のひとつを表現した. 象徴主義の詩人たちによっ て続 行さ れ たの は, ボー ドレー ル や ヴェ ル レーヌ に は じま る 伝 統 で あ っ た し, そ れ は ゴ ー ギ ャ ン, 5 )と いう の がモ ロ ー ビ ア ズリ ー, クノ ッ プフ, ム ン ク の よう な 画 家 た ち の う ち に も 見 い ださ れ る」2. の位置づけである. 妖艶で, 官能的な肉体の魅力により, モローのサロメ は男性を惹きつけ, 破滅に導く妖婦の典型 とな っ た‐ こ のタイ プの 「フ ァ ム ・ フ ァ タ ル」 に, ア ルノ ル ト・ ベ ッ ク リ ン の 《打 ち 寄 せ る 波》(1879. 年, 国立美術館, 旧西 ベルリン)の海辺のそそり立つ岸壁にもたれ, 半裸の姿で立つ魅惑的な女性, 《罪》 (1893年, ノイ エ ・ ピ ナ コ テ ー ク, ミ ュ ン ヘ ン) で フ ラ ン ツ ・ フ ォ ン・ シ ュ ト ゥ ッ ク が創 造. した蛇を身体に巻きつけた官能的で妖しげな美女イ ヴ, ベルリンで発表されたときスキャンダルを ま き 起 こ した 大 胆 な ポー ズ で迫 る エ ドヴ ァ ル ト・ ム ン ク の 《マ ドンナ》(ムンク美術館, オスロ) な ど が挙 げら れる‐ こ れ に対 して ス フィ ンク ス は, も っ と 謎 め い た, 不 可 思 議 な 「フ ァ ム ・ フ ァ タ ル」 の型と して 登 場 す る‐ 古代 ギリ シア の テー バ イ 王 家 にまつ わ る 悲劇 の 一 場 面 に, ス フ ィ ン ク ス は登 場 す る‐ テー バ イ の. 王ライオスの子であっ たオイ ディ プスは, 息子に殺されるであろうという神託を恐れた父王に殺害 さ れそう にな っ た が, 家 臣の はか ら い で密 か に脱 出 し, 生 き の びる こ と が でき た. 成 人 の 後, 神 託. は的中する. オイ ディ プスは父とは知らずにライオスを殺してしまう‐ 当時, テーバイでは怪物ス フ ィ ンクス が 通り か か る 旅 人 に謎を か け, 謎を 解 く こ と がで き な か っ た 人々 をつ ぎつ ぎに 殺 して い た. オイ ディ プ ス はそ の 謎 を 解 き あ か し, ス フ ィ ンク ス を 退 治 して, 新 王 と して 迎 え られる. 何 も. 知らずに母イオカステを王妃とするが, 後にすべてが明らかにされ, 破滅する. 世紀末において, この伝説のスフィ ンクスが 「誘惑」 の根源, エロティ スムにみちた 「謎」 として女性の姿で再登場 する. ベ ル ギー の 画 家, フ ェ ル ナ ン・ ク ノ ッ プフ はこ の テ ー マ に 深 い 関 心 を 抱 き, 《愛 撫, 芸 術, ス フ ィ ン ク ス》 (1896年, ベ ル ギー 王 立 美 術 館, ブリ ュ ッ セ ル, ク ノ ッ プフ の 存 命 中 は 《愛撫》 と. して知られていた) で, 世紀末象徴主義の代表的スフィ ンクス像を完成した‐ 《ヘ ロ デ王 の 前 で踊 る サ ロメ》 の制 作 以 前,1864年 のサ ロ ン に, モロ ー は 《オイ ディ プス と ス フ ィ. ンクス》(メ トロポリタン美術館)(図5) を出品した. その結果, モローは画壇でその名を認めら れるようになり, スフィ ンクスの画題が世紀末の画家を魅了する契機となった‐ 彼はその後も, ス フ ィ ンク ス を 題 材 に して, 水彩 の 《オイ ディ プスとスフィ ンクス》( 1 8 82年頃, ルーヴル美術館デッ サ ン室) , 《勝利 す る ス フ ィ ン ク ス》 (1886年, 水 彩, ク レメ ン ス = ゼ ル ス 美 術 館, ノ イ ス) , 《旅 人 オイ ディ プス》 (1886年 頃, 歴 史 美 術 館, メ ッ ツ) を 描 い て い る‐ ス フ ィ ン ク ス の テ ー マ も サ ロメ. 同様, モロー抜きでは考えられない画題である‐ ス フ ィ ンク ス を 描 い た 作 品 に は, ア ン グ ル の 《オイ ディ プス と ス フ ィ ン ク ス》 (1808年 ル ー ヴ ,. ル美術館)(図6) の先例もあるが, それ以前の時代の美術ではあま り描かれていない. モローは アン グルの作品を知っていたようである. 彼が所有していた書物のあるページの裏に4枚の小さな 素 描 を 描 いて いる‐ そ れ ら はア ン グ ル の 《オイ ディ プス》 のコ ピーから彼自身の絵への進展を示す 169.

(11) . . 古 川 俊 英. 充 た キ‐ 、、 ′ た 看き 、 1 一 ・ ・ ・ G r. 図5. . オイディ プスとスフィンクス. モロー. . . 図6 オイディ プスとスフィンクス. アングル. もの であ る‐ ま た, フ ォ ン ・ホ ル テ ン はモ ロ ー の 全 般 的 な 構 想 が, 恐ろ しい が魅 惑 的 な 女 の ス フ ィ. ンクスを調っているハイネの詩 『アタ・ トロル』 によっ て影醤されたであろうことを指摘してい 6 ) こ の 両 者 を 発想 の 源 と 考 え て よ い し か しモ ロ ー と ア ン グ ル の 絵 の 表 現 の 違 い は著 しい る2 . ‐ ‐. アングルは画面左上方の暗がりの洞窟から, 篤とライオンと人間の合成怪物, 謎, 不合理, 醜, 死 を象徴するスフィ ンクス が姿をみせ, それに英知, 理性, 美, 男性的な力の象徴である若き英雄オ イ ディ プスが配置されている. 両者の対立は受け身の対立である‐ モローはこれを静穏な情景のな かで生じた激しい肉体的対立に移行させる. 鋭い爪を立てて若い英雄の遅しい裸身にしがみつくス フィ ンクスとオイ ディ プスが示される‐ けれども両者の関係は敵対関係にはみえない‐ それどころ か不可解な感情の交流, ある種の愛すら芽生えているようである. 《オイ ディ プスとスフィ ンクス》 に関する多くのスケッチや素描のなかで, もっとも早い時期の 《オイ ディ プ ス の た め の 習 作》 (1860年, モ ロ ー 美 術 館) は, モ ロ ー が1860年 す で に, こ の 絵 の 明. 確な構想をもっていたことを知らせる. この素描と完成された絵の両方とも山岳の風景を背にして 立つオイ ディ プスを描いている‐ うつむき加減の彼の横顔は, 素描と絵では左右を逆にするものの, 上辺から底部まで対角線を形成する. この対角線に, 翼を上げ, 顔を上に向けているスフィ ンクス が釣り合いを保たせる‐ この一つの像の対置で, 主題の二重性, 攻撃的女性=怪物と受け身の男性 との間の対照が具視された‐ しかし初期の素描と最終の絵画の間には重要な差異がある‐ 前者では, オイ ディ プスは頭をうなだれ, 防御の姿勢で立つ. スフィ ンクスは彼を打ち負かしたようにみえる‐ 170.

(12) . 象徴主義絵画における 「宿命の女」. 完成作ではオイ ディ プスは自分の勝利をほのめかすように, スフィ ンクスの顔を凝視している‐ モ ローは積極的な肉体的闘争を退け, 彼独特の凍った, やや硬直した人体を採用した. 当時の批評家 たちは古典やルネサンス芸術の影響を認めている. 特に, 岩山を背景にした全体の構図や手前にみ える死者の手足などにマンテーニャの 《聖セバスティ アンの殉教》( 14 80年頃, ルーヴル美術館) との類似が指摘されている. その他に, ナポリの 《ア テ ナ ・ フ ァ ルネ ー ゼ》 の 像, ジ ォ ヴ ァ ンニ . ベルリーニのヴェネツィ ア・アカデミアにある聖ギオツベ祭壇の像のオイ ディ プスの形態への影響 7 ) この作品で モローは平静な人物像と喚情的な表 現を創造し 成熟した様 も指摘されている2 ‐ , , 式を完成した. 二極対置の方法は細部描写でも繰り返され, 絵全体の象徴的意味を補強する‐ 右下で, 円柱の周 囲 でと ぐろを 巻き, そ の 上 方 に 蝶 が 舞 っ て い る‐ フ ォ ン・ ホ ル テ ン はこ れ ら が善 と 悪 男 性 と女 性 , 8 ) 一 方 モ ロ ー の 同 時 代 人 ルイ ・メ ナ ー ル は 伝 統 的 解 釈 に した が を あ らわ すと解 して いる2 っ . , , ,. て, 蝶を魂の象徴と考えている. 「この絵の脈絡からして, 蝶は魂を, 蛇は死をあらわす‐ 蛇から 9 )蛇がからんでいる 円柱台座はやや異例である この の蝶の脱出は月桂樹によって象徴される.」2 ‐ ような念入りに装飾された品物が戸外に置かれていること自体, 絵の幻想的雰囲気を強調する‐ そ れをフロイ ト流に解釈して, 男根をあらわすと考えることもできよう‐ 死, 男性, 理想的道徳的力 =オイ ディ プスと生, 女性, 魅惑的破壊的存在=スフィ ンクスとの対立図式は, さらにモロー自身 の個人的ジレンマをも反映している. 芸術への献身と感覚的満足, つまり彼の芸術的理想への献身 と公衆の賛同をうるための努力の結果として生ずる犠牲を象徴する‐この時期に 彼は《雅歌》( 1 8 53 , 年, ディ ジョン美術館) 18 55年, , 《クレタの迷宮でミノタウロスの犠牲にされたアテネ人たち》( レン美術館, プール・アン・プレス) 若者と死 《 》( 1 8 6 5 年 グ , , ハーヴァー ド大学・フォッ 美術館, マ サ チ ュ ー セ ッ ツ州 ケ ン ブリ ッ ジ) と い っ た作 品 で, 同 じ死 と 生 の 対 立 と いう テ ーマ を 扱 っ て いる‐. 彼は評釈と作品そのものにおいて, 死対生, 男性対女性, 善対悪といった対立概念の描写における 二極対置による表現法の有効さを立証した. クノ ッ プフ の 《 愛撫》 は錯綜した象徴的表現法を駆使して. , 世紀末的スフィ ンクス像を明示して. いる‐ モ ロ ー の 《オイ ディ プス と ス フ ィ ンク ス》 とクノ ッ プフとの関係を確証する資料はないが , ブリ ュッ セ ル近代 美 術 館 蔵 の1881年 の ス ケ ッ チ ・ ブ ッ ク(i 7 3 8 2 D C /○ Z 2 は 7)に モ ロ ー nv - ‐ , ‐ ‐ . . , の 《ス フ ィ ン ク ス, 解 か れ た 謎》 (1876年 パ リ 個 人 蔵) に よ る 素 描 が あ る ク ノ ッ プ フ はこ の . , ,. 作品を187 8年の万国博覧会でみることができた筈であるが, 素描の下方右側に 「デッサン ー カタ ロ グ」 と いう 標 記 があ り, 挿 絵 入 り カ タ ロ グか ら こ のス ケ ッ チ が つ く ら れ た こ と を 指 示 して いる ‐ クノ ッ プフ がモ ロ ー の 作 品 に関 心 を抱 い て い た 証 拠 と 考 え て よ い だろう ‐. クノッ プフは早くからエジプトに関心を抱いていた. ホーウェ は彼のエジプト芸術の研究が学生 時代 に始 ま っ た と 考 え, そ の 証 拠 を, 1879年 の ス ケ ッ チ ・ ブ ッ ク (ブリ ュ ッ セ ル 近代 美 術 館 i ‐ , nv 3 0 ) 8o2o z ‐8) で 発 見 した ‐ こう し た 資 料 はク ノ ッ プフ の エ ジ プ トの モ ティ ー フ へ の 関 ,D.C‐/o.-. 心が彼の画歴のはじめの頃にはじま り, 装飾など広い範囲に及んでいることを語っている エジプ . ト芸術の研究は彼の芸術と美学の発展に重要な役割を果たしてきたようだ. スフィ ンクスにかかわる作品はサール・・ペラダンの小説 『至高の悪徳』 のための何枚かの素描 で ある‐ そ の なか で, 1884年 か ら85年 に か けて 描 か れ た 3 枚 の 作 品 が知 られ て いる こ の 小 説 の邪 . 悪な 主 人公, レオノ ー ラ ・ デス テを 描 い た《女 性 の ス フ ィ ンク ス》と 題 する 作 品 は1884年 の ブリ ュ ッ. セルのサロンおよび18 5 5年の二十人会展で展示された‐ しかしオペラ女優のローズ・カロンの非難 に怒ったクノ ッ プフはこの作品を破り,彼女の足元に投げ棄てたといわれている.《動物性について》 と題するもう一枚の作品も所在は不明であり,《至高の悪徳》(《ジョセファン・ペラ ダンに倣って》 , 171.

(13) . 古 川 俊 英. . ノ . 二選 群 禦 ご .一蹴審 謙 議 二 ,. 図7. 天使. クノッ プフ. 1 ) ばれる)も複製のみが伝わるに過ぎない3 《ヴィ ーナス》 ‐ ,《ヴィ ーナス・ルネサンス》 などとも呼 と が 魂の破壊は至高 ペ ダ 些細でありふれたこ である 小説 『至高の悪徳』 で, ラ ンは肉体の悪徳は , の悪徳であることを主張している. 現在残さ れている複製から推察すると, この主張を表現した作 品は暗示的で難解な図解のようである. 理想的悪の女性, 魅惑的で皮肉な微笑を浮かべた謎めいた 妖婦, 感謝のない美しい女性を描いたクノッ プフの女性シリーズの最初の作品である‐ オリジナルは失われてしまったが, 写真にクノッ プフ自身が加筆・彩色した写し (アルベール1 世王立図書館, 版画室, ブリュッセル) と素描 (ブリュッセル, 個人蔵) が伝わる 《ヴェルハー レ 8 9年作のこの絵 ンとともに, 天使》{図7) は, 彼のスフィ ンクス解釈をよく示すものである. 18 を描いている ンクス と虎の身体をもつスフ ィ は鎧を着けた騎士, 多分タイ トルの天使, . 非常に狭 い額は, 彼女が邪悪の権化であり, より優れた存在形態の特質である思考とはかけ離れた, 本能に よって支配される存在であることを示している‐ 二人は星の輝く空を遠景にして, 影像をなしてい る‐ 人物たちの下の列柱に 「力バラ文字」 が書かれたパネ ルがはめ込まれている. 漢とした背景は 秘儀的雰囲気を醸しだす. この絵は多くの点で 《愛撫》 と結びつく要素を保持している‐ 騎士の表 情 は作 者 の 妹, マ ル グリ ッ トに 似 て いる. 騎 士 の 左 手 で 頭 を押 えつ け ら れて いる の にス フ ィ ン ク ス. は微笑んでいる‐ 一方騎士は堅い姿勢で立ち, よそよそしい顔つきをしている‐ この両者の表情の 違いは, この絵が特別な意味, ヴェルファーレンの神秘主義と関連する教義の表現であると考えて 172.

(14) . 象徴主義絵画における 「宿命の女」. 図8 愛撫. クノッ プフ. も間 違 い あるま い. マ リ ア . ビエ ルメ はク ノ ッ プフ と のイ ン タ ビ ュ ー で, こ の 絵 が 唯物 主 義 に対 す. る理想主義の争闘を象徴したものであることを確認しており, 対照的な二人の表情は知性による情 2 ) また 1 熱の, 精神による肉体の, 合理による非合理の征服を象徴すると述べている3 4年に, ‐ , 89 3 )と いう タイ トル をつ け た 人 ウ ォ ルタ ー ・ シ ョ ー ・ ス パ ロ ー はこ の 絵 に 「獣 欲 に 出 会 っ た 天 使」3 .. 物たちの情況は彼らの性質を明確に表示し,天使の垂直な姿態は高潔な理想主義に対応する.スフィ ) 4 ンクスはそのもたれかかった姿勢で怠惰と官能を表現する3 ‐ 1906年 に, サ ルフ ァ ッ ティ が, バ ル ザ ッ ク の 短 篇 小 説, 『砂 漠 の 情 熱』 (1832) が 《愛撫》(図8). の文学的源泉であることを確認している. この物語はナポレオン戦役の最中砂漠で消えたフランス 軍の兵士と砂漠の豹との奇妙な恋愛を扱っている‐ 黒い斑点と環紋をもつ豹の黄褐色の皮が詳細に 記述され, 豹の女性的官能的性格が強調されている. 兵士は豹に彼の昔の女主人の名前を与え, 無 言の愛撫に耽るというくだりである‐ 《愛撫》 , すなわちオイ ディ プスとスフィ ンクスの先駆的作品で, 最も重要なものは前述のアン グ ルとモ ロ ー の作 品 で あ る. ク ノ ッ プフ は多 分 フ ラ ン ツ ・ フ ォ ン・ シ ュ トゥ ッ ク の 比 較 的 特 異 な 作 品, 1895年 の 《ス フ ィ ン ク ス の 接 吻》 (ブ ダペ ス ト美 術 館, ミ ュ ン ヘ ン の ヴィ ラ ・ シ ュ ト ゥ ッ ク に. 異版) を知っていたと思われる‐ それにキルハーの著作 『オイ ディ プス. エジプティカス』 の扉絵 ( 16 6 2~6 4年) を考えればよいだろう. しかしこうした外部刺激よりも, これまで述べてきた彼の 作品におけるスフィ ンクスのテーマの内的な発展の方が重要な役割を果たしたことは否めない. 非常に錯綜した象徴を包含する 《愛撫》 はさまざまに解釈されてきた. ウィ リアム・オラン ドは. 5 ) そ の 論 文 に よ れ ば ペ ラ ダン の 1977年 の 「ア ー ト・ マ ガ ジ ン」 の 記 事 で こ の 絵 を 論 じて い る3 . ,. 悲劇 『オイ ディ プスとスフィ ンクス』 の影響が大きく, 特にペラダンの両性具有者の教理がクノッ プフのオイ ディ プスの概念の決定にあたって重要な役割を果たしたという‐ さらに, オイ ディ プス の 姿 はク ノ ッ プフ の 象 徴 的 自 画 像 で あ り, 妹 マ ル グリ ッ トの 容 貌 を 帯 びて い る ス フィ ンク ス と の 官. 能的抱擁は, 近親相姦的関係に対する現実的または抑圧された願望をあらわすと推定する. この意 見は興味深いものではあるが, クノ ッ プフの芸術に妹を思わせる像が頻出することの意味をこのよ うに限定することには疑問がある‐ ベルギーの象徴主義画家, ジャン・デルヴィ ルはクノ ッ プフの 妹に似た女性像について次のように述べている. 「クノッ プフは理想的女性の一典型をつくりだし た. 彼女たちは現実の女性だろうか?彼女たちはむしろ想像上の女性ではないか?彼女たちは同時 に, 偶像の, キマイラの, スフィ ンクスの, 聖者の性質をもつ‐ 彼女たちはむしろ柔軟な男女両性 具有者, 抽象的理念によって姉妹のように似ていることは事実である. 彼女たちは, 美の分娩の神 秘において彼女たちをつくりだした芸術家の肉体からではなく, 頭脳から考えだされた娘たちであ 173.

(15) . 古 川 俊 英. 3 6 )デルヴィ ルはペラ ダンの理想主義の精神をクノ ッ プフ同様に共有していた人物であり 彼 る.」 . , の解釈を無視することはできないだろう. オラン ドの解釈によれば, 《愛撫》 の主題はペラ ダンの教義 である理想的な男女両性具有者, 官 能の喜びと物質世界の誘惑に対する無関心のアレゴリーである‐ 豹の姿をしたスフィ ンクスの特殊 な描写は, しなやかな身体で官能性を表象し, その顔は物質的世界ではなく, 理想を約束する‐ ス 189 2) のために フィ ンクスのこの形態の祖形と考えられるものが, ペラダンの小説 『豹』 の口絵 ( 3 7 ) クノッ プフが考案した動物である . ペラ ダンの別の小説 『正直な女性』 のための口絵, 《ジョセ 3 8 )の裸体の女性は 両方ともスフィ ンクスの危険ではある ファ ン.ペラ ダンと共に》(所在不明) , が酔い痴れるような愛撫を思わせる姿態と表情を示している. こうした作例から 《愛撫》 を構成す 89 6年の作品 る諸要素は永い期間かかって, クノ ッ プフの精神と芸術のうちに形成され, 最終的に1 に結集したと考えるべきである. 神性と肉欲の結合の形態, 精神の欲求と感覚の誘惑の統合, これ がこ の作 品の テ ーマ と な る‐. 画面中央の背面に神秘的な碑文がみられる. この文字はこの絵の理解しがたい神秘的な意味の存 1 89 1年, ニューヨーク近代美術館) にもみられ 在をほのめかす. 《至高の悪徳》 , 《天使》 , 《奉納》( るが, いかなる既存の文字とも一致しない. これは, ペラダンやクノッ プフの神秘的象徴主義の, 秘儀を授けられた者だけが読み取ることができる魔術的な文字である. また, 中央右寄りの中景に 一対の奇妙な円柱が存在する. ガラスとも水晶ともいえるような透明感をもつこの円柱はさまざま に解釈されてきた. 物質世界の衰退の反映, エジ プトあるいはギリシアの廃嬢の姿, オイ ディ プス の不動性の象徴, 堅忍不抜をあらわす伝統的な表象, ヨアヒムとポアズの隠峨的表現, ソロモンの 神殿の前に立つ一対の円柱, フリーメーソン団の象徴主義の喚起などである. 鎖でつながれた円柱 は前景の人物がスフィ ンクスの抱擁によって結 ばれている姿を繰り返していて, いかにも意味あり 1年, 著書 『建築, 神秘主義, 神話』 で, イ ギリスの建築家, レサビは一対の円柱の 気である. 189 象徴の解釈を広範囲に論じている. そのなかで, 「…対をなす円柱は空の永遠の, 動かない柱 -- 天国の門 -- それを通って参拝者は神殿に行かねばならない. あるいは魂があの世へ向う門であ 4 0 )オイ ディ プスの背後にあるシ ダレイ トスギ 死の象徴がこの解釈を補強する この二本の る‐」 ‐ , 柱は門, つまり 「…太陽の門の守護者は, 質問 〈何故, 死者は帰還しないのか?〉 に対する答えと して, そ こに おか れ た こ と は疑 いえ な い‐ そ の動 物 は く入 っ てく る す べ て の 者 に 甘 え る が, 再 びそ 1 ) 入 る こ と は で き る が出 る こ と はで き な い門 こ を 通 り す ぎる す べ て の 者 を 八 つ 裂 き に す る刀4 ‐ , 死 の 門 で ある.. 《愛撫》 で表現されたのは, 宿命的な出会いのどの段階なのかを確認するのは難しい. スフィ ン クスは勝利を確信し, オイ ディ プスを抱擁している. 彼はまだ謎を考えているのであろうか?ある いはすでに謎を解き, 自分の前に開かれた宿命的運命に気 がついているのだろうか?しかしそうだ と した ら, ス フィ ンク ス は謎 が解 か れ た こと に気 がつ い て お らず, オイ ディ プス の 最終 的 な 凶 運 を. 予見して はいないし, それゆえに絶望してもいない. オイ ディ プスは金で縁取られ, 上部に翼飾り のつ い た青い 玉 がつ い た 杖を もつ‐ こ れ は杖 と いう よ り 王 家 の 坊 にふ さ わ しい. ス フ ィ ンク ス の 謎. を解いた人物は王国を褒賞として与えられるであろうこと, そしてオイ ディ プスの何人かの異母兄 弟 は既 に この 企て で身 を 滅 ぼして い る こ と を, パ ウサ ニ ウ ス は 述 べ て いる‐ こう した 点 か ら考 え る. と, 青みがかった玉は世界の権威の象徴であり, 翼がつけられていることでスフィンクスの挑戦に 対するオイ ディ プスの勝利を意味しているといってよいだろう. さらに, 杖をもつ手で数枚の葉を 握っている‐ これを勝利の象徴である月桂樹の葉と考えれば, 彼はすでに彼女の力をわがものとし た こ とを 意 味する こ と に な る. 174.

(16) . 象徴主義絵画における 「宿命の女」 2 ) モローのオ 「英 雄 で は な い - - あ り と あ ら ゆ る 苦 難 と 高 潔 さ に お い て, 彼 は 人 間 で あ る」4 , イ ディ プス につ い て の ドー ラ の 言 で あ る. そ れ に 対 して 《愛撫》 におけるオイ ディ プスは男女両性. 具有者であった‐ また, 神秘学の伝統において, マ ギ, 生と死の神秘の秘伝を授けられた人の原型 とされた. スフィ ンクスの謎, つまり物質的生活の究極の神秘を解決したことで神秘の王国を領有 した‐ しかも, 彼の運命は死に難いものどもの生活を支配するのと同じ仮借ない力によって支配さ れていた. 彼が死に勝利したその時にも, 地下への入口の柱はなお立っていた. オイ ディ プスの乳 頭上の奇妙なパターンは花と呼 ばれてきた. 同じものが彼の衣服, スフィ ンクスの頭部のすぐ後の 柱の上にもみられる. この図形は六角形の星の形に似ている‐ 星は運命を支配する力の最も古い象 徴である‐ クノッ プフが自分のスタディ オの天井に十二宮図を再現するほどの占星術の信者であっ たことから, オイ ディ プスの最終的な凶運を暗示する星と考えるのが妥当であろう‐ 《愛撫》 において, クノッ プフはモロ一流の象徴表現法, 男と女, 善と悪, 死と生などを対置す る 方 法 を引 き 継 い で い る‐ そ れ に加 え て, ロ セ ッ ティ の 二 重 表 現 も 採用 して い る. 彼 は《ベ ア ー タ ・ ベ ア トリ ク ス》 で ベ ア トリ ー チ ェ と り ジー のイ メ ー ジを 合 体 さ せ た が, クノ ッ プ フ も 自 分 自 身 と 妹. マル グリッ トを重ね合わせた‐ いわ ば, モローとロセッティ の表現法の継承が, 観者を惹きつけて やまないこの絵の魅惑と謎めいた情況を形成せしめた‐ ロセッティ の作品には対の人物, それも接 吻している人物が多く登場する. 接吻により二人は一体となり, 自分たちだけの世界をつくること ができる‐ また, なんとも奇妙な作品, 《いかに彼らは彼ら自身に出会ったか》( 1 85 1一6 0 , フィッ ツウイリアム.ミューゼアム)(図9) では, 恋人たちが森の中で突然自分たちとうりふたつの分 身を目の前に見て, 驚いている光景を描いている‐ 実物と分身の出会い, これは一種の鏡像ではな い か.. 図9. いかに彼らは彼ら自身に出会ったか. ロセッティ. 175.

(17) . 古 川 俊 英. 一体化の手段として, ロセッティ 流の接吻と自己の分身との選返, この二つの要素を, クノッ プ フ は鏡 を 使う こと に よ っ て よ り 明確 な 表 現 手 段 に 変 え た. 1888~89年, 彼 は グ レ ゴワ ー ル ・ ル ・ ロ. 3 )(図10) ここで彼は鏡 ワの詩集 『私の心は昔の日々のために涙を流す』 の口絵をデザインした4 . に 映 っ た 自 分の 姿 に 口 づ け する 女 性 を 主 モ ティ ー フ と した‐ こ の 女 性 も マ ル グリ ッ トに よく 似 て い る‐ クノ ッ プフ が, 妹 の 姿 を借 り て 描 い たナ ル シ シ ズム の 表 現 と 考 え る の が 一 般 的 で あ ろ う‐ 彼 は. 妹に異常なほどの共感,一体感を抱いていた.「自分の鏡像に接吻する妹の姿は自分自身を発見する, 独力のみで救済を探している個人の魂の象徴である‐」”)この世の現象は単に影像であるとする象 徴者にとって, 鏡像は実体をもたないゆえにこの世の現象と等価値であった‐ 鏡像との接吻は幻像 と実像の一体化を意味する‐ これが 《愛撫》 の真の意味を解く手がかりである. オイ ディ プスはク ノッ プフの理想化された自画像であり, 幻像と実像の複合像と把えうる. 同じことがスフィ ンクス とマ ル グリ ッ トに もい え る‐ オイ ディ プス と ス フ ィ ンク ス と の 愛撫 は, 妹 に 対 す る ナ ル シ シ ズ ム 的. あるいは近親相姦的な願望というより, 男女両性具有者をつくりだすための錬金術的探求を象徴す るのではないか. 世紀末の神秘主義において, スフィ ンクスは生命の究極の謎をあらわすばかりで なく, そ の解 決の 鍵を 彼 女 目 身 のう ち に 秘 める も の で あ る. ペ ラ ダン や ル ドルフ ・ シ ュ タイ ナ ー は,. スフィ ンクスを男の初期の進化状態と考えていた‐ スフィ ンクスの身体にみられる異種の合体は, 男性 が両性具有者として完成されるには反対のもの (女性) との結合が必要であることを予兆して いる‐ 《愛撫》 は こ の 人 間 の 進 化 の 過 程 を 示 す も の で あ る‐ こ こ に 至 っ て, ス フ ィ ンク ス は淫 蕩 な 謎の怪物, 男を破滅させる妖艶な女性から神秘主義の理想へ進化する重要な役割の担い手に変貌す る‐ 「フ ァ ム ・ フ ァ タ ル」 の 変 容 で あ る‐. 図10 私の心は昔の日々のために涙を流す. クノッ プフ. 註 1 h i o皿 鶴 1910 1) Pater eRen司s s anc e;Smd esi n一鑓 孤dPoe t汐,Maq ‐p ‐10 , W. ,T 2) 通 p .10 fPr i i l 3) H6 u mg1 d i d i doni i ec b q r t ‐Ra e: AS側dyo e e肺smandF ndes e 1 a us en a n Engi shL e r a pha . , ,L , Thesymbo庭tTr Ca b i i勾 Pr 6 n o l r s e s s geUがve .55イテ ,1988 ,Pp. 9 8 8 4) 饗庭孝男, 『幻想の伝統 世紀末と象徴主義』 筑摩書房,1 .p ‐8 2 2 8一4 9 5) フィリップ・ジュリアン著, 杉本秀太郎訳, 『世紀末の夢 - 象徴芸術』 白水社,19 ‐4 , pp 9 9 0 6) ローデンバッハ著, 窪田般爾訳, 『死都ブリュージュ』 岩波文庫,1 ‐20一22 , pp ’能uwe LaB i buod bls 7) De きquedesf l tmoguedeL l ・ a mdKhoop任 voy .98 9 . .1 ,1987 ,pp ,Ca , ,R ,Fen. 8) Dqksせ& B } do do l fpe iけ,0 dU.P r ve r s r so ‐1986 ‐p .42 ‐ ,l. 176.

(18) . 象徴主義絵画における 「宿命の女」 9) Sh 際ks t t〕N,Sc enel遁,177‐183 r a e pe ,Ac , W‐ ,Ha町ue l 1 0 ) Sons t ey窓IU.P r o em,Dり Rose板and菌eF血 Lady .1970 , Wes 1 1 ) ハンス・H・ホーフシュテッター著, 種村季弘訳, 『象徴主義と世紀末芸術』 美術出版社, 1981 ‐ p .83 l IRo fDan bde ‐ 12) S t s es s se板,ACadogueR縦sonne2vo u ぽ t e Ga sandD1 ampgso ees ,ox ,C趣endonPr . ,The 段血加g ,V 免rd ,1971 22 I面don bde IRo 13) Faxon t eGa s sem,P ‐21冊 . ,pp ,1989 ,A C ,Dan & H 1 7 0 43 R 丘 T 1 h a d 9 14) 鞠t T 刊 h P h t e s u s o n r e a a e e s 1 n n e o, り p ‐142‐1 , ,pp , B 1 2 1 6 S i h d k 9 8 5 P h = R h t t Q u a q n t 5 j 1 ) Mar e o o s a e ‐ a e s e r o o r s, . . , ,p , , e p 互 RA,1978 l t 1 6 ) De s sandsymbo sm,SKD voy .33 ‐L . ,P ,R ,Symbo五 9年, p 1 7 ) エイスマンス著, 濫淫龍彦部, 『さかしま』 光風出版, 昭和5 .84 ”Ga B & l 2 2 1 8 9 9 5 d は u - s 8 e s e a z 1 ) Ren組,Aり”Gus醸ve Moreau z e e P , , ,.8 , M P i 匝 G 1 9 6 0 じ 駈 無 1 d d l R t 塑 9 ) VonHo t u a v e o r e a u s 1 e s s u e e n q ‐19 ,p , , , , , 2 fGus醸ve Mo 20) Kap L se釦 ご血 Pr es s r ea u a n ej牡to .57 ,197 ,p ,UI虹 Re ,jり 罰b 7 9 21) ユイ スマ ンス, op d t p . .. 22) 礼a l組,op p ‐dt .pp ‐59÷61 23) ユイ スマ ンス op ‐dt .pp .8 81 24) &a =額,op p .65÷66 .dt ‐pp 五 R S 25) Go l dWa t r&Row,1979 sm,日a e r y PPe ‐153‐154 ,PP , ・ , 頓bo ‐ i 5 8 26) Vo l L t en o nHo c p p . , ‐ ,p 27) &a l an p ,dt ‐p ‐37 ,op 28) Vo l t t,p c nHo en o .i .7 ,p = i l e 29) Me n 恥a a n edi h sme s n鍵d p yC .dt .pp ‐3 .60 ,op ‐ ,p ,dt ,1863 ,P組i ,L ,Dupo. 卿. f fFema 五 to tAr se a r ch音〔 e s s 3 0 ) Howe mdKI節opp esymbo s .39 ,p ‐ W. ,1979 ,UI肌 Re ,訂h ,j 231 31) De 1 超opp f ( } ÷ l ・ a mdK voy ‐23 .L ‐ ‐22 227 ,pp ,pp ,R ,Fen ,1987 32) 日owe 2 d 4 t o . .p - ,p ”l “ b i h1894 i tandFema 1mop桂 t 3 3 ) Spaぱrow, W.S. nHowe esmd o r c edi mdK shA1 ‐204 .dt .43 . ,p ,c ,op ,1 ,Ma , Eng亘 “The A I X M F n w 1 tB通 l h 1 9 7 8 o dF d M 位 と 嵐 ta v a r 3 4 ) Nod通鴎 L. e n o m紙 e o c o l m : n c e o r e e a n o s ‐ , ‐13 153 , , ,pp ,. (女性のうつ向きの姿勢は特殊な性的な欲求を示すという) “ * ” l E←1 21 IMa学 高,j皿el977 ] b Pop賃sAr to 35) 0l rd l r es se s eCa mdK ande r .51 ‐1I ,vo ,pp , A , Fema .R. ,W “ “Fe H d B 9 2 9 d d i 山 A d e m i l 1 1 1 t t l dK 1 m 曲 〔 d v → = u 3 6 ) De 氏 n o w e o 1 n u α ー e n l s s e s e a m o e e e l l l p p p p , ‐ . .48 , ,‐ , , , , 2 7 37 ) De l d 4 t o voy . .p . ,p 38) i i d b .p .241 39) Howe i tpp .c ‐53‐54 ,op 40) Le t heby W A r 超t dMy t u l t d b ed節 Howeop e edsm 組 1 c ec ‐dt ‐p ‐54 .191 .dt ,1891 ,p , Mys , . , 41) i b i d 1 9 5 ‐p ‐ ” hl97 oed i ts81 3 42) Do l 降ve Mo t t ‐A1 r eaぜs‘ edesBea t c x 「 c r r a se rGues sed:Gus Pus “G籾e .134 ,M鑓 ,p ,H- , TheGus 2 - 象 を 2 4 7 43) De l d 4 蝿 』 5 t O evoy ‐ .PP ‐ . ,P ,P 44) Howe ‐dt .p .99 ,op. 177.

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参照

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